松山地方裁判所 平成14年(ワ)514号 判決 2006年1月18日
原告
A野太郎
同訴訟代理人弁護士
西嶋吉光
同
高田義之
同
友澤宗城
同
菅陽一
被告
国
同代表者法務大臣
杉浦正健
同指定代理人
熊谷保
他7名
被告
愛媛県
同代表者知事
加戸守行
同訴訟代理人弁護士
村田建一
同指定代理人
仙波隆
他5名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 原告
(1) 被告らは、原告に対し、各自一〇二六万五三二八円及びこれに対する平成一一年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(3) 仮執行宣言
二 被告国
(1) 原告の被告国に対する請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
(3) 仮執行免脱宣言
三 被告愛媛県
(1) 原告の被告愛媛県に対する請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
(3) 仮執行免脱宣言
第二事案の概要
本件は、原告が窃盗の罪で逮捕、起訴され、また、窃盗、有印私文書偽造、同行使、詐欺の罪で追起訴されたものの、いずれについても無罪判決の言渡しを受けたことから、被告愛媛県に対しては、警察官の捜査に不備があったことなどを主張し、また、被告国に対しては、検察官の公訴提起の判断に誤りがあったことなどを主張して、国家賠償法に基づく損害賠償の支払を請求している事件である。
一 争いのない事実等
(1)ア B山花子(以下「B山」という。)は、《住所省略》(以下「B山方」という。)に居住する者であるが、平成一一年一月二六日(以下、年の記載がないものは、平成一一年とする趣旨である。)、B山方一階寝室のドレッサーの椅子の中に保管していた印鑑と貯金通帳の入った巾着袋と一階台所リビングの三段小物入れに入れてあった健康保険被保険者証がなくなっていることに気付いた。B山方にいた原告は、B山と一緒に探したが、貯金通帳も印鑑も見つからなかったことから、B山は、貯金口座のあるえひめ南農業協同組合(以下「えひめ南農協」という。)に問い合わせたところ、何者かがB山の貯金口座から一月八日に現金五〇万円を引き出していることが判明した。
イ B山は、一月二七日、携帯電話で原告に連絡を取ったところ、原告から警察に届け出ることを勧められたため、同日、愛媛県宇和島警察署(以下「宇和島警察署」という。)に平成一〇年一一月六日から一月二六日午後三時三〇分ころまでの間、B山方において、赤紫色布製巾着袋一個、えひめ南農協C林支所発行のB山名義の普通貯金通帳一冊、B山の息子であるB山松夫(以下「松夫」という。)名義の健康保険被保険者証一通、B山名義の印鑑登録証及び松夫名義の印鑑登録証各一通、黒色がま口式印鑑ケース一個、直径一・五cm黒色円形印鑑一本、直径一cm黒色円形印鑑二本を窃取された旨の被害届を提出した。
(2) 宇和島警察署司法警察員警部補C川竹夫(以下「C川警察官」という。)は、一月二七日、B山方の実況見分を実施し、その際、宇和島警察署司法警察員巡査D原梅夫が指紋を採取し、一月二八日付けで愛媛県警察本部鑑識課に送付した。B山の貯金が引き出された《住所省略》所在のえひめ南農協本所では、店内に防犯ビデオカメラが設置されており、同防犯ビデオには、一月八日にB山の貯金を引き出した男の姿がカラーで撮影されていた。
(3) 宇和島警察署の警察官らは、二月一日、原告居宅及び原告所有の普通乗用自動車の捜索を開始し、同日午前七時五八分、原告を宇和島警察署に任意同行し、宇和島警察署司法警察員E田春夫巡査部長(以下「E田警察官」という。)により取調べが開始された。昼食後、同日午後一時から原告に対する取調べが再開されたが、同日午後二時ころ、原告は突然号泣し、「誰も自分のことは信じてくれない。」と述べた後、犯罪事実を認める旨の供述をした。そこで、宇和島警察署司法警察員巡査A田夏夫(以下「A田警察官」という。)は、同日午後五時五〇分、宇和島警察署において、原告を、平成一〇年一二月下旬ころの午後七時ころ、B山方において、B山所有の印鑑一本(時価二万円相当)を窃取したとの被疑事実で、通常逮捕した。
(4)ア 原告は、二月二日、松山地方検察庁宇和島支部(以下「地検宇和島支部」という。)に送致され、地検宇和島支部検察官B野秋夫(以下「B野検察官」という。)は、二月一二日、原告を平成一〇年一二月下旬ころの午後七時ころ、B山方において、B山所有の印鑑ケース入りの印鑑一本(時価合計二万五〇〇円相当)を窃取したとの公訴事実で、松山地方裁判所宇和島支部(以下「地裁宇和島支部」という。)に起訴した(以下「本起訴」という。)
イ しかし、原告は、二月一二日、宇和島警察署の警察官から「お前のいうことが嘘でなければ、ゴミ焼却場で焼いたという印鑑の象牙が残っているはずだ。今度ゴミ焼き場を探しに行くぞ。本当は印鑑と通帳をどこに隠しとるんぞ。B山に印鑑や通帳を返してやれ。」といわれて返答に困り、否認に転じた。このとき、原告は、自白した理由について、「自分が罪を被ったら、会社や家まで自分のことを調べに行かないだろうと思って仕方なく罪を認めた。」と供述した。
(5)ア 三月二三日、地裁宇和島支部において、原告に対する第一回公判期日が開かれ、人定質問の後、検察官が起訴状を朗読し、原告及び弁護人は公訴事実を否認した。検察官が余罪捜査をする必要があると意見を述べたため、次回期日は四月二三日に指定された。
イ しかし、その後、余罪捜査を理由に、検察官から期日の変更申請がされ、公判期日は、期日外で五月一四日に延期された。
ウ ところが、五月一四日の第二回公判期日では、この日に予定されていた余罪の追起訴はなく、検察官が二月一二日付け本起訴に係る公訴事実について冒頭陳述をしただけで終了し、次回期日は七月二日に指定された。
(6) B野検察官は、六月二二日、以下の公訴事実により、原告を窃盗、有印私文書偽造、同行使、詐欺で地裁宇和島支部に追起訴した(以下「追起訴」という。)
ア 原告は、平成一〇年一〇月上旬ころ、B山方において、B山所有の普通貯金通帳一通(貯金額五一万六三三四円)を窃取した。
イ 原告は、一月八日午後零時一四分ころ、えひめ南農協本所において、行使の目的を持って、ほしいままに、ボールペンを用いて、同所備え付けの貯金払戻請求書用紙一枚の金額欄に「500000」、おなまえ欄に「B山花子」と各冒書し、そのお届印欄に窃盗に係る「B山」と刻した印鑑を冒捺し、もって、B山花子作成名義の貯金払戻請求書一通を偽造の上、即時同所において、同組合本所の窓口係員C山一江に対し、右偽造に係る貯金払戻請求書を真正に成立したもののように装い、前記窃取に係る普通貯金通帳と共に提出行使して普通貯金の払戻しを請求し、同人を誤信させ、よって、即時同所において同人から普通貯金払戻名下に現金五〇万円の交付を受け、もって、人を欺いて財物を交付させた。
(7)ア 検察官は、七月二日、第三回公判期日において、六月二二日付け追起訴状の朗読をし、同起訴に係る冒頭陳述を行ったが、原告及び弁護人は公訴事実を否認した。
イ 八月二〇日第四回公判期日において、証人B山に対する検察官の主尋問が行われた。
ウ 一〇月八日第五回公判期日では、証人B山に対する検察官の主尋問、弁護人の反対尋問及び検察官の再主尋問が行われた。
エ 一〇月二七日第六回公判期日では、原告の勤務先であるD川有限会社(以下「D川社」という。)のE原一郎に対する証人尋問及び原告に対する被告人質問が行われた。
オ 一一月二六日第七回公判期日では、弁護人、検察官、裁判所から原告に対する被告人質問が行われた。
カ 一二月二一日第八回公判期日において、原告に対する被告人質問が行われた後、検察官は、原告が有罪である旨の論告に続き、懲役二年六月を求刑し、弁護人の原告が無罪である旨の弁論を経て結審し、判決宣告期日は平成一二年二月二五日と指定された。
(8) 検察官は、平成一二年二月二一日、地裁宇和島支部に対し、弁論再開を申し立て、原告は釈放された。地裁宇和島支部は、同月二二日に弁論再開を決定し、判決言渡期日を取り消した上、次回公判期日を同年四月二一日に指定した。
(9) 同年四月二一日第九回公判期日において、原告に対する被告人質問の後、検察官は、原告が無罪である旨の論告を行い、地裁宇和島支部は、同年五月二六日第一〇回公判期日において、原告が無罪である旨の判決を言い渡した。
(10)ア A川二郎(以下「A川」という。)は、昭和一四年四月二五日生まれであり、一〇月二七日に高知県南国警察署(以下「南国警察署」という。)に強盗傷害の罪で逮捕され、その後、起訴されていた。
イ A川は、平成一二年一月六日、南国警察署の取調べに対し、平成一一年の正月に、愛媛県北宇和郡a町付近の民家に侵入して通帳と印鑑を盗み、盗んだ通帳で現金五〇万円を引き出したことがあると供述し、B山方での窃盗、貯金の引出に関する供述を始めた。
ウ A川が自供したという知らせは、同日、宇和島警察署に通報され、さらに、同年一月下旬ころ、宇和島警察署から地検宇和島支部に報告された。
(11) 南国警察署は、平成一二年一月七日及び同年二月一八日、A川を同行してB山方等で引き当たり捜査を行った。その後、南国警察署は、A川の供述について裏付け捜査を行い、同年二月二二日に高知地方検察庁に送致し、高知地方検察庁は、同年三月一日、A川をB山方への住居侵入、通帳及び印鑑三本ほか三点在中の巾着袋、健康保険被保険者証に係る窃盗、えひめ南農協本所における貯金引出に係る有印私文書偽造、同行使、詐欺の罪で、高知地方裁判所に追起訴した。
二 警察官の違法性に関する主張(被告愛媛県関係)
(1) 総論
(原告の主張)
ア 警察官は、地方公務員として法令遵守義務を負い、警察の責務の執行を職務としている(地方公務員法三二条、警察法二条、六三条)。刑事事件において、警察官は、犯人及び証拠を捜査するものとされており、第一次的に捜査に関する責任を負う機関であると解されている(刑事訴訟法一八九条)。通常事件の場合、第一次的な捜査は警察官が行うのであり、その捜査の在り方がその後の刑事手続に決定的な影響を与えることになる。そのため、捜査を担当する警察官は、憲法が保障する刑事被疑者、被告人の諸権利はもちろんのこと、国際人権規約により保障されている被疑者、被告人の諸権利を擁護しつつ、事案の真相を明らかにしていく義務を負っている(刑事訴訟法一条、警察法第一章、犯罪捜査規範二条、三条)。
イ 警察官は、捜査を行うに当たっては、証拠によって事案を明らかにしなければならないのであって、先入観にとらわれ、勘による推測のみに頼るなどすることなく、基礎的捜査を徹底し、あらゆる証拠の発見収集に努めるとともに、鑑識施設及び資料を十分に活用して、捜査を合理的に進めるようにしなければならない。
また、警察官は、取調べに当たって、強制、拷問、脅迫等の方法を用いてはならないのであって、警察官が期待し、又は希望する供述を被疑者等に示唆するなどの方法により、みだりに供述を誘導するなどの方法を用いてはならない(犯罪捜査規範四条一項、一六八条一項、二項)。
このように、犯罪捜査規範が捜査方法に関して規制している趣旨は、勘による推測のみに頼る捜査、基礎的な捜査を徹底せず、証拠の発見収集を怠る捜査、脅迫的な取調べ、供述を誘導する取調べが、いずれも憲法をはじめとする諸法令が保障する被疑者、被告人の諸権利を侵害するものであり、真相の解明を妨げてえん罪を生む捜査方法だからである。
ウ 本件では、警察官は、基礎的な捜査を徹底せず、証拠の発見収集を怠り、先入観にとらわれ、勘による推測のみに頼る捜査、脅迫的な取調べ、供述を誘導する捜査が行われているのであって、警察による捜査過程には、憲法をはじめとする諸法令に違反する違法がある。
(被告愛媛県の主張)
ア 本件は、結果として真犯人が現れたことにより、無実であることが明らかになったものであるが、捜査内容の違法性の有無については、捜査の各時点における証拠資料から、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる相当の理由や被疑者として取り調べる必要性があったか否か、捜査機関の合理的な裁量において行われたか否かで判断されるべきものである。
そして、本件においては、その捜査の各時点において、原告が罪を犯したと疑うに足りる相当の嫌疑や、被疑者として取り調べる必要性が合理的に認められ、合理的な裁量の範囲内において遂行されたものであり、違法というべきものはない。
イ 宇和島警察署の捜査員においては、原告の主張するような、基礎的な捜査や証拠の発見収集を怠ったり、先入観にとらわれた捜査、脅迫的な取調べ、供述の誘導などはしていないし、宇和島警察署では、原告の勤めるD川社に対するアリバイ捜査、防犯ビデオの鮮明化作業等無罪方向の捜査についても適宜実施しており、有罪方向の捜査だけを実施しているわけではない。
また、B山から被害申告のあった当時、B山方一階駐車場付近では、二階のベランダ手摺りまで届く長さの梯子等は発見されておらず、捜査員は外部からの侵入の可能性は低いと考え、原告に対する捜査を実施したのであり、単なる先入観に基づくものではない。
さらに、宇和島警察署の捜査員が、原告に対し、自白を強要したり、誘導したことはない。無実の者が犯行を自白することは、まれであるがみられることであり、本件では、原告は、原告所有車両の捜索において発見されなかった一〇万円の所在について積極的に自白したり、被害届の内容を殊更に争ったり、単なる事実を積極的に主張してB山に訂正させるなどしているのであって、捜査員が自白を強要したり、誘導したことがなかったことは明らかである。
ウ よって、警察による捜査過程には憲法をはじめとする諸法令に違反する違法があるとはいえず、被告愛媛県が責任を負うべき理由はない。
(2) 自白の強要について
(原告の主張)
ア 警察官は、二月一日、原告居宅及び原告所有自動車の捜索を開始するとともに、同日午前七時五八分、原告を宇和島警察署に任意同行し、取調べを開始した。警察官は、原告居宅及び原告所有自動車の捜索差押えでは、何らの証拠物も発見されず、確たる証拠がない上、原告は「私はやってません」と一貫して否認していたのであるから、原告の供述が曖昧であったり不自然な点もあるはずもないのに、最初から「お前がやったんだろう。」、「B山の家には鍵がないと入れん。鍵を持っているお前しかおらん。」などと原告を犯人と決めつけた上、「たいがいにせんか。」と怒鳴って、机を叩くなどして、「証拠があるやけん、早く白状したらどうなんや。実家の方に探しに行かんといけんようになるけん迷惑がかかるぞ。会社とか従業員のみんなにも迷惑がかかるけん早く認めた方がええぞ。長くなるとだんだん罪が重くなるぞ。」などと確たる証拠があるかのように偽り、また脅迫的な言辞を用いて実家や職場の人達に迷惑がかかると思わせて、原告に対し、自白を強要した。
イ 警察官作成の捜査報告書によれば、原告の取調べ時の様子は、顔面が蒼白になり、目の視点が幾度となく変わり、落ち着きがなく、唇が乾き、口内の入れ歯をしきりに舌で動かして口の中の乾きを潤したり、吸っていたたばこを持つ指が小刻みに震えて、明らかに動揺し、ついには号泣して「誰も自分の言うことは信じてくれない」といって自白に至ったというのであって、警察官による取調べがいかに厳しいものであったかは明らかであるし、原告の供述内容も「警察の方で、私が盗み等をしたという有力な証拠がありそうな感じがしたので、このまま否定しても言い逃れできないかなと思い、盗みやお金を引き出したことを正直に白状したのです。」となっており、警察官が確たる証拠があるかのように偽っていたことも明白である。
また、原告に対する取調べ時間は、午前中だけで四時間に及ぶものであるが、作成された供述調書の記載内容からすれば、質問に要した時間は一〇分程度のはずであり、取調べに長時間を要したのは、警察官による自白強要行為が介在したからにほかならない。
そして、地裁宇和島支部も、その刑事判決文中において、警察官の自白強要行為があったことを認定している。
ウ このように、警察官は、原告に対し、二月一日午前八時から午後二時までの六時間という長時間にわたり、密室である宇和島警察署の取調室において、携帯電話を取り上げ、外部との連絡を遮断した状況で、弁解を全く聞き入れないままに机を叩くなどの威力を示し、確たる証拠があるように装い、実家に捜索に行くなどの害悪を告知して取り調べたのであり、警察官が弁護人の援助を受けられる権利のあること、黙秘権のあること、いつでも取調室から退室できることを告知していないことも併せれば、警察官の上記取調べは、被疑者であった原告の各種権利を侵害する違法なものというべきである。
エ なお、自白強要行為の存在については、原告に立証責任があるといえるが、取調べ自体が警察官の職務権限に基づいており、録画又は録音ができるにもかかわらずあえて行わないまま密室で取調べを実施しているのであるから、公平の原理によって、一応の証明で足りるというべきである。最高裁判所も、原子炉設置許可処分に係る取消訴訟(最高裁平成四年一〇月二九日・民集四六巻七号一一七四頁)において、公平を図るべく立証責任を軽減しているところである。
(被告愛媛県の主張)
ア 原告は、警察官が、机を叩くなどしつつ、「証拠があるやけん、早く自供したらどうなんや。実家の方に探しに行かんといけんようになるけん迷惑がかかるぞ。会社とか従業員のみんなにも迷惑がかかるけん早よ認めた方がええぞ。長くなるとだんだん罪が重くなるぞ。」などと述べて、供述を促したとするが、そのような事実はない。
イ 人間は、強要された時だけに動揺して涙を流すものではなく、自己の過ちに気付き謝罪の気持ちがわき上がってきたときにも悔悟の涙を流すことがある。また、誰かを庇うため、虚偽の自白をしなければならなくなったときなどにも、自分の嘘と事実との葛藤から感極まって涙を流すことは十分にあり得ることである。原告は、「誰も自分の言うことは信じてくれない。」といって泣き出したのであるが、原告が真犯人であったとすれば、「自分の言うこと」とは、すなわち、「本当は窃取しているが窃取していないという嘘のこと」であり、つまり真犯人が捜査員を騙そうとしても誰も嘘を信用してくれず、「自分が盗みをしていることがばれてしまった。ごめんなさい。」と泣きながら反省したと見えるのである。通常の取調べにおいて、被疑者が真犯人であれば、真実を自供すべきかどうか迷って大いに動揺するものであるが、本件では、原告が虚偽の自白を行うべきかどうかについて迷ったものであり、虚偽自白を始める前に動揺した状況が見受けられたのは当然である。
被疑者の顔面が蒼白になり、目の視点が幾度となく変わり、落ち着きがなく、唇が乾き、口内の入れ歯をしきりに舌で動かして口の中の乾きを潤したり、吸っていたたばこを持つ指が小刻みに震えて、明らかに動揺する様は、一般的に被疑者が自白する場合に見られる兆候であって、この兆候が原告にも見られたことから、警察官がそれを記載しただけであり、自白の強要を示す事実ではない。
ウ 原告は、E田警察官が、警察に特に有力な証拠がある旨言ったとするが、そのような事実はない。
取調べとは、犯罪事実そのものを単刀直入に聞き取るだけのものではない。まず、犯行の心証を得るため、最初は、被疑者の仕事や家族、友人関係、借金、ギャンブル関係等の生活実態、学歴、職歴等のあらゆる情報を聞き取りながら本人の性格を判断し、毅然とした態度で犯罪事実を確認していくものである。単に、犯罪を行ったかどうか、アリバイはあるかなどの単純な質問だけでなく、取調官は、適当な間合いを取りながら、情理を尽くして説得するとともに、裏付けを急ぐ必要性のある事項については、他の捜査員に依頼しながら、対象者の犯人性を判断していくのである。
このように毅然とした取調べを行う捜査員に対し、被疑者が「有力な証拠がありそうな感じ」がすることは、しばしばあり得ることであり、E田警察官がB山方の合い鍵、えひめ南農協本所における貯金引出しに係る事実関係、B山との関係等を詳細に聴取したことから、原告がそのように感じたとしても不思議なことではない。
エ 原告は、捜査員の原告に対する取調べは一〇分から二〇分程度で済むはずであり、午前中四時間にわたって取り調べたということは、自白の強要、誘導等があったことにほかならない旨主張する。
しかし、取調べに当たっては、相手の目の動き、表情、顔色及び言葉の抑揚等をよく観察し、適当な間合いを取るとともに細心の注意を払いながら言葉を選び、相手の発している言葉は真実であるかを見極めるため、質問を繰り返すことになる。取調官は、身上関係等必要事項を聴取するに当たっても、雑談を交えながら人間関係を醸成し、信頼関係を築いた上で、少しでも心を開いてくれるように努めているのである。したがって、仮に、質問事項が一〇分から二〇分程度で済むとしても、それは取調べ全体からみればごく一部にすぎないのであって、原告の主張はその前提を誤っている。そして、原告は、任意同行を拒否することなく自らの意思で同行に応じ、宇和島警察署に到着した後、E田警察官から任意退去の自由を告げられた上で、何ら退去の意思表示をすることもなく任意に取調べに応じていたものであり、任意同行から自供に至るまで昼食時間を除いた五時間程度の間、取り調べたことをもって、違法ということはできない。
また、B山方の構造については、宇和島警察署の捜査員が一月二七日に実施したB山方及びその付近一帯の実況見分により、県道沿いに建てられた変則三階建てであり、一階は駐車場及び倉庫、二階及び三階が居室となっており、正面玄関は二階部に存在し、玄関は県道から直接至る構造で、家屋に東側に一階から二階玄関へ至る階段があるほかは、それ以外に一階から二、三階に至る設備がなく、家屋内に入ることができる入り口は玄関及びその西側に設置されてある高窓のみであることが判明しており、高窓は無締まりであったものの、ほこり等の払拭痕はなかったため、合い鍵等を使用しB山方に頻繁に出入りする者が犯人である可能性が強く認められたのである。当時、宇和島警察署ではいわゆる「流し」の犯行と思われる侵入窃盗の連続発生を認知していなかったのであって、このことをも考慮した結果、内部的な事情に詳しい者の犯行であると判断し、原告に対する捜査を実施したのである。さらに、B山は、防犯ビデオに写った犯人の写真を見て原告に似ており、合い鍵も預けていると供述していたのであって、当然原告に対しては捜査を実施する必要があったのである。
このように、B山方の実況見分の結果、外部からの侵入形跡は認められず、さらにB山は防犯ビデオに写った犯人の写真を見て原告に似ており、合い鍵も預けていると供述していたのであって、被疑者であった原告が、犯行を否認したからといって、直ちに帰宅させることは、真実を究明するべき義務の放棄に匹敵するのであって、当初犯行を否認していた原告に対し、時間をかけて取調べを行うことは当然であったというべきである。
オ その他、原告は、捜査員から着替えを準備するようにいわれた、作業者をつかむなどして自白を強要された、警察官に泣くなと言われて手をはたかれたなどというが、そのような事実はない。
そもそも、取調べ中に手をはたかれるという事実は、自白の強要があったことを主張するのに、最も有効な手段と考えられるところ、原告は、手をはたかれた事実について、刑事裁判中においても主張していなかったのであり、その供述内容も手をはたかれた回数について変遷があるなど、不自然であり、信用できるものではない。
(3) 虚偽自白を防止する義務違反
(原告の主張)
ア 虚偽自白とは、被疑事件につき、被疑者の認識と異なる自己に不利益な供述のことをいう。虚偽自白は、事案の真相を歪めるとともに、被疑者の基本的人権を侵害するものであるから、警察官には、被疑者の取調べを行うに当たって、虚偽自白を防止するべき義務がある。
イ 虚偽自白を防止する義務は、一般に刑事司法における正義である、無辜の者を罰してはいけない、無実の一人が苦しむよりも有罪の一〇人が逃れる方がよい、との理念に由来するとともに、実体面において事案の真相を解明し、手続面において刑罰法令を迅速に適用、実現することを要求する刑事訴訟法一条にも由来するものである。
また、刑事訴訟法一九八条一項は、警察官等に対し、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができると規定し、取調べの権限を与えているが、取調べの権限も憲法、刑事訴訟法、犯罪捜査規範等の制限を受けるのであって、取調べの権限の内在的な義務として、虚偽自白を防止する義務が存在するということができる。このような要請から、犯罪捜査規範は、任意捜査、取調べにおいて、虚偽自白を防止するための具体的な手法等について規定している(犯罪捜査規範一〇〇条、一六三条、一六五条)。
さらに、取調べの場では、常に警察官等が被疑者に対して発問を行うのであるから、拷問や強制、脅迫が行われなくとも、常に警察官等から被疑者に対し、圧力が加えられることとなるのであって、真犯人から真の自白を引き出すと同時に、無実の人から嘘の自白を引き出す可能性がある。特に、弁護人の立会いがなく、録画、録音等による取調べの可視化がされていない現在の日本においては、警察官等には、虚偽自白を防止する義務が厳しく課せられているというべきである。
ウ 具体的に実施された取調べが虚偽自白を防止する義務に違反しているかどうかは、以下の諸事情から判断するべきである。すなわち、① 取調べの場所、② 取調べの時間、③ 被疑者の特性、④ 供述態様、⑤ 質問の仕方、⑥ 弁護人の立会いの有無、⑦ 取調べ状況の可視化の有無、⑧ 物的証拠や裏付け捜査の有無、⑨ 目撃証言の有無とその信用性をもとに判断するべきである。
エ 本件においては、警察官は、宇和島警察署の取調室において原告の取調べを開始し、六時間にわたる取調べを実施した。警察官は、今までに警察での取調べを受けた経験もなく、弁解をしている原告に対し、お前がやったのだろうと圧力をかけ続け、聞き入れてもらえないため絶望した原告に虚偽の自白を迫ったのである。
また、警察官は、原告居宅及び原告所有自動車の捜索を行ったが、犯行を裏付ける証拠も発見できないまま、防犯ビデオの写真が原告に似ているとのB山の供述や原告が合い鍵を所持していること、脚立を立てかけて侵入することは可能であるにもかかわらず外部からの侵入がないと思い込んでいたことから、原告が犯人であると決めつけた上で、取調べを行っていたにすぎない。
そもそも防犯ビデオの写真も不鮮明であるから、同写真を原告に提示して犯人との同一性を確認するべきであったし、外部からの侵入が不可能であることも確認されていないのであって、物的証拠や裏付けもないままに、取調べを行っていたといえる。
そして、警察官は、弁護人の立会いを認めたり、録音、録画等も行っていないのである。
オ このように、上記①ないし⑨の基準に照らせば、警察官の原告に対する二月一日の取調べは、虚偽自白を防止する義務に違反し、違法というべきである。
(被告愛媛県の主張)
ア 原告が主張する虚偽自白を防止する義務自体があることは認めるが、本件において、警察官の原告に対する取調べが同義務に違反し、違法となるとの点は争う。
イ 原告は、捜査員が外部侵入がないと思い込み、取調べを行っていたとし、警察官の取調べが違法であるとする。
しかし、宇和島警察署の捜査員は、B山方の実況見分を実施し、二階のベランダまで届く長さの脚立等は確認されず、外部からの侵入形跡も認められなかったのであり、これらB山方の状況から、外部からの侵入の可能性は低いものと認め、合い鍵又は施錠忘れによる可能性も考慮していたのであって、その可能性が皆無であるとして、安易に内部の者による犯行であると思い込んでいたわけではない。
ウ 原告は、被害品である印鑑、通帳、健康保険被保険者証等が発見されておらず、原告と犯人との結びつきは否定されるべきであり、原告に対する取調べが違法となるとする。
