松山地方裁判所 平成12年(ワ)757号 判決 2003年5月22日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 原告が被告株式会社伊予銀行及び被告いよぎんスタッフサービス株式会社に対して,労働契約上の権利を有することを確認する。
2 被告らは,原告に対し,平成12年7月1日以降,本案判決確定に至るまで,毎月15日限り,金11万円を支払え。
3 被告株式会社伊予銀行は,原告に対し,金400万円及び平成12年10月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告いよぎんスタッフサービス株式会社は,原告に対し,金300万円及び平成12年10月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 2ないし4項について仮執行宣言。
第2事案の概要
本件は,昭和62年2月当時から被告いよぎんスタッフサービス株式会社〔以下「被告ISS」という。なお,昭和62年2月当時は,伊豫銀ビジネスサービス株式会社(以下「IBS」という。)であった。〕に労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「派遣法」という。)にいう派遣労働者として雇用され,派遣先である被告株式会社伊予銀行(以下「被告伊予銀行」という。)の支店業務に携わっていた原告が,平成12年5月31日をもって,被告ISSから雇用契約の更新を拒絶されたことから,当該更新拒絶は権利濫用として許されず,また,原告と被告伊予銀行との間にも黙示の労働契約が成立しているとして,被告らに対し,労働契約上の権利を有することの確認及び毎月11万円の賃金の支払いを求めるとともに,被告伊予銀行に対し,不法行為責任(使用者責任)又は労働者派遣契約における派遣先としての信義則上の責任に基づき,慰謝料400万円の支払いを,被告ISSに対し,派遣先における良好な就労関係を維持するために配慮すべき注意義務(雇用契約上の附随義務)を怠ったとして,慰謝料300万円の支払いをそれぞれ求めた事案である。
第3争いのない事実
1 被告ISS
被告ISSは,平成元年9月21日に設立された,主に被告伊予銀行及びその関連会社に労働者派遣を行うことを業とする,被告伊予銀行の100パーセント出資する子会社である。なお,平成元年12月1日にIBSから人材派遣事業部門の営業譲渡を受けている(乙8参照)。
2 原告の就労
昭和62年2月,原告は,IBSに派遣労働者として雇用され,派遣先の被告伊予銀行問屋町支店(以下「問屋町支店」という。)で就労を始めた。その際,原告は,当時の問屋町支店の支店長Aと問屋町支店で面談し,また,当時のIBS社長Bと,被告伊予銀行本店の建物内にあるIBS事務所で面談した。
昭和62年5月,原告の就労場所は,問屋町支店から,被告伊予銀行石井支店(以下「石井支店」という。)に変更となった。その後,原告は,平成元年11月30日まではIBSからの派遣労働者として,同年12月1日以降は被告ISSからの派遣労働者として,平成12年3月31日まで,石井支店で主に事務用機器の操作業務に従事して就労を続けた。遅くとも平成4年ころ以降,原告は,年2回,被告ISS作成に係る雇用契約書及び派遣労働者就業条件明示書を石井支店幹部から交付され,平成8年ころ以降はこれに署名押印するように求められてきた。
3 原告と石井支店幹部等との確執(以下「本件紛争」という。)
(1) 原告とC支店長代理との確執
平成10年8月,石井支店にC代理が赴任し,原告の上司となったが,原告とC代理とは次第に対立するようになった。
平成11年12月3日,当時の石井支店長Dのすすめで,C代理と原告とは,支店長室で話合いをした。
同月7日午後5時から,原告とその家族(両親及び兄)と,D支店長及びC代理とが話合いをした。この席で,C代理は,原告に対して「おい」「おまえ」等の言動をしたことがあることを認めた。
(2) 原告とD支店長との確執
同月15日,D支店長は,原告に対して慰労金の明細書を手渡した。
同月22日,原告及びその家族は,D支店長と面談した。D支店長は,慰労金明細書の裏側に貼られていたという付箋の「不要では?」という文字が自分の字であることは認め,意図して付けたものではない旨を述べた。
(3) 平成12年1月14日,被告伊予銀行人事部から管理職(誰が来たかについては争いがある。)が石井支店を訪れ,原告,D支店長,C代理と面談をした。
(4) 平成12年3月31日,D支店長は,原告に対して,被告ISSとの派遣契約は更新しないことを伝えた。
4 被告ISSの対応
平成12年1月5日,被告ISS代表取締役Eは,原告と電話で話をし,その際,原告の両親を交えずに直接話を聞きたいとの趣旨の発言をした。
同月11日,被告ISSの業務部長Fが石井支店の原告を訪れたが,実質的な話合いはなされなかった。
平成12年5月9日,被告ISSは,原告に対して労働者派遣終了証明書等の退職手続書類を送付した。
5 就労及び雇用契約更新拒絶
平成12年6月1日以降,被告伊予銀行は石井支店での原告の就労を拒絶し,被告ISSは,雇用契約の期間満了及び更新の拒絶を主張し,他の職場を斡旋する意思はない旨を表明している。
第4争点
1 原告と被告ISSとの雇用契約関係について
原告と被告ISSとの間の雇用契約は,いわゆる常用型か,いわゆる登録型か。後者である場合,被告ISSのした雇用契約の更新拒絶が許されず,雇用契約関係がなお存続していると解すべき事情があるか。
(1) 原告の主張
ア 原告と被告ISSとの間の雇用契約は,いわゆる常用型の派遣労働契約である。
(ア) 締結時の雇用契約の内容
原告は,昭和62年2月,IBSとの間で,期間の定めのない雇用契約を締結した。IBSは,昭和62年当時,その事業の派遣労働者が常時雇用される労働者のみである特定労働者派遣事業(派遣法2条5号)の届出をしていたが,一般労働者派遣事業(同条4号)の許可を受けていなかったから,原告をいわゆる登録型(派遣元と派遣先との派遣契約期間中,派遣先と原告とは期間の定めのある雇用契約を締結し,必要があれば更新をする契約。派遣契約のない間は待機となる。)の派遣労働者として雇用することはできなかったのであり,原告とIBSとの間の雇用契約は,当初からいわゆる常用型(派遣先と派遣元との派遣契約が終了しても,派遣元と派遣労働者との雇用契約は終了せず,存続する契約)であった。
仮に,IBSと原告とが登録型雇用契約を締結したのだとしても,上記のとおり一般労働者派遣事業の許可を受けていなかったIBSが当該契約を締結することは派遣法に違反する行為であり,私法上も違法,無効(公序良俗違反あるいは信義則,権利濫用の法理による。)であって,事実上常用型雇用契約が成立したものと解すべきである。
(イ) 雇用契約が登録型に変更されたことはない。
平成元年にIBSの人材派遣事業部門の営業が被告ISSに譲渡され,原告と被告ISSとの間に前記のような常用型雇用契約が成立したが,その後,原告と被告ISSとの間の常用型雇用契約が,更新を前提としない期間の定めのある登録型雇用契約に変更されたことはない。平成4年12月以降,原告は勤務先の石井支店の副支店長から要求されるまま,6か月ごとに期間を6か月とする雇用契約書に署名してきたが,これらの雇用契約書には登録型との文言や雇用形態を変更する趣旨の記載はなく,原告と被告ISSとの間で雇用形態の変更に関する協議がなされたこともないから,平成4年12月以降においても,雇用契約の内容に変更があったとはいえない。もとより,原告が常用型雇用契約より自己に不利な,登録型雇用契約への変更を承諾するはずもない。
登録型雇用契約は,派遣就労を希望する者があらかじめ派遣元に対し派遣労働者としての登録申込みをしておき,派遣元はそれに適合する就労場所をあっせんすることで派遣労働契約が成立する形態をいう。しかし,原告は,IBS又は被告ISSに対して派遣労働者としての登録申込みをしたことはない。また,原告が昭和62年に被告伊予銀行で就労するに至った経緯,その後,被告伊予銀行での就労関係が中断して待機状態になった期間が全くないこと,被告ISS及び被告伊予銀行作成の関係書類に登録型との用語が一切使用されていないこと等の点からしても,原告が登録型の派遣労働者でないことは明らかである。
イ 常用型であるから,被告ISSと被告伊予銀行との派遣契約が終了しても,被告ISSと原告との雇用契約は終了しない。
以上より,原告と被告ISSとの労働契約は,雇用契約書上半年の期間の定めはあるものの,更新が前提とされており,期間の定めがないのと同視できるから,常用型雇用契約と評価される。そうである以上,被告ISSと被告伊予銀行との派遣契約が終了したとしても,被告ISSと原告との雇用契約は終了しない。
被告ISSは,派遣元としての責任を果たすべく,派遣先である被告伊予銀行と折衝して石井支店ないし他の支店などでの就労機会を確保するよう努力し,その間,原告に対する給与を支払うべき雇用契約上の義務がある。
ウ 登録型と認められる場合でも,解雇権濫用の法理の類推適用等により,更新拒絶は許されない。
仮に過去の一定時点で,登録型雇用契約に転化したとしても,IBSから派遣された時点では常用型雇用契約に基づいて就労しており,原告としては継続して就労したいという意欲を持って就労を開始したこと,13年間という雇用期間は派遣法が予定する派遣労働としては長期間に過ぎること,原告を登録型という不利益な地位に転化させるについて被告らから明確な説明がなされていないこと,被告ISSが雇止めをした実質的理由は,C代理の原告に対する暴言,嫌がらせ等に対して,原告が家族とともに正当な抗議の声を上げたことにあることなどに照らせば,被告ISSは,被告伊予銀行との派遣契約が終了したことを理由に,原告との雇用契約の更新を拒絶することはできないというべきである(解雇権濫用の法理の類推適用)。
さらに本件では,被告らが派遣法の枠組を無視・逸脱してきたことが重視されなければならない。すなわち,本件では,派遣先である被告伊予銀行が原告の事前面接を実施し,実質的な採用行為を行っていたこと,13年にも及んだ派遣期間中,被告伊予銀行は派遣法に違反して原告を明示された業務である「事務用機器の操作」以外の一般の銀行業務に継続的,恒常的に従事させてきたこと,被告ISSが年次有給休暇の承認・管理等の派遣労働者の雇用管理を事実上,全面的に被告伊予銀行に委ねていたことなど,いくつもの違法行為が重ねられてきたものであり,かかる違法行為を行いながら,他方で雇用責任の不存在のみを有利に援用することは著しく信義に反し,権利の濫用であって許されない。
エ 法的地位等
以上より,原告と被告ISSとの間の雇用契約はいまだ継続しており,原告は被告ISSに対する労働契約上の地位を有する。
また,原告と被告ISSとの間の雇用契約においては,賃金は毎月末締め,翌月15日払いの約束であり,平成12年3月ないし同年5月支給の賃金の平均額は11万4286円であるから,更新拒絶されることなく就労していれば,少なくとも月11万円の基本給の支給を受けることは確実である。
(2) 被告らの主張
ア 原告と被告ISSとの間の雇用契約は,期間の定めのある,登録型雇用契約であった。
原告は,IBSに雇用された当初から登録型派遣労働者であり,原告と被告ISSとの間の雇用契約は,派遣期間が終了すれば同時に期間満了によって終了する。
