大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松山地方裁判所 平成14年(モ)416号 決定 2002年11月20日

申立人 共栄海運株式会社 ほか3名

相手方 国

代理人 横山和可子 小松一利 上岡渉 富崎能史 石丸邦彦 今井優 玉井正英 松田修治 ほか5名

主文

本件申立てをいずれも却下する。

理由

第1申立人(原告ら)の申立て及びその理由

以下のとおり、被告に対する文書提出命令を求める。

1  文書の表示及び文書の趣旨(なお、以下の(1)ないし(3)をまとめて「本件文書」という。)

(1)  平成6年2月から同年4月12日までの間に、高松国税局調査査察部(以下「査察部」という。)が原告興進海運株式会社(以下「興進海運」という。)、同共栄海運株式会社(以下「共栄海運」という。)を被調査者として銀行調査をすることを承認する旨の高松国税局長の証印のある調査証(以下「調査証」という。)。

(2)  内てい立件決議書(<証拠略>)

(3)  査察部が平成6年4月13日、興進海運を嫌疑者として臨検・捜索・差押許可状(以下「許可状」ということがある。)を請求した際に添付された疎明資料のうち、

<1> 預金メモ(<証拠略>)の作成者・意義・査察部が入手した経過

<2> 「集中取立手形入金明細表のため不明」(<証拠略>)とされた入金が売上げ除外にかかる入金であること

について言及、疎明した査察官報告書その他の文書(以下「査察官報告書」という。)

2  文書の所持者

いずれも被告国

3  証明すべき事実

(1)  調査証

平成6年2月以降、査察部が興進海運及び共栄海運を被調査者とする内てい調査の一環として銀行調査をした事実の有無

(2)  内てい立件決議書

目隠しされた「選定の理由」欄の記載として、<証拠略>には「公表外銀行である愛媛銀行今治支店に手形、小切手などを実名で普通預金に入金後、実名、借名の定期預金で留保し、過少申告している」、<証拠略>には「公表外銀行である百十四銀行今治支店に手形、小切手などを実名で普通預金に入金後、実名、借名の定期預金で留保し、過少申告している」との記載があること

(3)  査察官報告書

許可状請求の疎明資料として預金メモ(<証拠略>)、売上帳(<証拠略>)、手形記入帳(<証拠略>)、除外金額集計表(<証拠略>)の引用ないし使用していること

4  文書提出義務の原因

(1)  いずれも民事訴訟法220条4号

(2)  本件文書はいずれも同4号ロ「公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」(以下「公務秘密文書」という。)には該当しない。

ア 調査証については、そもそも金融機関に提示され、金融機関の求めによりコピーに応じることもあるものだから、被告においてその存在を秘匿すべき合理的理由はない。

あくまで公務上の支障があるというのであれば、裁判所は民事訴訟法223条6項により裁判所への提示を命じ、当該文書の記載を確認して検討すべきである。

イ 内てい立件決議書については、被告は守秘義務等を理由として査察部が銀行調査をしたか否かにつき答弁を回避するが、一般に税務調査・犯則調査のために銀行調査が行われることがあり、金融機関が調査に応じていることは公知の事実というべきこと、調査を受けたことは納税者の秘密に属するが、納税者である原告ら自身が調査の有無を明らかにすることを強く求めていることからすれば、被告の対応には理由がなく、むしろもっぱら<証拠略>が作成日付を偽った虚偽文書であることを隠ぺいしようとするものと認められ、訴訟上の立証妨害に等しい。

(3)  本件文書はいずれも同4号ホ「刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書」(以下「刑事事件関係書類」という。)には該当しない。

ア 国税犯則取締法による査察調査は行政手続であること

国税犯則取締法による査察調査は、国税の公平確実な賦課徴収という行政目的を実現するためのものであり、その性質は、一種の行政手続であって、刑事手続ではないとするのが判例である(最高裁昭和44年12月3日大法廷決定・刑集23巻12号1525頁)。したがって、本件文書は刑事事件関係書類に該当しない。

イ 刑事事件関係書類該当性についての解釈

刑事事件関係書類に該当するか否かにつき、被告はおよそ何人かの被疑事件又は被告事件に関して作成された書類であれば当然に該当すると解釈すべきと主張する。しかし、それではあまりに無限定であり、民事訴訟、行政訴訟手続における文書提出命令制度の重要な意義を損なう弊害が大きく、採用しがたいというべきである。なお、被告見解は法務省の立案担当者の見解と同趣旨のものと解されるが、立法当時もその是非には争いがあったし、裁判所はその見解に拘束されるものではない。

