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松山地方裁判所 平成10年(ワ)336-1号 判決 2002年3月15日

主文

1  原告組合に対し,

(1)  被告Aは金1593万円及びこれに対する平成10年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員,

(2)  被告Bは金319万8000円及びこれに対する平成10年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員,

(3)  被告Cは金1315万円及びこれに対する平成10年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員,

(4)  被告Dは金1315万円及びこれに対する平成10年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員,

(5)  被告Eは金1315万円及びこれに対する平成10年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員,

(6)  被告Fは金1315万円及びこれに対する平成10年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員,

(7)  被告Gは金1315万円及びこれに対する平成10年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員,

(8)  被告Hは金1315万円及びこれに対する平成10年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員,

(9)  被告Iは金1129万6000円及びこれに対する平成10年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員,

をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第1章当事者の申立て

第1原告組合

1  主文同旨

2  仮執行宣言

第2被告ら

1  原告組合の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告組合の負担とする。

第2章事案の概要等

第1事案の概要

本件は,松山港港湾整備事業(愛媛県FAZ整備事業)に伴う漁業権の消滅補償として愛媛県から漁業補償金の交付を受けた原告組合が,被告らは正組合員としての資格要件を充足していないにもかかわらず正組合員として配分金を受領したとして,不当利得返還請求権に基づき,被告らに対し,受領した配分金の返還を求めた事案である。

第2争点の前提となる事実(証拠を摘示した以外は争いのない事実)

1  原告組合

(1) 原告組合は,水産業協同組合法(以下「水協法」という。)に基づき設立された漁業協同組合である。

(2) Jは,平成8年7月2日から原告組合の代表理事組合長の職にある者である(弁論の全趣旨)。

2  組合員資格

(1) 水協法18条に基づく組合定款8条によれば,「この組合の地区内に住所を有し,かつ,1年を通じて90日をこえて漁業を営みまたはこれに従事する漁民」(1項1号)は正組合員になることができるとされ,「この組合の地区内に住所を有する漁民で,1項1号に掲げる以外のもの」,「この組合の地区内に住所を有しない漁民で,その営みまたは従事する漁業の根拠地がこの組合の地区内にあるもの」は准組合員になることができるとされており,他方,水協法27条,組合定款14条によれば,「組合員たる資格の喪失」が法定脱退事由とされている(甲10,弁論の全趣旨)。

(2) なお,水協法10条によれば,「漁業」とは,水産動植物の採捕又は養殖の事業をいい,「漁民」とは,漁業を営む個人又は漁業を営む者のために水産動植物の採捕若くは養殖に従事する個人をいうとされている。

3  組合員の加入状況

(1) 原告組合は,旧名称を三津浜町漁業協同組合といい,松山市漁業協同組合が3組合(三津浜町漁業協同組合,松山市高浜漁業協同組合及び松山市漁業協同組合)に組織分裂したことによって昭和44年3月15日に法人として成立したものであり,分裂当時,漁業を生業とする20名程度の組合員によって構成されていた(甲73,原告組合代表者,弁論の全趣旨)。

(2) 上記分裂の結果,松山市漁業協同組合が単独で有していた共同漁業権伊共第83号が三津浜町漁業協同組合,松山市漁業協同組合及び松山市今出漁業協同組合の共有となり,伊共第84号が松山市今出漁業協同組合の単有となったが,昭和45年ころ以降,組合間において,共同漁業権の帰属,公共事業等の実施に伴う漁業補償金の配分等の問題が持ち上がるようになり,関係者の間においては,各組合の組合員数や保有する漁船数の多寡により漁業権帰属の軽重を問い,漁業補償金配分の基準にすべきであるという考え方が支配するようになった(甲73,原告組合代表者,弁論の全趣旨)。

(3) 原告組合では,上記のような背景のもと,歴代の組合長等において,共同漁業権の帰属や漁業補償金の配分について少しでも有利な方向に向かうよう組合員数や漁船数の増加獲得を目指し,漁業を営んでいない遊漁者等であっても,その者が船を所有するなどの事情があれば,組合加入を働きかけるようになり,その成果もあって,平成7年7月31日当時,組合員名簿上,正組合員50名,准組合員17名の組合員が存在することになった(甲1,73,原告組合代表者,弁論の全趣旨)。