派遣労働者が派遣以前に派遣要員として登録されていたことは,上記の登録型派遣労働者の要件ではない。派遣先で就労する期間だけ雇用するという雇用契約であれば,登録型雇用契約である。
また,採用時から1年を超えて引き続き雇用されると見込まれる者は派遣法2条5号にいう「常時雇用される」労働者であるから,特定労働者派遣事業者であったIBSは,1年以上の雇用が見込まれる登録型の派遣労働者を雇用することができた。原告についても,雇用期間が通算1年を超えることが見込まれていた。
なお,原告と被告ISSとの間で,登録型雇用契約を常用型雇用契約に変更する旨の合意が成立したことはない。
仮に,被告伊予銀行における原告の派遣就労に関して派遣法に違反する点があるとしても,ごく軽微な違反であり(原告は,派遣対象業務以外の業務を担当させられたと主張するが,厳格に解釈すると派遣対象業務以外に該当する業務があったとしても,その割合はわずかである。),それによって原告と被告ISSとの間の雇用契約の性質が変容することはない。
イ 被告ISSと被告伊予銀行との派遣契約の終了
派遣法上,派遣先及び派遣元は,労働者派遣契約の更新を強制されない。派遣先は,派遣契約を更新しないことにつき合理的理由を要せず,したがって,派遣元も合理的理由の有無に拘わらず更新拒否を争う余地はない。被告伊予銀行による解雇権の濫用などは問題とならない。
なお,本件では,原告が石井支店において,上司であるC代理に対してあからさまに反抗して自己の非を認める態度を示さなかったばかりか,同僚とも協調せず,自己の端末操作業務の量を意図的に減少させるなどした結果,同支店の行員から原告と職場をともにすることへの苦情も出て,原告の就労態度が同支店の正常な営業活動を阻害するようになった。他方で,原告とは別の退職者の補充として,新入行員が配属されることとなり,人繰りの目処がたったことから,被告伊予銀行は,原告に関する派遣契約の更新をしないこととしたものであるから,その更新拒絶には合理的理由もある。
したがって,被告ISSと被告伊予銀行との間の派遣契約は終了した。
ウ 原告と被告ISSとの間の雇用契約の終了
原告と被告ISSとの間の雇用契約は,約10年半更新され継続してきたが,これらの契約は,いずれも派遣期間(すなわち雇用期間)を半年とし,石井支店に派遣する期間中だけ同支店での特定の派遣就労を目的として雇用することを明らかにして締結されているから(長期間更新継続されたことによって,派遣契約を前提とするという前記の性質が変更されるわけではない。),当事者双方とも,派遣契約の存否を離れて,格別の意思表示がなければ当然更新されるべき労働契約を締結する意思は有していない。そうすると,当事者は,せいぜい石井支店での特定の派遣契約が更新される限り,雇用契約も更新されることを予測していたにとどまり,原告に雇用継続の期待が生じるとしても,前記の限度を超える期待は法的保護に値するとはいえない。
したがって,原告と被告ISSとの間の雇用契約の更新拒絶につき解雇権濫用法理の類推が認められるとしても,派遣先である被告伊予銀行が派遣契約の更新をしなかったのであるから,前記雇用契約の更新もなしえず,被告ISSがその更新を義務づけられると解する余地はなく,被告ISSの雇用契約更新拒否につき,他に合理的理由があるか否かは問題とならない。
よって,原告と被告ISSとの雇用契約は平成12年5月31日の経過により終了した。
2 原告と被告伊予銀行との間に黙示の労働契約が成立していたか否か。
(1) 原告の主張
本件での以下の事情に照らせば,原告の就労の実態は,被告伊予銀行による常用雇用の代替を促進するものであり,限りなく派遣先である被告伊予銀行に雇用される労働者と同等の実態にあったものであり,原告と被告伊予銀行との間には,昭和62年2月の就労開始当時から,黙示の労働契約が成立していたというべきである。
ア 本件では派遣先である被告伊予銀行により原告の事前面接が行われた。
昭和62年2月,原告は問屋町支店でA支店長の面接を受けたが,その際,A支店長は,その場で採用すると話をしたり,履歴書を提出させたりした。また,A支店長はIBSの社長にあいさつに行くよう指示したため,後日,原告は被告伊予銀行本店の建物内にあるIBS事務所に行き,B社長に会ったが,その際には雇用関係に関する具体的な話はされなかった。原告は,A支店長に対して,履歴書,誓約書,身元保証契約書を提出した(乙1の1,1の2)。
以上のような事前面接,派遣元による派遣先への派遣労働者の履歴書の送付等は,派遣労働者を派遣先が特定,選定する行為であって,派遣法はこれを禁止しており,昭和62年当時も禁止行為であった。事前面接が行われた場合,派遣先と派遣労働者の間に雇用関係が成立すると判断される可能性が強くなる(甲118,139参照)。
イ 原告とIBS,被告ISSとの間では雇用契約書等の作成,更新の手続がされていなかった。
原告とIBSとの間では雇用契約書が作成されておらず,被告ISSとの間でも,平成4年11月まで雇用契約書は作成されていなかった。就業条件明示書は平成4年6月になって初めて交付された(被告らは昭和62年から平成4年までの書類は廃棄した旨主張するが信用できない。)。したがって,この間は特段の更新手続はなされていなかった。
なお,平成4年12月以降,原告は雇用契約書に署名・押印してきたが,被告ISSによる意思確認はなかった。
ウ 被告ISSは,原告に対し支払う具体的賃金について被告伊予銀行に協議を求めていた。
昭和62年2月,IBSは原告を被告伊予銀行に派遣するにあたり,被告伊予銀行の綜合企画部長と人事部長宛に協議書(乙2)を提出し,原告の氏名等を特定したうえ,時給などの雇用条件について協議を求めた。
派遣先との間の協議で派遣労働者の氏名を特定した場合には,派遣先と派遣労働者との間に雇用関係が成立する可能性が強くなる(甲40参照)ところ,本件ではさらに,派遣労働者を雇用するにあたっての賃金の具体的金額につき派遣元が派遣先に協議を求めているのであって,これは派遣法の予定しないところである。乙2が定型文書の体裁をとっていることからしても,IBSの派遣労働者の雇用,賃金の決定は,実質的に被告伊予銀行が行う制度となっていたことがうかがわれ,これはIBSから営業譲渡を受けた被告ISSについても同様というべきである。
エ 慰労金は実質的には被告伊予銀行から支払われている。
原告に対しては,平成元年以降,6月と12月に慰労金が支給されてきたが,その支給には被告伊予銀行の人事政策として,派遣パートに対する恩恵的考慮が働いていることがうかがわれる。すなわち,慰労金の支給日は被告伊予銀行の行員の賞与の支給日に連動しているものと推認される。また,慰労金明細書は,直接原告に届く毎月の給与明細書とは異なり,石井支店長宛にメール便で送られることも被告伊予銀行の人事政策の一環であることを示している。
オ 就業場所の変更・勤務時間の変更・有給休暇の承認はいずれも被告伊予銀行主体で行われており,被告ISSは巡回をしていたかも疑わしく,同被告は派遣元としての責任を放棄していた。
(ア) 昭和62年5月,原告は問屋町支店から石井支店に転勤となったが, これは被告伊予銀行の人員補充の必要性が理由である(乙3参照)。この転勤に際し,原告にはIBSからの連絡はなく,A支店長から転勤の話があった。
(イ) 平成8年2月,原告は,それまで午前10時から午後4時までだった勤務時間が,午前9時から午後5時までに変更され,また,厚生年金保険,伊予銀行健康保険組合に加入した。これらに関する話,勤務時間を変更する雇用契約書(乙4の8)への署名・押印の指示は,いずれも石井支店幹部からなされており,被告ISSからは何の連絡もなかった。
(ウ) 原告が有給休暇をとる場合,石井支店にある勤務簿(休暇簿)に記入し,支店長の承認を得,支店長代理から口頭の了解を取っていた。被告ISSには事前にも事後にも連絡を取っていないし,連絡するよう指示されたこともない。
(エ) 被告ISS担当者は,原告と連絡をとったことすら一度もなく,本件紛争が発生し,雇止めに至る最終段階になってはじめて連絡があったに過ぎない。被告ISSの担当者が石井支店に巡回に来ていたかどうかさえ疑わしい。
カ 被告伊予銀行は原告に対し,明示された事務用機器の操作という業務から逸脱した業務を行わせていた。
原告は経験豊富な職員として,端末機器の操作及びこれと不可分の関係にある業務に限らず,一般職員と同様,広範な業務,責任のある業務を,恒常的,継続的に行ってきた。特に,メール便の処理はだれでもしてよいというものではなく,開封の権限を支店長から与えられた職員だけがすることとなっている。原告がメール便の処理を担当したのは,派遣業務とは何の関係もないが,石井支店において原告の立場が一般職員と同等以上のものを期待されていたことを示している。
キ 被告伊予銀行は原告から自己申告書を継続的に徴求していた。
原告は石井支店の支店長代理から自己申告書(甲28,129,130参照)を提出するよう指示されてきた。これらは被告伊予銀行人事部へ提出され,被告ISSは関与していない。
派遣元が派遣先に対して履歴書等を送付して個人情報を提供する行為は派遣労働者の特定,選考につながることであり,事前面接と同様の違法性があることは明らかである(甲118参照)。ところが,本件では派遣先である被告伊予銀行が,自ら積極的に派遣労働者の既婚・未婚の別,健康状態,身上の変化の予定等に関する個人情報を収集しているのであって,派遣法の枠組からするとその違法性は明白である。
被告伊予銀行人事部が,労働契約の更新や適正な人事配置など継続的な人事政策の資料としてこれら個人情報の収集を行っていたことは明らかであり,この事実は被告伊予銀行が原告を直接雇用のパートとして人事管理しようとしていたことの証左である。
さらに甲130の自己申告書では,職場環境や上司の管理面での不満,苦情を直接聴取しているが,これは,被告伊予銀行人事部が,良好な職場環境を確保するため,雇用主として聴取したものである(派遣労働者として扱う方針ならば,職場環境の調整は,石井支店における派遣先責任者に処理させるべきである。)。甲130は,石井支店の派遣先責任者の目に触れることのないよう,封緘までする配慮をして人事部で管理していたものであり,被告伊予銀行が,原告を派遣法の枠組で雇用管理する方針がなかったことを示している。
ク 原告における雇用継続への期待
平成11年改正前の派遣法では,事務用機器の操作のための派遣労働では派遣期間が1年とされていたが,更新を妨げないとされていたから,原告の長期雇用がただちに派遣法の明文規定に反するとはいえないが,改正前の労働省の通達でも更新は3年を限度とすることとされ,それ以上の更新を必要とする場合は雇入れが望ましいとするのが労働省の方針であったし,派遣法の趣旨である。13年間という長期間の就労が継続するうち,原告は常用職員と同様に継続的に就労できるものとする期待ないし信頼を抱いてきた。かかる期待ないし信頼は,石井支店における派遣形態を逸脱した一般職員と同様の指揮監督の下における就労,被告ISSの雇用責任の形骸化の下で形成されたものであり,正当な期待ないし信頼というべきである。
ケ 石井支店幹部職員の認識
平成11年12月3日,D支店長とC代理は,就業時間終了後,原告に対して3時間あまりも支店長室において業務上の指導,要望などを行った。時間の長さや指導の態度はきわめて非常識で,両名は,原告に対する指導,要望事項を被告ISSを経由して伝達することは考えもしなかったものであり,直接雇用のパートと区別していない意識であった。