そこで、これら書類のうち、当該文書の性質上、関係者の名誉・プライバシー等に対して重大な侵害が及んだり、また捜査・公判の適正が確保できなくなるなどの弊害が生ずるおそれのないことが明らかである場合には、刑事事件関係書類には該当しないものと解すべきである。

そして、本件文書は、以下のようにいずれも誰の名誉・プライバシー等を侵害することもなく、また捜査・公判の適正を損なうこともないことが明らかであり、刑事事件関係書類には該当しない。

(ア) 調査証は、査察部による内偵調査で銀行調査を行う際、金融機関に必ず提示するものであり、ほとんどの金融機関はそのコピーを要求している書面である。その記載事項は、調査対象者を原告らとし、特定の対象金融機関が記載されているだけの文書であり、誰の名誉・プライバシー等も侵害しない。原告ら以外の嫌疑者が特定されているとすれば当該部分は目隠しして提出すればよい。かように解した場合でも公務秘密文書に該当するか否かを裁判所が判断するのだから、公共の利益を害するおそれもない。

(イ) 内てい立件決議書は、高松国税局の了解の下に証拠として提出されているものであり、本申立は目隠しされている「選定の理由」を明らかにすることを求めているに過ぎない。しかもその目隠し欄は、当該刑事事件の担当検察官が証拠書類の閲覧制度(刑事訴訟法299条1項)に基づき、弁護人に原本全部の閲覧の機会を与え、その内容は訴訟関係人に開示されているものである。刑事訴訟法の規定に基づいて担当検察官が開示を相当とした文書であって、捜査・公判の適正が確保されなくなるなどの弊害が生ずるおそれのないことは明らかである。また、「選定理由」欄の記載内容が「証明すべき事実」記載のとおりであることは訴訟関係人には周知のこと(裁判所を除く。)であり、関係者の名誉・プライバシーに対し侵害が及ぶおそれもない。

(4)  濫用の禁止と訴訟追行の誠実義務

なお、文書の保管者が訴訟当事者である場合、民事訴訟法220条4号ホを援用して当該文書の提出を拒否することが、保管者に与えられている裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用していると認められる場合は、民事訴訟法2条の規定により(当事者の訴訟追行の信義誠実義務)、保管者はその援用を許されないと解するべきである。

本件文書については、以下のように、被告が4号ホを援用することは裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用しているというべきであり、許されない。

ア 高松国税局の担当者らは、査察部が原告らに対して銀行調査を含む内偵調査をすすめていたことを証言し、被告はこれを有利に援用しているのだから、その真実性を客観的に確認する証拠である調査証の提出を拒むことは自己矛盾である。

イ 原告らは、内てい立件決議書は、作成日付を偽った虚偽文書であると指摘しており、これに対する具体的反証はない。重大な疑義のある虚偽公文書を秘匿することは許されず、裁判所はこの点を明らかにして実体的真実を解明し公益を追及する責務がある。

5  文書提出の必要性

(1)  調査証について

本件では査察部により銀行調査がなされたか否か、なされたとするとその時期などが一つの争点であるところ、実務上、銀行調査の際には調査証の発行、提示が必要とされているから、調査証の有無及びその内容が確認できれば、銀行調査実施の有無及び実施時期などが判明するといえる。後述のとおり内てい立件決議書(<証拠略>)の信用性を弾劾するためにも、原告らにとって調査証は必要不可欠である。

被告は、原告らは銀行調査はなかったと主張しているから銀行調査があったことを推認させる調査証は必要ない旨主張するが、文書提出命令は反証に必要な場合にも認められるものである。

(2)  内てい立件決議書について

原告らは、<証拠略>の目隠しされた各「選定の理由」欄に前記「証明すべき事実」(第1の3(2))の各記載があることを確認した上で、査察部が平成6年3月22日までに原告らに関して銀行調査をした事実はないし、平成6年3月22日の時点で査察部が「選定の理由」欄に記載された事実を把握することは不可能であったこと、すなわち、平成6年3月22日の日付と「選定の理由」欄は後日記入されたという事実を立証しようとするものである。<証拠略>は査察部が銀行調査を実施したことを前提に、原告らの犯則嫌疑事実を平成6年3月22日の時点で把握していたという重要な事実を証明しようという文書であり、原告らが同文書を弾劾する機会は十分に保障されなければならない。

