松山地方裁判所 平成12年(ワ)1046号 判決 2002年4月24日
原告
松原俊三
同
久保田靖馬
原告ら訴訟代理人弁護士
東俊一
同
中川創太
被告
奥道後温泉観光バス株式会社
同代表者代表取締役
一色誠
同訴訟代理人弁護士
和田一郎
主文
1 原告らが,被告の従業員としての地位にあることを確認する。
2 被告は,原告らに対し,平成12年3月以降,この判決が確定するまでの間,毎月,当月27日限り,別紙賃金目録記載1の各金員を支払え。
3 被告は,原告らに対し,別紙賃金目録記載2の各金員を支払え。
4 原告らのその余の請求にかかる訴えを却下する。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
6 この判決は,主文第2項(但し,平成13年3月から平成14年3月までに支払期が到来した部分を除く。)及び第3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告ら
1 主文第1,3,5項と同旨
2 被告は,原告らに対し,平成12年3月以降,毎月,当月27日限り,別紙賃金目録記載1の各金員を支払え。
3 仮執行宣言
2 被告
(主位的答弁)
1 原告らの本件訴えのうち,口頭弁論終結日の翌日以降の賃金支払を求める部分について却下する。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
4 仮執行免脱宣言
(予備的答弁)
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 仮執行免脱宣言
第2事案の概要
本件は,整理解雇された原告らが,その無効を主張して,被告に対し,従業員たる地位にあることの確認と賃金の支払を求めた事案である。なお,証拠摘示がないものは,当事者間に争いのない事実である。
〔前提となる事実〕
1 当事者について
(1) 原告ら
ア 原告久保田靖馬(昭和21年8月29日生)は昭和53年に,原告松原俊三(昭和23年8月21日生)は昭和56年に,それぞれ被告に入社して,運輸部に所属し,タクシーに乗務した後,貸切バスの運転者(正社員)として勤務してきた。
イ 原告らは,運輸部のバス運転者のみで構成され,被告内で唯一の労働組合である奥道後観光バス株式会社労働組合(以下,「観光バス組合」という。)に所属し,原告松原は平成12年1月から委員長を,原告久保田は平成12年2月から書記長をしていた(<証拠略>)。
ウ 原告らの賃金は,毎月20日締めの当月27日支払であり,平成11年1月分から同年12月分までの平均賃金の月額は,原告松原が35万1266円,原告久保田が41万1272円であった。また,被告のバス運転者の平成12年度及び平成13年度の夏期及び冬期賞与はそれぞれ基本給の60%であったが,原告松原の基本給は月額21万1660円,原告久保田の基本給は月額22万9750円であった。
(2) 被告
ア 被告は,<1>奥道後バス,奥道後タクシーの商号で一般旅客自動車運送事業,旅行業を行う運輸部,<2>ホテル奥道後の商号で宿泊,飲食,遊園地事業を行うホテル部,<3>奥道後ゴルフクラブの商号でゴルフ,果樹園芸事業を行うゴルフ部の三部門から構成されている株式会社である。
イ 被告は,以前,株式会社来島どっく(以下「来島どっく」という。)のグループに属していたが,グループ解体後の平成5年1月ころ,奥道後リゾート株式会社(以下,「奥道後リゾート」という。)が株式会社東明地所(以下,「東明地所」という。)から各部門の経営の基礎となる土地,建物などの営業用資産を買い戻し,それ以降は,被告が奥道後リゾートからこれらの土地,建物などを賃借して,営業を続けてきた。
2 解雇の意思表示
被告は,平成12年2月1日,原告らに対し,同月2日付けの解雇予告通知書を交付し,さらに,同月18日付けの解雇辞令により,「就業規則第78条3号に定める経営不振による事業縮小」を理由として,原告らを同月20日付けで解雇(以下「本件解雇」という。)する旨の意思表示を行った。
3 解雇に至るまでの経緯
(1) 被告常務取締役矢野洋志(以下「矢野常務」という。)は,平成12年1月25日,観光バス組合委員長の原告松原に,バス運転者の中から希望退職者を20名募りたいと告げ(以下「本件人員削減」という。),さらに,同月26日と翌27日には,原告らを含むバス運転者10数名の者の前で,被告の経営状況が厳しいと説明し,同月26日から30日までの間,20名の希望退職者を募集して,応募者が20名に満たないときは,不足した人数について整理解雇するなどと述べた。その際,バス運転者の中からは,給与を下げて雇用を継続することはできないのかなどの意見が出た。
なお,矢野常務は,同月29日にも,原告松原に対し,上記説明とほぼ同旨の内容(但し,20名に満たないときは不足した人数の整理解雇をするとの部分がないもの)が書かれた「希望退職の実施について(お知らせ)」と題する文書を交付している。
(2) 被告の希望退職者募集の呼びかけに対し,バス運転者31名のうち18名がこれに応じ,同年2月1日までに退職した。そして,被告は,希望退職者が2名不足したとして,原告らに対し,同月2日付けの解雇予告通知書を手渡したことは,前判示のとおりである。
(3) 観光バス組合は,同月7日,被告に,解雇について団体交渉を行うように求め,被告は,同月15日,被告運輸部支配人弓山悟(以下「弓山支配人」という。)をしてこれに応じたが,弓山支配人は,原告らの解雇予告を撤回する意思がないとした。そこで,観光バス組合は,第2回の団体交渉を同月18日に行うこと,団体交渉の席に代表取締役社長の一色誠(以下「一色社長」という。)又は矢野常務が出席するように求めた。
(4) しかし,被告は,同月16日に,次回の団体交渉を同月25日とする旨を返答し,加えて,同月19日には,同月20日をもって原告らを解雇する旨の解雇辞令を原告らに郵送してきた。
なお,同月25日には第2回団体交渉は開かれたが,被告側は弓山支配人のみが出席したにすぎず,また,原告らに対する解雇の意思表示が撤回されることもなかった。
4 仮処分について
原告らは,松山地方裁判所に,原告らが被告の従業員たる地位にあることの仮の確認及び賃金の仮払いを求める仮処分(平成12年(ヨ)第33号従業員地位保全仮処分命令申立事件。以下「本件仮処分」という。)を申し立て,同裁判所民事第2部は,平成12年11月15日,以下の内容の仮処分命令を発した。
(1) 原告らが被告の従業員たる地位にあることを仮に定める。
(2) 被告は,原告松原に対し,平成12年3月から本案の第1審判決言渡しに至るまで,毎月27日限り,1か月金35万1266円の割合による金員を仮に支払う。
(3) 被告は,原告久保田に対し,平成12年3月から本案の第1審判決言渡しに至るまで,毎月27日限り,1か月金41万1272円の割合による金員を仮に支払う。
〔中心的な争点〕
1 賃金の将来請求に関する訴えの利益の有無
2 本件解雇の有効性
(原告らの主張)
本件解雇はいわゆる整理解雇である。整理解雇は,労働者側に何らの責任原因がなくして重大な不利益を課するものであるから,<1>人員整理の客観的必要性があること,<2>解雇回避のため最大の努力がされていること,<3>整理解雇の基準とその適用が合理的なこと,<4>労働組合や被解雇者に対し誠実な説明と説得の手続がされたことの4要件を充たした場合に限り,認められる。しかし,本件解雇はこれら4要件のいずれも満たしておらず,無効である。
(1) 人員整理の必要性がないこと
ア 毎年約3000万円の営業赤字が見込まれるとの主張について
a 被告運輸部の営業赤字は,専ら,奥道後リゾートに対する高額な本件営業用資産の賃料(以下「本件賃料」という。)により生じたものである。本件解雇の当時,その賃料は全体で年間9億円であるが,これは東明地所から賃借していた当時の約3倍(被告運輸部の負担額は年間7248万円であるが,この額は約30倍)の金額である。
しかも,運輸部が負担する賃料は,平成5年1月22日から平成6年3月分までが月額1500万円,平成6年4月分から平成10年3月分までが月額670万円,平成10年4月分からは月額604万円となっている。つまり,被告は,その時々の都合に応じ,賃料額を各部門に割り振っていたにすぎず,かかるあいまいな根拠に基づいて算定された賃料負担額を根拠にして,被告運輸部の営業が赤字であるか否かを述べることは妥当でない。ちなみに,運輸部が実際に賃借している土地について時価の6%の利回りにより賃料を算定すると,その額は年間約2280万円となる。
b のみならず,被告は,本件訴訟提起後の平成13年9月27日,奥道後リゾートとの間で,賃料を同年4月1日に遡って月額3000万円(消費税込み)に引き下げると合意した。本来ならば,早期に減額することも可能であったはずで,かかる減額がされていれば,被告の平成12年度における営業利益は,運輸部で約7698万円,被告全体では約2億2235万円の黒字となったはずである。
