松山地方裁判所 平成10年(ワ)775号 判決 2002年3月15日
原告
甲山太郎
(以下「原告甲山」という。)
外五名
上記原告六名訴訟代理人弁護士
臼井満
被告
丁原四郎
(以下「被告丁原」という。)
外二名
上記被告三名訴訟代理人弁護士
菅原辰二
同
真木啓明
主文
1 被告らは、連帯して、松山市○○漁業協同組合に対し、金一億四六九二万円及びこれに対する平成七年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
事実及び理由
第1章 当事者の申立て
第1 原告ら
1 被告らは、連帯して、松山市○○漁業協同組合に対し、金一億七五三一万六〇〇〇円及びこれに対する平成七年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
第2 被告ら
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第2章 事案の概要等
第1 事案の概要
本件は、松山市○○漁業協同組合が松山港港湾整備事業(愛媛県FAZ整備事業)に伴う漁業権の消滅補償として愛媛県から交付を受けた漁業補償金のうち、合計一億七五三一万六〇〇〇円が正組合員としての資格要件を充足していない一四名に対して不正に配分されたとして、組合員である原告らが、理事であった被告らの善管注意義務ないし忠実義務違反を主張して、水産業協同組合法四四条、商法二六七条に基づき、代表訴訟により損害賠償を求めた事案である。
第2 争点の前提となる事実(証拠を摘示した以外は争いのない事実)
1 当事者
(1) 松山市○○漁業協同組合(以下「○○漁協」という。)は、水産業協同組合法(以下「水協法」という。)に基づき設立された漁業協同組合である。
(2) 原告甲山は平成二年一月一〇日に、原告A、原告Bは平成七年三月二〇日に、原告C、原告Dは昭和四四年三月七日に、原告乙川は昭和六二年七月二一日に、それぞれ○○漁協に加入し、引き続いて組合員である者である(甲37、乙9、原告C、原告A、原告甲山、弁論の全趣旨)。
(3)ア 被告Eは、昭和六一年五月三一日から平成八年六月三〇日までの間、○○漁協の代表理事組合長の職にあった者である(甲23、乙13)。
イ 被告Fは、昭和六一年五月三一日から平成八年六月三〇日までの間、○○漁協の専務理事の職にあった者である(甲23、乙14)。
ウ 被告丁原は、昭和六一年九月三〇日から平成七年七月一三日までの間、○○漁協の理事の職にあり、平成八年七月二日から○○漁協の代表理事組合長の職にある者である(甲11の3、23、乙12、15、16、弁論の全趣旨)。
2 組合員資格
(1) 水協法一八条に基づく組合定款八条によれば、「この組合の地区内に住所を有し、かつ、一年を通じて九〇日をこえて漁業を営みまたはこれに従事する漁民」(一項一号)は正組合員になることができるとされ、「この組合の地区内に住所を有する漁民で、一項一号に掲げる以外のもの」、「この組合の地区内に住所を有しない漁民で、その営みまたは従事する漁業の根拠地がこの組合の地区内にあるもの」は准組合員になることができるとされており、他方、水協法二七条、組合定款一四条によれば、「組合員たる資格の喪失」が法定脱退事由とされている(甲35)。
(2) なお、水協法一〇条によれば、「漁業」とは、水産動植物の採捕又は養殖の事業をいい、「漁民」とは、漁業を営む個人又は漁業を営む者のために水産動植物の採捕若くは養殖に従事する個人をいうとされている。
3 組合員の加入状況
(1) ○○漁協は、旧名称を○○町漁業協同組合といい、松山市漁業協同組合が三組合(○○町漁業協同組合、松山市××漁業協同組合及び松山市漁業協同組合)に組織分裂したことによって昭和四四年三月一五日に法人として成立したものであり、分裂当時、漁業を生業とする二〇名程度の組合員によって構成されていた(甲11の3、乙10、弁論の全趣旨)。