(3)  査察官報告書について

原告らは、前記「証明すべき事実」(第1の3(3))をもって違法行為と主張しているところ、被告は、今治税務署から入手した預金メモのうち1枚をそのまま疎明資料として使用し、それ以外は使用しておらず、独自の内てい調査によって入手した資料から疎明した旨を主張してこれを否定するが、その具体的資料を指摘しようとしない。これらに関する客観的、確実な証拠が提出されていないのだから、査察官報告書が必要である。

なお、被告は本件許可状請求にあたっては現金主義によっているから独自の内てい調査によって入手した資料から算定したことは明らかである旨主張するが、本件では原告らに対する臨場調査も取引先に対する反面調査もしていないのだから、権利確定主義で疎明することはできなかった(認定根拠を高松国税局長や令状担当裁判官に説明することができない。)というに過ぎず、被告主張は理由がない。

6  文書特定の申し出

査察官報告書に関する文書の表示及び文書の趣旨については前記(第1の1(3))以上に明らかにすることが著しく困難である。よって、民事訴訟法222条1項により、裁判所において文書の所持者である被告国に対し、文書の表示及び文書の趣旨を明らかにすることを求める。

第2被告(相手方)の意見

1  文書提出義務の原因について

本件文書は、いずれも民事訴訟法220条4号ロ及びホに該当する。

(1)  民事訴訟法220条4号ロ(公務秘密文書)該当性

本件文書は、いずれも査察部における内てい調査の過程で作成されるべきものであって、その存否も含めて査察部の内てい調査の手法に関わるものであり、公務秘密文書に該当する。

(2)  民事訴訟法220条4号ホ(刑事事件関係書類)該当性

本件文書は、それが存在するとしても、いずれも、査察部による興進海運ないし共栄海運を犯則嫌疑者とする犯則事件の調査に関して作成されたものであり、以下のとおり、刑事事件関係書類に該当する。

ア 刑事事件関係書類の意義

民事訴訟法は、公務文書の文書提出義務を一般義務化するとともに(同法220条4号)、それに伴って刑事事件関係書類を一般義務の対象から除外している(同号ホ)。

刑事事件関係書類については、刑事訴訟法、刑事確定訴訟記録法等において、関係者の利益保護、捜査の秘密及び刑事裁判の適正の確保と開示により図られる公益等との調整をしたうえで、開示の要件・方法等について独自の規律がされている。それゆえ、民事訴訟において、裁判所が刑事訴訟法等により開示が認められている範囲を超えて刑事事件関係書類の提出を命ずることになると、関係者の名誉・プライバシー権に対して重大な侵害が及び、また捜査・公判の適正が確保されなくなるなどの弊害が生ずるおそれがある。そこで、このような弊害の発生を防止するため、刑事事件関係書類についてはその開示・不開示の規律を刑事訴訟法等に委ねる趣旨で、除外文書とされたものである。

このような立法趣旨にかんがみれば、民事訴訟法220条4号ホにいう刑事事件関係書類の意義については、その開示・不開示を律している刑事訴訟法等の規定の定めと同義に解するべきところ、刑事訴訟法47条にいう「訴訟に関する書類」とは、被告事件又は被疑事件に関して作成された書類をいい、書類の種類によって差異はなく、手続関係書類であるか証拠書類であるかを問わないし、意思表示を内容とする意思表示的文書と事実の報告を内容とする報告的文書のいずれをも含み、訴訟の段階で裁判所(裁判官)や訴訟関係人が作成した協議の訴訟書類のみならず、捜査段階で捜査官らの作成した捜査書類も含み、作成者が公務員であると、一般人であるとを問わず、また、裁判所又は裁判官の保管している書類に限らず、検察官、司法警察員、弁護人その他第三者の保管しているものも含むと解されている。

したがって、民事訴訟法220条4号ホにいう「刑事事件に係る訴訟に関する書類」とは、起訴された事件に関していえば、公訴提起前も含め、およそ当該刑事事件に関して作成された一切の書類をいい、当該刑事事件公判に提出されていないものも含むと解される。