それでは,被告が,なぜ,これまで賃料引下げをせず,平成13年になってからこれを行ったのかが問題である。被告においては,従来から,ゴルフ場の用地取得のための借入金の利息支払が損金に算入できるかどうかの問題があり,平成9年から同12年にかけて年額2億5000万円の損金算入措置が認められていた。そこで,その間は,奥道後リゾートに賃料収入を得させ,グループ内で利益を確保しておき,その算入措置が認められなくなった平成13年度からは奥道後リゾートが多額の法人税を納めることを回避すべく,賃料を減額したのである。このように,賃料額は,グループ企業外に利益が流出することを防ぐために定められていて,グループ企業内においては,かかる損金措置により得られた約10億円の利益が保持されていると推測される。
c また,被告は,未処理損失2億8000万円(うち1億円は希望退職者に対する退職金原資である。)があるとも主張するが,その具体的内容は一切明らかでなく,人員削減や本件解雇を正当づける理由とはなりえない。
イ バス代替え経費(少なくとも毎年9000万円)の必要性について
a 本件解雇当時,被告は,約35台のバスを保有していたが,そのうち23台が購入後10年以内の車両である。バブル経済下では,短期間で代替えする企業もあったが,バブル経済の崩壊後は,愛媛県内の同業他社も,代替えを控えているのが実情である。
b 被告では,全くバスを購入しない年がある(昭和62年,平成8~10年)かと思うと,1年で9台のバスを購入した年もあり(平成5年),購入サイクルは一定していない。被告は,本件解雇の直前にも,古い車両について,数百万円をかけて内装(シートの張り替え,カーテンの新調),外装(車両の色の塗り替え,板金等)の補修工事を行っているし,車検が切れる直前の古い車両についても,同様の補修工事を行っている。
c そこで,被告は,今後,定期的に一定台数のバスを購入し,耐用年数に応じて,毎年一定台数を代替えすると説明しているものの,そのような被告の説明自体に信憑性がないと思われる。したがって,代替えの費用のために本件解雇の必要性があるともいえない。
ウ 退職金の返済原資を調達する必要性について
a そもそも,人員削減のための費用調達の必要性をもって,人員削減の必要性の根拠とすることが許されることではない。人員削減をしなければよいのである。
b 被告には,当時,退職金支払を要しない1年契約の嘱託運転者が5名在籍していた。そこで,被告が主張するとおり,人員削減の必要性があり,退職金支払が困難な状態でもあったというのであれば,被告は,まず,嘱託運転者に対して希望退職者を募集し,雇い止めをするはずである。ところが,被告は,あえて,退職金の支払を要する正規運転者に限って希望退職者を募集し,短期間で整理解雇を強行している。つまり,退職金支払のことは,被告にとって,さして切実な問題ではなかったというべきである。
c しかも,被告は,従来,本件人員削減に伴う退職金1億円を金融機関から借り入れたと説明していた。ところが,本件訴訟中に,真実はグループ会社である松山温泉開発株式会社(以下「松山温泉開発」という。)から借り入れていたことが明らかとなった。グループ会社からの借入れであるから,資金繰りは容易であったはずで,借入れ条件なども弾力的に決定できると思われる。
なお,その関係でいうと,本件人員削減を行うに当たり,被告が,「金融機関からの借入れのめどが立ったのは本件人員削減を行う直前であって,1年後に金融機関から1億円の借入れができる保証はなかったため,本件人員整理を短期間に行わざるを得なかった」と説明している部分が虚偽であったことに他ならない。
エ 人員削減の必要性に関するその余の事情について
a 被告では,平成7年以降,13名の運転者の自然減があったが,被告は,その都度,新規採用により11名を補充している。また,被告は,本件人員削減に応じた18名の運転者のうち12名を,退職前と同様,バス運転者として再雇用し,しかも,そのうち3か月の契約期間で再雇用された嘱託社員11名については,期間満了後も再契約を行った。
被告は,人員削減後は,閑散期(12月,1月,2月)に必要な人員のみを常時雇用とし,繁忙期(4月,5月,10月,11月)には3か月契約の嘱託運転者を臨時に雇用して対応するつもりであると主張しているが,実際には,繁忙期対策として雇用されたはずの嘱託運転者11名のうち8名までもが,雇用期間満了後も雇い止めを受けず,再契約されて,4月から11月まで継続して雇用されている。
そこで,被告では,本件人員削減後も,継続して19名の運転者を必要とする業務量があるというべきであって,本件解雇の必要性はなかったのである。
b このことを,実際の稼働状況から見てみることにする。すなわち,平成12年3月から同年5月までの間,被告のバス稼働台数は1日平均で13.7台,稼働運転者数も1日平均で13.78名である。そのうち,繁忙期でない3月だけを取り出しても,バスの稼働代(ママ)数は1日平均10.84台,運転者は1日平均10.77人である。12名以上の運転者が乗務した日数は3月だけでも14日にのぼっている。
ところで,被告の就業規則上,バス運転者には1か月のうち9日間は公休を与えると定められている。そこで,被告は,約3日に1日の割合で運転者に休みを与える義務があることになるので,仮に,被告が11名の運転者を雇用していても,その公休との関係で,実際に乗務できる運転者は平均7,8名程度にしかならない。つまり,閑散期の3月ですら,11名の運転者だけでは業務遂行ができない。
c ちなみに,労働省は,平成9年度労働省告示第4号「自動車運転者等の労働時間の改善のための基準」(以下「改善基準」という。)をもって,改善基準に定められた拘束時間の限度が,被告の労働基準法36条協定における時間外労働時間の限度であるとしている。つまり,被告が改善基準に違反すれば,それは36条協定違反,ひいては労働基準法32条違反となり,そのことは,とりもなおさず同法119条に該当する犯罪行為となるのである。ところが,被告は,本件仮処分事件の手続内で,被告のバス運転者の拘束時間が,改善基準が定める限度を超えている場合があることを認めていた。
また,道路運送法28条1項は,「輸送の安全及び旅客の利便の確保のために一般旅客自動車運送事業者が遵守すべき事項は,運輸省令で定める」と規定し,同法を受けて運輸省は,本件解雇当時,「旅客自動車運送事業等運輸規則」(以下「運輸規則」という。)を定めている。その2条には,「旅客自動車運送事業者(中略)は,安全,確実かつ迅速に運輸を遂行するよう努めなければならない。」,21条1項,3項には,「旅客自動車運送事業者は,過労の防止を十分考慮して,事業用自動車の乗務員の勤務時間及び乗務時間を定めなければならない」,「疾病,疲労,飲酒その他の理由により安全な運転をすることができないおそれがある運転者を事業用自動車に乗務させてはならない。」と規定があるところ,被告は,前記のとおり,運転者に,改善基準に違反する長時間労働,タクシー勤務とバス運転者の兼務,宿直明けの貸切バスの運転従事等,明らかな過労状態における乗務をさせており,運輸規則21条1項の違反がある。
また,運輸規則35条は,「旅客自動車運送事業者は,事業計画の遂行に十分な数の事業用自動車の運転者を常時選任しておかなければならない」と規定し,同36条1項は,日々雇い入れられる者や2月以内の期間を定めて使用される者,試みの使用期間中の者等の,不安定な雇用形態にある者は,運転者として選任してはならないとされている。被告は,36台のバスを運行するために,常時選任する運転者は11名,繁忙期には期間3か月の契約社員で賄うと主張するが,このような経営方針は「常時」選任を求めている運輸規則35条に違反するし,契約社員など不安定な雇用形態の者を運転者として選任してはならないことを定めた同36条1項の規定の趣旨を潜脱してもいる。
現に,被告は,平成12年7月5日,愛媛陸運支局より事情聴取を受け,同年9月19日には,同支局の指導に従って,7名の運転者を追加して選任した。
d このように,被告は,運輸規則35条により,事業計画の遂行に十分な数の運転者を常時選任しておくべきところ,同規定は,平成12年2月1日に行われた貸切バス事業の規制緩和(需給調整規制の廃止)によっても,廃止,改正,運用の見直しなどはされていない。愛媛県内におけるほかの貸切バス事業者の大半は,少なくとも車両台数と同程度の運転者を雇用している。
そこで,被告としては,かかる運輸規則を遵守するため,相当数のバス運転者を雇用する必要性があり,18名の希望退職者を得た上で,さらに原告ら2名を解雇する客観的必要性などはなかった。だからこそ,被告は,平成12年4月から5月にかけて,12名ものバス運転者を嘱託運転者として採用しているのである。
e したがって,本件解雇の必要はない。むしろ,希望退職者18名が退職した時点で,被告には,相当数の運転者を増員する必要性があったといわなければならないのである。そこで,本件解雇は,法ないし行政規範に違反する結果をもたらす違法なものであって,権利の濫用である。