4  FAZ漁業補償金

(1) 愛媛県は,平成7年5月19日,原告組合,松山市漁業協同組合,松山市今出漁業協同組合との間で,運輸省第三港湾建設局及び愛媛県が施行する松山港港湾整備事業(愛媛県FAZ整備事業)に伴う漁業権の消滅(共同漁業権伊共第83号及び伊共第84号の一部放棄等)についての補償金(以下「FAZ漁業補償金」という。)として28億5000万円を支払う旨の漁業補償契約を締結した(甲2,3,弁論の全趣旨)。

(2) FAZ漁業補償金は,上記3組合による交渉の結果,7億0200万円が原告組合に配分されることになり,平成7年5月31日,その配分がなされた(原告組合代表者,被告G,弁論の全趣旨)。

5  本件配分決議

(1) 原告組合では,平成6年12月16日,臨時総会が開催され,FAZ漁業補償金に関し,配分委員会(以下「本件配分委員会」という。)を設置して配分基準案を作成すること,Jを含む7名を配分委員とすることなどが異議なく承認された(甲4)。

(2)ア 原告組合では,平成6年12月19日以降,11回にわたって本件配分委員会が開催され,平成7年7月20日,同委員会において,配分基準案(以下「本件配分基準案」という。)が最終決定された(弁論の全趣旨)。

イ 本件配分基準案においては,①配分対象額が6億9500万円,②配分対象組合員が松山市a,b地区の正・准組合員,③配分基準日が平成6年12月31日(以下「本件配分基準日」という。)現在の組合員,④配分対象者が正組合員43名,准組合員15名,その他6名(平成6年12月31日以降正組合員加入者5名,他合意配分1名)とされており,⑤各正組合員に対する配分については,646万5000円を「正組合員均等割」とし,「正組合員になって10年以上で漁業による生活依存度の高い者」(100パーセント・1853万5000円)を基準として,正組合員としての年数の長短及び漁業による生活依存度の高低に応じて90,70,50,35,25パーセントの「正組合員年数割」を加算する方法によって算出することとされた(甲5)。

(3) 原告組合では,平成7年7月29日,理事会が開催され,第1号議案「FAZ漁業補償金配分基準案等の承認について」が上程され,臨時総会を開催することが異議なく承認された(弁論の全趣旨)。

(4) 原告組合では,平成7年8月10日,臨時総会が開催され,第1号議案「FAZ漁業補償金配分基準案等の承認について」(本件配分基準案)が正組合員50名中,賛成41名,反対9名により承認(以下「本件配分決議」という。)された(甲6,原告組合代表者,被告E)。

6  被告らに対する配分

原告組合は,本件配分決議に基づき,配分対象者に対して本件配分基準案に従った配分を行ったが,そのうち被告らに対する具体的配分金額等は次のとおりである。

(1) 被告A

ア 被告Aは,昭和61年9月19日に原告組合に加入し,以後,出資の払込み,賦課金の納入等の原告組合に対する義務を履行し,原告組合において正組合員として扱われてきた者であり,本件配分決議に基づき,「正組合員になって3年以上10年未満で漁業による生活依存度のやや高い者」として1593万円の配分を受けた(甲1,5,7,乙イ3,6,弁論の全趣旨)。

イ 被告Aは,①運送会社の役員等をしており(甲11),②所有する船が漁船登録を受けていたものの,実際には漁業を営んではおらず(甲11,乙イ4),③原告組合加入当初から本件配分決議当時に至るまで,水協法・組合定款にいう「漁民」に該当することはなかった(この点については争いがない)。また,実際には組合定款の定める地区外に居住していたにもかかわらず,住民票の住所や漁船原簿上の住所を外形のみ組合定款の定める地区内に異動させていた(甲11,20)。