(2) 上記分裂の結果、松山市漁業協同組合が単独で有していた共同漁業権伊共第八三号が○○町漁業協同組合、松山市漁業協同組合及び松山市△△漁業協同組合の共有となり、伊共第八四号が松山市△△漁業協同組合の単有となったが、昭和四五年ころ以降、組合間において、共同漁業権の帰属、公共事業等の実施に伴う漁業補償金の配分等の問題が持ち上がるようになり、関係者の間においては、各組合の組合員数や保有する漁船数の多寡により漁業権帰属の軽重を問い、漁業補償金配分の基準にすべきであるという考え方が支配するようになった(甲14、乙10、弁論の全趣旨)。
(3) ○○漁協では、上記のような背景のもと、歴代の組合長等において、共同漁業権の帰属や漁業補償金の配分について少しでも有利な方向に向かうよう組合員数や漁船数の増加獲得を目指し、漁業を営んでいない遊漁者等であっても、その者が船を所有するなどの事情があれば、組合加入を働きかけるようになり、その成果もあって、原告Cが組合長であった昭和五二年から昭和六一年五月までの間、G(以下「G」という。)、H(以下「H」という。)、I(以下「I」という。)を含む正組合員七名、准組合員一〇名程度が新たに○○漁協に加入し、被告Eが組合長であった昭和六一年五月三一日以降、J(以下「J」という。)、K(以下「K」という。)、L(以下「L」という。)、M(以下「M」という。)、N(以下「N」という。)、O(以下「O」という。)、丙田三郎(以下「丙田」という。)、P(以下「P」という。)、Q、Rを含む正組合員二三名、准組合員七名程度が新たに○○漁協に加入し、平成七年七月三一日当時、組合員名簿上、正組合員五〇名、准組合員一七名の組合員が存在することになった(甲28、29、37、乙9、10、弁論の全趣旨)。
4 FAZ漁業補償金
(1) 愛媛県は、平成七年五月一九日、○○漁協、松山市漁業協同組合、松山市△△漁業協同組合との間で、運輸省第三港湾建設局及び愛媛県が施行する松山港港湾整備事業(愛媛県FAZ整備事業)に伴う漁業権の消滅(共同漁業権伊共第八三号及び伊共第八四号の一部放棄等)についての補償金(以下「FAZ漁業補償金」という。)として二八億五〇〇〇万円を支払う旨の漁業補償契約を締結した(乙2、弁論の全趣旨)。
(2) FAZ漁業補償金は、上記三組合による交渉の結果、七億〇二〇〇万円が○○漁協に配分されることになり、平成七年五月三一日、その配分がなされた。
5 本件配分決議
(1) ○○漁協では、平成六年一二月一六日、臨時総会が開催され、FAZ漁業補償金に関し、配分委員会(以下「本件配分委員会」という。)を設置して配分基準案を作成すること、原告甲山、原告D、被告丁原を含む七名を配分委員とすることなどが異議なく承認された(乙3、弁論の全趣旨)。
(2)ア ○○漁協では、平成六年一二月一九日以降、一一回にわたって本件配分委員会(被告丁原は配分委員長、原告甲山は配分副委員長)が開催され、平成七年七月二〇日、同委員会において、被告丁原の原案を基礎として作成された配分基準案(以下「本件配分基準案」という。)が最終決定された(甲41、乙5の1、原告甲山、弁論の全趣旨)。
イ 本件配分基準案においては、①配分対象額が六億九五〇〇万円、②配分対象組合員が松山市旧○○、○○地区の正・准組合員、③配分基準日が平成六年一二月三一日(以下「本件配分基準日」という。)現在の組合員、④配分対象者が正組合員四三名、准組合員一五名、その他六名(平成六年一二月三一日以降正組合員加入者五名、他合意配分一名)とされており、⑤各正組合員に対する配分については、六四六万五〇〇〇円を「正組合員均等割」とし、「正組合員になって一〇年以上で漁業による生活依存度の高い者」(一〇〇パーセント・一八五三万五〇〇〇円)を基準として、正組合員としての年数の長短及び漁業による生活依存度の高低に応じて九〇、七〇、五〇、三五、二五パーセントの「正組合員年数割」を加算する方法によって算出することとされた(乙7の2)。
ウ なお、被告丁原は、かねてから理事の職にあって、○○漁協が前記3(3)のような方針を採っていたことを認識しており、本件配分委員会においては、組合員名簿に記載されている正組合員は配分対象者である旨の主張を、理事の在職期間中(平成七年七月一三日まで)から行っていた(甲13、14、32の1・2、41、乙5の1、弁論の全趣旨)。