なお,被告は,「就業規則第78条3号に定める経営不振による事業縮小のため」に原告らを解雇したとも主張する。しかし,被告は,本件解雇後もバスの台数を維持して,貸切バス事業を営んでいる。就業規則の「事業の廃止」があったわけではなく,「整理縮小」も行われていない。また,前述したように,そもそも20名の人員削減すら必要でなかったのであるから,18名もの希望退職者を得た後,なお,原告らを整理解雇しなければならない必要性はない。このように見てくると,就業規則における「その他会社の都合により必要を生じたとき」に該当する事情はなく,本件解雇は無効である。
オ 希望退職との関係について
a 上記の点を考慮すると,被告は,本件人員削減の時点で,10名程度の人員削減が実施されれば,その目的を達成することができたと考えられる。被告は,それを大幅に超える18名もの希望退職者を得ながら,しかし,原告らへの本件解雇を強行したが,その必要性はなかった。
b もし,原告らが希望退職に応じなかった場合でも,被告は,予定していた嘱託運転者の採用を12名から10名にすればよい。この場合,人件費削減額は,被告が当初予定したところより年額533万円程度少なくなるが,被告は,本件解雇の実施前に,退職条件を改めるなどして,引き続き希望退職者を募集し,あるいは,嘱託運転者の雇い止めの措置を講じたり,一定期間自然退職を待つことなどすることが可能であったはずである(実際にも,2名の運転者が自主的に退職した。)。
c 被告は,希望退職者が20名に満たなかった場合,整理解雇を行うことをあらかじめ発表しており,希望退職に非協力的な者を優遇することは職場の混乱を招くことが予想できるとも主張するが,しかし,混乱を招くというのは根拠のない憶測である。また,使用者の強い勧誘の有無はともかく,本人の自由意思に基づく希望退職と,使用者が一方的に行う整理解雇とは法的性質を異にするものであって,それらの間の公平性を考慮すること自体が不当である。
d 人員削減・整理解雇の必要性は,最大利潤の追求という観点のみから判断されるべきではない。その結果として,道路運送法や労働基準法等の法令,告示,省令等の行政的規範に違反し,ひいては利用者や労働者等の一般国民の生命や健康を害する危険性が生じる場合には,必要性を認めるべきではない。また,バス事業への参入規制が緩和されたとしても,旅客の安全や労働者の健康に対する配慮をも犠牲にする過当競争が許されるべきでないことは当然のことである。
(2) 解雇回避措置の不履行について
ア 被告は,平成7年以降,人件費抑制措置を講じてきたと主張するが,それらは取締役など管理職の人員削減や賞与の減額,一般職・バス運転者の賞与削減などの人件費抑制で,不況下において企業が一般的に行う不況対策と同レベルのものであり,解雇回避のために行った措置とはいえない。
むしろ,被告は,かなり以前から,平成11年度内に貸切バス業界における需給調整規制が廃止されることを知っていながら,平成7年度以降,運転者の自然減による人員削減をすることなく,かえって,退職者の補充を行ってきたのである。
イ また,バス代替えの必要性がないことも前に述べたとおりであって,バスの代替えを停止したからといって,解雇回避措置をとったといえるわけではない。
ウ さらに,被告は,本件解雇を回避するため,賃金減額措置を講じることをしていない。被告は,その理由について,退職金の支払時期の先送りと増額を伴うこと,就業規則の不利益変更をすることによって訴訟に発展するおそれもあるし,賃上げを要求している観光バス組合との対立も予想できることなどと説明する。
しかし,原告久保田や,別の運転者らは,平成12年1月26日に行われた希望退職の説明会の席上で,賃金を下げてもいいから雇用を確保するように発言しているのに,被告は,これを検討することなく,本件解雇を強行したのであって,解雇回避措置をとるべき義務を尽くしていない。
(3) 整理解雇基準の非合理性
ア 本件解雇を行うについて,被告の人選基準は「入社後の年数の長い順」である。しかし,勤続年数が長いということは,通常,長年にわたってまじめに企業に尽くしてきたことを意味する。企業に対する貢献度の観点からみて,かかる基準は合理的でない。特に,旅客運送業を営む被告にとって,かかる基準は,運転技術水準の低下に直結することにもなる。
イ さらに,被告の人選基準は「正社員のみを対象とする」ものであった。しかし,この基準自体,本来,経営危機などの際に雇用を調節するために採用している嘱託運転者の存在を無意味にしかねない点で,極めて不合理なものである。
(4) 誠実な説明・協議が尽くされてない
ア 被告は,本件解雇発令前には,一切団体交渉を開催せず,観光バス組合に事前説明をすることなく本件解雇を強行した。本件人員削減があった当時,対象とされるバス運転者31名全員が,観光バス組合組合員であったが,被告は,団体交渉を行わずに,解雇予告を行い,さらに,実質的な団体交渉もされないままに本件解雇を強行した。なお,解雇予告通知後に開かれた3回の団体交渉に出席したのは,決定権も被告の経営内容についての知識もほとんど有しない弓山支配人だけであった。
イ 被告は,希望退職者の募集を開始して6,7日後に,本件解雇を強行した。被告が,このような短期間で,希望退職・退職勧奨及び整理解雇を連続的に強行したために,観光バス組合では,被告に対して団体交渉の申入れを行ったり,組合内部で議論したりすることが困難となったばかりか,個々の運転者の立場を考えても,今後の生活のために,退職に応ずるべきか否かを考慮する時間が不足する結果をもたらしている。
ウ また,被告は,希望退職者を募集した後,改めて,整理解雇の必要性や解雇者の人選のための基準について,労働者ないし観光バス組合と協議したことがない。加えて,被告の経営状態を示すに足りる資料を示すこともしなかった。
被告の経営状態に関する説明は,本件解雇後の平成12年2月25日の第2回団体交渉の席において,初めて,弓山支配人から,口頭で行われたが,しかし,その信憑性はない。本件仮処分の審尋手続でも,被告からはその原資料の提出がなく,弓山支配人が事後に作成したとする報告書ないし陳述書が提出されたものの,それも,記載された金額がそれぞれ億単位で食い違うなどしたため,提出してはその後に訂正されるという内容のものであった。
そこで,本件解雇は,結局のところ,誠実な説明・協議を経ないで行われたものというべきである。
(被告の主張)
(1) 人員整理の必要性
ア 毎年の営業赤字について
a 被告のホテル部,ゴルフ部,運輸部の3部門は,それぞれ独立採算制をとって,経営している。ところで,運輸部では,貸切バス業界の規制緩和のため,販売価格の下落が激しく,バス部門の年間売上額は平成3年の約6億5000万円だったものが,同11年には約4億8000万円にまで減少した。そのため,運輸部では,平成6年度以降,毎年,数千万円程度の赤字経営を続けている。
なお,被告の競合会社である伊予鉄道株式会社(以下「伊予鉄」という。)では,月給制から日給制に変更するなど,観光バス運転者の賃金レベルを3割から5割程度カットし,新規参入業者における運転者の賃金レベルに合わせる措置をとっている。そのため,被告のバス運転者の賃金は,愛媛県内ではもっとも高額な部類なのである。
b 原告らは,本件賃料が不当に高額であることが原因で,運輸部の赤字が続いていると指摘するが,事実ではない。本件賃料は,奥道後リゾートが株式会社東明地所より本件営業用資産を買い戻すにつき,株式会社日本興業銀行(以下「興銀」という。)から約180億円を借り入れたため,その返済条件に合わせて決定された。すなわち,本件賃料額は,通常の使用収益の対価を決める場合とは異なるのである。本件賃料額が不当に高いという原告らの指摘は当たらない。
なお,被告は,平成11年3月当時,奥道後リゾートに賃料約15億4300万円(運輸部約4000万円)の未払があるが,その支払を猶予してもらっている。各部門の赤字体質が改善されない限り,賃料の不払が増えるが,そのことは,奥道後リゾートの興銀に対する返済をさらに困難にするものとなる。
c なお,被告は,平成13年9月27日,奥道後リゾートとの間で,本件賃料を同年4月1日にさかのぼって年間3億円とする旨合意した。これは,奥道後リゾートが支払う法人税の額が,平成12年度までは繰延べ損金の算入措置がされていた関係で少額で済んでいたのに,平成13年度からはその算入措置がなくなり,そのままでは多額の法人税が課されるおそれがあったためである。しかも,前記のとおり,賃料は一部未払があるため,奥道後リゾートがその納税をするには,新たな借入れをしなければならない。そこで,その事情を知った興銀も,賃料減額をやむを得ないものとして,この時点で,賃料減額が実現した。
しかし,だからといって,それ以前の時期に,賃料減額が可能であったということではない。賃料の減額は,奥道後リゾートの賃料収入を減少させ,決算を悪化させるし,大口債権者である興銀への支払を難しくするからである。興銀も,決算の悪化を望んでおらず,興銀に対して支払猶予を求めることも難しかったので,平成12年度以前に,本件賃料の減額がされる余地はなかった。