(2) 被告B

ア 被告Bは,昭和54年5月7日に原告組合に加入し,以後,出資の払込み,賦課金の納入等の原告組合に対する義務を履行し,原告組合において正組合員として扱われてきた者であり,本件配分決議に基づき,「合意配分」として319万8000円の配分を受けた(甲1,5,7,乙イ1,2,5,原告組合代表者,弁論の全趣旨)。

イ 被告Bは,①運送会社の役員等をしており(甲11,乙イ5),②船は所有していたものの,実際には漁業を営んではおらず(乙イ5,調査嘱託の結果),③専ら自船の係留場所を確保し,組合駐車場を利用することを目的として原告組合に加入し(乙イ5),③原告組合加入当初から本件配分決議当時に至るまで,水協法・組合定款にいう「漁民」に該当することはなかった(争いがない)。また,実際には組合定款の定める地区外に居住していた(甲70,乙イ5)。

(3) 被告C

ア 被告Cは,昭和57年9月16日に原告組合に加入し,以後,出資の払込み,賦課金の納入等の原告組合に対する義務を履行し,原告組合において正組合員として扱われてきた者であり,本件配分決議に基づき,「正組合員になって3年以上10年未満であるが漁業による生活依存度の低い者」として1315万円の配分を受けた(甲1,5,7,乙ロ8,弁論の全趣旨)。

イ 被告Cは,①水産物加工会社の役員等をしており(甲12,乙ロ4),②所有する船が漁船登録を受けていたものの,実際には漁業を営んではおらず,(甲12,乙ロ4),③専ら自船の係留場所を確保する目的で原告組合に加入し(乙ロ4),④原告組合加入当初から本件配分決議当時に至るまで,水協法・組合定款にいう「漁民」に該当することはなかった(争いがない)。また,実際には組合定款の定める地区外に居住していたにもかかわらず,住民票の住所や漁船原簿上の住所を外形のみ組合定款の定める地区内に異動させていた(甲12,20,乙ロ4)。

(4) 被告D

ア 被告Dは,昭和60年10月4日に原告組合に加入し,以後,出資の払込み,賦課金の納入等の原告組合に対する義務を履行し,原告組合において正組合員として扱われてきた者であり,本件配分決議に基づき,「正組合員になって3年以上10年未満であるが漁業による生活依存度の低い者」として1315万円の配分を受けた(甲1,5,7,乙ロ6の1~4,12,弁論の全趣旨)。

イ 被告Dは,①自動車修理会社の役員等をしており(甲13),②所有する船が漁船登録を受けていたものの,実際には漁業を営んではおらず(甲13,乙ロ4,調査嘱託の結果),③専ら自船の係留場所を確保する目的で原告組合に加入し(甲13,乙ロ4),④原告組合加入当初から本件配分決議当時に至るまで,水協法・組合定款にいう「漁民」に該当することはなかった(争いがない)。また,実際には組合定款の定める地区外に居住していたにもかかわらず,住民票の住所や漁船原簿上の住所を外形のみ組合定款の定める地区内に異動させていた(甲13,20,乙ロ4)。

(5) 被告E

ア 被告Eは,平成4年1月10日に原告組合に加入し,以後,出資の払込み,賦課金の納入等の原告組合に対する義務を履行し,原告組合において正組合員として扱われてきた者であり,本件配分決議に基づき,「正組合員になって3年以上10年未満であるが漁業による生活依存度の低い者」として1315万円の配分を受けた(甲1,5,7,乙ロ7,9,被告E,弁論の全趣旨)。

イ 被告Eは,①家具製造販売会社の役員等をしており(被告E,甲15,16),②所有する船が漁船登録を受けていたものの,実際には漁業を営んではおらず(甲15,16),③専ら自船の係留場所を確保する目的で原告組合に加入し(被告E,乙ロ2),④原告組合加入当初から本件配分決議当時に至るまで,水協法・組合定款にいう「漁民」に該当することはなかった(争いがない)。また,実際には組合定款の定める地区外に居住していたにもかかわらず,住民票の住所や漁船原簿上の住所を外形のみ組合定款の定める地区内に異動させていた(甲15,16,20,乙ロ2,被告E)。