(3)ア ○○漁協では、平成七年七月二九日、理事会が開催され(被告E及び被告Fは出席)、第一号議案「FAZ漁業補償金配分基準案等の承認について」(本件配分基準案)が上程され、臨時総会を開催することが異議なく承認された(乙7の1)。
イ なお、被告Eは、かねてから代表理事組合長の職にあり、被告Fは、かねてから専務理事の職にあって、○○漁協が前記3(3)のような方針を採っていたことを認識していた(甲24、28、弁論の全趣旨)。
(4)ア ○○漁協では、平成七年八月一〇日、臨時総会が開催され、第一号議案「FAZ漁業補償金配分基準案等の承認について」(本件配分基準案)が正組合員五〇名中、賛成四一名、反対九名により承認(以下「本件配分決議」という。)された(乙8の1〜3)。
イ なお、原告甲山は、平成七年七月一三日から○○漁協の理事の職にあり、本件配分決議当時も理事の職にあった(乙8の1、12、16)。
6 本件受領者に対する配分
○○漁協は、本件配分決議に基づき、配分対象者に対して本件配分基準案に従った配分を行ったが、そのうち本件訴訟で問題とされている一四名(以下「本件受領者」という。)に対する具体的配分金額(合計一億七五三一万六〇〇〇円)等は次のとおりである。
(1) J
ア Jは、昭和六一年九月一九日に○○漁協に加入し、本件配分決議に基づき、「正組合員になって三年以上一〇年未満で漁業による生活依存度のやや高い者」として一五九三万円の配分を受けた(甲37、乙8の1〜3、9、弁論の全趣旨)。
イ Jは、①運送会社の役員等をしていて漁業を営んではおらず、また、実際には組合定款の定める地区外に居住しており(甲37、乙9、10、原告A、弁論の全趣旨)、②本件配分基準日ないし本件配分決議当時、正組合員としての資格要件を充足していなかった(この点については争いがない)。そして、○○漁協を原告とする当庁平成一〇年(ワ)第三三六―一号配当金返還請求事件(以下「別件1配当金返還請求事件」という。)の被告として、配分を受けた一五九三万円の返還を求められている(顕著な事実)。
(2) G
ア Gは、昭和五四年五月七日に○○漁協に加入し、正組合員として扱われてきた者であり、本件配分決議に基づき、「合意配分」として三一九万八〇〇〇円の配分を受けた(甲37、乙8の1〜3、9、弁論の全趣旨)。
イ Gは、①自動車修理会社の役員等をしていて漁業を営んではおらず、また、実際には組合定款の定める地区外に居住しており(乙10、原告A、弁論の全趣旨)、②本件配分基準日ないし本件配分決議当時、正組合員としての資格要件を充足していなかった(争いがない)。そして、別件1配当金返還請求事件の被告として、配分を受けた三一九万八〇〇〇円の返還を求められている(顕著な事実)。
(3) H
ア Hは、昭和五七年九月一六日に○○漁協に加入し、本件配分決議に基づき、「正組合員になって三年以上一〇年未満であるが漁業による生活依存度の低い者」として一三一五万円の配分を受けた(甲37、乙8の1〜3、9、弁論の全趣旨)。
イ Hは、①水産物加工会社の役員等をしていて漁業を営んではおらず、また、実際には組合定款の定める地区外に居住しており(乙10、原告A、弁論の全趣旨)、②本件配分基準日ないし本件配分決議当時、正組合員としての資格要件を充足していなかった(争いがない)。そして、別件1配当金返還請求事件の被告として、配分を受けた一三一五万円の返還を求められている(顕著な事実)。
(4) I
ア Iは、昭和六〇年一〇月四日に○○漁協に加入し、本件配分決議に基づき、「正組合員になって三年以上一〇年未満であるが漁業による生活依存度の低い者」として一三一五万円の配分を受けた(甲37、乙8の1〜3、9、弁論の全趣旨)。