d また,平成13年4月から本件賃料が減額されたといっても,運輸部は,累積赤字としての未処理損失を2億円以上も抱えており,これによって運輸部の再建ができるとはいいがたい。加えて,賃料減額措置も,恒久的なものではなく,いずれ増額されることが予定されている。
なお,奥道後リゾートの,平成12年度における約3億4500万円の黒字は,未収賃料が利益として計上されたことに基づくものであり,実体を伴った数字ではない。
イ バス代替えの必要性について
a 被告では,本件人員削減当時,大型バスを,少なくとも毎年2台の割合で代替えする必要があり,その費用として,年間約9000万円を見積もっていた。原告らは,被告において,バスの補修をしたことなどをあげて,代替えの必要がないなどと指摘するが,被告には資金の余裕がなかったので,やむを得ず補修をしたにすぎない。
b また,バスの補修を行ってみても,車両の老朽化に伴う故障の増加,信用低下による競争力の低下などは避けられず,代替えの必要性が減ずるわけではない。ちなみに,愛媛県内の同業他社を見てみると,平成7年から同13年までに,39台中8台,76台中31台,39台中19台をそれぞれ代替えしている。しかし,被告にあっては,その間,代替えをしていない。
ウ 退職金の返済原資を調達する必要性について
a 被告は,本件人員削減において,単に閑散期(12,1,2月)の余剰人員20名を削減するだけでなく,人員削減による人件費の削減効果を上げることを意図し,退職金が必要となる正社員を削減対象とした。もっとも,そのような削減を行うためには,被告は,退職金として約1億円を調達する必要があった。さらに,被告には,当時,未処理損失の約1億8000万円を解消するための資金が必要であったし,人員削減後において通年雇用するバス運転者の賃金(年間約4000万円)を確保する必要もあった。
b 被告がこれらの資金を金融機関からの借入れで賄うとすると,その返済として,1年につき約5000万円が必要となると予想されるが,これらの原資を確保するためにも,本件人員削減を実施する必要性が高かったのである。
c なお,借入れ先の金融機関名を原告らに公表せず,松山温泉開発から借り入れたのは,原告らによる金融機関への業務妨害行為がされることを心配したことと,金融機関の側で,赤字決算が続いている被告より,松山温泉開発に融資することが好ましいという判断が示されたからである。
エ その他の人員削減の必要性について
a 貸切バス事業は平成12年1月までは認可制度であり,いったん減車すると,その後,適時に増車することはできない。また,運輸規則に基づいて,被告は,繁忙期において必要なバスの台数に応じた運転者を通年確保しておく必要があった。
そこで,被告は,運転者の自然減があったときも,新規採用により運転者を補充してきた。その後,運輸規則自体の改廃がされたわけではないが,規制緩和後,その運用が改められたのを契機として,被告は,本件人員削減に踏み切ったのである。
b 被告は,本件人員削減により,常時雇用の運転者を,繁忙期に必要な31名から閑散期に必要な11名とすることを予定した。その上で,繁忙期に必要となるバス運転者は,期間を定めて,市場並みの日給で雇用することにし,実際にも,希望退職者の中から再雇用を行って賄っている。それらの者の中には,長期の雇用を予定して再雇用した運転者もいるが,これは賃金の高いこれまでの正社員とは異なり,退職金を必要とせず,競合する他社並みの賃金で雇うことができる新しいタイプの社員である。その者についても雇用期間の定めをしたのは,過当競争の中,更新時に労働条件を見直すための協議をしやすくするためで,仕事量が減少した際に雇止めをしやすくするためではない。被告は,競合する他社にならい,平成10年より,正社員の欠員について嘱託運転者を採用し,補充してきた。将来的には,バス運転者のすべてを嘱託運転者に置き換えることを検討している。
c なお,被告の運輸部門中,タクシー運転者に関しては既に歩合制を採用していて,市場並みの賃金レベルであったため,人員削減の対象としなかった。また,春秋の繁忙期には,タクシー運転者の中からバスにも乗車できる者を選んで運転者にしたことがあるが,これは,運輸部全体の利益を増加するための方策である。同業他社では,被告とは異なって,乗合バス事業を行っており,閑散期には,貸切バス運転者を路線バス運転者に配置転換するなり,タクシー乗務を命じたりするなどしている。そこで,同業他社とのバス運転者の数を比較して,人員削減の必要の有無を論ずるのは適当でない。また,愛媛県陸運支局による指導は,繁忙期を前提とした指導であり,被告において,閑散期に必要な運転者数が11名であることには変わりがない。
d これに対し,原告らは,平成12年3月から5月までの間のバス稼働状況に基づいて,11名の運転者では不足であると指摘する。しかし,被告は,あくまで閑散期における必要最小限度の人員を確保し,他の時期には,必要に応じ,嘱託運転者を雇用することを予定しているので,不足することはない。しかも,本件人員削減の前は,月給制であるバス運転者の全員に仕事が行き渡るべく,本来は運転者1名で十分な乗務でも2名の運転者を用いたことがあった。そこで,バスに乗務した運転者数と必要最小限の運転者数とは必ずしも一致しないものである。
また,被告の就業規則及び三六協定によると,被告では,運転者に14日に1日の割合で休日を取得させれば足りるが,実際には,3月から5月の繁忙期でも,運転者は4週4日以上の公休を得ている。なお,原告らが指摘するとおり,被告では,過去に,バス運転者の拘束時間が改善基準告示が定める限度を超過したことがあった。しかし,これは,拘束時間を厳密に計算した場合,時間外労働時間が減少し,手当が減ってしまうため,拘束時間を実際より過大に計上したことにより生じたものである。実質的な拘束時間はおおむね告示の定めの範囲内であった。
被告は,現在,閑散期において必要な運転者として,通年雇用者を10名,予備運転者を5名,それぞれ選任しているが,各運転者は,平成12年11月21日から平成13年2月20日まで,月平均9日の休日を取得している。
オ 原告らの整理解雇の必要性について
a 以上のとおりであって,被告の赤字体質を改善し,必要な資金を確保するには,勤続年数の長い運転者から数えて20名の人員削減が必要である(最低限11名の運転者が必要であったため,削減人員を20名とした)。そこで,希望退職に18名が応じたとしても,本件人員削減の目的が達成できたわけではない。原告らは,嘱託運転者に退職を求めることがなかったとも指摘するが,嘱託運転者は,人件費の削減を目的として雇用した者であるから,これらの者の中から雇止めをしても意味がない。嘱託運転者を含めて20名を削減しても,本件人員削減の目的を達成することにはならない。
b また,被告では,平成7年から同11年まで,合計15台(年に3台)のバスの代替えをせず,約5億7500万円を削減した。さらに,その間,取締役総支配人,管理職の数を8名から1名に削減して(現在,管理職は弓山支配人のみである。),年間約3408万円の人件費の削減をしている。
また,被告は,平成9年から同11年まで,一般職やバス運転者の賞与支給額を減額して合計約4700万円の,平成10年と同11年には昇給停止をして約538万円の,それぞれ人件費削減を行い,さらに,平成10年には管理職手当の20%カットを,また,同11年8月以降には,一般職と営業職の残業制限を行った。事務職員2名の退職後も,その補充をしないままでいる。
c このように,被告の経営を改善するには,バス運転者20名の削減が必要であり,本件でも,希望退職者が20名に満たないときは整理解雇を行うと,事前に発表していた。そこで,被告としては,当初に発表したとおり,本件解雇を行ったのである。
希望退職に応じた者の中には,被告の窮状を理解し,不本意ながらも退職した者も含まれているから,被告が本件解雇をしなければ,会社に協力しない者を優遇し,原告らのごね得を許すことになる。また,原告らが従前どおりの賃金を得ることで,再雇用された者らとの間で混乱が生じるおそれもある。
d そして,被告は,本件人員削減後に8台の減車届をして,常時雇用する運転者も31名から11名に減らした。このことは,明らかに就業規則でいう「事業縮小」である。また,閑散期以外の時期は,嘱託運転者の雇用などにより必要な人員を確保するので,原告ら2名といえども,不要な人員を抱えておくだけの余裕はない。
e また,被告は,本件人員削減前に退職した者に対し,退職金を分割払いで支給していた。そこで,仮に,原告らの雇用を継続しても,将来の退職金の支払時期(原告松原が平成20年,本件解雇時の退職金約360万円。原告久保田が平成18年,同退職金約460万円)に,退職金原資を確保できる確実な見込みはない。今回は,その退職金原資が確保されているのである。
(2) 解雇回避の措置
ア 解雇までの期間が短かったことについて