しかし、これら証拠品が発見されていないからこそ、その所在について原告に確認することが必要なのであるから、捜索に引き続いて原告に対する取調べを実施することが不当であるということはできない。
エ また、原告は、防犯ビデオの写真は不鮮明であり、人物を特定できないとして、取調べの違法を主張する。
しかし、宇和島警察署の捜査員は、原告の存在を知らず、何の先入観もない時点で、B山に防犯ビデオに写った犯人の写真を提示したのであり、B山は、その写真を見るなり、原告を犯人として名指ししたのであって、少なくともB山には人物の識別が可能であったというべきである。
B山は、原告と情交関係があり、原告を最もよく知る人物であって、そのB山が「A野さんによく似ているので、たいへん驚いた」旨供述したのであり、B山方の状況等をも併せて考慮すれば、捜査員が原告に対して捜査を行うことは、当然の職務である。
オ 原告は、取調官であったE田警察官が原告に対してえひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人の写真を示していない点を非難する。
しかし、捜査手法については、必要な証拠を必要なときに活用するというのが、一般的な考え方である。宇和島警察署の警察官が、ビデオ写真等を提示しなかったのは、B山の供述に高度の信用性が認められたことや、原告の自動車内から発見押収した現金一〇万円の存在など、当時存在したほかの証拠により、ビデオ写真等を見せなくても立証十分と判断したもので、捜査を省略したり手を抜いたものではないし、これを見せた場合、原告に対する誘導となるおそれが強いことから、原告には見せなかったのである。
通常の捜査においても、もし被疑者が真犯人であるならば、取調べで否認したまま帰宅させた場合、写真に写っている衣類や靴等の証拠品を隠滅するおそれが強いことから、写真を被疑者に見せてこなかったのであり、原告に対し、写真を示さなかったことには正当な理由がある。
(4) 引き当たり捜査について
(原告の主張)
ア 警察官は、原告に対し、二月五日、えひめ南農協本所で引き当たり捜査を行い、実況見分調書を作成している。その際、原告は、えひめ南農協本所に入るときに使ったドアのみが防犯ビデオに写っている犯人の行動と異なっていたが、払戻請求書を記入した記入台の位置、払戻請求書を提出した窓口、払戻まで座っていたソファーの位置、えひめ南農協本所から外へ出るドアは、いずれも防犯ビデオに写っている犯人と同じ行動を取った。
イ 原告は、真犯人ではなかったにもかかわらず、犯人と同様の行動を取っていたのであり、これは、警察官からの指示があったからにほかならない。原告は、警察官から、「A野、お前、そこ違うじゃないか、こっちじゃないか。」などと指示されたのであり、これは、犯罪捜査規範が虚偽自白を防止するために取るべきではないとされる「希望する供述を被疑者に示唆する等の方法により、みだりに供述を誘導」することに該当する。
(被告愛媛県の主張)
ア 原告が、えひめ南農協本所での引き当たり捜査において、防犯ビデオに写っている犯人と同じ行動を取ったことは認めるが、警察官の指示、誘導によるものであるとの点は否認する。
イ 原告自身も、えひめ南農協本所における引き当たり捜査においては、記入台について誘導を受けていないことを認めているのであって、原告の主張を前提とすれば、どうして原告が貯金払戻請求書を記入した記入台がわかったのかについても説明できないことになる。
原告の指摘する引き当たり捜査では、原告が間違えた入り口ドアはその通りに記録化されているのであり、警察官が原告に対して誘導や示唆をしていないことは明らかである。
(5) 払戻請求書の二度取りに関する供述のねつ造について
(原告の主張)
ア 警察官は、二月一九日付け供述調書において、原告がえひめ南農協において、貯金を引き出す際に、払戻請求書を二度取ったと供述した旨を録取した。原告のこの供述は、三月二九日以降に、防犯ビデオに写った犯人が払戻請求書を二度取っていることが確認されたことを理由に、犯人でなければ知り得ない事情を供述したものとして、有罪の有力な証拠として引用された。
イ しかし、原告は、払戻請求書を二度取った旨の供述をしていない。警察官が作成した二月一九日付け供述調書は、それまで録取していた原告の供述をまとめて調書に記載したものであるというのであって、そのような調書に、突如として払戻請求書を二度取った事実が現れるはずはなく、不自然というべきである。
ウ そもそも、防犯ビデオ自体は、宇和島警察署が確保していたのであって、パソコン等の適当な機器を使用すれば、警察大学校でのビデオ画像鮮明化処理を経るまでもなく防犯ビデオから払戻請求書の二度取りの事実は確認できる。真犯人でもない原告が、防犯ビデオに写っている犯人の行動を知るはずはないのであるから、原告の上記供述は、警察官が秘密の暴露を装ってねつ造し、調書に記載したものである。
(被告愛媛県の主張)
ア 原告は、宇和島警察署の警察官が貯金払戻請求書を二度取ったことを知りながら、秘密の暴露を装ったとする。
しかし、警察官は、二月一九日、原告が払戻請求書を二度取りした事実を録取した後、被疑者供述調書を原告に読み聞かせて間違いない旨確認し、原告はこれに署名指印しているのであって、原告が同趣旨の供述をしていなかったという原告の主張は、その前提を誤っている。
イ 原告から貯金払戻請求書の二度取りの供述を得るまでは、捜査の主眼が原告の容姿等に向けられており、画像のわずかな部分に現れた現象まで完全にチェックすることは通常要求される程度の捜査以上を要求するものである。その上で、原告から二度取りに関する供述を得た後は、宇和島警察署において細心の注意を払ってビデオテープを確認したものの、確たる二度取りの事実は確認できなかったことから、さらに捜査を尽くすため、警察大学校へ画像処理を依頼したのである。
防犯ビデオテープは、三月二九日、警察大学校警察通信研究センターにおいて、画像鮮明処理が実施され、画像を解析した結果、犯人は、原告の供述どおり、払戻請求書を二度取っていることが初めて確認され、原告の供述の真実性が科学的な捜査によって裏付けられたのである。
警察大学校で使用している画像処理装置は、一般には市販されていない専ら犯罪捜査に活用するための特殊な機器であり、第一線警察署である宇和島警察署において、そのような特殊な機器に類するものや解析の技術を持つ職員がいるはずもないのである。
宇和島警察署で防犯ビデオテープをプリントアウトした写真と警察大学校で画像処理をした写真と比べると、画像の鮮明度以外に、左右の可視範囲に大きな差があり、これは警察大学校で使用している画像処理装置がアンダースキャン方式を採用していることに由来する。宇和島警察署で防犯ビデオテープを再生したとしても、画像が不鮮明であることに加え、画像の可視範囲が狭いことから、ビデオのわずかな右隅で犯人が貯金払戻請求書を二度取りしていることは判明しない。
ウ したがって、宇和島警察署の警察官が、払戻請求書の二度取りに関する原告の供述を秘密の暴露とみなしたのは誤りであるとはいえない。
(6) 無罪方向の捜査の不存在について
(原告の主張)
ア 警察官は、真実発見のためには、被疑者、被告人にとって有利な証拠も収集する義務があるにもかかわらず、原告が犯行を認める供述をした後は、真実発見のための捜査を全く行っておらず、原告が二月一二日に否認に転じた後であっても、十分な捜査をしていなかった。
イ(ア) 捜査では、被疑者の弁解を聞いた上で、被疑者の弁解を裏付ける証拠あるいは弁解を覆す証拠を収集することも任務とするから、アリバイに関する捜査は、否認事件の捜査の上で中心的なものである。本件では、原告は、二月一日から二月二一日までの取調べにおいて、B山の貯金の引出について、一月八日の正午に職員が昼休みになり同僚の誰だったか忘れたが、ちょっと出てくると言って、職場から自動車を運転し、国道五六号線を通って農協に向かい、自動車を農協の近くのフジの駐車場に止めて農協まで歩いていって貯金を五〇万円引き出したと供述し、防犯ビデオには、一月八日午後零時一〇分二三秒にえひめ南農協本所において貯金を引き出した犯人の姿が写っているのであるから、同時刻前後の原告のアリバイは、重要な意味を持っており、警察官は、同時刻前後の原告の行動について確認し、アリバイについて十分捜査する必要があった。
さらに、原告が否認に転じた後には、原告がその時間に、どこで、何をしていたかというアリバイに関する取調べが重要であった。
それにもかかわらず、警察官は、原告のアリバイについて十分捜査をしなかった。
(イ) 原告は、ふだん午後零時のサイレンが鳴ったら、仕事を止めて手を洗い、仕事場の窯と窯の間で同僚のB原と一緒に昼食を食べることが多いから、警察官がB原から事情を聴取すれば、原告の行動ないしアリバイが判明した可能性がある。また、警察官は、原告の雇主であったE原一郎に対し、事情を聴取し、原告が昼休みに外出したという認識、昼休みを過ぎて会社に戻って怒ったという記憶などないという二月一二日付けの供述調書を作成したのみで、原告が否認に転じた後においても、E原のほか従業員から改めて事情を聞くことはしていない。
一月八日は、宇和島には珍しく雪が降った日であり、前後一か月間に雪が降った日はなかったのであるから、印象に残る日であったはずである。原告が否認に転じた二月一二日ころであれば、原告の勤務先であるD川社の従業員も、雪の降った日の昼休みにおける原告の行動、所在を覚えており、原告のアリバイが立証された可能性が高かった。
また、原告の自動車は、三方を工場の建物に囲まれた場所に駐車してあり、職場も工場の二階にあるなど、工場から外出する際には多数の従業員から目撃されている可能性があったのであるから、少なくとも原告が否認に転じた二月一二日ころ、早期に従業員等から事情を聴取すれば原告の行動ないしアリバイが判明した可能性があった。
(ウ) しかし、警察官は、早期にアリバイ捜査を行うことはなく、原告の無罪を証明する機会を奪ったのである。
仮に、原告が取調べにおいて積極的にアリバイを主張していなかったとしても、取調べにおいて尋ねられていないことを積極的に主張することは不可能であり、これを理由にアリバイ捜査の懈怠を正当化できるものではない。
また、事後的に見ても、弁護人は、刑事記録を、犯罪発生時から半年近く経過してから閲覧できたのであって、そのときには既に、原告や周辺者は、原告の一月八日当時の具体的なアリバイを記憶していなかったのであるから、原告の無罪を証明する機会を奪っていたことに変わりはない。
(エ) このように、警察官は、被疑者であった原告に有利な証拠であり、かつ重要なアリバイについての捜査を怠っていたというべきである。時間の経過と共に記憶は薄れてアリバイ証明が不可能になってしまうことを考えれば、アリバイ捜査を行わなかった警察の怠慢は違法である。
ウ(ア) 警察官は、検察官から、えひめ南農協本所で撮影された防犯ビデオをもとに、犯人の身長割出捜査を指示されていながら、身長割出実験をまともに行っておらず、原告の無罪を証明する機会を奪った。
(イ) 警察官は、原告の着用しているベストとウィンドブレーカーを防犯ビデオカメラで撮影しながら、ポケットの位置にもかかわる重要な原告のズボンについてはカメラ撮影を行っていないのである。
(ウ) また、宇和島警察署では、警察大学校警察通信研究センターでビデオテープの画像鮮明化処理を行っているが、鮮明化処理にとどまり、その後、画像から被写体の体格、身長を割り出すということを行っていない。原告の身長が約一六〇cmであるのに対し、A川は約一八〇cmであり、体格に大きな差異があるから、身長割出実験は原告の無実を立証するためには重要な捜査であるといえる。
例えば、ビデオテープの画像鮮明化処理後の写真を用いて、えひめ南農協本所の入り口ドアの高さ(二一五cm)と、そこを通過する犯人の身長を、奥行き誤差、拡大倍率などを考慮の上計算すれば、犯人の身長は一七一・三三cm以上一七五・九cm以下であることは推定できるのであり、身長一六〇cm程度の原告が犯人ではないことは容易に判断できたのである。このように、計算式さえ用いれば、原告が犯人でないことが判明したのであって、真犯人が撮影されているビデオテープについて、科学的な調査、検討が十分に行われたとはいえない。
また、警察官は、レーザーポインターを使用する方法により、犯人の身長割出を試み、結果的に不正確であったとするが、その他にも、原告にビデオテープに撮影されている犯行状況を再現させて、同じ防犯ビデオカメラで撮影していれば、容易に別人であることが確認できたはずである。犯行現場であるえひめ南農協本所で引き当たり捜査をしているのであるから、これを防犯ビデオで撮影すれば足りるのである。そして、これらの実験方法が一つでも行われていれば、原告が無実であったことは容易に証明されたはずである。
(エ) このように、警察官は、被疑者であった原告に有利な捜査であり、かつ重要な身長割出捜査を怠り、原告の無罪を証明する機会を奪った。
(被告愛媛県の主張)
ア 宇和島警察署の警察官は、原告が自白した後、原告の自白に基づく原告所有自動車からの現金提出、引き当たり捜査、B山に対する原告供述内容の確認と被害届の変更、原告の負債状況等所要の捜査の実施、さらに、否認に転じてからも、筆跡鑑定、再捜索及び再々捜索の実施、着衣の確認、防犯ビデオの捜索、焼却場の実況見分、走行実験、アリバイ捜査等を行うなど、無罪方向を含めて真実発見のための捜査を尽くしているのであり、原告の主張は理由がないというべきである。
イ(ア) 原告は、一月八日の昼休みにおけるアリバイについて、警察官は質問もせず、捜査もしなかったとするが、アリバイ捜査は、被疑者取調べ前における黙秘権の告知と同様、捜査のイロハであり、被疑者の捜査でアリバイを確認しないということはあり得ない。
(イ) 警察官は、最初の取調べで、原告に対してアリバイを確認したが、原告は、「その時間帯は会社にいた。一人でいた。」と答え、さらに証明できる人物がいるかどうか確認したところ、「誰もいない。」などと答え、B原なる人物の存在についても述べることはなかったのである。
現に、原告も、本件において、アリバイ確認の有無について、警察から先に聞かれたので、何も聞かれていないのに先に答えたのかとの問いに対して、警察官から言われて答えたものであることを明らかにしており、警察官が原告に対し、アリバイを確認したことは間違いがないというべきである。
(ウ) そして、原告が勤務していたD川社の社長であるE原一郎は、タイムカードで時間を管理しているのは出社と退社のみであり、昼休みは、どこで何をしようと個人の自由である、一月八日は、原告が外出したことの認識も、昼休みを過ぎて会社に戻ってきて怒った記憶もない、原告は一人で仕事をしているので、黙っていれば勤務時間中に外出しても誰もわからないなどと供述しているのであって、アリバイ自体確認できなかったのである。
ウ(ア) 原告は、真犯人であるA川との身長差があることを殊更強調し、容易に身長を割り出すことができたかのような主張を行っているが、防犯ビデオに写っている犯人の身長は真犯人であるA川の出現によって初めて確定したのであり、真犯人の身長が判明している現在においては、原告との身長差について言及することは簡単なことであるが、当時は、測定結果に誤差が認められたのであり、防犯ビデオに写っている犯人の身長は不確定なものであった。
(イ) また、原告は、警察官が行った身長割出実験がでたらめなものであると主張するが、警察官は、えひめ南農協本所において、写真を見てレーザーポインターを打ち込み、その位置を推定してそこに遮へい物を当て、そのポインターから床までの高さを測るという方法で測定し、さらに現場で位置関係を計測の上、宇和島警察署に持ち帰り、三角相似法を応用した割出作業を行っているのである。
警察官は、当時、最良と考えられたレーザーポインターを使用する三角相似法により測定し、その結果、誤差が約二〇cm生じたことから、正確な身長測定は困難と認めたものであり、原告の主張は理由がない。
(7) 基礎的な捜査の不徹底及び証拠発見収集の懈怠について
(原告の主張)
ア 警察官は、B山方が玄関及び高窓以外からの侵入が困難な構造であったこと、B山が防犯ビデオカメラに写っている犯人の姿が原告に似ていると供述していたことを理由に、原告が犯人であると考えていた。
しかし、警察官の以上のような判断は十分な捜査に基づくものではない。すなわち、B山方の一階にはアルミ製梯子が置かれており、それを利用すれば、外部からの侵入も可能であったのであり、現に、真犯人であるA川は、アルミ製梯子を利用して、外部からB山方に侵入していたのであるから、外部からの侵入が困難であると判断することは軽率であったといわざるを得ない。また、えひめ南農協本所の防犯ビデオカメラは、犯人として写っている人物が男性であることは判別できるものの、直ちに識別できるものではない。検察官は、事後に、防犯ビデオカメラに写った犯人と原告とが似ているというB山の供述の信用性を問題としているが、本来、防犯ビデオカメラの映像をじかに原告と対比対照し、端的に似ているかどうかを検討すれば足りるのであって、B山以外の第三者に確認を求めるなどの捜査をしないまま、供述の信用性を問題とするのは、防犯ビデオカメラに写った人物像では識別できないことの結果である。
イ 警察官は、B山に対し、誤導により働きかけて、原告の供述に合致する被害届を提出させた。そして、B山の提出した被害届の不自然な点を、原告が否認に転じた後においても、これを再検討しなかった。
B山は、一月二七日付け被害届に加えて、二月五日付けで被害届を提出し、赤紫色の巾着袋型印鑑ケース一個を被害品に追加しているが、同被害届には、原告が巾着袋型の印鑑ケースを盗んだと話していることから届け出た旨が記載されており、警察官の誤導があった事実は明らかである。B山は、一月二七日付け被害届において、既に印鑑ケースは黒色がま口型印鑑ケースであり、赤紫色の巾着袋自体も被害品として届け出ていたのであるから、警察官は、さらに赤紫色の巾着型印鑑ケースを盗んだとする原告の供述に対し、当然疑問をもって確認するべきであり、安易に、B山に対し、原告の供述にあった被害届を作成させるべきではない。
そして、警察官は、このほかにも、同様に貯金通帳の保管場所、印鑑の本数、健康保険被保険者証、印鑑登録証等について、原告の供述に合わせるようにB山の供述調書を作成しているのである。
ウ 警察官は、その作成に係る捜査報告書において、原告の当時の職場であったD川社からえひめ南農協本所まで実測距離が四・二km、所要時間が自動車で通常走行して六分であり、原告が昼休みに犯行を行うことは時間的、距離的に十分可能であるとしていた。
しかし、捜査報告書には、いつ、誰が、どこから、どこまで、どのように測定したか記載がなく、その上、D川社の駐車場から国道五六号線に出るまでの所要時間及びフジの駐車場から農協までの所要時間についても検討したものではないから、原告が午後零時に仕事を止めてえひめ南農協本所に向かうことができたことを示す証拠とはなり得ず、十分なアリバイ捜査を行ったとはいえない。
現実に、原告が自動車を駐車していたD川社の駐車場からえひめ南農協本所建物前まで普通乗用車を用いて四回走行すると、その時間は九分一〇秒、八分一〇秒、七分五〇秒、七分四〇秒であり、警察官の捜査報告書の内容は実測時間と異なるのであって、現実に警察官が走行実験を行ったかどうかは、極めて疑わしい。
エ 警察官は、原告とえひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人との身長を比較するため、レーザーポインターを利用した身長割出実験を行ったとするが、現実にこのような捜査を行ったということはできず、また実験を行ったとしても真剣に行ったものではない。
そもそも、身長を測定するためにレーザーポインターを使用すること自体不自然な測定方法である。防犯ビデオの写真に写った犯人の頭頂部に重なるように写っている壁の位置を測定するにも、犯人の頭頂部自体の位置を測定するにも、レーザーポインターを使用する必要はなく、巻尺等で測定すれば足りるのである。また、原告にビデオテープに撮影されている犯行状況を再現させて、同じ防犯ビデオカメラで撮影していれば、容易に別人であることが確認できたはずである。現に、犯行現場であるえひめ南農協本所で引き当たり捜査をしているのであるから、これを防犯ビデオで撮影すれば足りるのである。
また、警察官は、レーザーポインターをビデオカメラのレンズの中央に設置した上、レーザーポインターで目標に照射する方法によった旨説明するが、その説明には、防犯ビデオの写真に写った犯人の頭頂部に重なるように写っている壁の位置を目標にレーザーポインターを照射したとするものと、防犯ビデオの写真に写った犯人の頭頂部自体を目標に照射するものとの二通りある。さらに、身長の算出方法についても、三角相似法を利用した計算式による方法と、遮へい物を設置して実測する方法との二通りある。レーザーポインターを利用した実験方法においては、何を目標に照射し、その結果、どのように算出するかは重要な問題であり、その重要な問題についての説明が二通りあること自体、極めて不自然である。
このように、同一捜査方法に関する説明でありながら、食い違っていること、また採用したとする捜査方法が全く不自然な実験方法であり、合理的な捜査とは呼べないことは、実際にレーザーポインターを使用した身長割出実験をしていないことの結果である。
(被告愛媛県の主張)
ア 原告は、捜査員が内部犯行を疑ったことは、現場の状況を十分観察した上でのものではないとするが、通常の窃盗犯捜査で確認する程度の実況見分は十分されており、現場であるB山方の一階駐車場も確認したところ、二階ベランダの手摺りまで届く長さの脚立等は認められなかったのであって、捜査員が外部侵入が困難であると安易に判断したわけではない。
また、原告は、えひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人の写真について、誰が似ているといっているかどうかは問題にならないとするが、写真の犯人と原告とがよく似ているという供述については、原告と情交関係にあるB山とそれ以外の者とでは、おのずと重みが違ってくることは当然である。当時、B山は、原告と接する機会が他の誰よりも多く、原告の特徴を最もよく知り得ていたはずである。さらに、通常ならば、犯人が自分の愛人に似ていると思っていても、口に出して不利な供述をする可能性は非常に少ないものと思われる。それにもかかわらず、B山は、躊躇することなくそれを指摘したのであって、宇和島警察署の捜査員が、B山からこのような供述を得たにもかかわらず、原告の身辺調査を開始しないということは考えられない。
イ 原告は、警察官が追加被害届を作成した際、B山が追加された「赤紫色の巾着袋型印鑑ケース」と既に被害届に記載されていた「赤紫色の巾着袋」とを混同、誤解していたとして、不当な誘導があったとする。
しかし、被害届の追加については、当初、B山が届け出ていた被害物品と原告が自供していた被害物品に相違が認められ、被害届に記載されていなかった印鑑ケースの存在を原告が自供したため、B山に再確認したところ、B山は、「黒色がま口式の印鑑ケース」とは全く別物で、かつ「赤紫色の巾着袋」とは異なる「赤紫色の巾着型印鑑ケース」が被害にあっていることを申し立てたのであって、原告が自供している赤紫色の巾着袋型印鑑ケースについては、「赤紫色で印鑑二、三本が入るくらいの大きさの物で、私の使っていた印鑑ケースのことだと思う。」と申し立てたため、捜査員は、「赤紫色の巾着袋型印鑑ケース」と「赤紫色の巾着袋」は別の物であると判断して追加被害届を作成したのである。
したがって、B山に対する安易な誘導や誤導を行う余地は全く認められないのであって、警察官には、追加被害届を作成したことについて何ら責められるべき過失はない。
ウ 原告は、D川社からえひめ南農協本所までの走行実験が不十分であるとする。
しかし、警察官は、原告が「一月八日午後零時ころ、自分の自動車で会社を出て、一〇分後くらいに農協に着いた。」旨自供したことに基づき、六月一四日、D川社からえひめ南農協本所までの区間を実際に走行し、所要時間と走行距離を確認しているのであって、捜査報告書には、実施日時は必ずしも明示されていないが、捜査担当者は、その証言において、実施者は捜査報告書作成者であり、実測の始点はD川社であり、終点はえひめ南農協本所、実測方式は普通乗用自動車で通常走行し、その結果が実測距離四・二km、所要時間六分であったと明確に特定しているのであって、実験に走行実験を行ったことは明らかである。
なお、走行実験当時、前後を走行している車両の流れに合わせて走行し、法定速度よりもややオーバーして走行した可能性があり、比較的に短い所要時間となっているが、捜査報告書に記載した所要時間と走行距離は、測定した結果をそのまま正直に記載したものであり、作為性は全くない。
また、走行実験においては、原告が自動車を止めた場所として供述していたフジの駐車場は停車することなくそのまま走行して計測しているが、フジの駐車場はえひめ南農協本所と道路を挟んだ場所に位置し、信号にかからなければ、歩いて一分以内で到着することができる場所にあることから、D川社からえひめ南農協本所までは、フジの駐車場に自動車を止めて歩いたとしても、一〇分もあれば十分到着可能であったと判断したのであって、走行実験が不合理であったということはできない。
そもそも、原告が自供した出発時間は午後零時ころであり、正確にはその前後の幅が認められ、しかも、D川社の昼休みの時間の管理は、タイムカードで正確に記録されるシステムにはなっておらず、さらに、原告は一人で勤務しており、昼休みの時間を早く取っても他の従業員に気付かれることがなかったことから、当初は走行実験の必要性に乏しいと判断していたが、後日、裏付け捜査を徹底するため、検察官と協議して、念のために走行実験を実施したものであって、原告のアリバイ立証に不可欠といえるものではなく、当該実験に厳密な正確性を要求する理由がない。
エ 原告は、警察官が行った身長割出実験の不自然さを強調するが、いずれも理由のないものである。
原告は、身長測定のためにレーザーポインターは全く必要ないなどとその方法について疑問があるとし、犯人の頭頂部と重なるように写っている背後の壁の位置を直接巻尺等で測定すれば足りるとするが、三角相似法を利用して身長を測定する場合に、犯人の背後の壁の位置の高さを特定するためには、カメラと犯人の頭頂部を結ぶ直線が必要であることに変わりはなく、レーザーポインターを使用する合理性を否定することにはならない。
また、原告は、レーザーポインターによる身長割出実験を担当した警察官であるC川警察官が、「ビデオ写真から、人物の頭頂部と重なるように写っている背後の壁の位置を目標にレーザーポインターを照射する」と証言したことが不自然であるとする。しかし、C川警察官は、「背後の壁の位置を目標に」などと証言したことはなく、原告の曲解にほかならない。C川警察官は、えひめ南農協本所において、写真を見てレーザーポインターを打ち込み、その位置を推定してそこに遮へい物を当て、そのポイントから床までの高さを測るという方法で測定し、さらに、現場で位置関係を計測の上、宇和島警察署に持ち帰り、三角相似法を応用した割出作業を行ったものである。C川警察官は、レーザーポインターの照射目標については、終始一貫してビデオプリント写真に写っている犯人の頭頂部を目標にレーザーを照射する方法を証言している。
なお、原告は、犯人の頭頂部の位置を推定してレーザーポインターを照射することができるのであれば、その頭頂部の高さ自体を測定すれば足りるとするが、C川警察官も、現場において、レーザーポインターの軌道上に遮へい物を置いて、五回ほど床までの距離を測定していたのであって、原告の主張する測定方法を怠ったわけではない。