コ IBS,被告ISSの体制,被告伊予銀行との関係
昭和62年10月1日現在,IBSの職員は被告伊予銀行から出向している職員1名とパートタイマーの女子職員1名であり(甲84参照),派遣労働者は288名であった。また,平成2年10月1日現在,被告ISSの職員は被告伊予銀行から出向している職員3名とパートタイマーの女子職員3名であり(甲84参照),派遣労働者は426名であった。これらIBS,被告ISSの体制で派遣元としての役目を果たせていたとは到底考えられない。
被告ISSは,被告伊予銀行100パーセント出資の子会社であり,その職員は平成元年から平成12年まで全て被告伊予銀行人事部付の出向社員である。取締役や監査役には,被告伊予銀行の人事課長や監査役が就任しており,全員被告伊予銀行の職員である(乙12の1ないし12の4,甲84)。また,被告ISSは,定年退職を控えた被告伊予銀行の職員の出向先であるなど,被告伊予銀行の人事政策に組み込まれた会社である(甲151)。
以上の組織体制からすると,IBS,被告ISSは経営全般にわたり被告伊予銀行の全面的な監督下にあったと認められ,派遣労働の雇用管理の面においても,派遣先の被告伊予銀行に対し,派遣元として独立した役目を果たすことは困難であったというべきである。
サ 被告ISSはいわゆる専ら派遣を行っている。
IBSも被告ISSも,平成5年までは派遣労働者のほぼ100パーセントを被告伊予銀行に派遣し,近年でも大部分は被告伊予銀行への派遣であり,一部をその関連会社に派遣するに過ぎない(甲131)もので,このようないわゆる専ら派遣は派遣法の禁止するところである(甲148参照)。
(2) 被告らの主張
原告と被告伊予銀行との間に黙示の労働契約が成立したとの主張は争う。
前記のとおり,原告はIBS及び被告ISSとの間で登録型派遣労働者雇用契約を締結したのみである。
被告伊予銀行には原告を雇用する意思はなく,原告もその雇用主がIBSであることは十分認識しており,IBSとの間で雇用契約を締結して雇い主をIBSと明示する契約書を作成している。雇用契約成立のための意思表示の主観的・客観的な合致は,原告とIBSとの間にあったのであり,被告伊予銀行との間にはなかった。
ア 雇用契約書等の作成について
昭和62年2月,IBSが原告を派遣労働者として雇用し,問屋町支店に派遣するにあたっては,派遣法その他の法令に従って,適切な内容の雇用契約書,就業条件明示書,その他必要書類を作成した。原告の派遣先が石井支店に変更された後も,さらにIBSから被告ISSへ営業譲渡があり,雇用主が被告ISSとなった後も,平成12年5月31日に原告が退職するまで,ほぼ半年ごとに被告ISSの派遣労働者としての雇用契約を更新し,原告を石井支店に派遣する間雇用するものであること,すなわち原告がいわゆる登録型派遣労働者であることを十分明らかにしてきた。もちろん原告も,派遣が終了して仕事がなくなれば,給料が支払われないことは十分承知していた。
イ 協議書,賃金について
IBSは原告を雇用するにあたり,その採否及び賃金額等について被告伊予銀行と協議した事実はない。被告伊予銀行との間で派遣契約は実質的には成立していたが,協議書(乙2)をもって,同被告に形式的に通知したに過ぎない。
派遣労働者を特定した場合には派遣先と派遣労働者との間で雇用関係が成立すると判断される可能性が高くなるというのは,あくまで特定されない場合と比べてという趣旨である。
また,原告の賃金はIBSから支払われており,賃金の決定について被告伊予銀行は何ら関与しておらず,派遣労働者の配置・懲戒・解雇の権限は明確にIBSが保持しており,基本的な労務給付請求権はIBSにあった。
ウ 被告ISSによる派遣労働者管理状況について
(ア) 原告の派遣先が石井支店に変更されたのは,同支店から被告伊予銀行 人事部に対してパート職員退職による補充の要請があり,同人事部からIBSに対して労働者派遣の要請があったので,IBSにおいて石井支店の要望を聞いて派遣要員を探し,原告の同意を得て派遣先を変更したものである(乙3)。
(イ) 被告ISSは,派遣労働者の有給休暇取得については,パートタイマー勤務簿及び派遣元管理台帳によって管理するとともに,従来から派遣先に対して,派遣労働者から有給休暇の申し出があった場合にはそのまま認めるよう求めており,派遣先においても十分派遣労働者の要望について配慮してもらっている。もし申し出をそのまま認めると派遣先の業務上不都合が生じる場合には,被告ISSに連絡してもらい,代替スタッフを派遣する体制を整えている(乙24の1,40)。
(ウ) 平成6年5月,平成7年9月及び平成8年12月には,被告ISSの当時の社長であったA支店長が石井支店に出向いて派遣労働者の職場面接を実施しており,そのうち最初の2回については原告と面接している(乙22,25,26)。また,平成11年秋ころには,被告ISSは被告伊予銀行とともに松山地区のパートタイマーとの懇談会を実施しており,原告も出席している(乙24の1,24の2)。
エ 事務用機器の操作業務外の業務について
原告は,被告ISSと被告伊予銀行との派遣契約,原告と被告ISSとの雇用契約の2つの契約に基づき,派遣法の枠組に従って石井支店において就業条件明示書で明示された事務用機器の操作業務を遂行してきた。
派遣業務内容を厳格に解釈すると原告は部分的に明示の業務以外について就業していたということはあっても,それは労働者派遣契約及び登録型雇用契約の実質を失わせるようなものではなかった。
原告は,平成8年2月ころから為替担当のオペレーターとなり,そのころから端末操作(純粋な端末操作及びこれと一体をなす事前準備・事後整理業務)とは別に,メール便の処理(被告伊予銀行が被告ISSに委託している銀行内部間の連絡文書や郵便物の発受の処理)をしてきたが,これはもともと原告に負担がかからないようにとの配慮に基づくもので,30ないし40分くらいで済む業務である。業務内容も,特別の知識経験は不要であるし,そこには事務用機器の操作の関連業務も含まれている。厳格にいえば事務用機器の操作外の業務も含まれるが,全く無関係ではない。原告自身,メール便処理業務を担当することについて何ら不満を述べたことはなく,かえって他の者がその処理にあたることを拒み,その処理業務を囲い込んできた。
以上のとおり,メール便処理を原告に任せていたことは,原告に予想外の業務を行わせたわけでも,常用雇用労働者を派遣労働者によって代替しようとするものでもなく,派遣対象業務を限定明示する派遣法の趣旨を損なうようなものではない。
オ 原告の認識,雇用継続への期待
(ア) 仮に原告が,法律上,派遣就労と称される雇用・就労関係であることを知らなかったとしても,当初から雇用契約書,就業条件明示書,誓約書,職員名簿等により,IBSや被告ISSに雇用され問屋町支店や石井支店でその指揮命令に従って働くものであることは十分に認識していた。
原告は,これまで派遣パートと呼ばれ,被告ISSから賃金が支払われてきたことに何ら異議や疑問を申し出たこともなかった。
(イ) 被告ISSから石井支店への原告の派遣期間は10年半であり,為替担当のオペレーターとなってからは4年4月であるところ,政令所定の26業務に関する労働者派遣については,派遣期間1年の制限はあるが(派遣法26条2項,平成2年労働省告示83号,最終改正平成12年10月1日労働省告示第140号),派遣法上更新は妨げられない(同法40条の2第1項括弧書,同法施行令4条5号)。
同一場所,同一業務について同一労働者を派遣する場合には,派遣期間は合計3年を超えないようにという労働省の通達及びこれに基づく一般的な指導はあるが,法的効果を生じさせるものではない。しかも,原告に関する派遣契約が上記行政指導上の制限を超えたことは,原告に何らの不利益を与えるものではない。むしろ原告は派遣終了による失業,派遣待ち,再派遣の繰り返しを免れ,利益を得ている。
派遣法上の労働者派遣がなされた場合,派遣先と派遣労働者との間には雇用関係は存在しないというのは一般的な理解であり(同法2条),原告もこのことを認識していた。したがって,原告が前記の期間被告伊予銀行で派遣労働者として就労し,常用職員と同様継続的に就労できると期待したとしても,そのような期待は正当なものとして保護され得ない。
カ 石井支店幹部職員の認識
石井支店の幹部職員も,当初から原告がIBSや被告ISSから派遣されたパート職員であると認識していた。
派遣先は,派遣労働者に対して就業上の指揮命令権を有しているから,上司に対する粗暴な言動や反抗的態度を是正し,他の業務係員との協調協力のもとに仕事をすることを求め,派遣労働者に対して派遣先の上司の業務上の指示に従うよう指導・説得することは,法の当然許容するところである。
したがって,C代理が,平成11年12月3日原告と話合いの機会をもち,直接の要請をしたことは,何ら不当なことではないし,原告を一般職員として処遇したものでもなく,また黙示の雇用契約を推認させる事実でもない。
キ 被告ISSと被告伊予銀行との関係
被告ISSは,被告伊予銀行の100パーセント子会社ではあるが,現実に被告伊予銀行とは独立して意思決定をして業務を行っており,派遣労働者の採用や賃金の決定が親会社からの指示に基づいて行われている形骸的な会社ではない。
3 被告らの原告に対する損害賠償責任の有無
(1) 原告の主張
ア 被告伊予銀行の損害賠償義務(使用者責任)
被告伊予銀行は,下記(ア)ないし(ウ)のとおり,各被用者が業務の執行につき行った不法行為につき,民法715条に基づき,使用者として,原告に対し,合計200万円の損害賠償をする責任がある。
(ア) C代理の不法行為
平成10年8月に石井支店に転勤してきたC代理は,転勤後まもなく,原告に対してのみ,その氏名を呼ばずに「おい」「おまえ」と呼びつけ,また,原告が伝票の記載方法について窓口の行員の指導をお願いしたときなどでも,「おれは忙しいんじゃ。おまえが直せ。」などと粗野な言動をもって対応し,電話を取り次いだり,年次有給休暇の申請をしようとしたときなどでも,ことさら無視する態度をとるなど,日常的にさまざまな嫌がらせを継続してきた。
平成11年12月,業務係のもう1人の行員が他の係へ異動することになったが,同月3日,C代理は原告を支店長室に呼び,「人員が1人減ったから2人でやっていた仕事をおまえが1人でやれ。今の仕事の外に,他の人がやっていた仕事を全てやれ。」「わしの言うことが聞けなければ,やめてくれ。」「おまえが出勤してくると暗くなる。」などと言って原告の人格攻撃をしたり,暗に退職を促したりし続け,それは午後5時から午後8時までに及んだ。
原告は,家族に相談し,同月7日の5時から,原告及びその家族と,D支店長及びC代理とで話合いをしたが,その際,C代理は,「おい」「おまえ」等の言動をしたことは認めたが,反省の態度は見られなかった。
以上のC代理の行為は,不穏当,非常識なものであり,原告の人格を不当に貶めるものであって不法行為が成立し,C代理は,原告が蒙った精神的苦痛を賠償すべき責任がある。損害額は100万円が相当である。
(イ) D支店長の不法行為
D支店長は石井支店の最高責任者として職場環境の調整に配慮すべき責任があるところ,C代理の原告に対する前記言動を認識していたにもかかわらずこれを制止しなかった。また,平成11年12月3日の支店長室内でのC代理の言動は,D支店長の承認のもとで行われた。そして,D支店長は,原告からC代理の言動を訴えられ,善処を求められたのにこれを誠実に取り上げることなく,逆に同月15日,慰労金明細書の裏側に「不要では?」と書いた付箋を意図的に貼り付けて原告に渡す嫌がらせをした。