希望退職者の募集,本件解雇は短期間で行われた。しかし,被告が本件人員削減をするとの方針が,急きょ,決まったわけではない。被告には,退職金の支払原資を調達する見込みがなかったため,実施を控えていたにすぎない。
そのような状況下で,問題を短期間に処理することにしたのは,<1>希望退職者募集の直前に1億円を借り入れるめどが立った,<2>1億円の借入れは故坪内オーナーの生前の信用に依存する部分が大きく,1年後に同様の借入れができる保証がない,<3>本件人員削減を翌年の閑散期まで延期すると,約700万円の退職金増額となる,<4>本件人員削減による現場の動揺を2月中には収束し,繁忙期における混乱を回避する必要がある,<5>売上減少,赤字増大が続くことで,経済的信用が低下するおそれが大きい,<6>坪内オーナー亡き後,グループの信頼を維持するには,会社再建のために努力する姿勢を内外に示す必要がある,<7>平成12年2月13日に予定されていた坪内オーナーの社葬前に退職者を確定しておきたい,<8>他方,被告のバス運転者らは,被告の経営状況が悪化していることを十分に認識していたなどの諸事情があったからである。
イ 賃金カットの方法を採らなかったことについて
a バス運転者の賃金カットによって,人件費を削減する方法も考えられなくはない。しかし,もし,11名の賃金総額を原告らを含めた13名で分配したとすると,約15%の賃金カットである。かかる賃金カットを実施しようとして労使交渉をもったとしても,交渉が繁忙期にずれこむおそれがあるし,その過程で,組合による正規の手続を経ず,予定されたバス業務を拒否する運転者も出てきかねない。そこで,そのような賃金カットの方法はとれないと判断した。
b また,賃金カットは,退職金支払時期の先送りと退職金額の増額を伴うが,将来,退職金原資の調達が可能かどうかも不明であった。
c さらに,賃金カットのために就業規則を変更した場合,かかる変更が後の裁判によって無効とされる危険性があり,だからといって,31名全員から同意をとることは困難で,仮に同意をとることができたとしても,それには長時間を要するおそれもあった。
ウ 希望退職者の再募集をしなかったことについて
観光バス組合は,平成12年2月16日,執行委員長の名で,組合員に対し,希望退職募集に絶対に応じないように呼びかけていたから,被告が再度の希望退職者募集をすることは無意味であった。
エ 配置転換の可能性がなかったことについて
原告らは,専門職として採用されてはいないが,運転者以外への配置転換は事実上できない。被告内で,バス以外の運転者が働く場所は,運輸部のタクシー部門と,ホテル部の車輌課であるが,車輌課に欠員はなく,バス運転者からタクシー運転者への配置転換は,賃金が半分以下となることなどの理由から,従来,希望者がなかった。
さらに,運転者以外への配置転換も,当時,新設あるいは増員を要する部署はなく,そもそも原告らについては適性の面からも,配置転換は不可能であったと思われる。加えて,他の職種の賃金は,当時原告らが得ていた賃金の半額程度であった。したがって,原告らも,そのような配置転換を希望したことがない。なお,グループ内の他企業への配置転換も同様に不可能な状況であった。
(3) 整理解雇基準の合理性
ア 解雇基準について
本件解雇の人選基準は「入社後の年数が長い順」としたが,限られた削減人員枠の中でより多くの人件費を削減するためには,賃金が高い,入社年数の長い者から選ぶことが適当であった。そして,その基準に該当する者は,原告ら2名であったのである。また,原告らは,いずれも300日に近い雇用保険受給権を有していたので,雇用保険受給期間内には再就職できる可能性が高いとの判断もあった。
本件解雇の直後,被告のバス運転者は勤続年数4年以下の者ばかりとなったが,これらの者の中にはバスや大型自動車の運転経験が豊富な者がいる。また,経験の少ない者については,配車上で配慮するとか,若手教育を実施することなどで対応しているので,バス運転者の技術レベルに問題が出ることはない。勤続年数が長い運転者でも,原告松原のように,顧客からの苦情が多いなど,必ずしも会社に対する貢献度が高いとはいえない者もある。
イ 原告松原を選択に(ママ)したことについて
原告松原は,旅行会社やガイド組合から評判が良くなく,原告松原を外してほしいと要望があったこともある。また,原告松原は,以前,医師の診断書を提出し,心臓疾患を理由に,軽労働部門への配置転換を求めたこともあった。そのときは,被告も,同原告に,ロープウエイ操作担当者,ホテル送迎バスの運転者への配転などを示したが,同原告がこれに応じなかった経緯もある(なお,本件解雇時点で,原告らの配転先がなかったことについては,前述したとおりである。)。
(4) 説明・協議を尽くしたことについて
ア 説明・協議に関する経過
a 観光バス組合は,従来,さしたる活動もしていなかったが,本件解雇の予告後に,被告に対し,愛媛地方労働組合連合会及び松山地区労働組合連絡協議会と連名で,団体交渉の申入れを行ってきた。
b 被告は,観光バス組合の実態及び従来の折衝方法にならい,平成12年1月25日,当時の委員長である原告松原に対し,貸切バス事業存続のために20名の希望退職者を募集せざるを得ないこと,募集対象者は入社3年以上又は年齢50歳以上の者で,募集期間は平成12年1月26日から同月30日までであること,退職日は同年2月20日とすること,退職金額は会社都合の場合に基づいて支払うこと,応募者が20名に満たないときは整理解雇を行うことを説明した。また,さらに,それに続く2日間も,希望退職者募集の対象となる組合員に対し,直接,同趣旨の説明を行った。なお,原告松原からは,同月25日,退職金割増しの要望が出されたので,被告も,年休残の買上げ相当額についての割増しを承諾し,その点も,翌日以降に説明した。
同月26日,原告久保田より,賃金を下げて雇用を継続してほしいとの要望があったが,被告は困難である旨回答し,その際,繁忙期には,希望退職に応じた者の中から,期間を定め,伊予鉄の契約運転者と同等の賃金で再雇用する可能性があるとも説明した。
c なお,観光バス組合は,被告が長期にわたり赤字経営を続けていること,被告がこれまでにも様々な経営改善のための努力をしてきたことを知りながら(矢野常務は,平成11年より,運転者一人一人にも,貸切バス業界の厳しさを説明するなどして,努めてきた。),賃上げを要求したり,被告が希望退職者を募集したことを指して「解雇」と称して宣伝したりしている。このようなことからすると,被告が観光バス組合と長期間にわたって協議を続けてみても,同組合の理解が得られたかどうかは,疑問がある。
d 前記のとおり,観光バス組合への説明が直前になったのは,退職金原資約1億円の借入れについてめどが立っていなかったからである。平成11年12月,坪内オーナーの個人保証によって退職金原資1億円を借り入れることが決まったが,同月28日に坪内オーナーが亡くなられたため,その融資が棚上げとなったのである。被告は,金融機関と再交渉を行って,ようやく同時期に借入れのめどが立った。
e 被告は,本件仮処分以前には,観光バス組合に,詳細な経営資料を開示していないが,これは,従来から開示をした例がないこと,被告の経営資料が観光バス組合を通じて外部に流れると,被告に対する信用不安を招き,顧客の減少を招いたり,燃料代や保守費用に関する手形決裁を断られるなどの心配をしたからである。また,観光バス組合がその経営資料の中から自分の都合の良い部分のみをピックアップし,宣伝に利用するおそれもあった。
第3裁判所の判断
1 将来の訴えの利益の有無について
被告は,原告らの各請求中,本件口頭弁論終結後に生ずる賃金請求につき,これはいわゆる将来の給付の訴えであるが,口頭弁論終結後に原告らが退職などをした場合などを想定した場合を考えると不当な請求である,本件が仮に原告らの勝訴で確定したときは被告はこれに従わないことはないなどとして,将来請求分にかかる訴えについて却下を求めている。
そこで検討するに,いわゆる将来の給付を求める訴えはあらかじめその請求をする必要がある場合に限って認められるところ,被告は,本件で,一貫して本件解雇の有効性を主張しており,少なくとも,本件訴訟が確定するまでの間はその主張を維持するものと推認される。他方で,原告らが求める給付は,いずれも賃金であり,原告ら及びその家族らの日々の生活に欠かすことのできない性質を有しているから,被告の支払義務が現在化したときは即時にその給付が受けられるようにする必要があると解されるものである。
このように見てくると,本件で,原告らは,本案判決が確定するまでの間,賃金をあらかじめ請求しておく必要があると認めることが相当である。他方,被告が,本案が確定したときはこれに従うとの意思を明らかにしている以上,その後についてまであらかじめ請求をしておく必要もないものと思われる。よって,原告らがする将来請求は,本案判決が確定するまでの間はその必要が認められ,他方,それ以後についてはその必要がないと解される。そこで,原告らの賃金支払を求める訴えは,本案判決確定の日の翌日以降に支払時期が到来するものについて支払を求める部分につき,訴えの利益がないものとして却下することが相当である。