イ 国税犯則事件について告発する以前の段階で作成された同事件に関する文書について

犯則調査は、国税犯則事実の存否とその内容を解明し、通告処分又は告発をすることを終局の目標として行う犯則者及び証拠の発見・収集手続であること(実質的には刑事手続に準ずるものであるが、その特殊性から、刑事訴訟法による通常の刑事訴訟手続とは異なる手続として設けられたものに過ぎないというべきである。)、及び告発によって当然に被疑事件に移行し、さらに告発前に得られた証拠等の資料は、被疑事件の捜査において利用されるものであることにかんがみれば、告発前の段階で当該犯則事件に関して作成された書類も、当該犯則事件が告発によって被疑事件に移行すれば、当然に刑事事件関係書類に当たると解するべきである。

なお、原告らが指摘する最高裁決定は、国税犯則事件調査手続の性質が刑事手続ではなく行政手続である旨判示するが、これはあくまでも告発以前の段階における差押え等に対する不服申立の方法として刑事手続である準抗告によることが許されない理由として示したものに過ぎない。同決定は、犯則事件は告発によって被疑事件に移行し、告発前に得られた資料も、その後は刑事手続としての被疑事件の捜査において利用されるものであることを指摘している。

ウ 本件文書について

本件文書は、いずれも興進海運及び共栄海運を犯則嫌疑者とする犯則事件の調査に関して査察部が作成するものである。原告らに対する犯則事件は、平成7年3月27日、告発により被疑事件に移行し、さらには、松山地方検察庁が、興進海運及び共栄海運を法人税違反で起訴して、同被告事件(松山地方裁判所平成7年(わ)第166号及び第167号。なお、原告Aについても、ほ脱犯の行為者として起訴されて、同時審理されている。)は、現在、高松高等裁判所刑事部において審理中である。

したがって、本件文書が興進海運及び共栄海運らを被告人とする刑事事件関係書類にあたることは明らかである。

2  文書提出の必要性について

本件文書を提出する必要はない。

(1)  調査証について

原告らは、そもそも平成6年4月12日以前に興進海運及び共栄海運を対象とした銀行調査は行われていなかった旨主張しているものであり、銀行調査が行われたことを推認させる調査証が原告らの立証に必要であるとは考えられない。

また、調査証には、銀行調査が実施された旨の記載はされないので、調査証の存在から直ちに銀行調査が行われたことが認定されるものではなく、その意味からも調査証は、原告らの立証上必要な文書とはいえない。

原告らは、前記法人税法違反被告事件及び加算税賦課決定処分取消訴訟(松山地方裁判所平成8年(行ウ)第6号事件。現在控訴審係属中。)においても、本件同様に査察部が税務調査で入手した資料を基に興進海運を犯則嫌疑者とする臨検・捜索・差押許可状を請求したか否かを争点にして争っており、これらの事件で取り調べられた証人の尋問調書を本件において証拠請求しつつ、更に既に尋問調書が取り調べられた証人を同様の立証趣旨で請求するなど、蒸し返し的な証拠請求をしている状況にある。

原告らは、上記取消訴訟でも調査証につき提出命令を求めて却下されているのであって、本件文書提出命令の申立ても従前の証拠調べ請求の蒸し返しに過ぎない。

(2)  内てい立件決議書について

既に「選定の理由」欄を除く部分を書証として取調済みであるところ(<証拠略>)、原告らが争っているのは作成日付であるから、あらためて取り調べる必要はない。

(3)  査察官報告書について

原告らは、税務調査で入手した預金メモ(<証拠略>)、売上帳(<証拠略>)、手形記入帳(<証拠略>)、除外金額集計表(<証拠略>)を、興進海運を犯則嫌疑者とする臨検・捜索・差押許可状請求の疎明資料として使用した旨主張するが、法人税法においては、収入の帰属につき権利確定主義(現実の収入がなくても、財貨の移転や労務の提供などによって債権が確定した時を基準とする主義。)が原則であると解されているところ、平成6年4月12日に今治税務署職員が原告らから入手した資料を手がかりとして隠ぺい所得額を算出するのであれば、売掛金発生時を基準として算定されているのが自然であるが、許可状請求に際しては実際に売上げ除外分の手形等が換金され現金化された時点を基準として算定されていること、また、同資料をもとにして許可状請求書記載の隠ぺい所得額を算出することはできないことなどからすれば、許可状請求書記載の隠ぺい所得額は、査察部が独自の内てい調査によって入手した疎明資料から算定した金額であることは明らかであり、さらに許可状請求の疎明資料を証拠として取り調べる必要はない。