イ Iは、①自動車修理会社の役員等をしていて漁業を営んではおらず、また、実際には組合定款の定める地区外に居住しており(甲37、乙9、10、原告A、弁論の全趣旨)、②本件配分基準日ないし本件配分決議当時、正組合員としての資格要件を充足していなかった(争いがない)。そして、別件1配当金返還請求事件の被告として、配分を受けた一三一五万円の返還を求められている(顕著な事実)。
(5) K
ア Kは、平成四年一月一〇日に○○漁協に加入し、本件配分決議に基づき、「正組合員になって三年以上一〇年未満であるが漁業による生活依存度の低い者」として一三一五万円の配分を受けた(甲37、乙8の1〜3、9、弁論の全趣旨)。
イ Kは、①家具製造販売会社の役員等をしていて漁業を営んではおらず、また、実際には組合定款の定める地区外に居住しており(甲5の3、乙10、原告A、弁論の全趣旨)、②本件配分基準日ないし本件配分決議当時、正組合員としての資格要件を充足していなかった(争いがない)。そして、別件1配当金返還請求事件の被告として、配分を受けた一三一五万円の返還を求められている(顕著な事実)。
(6) L
ア Lは、平成六年一一月一日に○○漁協に加入し、本件配分決議に基づき、「正組合員になって三年以上一〇年未満であるが漁業による生活依存度の低い者」として一三一五万円の配分を受けた(甲37、乙8の1〜3、9、弁論の全趣旨)。
イ Lは、①運送会社の役員等をしていて漁業を営んではおらず、また、実際には組合定款の定める地区外に居住しており(甲5の3、37、乙9、10、原告A、弁論の全趣旨)、②本件配分基準日ないし本件配分決議当時、正組合員としての資格要件を充足していなかった(争いがない)。そして、別件1配当金返還請求事件の被告として、配分を受けた一三一五万円の返還を求められている(顕著な事実)。
(7) M
ア Mは、平成二年一〇月三日に○○漁協に加入し、本件配分決議に基づき、「正組合員になって三年以上一〇年未満であるが漁業による生活依存度の低い者」として一三一五万円の配分を受けた(甲37、乙8の1〜3、9、弁論の全趣旨)。
イ Mは、①プロパンガスの販売等を行っていて漁業を営んではおらず、また、実際には組合定款の定める地区外に居住しており(甲5の2、乙10、原告A、弁論の全趣旨)、②本件配分基準日ないし本件配分決議当時、正組合員としての資格要件を充足していなかった(争いがない)。そして、別件1配当金返還請求事件の被告として、配分を受けた一三一五万円の返還を求められている(顕著な事実)。
(8) N
ア Nは、平成四年四月二八日に○○漁協に加入し、本件配分決議に基づき、「正組合員になって三年以上一〇年未満であるが漁業による生活依存度の低い者」として一三一五万円の配分を受けた(甲37、乙8の1〜3、9、弁論の全趣旨)。
イ Nは、①工業会社の経営等をしていて漁業を営んではおらず、また、実際には組合定款の定める地区外に居住しており(甲37、乙9、10、原告A、弁論の全趣旨)、②本件配分基準日ないし本件配分決議当時、正組合員としての資格要件を充足していなかった(争いがない)。そして、別件1配当金返還請求事件の被告として、配分を受けた一三一五万円の返還を求められている(顕著な事実)。
(9) O
ア Oは、平成二年四月二五日に○○漁協に加入し、本件配分決議に基づき、「正組合員になって三年以上一〇年未満であるが漁業による生活依存度の最も低い者」として一一二九万六〇〇〇円の配分を受けた(甲37、乙8の1〜3、9、弁論の全趣旨)。
イ Oは、①船舶の修理販売等を行っていて漁業を営んではおらず、また、実際には組合定款の定める地区外に居住しており(甲37、乙9、10、原告A、弁論の全趣旨)、②本件配分基準日ないし本件配分決議当時、正組合員としての資格要件を充足していなかった(争いがない)。そして、別件1配当金返還請求事件の被告として、配分を受けた一一二九万六〇〇〇円の返還を求められている(顕著な事実)。
(10) 丙田
ア 丙田は、平成元年八月一〇日に○○漁協に加入し、本件配分決議に基づき、「正組合員になって三年以上一〇年未満であるが漁業による生活依存度の最も低い者」として一一二九万六〇〇〇円の配分を受けた(甲37、乙8の1〜3、9、弁論の全趣旨)。