2 本件解雇の違法性について
証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事案が認められる。
(1) 被告の事業内容など
ア 被告の事業
被告は,昭和35年2月に設立され,同40年ころからバス・タクシー事業を営んできたが,さらに,昭和50年以降,来島どっくから営業委託を受けてホテル奥道後とその関連施設の営業も行い,あわせて,奥道後ゴルフクラブの営業用資産を所有してゴルフ場の営業も行ってきた(但し,ゴルフ部は平成9年にいったん独立したことがある。)。
来島どっぐ(ママ)の解体に伴い,被告の営業用資産は,いったん,東明地所に譲渡され,被告は,平成3年1月に東明地所から本件営業用資産を賃借して3部門の事業を行った。さらに,東明地所は平成5年1月に奥道後リゾートに本件営業用資産を譲渡したが,被告は,それ以後,奥道後リゾートから本件営業用資産を賃借して,3部門の営業を続けてきた。
イ 営業用資産に関する賃料
被告が奥道後リゾートに支払うべき賃料は,当初,奥道後リゾートが本件営業用資産買戻し資金について興銀から借り入れた約180億円の返済条件,本件営業用資産の減価償却費,その固定資産税,その他の経費などを基礎にして,年間9億円と合意され,被告内部では,それを3部門に振り分けることにした。その分担額は,本件営業用資産の評価額,各部門の支払能力等を考慮して,次のとおり決められた。もっとも,平成13年4月以降の賃料は,後に述べるとおり,年間3億6000万円に値下げされている(なお,各部門の金額の単位は万円である。)。
〔期間(平成)〕 〔運輸部〕 〔ホテル部〕 〔ゴルフ部〕
<1> 5.1.22~6.3.31 18000 30000 42000
<2> 6.4.1~10.3.31 8040 35640 46320
<3> 10.4.1~13.3.31 7248 36432 46320
<4> 14.4.1~ 2760 13878.8568 17646.8568
ウ 被告の営業成績
a 運輸部の営業成績
被告の運輸部の近年の営業成績は,おおむね,次のとおりである。
(運輸部全体) (貸切バス)
平成6年度 △2474万円 △451万円
平成7年度 △3392万円 △1630万円
平成8年度 △4691万円 △2309万円
平成9年度 △8008万円 △5773万円
平成10年度 △5225万円 △3260万円
平成11年度 △3912万円 △2329万円
平成12年度 88万円 1065万円
b 被告の全体の営業成績
被告のホテル部,ゴルフ部の営業成績も,ホテル部門が平成11年度に黒字を計上した他は,運輸部門の赤字額を上回る大幅な赤字を続けてきた。そのため,被告は,平成6年度から平成12年度にかけ,毎年,億単位の額の赤字を出している。
c 営業用資産の賃料についての未払
そこで,被告は,奥道後リゾートに対する賃料の支払について,一部,支払の猶予を受け,しのいできた。その額は,利息も加算して,平成11年3月期現在で,運輸部が約4000万円,ホテル部が約8億1300万円,ゴルフ部が約6億9000万円であり,被告全体では約15億4300万円である。
なお,奥道後リゾートと被告は,被告が主張するとおりの理由で,平成13年4月以降の賃料を年9億円から年3億6000万円に値下げする旨,合意した。この減額に伴い,被告の運輸部での負担額は年に4488万円減少することとなった。
エ 貸切バス事業を取り巻く状況
貸切バス事業では,昭和63年から規制緩和が進み,愛媛県内でも,新規参入や増車が相次いだ。また,平成6年以降は,需要が低迷したことも加わって,バス代金についても市場原理が働くようになり,平成12年2月からは,貸切バス事業が認可制から許可制に移ったことから,競争は一層激化することになった。各社とも,それに伴って対応することが迫られていたのである。例えば,伊予鉄では,平成9年1月ころより,バス運転者を期間1年の嘱託雇用に切り替え,千葉県内の貸切バス業者は,平成11年5月に,賃金の切下げを行い(一時解雇後,退職前より低賃金で再雇用),熊本県のバス会社も,平成12年1月までに,会社を清算し,従業員約200人を解雇すると発表したりしていたのである。
(3)(ママ) 本件解雇に至る経緯等
ア 運輸部の概要
運輸部は,業務課,バス営業,タクシー,整備課からなっている。このうち,バス営業だけに限って,運転者数を見てみると,平成7年度当初に32名であったものが,その後,平成7年度に4名,平成9年度に5名,平成10年度に2名,平成11年度に1名の合計12名が退職し,他方,平成7年度に1名,平成8年度に2名,平成9年度に3名,平成10年度に2名(但し,嘱託雇用者),平成11年度に3名(但し,嘱託雇用者)の合計11名(うち嘱託雇用者5名)のバス運転者の新規採用があったので,その結果,平成12年1月時点で,被告のバス運転者は31名(うち嘱託雇用者5名)となっていた。
なお,同時点で,運輸部には,バス運転者31名の他,支配人1名,係長2名,一般職4名,技工職1名,タクシー乗務員22名がおり,バス37台(大型26台,中型5台,小型6台。うち1台は乗合バス専用)とタクシー10台を保有して,営業していた。
イ 運輸部における経費削減努力
運輸部では,<1>平成7年度以降,退職やホテル部への配置転換を行い,取締役1名,管理職6名を減員し,管理職の昇給も停止して,人件費を抑制した。<2>平成9年度以降,一般職とバス運転者への賞与を減らし,平成10年度以降はこれらの者の昇給停止もした。<3>平成7年度以降,バスの代替えをせず,経費を削減した。<4>平成10年度には管理職手当の20%カット,一般職(営業職)の残業制限,2名の事務職員退職後の不補充を実施して,経費を削減した。
その上で,被告は,平成11年8月の夏期賞与の支給時と,平成12年12月の冬季賞与の支給時に,従業員に対し,書面により,被告の経営状態は「しまなみ海道」の開通効果で多少改善に向かっているが,利益が出ている状況でないこと,バスの代替えもできないこと,毎年赤字が続いていて,累積額は毎年増えていること,貸切バス業界は需要の低迷と規制緩和による新規参入により過当競争に陥っていること,このような状況が続くと,運輸部は事業継続が困難となり,今後,現業部門についても改革をしなければならないことなどの説明を行い,さらに,矢野常務も,平成11年10月ころから,運輸部事務所などで,バス運転者らに対し,規制緩和に伴うバス業界の現状や,経営状況の悪化,伊予鉄の嘱託運転者制度と被告バス運転者の給与などの比較について説明して,従業員らに協力を求めてきた。
ウ 人員削減の決定に至る経緯
a 被告は,平成11年11月ころ,翌3月期の営業損益が6年連続で赤字になることが見込まれたことから,バス運転者のうち20名を削減することについて検討を開始した。そして,坪内オーナーの個人保証を得て,同年12月,株式会社四国銀行から人員削減に必要な退職金原資1億円を借り入れることの内諾を得たが,同月28日,坪内オーナーが死去したため,その借入れの件は,いったん,棚上げとなった。その後,再交渉をした結果,平成12年1月20日ころ,主債務者を,被告のグループ企業である松山温泉開発とし,一色社長などの個人保証を付けることにより,改めて,1億円を借り入れることができることになった。
b そこで,被告は,人員削減の方法に関し,削減人数を20名として,正社員の中から希望退職者を募ることにした。そして,応募者が20名に満たないときは,20名に満つるまで,正社員で,かつ,勤続年数の長い者の中から,順番に整理解雇を行うと決めて,発表した。
被告の説明によると,削減人数を20名としたのは,規制緩和で,平成12年2月以降,貸切りバスの台数は7日前に届け出れば自由に増減できることになったため,閑散期においても必要とされる運転者数11名だけを通年雇用して,それ以上にバス運転者が必要となるときは,すべて嘱託雇用による運転者によって運行することにすることを,計画の基本としたからである。そして,嘱託雇用による運転者の選考は,希望退職者を中心に人選するする(ママ)ということにした。
エ 希望退職者の募集
a 矢野常務は,平成12年1月25日,観光バス組合委員長である原告松原に対し,正社員であるバス運転者の中から希望退職者20名を募ることとし,20名に満たない場合には退職勧告を行うなどと説明した。とれを聞いた原告松原は,被告に,決算書等を提示するよう求めたが,被告はこれに応じなかった。
そして,矢野常務と弓山支配人は,翌26日にも,原告久保田を含むバス運転者約10名に,同様の説明をして,さらに,繁忙期には嘱託運転者として再雇用することがあるなどとも告げた。その際,原告久保田らから,賃金を下げて雇用を継続することができないかとの質問がされたが,矢野常務らは困難であると返答した。