三 検察官の違法性に関する主張(被告国関係)
(1) 総論
(原告の主張)
ア 検察官には強大な権限が付与されていることにかんがみ、そもそも刑事裁判の起訴が被告人に多大な不利益を被らせるものであること、公訴の有する社会的使命、性格から、検察官として通常なすべき注意義務に違反して、証拠の評価、収集すべき証拠の捜査を怠り、事実誤認、構成要件の当てはめ、法律の解釈を誤って、通常の検察官なら起訴しないものをあえて起訴したような場合には、その起訴は国家賠償法上の違法が認められる。
そして、通常の検察官なら起訴するといえるためには、当該被疑事件につき通常人が合理的疑いを差し挟まない程度に有罪であると検察官が確信できる程度に至っているといえることが必要である。ここでいう通常の検察官なら起訴するというのは、犯罪の嫌疑があることをいい、犯罪の嫌疑とは、事実が明らかになり、的確な証拠によって有罪判決を得ることができる確信を持つことができるまでに至った場合のことであるが、的確な証拠によって有罪判決を得ることができる確信とは、当該被疑事件につき通常人が合理的疑いを差し挟まない程度に有罪であると検察官が確信した場合のことであって、最高度の真実蓋然性を意味するものである。
イ 検察官は、客観的証拠が存在するとしても、その証拠価値ないしはその証拠と被疑者を結びつける合理的な証拠の存否については十分検討しなければならず、自白証拠があるからといって、そのことをもって直ちに被疑者が真犯人であると断定することはできず、自白に秘密の暴露があるか、客観的証拠の裏付けがあるか、真犯人であれば容易に説明することができ、また言及するのが当然と思われるような証拠上明白な事実について欠落していないかどうか等々を検討しなければならない。
そして、検察官が、客観的証拠並びに自白調書の検討を怠った結果、事実を誤認し、有罪判決を得る可能性が乏しいにもかかわらず、これを看過して起訴した場合には、公訴提起は違法になる。
ウ 被告国は、芦別国賠事件や沖縄ゼネスト国賠事件、さらにこれら事件に関する最高裁判所判例解説を引用し、公訴提起に要求される嫌疑の程度が低いもので足りると主張するものと解される。
しかし、司法研修所では、公訴提起においては合理的な疑いを差し挟まない程度の嫌疑を必要とする旨教育し、指導しているのであって、被告国の主張は、司法研修所での指導内容、教育内容に反するものであり、最高裁判所判例解説も、司法研修所における指導内容、教育内容を正解しないものというほかない。
(被告国の主張)
ア 検察官は、裁判官と異なり、被告人が有罪か無罪かを最終的に決定することを職責とする国家機関ではなく、犯罪を覚知し、被疑者を検挙、起訴して裁判所に犯罪の成否、刑罰権の存否についての審判を求め、もって、国家の刑罰権を適正に実現し、法秩序の維持を図ることを職責とする国家機関であるところ、公訴の提起は、検察官が裁判所に対して犯罪の成否、刑罰権の存否につき審判を求める意思表示にほかならず、公訴の提起自体が犯罪の成否や刑罰権の存否を確定させるものではないのであるから、検察官が公訴提起するには、客観的に犯罪の嫌疑が十分であって、有罪判決を期待し得る合理的根拠の存することをもって足り、有罪判決に要求される合理的な疑いを容れない程度の確信よりも低いもので足りることは当然である。
イ そして、検察官は、犯罪の成否の判断に当たって、論理則、経験則にのっとって、証拠を取捨選択及び評価し、事実の認定を行うのであるが、検察官の証拠評価、心証形成にある程度の個人差が生ずることは避けられない。したがって、公訴提起時において、検察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して、合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば、公訴の提起は違法性を欠くと解するのが相当であり、このことは最高裁判所によっても確認されている。
(2) 本起訴の違法性について
(原告の主張)
ア(ア) 本件は、B山方から貯金通帳、印鑑を盗み、貯金先であるえひめ南農協本所において払戻を受けたとの内容が推定される事件であり、刑事事件としては複雑なものではなく、捜査の対象は専らえひめ南農協本所の防犯ビデオに写っている犯人は誰かという点にあった。
本起訴に至った当時、地検宇和島支部検察官が記録上認識し得た事実は、おおむね以下のとおりである。すなわち、B山からは盗難届が出され、防犯ビデオの写真プリントについてB山から原告に似ている旨の供述が得られていたこと、原告がB山と親しい間柄であり、B山方の鍵を所持していたこと、原告居宅及び原告所有自動車に捜索を実施した被害物品は発見されなかったこと、原告に対しては、二月一日に午前八時ころから取調べが行われたが、原告は当初、否認していたこと、しかし、午後二時ころに至って、突然泣き出し、印鑑一本を窃盗し、貯金五〇万円を引き出したことを認める供述をしたことである。
(イ) 検察官としては、上記事実経過に照らせば、犯罪の嫌疑の有無を判断するにおいて、以下の問題点を考慮するはずである。すなわち、① 四時間にわたる取調べにおいて否認していた原告が、午後二時に至って突然泣き出し、自白したことについて、自白の強要があったのではないかという問題、② 被害届が出ている物品について原告居宅及び原告所有自動車を捜索しても発見されていないという問題、③ 原告が自由に出入りできるB山方において、健康保険被保険者証や印鑑証明書等を取る必要がなく、被害物品と原告の犯人性がつながらないという問題、④ 防犯ビデオに写っている男と原告の同一性についてB山の供述しかないという問題、⑤ 貯金払戻請求書の筆跡と原告の筆跡の異同が確認されていないという問題、⑥ 犯行日時における原告のアリバイについて十分に捜査されていないという問題、⑦ 原告が引き出した五〇万円の使途について解明されていないという問題である。
(ウ) 検察官は、これら問題点を検討すれば、いずれの点も、客観的証拠から解明されておらず、的確な証拠により有罪判決を得ることができるとの確信を得ていなかったはずである。
イ 検察官は、印鑑一本の窃盗事件であり、かつ原告が自白しているものとして本起訴をしている。
しかし、原告は、当初否認していたのであり、二月一日午前八時から取調べを受け、六時間後に号泣した上で自白をしたのであるから、自白内容が客観的事実に沿わないかどうか、不合理であるかどうかなど、自白の信用性は十分に検討しなければならない。原告の自白は、その内容は客観的事実と食い違っており、不合理な部分が多々認められるのであるから、原告の供述をもとに、有罪判決を得ることができる確信を得ているはずはないのである。
ウ 原告は、印鑑等を盗んだ動機として、パチンコ等とギャンブルが思う存分できる余裕のある生活がしたかったと供述していた。しかし、原告は、昭和六二年ころからB山と親しくなり、平成四年ころからはB山宅に出入りするようになり、鍵も渡され、食事の世話もしてもらうなど、安定した生活をしていたのであって、このような原告が突然に、余裕のある生活をしたいという気持ちから、親しいB山方から印鑑を盗んで貯金五〇万円を引き出したとする原告の供述内容は、原告の生活実感とはかけ離れているというべきである。五〇万円という金額自体、余裕のある生活をしたいための金額にしては不十分なものであり、原告が供述する動機には不合理な点がある。
エ また、原告は、犯行態様について、平成一〇年一〇月中ころに通帳を盗み、同年一二月ころまで隠し持っていたとし、その理由として、B山が農協の通帳がなくなったと騒ぎ出さないか様子を見ていたからであると供述していた。また、原告は、平成一〇年一二月下旬に印鑑を盗み出し、一月八日に貯金を引き出したと供述し、その理由として、B山が印鑑がなくなったと騒ぎ出すのではないかと思い、様子を見ていたと供述していた。しかし、いつでもB山方に出入りできた原告が、通帳や印鑑の所在を知ったならば、貯金を引き出す直前に持ち出すのが通常の行動であり、貯金の引出を意図している者が、被害者が騒ぎ出さないか様子を見ているなどということはあり得ない。ギャンブルを思う存分しないという動機であれば、すぐにでも盗み出す必要があったはずであり、それにもかかわらず、印鑑と通帳を別々に盗み、直ちに払戻に行かなかったという犯行態様に関する原告の供述は不合理であったというべきである。
オ 一方、B山は、一月二七日当時、被害届において印鑑ケースが黒色がま口型であることを説明し、実況見分においては、寝室のドレッサーの椅子に通帳、印鑑を保管していたと説明していたにもかかわらず、原告は、印鑑ケースは巾着袋型であって、通帳が洋服タンスに保管されていたと供述しているのであり、原告の供述はB山の供述と明らかに齟齬していたのである。
カ また、B山は、一月二七日付け被害届において、松夫名義の健康保険被保険者証一通を被害品としてあげていた。
しかし、B山と親しい間柄にあった原告が健康保険被保険者証を窃盗し、身分確認等で利用した場合には、早期に発覚する可能性があるから、原告が盗み出したと供述するのであれば、その動機、理由を詳しく問いただす必要があるにもかかわらず、原告に対しては、この点に関する確認を行わず、原告の供述内容には、なお不自然な点が残っている。
キ 原告の供述の真実性を担保するためには、被害物件である印鑑自体が発見されることが重要である。宇和島警察署は、二月五日、D川社の焼却場において、原告の引き当たり捜査を実施しているが、印鑑を探すために焼却場を捜索していない。結局、焼却場を捜索したのは、四月五日であり、本起訴前に、原告の供述内容の真実性を担保するべき被害物件を確認することはなかったのである。
ク 原告は、引き出した五〇万円のうち、二〇万円をD川社に対する返済に充てたと供述していた。しかし、現実には、原告がD川社に二〇万円を返済したのは、えひめ南農協本所において引き出された日の前日であって、原告の供述は客観的事実に矛盾しているのである。このような事情については、原告の供述の信用性を基礎付ける重要な事情であるから、十分捜査がされるべきところ、本起訴当時、補充捜査は全くされていなかった。
ケ 一般的に、窃盗に関しては、被害届があれば自白の真実性が保証され得る補強証拠として十分であるとされるが、それは自白から実質的に独立した証拠でなければならず、被告人の自白に合わせて提出された被害届は、補強証拠としての適格を欠くものである。
本起訴の当時、B山の提出した被害届は三通あったが、いずれの被害届においても、印鑑ケースの時価、色、形状が変更、追加されており、その理由は、原告の供述に従うというものであったのであるから、原告の供述を支える補強証拠としての適格を欠いている証拠である。
このように、原告の供述は、B山の提出した被害届によっては補強されない自白であったというべきである。
コ そして、原告の供述によれば、ギャンブルのための金銭が欲しかったために犯した犯行であるから、二月一二日付け本起訴に係る印鑑の窃盗の事件は、六月二二日付け追起訴に係る貯金の引出の事実と密接不可分に関連しているのであって、原告の供述を検討するに際しては、本起訴に係る供述部分のほかに、追起訴に係る供述部分についても十分裏付けがとれているかを検討する必要がある。仮に、原告の供述に信用性があると認識していたのであれば、印鑑の窃盗、通帳の窃盗及び貯金の引出を一体として処理していたはずであるが、検察官は、印鑑一本だけで本起訴しており、これは十分な証拠がそろっていない状態での本起訴であったゆえの不自然性である。
サ 検察官は、以上のとおり、信用性について十分検討するべき原告の供述を検討せず、また、その裏付け証拠を収集することなくこれを盲信したのであり、的確な証拠に基づいて有罪判決を得ることができるとの確証を得て本起訴をしたとはいえない。
したがって、本起訴は、検察官によって、検察官として通常なすべき注意義務に違反して、原告の自白の評価、収集すべき裏付け証拠の捜査を怠ってなされたものであって、検察官のした本起訴は、国家賠償法上の違法があるというべきである。
(被告国の主張)
ア 原告は、検察庁における弁解録取、裁判官の勾留質問、検察官の取調べの各段階を通じて、公訴提起に至るまで、一貫して被疑事実を認め、警察官に自白を強要された旨の主張は一切していなかった上、原告の自白は、その内容や他の証拠との整合性などを考慮しても、不自然な点はなく、その証拠能力や証明力を疑うべき状況にはなかったものであって、検察官は、原告の自白を適正に評価し、補強証拠となるべきほかの証拠も併せ考慮して、原告が犯人であると判断したものであって、検察官に強要による自白を見落とした違法、過失があるとはいえない。
イ 原告は、原告の自白に至った経緯にかんがみれば、自白の強要行為の存在を疑うべきであるのに、検察官は、この点について十分考慮せず、本起訴を行ったという。
しかし、原告は、検察庁における弁解録取、裁判官の勾留質問及び検察官取調べの各段階を通じて、公訴提起に至るまで一貫して被疑事実を認め、検察官に自白を強要された旨の主張は一切していなかったし、否認に転じた後、検察官が、自白をした理由を原告に確認した際も、警察官から脅迫が暴行等により自白を強要されたなどの訴えはなかった。そして、原告の自白は、その内容や他の証拠との整合性に不自然な点はなく、その証拠能力や証明力を疑うべき状況はなかったので、検察官は、原告の自白を適正に評価し、かつ、補強証拠となるべきほかの証拠も併せて考慮した上、原告を犯人であると判断したものであり、その判断は合理的であるというべきである。
仮に、検察官において、原告が当初四時間にわたって否認していたところ、取調べ開始から六時間後に自白をしたことを把握していたとしても、否認していた被疑者が、取調官のねばり強い説得により、数時間後に、突然泣きながら自白に転じることは何ら不思議ではなく、その際、自白に至った理由について、当初弁解していたものの、取調官に信じてもらえなかったことで、否認することをあきらめた旨供述することも不自然ではないから、検察官が上記事情をもって、自白の強要行為を疑わなかったとしても、何ら不合理とはいえない。
ウ 原告は、原告居宅及び原告所有自動車から被害品が発見されず、松夫の健康保険被保険者証や印鑑登録証等を盗む必要がなかったことからすれば、原告が犯人であることとつながらず、検察官はこれらの点について十分考慮していなかったとする。
しかし、窃盗犯人が、犯行後、不要と考えた被害品を投棄するなどして処分することは往々にしてあるから、原告居宅や原告所有自動車から被害品が発見されなかったことをもって、原告の犯人性を否定することはできないし、原告がB山方に出入りする立場にあったからといって、いわゆる流しの犯行とカモフラージュするなどの目的から原告が松夫の健康保険被保険者証等を盗む必要がないともいえないのであり、これら物品が盗難被害にあった事実をもって、原告が犯人であるという判断は左右されない。
エ また、原告は、犯行に及んだ動機に関する原告の供述は、余りにも生活実感からかけ離れており、不合理なものであったなどとする。
しかし、原告は、犯行の動機について、自分は金銭に困っていて趣味のパチンコなどのギャンブルも自由にできないのに、ゴルフクラブを買ったり、釣り竿を買ったりして自由気ままに贅沢で優雅な生活をしている松夫を見て、自分も遊びをして余裕のある生活をしたいと思って、B山の通帳と印鑑を盗んで通帳から貯金を引き出すことにした旨供述しており、その内容は具体的かつ詳細で、原告が供述しない限り録取し得ないような内容であるから、原告の自白を信用できると判断することも合理的であるということができる。
そもそも、原告のいうように、安定した生活を送っている者であっても、パチンコ等のギャンブルしたさに犯罪に手を染めることは往々にしてあり、また、原告が余裕のある生活をしたいという気持ちを持っていたからといって、将来にわたって余裕のある生活のできる金額を手に入れるのでなければ不合理だということはできないのであって、五〇万円という金額は当面ギャンブルにつぎ込む金銭としては相応に余裕のある金額といえるから、原告の当時の生活状況を理由に、原告の自白を信用できないということはできない。
オ 原告は、防犯ビデオに写っている犯人と原告との同一性について、B山がよく似ているという供述をしているだけであって、それ以外の者による確認がなされていないとする。
しかし、本件の防犯ビデオに写っている犯人の映像は、必ずしも鮮明とはいえず、原告と親しく交際していたB山に確認するのが最良と考えられたほか、防犯ビデオに写った犯人の写真を原告の勤務先会社の経営者等に示して原告との同一性について確認を求めることは、原告の名誉を傷つけるおそれがあるとの考えから、B山以外の者に確認する必要がないとした検察官の判断には十分な合理性がある。
カ 原告は、貯金払戻請求書の筆跡と原告の筆跡の異同についての比較検討がされていないとする。
しかし、本件では、原告を逮捕した翌日に筆跡鑑定の嘱託を行ったものの、結果が出たのは本起訴の三日後であったから、本起訴の時点でこれを考慮できなかったのはやむを得ないというべきである。また、筆跡鑑定の結果においても、鑑定資料である貯金払戻請求書の筆跡に作意性が認められるとの理由から、貯金払戻請求書の筆跡と原告の筆跡が同一人物の筆跡かどうか不明とされているから、検察官が貯金払戻請求書の犯人筆跡と原告筆跡の異同について比較検討したとしても、本起訴の結果が左右されたとはいえない。
キ 原告は、アリバイ捜査が十分にされないまま、本起訴をしたとして、検察官の判断を誤りであるとする。
しかし、アリバイ捜査は、被疑者からアリバイ主張がされたことを前提に行われるべきところ、本件においては、原告が自白しており、しかもその内容には特段犯行が不可能と思われる点はなかったのものであり、アリバイ捜査が尽くされていないという主張は理由がない。
現に、原告は、公訴提起後、否認に転じても具体的なアリバイの主張をしておらず、被告人質問においても、日常の昼休みの状況及び犯行当日は外出していないと供述するにとどまり、具体的に、どこで、誰と、何をしていたかについては明確に記憶しているとは供述していない。
D川社のE原一郎からも、昼休みの午後零時から午後一時までの一時間は外出自由であるとの供述を得ており、D川社からえひめ南農協本所の走行実験により、所要時間は六分であるとの結果を得ており、D川社及びえひめ南農協本所の各建物と原告の車両との間の走行による移動時間を考慮しても、約一〇分程度での移動は可能であると確認している。
原告の自白の内容には、明らかに犯行が不可能と思われる点はなく、また否認に転じた後も、明確なアリバイ主張がなされていないのであるから、原告の主張する捜査の懈怠があるとはいえない。
ク 原告は、印鑑と通帳を別々に盗んだとする犯行態様は不自然であり、原告の自白は不合理であったとする。
しかし、原告が自白する犯行態様は、原告が、B山方の合い鍵を所持し、B山方に自由に出入りして、B山と情交関係を結び、一緒に食事をするなどの生活を送っていたことにかんがみれば、決して不自然といえないから、原告の自白が信用できるとした検察官の判断は十分に合理的である。
ケ 原告は、B山の被害届と原告の供述は、その被害品、保管場所について明らかに齟齬していたにもかかわらず、警察官において、B山に、事実上供述を変更させるなどしていたとし、この点に関する検察官の検討が不十分であったとする。
しかし、一般的に、被害者よりも窃盗犯人の方が窃取した金員の種類、点数、保管場所等について正確に記憶していることはまれではなく、被害者に対し、窃盗犯人の供述の正確性を確認することは当然に許される捜査であるというべきであって、これを警察官のB山に対する不当な働きかけとする原告の主張は、その前提を誤っているというべきである。
コ 原告は、松夫名義の健康保険被保険者証が盗まれたことからすれば、名義人と面識のない第三者による犯行を疑うべきであり、また、原告は健康供険被保険者証に関しては曖昧な供述をしていたのであるから、この点を十分に検討することなく、印鑑窃取の事実のみを起訴したことは不当であるとする。
しかし、健康保険被保険者証の名義人と親しい関係にある者が、犯行をカモフラージュするなどの目的からそれを盗まないとは断定できず、名義人と面識のない第三者が犯人と決めつけることはできないものであり、B山方について、明らかな外部侵入の痕跡が認められないことから、内部犯行を疑うともに、原告がB山方の合い鍵を所持しており、容易にB山方に立ち入ることができることなども考慮し、原告の自白が信用できるとした検察官の判断には十分な合理性がある。
また、原告の警察官調書には、健康保険被保険者証や印鑑登録証等を盗んだ記憶はないとする一方で、B山方から盗み出せる人物は自分以外にはいないので、別の機会に盗んでいるかもしれないとの供述があり、自白している被疑者が、被疑事実の一部についてなお曖昧な供述をすることはまれとはいえず、検察官において、すべての証拠を総合勘案した結果、このような一部の事実を除いて、確実に有罪が得られると判断した事実のみを起訴することは、起訴便宜主義に基づく裁量の範囲内の行為として許されるのであり、本起訴の時点で、検察官が印鑑窃取事実については確実に有罪が得られると判断して同事実のみ起訴したことには十分な合理性が認められるべきである。
サ 原告は、通常の検察官ならば、自白の真実性を担保するため、原告が焼却炉で燃やしたと供述する印鑑の燃えかすの発見に努めるべきであるにもかかわらず、これを行わないまま、自白を補強する十分な証拠もなく本起訴をしたとする。
しかし、原告は、任意捜査の段階から自白し、その後、警察官による弁解録取、検察官による弁解録取、裁判官による勾留質問においても届出印等窃盗事実を認める旨の自白を維持しており、本起訴に至るまで一貫して犯行を認めていたこと、その内容も動機など具体的かつ詳細であり、原告が供述しない限り録取できない内容であったこと、原告の自白及び引き当たり捜査の結果が、B山方の客観的状況やえひめ南農協本所の防犯ビデオカメラの撮影結果におおむね符合していたこと、原告が通帳の窃取場所について供述し、これを受けてB山が通帳の保管場所を訂正したこと、未発見の被害品である巾着袋型印鑑ケースについても、原告が描いて検察官に提出した見取図がB山によって被害品に酷似していることが認められたことなどから、原告の自白が十分に信用できると判断したのであり、原告の自白の真実性が保障できないという前提自体失当である。
シ 原告は、引き出したとされる五〇万円の使途が解明されておらず、検察官においては、的確な証拠によって有罪判決を得ることができる確信を持てる状況ではなかったという。
しかし、本起訴前に、原告は、引き出した五〇万円のうち、二〇万円は勤務先であるD川社からの借入金の返済に充て、一〇万円は原告所有自動車内に隠匿し、残りはサラ金の支払やパチンコ代などに使用した旨供述しているのであって、検察官において、原告について有罪と認められる嫌疑があると判断したことに何ら不合理は点はない。
なお、原告は、原告の自白では、払戻を受けた五〇万円のうち二〇万円については、D川社からの借入金の返済に充てた旨供述していたが、同社の経理担当者の供述により、現実には払戻を受けた前日に返済をしていたことが判明したのであり、本起訴前に補充検査をしていれば、このような事実は容易に判明していたはずであるとするが、原告の逮捕当日、警察官が同社の事務員から電話で確認したところ、一月八日ころ、原告から二〇万円の返済を受けたことの確認がとれたのであって、同日に払戻を受けた五〇万円のうち二〇万円を同社からの借入金の返済に充てたとする原告の自白と矛盾しないとした検察官の判断は、何ら不合理とはいえないから、あえて補充捜査をすべきであったとはいえない。
ス 原告は、本起訴に係る印鑑一本の窃盗事件と追起訴に係る貯金の引出等の事件は不可分なものであり、一括起訴すべきであったのに、これを行わなかったのは、原告の自白を盲目的に信用し、裏付け捜査を懈怠したからにほかならないとする。
しかし、届出印等の窃盗事実の犯人として原告が捜査線上に浮上したのは、B山がえひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人の写真を見て、原告に似ていると供述したことに端を発しており、当初から印鑑の窃取と貯金の引出とは密接な関連があるものとして捜査が行われていたのであり、警察官は、調書作成に至っていないものの、原告の取調べに当たっては、印鑑窃取事実に加えて詐欺等事実についても原告から概要を聴取した上、B山方のみならずえひめ南農協本所についても原告の引き当たり捜査を行っており、えひめ南農協本所での実況見分においては、原告が詐欺等事実について詳細な犯行再現を行っているほか、詐欺等事実の被害金五〇万円の使途先についても原告を取り調べ、原告の供述に基づいて裏付け捜査を行っているものであり、検察官においても、以上の捜査を踏まえて、原告の取調べに当たって、届出印等窃盗事実のみならず通帳窃盗事件と詐欺等事実についても概要を聴取し、詐欺等事実の被害者であるC山の取調べを行うなどした上で、既に送致を受けていた届出印窃盗事実につき、有罪と認められる嫌疑があると判断したことから、原告を起訴したものであって、通帳窃盗事実及び詐欺等事実についての一定の裏付けがその前提となっているのである。
原告の主張によれば、余罪捜査未了により勾留を延長した上で、一括起訴をすることになるが、勾留延長はやむを得ない事由があると認められる場合に限られるところ、まずは送致事実について有罪認定を得るに足りる証拠が収集できた時点で同事実で起訴し、余罪についてはその後に送致を受け、所要の捜査を尽くした上で追起訴するのがむしろ通常の方法であることからすれば、届出印窃取に係る捜査を尽くした上で、まず同事実のみを起訴することにした検察官の判断には十分な合理性があるというべきである。
(3) 追起訴の違法性について
(原告の主張)
ア 原告は、二月一二日、本起訴当時の自白を覆し、B山方の窃盗及びえひめ南農協本所での貯金引出に係る事実をすべて否認した。
原告の供述内容のうち、えひめ南農協本所から五〇万円引き出し、二〇万円をD川社に対する支払に充てたとの部分が誤りであったことが判明したのであって、原告の供述が客観的事実と異なることが明らかになった。
また、二月一五日には、えひめ南農協本所で使用された払戻請求書の筆跡と原告の筆跡との対照の結果、同一人の筆跡であるかどうか不明であるとの鑑定結果が出され、積極的に原告と同一人物であるとはされなかった。このような鑑定結果に加えて、一般通常人から見れば「○」、「△」、「□」などの文字には、特徴的な相違があることからも、検察官としては、払戻請求書の筆跡と原告の筆跡が異なる蓋然性が高いと判断するべきものであった。
そして、原告が犯人であるか否かを確認するためには、えひめ南農協本所の防犯ビデオカメラに写った犯人が原告と同一人物かどうかを確認することであるのに、これを行うことはなかった。
本起訴から追起訴まで約四か月半もかかったということは、犯人と原告の同一性を証明する新たな証拠は全く得られず、むしろ追起訴の当時は、本起訴の当時に比べても、より原告と犯人性との結びつきを弱める捜査結果しか出ておらず、本起訴当時をはるかに超えた合理的疑いがあった。
イ 原告は、えひめ南農協本所で引き出した五〇万円のうち、二〇万円はD川社への支払に充て、一〇万円は自動車の中に置いたと供述していた。そして、捜索の結果、原告の自動車の中からは封筒に入った一〇万円が発見された。しかし、D川社に対する支払は、虚偽であることが判明したのであるから、自動車の中に置いた一〇万円についても、原資を再度確認することが必要である。特に一〇万円の入っていた封筒には、年末調整である旨記載されており、へそ繰りであるなどの可能性もあるから、取調べ等を実施して確認することが必要であったにもかかわらず、原告の供述どおり一〇万円が発見された事実のみをもって、えひめ南農協本所で引き出した五〇万円の一部であると判断した。