D支店長のこれらの行為についても不法行為が成立し,同人は原告が蒙った精神的苦痛を賠償すべき責任がある。損害額は50万円が相当である。
(ウ) 被告伊予銀行人事部長Gの不法行為
G人事部長は被告伊予銀行の人事に関する責任者として,原告が石井支店において嫌がらせを受けている実情を認識したのであるから,D支店長,C代理をしかるべく指導し,かつ,被告ISSとも連携して良好な職場環境の調整に努力するべき義務があるのに,平成12年1月14日,石井支店を訪れ,原告に対し,「あなたは転勤があるかもしれない。」「パートタイマーでも転勤がある。」「C代理には何も指導しない。」と発言し,原告が今後の対応を求めても,「何をしたらいいのか。」と反対に聞き返すなど,誠実に対応しようとしなかった。また,最終的に,平成12年5月31日をもって原告の就労を拒絶することを決定した責任者である。
これらG人事部長の行為についても不法行為が成立し,同人は原告が蒙った精神的苦痛を賠償すべき責任がある。損害額は50万円が相当である。
イ 被告ISSの損害賠償義務
被告ISSは原告に対し,雇用主として派遣先における良好な就労関係の維持のため配慮するべき注意義務があり(甲2の10第20条参照),原告が石井支店においてC代理による嫌がらせ,いじめを受けているとの申立てを認識したのであるから,これに誠実に対応する義務があるのに何らの対応をしなかった。
また,派遣元は派遣労働者への雇用責任を果たすべき義務があり,具体的には派遣元の努力で他の派遣先を見つけるなど原告の就業機会を確保するべき義務がある(甲2の10第21条参照)。原告には就業できる能力も意思もあるのに,石井支店の不当な対応により働くことができず,休業や待機となってしまったのであるから,被告ISSとしては,被告伊予銀行と折衝して他の支店などでの就労機会を確保するよう努力するべき義務がある。しかるに,被告ISSは,被告伊予銀行の意向に追従して原告を雇止めするという違法行為をした。また,原告が解雇理由を文書にて明示することを求めても拒否した。
以上の被告ISSの対応は労働契約上の債務不履行及び不法行為というべきであり,かかる違法な対応によって原告は精神的に大きな苦痛を受け,権利の回復のために法的措置をとることを余儀なくされるなど大きな負担を負わされたものであるから,被告ISSは原告に対してその蒙った精神的苦痛を賠償すべき責任がある。その金額は100万円が相当である。
ウ 被告らの損害賠償責任
(ア) 原告は,端末機器の操作及びこれと不可分の関係にある業務に限らず,一般職員と同様,広範な業務全般を担当することを石井支店の幹部職員から指示され,その指揮監督に服してきた。すなわち,平成8年から平成12年5月末まで,メール便の処理(甲73),松山市の送金指令書の処理(甲74),郵便局から配達される郵便物の処理業務(甲76),昭和62年から平成元年ころまで,大口集金に同行する業務(甲75),平成元年から平成8年まで公務員の給料やボーナスの袋詰めの業務(甲77),昭和62年から平成12年5月まで,来訪者の応対(甲78),書類のコピーやファックス(甲79)などを担当した。また,平成8年から平成12年まで担当した為替業務の中においても,事務用機器の操作と不可分の関係にあるとはいえない業務,全く関係のない業務を担当してきた。
また,被告伊予銀行は原告をして継続的に自己申告書を提出させて原告のプライバシーにわたる事項を収集している(甲28,129,130)。直接の雇用契約がある場合なら問題にならないとしても,派遣法の枠組の中では許されない行為であり,原告の人格的利益を侵害する行為である。被告ISSはこれを放置したものである。
(イ) 被告伊予銀行の責任
被告伊予銀行は,派遣労働者の派遣先として就労上の指揮監督権を適法,適正に行使する義務(労働者派遣契約の派遣先として負担する信義則上の義務)があり,これは被告ISSに対してだけでなく,原告に対する義務でもある。
にもかかわらず,被告伊予銀行は派遣先としての指揮監督権を違法に行使して,原告に義務のない就労を指示し,また,原告のプライバシーにわたる事項を収集するなど,その義務に違反したものである。なお,被告伊予銀行のこれらの行為は不法行為にも該当する。
(ウ) 被告ISSの責任
被告ISSは,雇用契約上の附随義務として,派遣元としての法令上の責任を果たすことはもちろん,適正な雇用管理のために尽力するべき債務があるにもかかわらず,故意もしくは過失によって,被告伊予銀行による前記の義務のない就労指示ないしプライバシー侵害に関与もしくは放置し,同債務の履行を怠ったものである。
(エ) 原告の損害
原告は,派遣法に違反する就労であることを知らないため,義務のない就労に従事したのであるから,労働者として適法に雇用管理を受けるべき人格的利益を侵害されたというべきで,相当額の慰謝料請求権が発生する。違法な就労にみあう時間給を支払っているとしても,違法な就労を指示して他人を義務のない業務に従事させた以上,相当額の慰謝料請求権が発生するというべきである。また,自己申告書によるプライバシーの侵害は重大である。これら,派遣法を逸脱するすべての違法な処遇は長期間にわたるものであり,これによって原告に被告伊予銀行に対する継続雇用の信頼を抱かせた要因ともなったものである。これらの事情を総合すると,慰謝料として200万円が相当である。
(2) 被告らの主張
ア 被告伊予銀行の損害賠償義務について
以下のとおり,被告伊予銀行の被用者3名による不法行為はないから,同人らの行為について,被告伊予銀行の原告に対する使用者責任も生じない。
(ア) C代理の行為
石井支店において,原告は営業時間中であるにもかかわらず大声を上げるなど,その言動は以前から問題視されていたが,特に,他のパートのミスについての改善指導を求めた原告の要求に対し,ミスを指摘するだけでなくこれを助けて事務処理に当たるよう指示したC代理に対する言動は,粗暴となり,目に余る状態となっていた。
平成11年12月3日,D支店長の指示で,C代理と原告とが話合いをすることとなり,C代理は原告に対して,同月から業務係が1名減員となり,パート3名についてもその分負担が増えることへの理解を求めるとともに,執務にあたり派遣先管理者の指示に従うこと,粗暴な言動を改めること等を求めたが,話合いはうまくいかず,かえって両者の対立が深まったものである。
以上の経緯があり,その中でC代理に不適当な言動があったとしても,それは原告が上司であるC代理の業務上の指揮命令を,原告に対するいじめ差別と曲解して,伝票をC代理の机の上に放り投げるように置くなど反抗的態度をとるようになり,これに対してC代理が「おい,こら,放るな。」と怒鳴るなど次第に両者の感情的対立が深まった結果である。平成11年12月3日の不適切な言動についても,上記のような経緯の下,同日における原告との応酬の中で生じたものであり,しかも,同日の言動について,C代理は,再三原告に謝罪をしている。
したがって,C代理には,原告に対する不法行為はないか,仮に形式的に不法行為があるとしても,原告には被告伊予銀行が賠償すべき損害はない。
(イ) D支店長の行為
平成11年12月7日,原告の家族が石井支店に来店し,D支店長及びC代理に面談を求め,原告がC代理から暴言を受けていること,継続的ないじめ差別を受けていることの申し出をした。これを受けて,D支店長は事実関係を調査の上,翌8日,暴言についてC代理をして原告に謝罪させ,両者に対し冷静になって互いの誤解を解くように説得した。
また,D支店長は,同月15日に原告に慰労金明細書を渡したが,「不要では?」という付箋が貼られていたとの点は意図的に付けたことはない旨を答えた。
以上のとおり,D支店長は実情を調査し原告の主張も十分聞いてC代理と原告との対立の調整に努めており,職場環境の調整に配慮する義務に違反した事実や原告に対する嫌がらせをした事実はない。
したがって,D支店長の行為は原告に対する不法行為に当たらない。
(ウ) G人事部長の行為
平成12年1月12日,原告の父から被告伊予銀行頭取宛に,原告がいじめを受けているという内容の書面が到着したため,被告伊予銀行人事部で被告ISSのE社長を交えて対応を協議し,被告ISSから被告伊予銀行人事部に対して,石井支店に出向いて対応するよう申入れがあり,人事部は人事課長Hを派遣することとなった。
同月14日,H人事課長が石井支店に赴き,原告と面談し,平成11年12月3日の話合いにおけるC代理の不適切な言葉につき,原告の面前でC代理及びD支店長に対し厳重に注意し,さらにC代理には原告に謝罪させた。なお,原告はこの日面談したのはG人事部長であるとするが,これは誤解であり,面談したのはH人事課長である。
上記のとおり,G人事部長は,H人事課長を派遣して被告ISSとも連携して良好な職場環境の調整に努力している。H人事課長は,原告の言い分を聞き,原告の面前でD支店長とC代理に対し厳重に注意を行い,かつC代理をして原告に謝罪させるなど,適切な対応をしており,G人事部長やH人事課長が原告に対して転勤などの不利益人事をほのめかした事実はなく,原告主張のような不法行為はない。
イ 被告ISSの損害賠償義務について
一般論として,派遣労働者の雇用主には適切な派遣就業を確保するよう配慮し(派遣法31条),派遣労働者の苦情に対して適切な処理をする義務がある(派遣元指針第1の3)が,被告ISSが具体的にそのような義務に違反した事実はない。
原告は,C代理から嫌がらせやいじめを受けていたわけではない。また,D支店長から本件紛争が起こっていることを聞いたE社長は,原告に電話して面談を求め,F業務部長を石井支店へ派遣したが,原告は被告ISSと話しても無駄であるとして応じなかった。同月12日には原告の父からF業務部長に関与しないでほしいとの電話があった。原告は被告ISSの介入自体を拒み,その結果,それ以上原告のために必要な措置をとることが不可能になったのである。
派遣元は派遣契約が期間満了前に派遣労働者の責に帰すべき事由以外の事由で解除された場合には,派遣労働者のため新たな就業の機会を確保すべき努力義務があるが(派遣元指針第2の2),本件では,派遣契約が期間中に解除されたわけではなく,派遣契約と派遣労働者雇用契約がともに期間満了により終了したのであるから,新たな就業の機会を確保すべき義務はない。また,解雇ではないのだから,解雇事由を文書で明示する義務はない。
仮に雇用契約を更新しないことを解雇と同視するとしても,派遣元指針第2の2は,派遣契約の解除に基づいて派遣元が派遣労働者を解雇することを認めている。また,被告ISSは業務量の減少等業務の都合上やむを得ない理由のあるときには原告を解雇することを明らかにしているが(乙10),原告に関する被告伊予銀行との派遣契約が更新されず,石井支店への派遣が不可能となったことは,まさに業務の都合上やむを得ない理由にあたり解雇しうる。
したがって,被告ISSが雇用契約を更新しなかったことには何ら違法性がなく,原告に対する不法行為も債務不履行もない。
ウ その他,被告らの損害賠償責任についての原告の主張は,いずれも争う。
第5当裁判所の判断
1 認定事実