イ 丙田は、①マリーナの経営等をしており(乙10、原告A、弁論の全趣旨)、②本件配分基準日ないし本件配分決議当時、正組合員としての資格要件を充足していなかった(争いがない)。そして、○○漁協を原告とする当庁平成一〇年(ワ)第三三六号配当金返還請求事件(以下「別件2配当金返還請求事件」という。)の被告として、配分を受けた一一二九万六〇〇〇円の返還を求められている(顕著な事実)。
(11) P
ア Pは、平成七年一月八日に○○漁協に加入し、本件配分決議に基づき、「平成六年一二月三一日以降正組合員加入者」として三一九万八〇〇〇円の配分を受けた(乙8の1〜3、9、弁論の全趣旨)。
イ Pは、①釣り道具店の経営等をしていて漁業を営んではおらず、また、実際には組合定款の定める地区外に居住しており(乙10、原告A、弁論の全趣旨)、②本件配分決議当時、正組合員としての資格要件を充足していなかった(争いがない)。そして、その後、配分を受けた三一九万八〇〇〇円を○○漁協に返還するため供託を行い、○○漁協はこれを受領している(弁論の全趣旨)。
(12) Q
ア Qは、被告丁原の甥であり、平成六年一月八日に○○漁協に加入し、本件配分決議に基づき、「正組合員になって一年以上三年未満であるが漁業による生活依存度の高い者」として一三一五万円の配分を受けた(甲15、37、乙8の1〜3、9、弁論の全趣旨)。
イ Qは、①○○漁協加入当時、組合定款の定める地区内に実際には居住しておらず(甲4の3、13ないし19、22)、②本件配分基準日ないし本件配分決議当時、正組合員としての資格要件を充足していなかった(争いがない)。
(13) R
ア Rは、被告Eの甥であり、平成三年四月二〇日に○○漁協に加入し、本件配分決議に基づき、「正組合員になって一年以上三年未満であるが漁業による生活依存度の高い者」として一三一五万円の配分を受けた(甲34、37、乙8の1〜3、9、弁論の全趣旨)。
イ Rは、①漁業を営んではおらず、また、実際には組合定款の定める地区外に居住しており(甲37、乙9、原告A、弁論の全趣旨)、②本件配分基準日ないし本件配分決議当時、正組合員としての資格要件を充足していなかった(争いがない)。
(14) 被告丁原
被告丁原は、昭和五〇年一二月二六日に○○漁協に加入し、本件配分決議に基づき、「正組合員になって一〇年以上で漁業による生活依存度の高い者」として二五一九万八〇〇〇円の配分を受けた(甲37、乙8の1〜3、9、弁論の全趣旨)。
7 本件受領者に対する配分にかかわる刑事事件の存在等
ア 被告丁原は、Qに対する配分にかかわる電磁的公正証書原本不実記録、不実記録電磁的公正証書原本供用、公正証書原本不実記載、同行使被告事件(当庁平成八年(わ)第二七二号)について、平成九年八月二二日、有罪判決を受けた(甲4の1〜3、弁論の全趣旨)。
イ ①被告E、被告Fは、J、H、I、K、L、M、O等に対する配分にかかわる公正証書原本不実記載、同行使、電磁的公正証書原本不実記録、不実記録電磁的公正証書原本供用各被告事件(当庁平成八年(わ)第二二一号、第二四九号、第二七三号、同九年(わ)第九三号、第九七号、第九八号)について、平成一〇年九月二一日、有罪判決を受け(甲5の1〜3、顕著な事実)、②J、H、I、K、L、M、Oも、公正証書原本不実記載等の被疑事実により取調べを受け、松山地方裁判所において、有罪判決を受けている(甲34、原告A、顕著な事実)。
8 ○○漁協に対する訴え提起の請求
(1) 原告らは、平成九年九月八日到達の書面により、○○漁協に対し、被告丁原を除く本件受領者一三名に対する配分に関して、被告らの責任を追及する訴えの提起を請求した(甲3の1・2)。
(2) 原告らは、平成一〇年八月二一日到達の書面により、○○漁協に対し、被告丁原に対する配分に関して、被告らの責任を追及する訴えの提起を請求した(甲12の1、12の2の1・2)。
9 本件代表訴訟の提起
(1) 原告らは、平成九年一〇月一四日、被告丁原を除く本件受領者一三名に対する配分に関して、平成九年(ワ)第七一〇号事件を提起した。