ウ また、原告の自白が信用できると判断する資料として、原告自身が犯行状況を再現し、これをビデオ撮影し、防犯ビデオの映像と比較する方法が考えられる。
仮に、防犯ビデオカメラのレンズに角度が付いていたり、レンズとの距離により写り方が異なるという問題があるとしても、現実に原告が犯行状況を再現すれば、原告のような体格の者が、防犯ビデオカメラに写っている犯人と同様の行動をとれないことは容易に判明したはずである。
このような捜査結果の不備については、一時的には警察官を始めとする司法警察員の責めに帰すべきものであるが、公訴権を独占する検察官は、公訴の提起、遂行に耐え得るよう、司法警察員の捜査結果の不備欠陥を積極的に補正する責務が課せられているのであるから、取調べ等を行うことによって、これらを補正するべきところ、検察官はこれら不備欠陥を補正しなかった点について、責めを負うべきである。
エ 原告は、一月八日の昼休みである午後零時ころ、D川社の作業場から移動して、その駐車場に駐車してあった原告所有自動車に乗って、フジの駐車場まで行って同車を駐車し、えひめ南農協本所に向かったと供述していた。そして、原告の供述を裏付ける証拠として、走行実験に関する捜査報告書が作成された。
しかし、捜査報告書には、自動車での移動時間以外の、作業場から駐車場までの時間、駐車場から道路に出るまでの時間、フジの駐車場からえひめ南農協本所までの時間が算入されていない。また、走行経路や日時という実測結果の信用性の基礎となる事情に関する記載がなく、速度についても通常速度とされているだけである。
このように、所要時間の算出が不正確であること及び走行実験として必要な事項が記載されていないことは、現実に走行実験を行っていないことが原因であったというべきである。
オ 原告の犯人性を基礎付ける証拠として、B山がえひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人の写真を見て、原告に似ている旨供述したことが挙げられる。
しかし、B山は、実際の犯人を直接観察して供述したのではなく、写りの悪いビデオの写真を観察して供述したにとどまるのであるから、通常言われるような、面識ある者の識別供述と同視することのできる供述ではない。むしろ、B山は、印鑑等がなくなったことに気付いたときから、原告が犯人ではないかとの先入観をもっていたのであって、写真の上では際だった特徴も認められず、また原告との類似点を具体的に指摘できないにもかかわらず、原告に似ていると供述していることからすれば、B山の供述は、先入観を払拭することなく写真を観察し、供述したものとして、過大評価することはできない証拠というべきである。そうであれば、B山以外にも写真を示して、犯人識別供述を得るよう努めるべきであった。
現に、第三者であるD川社の社長は、写真をみて、原告に似ていないと供述しているのであるから、広く犯人識別供述を得る必要性は高いものであったといえる。
カ また、えひめ南農協本所の防犯ビデオカメラの画像を解析することにより、真犯人が払戻請求書を二度手に取っていることが判明していることから、原告が引き当たり捜査において、払戻請求書を二度取った旨指示説明したことを重要視するおそれもある。
しかし、払戻請求書を書き損じて書き直すことは一般生活において往々にしてあることであり、秘密の暴露として取り上げるまでもないことである。原告は、払戻請求書を書き直した理由について、D川社での午後からの作業に間に合うようにしなくてはならないと思い、焦って書いたため、枠からはみ出したためであると供述していたが、急いでいた原告が、多少枠からはみ出したことで、初めから書き直すことなどあり得ない。このように、秘密の暴露として重要視される二度取りに関する原告の供述部分は、内容としての合理性を欠くのであって、秘密の暴露に該当しない。
キ 以上のように、検察官は、本起訴当時に比べて、一層、原告に対する嫌疑が十分ではなく、自白の信用性に疑問があるにもかかわらず、補充捜査も行わないまま、追起訴に踏み切っているのであって、検察官の追起訴の提起は、国家賠償法上、違法というべきである。
(被告国の主張)
ア 検察官は、本起訴後、原告が否認に転じたことから、追起訴に至るまでの間に通常要求される捜査を尽くしているところ、捜査の結果、① 原告は任意捜査の段階から本起訴に至るまでは届出印窃取の事実のほか通帳窃取の事実及び詐欺等の事実も自白していたこと、② 原告は裁判官の勾留質問においても届出印を窃取した事実を認め、自白を維持していたこと、③ 原告は一連の取調べの過程で通帳と届出印の窃取事実を認めながら、それ以外の被害届に記載された健康保険被保険者証等については窃取した事実を明確に否定するなど、自己の主張は主張として押し通していたこと、④ 未録取部分である「貯金払戻請求書を書く際、最初焦っていたので枠からはみ出して書いて一枚書き損じ、もう一枚やり直して書き上げた。」旨の供述については、防犯ビデオの再生写真の画像鮮明化処理により、それに沿った状況があったことが判明したこと、⑤ 原告の「職場に近い農協C林支所ではなく、わざわざ遠い農協本所で貯金を引き出したのは、C林支所には顔見知りが多く悪事がばれてしまうと思ったからである。」旨の供述についても、捜査の結果、裏付けが得られたことなどから、検察官はこれを総合的に判断し、当初の自白の信用性を認めて追起訴したもので、当時の証拠関係に照らせば、追起訴に係る事実についても有罪と認められる嫌疑があるとした検察官の判断には十分な合理性がある。
イ 原告は、筆跡鑑定結果について、通常人の筆跡鑑別能力からしても、「○」、「△」等の文字を検証すれば、貯金払戻請求書の筆跡と原告の筆跡とは異なる可能性が高いと判断できるとする。
しかし、専門的知識を有する鑑定人において、このような相違を認識した上で、貯金払戻請求書の筆跡に作意性が疑われるとして、両者の筆跡が同一人の筆跡かどうか不明であるとしているのであって、原告の指摘するような相違も作為的に筆跡を変えようとすれば、容易に生じ得るから、原告の主張は失当というべきである。
ウ 原告は、原告が払戻を受けたとする五〇万円の使途に関する原告の自白が虚偽であることが明らかになったのであるから、原告所有自動車内から発見された一〇万円についても、その原資を再度確認するべきであったのにもかかわらず、これを怠ったとする。
しかし、一般的に、被疑者が犯罪により得た金銭の使途について、記憶の減退等により不正確な供述をすることはまれではなく、原告も詐取金五〇万円のうち二〇万円の使途について不正確な供述をしたにすぎず、一〇万円については、原告所有自動車内に隠匿していたことは明白であり、その使途自体を疑うべき事情は他になかったのであって、この点の供述はなお信用できると考えるのはむしろ当然であり、本件全証拠を総合勘案した結果、原告の自白が信用できるとした検察官の判断は到底不合理とはいえない。
エ また、原告は、原告の自白の信用性を担保するためには、原告に犯行を再現させているところを同じビデオで撮影した映像と一致するかを検討すればよいのであって、このような容易な方法による捜査さえも怠っていたとする。
しかし、犯罪捜査においてどのような捜査を行うかは、捜査機関の広範な裁量に委ねられており、捜査をしなかったことに義務違反が認められる場合は限定的に解するべきところ、本件においては、収集されたほかの証拠で原告の有罪であるとの嫌疑が認められるから、検察官には、さらに犯行現場であるえひめ南農協本所において原告に犯行を再現させ、これを防犯ビデオで撮影するなどという捜査をするべき義務はない。
さらに、検察官は既に収集されている証拠から、通帳窃盗事実及び詐欺等事実について原告が有罪である旨の心証を得ていたものの、原告が否認に転じたことから、さらに慎重に捜査を尽くすため、警察官に対し、科捜研等に問い合わせるなどして、防犯ビデオの犯人の映像から犯人の身長、あるいは頭部の長さ等が原告のそれと近似するか否かの検討を指示するなどしたのであるが、警察官から、防犯ビデオ犯人の映像からの身長割出を試みたものの、測定結果がまちまちで誤差が大きいとの報告を受け、防犯ビデオの犯人が原告と一致するかどうかを確認する捜査を断念したのである。
仮に、原告の主張するとおりの捜査を実施しても、防犯ビデオの犯人の立ち位置が不明な状態にあっては、結局正確性への疑問を払拭することができないのであるから、検察官においてそのような捜査をせずに追起訴したことをもって、不合理ということはできない。すなわち、俯瞰撮影するように設置された防犯ビデオカメラにおいては、そのレンズは被写体である犯人と対峙する位置にはなく、上下左右に撮影角度がついており、レンズと被写体との距離が被写体の倍率に影響を及ぼすことを考慮する必要がある。えひめ南農協本所においても防犯ビデオカメラは、その映像からカウンター内の高所から店内を俯瞰するように設置されているのであって、単に入り口玄関の高さを利用した測定にとどまるとすれば、カメラの撮影角度、レンズと被写体の距離及びそれに基づく倍率の変化を考慮していないこととなり、正確性に欠け、有用な証拠となり得ない。犯人の立ち位置さえ判明していない状況で、身長を解析することができたかどうか自体疑義があるのである。
オ 原告は、D川社からえひめ南農協本所までの走行実験に関する警察官作成の捜査報告書の記載内容からすれば、現実に走行実験を実施せずに作成されたものであることは明らかであるとし、検察官が捜査報告書に対し、疑問を呈さなかったことを問題とする。
しかし、C川警察官は、走行実験をした旨明確に証言しており、これを覆すに足りる証拠は何ら存在しないにもかかわらず、走行実験を実施していないと決めつける原告の主張は失当である。
カ 原告は、B山が防犯ビデオに写った犯人の写真を見て、犯人が原告に似ていると供述したものの、B山は先入観を持って写真を観察し、類似点については具体的に摘示していないことからすれば、通常の検察官であれば、B山の供述を犯人識別供述として過大評価する危険を察知し、第三者に対しても、これを示して犯人識別供述を得るようにするべきであったとする。
しかし、検察官は、B山の供述調書においては、「写っていた男性は、はっきりとした輪郭までは写っていませんでしたが、どうもA野太郎のように見えたので、その旨刑事さんには話していたのです」と録取していることや、検察官が数度にわたってB山の取調べを行い、B山から原告との関係、被害状況、被害品の形状、保管場所等について詳細な事情聴取を行っていることなどからすれば、検察官が防犯ビデオに写った犯人と原告との同一性についてのB山の供述を過大に評価していなかったことは明らかである。
むしろ、検察官は、未発見の被害品である巾着袋型印鑑ケースについて、まず、B山にその見取図を描かせた上、原告が描いた見取図をB山に示して似ているかどうかを確認を求めるなどしており、犯人識別供述以外の供述部分と原告の自白との符合について慎重な検討を加えているのであって、B山の供述を過大に評価していたということはない。
なお、本件の防犯ビデオに写っている犯人の映像は、必ずしも鮮明とはいえず、原告と親しく交際していたB山に確認するのが最良と考えられたほか、防犯ビデオに写った犯人の写真を原告の勤務先会社の経営者等に示して原告との同一性について確認を求めることは、原告の名誉を傷つけるおそれがあるとの考えから、B山以外の者に確認する必要がないとしたのであり、このような検察官の判断には十分な合理性がある。
キ 原告は、貯金払戻請求書を二度手に取った旨の供述について秘密の暴露とはいえず、これに関する検察官の評価は誤っているとする。
しかし、えひめ南農協本所の防犯ビデオカメラで撮影したビデオテープの画像をプリントアウトすると、記帳台辺りはほとんど写っていないが、画像鮮明化処理をした写真は、映像範囲が右方向に若干広がっており、記帳台が一部写るようになっているのに加え、えひめ南農協本所の防犯ビデオテープはキャッシュディスペンサー付近の映像が約一秒ごとにコマ送りで写し出されており、通常のビデオデッキではスロー再生をしてもそのすべてのコマを逐一確認することは極めて困難である。したがって、宇和島警察署においてビデオテープを再生しても貯金払戻請求書の二度取りの事実は判明せず、画像鮮明化処理をして初めて確認できたものである。
防犯ビデオの再生写真の画像鮮明化処理により、初めて貯金払戻請求書を書き直したという原告の供述の裏付けがとれたものであり、貯金払戻請求書を書き直すということが社会生活上さほど頻繁にあるとは考えられないことからも、原告の犯行再現の結果は、秘密の暴露と評価するべきものである。
また、貯金払戻請求書を書き損じた理由については、午後零時四〇分ころからの仕事に間に合わなければならないと焦って書いたというのであり、実際に午後の始業時刻が迫っていたことに照らせば、決して不合理ということはできない。
このように、原告の自白は信用できるとした検察官の判断には、十分合理性がある。
(4) 真犯人出現後の違法性について
(原告の主張)
ア 原告は、真犯人がB山方での犯行を供述した後、一か月半近く身柄の拘束を不当に受け続けていた。
イ 勾留理由の消滅による勾留の取消しは、刑事訴訟法六〇条に定める「被告人が罪を犯したと疑うに足りる相当な理由」があるとはいえない場合、同条が定める各号所定の事由が消滅した場合に認められるが、「被告人が罪を犯したと疑うに足りる相当な理由」とは、犯罪の嫌疑が認められる蓋然性が逮捕に比べて一段高いことを示すのであって、このような犯罪の嫌疑が認められる蓋然性が消滅した場合には、検察官は任意に釈放するべきである。このことは、真犯人が別にいるということが断定できたか否かは関係がないことを意味する。
真犯人であるA川は、平成一二年一月六日、南国警察署において、平成一一年の正月に、愛媛県北宇和郡a町付近の民家に侵入し、印鑑と通帳を盗み、盗んだ通帳から現金五〇万円を引き出したと供述し、その犯行状況として、B山方一階駐車場にあった脚立を掛けて二階ベランダから侵入し、通帳と印鑑を窃取し、宇和島市内の農協で貯金の払戻を受けたなどと説明していた。A川は、南国警察署に逮捕された当時、B山方が掲載された愛媛県宇和島市付近の住宅地図及び「B山花子、松夫、六夫、《住所省略》、《電話番号省略》」とのB山方の住所や電話番号などが記載されたメモを警察官に提出した。南国警察署は、B山に電話をかけ、被害事実を確認し、捜査状況を宇和島警察署に通報した結果、原告が逮捕、起訴されていることが判明したものであって、南国警察署と宇和島警察署が連携してA川の供述の裏付け捜査を行うこととなり、同年一月七日、A川を同行してB山方の引き当たり捜査を実施した結果、A川の供述内容に合致する状況が確認された。
このように、A川は、同日当時、既に犯行の重要部分を供述し、かつその信用性を警察は確認しているのであって、A川をB山方での犯行を理由に身柄拘束をすることが可能な程度に至っていたというべきであり、その一方で、原告については、逮捕時に比べて一段高い犯罪の嫌疑が認められる蓋然性が消滅したということができる。
ウ 釈放するに際しては、検察官が事案を確認し、公訴取消等の手続を経る必要があるから、真犯人の存在が確認できた同日に勾留を取り消し、釈放をしなければならないとするのは、検察官に無理を強いるものであることは当然である。
しかし、検察官は、同年二月一七日、A川を取り調べ、その後、B山に確認してから、四日後である同月二一日、原告に関する勾留の取消しを請求し、同日その決定を受けたことから、原告を釈放しているのであり、検察官が確認し、原告を釈放するまでには、一週間程度あれば足りたはずであるから、字和島警察署が南国警察署から連絡を受けて、A川の供述の信用性が確認された同年一月七日から起算して、一か月半近くも身柄拘束を続けていたことは、著しい手続遅延として違法である。
仮に、一か月半を要した理由が、A川の調書の作成が遅れたこと及び真犯人の断定に時間がかかったことにあるとしても、それらは無辜の者を身柄拘束する根拠とはならないのであって、早期に釈放するべき義務を軽減するものではない。
エ 以上から、検察官が原告を速やかに釈放しなかったことは、国家賠償法上、違法というべきである。
(被告国の主張)
ア 真犯人がA川であることが判明した後、原告を釈放するまでの手続において、検察官に違法はない。
イ 宇和島警察署は、地検宇和島支部に対して、同年一月二五日に、A川に関する捜査の経過を報告し、その時点で検察官はA川の存在について把握したが、A川は被害品を所持していたわけではなく、A川が犯人であることを証する直接的な証拠はA川の自供のみであったところ、いまだA川の供述調書は作成されておらず、その供述内容の真偽を判断するに足りる証拠がなかったことから、地検宇和島支部支部長検察官は、愛媛県警の担当官に、A川の供述を録取するよう指示し、南国警察署の担当者が録取、作成した供述調書を元にその真偽を検討した。
その結果、A川の供述は、B山の供述と被害品の保管場所、被害品目等について一部齟齬しており、B山からの逃走方法については、四mの高さにあるB山方ベランダにぶら下がって飛び降りたなどと不自然な点があること、えひめ南農協本所での犯行状況と防犯ビデオテープに写っている犯人の行動と齬齟があることが判明し、A川が真犯人であるとまでは断定できなかった。
そのため、所要の捜査を遂げた上で、A川の供述の真偽を判断することとし、支部長検察官は、同年二月一七日に自らA川の供述状況を確認し、A川の供述態度が真摯であり、被害品である健康保険被保険者証等についても供述することから、同月一八日に支部長検察官がB山に再度被害状況を聴取し、その後に行われたA川の引き当たり捜査の結果などを確認して、A川が真犯人であるとの確信を得たことから、直ちに勾留取消請求を行って釈放したのである。
検察官がA川の存在について報告を受けた段階ではA川の供述調書さえ作成されていない状況であったこと、A川の供述内容だけでは真犯人であると断定できなかったこと、そのためさらなる捜査が必要であったこと、A川は遠隔地である高知県において別件で勾留されていたこと等からすれば、A川を真犯人と認めた段階で速やかに原告の釈放を行ったものといえ、これらについて検察官の違法はない。
ウ 南国警察署が同年一月七日にA川のB山方及びえひめ南農協本所への引き当たり捜査を行い、その自供に合致する状況が確認された段階では、A川の供述等は原告の過去の自白等嫌疑を基礎付ける証拠自体の価値を減殺するものではなく、A川の供述には、B山の供述と一部食い違いがあったり、防犯ビデオに写った犯人の行動とも齟齬するのであって、同日当時、原告についての嫌疑が消滅していたということはできない。
また、地検宇和島支部支部長検察官が自らA川の供述状況を確認する前に、第一次的捜査機関である警察官にA川の供述調書を録取するよう指示したり、他の検察官にA川の取調べを依頼して、その後に、自らA川の供述状況を確認するとしたことも、また合理的であるというべきであって、そのために日数を要したとしても、やむを得ない。
四 損害について(被告国及び被告愛媛県に関する主張)
(原告の主張)
(1) 原告は、二月一日に宇和島警察署に逮捕されてから釈放された平成一二年二月二一日まで、三八六日間身柄を拘束された。原告の平成一〇年度の給与収入は、三三九万五〇〇〇円であるから、原告の身柄拘束状態におかれた期間の休業損害は、三五九万〇三二八円である。
(2) 原告は三八六日間の身柄拘束を受けており、それによる肉体的、精神的健康に対する影響は甚大である。また、原告の父は、釈放の三日前である平成一二年二月一八日に死亡し、釈放の遅延により、父親の死に目に立ち会うことができなかった。さらに、被告国及び被告愛媛県は、愛媛弁護士会から担当警察官及び担当検察官の処分を求められていたにもかかわらず、一切処分を行っておらず、反省、謝罪の意思のない態度は、原告の心情を逆なでするものであって、原告の精神的苦痛は著しい。原告の精神的な苦痛は慰謝料として一〇〇〇万円でまかなうのが相当である。
(被告愛媛県の主張)
原告の主張は争う。原告の給与収入額は知らない。原告の無実が明らかになった後、愛媛県警察本部長以下、しかるべき幹部がマスコミや県議会を通じて、原告及び県民に対しで謝罪の意を表明している。また原告本人への直接謝罪については、当時の刑事弁護人を通じて申し入れていたが、原告の謝罪を受ける気にならないという意向に配慮して、実現していない。
(被告国の主張)
原告の主張は争う。原告の給与収入額は知らない。また、原告は、休業損害及び慰謝料について、原告が逮捕された日から釈放された日までの三八六日間をもとに算定しているところ、原告は、検察官の勾留請求時の過失を主張しないのであるから、少なくとも、被告国との関係においては、起訴前の身柄拘束に係る請求部分は減額されるべきである。
第三前提事実の認定
一 被害の認知から逮捕に至る事実経過
《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
(1)ア C川警察官は、一月二七日、B山方を実況見分した。B山方は、傾斜地を利用した変則の三階建てであり、一階部分は鉄筋コンクリートの駐車場及び楽器等が置かれた部屋であり、二階及び三階は居宅となっている。居宅玄関部は二階にある。B山は、C川警察官に対し、玄関西側高窓及び傾斜地に張り出したベランダに面する台所東側掃き出し窓について、外出するときも施錠していないと説明し、また、寝室のドレッサーの椅子の中の緑色の手提げバック内に通帳、印鑑等の入った巾着袋を入れていたが、なくなっていること、さらに、台所内の棚内三段棚の二段目に引出内の健康保険被保険者証がなくなっていることを説明した。
イ えひめ南農協本所のC田三郎は、同日、宇和島警察署長あてに、「B山花子」名義の一月八日付け貯金払戻請求書一枚及びえひめ南農協本所の防犯ビデオカメラのビデオテープ一本を任意提出し、A田警察官はこれを領置した。
(2)ア 宇和島警察署には、平成八年八月一六日付けで備品としてビデオデッキとビデオプリンタが備え付けられており、ビデオデッキには、コマ送り再生が可能なジョグダイヤル機能が付いており、ビデオデッキで再生した画像をテレビ画面で確認し、ビデオプリンタで印刷する方法により、写真を印刷することができた。
イ A田警察官は、一月二八日、えひめ南農協本所から任意提出を受けたビデオテープを再生し、一月八日午後零時一四分ころに年齢五〇歳くらい、ジャンパー様の服を着用した男が現金五〇万円を引き出していることを確認した。
(3)ア えひめ南農協職員であるC山一江(以下「C山」という。)は、一月二九日、えひめ南農協本所において、A田警察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
えひめ南農協本所において金融部に所属し、為替決算業務に従事している。B山が貯金通帳や印鑑等を盗まれたということだが、貯金払戻請求書を確認したところ、一月八日に五〇万円を払い戻していたことがわかった。通帳と印鑑を持参した場合には現金を渡すこととしている。しかし、多数の客が来て対応しているので、現金を引き出したのが男か女かも覚えていない。防犯ビデオカメラの映像をみると、後ろ姿で写っているのが自分であることに間違いはないが、ジャンパーを着た男の人については見たことがあるようだがはっきりしない。
イ B山は、同日、宇和島警察署C海交番において、E田警察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
B山方から巾着袋等を盗まれて一月二七日に盗難届を提出している。犯人は、えひめ南農協本所において現金を引き出しており、その状況が防犯ビデオカメラに撮影されていると警察に教えられた。その写真を見せてもらったところ、友人である原告によく似ている。原告とは付き合い始めて七年くらいになる。原告と付き合い始めてから、原告はB山方に出入りするようになり、原告に鍵を預けたりしているが、原告と内縁関係にあるわけでもなく、他人である。鍵は松夫と原告しか持っていないので、原告が盗んだのではないかと疑ったときもあった。農協の防犯ビデオの写真を見て、原告によく似ているので驚いた。原告は、盗難事件の後、B山方に来て、一緒になって心配してくれ、相談に乗ってくれた。
(4) 宇和島簡易裁判所は、宇和島警察署司法警察員警部D野四郎の請求に対して、一月三一日、原告居宅及び原告所有の普通乗用自動車について、赤紫色布製巾着袋、えひめ南農協C林支所発行のB山名義の普通貯金通帳、松夫名義の健康保険被保険者証、B山名義及び松夫名義の印鑑登録証、黒色がま口式印鑑ケース、黒色円形の印鑑三本を差し押えるべきものとして、捜索差押許可状を発布した。
(5)ア E田警察官は、二月一日、D川社付近のコンビニエンスストアであるサンクスD本店において、原告に対し、原告居宅までの任意同行を求め、C川警察官、E田警察官、A田警察官は、同日午前六時三五分から午前七時五二分までの間、原告居宅及び原告所有車両を捜索したが、証拠物等は発見できなかった。
イ その後、原告は、同日午前七時五八分ころ、宇和島警察署に任意同行を求められ、これに応じた。
ウ 原告は、同日午前中から宇和島警察署において取調べを受けた。原告は、B山方の窃盗事件について否認したが、E田警察官から、B山方の状況について、外部からの侵入が困難なこと、犯人は合い鍵を所持しているか若しくは玄関の施錠忘れに乗じて侵入した可能性があること、通帳や印鑑を持ち出せる者は限定されている旨告げられた。
エ(ア) C川警察官は、同日午後零時二分ころ、サンライフ宇和島店店長D谷なる者に対し、原告が一月八日以降に借金を返済した事実があるか回答を求めたところ、店長であるD谷なる者は、一月一五日に一万二〇〇〇円返済した事実がある旨回答した。
(イ) C川警察官は、二月一日午後零時五分ころ、プロミス宇和島店E海なる者に対し、原告が一月八日以降に借金を返済した事実があるか回答を求めたところ、E海なる者は、原告が一月一一日に二万円返済した事実がある旨回答した。
(ウ) C川警察官は、二月一日午後零時三〇分ころ、D川社のE山五子(以下「E山」という。)に対し、原告が平成一一年に入ってD川社に借金を返済した事実があるか回答を求めたところ、E山は、原告が一月八日ころに、二〇万円を返済した事実がある旨回答した。
オ 原告は、二月一日午後一時からの取調べにおいてもB山方の盗みを否認し続けていたが、午後二時ころに至り、突然号泣し、誰も自分の言うことを信じてくれないと申し立て、B山方の窃盗事件を認める自供を始めた。
カ 原告は、同日、宇和島警察署において、E田警察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
平成一〇年一二月下旬ころ、B山方から印鑑一本を盗んだ。印鑑を盗んだのは、それより前に既に盗んでいた農協の貯金通帳から貯金を引き出すためであった。印鑑を盗んだ後、一月八日に宇和島市内の農協に行って、五〇万円を引き出した。引き出した五〇万円のうち、二〇万円はD川社のE山に支払い、一〇万円は原告の自動車である白色トヨタクラウンの後部座席の足下のマットの下に敷いて隠していた。残りの二〇万円は、パチンコ等の遊興費や生活費に使った。印鑑と通帳はD川社のゴミ焼き場で燃やした。取調べを受けて最初は盗んでいないと嘘をついていたが、それは本当のことをいうとB山と今後付き合えなくなり、面倒を見てもらえなくなると思ったからである。しかし、警察に有力な証拠がありそうな感じがしたので、言い逃れできないと思い、白状した。