(1) 証拠(各項目ごとに記載したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア IBSによる人材派遣業の開始(乙58,59,証人B)昭和61年7月1日,派遣法が施行されたのを機に,IBSは人材派遣業務を行うこととし,松山公共職業安定所から説明,指導を受けた上で,特定労働者派遣事業の届出をして業務を開始した。その際,民間事業を圧迫しないようにとの四国財務局松山事業所の指導があったため,母体行である被告伊予銀行に限定して人材派遣を行う方針とされた。
IBSは,被告伊予銀行と,同日付で労働者派遣に関する基本契約(乙50)を締結し,また委託手数料額については逐次合意し,覚書(乙51の1ないし51の10)を交わした。
IBSでは,派遣先との派遣契約は6か月ごとに見直し,派遣先が派遣を必要とした場合には6か月で更新していた。同様に,派遣労働者についても6か月の期間を定めて雇用し,引き続き派遣要請があれば6か月の雇用期間で更新する方法をとっていた。派遣労働者については,主に被告伊予銀行を退職した女子行員を人員として見込んでおり,また,派遣先が親会社である被告伊予銀行であったこと,主要な派遣業務が銀行のオンライン端末機操作という熟練を要する業務であったことから,1年以上引き続き雇用することを予定していた。
イ 原告の雇用及び問屋町支店への派遣(乙2,25,57,58,証人A,同B,原告本人。ただし下記認定に反する部分を除く。)昭和61年12月ころ,問屋町支店の女子行員の退職があったことから,A支店長は,被告伊予銀行人事部に対して,IBSから問屋町支店に派遣労働者を派遣してほしい旨要請していたが,IBSに即派遣できる要員がいないと聞いたため,候補者がいないか自ら情報収集をしていた。
原告は,被告伊予銀行に勤めていた姉を通じて紹介を受け,昭和62年2月ころ,問屋町支店においてA支店長と面談した。その際,A支店長は,問屋町支店で使用している端末機の説明をし,自動車で通勤する場合の利用駐車場について伝えた。また,原告から愛媛信用金庫に勤務経験があることを聞いた。A支店長は,原告について問屋町支店で職務をする場合の適性に大きな支障はないとの印象をもち,その後,IBSのB社長に連絡をして原告を紹介した。原告はA支店長に言われてその場でレポート用紙ないし便せんを用いて履歴書を書き,A支店長を通じて,あるいは自分でIBSにこれを提出した。このころ,A支店長は被告伊予銀行人事部長宛に,要望書(乙2参照)を作成し,提出した。
原告は,被告伊予銀行本店の建物内にあるIBSを訪れ,B社長と面談した。原告は,B社長から市販の用紙に書いた履歴書を提出し直すように言われていたため,B社長に対して履歴書(乙81の1)を提出した。B社長は原告に対し,給与(時給),労働時間,雇用期間などの労働条件について説明し,誓約書及び身元保証書の各定型用紙を渡した。IBS社長宛の誓約書(乙1の1)及び身元保証契約書(乙1の2)は,後にA支店長を通じて,IBSに提出された。
昭和62年2月18日,原告は,IBSに派遣先を問屋町支店とする派遣労働者として雇用された。原告の雇用条件は,時給580円,勤務時間は午前10時から午後4時まで(土曜日は午後2時まで。いずれも休憩1時間を含む。),雇用期間は同年5月末日までなどとされ,その旨の雇用契約書,就業条件明示書等が作成された。以上の雇用主,就業条件については原告自身も認識していた。原告は同日から問屋町支店に派遣され,同支店で事務機器の操作を担当した。
その後,B社長は原告の履歴書等を参照して,被告伊予銀行綜合企画部長及び人事部長宛の協議書(乙2)を作成した。
また,IBSと被告伊予銀行との間では,同年2月18日ころ,原告の派遣に関し,派遣期間を同年2月18日から昭和62年5月末日までとする派遣契約が締結された。
ウ 原告の石井支店への派遣(甲3の1ないし3の11,乙3,25,57,77の1ないし77の3,証人A)
前記派遣期間中である昭和62年5月1日,原告の派遣先は石井支店に変更された。石井支店では,パート職員が退職したため,被告伊予銀行人事部を通じてIBSに労働者派遣の要請がなされ,IBSは,A支店長を通じて事前に原告の意思確認をしたが,原告に異存はなかったため,原告の派遣先変更を決定した。
IBSと原告との間で,派遣先を石井支店とし,それ以外の条件は同様とした雇用契約が締結され,その旨の雇用契約書,就業条件明示書も作成された。
IBSと被告伊予銀行は,そのころ,改めて原告の派遣先を石井支店,派遣対象業務を事務用機器の操作等とする派遣契約を締結した。
その後,IBSは,昭和62年6月から平成元年6月まで,毎年2回,雇用期間を12月1日から翌年5月31日まで又は6月1日から11月30日までとして原告の雇用契約の更新を行い,その際には雇用契約書及び就業条件明示書を作成し,原告に交付した。ただし,更新手続は派遣先である被告伊予銀行を通じて行われ,IBSは実質的に関与していなかった。原告は,平成元年11月30日まで,間断なく石井支店で就労した。
また,この間,原告に対する給与はIBSから支給されていた。
エ 被告ISSの設立,IBSから被告ISSへの営業譲渡及び被告ISSと原告との関係(甲2の1ないし2の10,3の12ないし3の25,乙4の1ないし4の16,7の1ないし7の15,8,54,73の1及び73の2)
平成元年9月21日,被告ISSが設立された。当初は被告伊予銀行に労働者派遣を行うことを目的としていたが,このころの規制緩和の流れを受けて,被告伊予銀行以外への派遣も徐々に行っていく方針とし,平成2年1月1日付で一般労働者派遣事業の許可を受け,会社の目的も被告伊予銀行以外の会社へも派遣できるよう変更した。
IBSは,被告ISSに対し,平成元年12月1日付でIBSの人材派遣事業部門の営業を譲渡した。以後,被告ISSと被告伊予銀行の間で,原告に関する派遣契約が締結され,これが毎年6月1日及び12月1日の6か月ごとに更新された。また,被告ISSは,平成元年12月から平成11年12月まで,毎年2回,雇用期間を12月1日から翌年5月31日まで又は6月1日から11月30日までとして原告の雇用契約の更新を行い,その際には雇用契約書及び就業条件明示書を作成し,原告に交付していた。ただし,更新手続は派遣先である被告伊予銀行を通じて行われ,被告ISSは実質的に関与していなかった。原告は,平成12年5月31日まで,間断なく石井支店で就労した。なお,後述のとおり就業時間が変更となった平成8年2月1日には,改めて同日から同年5月31日までの雇用契約書が交わされた。
また,この間,原告に対する給与は被告ISSから支給されていた。
オ 被告伊予銀行と被告ISSとの関係
(ア) 被告ISSは,被告伊予銀行の100パーセント出資する子会社であり,その収入のほとんどを被告伊予銀行及びその関連会社に依存し,派遣労働者の多くは被告伊予銀行及びその関連会社に派遣されている。被告ISSの事業活動は,被告伊予銀行とは独立して行われている(乙11,17)。
(イ) 被告ISSと被告伊予銀行とは,労働者派遣に関する基本契約(乙5)及び個別の労働者派遣契約を締結し,派遣元管理台帳を作成して(乙7の1ないし7の15,乙53の1ないし53の7,60の1ないし60の9参照),労働者の派遣及び受入を行っている。
被告伊予銀行から被告ISSに支払われる派遣契約手数料は,被告ISSが派遣労働者に対して支払う原価に,マージンを付加して計算し,6か月ごとにこれを見直して,その都度業務委託手数料に関する覚書(乙6の1ないし6の13,52の1ないし52の11参照)を取り交わして支払いがなされている。このようにして支払われた手数料の中から,被告ISSが,その雇用する各派遣労働者に対して賃金及び慰労金を支払っている(乙74の1,74の2,75)。
また,被告ISSにおける派遣労働者に対する賃金については,「パートタイム産業規模別求人賃金状況」や「パートタイム職業別求職・求人・就職・賃金状況」の各記載,同業他社の賃金水準等を参考にして,派遣業務内容,勤務時間,勤務形態等により時給額を決め,被告ISSの取締役会で決定している(乙12の1ないし12の4,39,76の1ないし76の7,80)。
カ 被告ISSによる派遣労働者の管理体制
(ア) 巡回(乙22,24の1,25,26,57,証人A)
平成6年5月17日及び平成7年9月14日,当時の被告ISSの代表取締役に就任していたA支店長は,石井支店を訪問して派遣労働者の職場面接を実施し,原告と面接した。また,平成8年12月6日には,被告ISSの業務部長が石井支店を訪問した。
(イ) 派遣先管理台帳等
石井支店には,派遣先管理台帳(甲102ないし109。いずれも枝番号あり。),パートタイマー勤務簿(甲110の1ないし110の5)が備え付けられていた。また,被告ISSには勤務実績通知書(乙61ないし68。いずれも枝番号あり。)が送付されており,被告ISSはこれらを用いて派遣労働者の就業状況,休暇状況を把握していた。
キ 原告の石井支店での業務等の状況
(ア) 就労時間の延長(乙4の8)
平成8年2月1日,原告了解の下,原告の勤務時間は午前9時から午後5時までと変更された。また,原告は同日から,厚生年金保険,伊予銀行健康保険組合に加入した。なお,原告の健康保険被保険者証(甲7)における事業所は被告ISSとなっている。
(イ) 業務内容(乙27ないし30,原告本人)
原告は主に事務用機器の操作に携わっており,以前は口座振替業務に関する端末操作を行っていたが,平成8年2月1日以降,為替業務に関する端末操作に従事していた。また,原告はメール便の処理業務(被告伊予銀行内部での連絡文書や,郵便物の発受に関する業務)をほぼ1人で行っていた。メール便の処理業務は1日3回,合計40分程度であり,特別の技能や経験を必要としない単純業務である。このうち,取立手形の発送,振込書類通知書の発送,文書為替や雑為替の送付などは原告担当の端末操作に関わるものであったが,端末操作に直接関わらない郵便物の発受なども含まれていた。原告は,メール便の処理業務を拒否したことはなく,むしろこれを積極的に行っていた。
その他,原告は,公務員給与の袋入れ作業,大口集金先の集金への同行,コピーやファックス操作,来客接待,顧客獲得のためのセールス等,本来の派遣対象業務外の業務を行ったことがあった(ただし,どの程度の頻度で,どのくらいの期間行っていたかは証拠上明らかでない。)。
(ウ) 自己申告書(甲28,129,130)
原告は,被告伊予銀行に対し,その求めに応じて,自己申告書を提出したことがあった。
ク 本件紛争の経緯(乙18,20,21,30,33,42,証人D,同C,同H,被告ISS代表者E)
(ア) 平成10年8月,石井支店にC代理が赴任し,原告の上司となった。赴任してしばらくは特段の問題はなかったが,原告からC代理に対し,他のパート職員の伝票処理に不備が多く,それをC代理が見落としたまま原告のところに回されてくることについて厳しい指摘が続いたことから,C代理は,軽微な不備については指摘するだけでなくこれを助けて事務処理に当たるよう指導した。これをきっかけとして原告は強くC代理に反発するようになった。原告はC代理に対して厳しい口調で発言するようになり,また書類を乱暴に置いていくなどした。これに対し,C代理も「おい,こら,放るな。」と怒鳴るなど,感情的な対応をするようになった。このような原告とC代理との関係を見かねた石井支店職員らは,当時の支店長に調整を求めるなどしたが,うまくいかなかった。
平成11年7月,石井支店に赴任したD支店長は,前任支店長から,原告とC代理との関係に問題があることを伝えられた。また,同年10月頃に実施した石井支店内の職員全員との個人面接の際,職員から,原告の執務態度についての不満や,原告とC代理との確執があることを聞いた。