3  文書特定の申し出について

査察官報告書については、その存否も含めて、査察部の内てい調査の手法にかかわるものであり、文書の存否、存在するとしてその文書の表示及び文書の趣旨を明らかにすることは、当該文書を保管すべき公務員の守秘義務が及ぶ範囲内にある。

また、文書を特定したところで、前記のとおり、民事訴訟法220条4号ロ及びホに該当する上、取り調べる必要もない文書であるから、特定の必要はない。

第3当裁判所の判断

1  刑事事件関係書類(民事訴訟法220条4号ホ)該当性について

(1)  刑事事件関係書類を除外文書とした趣旨

一般に刑事事件においては、実体的真実解明という公益追及のため、関係者の名誉・プライバシーについてまで深く立ち入った文書を作成することも予定されているところ、これら刑事事件に関する文書がむやみに開示された場合には、当該事件に関して、捜査や公判に不当な影響が生じたり、関係人に名誉・プライバシー等に対して重大な侵害が及ぶことはもちろん、犯罪手口・捜査手法が開示されることにより、模倣犯の出現・犯罪手口の巧妙化等をもたらしたり、将来の捜査や公判において国民の協力を得ることが困難になるなど、現在及び将来における様々な弊害が生ずるおそれがあるといわなければならない。そして、このような弊害の生ずるおそれを踏まえて、刑事訴訟法、刑事確定訴訟記録法等は、刑事事件関係書類につき、開示の要件・方法等について独自の規律をしているものである。

民事訴訟法は、文書提出義務について、原則的に一般義務とする一方、刑事事件に関する文書については文書提出義務の対象から除外しているが(同法220条4号ホ)、それは、前記のような弊害の生ずるおそれがあることに鑑み、その開示・不開示の規律を一律に刑事手続上の開示制度に委ねたものと解される。

(2)  刑事事件関係書類の意義・解釈

ア 当裁判所の見解

上記の趣旨及び民事訴訟法220条4号ホが刑事事件に係る「訴訟に関する書類」として刑事訴訟法47条と同様の文言を用いていることに照らせば、民事訴訟法220条4号ホにいう刑事事件関係書類の意義については、刑事訴訟法47条において一般に解釈されているところ(被疑事件・被告事件に関して作成されたすべての書類)と同一に解するのが相当である。

そうすると、刑事事件関係書類とは、刑事訴訟法47条における解釈と同様、被疑事件・被告事件に関して作成されたすべての書類を指すことになる。

そして、上記趣旨からすれば、国税犯則事件について告発以前の段階で作成された文書についても、当該犯則事件が告発を経て被疑事件・被告事件となり、刑事訴訟法等の開示手続に服するものとなった場合には、当然に刑事事件関係書類に含まれるものというべきである。

イ 原告らの主張について

これに対し、原告らはまず、国税犯則取締法による査察調査が行政手続であることを理由に、その際作成された書類については刑事事件関係書類には含まれないと主張するものと解される。しかし、前述のとおり、当該犯則事件が被疑事件となっている場合には刑事事件関係書類に該当するものというべきである。

また、原告らは、刑事事件関係書類該当性について、当該文書の性質上、関係者の名誉・プライバシー等に対して重大な侵害が及んだり、また捜査・公判の適正が確保できなくなるなどの弊害が生ずるおそれのないことが明らかである場合には、当該文書は刑事事件関係書類には該当しないものと解すべきである旨主張する。

しかし、当該文書の開示により前述の各弊害が生じるか否かを実質的に判断するためには、当該文書を閲読するだけでは足りず、当該刑事事件全体の捜査情報・事件記録を検討する必要があるが、民事訴訟手続の中でかかる検討を行うことは、実際には極めて困難であるといわなければならない(原告らは、弊害の生じるおそれの有無につき、当該文書の性質のみから判断することを求めるものとも解されるが、失当である。)。このような観点から、民事訴訟法は、刑事事件関係書類に該当するか否かの判断にあたり、いわゆるインカメラ手続を行うことを認めず(民事訴訟法223条6項参照)、刑事事件に関する文書か否かという形式的基準によって類型的に判断することとしたものと解される。

以上を前提とすれば、刑事事件関係書類該当性につき、原告らの述べるような実質的観点を持ち込むことは困難であるというほかない。原告らの主張は採用できない。

(3)  本件文書の刑事事件関係書類該当性について

記録によれば、本件文書は、いずれも査察部による興進海運及び共栄海運を犯則嫌疑者とする犯則事件の調査に関して作成されるものであること、当該犯則事件は告発により被疑事件に移行し、法人税法違反で起訴され、同被告事件は、現在、高松高等裁判所刑事部において審理中であることが認められる。