キ C川警察官は、二月一日午前六時三五分から午前七時五二分までの間に原告居宅及び原告所有自動車を捜索し、証拠物等の発見に至らなかったが、原告がB山方から通帳と印鑑を盗み、農協で五〇万円を引き下ろし、借金の返済、ギャンブル生活費等に使い、一部を自分の自動車の中に隠し持っていると供述したことから、原告立会いの下、原告所有車両の車内を確認したところ、後部床マット下から茶封筒入りの現金一〇万円を発見した。原告は、これを宇和島警察署長に対して任意提出し、茶封筒につき所有権放棄をしたことから、C川警察官はこれを領置した。同茶封筒には「年末調整」、「A野太郎様」と記載され、一万円札一〇枚が入っていたことから、C川警察官は、同茶封筒及び現金一〇万円を写真撮影した。
ク 原告は、同日、B山方から盗んだときに使った鍵であるとして、鍵を任意提出した。E田警察官はこれを領置し、C川警察官は、これを写真撮影した。
ケ 原告は、同日午後五時五〇分に通常逮捕された。原告は、同日午後五時五二分ころ、宇和島警察署において、通常逮捕の弁解録取に際し、E田警察官に対して、逮捕状記載の犯罪事実について、間違いない旨供述した。
コ また、同日、松山地方検察庁において、原告の前科調書が作成され、原告が昭和四七年に岡崎簡易裁判所において、業務上過失致死の罪により罰金五万円の刑に処せられていたことが判明した。
二 逮捕から本起訴に至る事実経過
《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
(1)ア 原告は、二月二日、宇和島警察署において、E田警察官に対し、身上経歴について、おおむね以下のように供述した。
D川社での収入は一八万円くらいであり、社内積立金の六万円を差し引いた一二万円くらいが手取りである。ギャンブルで作ったサラ金四社(アイフル、プロミス、武富士、アコム)に対する二〇〇万円くらいの借金の返済に八万円、家賃に一万二〇〇〇円、水道電気代等に二〇〇〇円くらい、携帯電話代に四三〇〇円くらいを支払っており、生活は二万円程度しか残らない。生活は苦しく、B山に食事を食べさせてもらっている。D川社の社長に借金を立て替えてもらったが、またサラ金から借りてしまっている。D川社に対しては給料から天引きして返済しており、高知銀行にはまだ四〇万円程度の借金が残っている。
イ 宇和島警察署は、同日、えひめ南農協あてに、B山との契約日等について照会し、同日、えひめ南農協は、照会票をもって回答した。
ウ 宇和島警察署は、同日、株式会社武富士宇和島支店に照会したところ、同月三日に回答があり、原告が一月四日に二万円、同月一六日には一万円を出金していることが判明した。
エ 宇和島警察署は、二月二日にサンライフ宇和島支店に照会したところ、同月三日に回答があり、原告が平成一〇年一二月一五日に一万二〇〇〇円入金し、一月一五日に一万二〇〇〇円入金していることが判明した。
オ 宇和島警察署は、二月二日にプロミス株式会社宇和島支店に照会したところ、同月四日に回答があり、原告が平成一〇年一二月九日に二万円入金し、一月一一日に二万円入金、同月一六日に一万円出金していることが判明した。
カ 宇和島警察署は、二月二日にアコム株式会社宇和島支店に照会したところ、同月八日に回答があり、原告が平成一〇年一二月一四日に一万五〇〇〇円入金し、一月一八日に一万五〇〇〇円入金していることが判明した。
キ 原告は、二月二日、宇和島警察署に対し、対照用筆跡五枚を任意提出の上、所有権を放棄し、C川警察官はこれを領置した。
ク 宇和島警察署長は、取扱者をC川警察官として、同日、愛媛県警察本部刑事部科学捜査研究所長あてに、えひめ南農協から任意提出を受けた貯金払戻請求書と原告が任意提出した対照用筆跡が同一人の筆跡かどうかについて鑑定依頼をした。
ケ A田警察官は、同日ころ、B山に対し、被害品である印鑑の時価を聴取したところ、B山は、印鑑は一本二万円程度であると回答した。
コ 原告は、同日午後三時二七分ころ、宇和島区検察庁において、検察官事務取扱検察事務官A山六郎に対し、印鑑を盗んだことは間違いない、金を引き出そうと思い盗んだ旨供述した。
(2)ア 宇和島警察署は、二月三日、株式会社高知銀行宇和島支店に対し、契約日等について照会し、高知銀行宇和島支店は、同月五日、宇和島警察署あてに取引明細書を添付して回答した。
イ また、宇和島警察署は、同月三日、アイフル宇和島支店に照会した(なお、回答があったのは、本起訴後である同月一九日であり、原告が平成一〇年一二月四日に一〇万二〇〇〇円の貸付け、一月四日に三万二〇〇〇円の入金及び五〇〇〇円出金していることが判明した。)。
ウ A田警察官は、二月三日、B山方寝室内において、B山が盗まれた通帳を入れていたことがあると説明したはめ込み式洋服タンス及び同タンス内にあったセカンドバック二個を写真撮影した。
エ 原告は、同日、宇和島簡易裁判所において、勾留質問に際し、裁判官に対して、印鑑一本を窃取したとの被疑事実については間違いない、勾留通知はD川社のE原一郎にしてほしい旨供述した。
(3)ア 原告は、二月四日、宇和島警察署において、E田警察官に対し、おおむね以下のように供述した。
B山方から印鑑を盗んだのは自分である。昭和六二年ころに、D川社に就職したとき、B山はえのき茸の生産等の仕事をしていた。B山は松夫と二人暮らしであった。B山は同僚を自分の家に呼んでごちそうを食べさせたりしており、同僚とB山宅に行ったこともあった。入社してすぐに社内旅行で別府に行くこととなり、そこでB山と肉体関係を結んだ。同僚の中でB山が唯一独り身であった。その後、B山方へ一人でご飯を食べに行くようになった。B山から生活費をもらったことはないし、収入や財産を共有してもいない。通帳、印鑑、キャッシュカード等の管理を任されたことはなく、通帳を使って引き出したこともない。暗証番号も知らない。B山と金銭の貸し借りもない。B山と将来結婚するという約束もしていないので、内縁関係ではない。そのうち、B山の家に衣類等の生活用品を持ち込んで泊まり込んだりもした。B山が平成六年に子宮癌で入院したとき、B山方の管理をすることとなり、鍵を預かった。自由に出入りできるようになって、パチンコをしたいと思い、金目の物がないか探していた。小銭等が入っている瓶の貯金箱を見つけて、そこから二〇〇〇円を抜き取ってパチンコに行った。その後も時々抜き取っていた。B山が退院した後も、鍵は持っていてよいと言われた。B山は、D川社を辞めて、A沢ホテルに就職したが、その後も付き合いは続いていた。松夫が松山から帰ってきても、付き合いは続けていた。
イ 原告は、同日、宇和島警察署において、E田警察官に対し、おおむね以下のように供述した。
印鑑等を盗み、五〇万円を引き出したのは、パチンコやギャンブルが思う存分できる余裕のある生活をしたかったからである。給料は一か月手取りで一二万円くらいであるが、サラ金への返済や生活費等で自由に使える金銭は二万円くらいである。松夫が、次々に趣味の物を買っているのに、自分は生活が苦しく、自分の趣味であるパチンコはできないし、不公平だと思い、松夫をうらやましく思って、松夫と同じように優雅で余裕のある生活を送りたいと思い、印鑑や通帳を盗み、貯金を引き出すことを思いついた。松夫が多趣味で、ゴルフクラブを買ったり、釣り竿を買ったりしており、贅沢で優雅な生活を送っていると感じた。また、松夫は平成一〇年の年末に新車を買っており、いい生活をしているなとねたむようになった。仕事の時間も長く、内容もきついし、社長は厳しいことばかりいうので、ストレスがたまっていた。B山方には、まとまった現金はなく、B山も大金を持ち歩いていたわけではなかったので、金銭は全部銀行や農協に預けていることは知っていた。キャッシュカードは、暗証番号がわからなかったので、興味が湧かなかった。B山の居宅は新しいし、B山も松夫も働いていたので、かなり現金を預けていると思った。B山は伊予銀行、愛媛銀行、郵便局の通帳やキャッシュカードはいつも手提げバックに入れて持ち歩いていたが、農協の通帳は滅多に使っていなかったので、盗まれたことが発覚しにくい寝室のタンスの中にあった農協の通帳を盗んだ。印鑑は、松夫が自動車を買うときに押していたので、寝室にあることがわかった。寝室を探したら鏡台の腰掛けの中に入っていたので、盗んだ。
(4)ア C川警察官、E田警察官、A田警察官らは、二月五日午後四時ころ、原告が昼休みに農協に行き、自動車はフジの駐車場に置いていたと供述したことから、これを確認するため、宇和島市恵美須町にあるフジに原告を伴って引き当たり捜査をしたところ、原告は駐車した位置を指示した。
イ C川警察官、E田警察官、A田警察官らは、原告の供述に基づき、同日午後四時ころ、B山方及びD川社のゴミ焼き場の引き当たり捜査を実施した。原告は、D川社のゴミ焼き場において、プラスティック製のカゴとカゴの間にB山方から盗んだ印鑑や貯金通帳を挟んでカゴごと焼き捨てたと説明した。また、原告は、B山方において、自動車の駐車位置を指示し、B山から預かった鍵を使って玄関から入り、寝室の鏡台の椅子の中にあった緑色のバックの中から盗んだと説明した。そして、寝室の鏡台椅子の中にあった緑色のバック内にあった巾着型の印鑑ケースと、その中の印鑑を盗んだと説明した。
ウ C川警察官、E田警察官、A田警察官らは、同日、B山方において、原告を伴って引き当たり捜査を行ったところ、原告は、B山方寝室内のはめ込み式タンスの中のバックを示して、このバックのどれかに印鑑(但し、「えひめ南農協の貯金通帳」の誤記又は誤説明と解される。)が入っていたので盗んだと説明した。
エ B山は、同日午後四時三〇分、宇和島警察署長あてに、印鑑等を盗んだ犯人が原告であることがわかり、原告が巾着袋型印鑑ケースも盗んだと話しているから被害届を追加するとして、赤紫色巾着型印鑑ケース一個を被害金品として届け出た。
オ また、B山は、同日午後四時三五分、宇和島警察署長あてに、原告が印鑑等とは別の日に貯金通帳を盗んだと話していることがわかり、刑事の話によれば最後に取引したのは平成一〇年九月一四日であることが判明したとして、平成一〇年九月一四日から一月二六日午後三時三〇分までの間にえひめ南農協C林支所発行の普通貯金通帳一冊を盗まれたとする被害届を提出した。
カ B山は、同日、B山方において、A田警察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
警察官から見せてもらったえひめ南農協本所の防犯ビデオカメラに写った男は、原告によく似ている。顔ははっきりわからないが、全体的な雰囲気は原告によく似ている。原告とは七年くらい前から付き合っているが、勝手に通帳や印鑑等を持っていったりすることを依頼したことはない。えひめ南農協本所で使われた払戻請求書の筆跡は、いつも自分が書いている筆跡と異なっている。
キ B山は、同日、B山方において、C川警察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
原告との関係は、D川社で働いていたときに知り合い、原告の身の上を聞いて哀れみを感じて付き合うようになった。肉体関係を持つようになったが、結婚したり、内縁関係になったりすることは考えていなかった。長男の松夫が同居するようになってから原告がB山方に寝泊まりすることはなくなり、時々食事に来る程度になった。原告を信頼していたので、B山方の玄関の鍵を渡していた。原告は、b町のアパートに住むようになったが、その後も時々B山方に来て食事をすることがあった。そのような合間に盗んでいたとは気付かなかった。原告に対しては、悪いことは悪いこととしてはっきりした方が原告のためであると考えて、捜査に協力している。
ク B山は、同日、B山方において、A田警察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
印鑑と通帳を盗まれたのに気付いたとき、印鑑を入れていた赤紫色の巾着袋もなくなっていることに気付いたので、巾着袋に入っていた物も一緒に盗まれたとして届出をした。また、リビングにある三段小物入れの引出に入れていた松夫の健康保険被保険者証もなくなっており、届け出た。しかし、印鑑と通帳は盗まれていることは間違いなく、その他の物も、盗まれているとすれば原告が盗んだと思う。しかし、家の中の様々な所に置くため、うっかり別のところに入れていることもあり、はっきりとした自信はない。なお、原告は、巾着袋型印鑑ケースを盗んだと話しているようだが、使っていた印鑑ケースのことだと思うので、追加して被害届を提出する。
ケ B山は、同日、B山方において、A田警察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
犯人である原告の話では、平成一〇年一〇月ころにB山方から通帳を盗み、その後、平成一〇年一二月下旬ころに印鑑を盗んだということである。平成一〇年に、松夫の自動車を購入する際に、通帳を使っているのが最後であり、その取引を警察に確認してもらったところ、現金六〇万円が引き出されているのが平成一〇年九月一四日になるそうなので、そのときに通帳を使ったことは間違いなく、平成一〇年一〇月ころに通帳を盗まれていても納得できる。また、今まで通帳はドレッサーの椅子の中に入れていたと話していたが、原告は、はめ込み式タンスの中にあったと話していることを聞いた。しかし、家の中の様々な所に置くことがあるので、今までは、ほとんど使わないえひめ南農協の通帳は置いた場所がはっきりしないまま、話していたこともあるが、確かにはめ込み式タンスの中に置いてあるバックに入れていたこともあり、原告の話しているとおりである。
コ また、C川警察官、E田警察官、A田警察官らは、同日午後四時ころ、えひめ南農協本所まで、原告を伴ってひき当たり捜査を行ったところ、原告はえひめ南農協本所まで迷わずに案内した。
サ C川警察官、E田警察官、A田警察官らは、同日午後五時二五分ころ、えひめ南農協本所において原告を立会人として実況見分を行った。
原告はえひめ南農協本所正面において、「この農協の一階事務所において、五〇万円を騙し取った。」と説明し、正面西側のドアを指して、「このドアから入った。」と説明し、フロアー南側の記帳台、備え付けてある貯金払戻請求書及びボールペンを示して「この記帳台を使って、この用紙を取り出し、このボールペンを使用して、用紙に名前等を書いた。」と説明し、さらに事務窓口の東側から二番目の窓口を示して「この窓口にいた女の子に用紙と通帳を手渡した。」と説明した。また、南側ソファーに腰掛け、「このソファーに座って待っていた。」と説明し、再び窓口に行きカウンター上のトレーを指して「現金を受け取った。」と説明した。そして、東側のドアのところで、「このドアから出てフジの駐車場まで戻った。」と説明した。
シ えひめ南農協の職員であるC山は、同日、宇和島区検察庁において、B野検察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
えひめ南農協本所において金融部に所属している。業務を行ったのは一月八日の昼休みの午後零時を過ぎたときである。本来の業務は為替決算業務であるが、その日は、昼当番として窓口受付業務をしていた。しかし、この五〇万円を引き出しに来た客の状況は全くと言っていいほど覚えていない。
(5) 原告は、二月六日、宇和島警察署において、E田警察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
B山方において、貯金通帳を盗み、自分の自動車であるトヨタクラウンのマットの下のジャッキを設置している所に隠しておいた。そしてすぐには印鑑を盗まず、B山が農協の通帳がなくなったと騒ぎ出さないか様子を見ていた。B山は全くそのようなそぶりを見せなかった。農協の届出印がどこにあるのか知らず、手提げバックの中にあると思っていた。しかし、手提げバックは台所のテレビの所に置いてあるので目に付くところであったから、盗み出す機会がなかった。B山は、松夫が自動車を買うための契約書に、普通より大きめの直径一・五cmくらいの黒色の印鑑を押しているのを見た。そのとき、農協の通帳に押されていた届出印が三文判より大きめの印鑑であったので、これが農協の届出印だと思った。B山はその印鑑を寝室の方へもっていったので、寝室のどこかにしまったのだと思った。自動車を納車するときにまた印鑑を使うかもしれないと思い、すぐには盗まなかった。合間を見ては寝室を探していたところ、鏡台の腰掛けの中にあった緑色のバックに入っているのを見つけた。平成一〇年一一月下旬に松夫の自動車が納車されたが、その後も盗まず、様子を見ていた。平成一〇年一二月下旬ころに、B山が外食することがあり、そのときに印鑑と巾着型印鑑ケースを盗んだ。仕事の終わるころの午後五時ころにB山から電話で外食に行くと連絡があった。午後五時三〇分過ぎに仕事を終えて午後六時ころにはB山方にトヨタクラウンで行った。玄関からいつものようにB山方の鍵を使って入った。家の中に猫がいたので、猫に餌をやってから、台所でお茶漬けを食べた。何げなくテレビを見ていたとき、今なら印鑑が盗めると思い、寝室の方へ行った。寝室の鏡台の所に行き、椅子のところで少し前かがみになって椅子の蓋を開けて、緑色のバックを取り出し、その中から巾着袋型の印鑑ケースごと取り出した。その後椅子の蓋を閉めて、元通りにした。すぐに玄関に出てクラウンの運転席の背中にあるポケットに印鑑を隠した。B山が印鑑がないけど知らないか、と尋ねてくると思い、少し心配であった。盗んだ印鑑は本体が黒色で、円形で普通より大きめの直径一・五cmくらいで、刻印は少し崩してあったと思う。印鑑ケースは巾着型で、印鑑が三本くらい入る大きさであった。午後八時くらいにB山が帰ってきたので、ごまかすために声をかけた。B山が着替えるために寝室に行くと、印鑑がなくなっていることに気付くのではないかと心配になった。そして午後一〇時ころにB山方を出て自分のアパートに帰った。その後すぐには貯金を下ろしに行かなかったのは、ボーナスを四〇万円くらいもらったのでそれほどせっぱ詰まっていなかったのと、B山が印鑑がなくなったと騒ぎ出すのではないかと思ったからである。年末にパチンコ等の遊びでボーナスがほとんどなくなってしまったので、一月八日に農協から五〇万円を引き出した。通帳や印鑑はしばらくしてからD川社の焼却炉で燃やした。B山に迷惑をかけて申し訳なく思っている。また、B山が確認してきたときに正直に言っておけばよかったと反省している。
(6) 原告は、二月七日、宇和島警察署において、E田警察官に対し、おおむね以下のように供述した。
印鑑を盗んだときの気持ちは、本当に軽い気持ちで盗みをした。B山がうっかり者で忘れ物が多いことを知っていたので、今回もそこに目を付けて、最後にはB山の置き忘れであると言い聞かせようと考えていた。また几帳面な入から盗むわけではなかったので、行き当たりばったりで盗みをした。自分の給料で返そうというような安易な気持ちが根本にはあったが、疑われても嘘を突き通した。B山は性格上、警察に被害届を出さないだろうと思っていた。盗んだ物は印鑑と印鑑ケースで、それより以前に農協の貯金通帳を盗んでいる。目的は貯金を引き出すことにあった。B山方にはまとまった大金がなく、物品を盗むと気付くと思った。印鑑と印鑑ケースと農協の貯金通帳以外は盗んでいない。ただ、小銭を盗んだこともあるので、絶対に盗んでいないと言い切ることはできない。巾着袋や健康保険被保険者証等を持ち出した記憶はない。もし盗んだらB山が気付くと思うし、現金に結びつくことはないので盗まない。自分以外にB山方から盗み出せる人はいないので、別の機会に盗んでいるかもしれないが、記憶ははっきりしない。
(7) B山は、二月八日、宇和島区検察庁において、B野検察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
原告とは、七年くらい前から付き合うようになった。原告は仕事はまじめにするものの、ギャンブルで多額の借金を作り、養子先を追い出されて、細々と生活し、このような原告に哀れみを感じて食事をさせたりするようになったのが付き合うきっかけであった。三年くらい前に、勝手にB山方に出入りできるように鍵を預けた。平成一〇年一〇月ころからは、原告に食事代として一〇〇〇円を置かせていた。原告から受け取る金銭で生活していたわけではない。今回引き出された貯金も、B山が自分で働いてためていたものである。一月二六日、伊予銀行の行員が、B山方に来て、定期預金が満期になるので印鑑を貸してくれと言ってきたので、B山方のドレッサーの椅子の蓋を開けて赤紫色の巾着袋を取り出そうとしたところ、入っていなかった。行員には、探しておくと言って、帰ってもらい、その後、自宅を探していたが見つからなかった。そこで、勤務先からえひめ南農協C林支所に電話をして、貯金の残高を教えてもらったところ、残高が一万円余りとなっており、一月八日にえひめ南農協本所で五〇万円が引き出されていることを聞かされた。一月二七日に原告がB山方に来たので、貯金が引き出されていることを話したところ、自分は知らない、警察に届けを出したらええが、などと言うので、原告が怪しいと思ったが、信用していた。その後、貯金を引き出している男性の写真を見て、原告のように見えたので、その旨警察官に話した。不憫に思って世話をしてやった原告から今回のようなことをされたことが残念であり、悔しい思いである。
(8)ア 原告は、二月九日、宇和島検察庁において、B野検察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
食事など世話になっていたB山方から貯金通帳や印鑑を盗み出し、これを使って宇和島市の農協で五〇万円の現金を騙し取っている。平成一〇年一二月下旬ころ、B山と松夫が外食に出かけて家を留守にしていた。印鑑は、先に盗んでいた農協のB山名義の通帳から貯金を引き出す目的で盗んだ。B山とは一〇年余りの付き合いがあり、B山方の玄関の鍵を渡されており、自由に出入りすることができた。しかし、B山とは、通常の夫婦のような生活ではなく、内縁関係ではなかったため、B山に生活費を渡すこともなかった。食事や風呂に入れてもらったりしたときには、当初、月々一万円くらいは払っていたが、今は、ボーナス時に金銭に余裕があるときに三万円くらいの金銭を渡していただけである。B山方には週の半分くらいは泊まっていたが、それ以外は自分のアパートに帰っていた。どうして恩義のある人の家から盗みをするようになったかというと、元来ばくち好きであり、多額な借金を作り、現在でもサラ金に二〇〇万円くらいの借金があり、これら借金を毎月の給料から支払っているので、自由になる金銭は五万円程度しかないが、パチンコ、競輪、女遊びがしたくなり、これらに使う金銭が欲しかったために、今回の盗みをするようになった。平成一〇年一〇月中旬ころ、仕事で愛媛県北宇和郡a町にあるおがくず置場に行く途中、B山方に立ち寄った。このときB山は仕事に出かけており、留守であった。松夫が二階で寝ており、隙を見てB山の寝室にある洋服タンスの中から農協の貯金通帳を盗みだした。しかし、このときには印鑑がどこにあるのかわからず、盗むことができなかった。盗んだ貯金通帳は原告の自動車後部トランクの敷物の下に隠していた。印鑑を盗むまで、B山が通帳を盗まれたことに気付くかどうか、気付いたときにはどのような行動に出るか様子をうかがっていた。平成一〇年一一月上旬ころ、松夫が自動車を買うということで、この自動車の契約書か何かに印鑑を押すため、B山は二階の通帳を盗んだ部屋からふつうの大きさより少し太めの黒色印鑑を持ち出してきて、使っていた。盗んだ通帳の届出印にも太めの印鑑が押されていたので、この黒色印鑑が通帳の印鑑だと思った。B山は、この印鑑を二階の寝室にしまいにいったので、印鑑は、二階の寝室にあることがわかった。二、三日後、B山のいない隙を見て、寝室に入り黒色の印鑑を探した。すると、鏡台の腰掛けの中に緑色のバックがあり、その中に、赤紫色の巾着型印鑑ケースがあり、その中に黒色印鑑を発見した。印鑑は一個だけ入っていたが、巾着袋型のケースは三本くらいの印鑑が入る大きさだった。鏡台の腰掛けには黄色のバックが入っていた。しかし、このときは、自動車の納車がされておらず、まだ印鑑を使うことがあるかもしれないと思い、印鑑を盗まず、B山の様子を見ることとした。平成一〇年一一月末ころに納車がされ、本来ならばすぐにでも通帳と印鑑を使って現金を引き出すが、当時はボーナス時期であり、四〇万円余りもらえたので、すぐに貯金を引き出すことはしなかった。そしてボーナスの金銭もなくなり、遊ぶ金銭が欲しくて、盗んだ通帳から現金を引き出すこととした。平成一〇年一二月ころ、印鑑を盗んだ。B山から携帯電話に連絡があり、松夫と外食に出かけるということだった。B山方に行き、寝室の鏡台の腰掛けの中にあった緑色のビニール製バックの中にあった赤紫色の巾着袋型印鑑ケースに入った印鑑を盗んだ。印鑑ケースは布でできていた。このときも黄色いバックが入っていたと思う。印鑑を盗んだ翌日か翌々日に、通帳の届出印と合わせてみたが、同じものであった。その後少しの間B山の様子をうかがっていた。印鑑の材質は木製ではなく、水牛か象牙のたぐいだったと思う。印鑑は巾着袋型印鑑ケースに入っており、それが緑色のバックに入っていたのであって、通帳は一緒に入っていなかった。通帳は洋服タンスの黒色バックに入っていた。一月八日昼ころ、通帳と印鑑を持って宇和島市の農協に出かけていき、現金を引き出した。近くのC林支所では、かつて養子にいっていたこともあり、顔を知られているので、わざわざ宇和島のえひめ南農協本所まで行った。えひめ南農協本所に備け付けられていた貯金払戻請求書に黒のボールペンで口座番号、金額欄、お名前欄にそれぞれ記載した。お名前欄には貯金通帳の名義欄に書かれていたとおり「B山花子」と漢字で書いた。貯金払戻請求書と貯金通帳を窓口の担当者に提出した。担当者は若い女性であったが覚えていない。農協のソファーに座って待っていたが、一〇分余りたった後、窓口担当者が「B山さん」と名前を呼んだので、窓口へ行くと、五〇万円の現金を渡してくれた。盗んだ貯金通帳と印鑑はD川社のゴミ焼き場でプラスティックでできたコンテナなどと一緒に燃やして処分した。騙し取った五〇万円はサラ金の支払、D川社社長への借金の支払、パチンコ代などに使い、一〇万円は自動車の後部座席辺りに隠しておいた。
また、このとき、原告は、赤紫色の巾着袋及び緑色のバックの絵を描いたことから、検察官作成の調書に添付された。
イ B山は、同日、宇和島区検察庁において、B野検察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
前回は、ドレッサーの椅子の中に入れていた印鑑や通帳が盗まれたと話したが、原告がドレッサーの椅子から盗んでいないというのであれば、B山名義の通帳は、ドレッサーの椅子ではなくて、寝室にある洋服タンスの中の黒いバックから盗まれたかもしれない。しかし、印鑑は、ドレッサーの椅子に入れていた。巾着袋型印鑑ケースに入った印鑑は、ビニールでできた緑色のバックに入れていた。盗まれた印鑑は、木製ではなく、象牙のような素材であった。平成一〇年一一月ころ、松夫が自動車を購入したことがある。松夫とは年間五、六回くらいは外食することがあり、平成一〇年一二月のクリスマス前後に松夫と外食したことがある。原告の夕食のことがあるので、恐らく原告の持っている携帯電話に連絡を入れて知らせていると思う。ドレッサーの椅子の中には、緑色のバック以外にも、ビニール製の黄色いバックが入っていた。
また、このとき、B山は、緑色のバック及び巾着袋の絵を描いたことから、検察官作成の調書に添付され、既に描かれていた原告の絵と類似していることが確認された。