同年11月後半,業務係が1名減員となることから,D支店長は,C代理に対し,原告と話をして業務量の増加等について理解を求め,かねてからの確執を取り除き,人間関係を修復するよう指示をした。
(イ) 平成11年12月3日,D支店長の了解の下,C代理は,支店長室において,原告と2人で話合いをした。C代理は,被告ISSの就業規則を読み上げた上,原告に対して,同月から業務係が1名減員となり,パート3名についてもその分負担が増えることについて理解を求めるとともに,執務にあたり派遣先管理者の指示に従うこと,粗暴な言動を改め協調性を持つことなどを求めた。しかし,原告はこれに反発し,C代理の求めに応じようとしなかった。話合いは午後5時ころから午後8時ころにまで及んだが,円満に終わるどころかかえって紛糾し,その中で,C代理が原告に対し「おい」「おまえ」などと発言した。
同月7日午後5時ころ,原告の家族は,石井支店を訪れ,原告,D支店長及びC代理を含めた6人で,支店長室で会談をし,原告が同月3日にC代理から暴言を受けたこと,原告が継続的ないじめ差別を受けていること,これらについてC代理に対する指導を求めることなどを申し入れた。この場で発言を求められたC代理からは,同月3日の話合いでは興奮した場面もあったこと,暴言と捉えられたのであればお詫びをしたい旨の発言があった。
D支店長はC代理を問いただしたところ,双方感情的になった際に,言葉が過ぎてしまったことを認めた。また,翌8日,D支店長は,石井支店行員にC代理の原告に対する言動について聞き取りをしたところ,いじめや差別はなく,逆に原告のC代理に対する言動は見るに耐えないものがあるとのことであった。そこで同日,D支店長は,C代理及び原告を呼び,同月3日の暴言について,C代理をして原告に謝罪させる一方,いじめや差別は客観的にはないと思われること,両者に対し冷静になって互いの誤解を解いてほしい旨を伝えた。
(ウ) D支店長は,慰労金明細書の裏に「不要では?」という付箋(甲4)を貼り付けていたが,同月15日,これを失念したまま原告に渡した。
これを受け取った原告は家族に相談し,同月22日,家族が再び石井支店に来店してD支店長と面談し,「いじめや差別が直っていない。どのように解決するつもりか。」と質問した。D支店長は,いじめや差別はなく,C代理と原告との感情的対立が原因であり,時間をかけて解決していきたいと答えた。また,同月3日の暴言については,同月8日,C代理をして原告に謝罪させている旨を答えた。また,裏面に付箋が付いた慰労金明細書を示されて問いただされたが,D支店長は,意図的につけたものではないことを告げた上で,心配をかけたことを詫びた。
(エ) 同月27日,原告が端末操作を誤り,またC代理がチェックを誤ったことから,二重に振込を行うというトラブルが起こったが,原告はC代理を非難するのみで,解決に協力しようとしなかった。
(オ) 平成12年1月4日,D支店長は被告ISSのE社長を訪問して現状を説明し,雇用主として原告の話を聞いてもらいたいと申し入れた。E社長はこれを了解し,同月5日,原告に電話して,家族を交えずに直接話を聞きたいと言ったが,原告が家族も同席することで支店長と話ができているというので,それなら都合の良い日を連絡するようにと言って電話を切った。
(カ) 同月11日,E社長は,原告からの連絡がないので,F業務部長を石井支店へ派遣し,原告本人との面談を試みたが,原告は被告ISSは関係ない,今後のことは両親に相談して決めるというのみで,実質的な話合いに応じなかった。同月12日には原告の父からF業務部長に電話があり,今回の問題は被告伊予銀行との関係であり,被告ISSは関係ないから関与しないでほしいとの強い申し入れがあった。
同日,石井支店にも原告の父から電話があり,「銀行本体を交えて面談できるようにし,その場で謝罪してもらいたい」との申し入れがあった。
(キ) 同日,原告の父から被告伊予銀行頭取宛に,原告がいじめを受けているという内容の書面(甲128の1,128の2)が届いたため,被告伊予銀行人事部でE社長を交えて対応を協議した。E社長は,被告伊予銀行人事部に対して,暴言の問題は謝罪が必要であるなどとして,石井支店に出向いて対応するよう申入れをした。これを受けて,被告伊予銀行人事部からH人事課長が石井支店に行くことになった。
同月14日,H人事課長が石井支店に赴き,原告と面談し,平成11年12月3日の話合いにおけるC代理の暴言につき,原告の面前でC代理及びD支店長に対し厳重に注意を行い,また原告に対して謝罪させた。
(ク) その後も原告は,いじめをしないことを文書にして明確にしてほしい旨D支店長に申し入れるなどしたが,D支店長はいじめがあったとは認識していないなどとして断った。
(ケ) 平成12年3月31日,D支店長は,原告に対して,同年5月末に期間が満了する被告ISSとの派遣契約を更新しないことを伝えた。また,被告ISSに対しては,同年4月3日にその旨を通知した。
(コ) 平成12年5月9日,被告ISSは,原告に対して労働者派遣終了証 明書等の退職手続書類を送付した。
その後,原告はE社長に対して,なぜ自分だけ退職しなければならないのか,解雇なのか,解雇通知の文書を送付せよ,他の派遣先を斡旋する義務がある,待機中の給料を支払う義務があるなどの内容の電話をした。
ケ 平成12年5月31日,被告ISSと被告伊予銀行との派遣契約はその期間を満了したが,更新はされなかった。
(2) 上記事実認定につき,補足して説明する。
ア 雇用の際の面談内容及び雇用主体に関する原告の認識について((1)イ)
原告は,「A支店長との面談の際,その場で採用すると言われた。B社長との面談の際には雇用条件に関する話はなかった。自分は被告伊予銀行に雇用されているものと思っていた。」と供述する。
しかし,原告供述及び証人Bの供述によれば,B社長は,いったん提出されたメモ書きのような履歴書ではなく,市販の用紙に記載したものを提出しなおすよう指示したものと認められること,A支店長との面談は済んでいるのに,あえて原告とB社長との面談の機会が設定されていることなどからすれば,原告とB社長との面談で就業条件の内容及び採用の有無についての話が出たものと認定するのが相当であり,A支店長との面談の際にその場で採用すると言われた旨の原告供述は措信し難い(なお,原告は,履歴書について,当初,乙81の2ではなく,そのコピーに原告の新しい写真が貼り付けられた乙49が証拠として提出されたことをもって,乙81の2を被告伊予銀行が保管していたことを推認させるものと主張し,さらに上記証拠の提出方法や乙49についてのB社長の供述の不誠実性を指摘するが,いずれも理由がない。)。
そして,誓約書(乙1の1),身元保証契約書(乙1の2)は,いずれもIBS宛となっていることなどに照らせば,雇用開始の当時,原告がIBSに雇用されていることを認識していたことは優に認められるし,その後給与がIBSから支給され,被告ISSに営業譲渡されてからは同被告から支給されていることなどからすれば,原告が,一貫してIBSあるいは被告ISSに雇用されていると認識していたことは明らかである。
イ 雇用契約書等の作成について((1)ウ)
原告は,「原告とIBSとの間では雇用契約書が作成されておらず,被告ISSとの間でも,平成4年11月まで雇用契約書は作成されていなかった。就業条件明示書は,平成4年6月に初めて交付された。」と主張する。
現存する雇用契約書は平成4年12月以降のものしかなく(乙4の1ないし4の16),就業条件明示書は同年6月以降のものしかない(甲2の1ないし2の10)。
しかし,まず,これらの雇用契約書等に照らすと,被告ISSと原告とは,毎年2回,6月1日と12月1日とに契約更新手続を行っていることが明らかであるが,乙2によれば,原告の就労開始時の雇用期間は,昭和62年2月18日から同年5月31日までとされ,その終期を5月末に設定されていることが認められるから,この当時から毎年2回,6月1日と12月1日とに更新を行うこととされていたものと推認される。
そして,IBS(平成元年12月1日以降は被告ISS)が,自らが雇用主であることを隠そうとしていたならば格別,甲3,乙1,77(いずれも枝番号あり)では雇用主はいずれもIBSあるいは被告ISSと明示されていることからすると,雇用契約書,就業条件明示書をあえて作成していなかったとは考えにくい。原告は信用できないとするものの(第4の2(1)イ),被告ISSにおいて,これら雇用契約書等の保存期間についての理解,判断を誤り,廃棄してしまったということもあり得るというべきである。
結局,雇用契約書,就業条件明示書はいずれも適法に作成されていたものと認めるのが相当である。
ウ 本件紛争の経緯について((1)ク)
(ア) 原告は,平成12年1月14日に石井支店に来たのはH人事課長ではなく,G人事部長である旨主張するが,これを裏付けるに足りる証拠はない。
原告は,H人事課長の証言について,当日の入出店ルート等が不自然であるなどと論難するが,その証言全体の信用性を覆すようなものとは認められないし,そもそも,被告らがこの点について事実を隠ぺいする理由は特段見当たらないから,原告の主張は採用し難い。
(イ) 同月15日の慰労金明細書に貼り付けられた付箋については,本件紛争が起こっていた最中の出来事であること等に照らせば,D支店長自らが貼り付けたものと認めるのが相当である。D支店長は,別の書類に貼り付けていたものがたまたま慰労金明細書についてしまったと供述するが,不自然である。同人は原告が貼ったのではないかとも主張するようであるが,そのような事実をうかがわせる事情はない。他方,原告はD支店長が原告に対する嫌がらせのために故意に貼り付けたものと主張するが,自らの管理責任を問われかねない事態になっていた当時,D支店長がこのような嫌がらせをする理由があるとは考えにくい。結局,D支店長がかかる行為に及んだ真の理由は不明といわざるを得ないが,少なくとも原告本人に示す目的,意図があったとは認められない。
(ウ) 原告は,「F業務部長と会ったときに被告ISSの介入を拒んだことはなく,関係者一同が集まって,話合いの場を設けてほしいと言っただけである。原告の父がF業務部長に電話したときも同様に伝えた。」と供述する。しかし,原告は他方で,関係者一同とは原告,家族及び被告伊予銀行をいい,被告ISSは入っていないとも供述していること,にもかかわらず原告の父が被告ISSのF業務部長にわざわざ電話をしていることに照らすと,原告及びその父が被告ISSの介入を拒んだことは明らかというべきである。
2 争点1(原告と被告ISSとの雇用契約関係)について
(1) 登録型雇用契約
ア 前記認定事実(1(1)イ)によれば,昭和62年2月に原告とIBSとの間で締結された雇用契約は,問屋町支店への派遣が前提とされていたこと,IBSと被告伊予銀行との派遣契約期間と同様,同年5月末日までの期間の定めがあったことが認められ,登録型雇用契約であったことが明らかである。以降,原告とIBSは,平成元年6月1日まで,6か月の期間の定めのある登録型雇用契約の更新をし,また,平成元年12月1日以降は,原告と被告ISSとの間で,同様に6か月の期間の定めのある登録型雇用契約を締結し,その更新を繰り返してきたものと認められる。
原告は,常用型雇用契約が締結された旨主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。