したがって、本件文書が興進海運及び共栄海運を被告人とする刑事事件関係書類にあたることは明らかであり、被告に文書提出義務はないものというほかない(原告らが本件文書の開示を求めるには、刑事訴訟法等の刑事手続における開示制度によるべきである。)。

(4)  なお、原告らは、被告が本件文書につき民事訴訟法220条4号ホを援用することは、本件文書保管者とし裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するものとして許されないとするが、原告らの主張するところを考慮しても、被告に裁量権逸脱・濫用があるとまでは認められない(本件文書が外形的、客観的に刑事事件関係書類に該当する以上、被告の援用は裁量権の問題とはならない。また、このような本件文書の客観的性質によれば、高松国税局の担当者の証言の信用性や内てい立件決議書の作成日が争点となったからといって、被告が訴訟追行上の誠実義務として本件文書を提出すべき義務を負うものとすべき根拠は見出しがたい。)。

2  よって、その余について検討するまでもなく、本件文書提出命令の申立てはいずれも理由がないから却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 坂倉充信 中山雅之 大嶺崇)

(参考決定 高松高裁 平成14年(ウ)第85号 文書提出命令申立事件 平成15年1月22日決定)

主文

本件申立てをいずれも却下する。

理由

第1本件申立ての趣旨及び理由並びにこれに対する反論等

1 控訴人ら(申立人ら)

本件申立ての趣旨及び理由は、別紙2002(平成14)年7月19日付「文書提出命令申立書」、2002(平成14)年8月22日付「意見書(文書提出命令申立について)」及び2002(平成14)年10月21日付「文書提出命令申立補充書」(いずれも写し)<略>記載のとおりである。

2 被控訴人(相手方)

本件申立てに対する反論は、平成14年8月6日付、同年10月15日付及び同年12月3日付の各「意見書」(いずれも写し)<略>記載のとおりである(ただし、同年12月3日付意見書に添付されている別添資料1の写しは省略)。

3 高松国税局長(当裁判所からの民事訴訟法223条2項による審尋についての意見)

別紙平成14年8月26日付「審尋書に対する意見」(写し)<略>記載のとおりである。

4 国税庁長官(当裁判所からの民事訴訟法223条第3項による求意見についての意見)

別紙平成14年10月8日付「民事訴訟法223条3項による求意見書の件について(回答)」(写し)<略>記載のとおりである。

第2当裁判所の判断

1 控訴人らが本件文書提出命令申立ての対象とする文書は、高松国税局長が所持する、<1>平成6年2月から同年4月12日までの間に、高松国税局調査査察部(以下「査察部」という。)が控訴人興進海運株式会社(以下「控訴人興進海運」という。)、控訴人共栄海運株式会社(以下「控訴人共栄海運」という)。を被調査者として銀行調査をすることを承認する旨の高松国税局長の証印のある調査証、<2>内てい立件決議書(本案事件において一部分は、<証拠略>として提出されているが、提出されていない部分も含めた全部の文書)、<3>査察部が平成6年4月13日、控訴人興進海運を嫌疑者として臨検・捜索・差押許可状を請求した際に添付された疎明資料のうち、a預金メモ[<証拠略>]の作成者・意義・査察部が入手した経過、b「集中取立手形入金明細表のため不明」[<証拠略>]とされた入金が売上げ除外にかかる入金であることについて言及、疎明した査察官報告書その他の文書(上記<1>ないし<3>の各文書を以下「本件各文書」という。)であり、民事訴訟法220条4号を提出義務の根拠とするものである。

2 これに対して、被控訴人は、本件各文書は、民事訴訟法220条4号ロ及びホに該当するので、文書の所持者が提出を拒むことができるものであり、また、証拠として取り調べる必要性もないと主張する。

そして、本件各文書の所持者とされる高松国税局長も、本件各文書が同法4号ロ及びホに該当するとして、その提出義務はないと主張する。

3 そこで、まず、本件各文書が、民事訴訟法220条4号ホに該当するか否かについて判断する。

(1) 一件記録によれば、次の事実が認められる。

ア 控訴人共栄海運の代表取締役で、控訴人興進海運の実質的な経営者であるA(以下「A」という。)は、控訴人共栄海運及び控訴人興進海運の法人税に関して、犯則事件として調査された後、平成7年3月27日、法人税法違反で告発されて被疑事件となり、そして、松山地方裁判所に法人税法違反被告事件として、控訴人興進海運、控訴人共栄海運とともに起訴された(松山地方裁判所平成7年(わ)第166号、第167号)。