(9)ア 原告は、二月一〇日、宇和島警察署において、E田警察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
B山方から印鑑等を盗んだことは間違いない。盗んだ印鑑は黒色で直径一・五cmくらいの大きめの印鑑で、刻印は崩れているもので、印鑑ケースは、巾着型で印鑑三本くらいが入る大きさだった。形や大きさについては図面に書いたとおりである。印鑑ケースの特徴は詳しく覚えていない。
また、このとき、原告は、巾着袋型印鑑ケースの絵を描いたため、警察官作成の調書に添付された。
イ 原告は、同日、宇和島警察署において、E田警察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
B山方から印鑑等を盗んだ以外に、平成一〇年一〇月上旬ころに農協の通帳一冊を盗んでいる。貯金通帳を盗んだのは、パチンコ等のギャンブルで遊ぼうと思い、盗んだ。平成一〇年七月ころに、春服から夏服に衣替えようと、B山方二階の寝室に行き、タンスを整理したところ、底板の部分にバックが二つあり、その中に貯金通帳が入っていたのを見つけた。しかし、そのときは盗もうとは思わなかった。平成一〇年七月二〇日ころに、D川社からボーナスを二五万円くらいもらった。九月下旬ころに、もっとパチンコをして遊びたいと思い、松夫が趣味に金銭を使っているのをうらやましく思い、農協の通帳のことを思い出して、印鑑はないが通帳を取ろうと思った。B山はうっかり者だから気付かないと思った。チャンスがあれば印鑑も盗んで貯金を引き出そうと決めた。平成一〇年一〇月上旬ころ、D川社の社長から、おがの整理のため、愛媛県北宇和郡a町にあるおがくず置場に行くよう指示された。午後一時三〇分からおがくず置場に行く準備をし、その後B山方にジャンパーと帽子を取りに行くこととした。B山方には松夫の自動車が止まっていた。B山方の鍵で玄関を開けて入ったが、人の気配がなかったので松夫は三階で寝ていると思った。ジャンパーを取りに行くため、寝室に入り、衣装ケースからジャンパーを取り出したとき、通帳を盗めると思い、タンスを開け、バックを引っ張り出し、その一方の中から貯金通帳を取りだしてポケットにしまい、バックは元の位置に戻して、外に出た。通帳も印鑑も盗んだのと同じように何げない行動のうちに盗んだ。いつB山が通帳がなくなったと騒ぎ出すかひやひやしていた。おがくず置場で仕事を終えてすぐにトヨタクラウンのところまでいって、盗んだ通帳をトランクのマットの下のジャッキを置くところに隠しておいた。数日後にトランクから通帳を取り出して見たら、貯金の残高は五一万数千円であった。届出印は直径一・五cmくらいの大きめの印鑑であることを確認したが、刻印は崩れていた。次に印鑑を盗もうと思い、印鑑を盗む機会をうかがっていた。その後、平成一〇年一二月下旬ころに、印鑑を盗んだ。そして一月八日に、宇和島市内の農協で、五〇万円を自分のものにした。
三 本起訴から追起訴に至るまでの事実経過
《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
(1)ア E原一郎は、二月一二日、D川社において、C川警察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
えのき茸の生産販売会社であるD川社において代表取締役を務めている。D川社には従業員八名、パート二五名が勤務している。原告は昭和六二年ころに、知人の紹介により従業員として雇い入れるようになった。原告は住むところもないようで、工場の一角にある部屋に住まわせることとした。原告は、かつて自動車修理工員として働いていたらしく、機械関係の修理に優れていた。まじめに働いていたが、雇い入れて一か月経過したころ、自殺をしかけたことがあった。ギャンブルでできた借金が四〇〇万円くらいあり、返済に悩んでいたようであったので、借金を肩代わりしたり、銀行の借入れの保証人になったりした。原告からは給料の天引きにより返済してもらっている。原告は仕事になれてくると多少横柄な態度を取るようになり、勝手に注文をすることなどもあった。D川社の経理関係はE山にさせており、帳簿を見れば原告への給料の支払がわかる。原告には、平成一〇年一一月に二四万七〇〇〇円、同年一二月に二四万七〇〇〇円の給料を支払い、同月二〇日にボーナス五三万円、一月一八日に年末調整四万四〇九六円を支払っている。原告は、D川社及び高知銀行に借金があり、月々五万五〇〇〇円ずつ返済している。D川社では、出社及び帰社についてはタイムカードで確認できるが、午後零時から午後一時の昼休みについては自由であり、一切文句を言っていない。ただ、出荷時期に当たっては昼休みでも作業をしなければならないこともある。一月八日は特に変わったこともなかったが、この前後ころに大雪が降った記憶があるくらいで、原告が外出したことや昼休みを過ぎて会社に戻ってきた記憶などはない、D川社は、愛媛県北宇和郡a町におがくず置場をもっており、月に一、二回の割合で従業員を行かせて管理している。しかし、いつ、誰が行ったかはわからない。原告がまさかこのようなことをするとは思わなかった。D川社では面倒を見かねる状態である。
イ E山は、同日、D川社において、A田警察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
D川社に事務員として六年勤務している。原告はE原一郎やD川社に借金があり、毎月の給料から五万五〇〇〇円ずつ天引きして返済していた。そのうち一万五〇〇〇円はD川社への返済であり、二万円がE原一郎への返済、残り二万円が高知銀行への返済であった。原告とは事務所で顔を合わす程度であってよくわからない。一月上旬ころに、直接二〇万円を持ってきたことがある。一二万円は事務所において預かり、八万円は高知銀行宇和島支店のB川七郎名義の通帳に入れた。振替伝票を見ると、一二万円は一月七日付けで預かっており、B川七郎名義の通帳も一月八日付けの入金が記載されているから、原告から二〇万円を受け取ったのは一月七日である。高知銀行への入金は、毎週月曜日と金曜日に銀行員が事務所に来るので、そのときに預けて入金してもらう。高知銀行の担当者B林に確認したところ、一月八日は、午前一〇時三〇分ころにD川社に来ているとのことであった。一月八日だったと思うが、事務所からの帰りに原告から一万円以下の借金を払っておこうかと言われたことがあったが、九日が土曜日で一〇日が日曜日であったので、月曜日にしてくれといった覚えがある。原告が天引き以外で返済したのは現金二〇万円を持ってきたときだけである。
ウ E田警察官は、同日午後六時一一分、宇和島警察署刑事課五号取調室において、原告に対し、原告が起訴された後の裁判手続について説明し、さらに印鑑等の隠匿等について追及するために、取調べを行った。午後七時ころに、E田警察官が印鑑は象牙でできているからゴミ焼き場に残っているはずだ、と追及したところ、動揺した様子を見せた後、返すことはできない、盗んでいないものは返せない、自分が罪をかぶったら、会社や実家にまで自分のことを調べに行かないだろうと思って仕方なく認めたと申し立てた。
(2) E田警察官は、二月一三日午後二時一六分ころ、宇和島警察署刑事課五号取調室において、原告を取り調べたところ、原告は、盗んでいないと供述を繰り返した。E田警察官は、印鑑や通帳をどこに隠したと聞いただけで、事件の根本である盗んだとの事実を曲げるのはおかしいと厳しく追及したところ、原告は、動揺したものの、やっていないと繰り返し否認した。
(3) 愛媛県警察本部刑事部科学捜査研究所長は、二月一五日、宇和島警察署長あてに筆跡鑑定の結果を通知した。
筆跡鑑定の結果はおおむね以下のとおりである。
「○」の第一画目の反り方、第三画目の長さ及び小刻みな揺れ具合において相違があり、第二画目にも相違が見られる。また「×」部分は払戻請求書が「~」状態であったため、比較できない。「△」の「×」部分は、払いの状態や転折の筆意などが見られ、自然な運筆ではなかった。また「×」部分は大きさ、交差の具合、連続性などの点から、異なっている。「□」の「×」部分は、大きさ及び長さにおいて違いが見られ、「×」部分は傾きで異なるし、「×」は「○」とまた異なる運筆である。「子」は他の三文字との比較から大きさが異なっている。払戻請求書は、力強さ、筆勢が感じられず、「へん」や「つくり」、文字の部分間に連続性がなく、各文字の終筆はすべて抜かれていること、一部の字画線が揺れているなど筆者の自然な運筆とはいえない。したがって、払戻請求書には作意性が疑われるので、筆跡が同一かどうか不明である。
(4)ア えひめ南農協職員のC田三郎は、二月一七日午前一一時八分ころ、宇和島警察署長あてに、一月八日午後零時一四分ころにえひめ南農協本所においてB山名義の貯金を騙し取られたとしてえひめ南農協組合長に代わり被害届を提出した。
イ 原告は、同日、宇和島警察署に対し、濃緑色ポリエルテル製のベスト一着、Vネック型水色ナイロン製ウィンドブレーカー一着をそれぞれ任意提出し、E田警察官が領置した後、C川警察官がベスト及びウィンドブレーカーの写真撮影をした。
(5) C山は、二月一八日、宇和島警察署において、E田警察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
えひめ南農協本所では、B山名義の貯金から五〇万円を騙し取られる被害を受けた。犯人に直接五〇万円を払い渡したのは自分である。B山からえひめ南農協C林支所に通帳等が盗難にあったとの連絡があり、えひめ南農協で調査した結果、既に五〇万円が払い戻されていたことがわかった。そして犯人が作成した貯金払戻請求書により、自分が払い戻していたことがわかった。しかし、一か月以上前のことであるし、取扱量が多いので、犯人に払い戻したときの記憶がほとんどなく、自分の記憶だけでは詳しく話すことはできない。警察では犯人である原告を捕まえているということで、写真を見せてもらったが、犯人の顔については、覚えていない。ビデオテープを見て取引を思い出した程度であり、犯人の顔写真を見ても犯人とは言い切れない。ビデオテープの犯人と雰囲気や年輩であることから同一人物とも思える。
(6) 原告は、二月一九日、宇和島警察署において、E田警察官に対し、今までの取調べにおいて供述してきた内容について、おおむね以下のとおり供述した。
友達のB山の家から印鑑等を盗んだということで、同月一二日に起訴されている。刑事さんは、裁判を受けるまでの期間等を教えてくれた。起訴されるまでは、B山方から印鑑等を盗んだことを認めており、検察庁でも裁判所でも認めていた。刑事さんが裁判手続を説明してくれた後、B山の印鑑と印鑑ケース、通帳をどこに隠しているのか、本当は焼き捨てていないのではないか、B山は困っているから返してやれ、と追及してきたので、B山には印鑑等を返すことできない、印鑑を盗んでいないと否認した。なぜ盗んでいないのに、盗みをしたと話していたかというと、二月一日に刑事さんに取調べを受けて、盗みを認めなかったら、実家や職場に警察の人が聞きにいって、その人達に迷惑がかかると思ったので、認めた。刑事さんの取調べでは、次のようなことを話していた。平成一〇年一二月下旬ころには、既にB山の貯金通帳、印鑑等を盗んで、自分の自動車に隠し持っており、残高が五一万円くらいであることを知り、貯金を引き出しに行ってやろうと思っていた。しかし、ボーナス四〇数万円で懐が暖かくなったので、すぐには引き出しには行かず、B山が通帳等がなくなったと騒がないか様子を見ることにした。平成一〇年一二月三一日から一月三日までは、D川社の正月休みであったところ、B山は正月の間には鳥取の親せきのところに見舞いに行くという話を聞いたので、B山が旅行のためにバック類をさわって、通帳等がなくなっていることに気付くのではないかと思っていたが、B山は気付かなかった。B山が鳥取へ行ったため、一緒に正月を過ごしてくれる人がいなくなったので、元旦からセンチュリーというパチンコ店に行って、パチンコをしていたが、九万円くらい負けた。胸くそが悪くなったので、松山の方に行って遊ぼうと思って、一月二日から三日にかけて、松山市内のパチンコ店やソープランドに遊びに行き、旅館にも泊まった。自分の自動車で宇和島に帰る途中、ボーナスが一万七〇〇〇円くらいしか残っていなかった。一月四日から仕事を始めていたが、正月休みで遊び癖がついてしまい、次の週末にもパチンコをしたいという気持ちになった。B山も通帳等の盗難には気付いていないし、今度の週末までには貯金を引き出してやろうと決めた。農協の金融機関の窓口は、平日の夕方くらいまでだったので、一月八日金曜日に貯金を引き出しに行こうと思った。一月八日には、いつもどおり午前七時に出勤して仕事を始めた。その日の仕事の内容は、えのき茸の成長を待っているだけだったので、午前中は比較的暇だった。午後零時ころからの昼休みを前にして、昼休みの間に職場を抜け出して貯金を下ろしにいこうと決めた。昼休みになると、同僚に、ちょっと出てくるけん、と言い残してすぐに職場に止めてある自動車に行き、貯金を下ろしに行った。D川社の近くにはえひめ南農協C林支所があり、ここならすぐに貯金を下ろせるが、養子先のC谷に住んでいたことがあり、えひめ南農協C林支所の人に顔を知られているので、下ろせなかった。他に思いついたのは、宇和島市内の前に結婚式を挙げたことのある大きなビルにあるえひめ南農協本所だった。国道五六号線を走り、農協に行った。農協の駐車場がいっぱいだったので、近くのフジの駐車場に自動車を止めて、通帳と印鑑を取り出して、農協に行った。そのときは仕事中だったので、濃い緑色のベスト、水色のウィンドブレーカー、茶色の作業ズボンという姿であった。ビルの一階の正面玄関には、左右どちらからでも入れるドアがあり、向かって右側すなわち東側から入った方が近かったが、自動車が止まっていたかなにかで、遠回りして左側すなわち西側のドアから入った。店内に入ると、お客さんがそれほどいなかった。正面出入口のすぐ裏側に当たる店舗内の記帳台の所へ行って、貯金を払い戻すための請求書を取り、同じく備え付けのボールペンで、通帳名義人であるB山の名前と、口座番号、金額を記入した。農協の人に見つかるのではないかと思い、焦って書いたので、枠からはみ出して書いてしまい、一枚書き損じてもう一枚やり直した。B山は通帳等の盗難に気付いていないので、農協に届出は出していないと思って安心していたが、午後零時四〇分から、仕込み作業があり、それに間に合うように帰らなければならず、それが心配であった。払戻の手続の仕方は、伊予銀行に自分の口座があるので知っていた。農協の人に身分証明書等を求められたときは、B山の息子の松夫であると嘘をつくつもりだった。正面東側のドアのすぐ前の長いすに座って、手続を待っており、B山の名前が呼ばれると、向かって右から二番目の窓口で、受皿に乗せられた現金五〇万円を受け取った。また、窓口のところにあった農協の封筒も一緒にとって、正面出入口の東側のドアから外に出て、急いで駐車場に戻り、現金五〇万円は、農協の封筒に入れて、自動車のマットの下に隠しておいた。引き出した五〇万円のうち、二〇万円は引き出した日かその次の日くらいに、会社の借金の返済に充てようと事務員のE山さんに直接手渡して支払った。また、残りのうち、二〇万円はパチンコ等に使ったり、サラ金の返済に充てたりして使った。そして残りの一〇万円は、農協とは別の封筒に入れ替えて、自動車のマットの下に入れておいた。通帳、印鑑等については、会社のゴミ焼き場のプラスティックケースの間に挟んで焼き捨てた。その後、一月二〇日ころ、B山が通帳がなくなっていると聞いてきたので、知らない、どこかに置き忘れたのではないかと答え、B山と一緒に家の中を探した。このような話を逮捕後二、三日にしたことは間違いない。
(7) C川警察官は、二月二三日、原告が否認に転じたので、宇和島簡易裁判所裁判官の捜索差押許可状に基づいて、原告居宅及び原告所有の自動車を捜索した。原告は、その際、盗んだ通帳を自動車のジャッキ入れに、また印鑑を座席後部の物入れに隠していたと指示説明したものの、印鑑等は発見されなかった。
(8) えひめ南農協の職員であるC田三郎は、二月二七日、宇和島警察署において、C川警察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
えひめ南農協本所に金融事業部内信用部部長として勤務している。B山名義の現金五〇万円を騙し取られた被害に遭っている。直接犯人に払い戻したのはC山である。えひめ南農協本所のほかに、C林支所、D海支所、E本支所等の支所がある。客から貯金を預かったりする窓口業務は女子職員四人で行っているが、昼休みは窓口係以外の職員が交替して行っている。C山は、為替決算事務係であるが、偶然窓口係と交替して支払手続をした。C山は窓口係を何年もしていた職員なので、事務手続はよく知っている。農協では利用のたびに身分を確認したりすることはなく、事故届出がない通帳と印鑑を持ってきた場合には、名義人本人か又は正当な代理人とみなしている。えひめ南農協では、本所でも支所でも同じように貯金の預入れや払戻しができる。窓口係では、自分の判断で払戻しができる上限を三〇〇万円としており、それ以上になると信用部長の決裁が必要となる。えひめ南農協では、店内に防犯ビデオカメラを設置しており、犯人の写っているビデオテープは既に警察に提出した。B山から貯金通帳と印鑑の盗難にあったという届出があったので、事故扱いとして取引停止等をしようとしたところ、既に一月八日に五〇万円が引き出されていた。ビデオテープで取扱いをしたのがC山であることがわかったが、C山もふだんどおりの取扱いをしたということであった。警察から貯金を騙し取ったのは原告であると聞いている。詳しい状況についてはC山に聞いてみてほしい。
(9)ア B山は、三月五日、B山方において、C川警察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
B山方での窃盗の犯人が原告であることは、逮捕された日に教えてもらった。原告は、B山方の玄関の鍵を持っており、二月一日に原告から取り上げてもらっていた。原告は、現在、盗みなどしていないと話しているようだが、厳しく処罰してほしい。
イ 原告の兄A野七夫は、同日、宇和島警察署吉田交番において、C川警察官に対して、おおむね以下のとおり供述した。
原告は五人兄弟の一番下で、高校を卒業してから愛知県の自動車販売会社の製造部門に就職した。その後、宇和島市C谷のA林というところに養子へいったが、養親と折り合いが悪く、またパチンコ等で借金を作ったことが原因で養子先を追い出された。原告は、昭和五五年ころ、宇和島市伊吹町のクリーニング店に勤め、昭和五八年ころにD川社に勤務した。原告は平成元年ころに、借金のことで自殺を図ったことがあった。D川社の社長は心配してくれ借金の立替えや保証人になってくれた。原告は人は悪くないが、調子者で、口上手でよく嘘をつく。
(10) C川警察官は、三月七日、防犯ビデオカメラのプリントアウト写真と、原告から任意提出を受けたベスト及びウィンドブレーカーをえひめ南農協本所の防犯ビデオカメラで撮影し、写真とを比較対照捜査を行い、色合いについては似ているとした。
(11) 原告は、三月九日、宇和島警察署において、C川警察官に対し、おおむね以下のように供述した。
逮捕されたころには、盗みをした上で騙し取ったという内容の話をしていた。証拠として提出してある物について説明すると、緑色の表紙の手帳は、長年メモ用に使用しているもので、伊予銀行がお客さんに配った手帳である。事務封筒入りの一〇万円は、表に年末調整、A野太郎様と記載されており、自分の自動車の後部座席の足マット下に隠していたものである。提出したときは、騙し取った金銭であると話していたが、事実は、ボーナスの残りである。逮捕時に着用していた着衣は、ウィンドブレーカー、ベストであり、これらを着用して農協に行ったと供述していた。
(12)ア えひめ南農協本所には、防犯ビデオカメラが二台設置されており、一台は職員が非常ベルを押すと撮影が始まるビデオ装置であり、もう一台は、事務部北東側天井及びCDコーナーに取り付けられたCCDカメラであり、宇和島警察署では、そのCCDカメラにて撮影、録画されたVHS一二〇分テープを画像処理することとした。
宇和島警察署は、担当者をC川警察官として、三月二九日、警視庁刑事局捜査一課長あてに、えひめ南農協本所の防犯ビデオカメラビデオテープの画像処理を依頼した。
イ 防犯ビデオカメラのビデオテープは、タイムラプスビデオ撮影方式により撮影されており、一般のビデオデッキで再生すると画質が劣り、さらに、防犯ビデオカメラのビデオテープを通常のビデオプリンタで印刷すると、オーバースキャン(画像の端の歪み等を見えないように、映し出される映像の外周部を若干見えないように隠す表示方式)の状態にあるため、画像の周辺部分が見えなくなっている。
警察大学校警察通信技術センターの画像処理装置は、パソコンを基礎に製作されたものであり、アンダースキャン(オーバースキャンの状態にはなく、外周部分も映し出すことができる表示方式)でもあるため、画像の外周部が見えるように処理することができる。
ウ E沢警察官は、同日、防犯ビデオテープを持参し、東京都中野区所在の警察大学校警察通信技術センターに行き、同日午前一一時から午後五時までの間、画像処理に立ち会った。しかし、処理済みの画像はビデオCDとして保存されていたが、これを再生し画像として取り出す装置が宇和島警察署にはなかった。そのため、E沢警察官は、三月三一日、宇和島警察署刑事鑑識室において、画像処理されたプリント画像自体を写真撮影した。プリント画像には、犯人がえひめ南農協本所の外にいる様子、ドアを開けて入店する様子、記帳台にある払戻請求書に手を伸ばす様子、再度払戻請求書に手を伸ばす様子、ソファーに座る様子、顔を正面に上げている様子、窓口で現金を受け取る様子、えひめ南農協本所から出ていく様子、犯人が厚手手袋をしている様子、店外を歩いている様子等が写っていた。
(13) C川警察官は、画像処理をした防犯ビデオカメラのビデオテープを確認した結果、犯人が皮様厚手手袋を着用していた事実が判明したとして、同手袋の捜索差押えの必要性があるとした。
(14)ア 原告は、四月五日、宇和島警察署あてに、原告所有自動車内にあった布製小豆色手袋一双を任意提出し、C原八郎警察官はこれを領置した。
イ C原八郎警察官、C川警察官らは、同日、原告が通帳と印鑑をD川社の焼却場で焼き捨てたと供述したことを受けて、盗品の処分先を明らかにするために、D川社の焼却場をE原一郎を立会人として実況見分した。
立会人の説明により、焼却場は六年くらい前から使われているが、一度も灰を除去したことはなく、一年間にたまる灰の量は一〇cmから一五cmであることが判明した。そこで、C川警察官らは、焼却場を四分割した上で、一番から四番までの番号を付して見分した。一番の場所を最深〇・五五mまで灰を取り除いたが、原告の供述する象牙製の印鑑は発見できなかった。二番の場所も最深〇・五mまで灰を取り除いたが、原告の供述する象牙製の印鑑は発見できなかった。三番の場所も最深〇・五mまで灰を取り除いたが、原告の供述する象牙製の印鑑は発見できなかった。四番の場所も最深〇・五mまで灰を取り除いたが、原告の供述する象牙製の印鑑は発見できなかった。
(15)ア 原告は、四月一三日、任意提出した手袋の所有権放棄をした。
イ 原告は、同日、宇和島警察署において、C原八郎警察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
警察には、四月五日に手袋を提出している。この手袋は、二年くらい前に北宇和島のディックで自動車のタイヤチェーンを買ったときに、セットでついてきたものである。手袋は自動車のトランクに入れており、一度も使っていない。
(16) 原告は、四月一六日、地検宇和島支部において、B野検察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。
B山方から印鑑を盗んだことで起訴されており、一度は間違いないと言っていたが、起訴された翌日ころ、警察官の取調べを受けている途中で、自分はやっていないと主張した。まず最初に警察官に今回のことを聴かれたとき、初めはやっていないと言ったが、その後は、自分がやったことに間違いないと言って警察官に話をしていた。どうして事実を認めたかというと、警察官が証拠があるやけんといいながら机を叩いて早く白状したらどうなんやといわれ、実家の方に探しに行かんといけんようになるけん、迷惑がかかるぞとか、会社とか従業員のみんなにも迷惑がかかるけん、早よ認めた方がええぞ、長くなるとだんだん罪が重くなるぞというようなことを言われ、気が動転して認めた。そうして盗みの状況や五〇万円を引き出した状況について説明をしていた。しかし、二月一三日ころ、警察官から、盗んだ通帳や印鑑はどのようにしたのか、と問いつめられていくうちに、盗みはしていませんと話した。盗みをしていないのに、どうして盗みの状況を説明できたかというと、B山が通帳と印鑑が盗まれた、印鑑は寝室の鏡台の椅子の中に入れていた、通帳は寝室のタンスの中に入れていたと話してくれ、一緒になって印鑑や通帳を探していたからである。えひめ南農協本所で五〇万円引き出した状況については、警察から図面などを見せてもらっておらず、警察官から口頭で、どの方向から入れるようになっているとか、用紙は二か所のうちどちらで書いたのかという程度しか話してもらえず、自分で状況を話した。B山からも、印鑑は寝室の鏡台の椅子の中に、うす紫色の袋に入れてグリーンのバックにしまっておいたと聞いているだけで、見たことはない。一緒に探すときは、袋を見つけてB山に尋ねていた。印鑑自体は、近くで見たことはなく、遠くからB山が松夫の自動車を買うときに持ってきたのを見たことがあるだけで、印鑑の色が黒であったように思うが、材質はわからない。通帳については、タンスの中を探したことはなかった。貯金通帳や印鑑をB山が見せてくれたことはない。えひめ南農協本所で貯金を下ろしたことはないし、行ったこともないが、C林支所で下ろしたことはあった。取調べにおいて警察で脅されたり、暴行を受けたことはないし、検察官に脅されたり、暴行されたこともない。違うことを無理やり調書に記載されたこともなく、自分が話したとおり調書に記載してもらっており、話したとおり記載されている上で、署名指印をしている。
(17) 原告は、四月一九日、地検宇和島支部において、B野検察官に対し、おおむね以下のとおり供述した。B山から印鑑や通帳がなくなっていると聞いたのは、一月二四日か二五日である。いつものように仕事を終えて午後六時ころにB山方に食事に行ったところ、B山は、印鑑がなくなっていると言った。このときには、印鑑だけなくなったと言っていた。そうして、印鑑は寝室の鏡台の椅子の中に置いており、紫色の袋に入れていたと話してくれた。袋の形までは聴いていないので、袋が見つかれば、この袋ではないかとB山に尋ねていた。印鑑を探すために直接鏡台の椅子の中を探したが、見つからなかった。鏡台の椅子の中にはグリーンや黄色のバックが入っていたので、グリーンのバックを開けて中身を見たが、何も入っていなかった。B山は寝室のタンスの中も探していたが、タンスの中にはバックは入っていなかった。B山は、タンスの中のバックに入れていた通帳がなくなっているといい、このとき初めて印鑑のほかに貯金通帳もなくなっていることに気付いた。B山はバックの形や色については話してくれなかった。約一時間くらい探したが、印鑑も通帳も発見できなかった。翌日も同様にして一時間くらい印鑑や通帳を探した。この日はB山が松夫の隣の部屋を探し、自分は風呂場や脱衣所を探したが、印鑑や通帳は発見できなかった。B山が郵便局の貯金通帳や農協の貯金通帳をもっていたことは知らなかったが、伊予銀行の預金通帳をもっていたことは知っていた。私は、嘘をつくことが多く、ギャンブルで使う金銭のことで嘘をつくようになった。貯金通帳を盗んだとされる平成一〇年一〇月上旬ころに、B山方に行ったのは事実であるが、貯金通帳を盗んだことはない。このときは、D川社のおがくず置場での仕事を終えて、帰りに立ち寄った。B山は仕事に出かけており、松夫は自分の部屋にいたと思う。B山から玄関の鍵を預かっていたので、自由に出入りできていたが、このときは盗むために入ったのではない。この日は腹の調子が悪くて下痢をしていたために、下着等を汚したことから、履き替えるために着替えなどを置いていたB山方に立ち寄った。ズボンやパンツは、印鑑や通帳がなくなったとされる二階の寝室にある衣装ケースに入れていたので、このときも寝室に入った。ズボンとパンツを取り出して、風呂場の脱衣所で着替えた。警察では、おがくず置場へ行く途中にB山方にジャンパーと帽子を取りに行ったと話したが、嘘である。警察では、農協の通帳は黒いバックに入っていたなどと話していたが、黒いバックというのは作り話である。