イ 原告は,昭和62年当時,IBSは一般労働者派遣事業の許可を得ておらず,特定労働者派遣事業の届出をしていたに過ぎないものであって,「常時雇用される労働者」(派遣法2条5号)に該当しない登録型の派遣労働者を雇用することはできなかったと主張する(甲139参照)。
しかし,「常時雇用される労働者」とは,雇用形式のいかんを問わず,事実上,期間の定めなく雇用されている労働者をいい,ここには,一定の期間を定めて雇用されている者であっても,その雇用期間が反復継続されて事実上,期間の定めなく雇用されている者と同等と認められる者,すなわち,過去1年を超える期間について引き続き雇用されている者,又は採用の時から1年を超えて引き続き雇用されると見込まれる者が含まれるというべきである(甲72,乙78参照)。
本件では,IBSは,原告を含めたすべての派遣労働者について,6か月の期間の定めのある雇用契約を締結していたものではあるが,採用時から1年を超えて引き続き雇用することを見込んでいたものと認められるし(乙50,59参照),親会社である被告伊予銀行への派遣であったことに照らすと,客観的にも1年を超えた雇用は可能と見ることができたというべきである。そうすると,IBS採用の派遣労働者は,「一定期間を定めて雇用されている者であっても,採用の時から1年を超えて引き続き雇用されると見込まれる者」に該当するから,特定労働者派遣事業の届出のみでこれを雇用することができたものと認められる。
なお,原告は,「常時雇用される労働者」には,派遣契約の有無にかかわらず雇用契約が成立する見込みである労働者に限定されるべきであると主張する(甲139参照)が,独自の見解であり,採用できない。
(2) いわゆる雇止めの効果
ア 一般に,有期雇用契約が反復継続したとしても,特段の事情がない限り,当該有期雇用契約が期間の定めのない契約に転化するなど,その契約の基本的性質が変容するとは認められないが,有期雇用契約が当然更新を重ねるなどして,あたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在している場合,あるいは期間満了後も使用者が雇用を継続すべきものと期待することに合理性が認められる場合には,当該有期雇用契約の更新拒絶(いわゆる雇止め)をするに当たっては,解雇の法理が類推適用され,当該雇用契約が終了となってもやむを得ないといえる合理的な理由がない限り許されないというべきである(最高裁昭和49年7月22日判決・民集28巻5号927頁,同昭和61年12月4日判決・裁判集民事149号209頁参照)。これは,本件のような登録型雇用契約の場合でも同様である。
イ そこで,検討すると,まず,①期間の定めのある登録型雇用契約が,IBSが雇用主であった昭和62年2月以来,約13年3か月間,27回にわたり更新(石井支店に派遣された昭和62年5月以来とすれば約13年1か月間・26回の,雇用主が被告ISSとなった平成元年12月以来とすれば約10年6か月間・20回の更新)を重ねてきたこと,②更新手続には被告ISS(IBS)は実質的に関与せず,派遣先である被告伊予銀行を通じて形式的に関与していたに過ぎないこと,③過去,更新の可否又は当否につき問題が生じた形跡がないこと,④原告は石井支店において派遣対象業務である事務用機器の操作以外の業務も行っていたこと,⑤平成8年2月以降は,勤務時間も延長され,フルタイムとなっていたこと等の前記認定事実に照らせば,期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在しているとまでいえるかはともかくとして,雇止めとなった平成12年5月31日当時,原告が石井支店への派遣による雇用継続について強い期待を抱いていたことは明らかというべきである。
しかし,派遣法は,派遣労働者の雇用の安定だけでなく,常用代替防止,すなわち派遣先の常用労働者の雇用の安定をも立法目的とし,派遣期間の制限規定をおくなどして両目的の調和を図っているところ,同一労働者の同一事業所への派遣を長期間継続することによって派遣労働者の雇用の安定を図ることは,常用代替防止の観点から同法の予定するところではないといわなければならない(なお,本件で原告が行っていた事務用機器の操作業務に関しては,3年を超える同一人の同一場所,同一業務への派遣を行わないよう行政指導がなされている。甲132,乙37参照。)。そうすると,上記のような原告の雇用継続に対する期待は,派遣法の趣旨に照らして,合理性を有さず,保護すべきものとはいえないと解される。
ウ また,本件における原告と被告ISSとの登録型雇用契約は,被告ISSと被告伊予銀行との派遣契約の存在を前提とする契約であるところ,本件全証拠によっても,この基本的性質が変容したと認めるに足りる特段の事情は見当たらない。
そうすると,依然として,原告と被告ISSとの登録型雇用契約は被告ISSと被告伊予銀行との派遣契約の存在を前提として存在するものである。
そして,企業間の商取引である派遣契約に更新の期待権や更新義務を観念することはできないから,被告ISSと被告伊予銀行との派遣契約は,その期間が満了し,更新がなされなかったことにより終了したものと認められる。
エ そうすると,仮に原告と被告ISSとの雇用契約が期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在しているということができ,あるいは上記の原告の雇用継続に対する期待になお合理性を認める余地があるとしても,当該雇用契約の前提たる被告ISSと被告伊予銀行との派遣契約が期間満了により終了したという事情は,当該雇用契約が終了となってもやむを得ないといえる合理的な理由に当たるというほかない。
オ してみれば,原告と被告ISSとの間の登録型雇用契約は,平成12年5月31日の雇用期間の満了及び被告ISSと被告伊予銀行との派遣契約の期間満了により終了したものというべきである。
カ なお,被告ISSにおいて,あるいは被告ISSと被告伊予銀行が共謀して,原告に経済的又は精神的損害を与えるという違法な目的をもって,原告には何ら問題がないにもかかわらず,前記派遣契約の更新をしないことにしたなど,いまだ被告ISSと被告伊予銀行との派遣契約が存在すると解することのできる事情,あるいは同契約が終了したことを信義則上原告に主張し得ないような事情があれば,別異に解する余地があるというべきであるが,かかる事情を認めることはできない。
また,原告は,被告らが派遣法の枠組を無視・逸脱してきたことを強調し,前記認定事実によれば,被告らが派遣法の趣旨に必ずしも沿わない運用をしてきたことが認められるが,それらの事実をもって,派遣契約や雇用契約の更新拒絶が許されないとすることはできない。
(3) 結論
したがって,原告と被告ISSとの登録型雇用契約は,平成12年5月31日の経過により終了した。
3 争点2(原告と被告伊予銀行との黙示の労働契約の成否)について
(1) 労働契約は,労働者が使用者との間に,その使用者の指揮,監督を受けて労務に服する義務を負う一方,その対価として賃金を受ける権利を取得することを内容とする債権契約であり,したがって,一般の契約と同様に契約締結者の意思の合致によってはじめて成立するものであるところ,前記認定のとおり,原告は被告ISSとの間で明示の労働契約(登録型雇用契約)を締結したことが明らかである。他方,本件全証拠によっても,原告が被告伊予銀行との間で明示の労働契約を締結したとの事実を認めることはできない。
もっとも,労働契約といえども,黙示の意思の合致によっても成立しうるものであり,これは,本件のように,別途派遣法に基づく明示の派遣契約が締結されている場合でも変わるところはない。すなわち,派遣元の存在が形式的名目的なものに過ぎず,実際には派遣先において派遣労働者の採用,賃金額その他の就業条件を決定しており,派遣労働者の業務の分野・期間が派遣法で定める範囲を超え,派遣先の正規職員の作業と区別し難い状況となっており,また,派遣先において,派遣労働者に対して作業上の指揮命令,その出退勤等の管理を行うだけでなく,その配置や懲戒等に関する権限を行使するなど,実質的にみて,派遣先が派遣労働者に対して労務給付請求権を有し,かつ賃金を支払っていると認められる事情がある場合には,前記明示の派遣契約は有名無実のものに過ぎないというべきであり,派遣労働者と派遣先との間に黙示の労働契約が締結されたと認める余地があるというべきである。
(2) そこで,以下,具体的に検討する。
ア(ア) 本件では,被告ISSによる雇用に先立って,原告と,被告伊予銀行のA支店長との面談が行われ,その際,その場で記載したメモ程度のものではあるものの,履歴書が作成されていること(A支店長が目を通した可能性が高い。),また被告ISSによる原告雇用の際も,被告ISSから被告伊予銀行に対して協議書(乙2)なる文書が送付され,原告の賃金等の就業条件が明らかにされるなどしている。これらに照らすと,本件では,職業安定法44条(労働者供給事業の禁止規定)の遷脱の防止等の観点から派遣法が禁止する派遣労働者の特定行為が行われた可能性が極めて高いというほかない(派遣法27条7項。明示的に禁止されたのは平成11年改正以降であるが,それ以前においてもこれら行為が許されていなかったことは明らかである。)。
(イ) また,前記認定のとおり,被告伊予銀行は,原告をして本来の事務用機器の操作のみならず,メール便の処理業務を継続的,恒常的に行わせていたことが明らかであり,そのほか,その程度や頻度は不明であるが,さまざまな種類の派遣対象業務外の業務を行わせてきたことが認められるところである。
本来,派遣対象業務以外の業務を行うことは派遣法の予定しないところである。もちろん,当該業務と密接に関連し,その遂行のため不可欠又は必要な業務,あるいは当該業務に密接に関連するとはいえなくとも,業務の円滑な遂行のため,職場での人間関係の維持を含めて必要な関連性のある業務などは,派遣労働者において行うことが必要な業務というべきであり,原告が行ってきた業務のうち,メール便処理業務の一部(取立手形や振込書類通知書の発送,文書為替や雑為替の送付など),コピーやファックス操作,来客接待等は,これらに含まれるものというべきである。
これに対し,端末操作に直接関わらない郵便物の発受,公務員給与の袋入れ作業,大口集金先への同行,顧客獲得のためのセールス業務などは,上記により許される範囲を超えているもので,派遣労働者が行うことは本来予定されていない対象外業務であるというべきである。
(ウ) さらに,本件では雇用契約の更新が繰り返されたことにより,石井支店への派遣は約13年もの長期にわたっているものであるところ,前述のとおり,本来派遣法は3年以上の更新を予定していないというべきであるから,この点については派遣法の趣旨に反した取扱いといわざるを得ない。
(エ) そして,被告ISSは,主に被告伊予銀行を通じて原告をはじめとする派遣労働者の管理を行っているところ,前記認定事実(1(1)カ)の程度では,必ずしも充実した巡回がなされていたとはいえないこと,本件紛争あるいはここに至るまでの石井支店における原告とC代理との緊張関係等について,平成12年1月4日にD支店長から知らされるまでは被告ISSは何ら察知していなかったと認められること(1(1)ク(オ)参照)等からすれば,被告ISSによる派遣労働者の管理体制は決して十分なものだったとはいい難い。