b 被告は,1月26日以降,運輸部事務所で,バス運転者に,「希望退職申込書」及び「希望退職の実施について(お知らせ)」と題する文書を交付した。それらの文書には,貸切バス業界の経営が難しくなっていること,被告も倒産の危機にあり,会社の存続のために希望退職者の募集に踏み切ったことと,募集人員は「20名」で,対象者は「入社3年以上又は50歳以上のバス運転者」,募集期間は「1月26日~30日」,退職日を「2月20日」,退職金額を「退職金規定の会社都合額」などと記載されていた。さらに,矢野常務と弓山支配人は,同年1月27日,バス運転者ら10名余りの者の前で,前同様の説明を行った。
なお,その当時,被告運輸部で,この募集基準を満たしているバス運転者は31名中の23名で,しかも,該当しない8名のうち5名は契約期間1年内の嘱託運転者であった。つまり,被告が募集した人数は,バス運転者23名中,20名について希望退職者を募るとの内容であったことになる。
c この希望退職者募集には,18名のバス運転者が応募し,うち12名は被告での再雇用を希望した。
(4)(ママ) 本件解雇とその後の経過
ア 本件解雇の通知
被告が原告らを整理解雇したことについては,前提となる事実2に記載したとおりである。なお,弓山支配人は,原告らに解雇予告通知書を交付した際,本日中は希望退職への応募を受け付けるとも述べている。
同通知書には,同月20日をもって解雇すること,解雇理由は,就業規則第78条3号に定める経営不振による事業縮小のためであることが記載されていた。
イ 本件解雇通知後の対応
a 観光バス組合は直ちに大会を開き,原告松原を委員長に再選し,原告久保田を書記長に選出した。そして,2月7日,愛媛地方労働組合連合会,松山地域労働組合連絡協議会と連名で,被告に対し,<1>2月10日に団体交渉を行い,労働組合と誠意をもって協議すること,<2>組合に対し,本件解雇の理由,必要性,再雇用の労働条件等につき経理資料を提示して説明すること,<3>これまでに被告が行った退職募集を撒回し,希望退職,解雇予告通知を撤回すること,<4>団体交渉で協議の結果,希望退職を募集する際には,現行退職金に75パーセントの上積みをすることを交渉事項とするように申し入れた。
これに対し,被告は,坪内オーナーの社葬が2月13日に行われること,弓山支配人が多忙であることを理由に,団体交渉の日程を2月15日とするように求め,結局,第1回団体交渉は,2月15日に開かれることとなった。
b 第1回団体交渉の席には,被告側として弓山支配人だけが出席した。同支配人は,被告が平成6年以降赤字が続いており,何らかの対策を講じる必要があること,そのためにも本件解雇は必要であることなどと説明したが,しかし,観光バス組合が求めていた被告の経理資料を開示することはしなかった。
これに対し,観光バス組合は,貸切バス部門を含めた被告全体の経理資料を開示するように求めるとともに,第2回団体交渉を2月18日に開くこと,その際一色社長と矢野常務が出席することを求めた。
c 原告らは,2月16日,愛媛地域労働組合連合協議会関係者らとともに,被告の運輸部の事務所を尋ね,本件解雇を撤回し,組合との誠実な団体交渉によって解決を図るように求めるなどの「要請書」を提出した。また,同日,観光バス組合の執行委員長名で,「奥道後温泉観光バス労働組合ニュースNo2」を発行し,その中で,組合員に対し,今回の希望退職に絶対に応じることがないようにと呼びかけた。
d 第2回団体交渉は,弓山支配人が多忙であることを理由に,2月18日には開かれずに,同月25日になって開かれた。被告側の出席者は,弓山支配人であった。弓山支配人は,団体交渉の場に,愛媛地域労働組合連合協議会の関係者,すなわち社外の者が出席していると指摘して,被告の経理資料を提示しなかったが,運輸部及びバス部門の損益計算書の数字は読み上げて,さらに,人件費の割合,本件賃料額,一般管理費の内容等の説明を行った。しかし,交渉は妥結せず,観光バス組合は,次回の団体交渉の場において,被告全体の経理資料を提示してほしいと要求した。
e 第3回団体交渉は,3月30日,被告からは弓山支配人と係員1名,観光バス組合からは原告らと愛媛地域労働組合連合協議会事務局長外2名が出席して,開かれた。弓山支配人は,営業面での影響が出かねないとして,経理資料の提示はしなかったが,被告全体の損益計算書の数字を口頭で読み上げ,さらに,本件解雇を撤回する意思がないことを伝えた。
ウ 希望退職者の再雇用
a 希望退職に応じた18名について見るに,<1>うち11名は,平成12年4月14日以降に同年7月20日までの嘱託運転者として雇用され(うち1名は4月28日に,さらに別の1名も5月19日に退職した。),さらに,11名のうちの8名は,契約期間を11月20日までとする嘱託運転者として,雇用契約の更新がされている(うち1名は8月10日に退職した。)。<2>また,18名中の1名は,被告のホテル部の車輛課で臨時採用され,その後,正社員として採用になった。<3>18名中の残る6名については,そのうちの5名が再雇用を希望しなかったり,必要としなかったりで,被告との再雇用契約を結ばずにおり,<4>残る1名については,今日まで再雇用がなされないままである。
b なお,今回,人員削減の対象とならなかった嘱託運転者5名のうち,1名は雇用期間満了前である同年5月6日に退職した。
エ バス運転者の選任
被告は,愛媛陸運支局からの指導にしたがって,平成12年9月19日に,閑散期以外の間において被告のタクシー運転者からバス運転者に配置転換を行う者を4名選任した。さらに,被告のホテル部門で働く者の中から予備運転者として兼任する者を3名選任した。
(5)(ママ) 検討
以上の事実関係に基づいて,本件解雇の有効性につき検討する。
ア 整理解雇の有効性についての判断基準
企業は,経営不振を打開するため,自らの経営判断にしたがって,事業の縮小等を行うことができ,それに必要な措置を講ずることができる。しかし,その一方で,整理解雇が,労働者の特段の責めに帰すべき理由のないところで行われ,しかも,それが労働者の生活に深刻な影響を及ぼすものであることを考えると,整理解雇を実施するに当たっては,信義則から導かれる一定の制約があると解することが適当であって,この制約を逸脱した整理解雇は権利の濫用として無効なものと解される。
そこで,整理解雇が無効であるか否かを判断するに当たっては,<1>人員削減の必要性があること,<2>人員削減の手段として整理解雇を選択する必要性があること,<3>解雇基準とその適用が合理的で,手続上も妥当であること,<4>被解雇者などに対して誠実な説明がされていることなどの諸事情を検討し,それらを総合的に判断することが必要となる。本件では,被告の就業規則で,「事業の廃止又は,整理縮小その他会社の都合により必要を生じたとき」には社員を解雇する旨の規定(第78条3号)があって,本件解雇もこの規定に基づいて行われたものであるが,同規定を解釈するに当たっても,ここに述べたような配慮を欠かすことができないと思われる。
イ 人員削減の必要性
a ところで,前認定したところによれば,被告の営業損益は,被告の全体をみても,運輸部に限ってみても,永年,赤字計上を続けている上,奥道後リゾートへの本件賃料も一部が未払で,その累積額も巨額であることが認められる。その上,近年におけるわが国経済状況の停滞や,規制緩和などによる業界内での競争激化などが加わったため,被告の各事業を取り巻く環境は極めて厳しいものとなっていることも明らかなところである。
このようなことからすると,被告が,坪内オーナーの死去を契機に,将来の経営について危機感を感じ,被告の経営改善のためには何らかの大胆な方策を採らなければならないし,しかも,そのことを被告の内外にも知らしめる必要があると考えたことについては,理解することができるし,経営改善策の一つとして,人件費削減の方向性を打ち出したことについても,理解できると思われる。
しかし,人件費削減の方法として,被告が選んだ方法は,正社員のバス運転者23名のうちの20名を整理解雇するとの方針であった。たしかに,被告も,いきなり20名の整理解雇を告げたわけではなく,まず,希望退職者を募り,それが20名に達しないときは不足人数を整理解雇すると発表しているが,それを実質的に見るかぎり,23名中の20名について整理解雇する方針がとられていることに変わりはないのである。そこで,被告においてかかる整理解雇の方針をとったことに妥当性があるかどうか,さらには,整理解雇の方針をとることが許されるとしても,整理解雇の規模を正社員のバス運転者20名に限っていることが適当なのかどうかは問題である。特に,本件では,被告の希望退職者募集に応じて,バス運転者23名中の18名が退職の意思を明らかにしていたのであるから,かかる状況下で,なお,原告ら2名の整理解雇を実施しなければならない必要性がどこにあったのかということも,明らかにされなければならない。