(6) 被告F

ア 被告Fは,平成6年11月1日に原告組合に加入し,以後,出資の払込み,賦課金の納入等の原告組合に対する義務を履行し,原告組合において正組合員として扱われてきた者であり,本件配分決議に基づき,「正組合員になって3年以上10年未満であるが漁業による生活依存度の低い者」として1315万円の配分を受けた(甲1,5,7,乙ロ10,弁論の全趣旨)。

イ 被告Fは,①運送会社の役員等をしており(甲17の1・2),②所有する船が漁船登録を受けていたものの,実際には漁業を営んではおらず(甲17の1),③専ら自船の係留場所を確保する目的で原告組合に加入し(乙ロ4),④原告組合加入当初から本件配分決議当時に至るまで,水協法・組合定款にいう「漁民」に該当することはなかった(争いがない)。また,実際には組合定款の定める地区外に居住していたにもかかわらず,住民票の住所や漁船原簿上の住所を外形のみ組合定款の定める地区内に異動させていた(甲17の1・2,20,乙ロ4)。

(7) 被告G

ア 被告Gは,平成2年10月3日に原告組合に加入し,以後,出資の払込み,賦課金の納入等の原告組合に対する義務を履行し,原告組合において正組合員として扱われてきた者であり,本件配分決議に基づき,「正組合員になって3年以上10年未満であるが漁業による生活依存度の低い者」として1315万円の配分を受けた(甲1,5,7,乙ロ10,11,被告G,弁論の全趣旨)。

イ 被告Gは,①プロパンガスの販売等を行っており(甲14,乙ハ1),②所有する船が漁船登録を受けていたものの,実際には漁業を営んではおらず(甲14),③専ら自船の係留場所を確保する目的で原告組合に加入し(乙ハ1),④原告組合加入当初から本件配分決議当時に至るまで,水協法・組合定款にいう「漁民」に該当することはなかった(争いがない)。また,実際には組合定款の定める地区外に居住していたにもかかわらず,住民票の住所や漁船原簿上の住所を外形のみ組合定款の定める地区内に異動させていた(甲14,20)。

(8) 被告H

ア 被告Hは,平成4年4月28日に原告組合に加入し,以後,出資の払込み,賦課金の納入等の原告組合に対する義務を履行し,原告組合において正組合員として扱われてきた者であり,本件配分決議に基づき,「正組合員になって3年以上10年未満であるが漁業による生活依存度の低い者」として1315万円の配分を受けた(甲1,5,7,弁論の全趣旨)。

イ 被告Hは,①工業会社の経営等をしており(乙ハ3),②所有する船が漁船登録を受けていたものの,実際には漁業を営んではおらず(乙ハ3,調査嘱託の結果,弁論の全趣旨),③専ら自船の係留場所を確保する目的で原告組合に加入し(乙ハ3),④原告組合加入当初から本件配分決議当時に至るまで,水協法・組合定款にいう「漁民」に該当することはなかった(争いがない)。また,実際には組合定款の定める地区外に居住していた(甲71,弁論の全趣旨)。

(9) 被告I

ア 被告Iは,平成2年4月25日に原告組合に加入し,以後,出資の払込み,賦課金の納入等の原告組合に対する義務を履行し,原告組合において正組合員として扱われてきた者であり,本件配分決議に基づき,「正組合員になって3年以上10年未満であるが漁業による生活依存度の最も低い者」として1129万6000円の配分を受けた(甲1,5,7,弁論の全趣旨)。

イ 被告Iは,①船舶の修理販売等を行っており(甲18,19),②所有する船が漁船登録を受けていたものの,実際には漁業を営んではおらず(甲18,19),③原告組合加入当初から本件配分決議当時に至るまで,水協法・組合定款にいう「漁民」に該当することはなかった(争いがない)。また,実際には組合定款の定める地区外に居住していたにもかかわらず,住民票の住所や漁船原簿上の住所を外形のみ組合定款の定める地区内に異動させていた(甲18ないし20,乙ロ4)。