イ 上記刑事事件の内容・その訴訟経過等は、次のとおりである。

(ア) 公訴事実の概要は、Aは、控訴人共栄海運の代表取締役、控訴人興進海運の従業員(実質的経営者)として、その経理等を統括していた従業員と共謀の上、控訴人共栄海運及び控訴人興進海運の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上げの一部を除外し、架空経費を計上するなどの方法によって所得を秘匿した上、

a 控訴人興進海運については、平成元年8月1日から平成2年7月31日までの事業年度及び平成3年8月1日から平成4年7月31日までの事業年度において、それぞれ、所得金額及び法人税額につき虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為によって、各事業年度における正規の法人税額と申告税額との差額を免れ、平成2年8月1日から平成3年7月31日までの事業年度における法人税の納付期限までに法人税確定申告書を提出せず、もって、不正の行為によって、同事業年度における法人税額を免れ、

b 控訴人共栄海運については、平成2年2月1日から平成3年1月31日までの事業年度及び平成3年2月1日から平成4年1月31日までの事業年度において、それぞれ、所得金額及び法人税額につき虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為によって、各事業年度の正規の法人税額と申告税額との差額を免れた、

というものである。

(イ) 平成13年11月22日、松山地方裁判所において、Aの行為は、いずれも、平成10年法律第24号による改正前の法人税法159条1項等に該当するとして、Aにつき懲役2年6月、執行猶予5年の判決が宣告され、控訴人興進海運及び控訴人共栄海運につき、法人税法164条1項、上記法人税法159条1項・2項により、それぞれ、罰金4500万円、罰金3000万円の判決が宣告された。

(ウ) A並びに控訴人興進海運及び控訴人共栄海運は、上記判決を不服として控訴し、現在、高松高等裁判所に係属中である。

ウ 本件訴訟の内容は、次のとおりである。

(ア) 控訴人興進海運については、被控訴人が平成7年5月22日付でした、平成元年8月1日から平成2年7月31日までの事業年度の法人税の重加算税、平成2年8月1日から平成3年7月31日までの事業年度の法人税及び法人臨時特別税の各重加算税、平成3年8月1日から平成4年7月31日までの事業年度の法人税及び法人特別税の各重加算税、平成元年8月1日から平成2年7月31日までを課税期間とする消費税の重加算税、平成2年8月1日から平成3年7月31日までを課税期間とする消費税の重加算税、平成3年8月1日から平成4年7月31日までを課税期間とする消費税の重加算税

の各賦課決定処分の取消しを求める訴えであり、

(イ) 控訴人共栄海運については、被控訴人が平成7年5月22日付でした、平成2年2月1日から平成3年1月31日までの事業年度の法人税の重加算税、平成3年2月1日から平成4年1月31日までの事業年度の法人税及び法人臨時特別税の各重加算税、平成5年2月1日から平成6年1月31日までの事業年度の法人税の過少申告加算税及び重加算税、平成2年2月1日から平成3年1月31日までを課税期間とする消費税の重加算税、平成3年2月1日から平成4年1月31日までを課税期間とする消費税の重加算税

の各賦課決定処分の取消しを求める訴えである。

エ 本件各文書は、いずれも、その内容が控訴人らの主張するとおりのものであるか否かはともかくとしても、査察部による控訴人興進海運及び控訴人共栄海運を犯則嫌疑者とする犯則事件の調査に関して作成されるべきものである。

(2) 以上の事実を前提に以下判断する。

ア 民事訴訟法220条4号の定める一般義務としての文書提出義務の対象から除外される文書(以下「除外文書」という。)のうち、同号ホ前段にいう「刑事事件に係る訴訟に関する書類」とは、刑事訴訟法47条にいう「訴訟に関する書類」と同様、被疑事件又は被告事件に関して作成されたすべての書類をいい、意思表示的書類であると報告的書類であるとを問わず、手続関係書類であると証拠書類であるとを問わず、また、裁判所や捜査機関が保管している書類だけでなく、弁護人が保管している書類も含むと解される(以下、同号ホ後段にいう刑事「事件において押収されている文書」と合わせて「刑事事件関係書類」という。)。