(2) 原告らは、平成一〇年九月二八日、被告丁原に対する配分に関して、平成一〇年(ワ)第七七五号事件を提起した。
10 原告甲山、原告乙川を被告とする別件配当金返還請求事件の存在
原告甲山は、正組合員としての資格要件を充足していないとして、○○漁協を原告とする当庁平成一〇年(ワ)第四七六号配当金返還請求事件(以下「別件3配当金返還請求事件」という。)の被告とされ、原告乙川も、同様に別件2配当金返還請求事件の被告とされ、それぞれ本件配分決議に基づき配分を受けた配分金(原告甲山については一部)の返還を求められている(顕著な事実)。
第3 主要な争点
1 被告丁原の正組合員としての資格要件充足の有無
2 ○○漁協の損害発生の有無、被告らの善管注意義務ないし忠実義務違反の有無
3 本訴請求の信義則違反ないし権利濫用の有無
第3章 争点に対する判断
第1 被告丁原の正組合員としての資格要件充足の有無
1 原告らは、被告丁原は「ローラーごち網漁業を営む漁民」として組合員資格を得ているようであるが、ごち網漁業は「当該漁業ごと」「船舶ごと」に知事の許可を受けなければ営むことができないものであるから(漁業法六五条一項、水産資源保護法四条一項、愛媛県漁業調整規則七条)、「船舶」を持たず、当該「ごち網漁業」の許可も受けないまま違法操業をしてきた被告丁原は正組合員としての資格要件を充足していないというべきであり、被告丁原に対する配分は違法無効なものである旨主張する。
2 証拠(甲32、乙12、認定事実末尾に摘示)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 被告丁原は、昭和一一年二月二三日、松山市の□□において出生し、中学校卒業後、家業である漁業を手伝い、□□漁業協同組合(当時)の組合員となり、昭和三〇年ころ以降、ごち網漁業を営んでいたが、昭和四三年ころから昭和四九年ころまでの間は、砂利採取運搬業を営み、漁業から離れていた(甲13)。
(2) 被告丁原は、昭和五〇年一二月二六日、○○漁協に加入し、正組合員となった(甲13、37、乙9)。
(3) 被告丁原は、昭和五〇年ころ以降、専ら「一そうローラーごち網」を行うことによって生計を立てており、平成八年ころまでの間、多い時で年収三〇〇〇万円、少ない時で一七〇〇万円程度の漁獲があったが、他方、その間、愛媛県漁業調整規則違反(禁止区域内操業等)により、七回検挙されている(甲13)。
(4) 被告丁原は、昭和五一年五月二八日、愛媛県漁業調整規則七条一項に基づき、所有する「e丸」について、「一そうローラーごち網」漁業の愛媛県知事の漁業許可を受け(有効期間昭和五四年五月二七日まで)、その後、更新等により、昭和五四年五月三〇日(有効期間昭和五七年五月二九日まで)、昭和五七年九月六日(有効期間昭和六〇年九月五日まで)、昭和六〇年九月一二日(有効期間昭和六三年九月一一日まで)、昭和六三年一一月七日(有効期間昭和六六年一一月六日まで)に、それぞれ同様の許可を受け、平成三年二月六日には、妻の丁原花子が「譲受」を変更事由として同様の許可(有効期間平成六年二月五日まで)を受けたが、平成五年一二月二四日には、再び被告丁原が「譲受」を変更事由として同様の許可(有効期間平成八年一二月二三日まで)を受けている(甲9、11の1、14、43)。
3 検討
被告丁原は、本件配分基準日ないし本件配分決議当時、漁業を営んでいたことが認められ(当時、所有する「e丸」について、「一そうローラーごち網」漁業の知事の許可を受けていたことも認められる。)、年間九〇日を超えて漁業を営んでいなかったことを認めるに足りる的確な証拠もないから、正組合員としての資格要件を充足していなかったということはできず、被告丁原に対する配分が違法無効であるということはできない。
したがって、被告丁原に関する原告らの主張を採用することはできない。
第2 ○○漁協の損害発生の有無、被告らの善管注意義務ないし忠実義務違反の有無