(18) C川警察官は、六月一四日、原告の勤務場所であるD川社からえひめ南農協本所までの距離及び所要時間を実測したところ、実測距離は四・二kmであり、所要時間は六分であった。
(19) C川警察官は、六月一八日ころ、えひめ南農協C林支所において、同支所の職員が原告のことをどの程度知っているかを確認して、原告の供述を裏付けることとし、同支所において、原告の顔写真を示したところ、八名のうち、一月当時の次長D田九郎、現在の支所長E野十郎、職員A原二江の三名が原告を知っていたことが判明した。
四 追起訴からA川の自供に至る事実経過
《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
(1) C川警察官は、七月一日、B山方において、B山方の構造を明らかにするため、写真撮影を行った。
(2) B山は、八月二〇日第四回公判期日及び一〇月八日第五回公判期日において、おおむね以下の内容の証言をした。
平成七年まで約一二年間D川社において勤務していた。原告とはD川社で知り合い、肉体関係を持つようになった。原告はB山方に出入りしており、松夫が松山市の専門学校に通っている当時は、原告はB山方に寝泊まりもしていた。平成七年くらいに松夫がB山方に帰ってきても、原告はB山方で寝泊まりをすることがあった。原告はD川社に間借りをしていたが、平成一〇年ころにb町にアパートを借りるまではB山方に寝泊まりすることがあった。原告が自由に出入りできるように、原告にB山方の鍵を渡していた。原告には結婚できない旨を告げていたが、それは原告に経済力がないことも理由であった。平成一〇年ころにも、原告がb町にアパートを借りる際、一人で自活するように話したこともあった。原告がb町にアパートを借りてからは、B山方には食事や風呂に入りに来る程度であった。D川社で勤務していた当時、原告から養子先のことや借金について聞いたことがあり、原告がD川社の社長から借金しているとのことだった。原告はb町のアパートに引っ越した後、B山方に下着を入れるための小さい衣装ケースを置いていた。一月二六日、伊予銀行の定期預金の書換えのため印鑑が必要となり、その印鑑を取り出そうとした際、印鑑がなくなっていることに気付いた。原告にも話をし、原告と共に探し、通帳もなくなっていることに気付いたが、原告には、ドレッサーの椅子当たりを指示するだけで、通帳を置いた場所や印鑑の形などは説明しなかった。そのときは、もういいからといって、原告には帰ってもらった。同月二七日に農協に連絡したところ、同月八日に五〇万円を引き出されていることに気付いた。被害届を警察に提出し、犯人についてはわからないといった。被害届を提出した後、原告に対して通帳を取られ、現金が引き出されたことを説明した。原告は一緒に印鑑等を探してくれ、その際にドレッサーの椅子に入れておいたことを説明したが、印鑑の所在、通帳の所在、赤紫色の巾着袋のこと、残高などは告げなかった。農協の貯金通帳とその届出印はドレッサーの椅子から盗まれたと思っていた。農協の届出印は黒色直径一・五cmで象牙でできていた。印鑑ケースは、盗まれた印鑑三本のうち一本が入っていた。B山所有の緑色の手提げバックはドレッサーの椅子の中にあり、その緑色の手提げバックの中には、茶色のセカンドバックがあり、そのセカンドバックの中には農協の通帳と赤紫色の巾着袋に入った農協届出印を含む印鑑三本及び印鑑登録証があった。外出時には玄関に鍵をかけるが、玄関に向かって左側にあるガラス製の小窓は猫の出入りのために開けてあるものの、小窓から人が入るのは無理である。B山方の玄関は交通量のある道路に面している。一月二七日、警察から農協で貯金を下ろすところの写った写真を見せられ、チョッキがふだん着ているのと異なるが、体格が原告に似ていると思い、警察にその旨を話した。防犯ビデオの写真(甲一一五号証の写真番号一〇三〇〇六一番及び一〇三〇〇六三番)に写っている犯人は、いずれも顔の輪郭が原告に似ており、髪型も同じように短めであった。二月五日に改めて被害届を提出した。警察から原告が供述しているというので確認を求められ、初めに提出した被害届記載のほかに、別の印鑑も印鑑ケースに入っていたことを思い出し、印鑑ケースを一個追加した。黒色のがま口式印鑑ケースを追加するつもりであったが、赤紫色の巾着袋型と記載された。また、警察から、原告が洋服タンスから通帳を出したと供述していると説明され、洋服タンスの写真撮影に応じた。当初、ドレッサーの椅子に通帳を入れていたと考えていたが、原告の話を聞いて、洋服タンスにときどき入れていたことを思い出した。そもそも、農協の通帳は共済等の自動引き落としに使うことが主であったため、余り持ち出さなかった。しかし、平成一〇年九月一四日、松夫の自動車を購入するために六〇万円を引き出すために利用した。また、同年一一月中ころには、松夫の自動車購入のため、契約書を作成し、そのとき農協届出印を使用した。平成一〇年の年末ころ、松夫と外出をし、原告には夕食がない旨連絡して、外食するように伝えた。また一月二日及び同月三日には、鳥取県に出かけた。貯金払戻請求書にある「B山花子」という文字は自分の筆跡ではないが、押印は農協の届出印である。原告は鍵も持っているから犯人だと思う。原告は当時、白髪混じりで短めの頭髪であった。警察では、雰囲気は似ていると供述していた。貯金払戻請求書の字体は原告に似ているが、写真や、通帳やはんこをもって出られる人が原告しかいないことから、そのように考えた。原告が一月七日にD川社に二〇万円返済していることは聞いていない。原告は、平成一〇年末にボーナスをもらったこと、もう借金もないと話していたので、ボーナスで返済したのだと思う。印鑑ケースに入っていたのは、B山と松夫の印鑑の二本であり、残りは認め印であった。農協の届出印は、伊予銀行及び郵便局の届出印と同じであった。農協の通帳は、ふだんはドレッサーの椅子の中に入れており、伊予銀行と郵便局の通帳はバックの中に入れていた。印鑑三本はふだんからドレッサーの椅子の中にしまっていた。伊予銀行と郵便局はカードをもっていたので、届出印は使わなかった。洋服タンスの中にあったバックは、ふだん使うバックではない。この事件があるまで、原告に印鑑や通帳の場所を話した記憶はない。松夫も通帳と印鑑の所在を知らない。
(3) D川社のE原一郎は、一〇月二七日第六回公判期日において、おおむね以下のように証言をした。
昭和六二年ころに原告を採用した。それ以来、原告にはずっと同じ作業をさせている。二月一二日、D川社において原告のことについて警察官から事情を聞かれた。D川社では、えのき茸の生産、出荷の最盛期は例年一〇月から翌年の一月末である。D川社では、原則午前八時から午後五時までが勤務時間であり、午後零時から午後一時までが昼休みである。小学校のサイレンが鳴るので、それを目安に従業員は昼休みを取ることになっている。えのき茸の製造には湿度も関係あるので部屋は密閉されており、その部屋の中では外からのサイレンの音は聞こえない。原告は、午前七時ころに出勤してえのき茸の栽培をし、それが済むとパレットの整理をし、午後の製造の準備をしていた。パレットの整理は密閉された部屋で行うが、栽培作業は土間のようなところで行う。一月八日に原告が密閉された部屋にいたかどうかはわからない。密閉された部屋にいる従業員には正午になったことを伝達する体制を取っていないが、知らせることもあるし、何となく昼休みに入ることもある。午後零時より前に従業員が個人的な用事で外出する場合には、連絡するようになっているが、全員に徹底できていないかもしれない。原告が勤務時間中に外出のために自分のところへ許可をもらいに来たこと、午後零時より前に原告が外出したことはいずれも記憶にない。会社の従業員も原告が外出したかどうかは覚えがないといっていた。女性の従業員は食堂に集まって食事をとるが、男性の従業員は食堂で食べる人もいるし、その他の場所で食べる人もいる。一月八日に原告がどこで昼食をとったか記憶にない。D川社では昼休み、従業員の行動は自由である。本人の判断で午後零時三〇分ころから午後の仕事の準備をする従業員もいる。原告は糠とおがくずを攪拌機の中に入れ、水を混ぜ合わせる作業を行っている。通常このような作業を行っておかないと、午後の仕事に支障を来すことになる。この作業は原告が一人で行うこととなっている。D川社では、昼休みの作業も考慮に入れてボーナスや給料を支給していた。午後二時三〇分ころまでに、瓶の中に機械で詰め込みをし、殺菌をする作業を行うので、午後零時三〇分ころから水合わせの作業をしないと間に合わない。一月八日ころに、原告が昼休みの作業をしなかったことが原因で午後の作業が間に合わなかったということはない。防犯ビデオの写真(甲一一五号証の写真番号一〇三〇〇〇六九番及び一〇三〇〇〇六三番)を見ても、原告であるとは思いにくい。口の様子も違うので、原告に似ていないように思う。自分は、原告がD川社に入った直後に三〇〇万円くらい借金の肩代わりをしたが、返済はほぼ終わっている。その後に新たに原告がサラ金から借り入れたとは聞いていない。愛媛県北宇和郡a町におがくず置場があり、従業員に管理させているが、原告がそこに行くことはそこの機械が故障したときであり、月に一、二回程度である。D川社では、一〇年くらい前に盗難事件があったが、最近は発生していない。また平成一〇年一二月に自分自身が盗難被害に遭っているが、被害届は出していない。原告はまじめで、時間的にも正確で、休むこともないし、遅刻や早退も記憶にない。
(4) 原告は、一〇月二七日第六回公判期日において、おおむね以下のとおり供述した。
B山の届出印や貯金通帳を盗み、農協で五〇万円を引き出したことはない。B山とはD川社に入社してから付き合いが始まった。最初はB山方にご飯を食べに行く程度だったが、泊まって帰るようになり、その後、毎日泊まるようになった。松夫が松山に行った後も、B山方に寝泊まりすることがあった。松夫とはテレビを見るときに話すぐらいで、特に親しい付き合いはなかった。B山方の鍵は原告、B山及び松夫の三人が持っていた。一月ころ、仕事が終わってB山方に行ったとき、B山から印鑑がなくなったと聞かされたので、一緒に探した。B山からは実印で大きい印鑑であり、鏡台の椅子の中に置いていたと聞いただけで、その他のことは聞いていない。バックの中にあったとか、印鑑ケースの形とかは知らない。緑色のバックとか巾着袋は、女性がたばこ入れに使っているのを見たことがあるので、印鑑入れだと思って説明した。緑色のバックは、B山と一緒に印鑑を探していたときに鏡台の椅子の中で見たので、形は知っていた。しかし、印鑑ケースは想像であった。巾着袋型印鑑ケースは女性が使うものは布製なので、布製であると説明した。また、色はB山と一緒に探す際に、赤色とか紫色とか聞いた。たばこ入れと印鑑ケースは想像で結びつけた。B山は、印鑑を探している最中に、通帳もなくなったと言い、タンスのところで通帳を探していたので、タンスの中に通帳が置いてあったのだと思った。タンスの中はB山が探した。農協に聞いてみようと言ったのは原告である。貯金額などは聞いていない。ただ、農協に電話した後、B山から携帯電話に連絡があり、五〇万円ぐらい引き出されたこと、五一万円くらいの残高があったことを聞いた。原告は、早く警察に届けるように言った。平成一〇年一二月二〇日に手取り四三万円くらいのボーナスをもらい、ボーナスは原告の自動車のトランクに入れていた。同年一二月ころにB山に一部あげたので、三五万円くらいになった。同年一二月三〇日に手取り一三万円くらいの給料をもらった。これらの金銭はサラ金に八万円、食事、自動車のタイヤ及びガソリン代、パチンコに使ったため、一月には三〇万円前後の金銭を持っていたことになる。警察には松山に行って、ソープランド二軒行ったとか、パチンコもしたとか話したが、警察に特に話すことがなかったので、嘘の話をした。平成一一年になってからは、パチンコ以外に特に金銭は使っておらず、一月七日にD川社のE山に残ったボーナスから二〇万円を支払った。警察には農協から引き出した五〇万円から支払ったと話したが、嘘である。残った一〇万円は、自動車の後部座席のマットの下に入れておいた。金使いが雑なので、自動車のトランクに入れたり、マットの下に入れたりしておき、財布には一〇〇〇円程度を入れておくこととしていた。マットの下に入れておいた一〇万円は警察に出しているが、そのときは農協から下ろした一〇万円であると説明していた。
(5) 原告は、一一月二六日第七回公判期日において、おおむね以下のとおり供述した。
D川社のE山に二〇万円を支払ったことについては、警察に対し、五〇万円を引き出した日かその翌日に支払ったと話したが、それは作り話である。E山に二〇万円を渡した後、手元には一四万円くらい残っていた。平成一〇年一二月一〇日に四五万円くらいのボーナスをもらった。同月三〇日に一三万円くらいの給料をもらった。会社が終わった後や日曜日にパチンコに行っていた。パチンコで幾ら負けたかは覚えていない。食費は月三万円程度で、アパートを借りてからは週に一、二回はB山に食事を世話してもらい、それ以外はB山に一〇〇〇円払って風呂と食事をしていた。たばこ代を合わせると、一日二〇〇〇円くらいであった。同月二〇日以降に特に贅沢をしたことはない。タイヤ交換したが、金額は一万二〇〇〇円程度だと思うが、はっきりした記憶はない。同月三一日にはパチンコに行き、一月一日の夕方までB山方に泊まっていた。同月二日の夕方に自宅で洗濯をした。同月三日は、朝にD川社に行って、おがくずを機械の中に入れて、その後パチンコに行った。その間のパチンコは六、七万円負けていた。E山に二〇万円を支払うまでは三二万円くらい持っていた。警察には松山へ遊びに行ったと話したが、嘘である。警察から、どこのパチンコ屋で、幾ら負けたとか、どこのソープランドにいったかなどは聞かれていない。どうして嘘をいったのかわからない。多分兄弟に迷惑をかけるし、心配もかけるので、正直に言えといわれて言ったのではないかと思う。調書を作る上で八割は作り話であった。自分勝手に想像した部分もあるが、示唆を受けて話したところもある。調書にある黒いバックというのは本当に知らない物である。しかし、緑色のバックはB山と探したときに見たので形を書くことができた。平成一〇年一二月二〇日にもらったボーナスと同月三〇日にもらった給料とは別々に置いてあった。ボーナスの金銭は一〇万円を裸のまま自動車のマットの下に入れていたが、一月一八日に年末調整を受け取った後、その袋にボーナスの一〇万円を入れ直して、再び自動車のマットの下に入れた。D川社での昼休みは午後零時から午後一時までである、ふだんは昼休みになったことはみんなでお互いに伝達してわかることもあるが、一月八日は、午前一〇時くらいまでに、一人で種菌を入れたものを部屋に積み上げる作業をしていた。昼になったら、ドアを開けてご飯ですよ、といってくれたのでわかった。しかし一月八日の記憶ははっきり覚えていない。一月八日の前後で、昼休みよりも前に仕事を止めたことはない。一月はえのき茸の生産は忙しく、昼休みは午後零時三〇分ころから、一人でおがくずの中に糠を入れて機械で回して、水を入れる水合わせ作業をする。一月八日は昼休みに外出したことはない。農協C林支所で引き出さなかったというのは、C谷に養子にいっていたことがあるので、顔見知りがいるだろうと想像して話した。えひめ南農協本所で引き出されたというのはB山が話していたのでわかっていた。自分がやったと嘘をいっていたので、取調べの流れがあったために、そのように自分から話した。えひめ南農協本所に行く道もえひめ南農協本所で下ろしたということは知っていたので、通る道ということで五六号線を通ったと自分から作り事の話をした。また、えひめ南農協本所の駐車場は入りにくい所なので、駐車場が満杯であったと話し、フジの駐車場を利用したことがあったことから、そこに駐車したと話した。フジの駐車場については、国道沿いの三列目あたりに駐車し、料金は払ったことがなかったので、無料であると話した。えひめ南農協本所にカウンター等どのような施設があるかは知らなかった。ただ、伊予銀行和霊支店の様子を想像して話をした。払戻請求書を書く台については、その真ん中の台を使って書いたと想像で話した。伊予銀行では、支払の時は当座の所に出しているので、想像して当座の関係の人に渡したと話した。警察から健康保険被保険者証や別の印鑑だとかの話は余り聞いていない。そのことについて詳しく話したことはなかった。特にこれらの物を盗んだ理由などについて聞かれたこともなかった。D川社のゴミ焼却場では、まだ健康保険被保険者証や通帳などの話はなかったので、印鑑だけを焼いたと話した。ゴミ焼却場から印鑑が出てこなかったというのは聞いていない。自分の社会保険証をもっていたので健康保険被保険者証を盗む必要はなかった。逮捕されて、四時間くらいは否認していた。しかし、警察の方が何か有力な証拠を握っているような様子だった。警察にはジャンパーとか着ている物が判明しているから正直に言えと言われた。家族らに迷惑がかかると言われた。それで自白した。しかし、まじめな人間にならないといけないと思い、真実を述べようと否認した。警察からは、印鑑とか燃やしたのか、捨てたのかと言われたので、警察が言った言葉をそのまま供述した。通帳をまず盗んで、それから印鑑を盗んだと話したが、作り事である。警察に出頭したのは朝七時ころであった。逮捕された時はまだ否認しており、二月一日付けの調書は逮捕された後に作成されたと思う。再度否認した時は、警察から印鑑などの処分先について追及され、自分では何もやっていないから答えきれないと思って否認した。警察には証拠があると言われ、親にも迷惑をかけられないと思い、自白した。潔白であるという度胸がなかった。検察官の前でも、既に印鑑について認めてしまったので、潔白であるとは言えなかった。裁判所でもそのようなことが頭に浮かばなかった。警察から印鑑の形や色、大きさ、入れ物などについて説明を受けなかった。通帳の残高についても警察からは聞いていない。えひめ南農協本所で、どちらから入って、どこで書いて、どういう用紙に書いて、どこに出したかというのは、初めに警察官から言われた。しかし、当時の状況については自分の想像で話した。払戻請求書を一枚書き損じたのは、警察から、用紙に出したのと同じように書いてみろと言われて片仮名で書いたところ、通帳は漢字で書いてあると言ったので、一枚捨てて書いたという旨を供述しただけである。巾着袋型の印鑑ケースについては、色はB山が着ていたポンチョでわかっていたし、形もB山がたばこ入れに使っていたのでわかっていた。一月七日ころには、三二万円くらいをもっていたと思う。一月七日に二〇万円をD川社のE山に支払い、一〇万円を自動車のマットの下に置いた。その後金銭が入ってきたのは一月一八日の年末調整である。一月四日にアイフルから五〇〇〇円借りているのは、パチンコ代が欲しかったからである。マットの下の一〇万円はD川社に返済するために使わないようにした。農協の通帳の保管場所については、B山と一緒に探していたときに、B山がタンスの方で探していたので、タンスに置いてあると思った。現実に印鑑や通帳がどこに置いてあったかはB山からも聞いていない。盗みをした動機については、松夫が欲しいものは何でも買ってもらっているので、貧乏だった自分からするとうらやましかったため、そのような話をした。印鑑の刻印が崩れているというのは、松夫の関係で一度見たことがあるので、そのように話した。しかし、通帳に押されている印鑑については崩れていると話した記憶はない。平成一〇年一〇月にB山方に寄って通帳を盗んだという話をしたが、それも嘘である。しかしB山方に着替えのために寄ったことはあった。自動車の中から一〇万円出てきたときに、任意提出したが、持ち主に返してくれと言った記憶はない。任意提出書には自筆で書かれているが、B山に少しでも返してやろうと思って書いたのではないかと思う。D川社に直接持っていって支払ったのはこのときが始めてである。最初否認していたのに、自白したら、B山にも迷惑がかかるが、警察がもう白状しろと責めるので、自白したが、どうしてそのような自白をしたのかはわからない。健康保険被保険者証や印鑑登録証などはわからないといったが、二月七日に、警察に対し、B山方から健康保険被保険者証などは盗んでいないと言いつつ、印鑑や通帳は盗んだと言っているが、どうして一方は虚偽を話し、一方では真実を話したのかは、今にしてはよくわからない。警察からは印鑑の方を中心に聞かれており、健康保険被保険者証のことは余り深く追及されなかった。
(6) 原告は、一二月二一日第八回公判期日において、おおむね以下のとおり供述した。
自動車の中にあった一〇万円について、本人に返すように書いたのは、自分に返してもらうという意味で書いた。警察に言われたとおりに書いた。
五 A川の自供から釈放に至る事実経過
《証拠省略》によれば以下の事実が認められる。
(1) A川は、一〇月二七日、強盗致傷の容疑で通常逮捕され、一一月一六日付けで、住居侵入、窃盗未遂及び傷害で起訴されたが、その後、余罪を供述するようになった。南国警察署において測定した結果、A川の身長は、一七六cmで、中肉の体型をしていた。
(2) A川は、平成一二年一月六日、南国警察署において、B山方での窃盗及び貯金通帳を使用しての詐欺を自供したため、南国警察署はB山に確認したところ、被害はない旨の回答を得ていた。しかし、宇和島警察署に照会したところ、原告が検挙されているとの回答を得た。同月七日にB山方の引き当たり捜査を行ったところ、A川の供述内容は、被害状況等と合致した。さらに、A川が使用していた自動車からは、B山の住所、氏名、電話番号が記載されたメモが発見され、領置された。
(3) A川は、同年二月一日、南国警察署において、司法警察員警部補B田一夫に対し、おおむね以下のとおり供述した。
同年一月七日、B山方付近の窃盗事件の引き当たりに行くことになっており、前日に警察官に対し、B山方で窃盗をしたことを話した。B山方には一月初めころに盗みをした。B山方は、実際に自動車で走ったり、地図を見たりして確認した。B山方は、二、三日前から目をつけており、下の駐車場に赤色の自動車、紺色の自動車及びバイクがあった。B山方の様子をうかがっていると、年輩の女性と眼鏡をかけた若い男性の二人が出入りしているのが確認でき、二人住まいであることがわかった。当時は、B山方に盗みに入るつもりはなかったが、B山方付近を自動車で走っていたとき、紺色の自動車に乗った女性を見つけ、女性が朝出かけることがわかったので、盗むことにした。B山方から出た自動車の後を追ったが、宇和島方面に二kmくらい走っていったので、すぐには帰宅しないと確信し、引き返した。自分の自動車を峠の広場に置いて、JRの線路に入って歩いていった。線路を歩いたのは、人通りの少ない道路を歩くと人目に付くと思ったからである。B山方の玄関は道路沿いにあったので、駐車場から梯子を一階のベランダにかけて登り、ベランダに入り、無締まりの窓から侵入した。梯子が見つかると不審に思われると思ったので、家の中に入った後で、玄関から駐車場に行き、梯子を元の場所に戻し、玄関から再度家に入った。そして、部屋の中にあったタンスからB山名義の農協の通帳と印鑑を盗んだ。その後、盗んだ通帳等で金銭を取ろうと思い、通帳に書いてある農協を探すこととしたが、手間取ったため、自動車で宇和島市内の農協に向い、フジの駐車場に止めて、農協に行った。農協の中では払戻請求書を書き、五〇万円を騙し取った。使った通帳と印鑑は宇和島港に捨てた。
(4) A川は、平成一二年二月二日、南国警察署において、司法警察員警部補B田一夫に対し、おおむね以下のとおり供述した。
当初、二、三日前からB山方に目をつけていたと話していたが、実際は、平成一〇年暮れころから盗みができそうな場所を探しており、B山方に家の自動車と違う自動車が二回くらい駐車してあったことがあった。B山方については、メモを作成しており、ゼンリンの住宅地図を見て、名前、番地を確認し、その後、電話帳で同じ住所を見て、電話番号を確認していた。B山方で盗みをした後は、ベランダにぶら下がって飛び降りて逃げた。盗みに入るときは必ず手袋をしており、このときも軍手をしていた。靴はベランダで脱いでベルトに挟んで持ち、鍵のかかっていない掃き出し窓から侵入した。農協では現金を引き出したが、通帳に記載された農協とは異なるところであり、農協には歩いていき、建物の右側の出入口を使用した。このときに手袋をしていたかどうかは覚えていないが、払戻請求は三枚くらいを取って、真ん中の請求書に必要な事項を書いて、通帳に挟んで提出し、指紋が残らないようにした。使った通帳とは印鑑は住吉町のフェリー乗り場で海に捨てた。B山方の家族構成を調べるために、平成一〇年一二月二五日以降に、宇和島市役所で松夫の叔父と適当に名乗って、住民票を引き出した。
(5) A川は、平成一二年二月一六日、B山方での窃盗及び農協での貯金引出の詐欺は自分が行ったことに間違いはない旨の上申書を作成した。
同上申書によれば、A川は、今までの事件を精算するつもりで供述し、B山方については住宅地図を指し示して供述し、金融機関については地図に記載がなかったため、農協である旨供述した。B山方には警察官を案内し、進入経路等も指示した。B山方の事件については取調べを受けていなかったので、送検されないと思っていたが、B山方について別に犯人がおり裁判になっていると聞いた。B山方には一月上旬の午前中に盗みに入って、B山名義の貯金通帳、印鑑入りの袋、松夫の健康保険被保険者証、祝儀袋に入った現金一万円を盗み出し、貯金通帳を使って農協から現金五〇万円を引き出した。
(6)ア A川は、平成一二年二月一七日、高知地方検察庁において、検察官A本五夫に対し、おおむね以下のとおり供述した。