7  被告らに対する配分にかかわる刑事事件の存在等

(1) K(昭和61年5月31日から平成8年6月30日までの原告組合の組合長),L(同期間中の原告組合の専務理事)は,被告A,被告C,被告D,被告E,被告F,被告G,被告I等に対する配分にかかわる公正証書原本不実記載,同行使,電磁的公正証書原本不実記録,不実記録電磁的公正証書原本供用各被告事件(当庁平成8年(わ)第221号,第249号,第273号,同9年(わ)第93号,第97号,第98号)について,平成10年9月21日,有罪判決を受けた(甲20,乙ロ2,4,被告E)。

(2)ア 被告Aは,平成9年3月22日,松山地方検察庁において,公正証書原本不実記載,同行使等被疑事件の被疑者として取調べを受けたが,その際,自らに対する配分について,「漁業など全くやっていないので,漁業補償金が配分されるなどとは思ってもいなかったが,もらえるものはもらっておこうと思い,配分金を受け取った。受け取った配分金をいつかは返さなければならなくなるのではないかと不安であった。今回は大変申し訳ないことをしてしまった。」などと供述している(甲11)。

イ 被告Cは,平成9年3月25日,松山地方検察庁において,公正証書原本不実記載,同行使等被疑事件の被疑者として取調べを受けたが,その際,自らに対する配分について,「漁業など一切やっていなかったので,漁業補償金の配分を受ける資格など有していないことは十分に分かっていた。妻も補償金を受け取ることには反対していたが,ついつい補償金が欲しくなり,受け取ってしまった。今回のような事件を起こし,大変申し訳ない。」などと供述している(甲12)。

ウ 被告Dは,平成9年3月19日,松山地方検察庁において,公正証書原本不実記載,同行使等被疑事件の被疑者として取調べを受けたが,その際,自らに対する配分について,「全く漁業をやっていないのであるから,漁業補償金をもらう理由がないことは分かっていたが,くれるものはもらっておこう,という気持ちで,現在までそのお金は受け取ったままになっている。今回このような大きな事件を起こしてしまい,本当に申し訳ないことをしたと反省している。」などと供述している(甲13)。

エ 被告Eは,平成8年8月11日,12日,松山地方検察庁において,公正証書原本不実記載等被疑事件の被疑者として取調べを受けたが,その際,自らに対する配分について,「今となっては,漁業補償金の話が出た際に辞退すべきであったという気持ちであり,後悔している。配分を受けたお金は自分の方から早く返還したい気持ちだが,組合全体としてまとまらない以上,それもできない状態である。」などと供述している(甲15,16)。

オ 被告Fは,平成8年8月11日,12日,松山地方検察庁において,公正証書原本不実記載等被疑事件の被疑者として取調べを受けたが,その際,自らに対する配分について,「漁業補償金の配分の際,正直なところ私に補償金の配分があるのはおかしいと思っていたが,つい目の前にぶら下がった補償金に欲が出てしまった。本来受け取るべきではなかった補償金については,何とか金策をして漁協に返したいと思っており,毎日肌を焦がして漁に出ている本来もらうべき漁師に配り直してほしい。本当に世間を騒がせた。」などと供述している(甲17の1・2)。

カ 被告Gは,平成8年8月31日,松山地方検察庁において,公正証書原本不実記載等被疑事件の被疑者として取調べを受けたが,その際,自らに対する配分について,「私には漁業補償で補償してもらうべき損失がなく,大金をもらうことになり正直なところ嬉しい反面恐いような気持ちもあった。補償金は私が受け取るべきではないことは分かっており,返すべきものと思っているので,どこに返せばいいのか他の人とも相談して対処したいと思っている。」などと供述している(甲14)。

キ 被告Iは,平成8年10月22日,平成9年3月30日,松山地方検察庁において,公正証書原本不実記載等被疑事件の被疑者として取調べを受けたが,その際,自らに対する配分について,「正直なところ私は,一度も魚を売って生活したことがないのに漁業補償金をもらっていいのだろうかという気持ちがあった。今回このようなことをしてしまい申し訳ないと思っている。」などと供述している(甲18,19)。

8  組合員資格審査基準の施行等

(1) 原告組合では,平成8年7月ころ以降,愛媛県漁政課等から組合員の資格審査等について指導があり,同年11月20日には臨時総会において組合員資格審査委員会規程が制定され,平成9年6月10日には組合員資格審査基準が施行された(甲73ないし75,原告組合代表者)。