1 原告らは、被告らは、本件受領者らが正組合員としての資格要件を充足していないにもかかわらず組合員名簿に正組合員として登載されていることを利用して不正に配分を受けようとしていることを知りながら配分を推進し実行したものであり、理事としての善管注意義務ないし忠実義務に違反して本件受領者に対する不正配分相当額の損害を○○漁協に与えたのであるから、○○漁協に対し、連帯して、一億七五三一万六〇〇〇円の損害を賠償する責任がある旨主張する。
2 検討
(1) ○○漁協の損害発生の有無
ア 漁業協同組合がその有する漁業権を放棄した場合に漁業権消滅の対価として支払われる補償金は、法人としての漁業協同組合に帰属するものというべきであるが、現実に漁業を営むことができなくなることによって損失を被る組合員に配分されるべきものであるところ(最高裁昭和六〇年(オ)第七八一号・平成元年七月一三日第一小法廷判決・民集四三巻七号八六六頁参照)、被告丁原を除く本件受領者に対する配分(合計一億五〇一一万八〇〇〇円)は、水協法・組合定款の定める正組合員としての資格要件を充足していない者に対する配分であることが認められるから、漁業権消滅補償金の性質をないがしろにする反社会的行為として、民法九〇条の公序良俗に反し無効であるというべきである。
そして、○○漁協は、上記の一億五〇一一万八〇〇〇円のうち、現時点において、Pから三一九万八〇〇〇円の返還を受けただけで、それ以外の者からの返還を受けていないことが認められるから、被告丁原を除く本件受領者に対する配分により、一億四六九二万円の損害を被ったというべきである(○○漁協にとって、被告丁原を除く本件受領者に対して合計一億四六九二万円の不当利得返還請求権を有していることと、現実に一億四六九二万円を所持していることとは同視することができない。)。
イ 被告らは、漁業権消滅補償金は終局的には組合員に配分されるべきものであるから○○漁協には損害が発生していない旨主張するが、上記のように漁業権消滅補償金は組合員の有する収益権の喪失を補償する目的で支払われるものであり、FAZ漁業補償金の帰属主体である○○漁協にとって、収益権を喪失する組合員の利益のために管理処分すべき財産が目的外で処分されている以上、損害が発生していることは否定できないというべきである(○○漁協としては、被告丁原を除く本件受領者から配分金の返還がなされ、ないしは被告らから損害賠償がなされた場合、上記のような漁業権消滅補償金の性質からして、現実に漁業を営むことができなくなって損失を被った組合員に対して再配分を行うことが予定されているというべきであるが、その手続は総会の特別決議によって行われるべきものであり(上記最判参照)、現時点において具体的な配分金の支払義務を負っているわけではない。)。
(2) 被告らの善管注意義務ないし忠実義務違反の有無
ア 被告E及び被告Fについて
被告E及び被告Fは、本件配分基準案に従った配分を行えば、水協法・組合定款の定める正組合員としての資格要件を充足していない者(被告丁原を除く本件受領者を含む。)に対しても配分がなされることを認識した上で、本件配分基準案を提出する臨時総会の招集を決定する理事会(平成七年七月二九日開催)に出席し、これに異議をとどめなかったことが認められるから、被告丁原を除く本件受領者に対する配分に関し、故意又は過失により、理事としての善管注意義務(水協法四四条、商法二五四条三項、民法六四四条)ないし忠実義務(水協法三七条)に違反して、○○漁協に損害を与えたというべきである。
イ 被告丁原について
被告丁原は、上記アの理事会開催当時には理事の職にはなかったものの、本件配分基準案の作成に関与した者であり、組合員名簿に記載されている正組合員全員に対して配分を行えば、水協法・組合定款の定める正組合員としての資格要件を充足していない者(被告丁原を除く本件受領者を含む。)に対しても配分がなされることを認識した上で、理事の在職期間中(平成七年七月一三日まで)、本件配分委員会において、配分委員長として、組合員名簿に記載されている正組合員全員に対する配分を推進するなどしており、○○漁協に損害が発生することを阻止しなかったばかりか、かえって損害発生の原因となるべき行為を積極的に推進していたことが認められるから、被告丁原を除く本件受領者に対する配分に関し、故意又は過失により、理事としての善管注意義務ないし忠実義務に違反して、○○漁協に損害を与えたというべきである。