そして、刑事事件関係書類が除外文書とされている趣旨は、刑事事件における実体的真実の解明という公益の追求のため、関係者の名誉・プライバシーや捜査手法等にまで深く立ち入って作成されるという刑事事件関係書類の性質上、これが開示された場合には、<1>捜査の進捗状況、捜査手法等が明らかになり、関係書類の隠匿が図られるなど、捜査や公判に不当な影響が生ずること、<2>被告人等の関係者の名誉・プライバシー等に対して、重大な侵害が及ぶこと、<3>犯罪の手口が開示され、模倣犯の出現・犯罪の手口の巧妙化等、公の秩序に反する結果が生じること、<4>将来の捜査や公判において、国民の協力を得ることが困難になることなどの弊害が生ずる蓋然性が一般的に高いので、これを防ぐことにあると解される。

イ 上記アの見解に基づき、前記(1)アないしエの事実を総合して判断すると、控訴人らが本件文書提出命令申立ての対象とする本件各文書は、同法220条4号ホに定める刑事事件関係書類に該当するといわざるを得ない。したがって、所持者である高松国税局長に対し、同条4号に基づき本件各文書の提出を命じることはできない。

4 控訴人らは、後記(1)ないし(3)の各前段のとおり主張するが、各後段記載の理由により、いずれも採用することができない。

(1) 控訴人らは、国税犯則取締法による査察調査は、国税の公平確実な賦課徴収という行政目的を実現するためのものであり、その性質は、一種の行政手続であって、刑事手続ではないから、本件各文書は、刑事事件関係書類に該当しないと主張する。

しかしながら、犯則事件が告発され刑事事件となった場合には、もはや行政手続とはいえないところ、前記事実によれば、控訴人らを犯則嫌疑者とする犯則事件は告発されて被疑事件となり、松山地方裁判所に起訴されて被告事件となり、現在高松高等裁判所に係属中であるから、本件各文書は、刑事事件関係書類に該当することが明らかである。

(2) 控訴人らは、民事訴訟法220条4号ホの法意に照らすと、刑事事件関係書類のうち、当該文書の性質上、関係者の名誉・プライバシー等に対して重大な侵害が及んだり、また捜査・公判の適正が確保されなくなるなどの弊害が生ずるおそれのないことが明らかである文書は、刑事事件関係書類に該当せず、他の除外規定に該当するか否かに従い、提出義務の存否を判定するべきものと解すべきであると主張する。

しかしながら、刑事事件関係書類について、当該文書が開示されることによって上記3(2)アのような弊害が生ずるおそれがないという判断をするためには、当該文書を閲読するだけでは不十分であり、当該文書に係る刑事事件の全ての捜査情報や事件記録を検討する必要があると考えられるが、民事訴訟手続においてこのような検討を行うことは、実際上極めて困難といわざるを得ない。したがって、民事訴訟法は、220条4号ホの刑事事件関係書類該当性については、4号イないしニの文書該当性についての判断のために創設したいわゆるインカメラ手続(223条6項)を行うことを認めることもなく、一律に除外文書とする趣旨と解すほかはない。

(3) 控訴人らは、刑事事件関係書類の所持者が訴訟当事者(これに準ずる地位にある者を含む。)である場合であって、民事訴訟法220条4号ホを援用して当該文書の提出を拒否することが、所持者に与えられている裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用していると認められる場合は、民事訴訟法2条の規定(当事者の訴訟追行の信義誠実義務)により、所持者がその援用をすることは許されないと解すべきであり、本件はそのような場合に該当すると主張する。

しかしながら、刑事事件関係書類に該当するか否かは、当該文書の性質自体から客観的に判断されるものであって、その間に裁量の余地はないから、所持者が裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したという余地は存しない。

5 よって、控訴人らの本件文書提出命令の申立ては、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきであるから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 水野武 豊永多門 朝日貴浩)

別紙 2002(平成14)年7月19日付「文書提出命令申立書」<略>

2002(平成14)年8月22日付「意見書(文書提出命令申立について)」<略>

2002(平成14)年10月21日付「文書提出命令申立補充書」<略>

平成14年8月6日付「意見書」<略>

平成14年10月15日付「意見書」<略>

平成14年12月3日付「意見書」<略>

平成14年8月26日付「審尋書に対する意見」<略>

平成14年10月8日付「民事訴訟法223条3項による求意見書の件について(回答)」<略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例