(2) 原告組合では,その後,組合員名簿上の組合員について,組合員資格審査委員会の審査が行われ,平成9年10月30日に開催された同委員会において,20名を正組合員,16名を准組合員,本件訴訟の被告9名全員を含む27名を員外者と決定することが承認された(甲73,原告組合代表者,被告E,弁論の全趣旨)。

9  本件訴訟の提起

原告組合は,平成10年5月6日,本件訴訟を提起し,同年7月31日には被告らに対して訴状が送達された。

10  別件代表訴訟の存在

J(原告組合代表者),K(原告組合の元代表理事組合長),L(原告組合の元専務理事)の3名は,原告組合の組合員6名を原告とする当庁平成9年(ワ)第710号組合員による損害賠償代表訴訟請求事件,平成10年(ワ)第775号損害賠償代表訴訟請求事件の被告とされ,本件配分決議に基づく14名(J,本件訴訟の被告9名を含む。)に対する配分は正組合員としての資格要件を充足していない者に対する不正な配分であり,理事としての善管注意義務ないし忠実義務に違反したとして,合計1億7531万6000円の損害賠償を求められている(顕著な事実)。

第3主要な争点

1  被告らに対する配分は無効であるか否か。

2  仮に被告らに対する配分が無効とされた場合,被告らに対する返還請求は非債弁済ないし不法原因給付を理由に否定されるか否か。

第3章争点に対する判断

第1被告らに対する配分は無効であるか否か。

1  漁業協同組合がその有する漁業権を放棄した場合に漁業権消滅の対価として支払われる補償金は,法人としての漁業協同組合に帰属するものというべきであるが,現実に漁業を営むことができなくなることによって損失を被る組合員に配分されるべきものであるところ(最高裁昭和60年(オ)第781号・平成元年7月13日第一小法廷判決・民集43巻7号866頁参照),被告らに対する配分は,現実に漁業を営んではおらず,水協法・組合定款の定める正組合員としての資格要件を充足していない者に対する配分であることが認められるから,漁業権消滅補償金の性質をないがしろにする反社会的行為として,民法90条の公序良俗に反し無効であり,原告組合は,本件配分決議の無効確認等を待つまでもなく,被告らに対し,不当利得を理由として,受領した配分金の返還を請求することができるというべきである。

2  被告らは,原告組合との関係では,出資の払込み,賦課金の納入等の義務を履行し,従前から正組合員として扱われており,本件配分基準案においても,「漁業による生活依存度の低い者」などとして,被告らの実態に即した配分金額が決定されているのであるから,被告らに対する配分は正当であり,有効である旨主張するが,たとえ被告らの主張するような事情があったとしても,漁業権消滅補償金は,あくまでも組合員の有する収益権の喪失を補償する目的で支払われるものであり,その利益は現実に漁業を営むことができなくなることによって損失を被る組合員が享受すべきものであるから,現実に漁業を営んでいない被告らについては,配分金を受領する法律上の原因を欠如しているというほかなく,被告らに対する配分が正当視されることはないというべきである(なお,被告らは,被告ら以外にも,現実に漁業を営んではおらず,水協法・組合定款の定める正組合員としての資格要件を充足していない者が存在する旨指摘するが,本件訴訟においては,被告ら自身について配分金を受領する法律上の原因があるか否かが問題とされているのであるから,仮に被告らの指摘するような事情があったとしても,被告らに対する配分が正当視されるべきいわれはない。)。

第2被告らに対する返還請求は非債弁済ないし不法原因給付を理由に否定されるか否か。

1  被告らは,①原告組合は,本件配分決議当時,被告らが現実に漁業を営んではおらず,水協法・組合定款の定める正組合員としての資格要件を充足していないことについて,理事はもちろん,組合員全員が認識していたにもかかわらず,被告らに対して配分を行ったのであるから,被告らに対する返還請求は民法705条により許されない,②漁業補償金の各組合に対する配分は,各組合の組合員数を基礎に決定されていたところ,原告組合は,実際に正組合員としての資格要件を充足している者が組合の解散事由である20人未満(水協法68条4項)しか存在しないような状況にあったにもかかわらず,被告らを正組合員として扱うことによって,それだけ多額のFAZ漁業補償金の配分を受けたのであるから,被告らに対する返還請求は民法708条によっても許されない旨主張する。