ウ 被告らは、本件受領者に対する配分は本件配分決議に基づいて行われたものであり、理事としては総会の決議がなされた以上これに従わざるを得ないのであるから、被告らが○○漁協に対して責任を負うことはない旨主張するが、理事には、法令・定款に違反する内容の総会決議がなされる前に、これを未然に防止することが期待されていると考えられ、他方、本件代表訴訟の提起があり、組合員全員の同意による責任の免除(水協法三七条、商法二六六条五項)はなされていないのであるから、本件配分決議が存在するからといって被告らの責任が否定されることはないというべきである。
第3 本訴請求の信義則違反ないし権利濫用の有無
1 被告らは、①原告甲山や原告Dは、本件配分委員会の副委員長ないし委員として、本件配分基準案の最終決定に参加し同意していること、②原告甲山は、本件配分決議当時、○○漁協の理事の職にもあったこと、③原告甲山や原告乙川は、別件2、3各配当金返還請求事件において、○○漁協から配分金の返還を請求されていることなどの事情を挙げ、本訴請求は信義則に反し権利の濫用である旨主張する。
2 検討
(1) 本訴請求は、組合員の代表訴訟として行われているものであるところ、組合員の代表訴訟は、個々の組合員に対し、組合の有する権利を組合のために行使することを認め、組合の利益の回復、ひいては組合員の利益の回復を図るための制度であり、それ自体、これを提起する組合員に直接の財産的利益をもたらす性質のものではないから、代表訴訟による請求を一般条項により排斥すべきか否かの判断は慎重になされなければならないのであって、当該代表訴訟による請求が、組合員たる地位と離れた不当な個人的利益を獲得する意図に基づくものであるとか、組合ないし理事に対する不当な嫌がらせを主眼としたものであるなどの特段の事情のある場合に限り、これを排斥するのが相当である。
(2) これを本件についてみると、本訴請求は、原告甲山や原告乙川を被告とする別件2、3各配当金返還請求事件の存在等からして、○○漁協における組合員間の派閥争いが反映していることがうかがえられなくはないものの、本件代表訴訟自体が別件2、3各配当金返還請求事件に直接的な影響を与えるものではなく(もとより、本件全証拠によるも、原告らについて、○○漁協ないし被告らから金銭を喝取するなどの意図を見出すことはできない。)、公正かつ適正な配分がなされるための財産的基礎を確実にするという本件代表訴訟によってもたらされる機能に照らすと、組合員たる地位と離れた不当な個人的利益を獲得する意図に基づくものであるということはできず、本件代表訴訟によって追及しようとする被告らの違法行為の時期・内容、損害賠償額等にかんがみると、組合ないし理事に対する不当な嫌がらせを主眼としたものであるなどということもできない(なお、原告甲山も、本件配分決議当時、○○漁協の理事の職にあったが、原告甲山の理事としての損害賠償責任の有無と被告らの損害賠償責任の有無とは別個の問題であり、本訴請求を排斥すべき理由にはならない。)。
(3) したがって、本訴請求を一般条項によって排斥することは相当ではなく、この点に関する被告らの主張を採用することはできない。
第4 小括
以上の検討によれば、被告らは、被告丁原を除く本件受領者に対する配分に関し、理事としての善管注意義務ないし忠実義務に違反し、○○漁協に一億四六九二万円の損害を与えたものとして、○○漁協に対し、連帯して、一億四六九二万円の損害を賠償する義務を負うというべきである。
第4章 結論
よって、原告らの本訴請求は、被告らが○○漁協に対して連帯して一億四六九二万円及びこれに対する損害賠償債務が発生した後である平成七年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・豊永多門、裁判官・中山雅之、裁判官・末弘陽一)