イ(ア) しかし他方,被告ISSは被告伊予銀行の100パーセント出資に係る子会社ではあるが,被告伊予銀行からは独立した経営を行っており,原告を含めた派遣労働者に対する賃金についても,業務委託手数料に関する覚書に基づいて被告伊予銀行から支払われた派遣契約手数料の中から,被告ISSにおいて他社の賃金水準等を参考に決定したところに従って支給しているものである(1(1)オ(イ)。慰労金についても同様に被告ISSにおいて支払っている。)。
(イ) また,原告の雇用に先だってA支店長による面談が行われたときには原告の就業条件について話はなく,その後のB社長との面談においてはじめて就業条件の提示があったのだから(1(2)ア),賃金(時給)その他の就業条件は,IBSにおいて決定したものと認められる。
その際,前記認定のとおり協議書(乙2)がIBSから被告伊予銀行人事部長等に送付されているが,IBSにおいて原告の就業条件を明記していることに照らせば,被告伊予銀行が原告の賃金等の就業条件を決定したとまでは評し難い。
ウ(ア) 原告は被告伊予銀行が原告に対して自己申告書の提出を求めていたことを指摘するが,派遣先が派遣労働者の受入に先立って,派遣労働者の個人情報を入手することは,前述した派遣労働者の特定行為として禁止されるものの,派遣労働者受入後においてはこのような趣旨は後退する上,一般に,派遣先は派遣労働者に対する指揮命令権を有する反面,派遣労働者の派遣就労が適正かつ円滑に行われるよう環境整備を行い,また,派遣労働者からの苦情について適切に処理すべきことが義務づけられていること(派遣法40条参照)に照らすと,原告のプライバシー侵害とならないように配慮すべきことは当然であるが,自己申告書等の提出を求めること自体は許されるものというべきである。また,これをもって被告伊予銀行が原告を直接雇用するパートとして人事管理しようとしていたものとまでいうことはできない。
(イ) また,原告はいわゆる専ら派遣についても指摘するところ,被告ISSの派遣労働者の派遣先はそのほとんどが被告伊予銀行ないしはその関連会社であって,このことは,本来派遣先で直接雇用すべき従業員となるべきものを派遣労働者として業務に当たらせることを防止しようとした派遣法の趣旨からすると問題がないとはいえないところである。
しかし,前記認定事実のとおり,IBSが人材派遣業を開始しようとした昭和61年7月1日当時においては,四国財務局松山事業所から,民間事業を圧迫しないように,むしろ被告伊予銀行に限定して人材派遣を行うよう指導されていたものである(1(1)ア)。その後規制緩和があったとはいえ,乙13(事務ガイドライン「金融監督等にあたっての留意事項について」),84,被告ISS代表者本人によれば,現在でも銀行子会社である被告ISSにおいては,その収入の多くを金融関係からのものとするよう指導されていること,その中で被告ISSにおいては,被告伊予銀行とは関係のない会社への派遣割合を増加させてきていることが認められる。
以上に照らせば,なお被告ISSによる派遣先を拡大していくことが望ましいというべきであるが,その派遣事業自体が許されないものであるとまではいえない。
(3) 以上によれば,(2)アのとおり,被告らによる原告の雇用及び派遣体制には,派遣法の規定及び趣旨に照らして,少なからず問題があることは否めないというべきであるが,他方,(2)イで示したところによれば,被告ISSは形式のみでなく,社会的実体を有する企業であり,原告の就業条件,採用の決定,さらには原告に対する賃金(慰労金を含む)の支払いは,すべて被告ISSにおいて行っているのであるから,原告と被告ISSとの雇用契約が有名無実のものであるとはいい難い。
したがって,被告伊予銀行と原告との間で黙示の労働契約が成立したとは認められない。
4 争点3(損害賠償責任の有無)について
(1) 被告伊予銀行の不法行為責任(使用者責任)について
ア C代理の行為について
認定事実によれば,C代理は,平成10年8月に石井支店に赴任して以降,次第に原告と不仲となり,同人に対して怒鳴るなどしたこともあったが,C代理が原告を一方的にいじめ,あるいは攻撃したものではなく,双方が感情的な言動を応酬したものと認められる。
また,平成11年12月3日午後5時から午後8時ころまでの間,支店長室での話合いにおいて,C代理が原告に対し,「おい」「おまえ」などの粗暴な言葉を用いたことは明らかであるところ,このような言動が管理職及び上司として不適切であったことはいうまでもなく,これによって原告が感情を害したことも容易に想像することができる。しかし,前記認定に係る本件紛争の経緯に照らせば,C代理が原告に対し,執務にあたり派遣先管理者の指示に従うことや,粗暴な言動を改めて協調性を持つことなどを求めたのは十分理解できることであり,これに強く反発するのみで自らの態度を何ら省みようとしなかった原告にも責められるべき点がないとはいえない。C代理の前記粗暴な言動は,かような状況の中で感情的になされたものと認められるのであって,その経緯に鑑みると,同人を一方的に非難することは必ずしも的を得たものではないというべきである。
また,言葉自体は粗暴であるが,原告に退職を強要したり,あるいは差別的な内容を含むなどの悪質な言動がなされたわけでもない。
以上の事情に照らすならば,C代理の原告に対する言動は,全体として社会的相当性を逸脱するほどの違法性を有するものとは認め難いというべきである。よって,C代理に不法行為は成立しない。
イ D支店長の行為について
認定事実によれば,D支店長は,原告とC代理との確執を聞いて,これを解消して良好な職場環境を回復するべく,C代理に対して原告と話合いの機会を持つよう指示していたと認められる。前記のとおり,C代理が原告を一方的に攻撃していた状況にあったとは認められないから,D支店長が話合いを勧めたことは適切であったというべきである。原告の家族の申し出に対しても,これを受けて調査を行い,C代理をして原告に謝罪させるなど,誠実に対応しているものと認められる。
また,平成11年12月3日のC代理と原告との話合いをもつことについて,D支店長の指示ないし了承があったことは明らかであるが,そのこと自体には何ら問題はない。勤務時間外である午後5時以降から話合いをすることについて了承したことは,原告に対する配慮を欠いた面もあるといわざるを得ないが,その時点で話合いが3時間にも及ぶことを予測していたとも認められないから,不相当とまではいえない。
そして,慰労金明細書の裏の付箋については,認定事実のとおり,D支店長が貼り付けたものというほかないが,原告に示すため意図的に貼り付けたものと認めるに足りる証拠はないから,不法行為とはならないというべきである。
以上のとおり,D支店長の行為についてはいずれも不法行為に該当しない。
ウ G人事部長の行為
認定事実のとおり,平成12年1月14日に石井支店を訪れ,原告と面談したのはH人事課長であって,G人事部長であるとは認められない。したがって,同日の石井支店でのG人事部長の言動を不法行為とする原告の主張が理由のないことは明らかである(なお,H人事課長についてみても,同人は,D支店長及びC代理をして原告に謝罪させたものであって,そこに何ら非難すべき点はなく,原告の望むような人事上の処分が約束されなかったとしても,H人事課長が誠実な対応をしなかったものとは認め難い。)。また,原告は,G人事部長が平成12年5月31日をもって原告の就労を拒絶することを決定した最終責任者であると指摘するが,被告伊予銀行が被告ISSとの派遣契約を更新しなかったことについて,これが許されないと解すべき事情がないことは前記説示のとおりであるから(2(2)ウ,カ),就労拒絶の決定が不法行為となる余地はない。
よって,G人事部長についても不法行為は成立しない。
(2) 被告ISSの債務不履行ないし不法行為責任について
認定事実のとおり,平成12年1月4日に原告とC代理との間に確執が生じていることを知った後,被告ISSは,E社長が原告に電話を架け,またF業務部長が石井支店の原告を訪ねるなどして,本件紛争の解決を図ろうとしたが,原告及び原告の父が,被告ISSは関係ないとしてその介入を拒んだこと,被告ISSは,その後も被告伊予銀行人事部に対して,石井支店に出向いて対応するように求めたことが明らかである。
そうすると,被告ISSは,本件紛争について把握するのが遅れたきらいはあるものの,その後は,原告及びその家族に拒まれつつも適切な対応を試みていたものと認められる。
また,前述のとおり,原告と被告ISSとの間の登録型雇用契約の更新拒絶(雇止め)は適法であり,このような場合,登録型派遣労働者である原告について,新たな就業場所を確保すべき義務があるとは認められないし,本件は解雇ではないから,雇止めの理由を文書で明示しなかったことも何ら違法となるものではない。
したがって,被告ISSに債務不履行ないし不法行為は成立しない。
(3) 被告らの債務不履行ないし不法行為責任について
原告は,被告らが,原告に対し,派遣業務として明示された事務用機器の操作のみならず,メール便処理業務のほか広範な派遣対象外の業務を担当させてきたこと,また自己申告書を提出させてきたことをもって,原告に精神的損害を与えた旨主張する。
前記認定のとおり,被告伊予銀行が原告に行わせた業務の中には,本来予定されていない対象外の業務が含まれていたものと認められる。どの業務が,どの程度の頻度で,どれくらいの期間行われていたかまでは明らかではないものの,原告が行ってきた対象外業務が多種に及んでいること,さらには原告の派遣期間自体が極めて長期にわたっていることに照らすと,原告が全体として相当多量の対象外業務を行ってきたことは明らかである。これらに照らすと,被告伊予銀行の原告に対する指揮監督権の行使にはかなりの問題があるといわなければならない。被告ISSがかような実態を改善しなかったことについても同様である。
しかし他方で,原告が対象外業務として行っていた業務の大半を占めるものというべきメール便の処理業務について検討すると,認定事実のとおり,一部為替業務の端末操作の事前準備行為等として関連するものも含まれており,対象業務と対象外業務との区別がしにくい部分もあったこと,比較的単純な作業であり,特殊な知識経験を要する困難な業務とまではいえないこと,原告自身もむしろこれを積極的に行なっていたものであることが認められる。また,原告が行った対象外業務に相当する部分については,本来の対象業務の負担を免れていたものというべきであるから,全体としてはその労務の提供に見合った賃金の支払いを受けていると認めるのが相当である。そして,前記のとおり,被告らによる原告の雇用及び派遣体制には問題があったというべきであるが,原告の地位を長期間にわたって安定させ,結果としては原告に有利に作用してきたことも否定できないところである。
これらに照らすと,被告らの行為により,原告の人格的利益(労働者として適法に雇用管理を受ける権利)が侵害され,精神的損害が生じたものとまでは認められないというべきである。
なお,前述のとおり,被告伊予銀行が原告に自己申告書を提出させていたことについては,それ自体は許されるというべきであるし,また,具体的にプライバシー侵害が生じたとは認められない。
結局,これらの点について,被告らは債務不履行ないし不法行為責任を負うとは認められない。
5 結論
以上によれば,原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 坂倉充信 裁判官 大嶺崇)
裁判官 中山雅之は,転補のため署名,押印することができない。裁判長裁判官 坂倉充信