2  検討

(1) 民法708条は,民法90条の公序良俗違反のような倫理・道徳に反する醜悪な行為をした者に対する制裁として,給付されたものの返還請求を拒否することによって,不法行為の発生を防止することを目的としているものと解されるが,これを広く適用すると,かえって社会的妥当性に反することになるので,その適用については十分な考慮を要するものであり,給付者と受領者の不法性の程度等を比較衡量して,不法性が受領者により多く存する場合には,同条但書により同条本文の適用が排除され,給付者の返還請求が認められるべきである。

そして,民法705条は,債務が存在しない場合に広く適用されるのに対し,民法708条は,給付の原因が公序良俗に反するような場合について特に定められたものと解されるから,両条が重複して適用になるような場合には,民法708条が民法705条に優先して適用されると解するのが相当である(民法708条但書による不法原因給付受領者に対する制裁の機能を発揮させるためには,不法原因給付受領者が一般の不当利得における受領者よりも不利な取扱いを受けてもやむを得ない。)。

(2) これを本件についてみると,原告組合については,本訴請求が是認されて被告らから配分金の返還を受けたとしても,前記のような漁業権消滅補償金の性質からして,公正かつ適正な配分基準を作成した上,現実に漁業を営むことができなくなって損失を被った組合員に対して再配分を行うことが予定されるだけで,原告組合自体が経済上格別の利益を得るわけではない(原告組合では,前記認定のとおり,かねてから漁業を営んでいない遊漁者等に対しても組合加入を働きかけていたことは認められるものの,①平成6,7年当時,組合員名簿上の正組合員のうち,被告ら以外に正組合員としての資格要件を充足していない者が実際に何名存在したのか,②愛媛県が原告組合の実情をどの程度把握してFAZ漁業補償金の漁業補償契約を締結したのか,③原告組合,松山市漁業協同組合,松山市今出漁業協同組合の3組合によるFAZ漁業補償金の配分交渉の際,どのような基準により各組合の具体的配分額が決定されたのか,などの点については,証拠上明らかではなく,被告らの主張を踏まえたとしても,被告らが組合員として扱われていなければ原告組合が7億0200万円のFAZ漁業補償金の配分を受けることができなかったとまで認定することはできない。)。

これに対し,被告らについては,前記認定のとおり,出資の払込み,賦課金の納入等の原告組合に対する義務を履行してきた反面,原告組合において正組合員として扱われ,その多くが組合加入の目的としていた自船の係留場所の確保といった利益は享受してきており,また,もともと漁業を営んではいないのであるから,現実に漁業を営むことができなくなることによる損失を補償するための配分金を受領する理由がないことを実際に認識していたか,少なくとも容易に認識できたことは明らかであり,配分金を受領できないからといって被告ら自身が実害を被るわけではない。他方,仮に被告らに対する返還請求が否定されるとすると,愛媛県の支出に基づく最大1593万円もの金員を被告ら各自が理由なく取得することになり,甚しい不当の利得を許容することになる(前記認定のとおり,本件配分自体ではないが,これにかかわる行為について刑事事件の処罰の対象にもなっている。)。

これらの事情に照らすと,原告組合の本訴請求を拒絶することは,不法原因給付者と受給者の衡平を著しく欠き,社会的妥当性に反するものといわざるを得ないから,本件においては,民法708条但書が適用され,被告らに対する返還請求は否定されないというべきである。

第3小括

以上の検討によれば,被告らに対する配分は無効であり,被告らは,原告組合に対し,受領した配分金について,不当利得として,それぞれ本訴状送達の日の翌日以降である平成10年8月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を付加して支払うべきである。

第4章結論

よって,原告組合の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し,仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊永多門 裁判官 中山雅之 裁判官 末弘陽一)

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