b まず,整理解雇以外の方法,例えば,賃金カットによる方法,正社員の自然減を待って対処する方法,他部門への配置転換による方法などをとることができなかったのかどうかが問題である。そして,バス運転者の中からも賃金カットによって乗り切りたいとの発言があったこと,本件解雇後に正社員の自然減,他部門への配置転換が行われていることなどの事実が認められることからすると,これら整理解雇以外の方法によることができる部分もないとは言えず,被告が,これらの方法を全く顧慮しないかのような態度に終始している点は,裁判所としても理解することができない。しかし,これら整理解雇以外の方法によれば,整理解雇が全く不要かといえば,そのように言うことには,なお疑問がある。むしろ,被告の営業損益が,永年,赤字続きであり,既に巨額の負債をかかえていたこと,さらには,将来的な経営改善の見込みが立っていなかったことからすれば,多少の賃金カットや,正社員の自然減,配置転換による人件費削減という方法をとっただけでは,なお,抜本的な経営改善に結びつかないとの判断もできるとは認められる。そこで,本件で,被告が,まず,希望退職者を募り,希望者が不足のときは整理解雇するとの経営判断を行ったこと自体には,一定の理解をすることができる。
ウ 本件解雇の必要性
a しかし,その整理解雇の対象者が,正社員のバス運転者に限られ,しかも,その人数が,正社員23名中の20名とされている点については,その趣旨が明らかでない。被告の主張によっても,原告らの整理解雇が認められた場合と,認められなかった場合との比較で,被告の経理内容にどれだけの差が出てきて,その経営改善にどの程度の効果があるのかが明確にされていないのである。たしかに,被告の運輸部では,平成12年度中にバス37台中8台の減車を行い,事業規模を縮小しているから,一定規模の人員縮小が必要となることは理解できるものの,しかし,そのことから20名もの人員削減が必要であるとまで認められることはないと思われる。
b さらに指摘すると,被告が,本件で,原告ら2名を整理解雇した時点では,被告は,既に18人の希望退職者があることを承知していた。それにもかかわらず,被告が,原告ら2名の整理解雇を行うことにこだわり,原告ら2名の整理解雇をしなければ被告の経営改善も図れないと主張されている趣旨は,裁判所として,なお,理解が困難であるといわざるをえない。
この点,被告は,<1>原告らを整理解雇しなければ,整理解雇されることを前提にして,希望退職に応じた者との公平を欠く,<2>被告の再建に非協力的な原告らが従来どおりの賃金をとれば,職場内での混乱が予想されるなどとして反論している。しかし,希望退職は,労働者と使用者間の合意に基づくものであり,再雇用契約も,また,同様である。つまり,契約内容をどのようなものにするかは,第一次的に,当事者が決定するべきことであり,合意する当事者が異なれば,当然,その内容が異なってきても問題はないのである。たしかに,目標として同一作業,同一賃金を掲げる必要がないわけではないが,しかし,本件で,その目標を揺るがせたものは,被告の行った希望退職者の募集とそれに続く再雇用の約束にあったはずである。その責任を,一方的に,原告らに負わせるような主張が認められるはずがない。
c 加えて,前認定したところからすると,被告のバス部門では,事業の運営上,20名の余剰人員を生じていたという事実もなかったと認められる。すなわち,被告は,本件解雇の後も,閑散期以外の時期には,多くの嘱託運転者を雇って貸切バス業を営業し,平成12年9月には,被告のタクシー部門の運転者4名をバス運転者に選任したり,ホテル部門の運転者3名を予備運転者兼務とするなどしているのである。このようなことからすると,被告のバス部門に20名もの余剰人員があったとは,到底,認めることができない。
結局,本件解雇とそれに先立つ希望退職者募集は,不要人員の削減を目的とするものではなく,正社員であるバス運転者の賃金をカットするために行われ,さらには,原告らを解雇するためにも行われたと推認する余地があると思われる。
エ 被解雇者に対する手続の妥当性など
a 被告は,本件人員削減以前,バス運転者について人員削減措置を講じたことがなかったのに,今回,人員削減措置をするに当たっては,募集開始日の前日である平成12年1月25日に初めて観光バス組合委員長の原告松原に通知しているし,しかも,他のバス運転者に通知したのは募集開始日が始まって以降という状態であった。しかも,その募集期間は同月26日から30日までと,極めて短期間のものであった。
また,希望退職者が20人に満たなかった場合,整理解雇を行うと発表したことに関しても,整理解雇を選択したこと自体の当否や,人選基準について,バス運転者らや,観光バス組合との間で,事前に,具体的な協議をすることがなかった。
b しかも,被告は,希望退職者の募集が終了したその翌日には,原告らに対して,本件解雇の予告通知を交付し,その後に行われた観光バス組合等との団体交渉の場でも,具体的な資料の提供をせず,しかも,その団体交渉の継続中に,一方的に,本件解雇に踏み切っているのである。
c このような経緯などからすると,被告は,被告のバス運転者ら,あるいは観光バス組合に対して,本件に関して十分な事情説明をしないままであったと認めざるをえない。
たしかに,被告が主張するとおり,経理資料が社外に流出することに問題があると考えることには合理性もあり,したがって,経理資料のすべてが提示されなかったからといって,そのことで,直ちに非難できるわけではないが,しかし,そのような状況であるとすれば,被告としては,一層,丁寧に説明し,原告らバス運転者や,観光バス組合との間でも十分な協議を行う必要があったというべきであろう。ところが,被告による説明は,結局のところ,被告の経理状況が悪化していることを述べるにとどまって,20名の人員削減がされる必要性とか,そのことが被告の経営改善にどう結びついていくのかといったところについては納得しうる説明はなされていないと認められる。
d 希望退職者の募集,整理解雇は,いずれも労働者にとって,生活の基盤を揺るがす重要な問題であり,被告が主張する諸事情を考慮したとしても,本件では,なお,労働者側への説明が不十分であったといわざるをえず,関連して,労働者側に与えられた考慮期間も不十分なものがあったと解される。
オ 小括
以上のとおりであって,これらのことを総合して,判断すると,その余の点について判断するまでもなく,本件解雇は,解雇権の濫用として無効なものと認めることが相当である。
3 原告らの賃金請求について
(1) 争いのない賃金額
原告らの賃金については,毎月20日締めの27日支払であり,本件解雇がされる前年の平成11年1月から同年12月までの平均月額は,原告松原が35万1266円,原告久保田が41万1272円であることは,当事者間に争いがない。なお,これらの金額は,いずれも通勤手当を含むものであり,その月額は,原告松原が6200円,原告久保田が1万400円である。
そこで,原告らは,被告に対し,平成12年3月からこの判決が確定するまでの間,別紙賃金目録記載1の各賃金を請求する権利を有しているものと認められる。
(2) 諸手当の控除の要否
なお,被告は,原告らは現実には通勤していない以上,通勤手当を含めて賃金を考えるべきではないと主張し,さらに,早出・休日出勤の手当,深夜残業手当など,およそ基本給をもとに算定されて,支給されるものは,基本給が安い嘱託運転者に優先的に割り当てていたから,原告らが被告に勤務していても,これらの手当を取得する可能性はなく,原告らが,本件で請求できる賃金は,これらの諸手当を控除した金額でなければならないと主張する。
しかし,原告らが現実に就労できていないのは,被告による本件解雇があったからである。本件解雇がなければ,原告らは,通勤手当はもちろん,従前,得られていた諸手当を得ることができたと推認することは,合理的な推定の範囲内であると考えられるから,被告の主張は採ることができない。
(3) 賞与の請求について
被告のバス運転者の平成12年度と平成13年度の賞与は,夏期,冬季とも基本給の60%であって,当時の原告松原の基本給は月額21万1660円,同じく原告久保田の基本給は月額22万9750円であったことは当事者間に争いがない。
そこで,原告らは,平成12年度と同13年度の夏期及び冬期賞与の合計として,別紙賃金目録記載2の各金員を請求できる権利があると認めることが相当である。
第4結論
以上のとおりである。原告らの訴えは,本件判決が確定した日の翌日以降について賃料の支払を求める部分は,訴えの利益がなく,却下を免れないが,しかし,その余の請求はいずれも理由があるので,それぞれこれを認容し,仮執行宣言については,主文第2項の本件仮処分決定による賃金仮払いが命じられている期間を除いた部分と主文第3項に限って付すこととして,訴訟費用については民事訴訟法64条を適用し,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上原裕之 裁判官 森實将人 裁判官 荒井章光)
賃金目録
1 松原俊三について 35万1266円
久保田靖馬について 41万1272円
2 松原俊三について 50万7984円
久保田靖馬について 55万1400円
以上