B山方の盗みを話そうとしたのは、他に逮捕された事件と一緒に片を付けようと思ったからである。B山方に盗みに入ろうとしたのは、平成一〇年一二月ころである。地図を買い、C野二夫方、B山方及び工場の寮のような建物を盗みをする場所として選んだ。B山方は、他の家からぽつんと離れていて、盗みをしやすかった。C野二夫方は、近くに家があり入る隙がなく、また、工場の寮も窓ガラスを割って侵入したが、空き部屋であり、何も盗まなかった。同年一二月下旬ころに、宇和島の電話帳でB山の電話番号を探した。それは盗みに入る前に、B山方に電話をかけて留守かどうか確認するためであった。B山方の住所で調べるとB山六夫が見つかった。B山方の家族構成を知るために、松夫の叔父を装って、B山の住民票を取り寄せたところ、B山と松夫しかおらず、二人住まいであることがわかった。田舎では電話の名義人は変えずにそのままにしていることがあるので、B山六夫は、B山の父親であると思った。B山方を下見したところ、駐車場には紺色かグリーン系統の普通乗用自動車一台と赤色の小型普通乗用自動車一台、ホンダのマグナムという単車が一台置かれていた。B山は、紺色かグリーン系統の普通乗用自動車を使用し、松夫は赤色の小型普通乗用自動車を使用していることが分かり、自動車か単車を利用しなければ家を出ないことがはっきり分かった。B山方に盗みに入るのにネックとなったのは、松夫の帰宅時間が日によって異なることであった。B山はいつも午前九時ころに出かけて、午後三時ころに帰ってきたが、松夫は午前一〇時ころに帰ってくることもあったし、昼前に帰ってくることもあった。そこで同年一二月下旬ころから、B山方の出入りの状況を調べ、松夫が午後三時ころに家を出ると翌朝の午前一一時ころに帰ってくることが分かった。盗みをするについて、銀行から現金を騙し取る必要があるので、午前中に盗むこととした。一月七日、松夫は午後三時ころに家を出たので、一月八日午前一一時ころに帰ってくることとなり、留守になる時間はB山が午前九時に家を出てから二時間程度あることがわかった。一月八日になって、B山方の様子を見ていると、B山は午前九時ころに自動車に乗って出ていった。宇和島方面に向かう車線に自動車を入れ、B山が合流のため停車している所で、あえて自動車を止めてB山が宇和島方面の車線に入りやすくした。B山は、そのまま宇和島方面に向かったので、そのすぐ後ろをついて自動車を走らせた。二kmくらい行ったところで、B山はなおも宇和島方面に向かって走っていったので、B山方には戻ってこないと判断し、B山方に戻った。脚立を使ってベランダに入り、無締まりの掃き出し窓から侵入した。侵入した部屋は和室であり、すぐに玄関に向かい、外に出て、不審に思われることがないようにベランダにかけてある脚立を外した。B山方に戻って物色を始めた。和室のタンスか鏡台の腰掛けから印鑑と通帳を盗み出した。印鑑は巾着袋の中に入っており、通帳とともにバックの中に入っていた。亡くなった妻は大切なものを鏡台の腰掛けに入れており、盗みに入った家では、鏡台の腰掛けを物色することにしていた。和室の西側の部屋では、祝儀袋に入っていた一万円を盗み、水屋のような引出から松夫の健康保険被保険者証を盗んだ。そして、ベランダから飛び降りて逃げた。ベランダの床から地面までは四m程度あったが、ベランダの手摺りにぶら下がって、手を離して飛び降りた。通帳を見るとえひめ南農協C林支所の発行の物であり、C林支所を探したが見つからなかった。そこで、電話で本所でも下ろせることを聞いて、えひめ南農協本所に向かった。えひめ南農協本所では、ふだんなら払戻請求書に指紋が付かないように、三枚束にして取り出し、その真ん中の一枚に必要事項を記載していると思うが、寒かったせいもあって、手袋をはめたまま記載しているかもしれない。また掌紋も付かないように注意しており、払戻請求書から手を浮かせて記載した。払戻請求書を記載したのち、松夫の健康保険被保険者証に挟んで窓口の女性に提出した。五〇万円を引き出した後、健康保険被保険者証や通帳は小さくちぎって、印鑑と一緒に宇和島港に投げ捨てて、大阪に帰った。
イ A川は、平成一二年二月一七日、高知地方検察庁検察官に対し、おおむね以下のような供述をした。
B山方に盗みに入り、現金や通帳、印鑑などを盗み、通帳などを使って農協から現金五〇万円を騙し取った。刑事にB山方の盗みについても話して一緒に片を付けようと思った。刑事にB山方の盗みについて話した後、別の人が捕まって裁判になっていると説明を受けた。自分のしたことをきちんと責任を取ろうと思って、話をすることとした。愛媛県北宇和郡a町付近の地図を買って、盗みをするところをピックアップした。B山方は、他の家から離れていて、盗みがしやすく、人がいるのかいないのか、何時に帰ってくるのかわかりやすい場所にあったので、盗みに入ることとした。平成一〇年一二月下旬に、B山の名前で電話番号を調べ、家を見に行き、家族構成を知るために宇和島市役所でB山の住民票を取り寄せて確認した。住民票にはB山と松夫の名前しかなかったので、二人暮らしであることがわかった。B山方は、道路に面した玄関があり、その地下部分に駐車場があり、紺かグリーン系統の普通乗用自動車一台と赤の小型普通乗用自動車一台、ホンダのマグナムという単車が一台あった。松夫は赤の小型普通乗用自動車か単車を使用しており、自動車の様子で誰が家にいて、誰が家にいないのかがわかった。しかし、松夫の帰宅時間が日によって異なるため、すぐには盗みに入らなかった。そこでB山方の出入りの状況を調べた。すると松夫は、午後三時ころに家を出ると、翌朝の午前一一時ころに帰ってくるのがわかった。午前中に盗み出して、午後三時までに銀行から金銭を騙し取るという方法をとることとしていたので、金曜日である一月八日に盗みに入ることとした。前日は松夫が午後三時に家を出たので、一月八日は午前一一時ころに帰ってくるため、B山が午前九時に出てから二時間くらいは留守であると考えた。一月八日は、午前七時ころからB山方の様子を見ていた。B山が自動車のアイドリングを始めたころで、B山方の前の道路に行き、B山の自動車の後を追走し、B山が宇和島方面に行くことを確認した後に引き返してB山方へ向かった。B山方にはアルミ製の脚立を使ってベランダに上り、鍵のかかっていない掃き出し窓を開けて入った。和室にあるタンスか鏡台の腰掛けの中から印鑑と通帳を盗んだ。印鑑は巾着袋の中に入っていた。また台所のようなところのテーブルに祝儀袋があったので、中から一万円を盗んだ。さらに水屋のような引出から松夫の健康保険被保険者証を盗んだ。そしてベランダの掃き出し窓から出て、飛び降りて逃げた。ベランダの高さは四mくらいあった。飛び降りる時に、ベランダの壁に靴のすり跡を五〇cmくらいつけているので、まだ残っていると思う。B山名義の農協の通帳で引き出すため、農協の本所に電話をかけ、本所でも引き出せることを確認した。通常は、払戻請求書を三枚とり、指紋の付いていない真ん中の一枚に記入して払戻請求書を偽造し、掌紋が付かないように手を浮かせて記載するが、このときは寒かったので手袋をして記載したかもしれない。五〇万円の払戻しを受けた後は、盗んだものを宇和島港に投げ捨てた。
(7)ア 南国警察署は、平成一二年二月一八日、A川に対し、余罪に関する引き当たり捜査を実施した。A川は、《住所省略》所在の双葉産業株式会社四国工場敷地内に建てられた鉄筋三階建ての独身寮を特定し、当該独身寮に侵入した旨説明したことから、同日、同工場総務課長に確認すると、平成一一年の正月休み明けに独身寮の空き部屋であった一〇四号室と二一〇号室の窓ガラスが割られた事実があることが認められ、A川がB山方に侵入する前に、マンションみたいな会社寮のガラスを割って侵入したとの供述が裏付けられた。
イ また、南国警察署司法警察員D山三夫巡査部長は、同日、愛媛県宇和島市住吉町《番地省略》宇和島運輸株式会社フェリー待合所南西側岸壁において、写真撮影し、A川は、同所からB山の通帳等を投げ捨てた旨説明した。
ウ 南国警察署は、同日午後二時ころ、えひめ南農協本所において、A川を立会人として実況見分を実施した。A川は、えひめ南農協本所において金銭を騙し取ったと指示説明をし、隣接するフジの駐車場において、自動車を止めていたと説明した。
エ 南国警察署は、同日午後二時二五分ころ、A川を立会人として、B山方において実況見分を実施したところ、一階駐車場北側倉庫には、折りたたみ式の脚立が置かれており、A川は、一階西側の焼却炉として使用するブロックに脚立を固定して、ベランダの侵入方法を説明した。
オ 南国警察署は、同日、愛媛県宇和島市北宇和地区のNTT発行のハローページで確認したところ、B山姓は三名のみ記載されており、そのうち一つがB山六夫であり、また、平成一〇年一二月二一日付けでB山の住民票について請求があったことが確認され、請求書には、ハローページに記載されたB山八夫の氏名が「使いの人」欄に記載されていることが確認され、A川の供述のとおり裏付けがされた。
カ B山は、平成一二年二月一八日、地検宇和島支部において、検察官E川四夫(以下「E川検察官」という。)に対し、おおむね以下のとおり供述した。
一月二六日午後三時三〇分ころ、伊予銀行の担当者が満期になった定期預金の書換え手続のため、B山方に来て、届出印である実印を貸してほしいと言われた。B山は、一階寝室のドレッサーの椅子の中にバックに入れていたことから、ドレッサーの椅子の蓋を開けて見たところ、印鑑三本、農協の通帳、松夫の印鑑登録証等がなくなっていた。B山方を探したが見つからなかった。B山は一月二七日、えひめ南農協C林支所に電話で問い合わせたところ、同月八日に五〇万円を引き出されていることがわかり、被害届を提出した。提出した被害届には、被害品として巾着袋一個、普通貯金通帳一冊、健康保険被保険者証一通、印鑑登録証二通、印鑑ケース一個、印鑑三本と記載されており、届出印である実印は、黒色円形の直径一・五cmくらいの象牙でできているものである。印鑑ケースは、黒色がま口式である。巾着袋は、赤紫色の布製で、大きさは一〇cm四方で、口元をひもで絞めたら丸くなるものである。この巾着袋に、届出印である実印、二本の印鑑、印鑑登録証二通が入っていた。農協の通帳は、灯油代や保険代の自動引き落とし以外にほとんど使っていなかった。平成一〇年九月一四日ころ、定期貯金を解約して一〇〇万円を農協の通帳に入金し、同日ころ、松夫が自動車を購入するための資金として、六〇万円を引き出した。その後、一月八日に五〇万円が引き出されているが、これが犯人によるものである。今回、B山方から祝儀袋に入った現金を盗まれたかどうかは思い出せない。B山方は、二階建ての家屋で、地下一階が倉庫と駐車場であり、一階が台所、寝室等の居室、二階にも居室があり、B山が一階を利用し、松夫が二階を利用している。地下一階の倉庫から一階の居室には入れないようになっており、一階部分には、ベランダを設置しており、地下から四mの高さの所にあるので、玄関以外からは入りにくい構造となっている。農協の通帳は、平成一〇年九月一四日に六〇万円を引き出した後、実印と一緒に寝室のドレッサーの椅子の中に入れて保管しており、実印だけは、平成一〇年一一月ころに、松夫が自動車を購入するときの契約書に押印するときに取り出して使い、元通りにして保管していた。松夫の健康保険被保険者証は、リビングの三段棚となっている小物入れの二番目の引出に入れていた。B山方は、玄関以外からは出入りしにくい構造であったため、外出時には玄関には必ず施錠しているが、猫が出入りできるように玄関脇の高窓と台所の掃き出し窓は施錠をしないで開けており、被害を受けた時にはベランダに面したアルミサッシの引き戸には鍵をかけていなかった。B山方の玄関には、松夫とB山の名前の書いてある表札が掲げられており、電話帳には、死亡した夫の六夫の名前で電話番号が掲載されている。B山と松夫は、A沢ホテルに勤務しており、B山は午前九時から午後三時半ころまで、松夫は、午後四時に出勤したときは翌日の午前九時まで、午後五時に出勤したときは翌日の午前一〇時まで勤務している。B山の帰宅時間はまちまちであるが、松夫は午前一一時ころには帰宅する。松夫は、一月七日午後三時半ころにB山方を出て、午後四時からの勤務時間につき、一月八日午前一一時ころに帰宅していた。B山は、濃いえんじ色のファミリアという自動車を持っており、松夫はマツダの赤色の普通乗用自動車を持っていた。紺色の自動車はないが、松夫の友達が紺色の自動車で出入りしたことはあった。また、原告は白色クラウンに乗っており、白色の自動車も出入りしていた。B山がA沢ホテルに出勤するときは、自動車を利用しており、冬には出勤する一〇分前くらいから自動車のエンジンをかけて暖めて、午前八時半ころにB山方を出るようにしていた。B山方にはアルミ製の長さ二mくらいの梯子があり、地下一階に置いていた。
(8) A川は、平成一二年二月一九日、南国警察署において、司法警察員警部補B田一夫に対し、おおむね以下のとおり供述した。
B山方の盗みはA川が一人で行ったものであり、検察官あての上申書に記載したとおりである。平成一〇年一二月ころから、一月中ころまで、宇和島市付近で盗みのできそうな家を探したりしていた。このときに、B山方も目を付けていたが、年末年始のため、人がいることが多いことから、会社等の寮をねらうこととした。実際に会社の寮にガラスを割って盗みに入った。B山方には脚立を使ったが、脚立を伸ばすと二四〇cmにしかならず、そのままではベランダに届かないが、近くにある高さ八〇cmくらいのブロックでできた焼却炉の上に脚立を乗せて脚立を固定し、斜めにベランダの壁に立てかけて侵入した。ベランダから逃げる際に、ベランダの壁に靴の擦り跡を付けたと話したが、その跡は確認できなかった。盗み出した物は、通帳と印鑑を何本か、印鑑の入っていた巾着袋、松夫の健康保険被保険者証であった。ふだん、盗みに入ると、タンス、鏡台、押入、本棚等を探すので、B山方でも同様の所を探したと思う。
(9) A川は、平成一二年二月二〇日、南国警察署において、司法警察員警部補B田一夫に対し、おおむね以下のとおり供述した。
えひめ南農協本所で現金を引き出したのは、B山方から通帳等を盗んだ日と同じ日である。通帳の残高は五〇万円くらいであった。通帳は、C林支所が発行したものであったが、C林支所を見つけることができなかった。電話帳でえひめ南農協に電話したところ、支所のものであれば本所でも引き出せることがわかり、えひめ南農協本所に行った。えひめ南農協本所から二〇mくらい離れたフジの駐車場に自動車を駐車して、歩いていった。えひめ南農協本所の正面入り口から入って、向かって右側のドアから店内に入った。店内の中央辺りにある記帳台で払戻請求書を記載し、窓口の女性に払戻請求書と身分証となる松夫名義の健康保険被保険者証を一緒に提出した。金銭を騙し取った後は、フェリー乗り場の岸壁に行き、通帳を小さくちぎって、印鑑と一緒に海に投げ捨てた。
(10)ア A川は、同月二一日、南国警察署において、司法警察員警部補B田一夫に対し、おおむね以下のとおり供述した。
平成一〇年一二月ころから、双葉産業株式会社四国工場の周辺を散歩していたが、年末年始にかかることから、会社の寮にねらいを定め、一二月三一日の夜中近くに寮のそばに行き、一月一日になって間もなく、ガラスを割って盗みに入ったが、何も盗むことはなかった。
イ E川検察官は、高知地方検察庁において、住居侵入、傷害等の事実で起訴されているA川がB山方の窃盗につき供述したので、B山から事情を聞くなどして裏付け捜査を行ったところ。A川の供述の信用性が確認されたことから、A川が犯人であることが判明したとして、地裁宇和島支部に対し、平成一二年二月二一日、原告に係る勾留取消請求をした。
ウ 地裁宇和島支部は、同日、勾留の理由がなくなったとして、勾留を取り消した。
エ 原告は、同日、上記勾留取消決定により、釈放された。
六 釈放後の事実経過
《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
(1) A川は、平成一二年二月二二日、南国警察署において、司法警察員警部補B田一夫に対し、おおむね以下のとおり供述した。
B山方から盗んだものは、貯金通帳、印鑑、健康保険被保険者証、巾着袋、現金一万円であると話していたが、よく考えてみると、他にも印鑑登録証二通、印鑑ケースもあり、被害届に書いてあるとおりである。現金以外のものは宇和島市のフェリー乗り場の海に投げ捨てた。B山方に入るのに使用したのは、さび付いたような脚立である。最初は、長さ三mくらいのアルミ製の梯子を利用するつもりであったが、建物の周りを一周しなければならないので、手近な脚立があったので、これを利用した。
(2) A川は、同月二四日、高知地方検察庁において、検察官A本五夫に対し、おおむね以下のとおり供述した。
B山方から盗んだものについて、B山は、巾着袋には印鑑登録証二通、印鑑三本が入っていたということであるが、よく思い出してみると、巾着袋の中には、B山と松夫の印鑑登録証が一通ずつ入っていたと思う。印鑑ケースが入っていたかどうかははっきりしない。払戻請求書に押した印鑑は、盗んだ印鑑のうち、適合するものを使って押した。B山方から逃げる際に、ベランダから飛び降りたと説明していたが、実際は玄関から外に出て、もう一度脚立を立てかけて、ベランダから脚立を使って逃げたことを思い出した。
(3) A川は、同月二九日、高知地方検察庁において、検察官A本五夫に対し、おおむね以下のとおり供述した。
B山の自動車の色について、紺色かグリーンだと話していたが、よく考えると、赤を黒っぽくした色だったことを思い出した。松夫の自動車は真っ赤であったので、それをみて思い出したところ紺色かグリーンではなく、松夫の自動車より黒っぽい赤であることを思い出した。写真を見せてもらったが、B山の自動車を後ろからつけていたので、覚えている。また、男女が三列に並んだ写真を見せてもらったが、真ん中の列の右端の女性が背も低く、小太りで、目も細いので、五〇万円を騙し取ったときに応対した職員に似ていると思う。
(4) 高知地方検察庁検察官A本五夫は、同年三月一日、A川を、金品窃取の目的で、一月八日ころ、B山方二階寝室北側掃き出し窓から侵入して、通帳、印鑑三本ほか三点在中の巾着袋、松夫所有の松夫名義の健康保険被保険者証を窃取し、同日午後零時一四分ころ、えひめ南農協本所において、貯金払戻請求書用紙を偽造し、窓口のC山に提出行使し、五〇万円の交付を受けたとして、住居侵入、窃盗、有印私文書偽造、同行使、詐欺で高知地方裁判所に起訴した。
(5) A川は、平成一二年三月八日、高知地方裁判所における第四回公判期日において、同月一日付け起訴状記載の公訴事実について間違いない旨の罪状認否をした。
(6) 原告は、同年四月二一日第九回公判期日において、おおむね以下のように供述した。
捜査段階で黙秘権の告知を受けたことはない。黙秘権の告知を受けていれば、調書にあるような話はしなかった。裁判所の勾留質問の時も言われていなかった。
七 金銭給付等に係る事実経過
《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告は、同年六月七日ころ急性心筋梗塞を発症し、宇和島市立宇和島病院に入院したが、同月二三日に退院して以後も、同年六月三〇日まで外来通院をしていた。
(2)ア 原告の平成九年分の総所得額は、二一九万四四〇〇円、平成一〇年分の総所得額は、二三九万七六〇〇円であった。
イ 原告は、平成一三年八月一三日、松山地方裁判所宇和島支部において、二月一日に逮捕されてから平成一二年二月二一日に釈放されるまでの三八六日間に対し、刑事補償法四条一項に規定する最高限度額である一日一万二五〇〇円の割合による合計四八二万五〇〇〇円の刑事補償金を交付する旨の決定を受けた。
(3) 原告は、釈放されてから一年間は兄の援助を受けて生活していたが、その後、B谷株式会社に勤務し、平成一三年度は一一六万一二〇〇円の所得を得ていたが、同社は、その後、倒産した。
第四警察官の違法性に関する判断(被告愛媛県関係)
一 自白の強要について
(1) 原告は、宇和島警察署の警察官が、二月一日の取調べにおいて、① 「お前がやったんだろう。」、「B山の家には鍵がないと入れん。鍵を持っているお前しかおらん。」などと原告を犯人と決めつけた上、② 「たいがいにせんか。」と怒鳴って、机を叩くなどして、「証拠があるやけん、早く白状したらどうなんや。実家の方に探しに行かんといけんようになるけん迷惑がかかるぞ。会社とか従業員のみんなにも迷惑がかかるけん早く認めた方がええぞ。長くなるとだんだん罪が重くなるぞ。」と自白を強要された旨主張する。
そして、原告は、原告本人尋問において、同日の取調べ状況についておおむね以下のとおり供述する。
①の点については、E田警察官は、あそこの建物は、一階が駐車場になって、二階が道路と面して、そして三階建てになっており、入り口が玄関しかない上、鍵を持っているのは原告しかいないし、B山が防犯ビデオを見て原告に似ていると言っているなどと追及してきた、②の点については、午前中の取調べの最中に、D川社のE原一郎から電話がかかってきたが、通話中にE田警察官に取り上げられた、午後の取調べでは、E田警察官から、もう証拠が挙がっている。大概にしろ、時間が遅くなると罪が重くなるぞなどと言われ、机を叩いて白状するように言われまた。惨めで情けなくなって泣いていたら、E田警察官から「泣くな。」と言われて、手をはたかれた、自白を強要された後に、またE田警察官から手を一回はたかれた。
(2) まず、①の点について判断するに、前記前提事実のとおり、E田警察官は、原告に対し、B山方が外部からの侵入の困難な構造であること、犯人が合い鍵により侵入したか、玄関の施錠忘れに乗じて侵入した可能性があることを告げた事実が認められるが、同事実は、E田警察官が二月一日当時既に収集されていた証拠関係及びその証拠に基づく合理的な推測を告げて取調べをしたにすぎないのであって、同事実をもって、当該取調べが自白の強要(原告が主張するところの「犯人と決めつけた」)ということはできない。
(3)ア 一方、②の点については、前記原告本人尋問における原告の供述は、原告自身の捜査段階における供述と比較して変遷があるため、以下、原告の本人尋問における供述の信用性を判断することとする。
イ 原告は、虚偽の自白をした理由について、本起訴後である二月一二日午後六時一一分の取調べにおいて、E田警察官に対し、自分が罪をかぶったら、会社や実家にまで自分のことを調べに行かないだろうと思って仕方なく認めた旨供述し、四月一六日の取調べにおいて、B野検察官に対し、警察官が証拠があるやけんといいながら、机を叩いて、早く白状したらどうなんや、実家の方に探しに行かんといけんようになるけん、迷惑がかかるぞ、会社とか従業員のみんなにも迷惑がかかるけん、早よ認めた方がええぞ、長くなるとだんだん罪が重くなるぞというようなことを言われ、気が動転した旨供述し、一一月二六日第七回公判期日の被告人質問において、どうして嘘を言ったかわからない、多分、兄弟に迷惑をかけるし、心配もかけるので、正直に言えと言われていったのではないかと思う、検察官の前でも自分が潔白とは言えなかった。裁判所でも自分が潔白であることを言うことは頭になかった旨供述した。
ウ 一般に、警察官から警察署内で取調べを受けることのみをとってみても、警察官に恒常的に接することのない原告のような一般人にとっては、その非日常性、特殊性のため、取調べを受けた者の記憶には重大な体験として記憶に残りやすい事象であるといえるし、ましてや、被疑者としての嫌疑を受け、その嫌疑を否認しているにもかかわらず、暴行、脅迫などの有形、無形の圧迫を受け、それがため虚偽の自白をするに至った場合には、その体験は鮮明に記憶されるものということができる。また、原告のように、公判に至り、捜査段階で一度は認めた犯行を否認し争う場合には、弁護人との打ち合わせや公判廷における被告人質問などでは、その記憶の喚起を行った上で供述するものといえる。さらに、原告は、少なくとも一一月二六日第七回公判期日当時、二月一日以降の自白は虚偽自白であったとして無罪を主張し、既に拘置所へ移監され、警察官に監視されていたり、取調べを受けたりしていなかったのであるから、E田警察官から受けたとする暴行の内容について、あえて明確な供述を避けたり、E田警察官による有形力の行使に関する供述を差し控えなければならない合理的な理由はないはずであり、実際、原告は、捜査及び公判を通じ、携帯電話を取り上げられた事実や手をはたかれた事実は一切供述していないのである。それにもかかわらず、原告本人尋問において、突如として上記の内容の供述を新たに行っていることに照らすと、その暴行、脅迫を受けたという供述全体が信用できないと言うべきである。
エ 以上のとおりであるから、②のような自白の強要が行われたと認めるに足りる証拠はないというべきである。
(4)ア 原告は、二月一日午前に行われたE田警察官の取調べにおいては、否認していたにもかかわらず、同日午後二時に至って、顔面が蒼白になり、目の視点が幾度となく変わり、落ち着きがなく、唇が乾き、口内の入れ歯をしきりに舌で動かして口の中の乾きを潤したりし、吸っていたたばこを持つ指が小刻みに震えて、明らかに動揺し、号泣してB山方の窃盗事件を認める供述を始めたことは、警察官の取調べがいかに厳しいものであったかを示す事実であり、自白の強要があった事実を裏付ける事情であるとする。
しかしながら、上記の表現が記されている二月一四日付け捜査報告書(甲一六三)によれば、同様の表現は二月一二日に原告が否認に転じた際や翌一三日に否認した際にも用いられているのであって、上記表現が原告に対する供述の強要を示す事情ということはできない。
なお、原告は、本人尋問において、二月一二日の取調べにおいて、E田警察官から、「おまえみたいなん、ぶん殴ってやる」と言われた旨供述するが、当該取調べは、原告が自白から否認に転じた後であり、その出来事の重大性からも、記憶に残存しやすいものということができ、脅迫的な言辞を言われた場合には、その体験は鮮明に残存しているものといえるところ、前記前提事実のとおり、刑事裁判においては当該事実を主張、供述していなかったのであって、その内容には大きな変遷があるといわざるを得ず、原告の本人尋問における供述は措信し難いというべきであるから、同日の取調べにおいて、原告がE田警察官から供述を強要されたとの事実を前提とすることができない。
イ また、原告は、二月一日の取調べは、午前中に四時間、午後も二時間に及ぶものであり、取調べ内容にかんがみれば長時間に過ぎ、自白の強要があったことを推認させるとする。
しかし、後に判断するとおり、原告に対しては、二月一日当時、原告がB山方の窃盗犯人であるとの嫌疑があったということができるのであって、前記前提事実のとおり、原告が当初犯行を否認しており、それに対する問いを繰り返すことにより、原告から十分に事情を聴取する必要があったということはできるから、その取調べ時間が午前中に四時間、午後も二時間あったとしても、これをもって、任意捜査の限度を超えた取調べであったということはできず、この点において取調べの合理性を欠くものということはできない。
そして、前記前提事実のとおり、C川警察官は、二月一日午後零時二分から午後零時三〇分までの間に、サンライフ宇和島店、プロミス宇和島店及びD川社に対し、原告の債務状況について電話照会していたのであるから、E田警察官は、少なくとも、原告に対して、資産状況、負債状況について質問していたということができるのであって、原告に対する取調べが断定的で一方的な押しつけによるものであったということはできない。
このように、取調べ時間が合計六時間にわたっていることをもって、供述の強要、誘導があったということはできない。
ウ 原告は、原告の刑事事件に係る地裁宇和島支部では、その刑事事件の判決において、宇和島警察署の警察官が、二月一日午後の取調べにおいて、机を叩くなどして、「証拠があるやけん、早く白状したらどうなんや。実家の方に探しに行かんといけんようになるけん迷惑がかかるぞ。会社とか従業員のみんなにも迷惑がかかるけん早く認めた方がええぞ。長くなるとだんだん罪が重くなるぞ。」と申し向けたと認定されており、原告が警察官から威圧的な取調べを受けた事実は明らかであると主張する。
そこで判断するに、《証拠省略》によれば、同刑事判決は、勾留質問調書(甲一五五)、検察官調書(甲八三の二、一六一)、警察官調書(甲八一、八二、八三の一、一五六、一五八)、弁解録取書(甲一五三、一五四)、実況見分調書(甲一四九)、任意提出書(甲一二六)、領置調書(甲一二七)、証拠品写真撮影報告書(甲一二九)、捜査報告書(甲七四、一二五、一四六、一六三)によって原告に対する供述の強要があったと認定しているが、第七回公判期日における被告人質問の結果を認定の証拠として掲記しておらず、前示のように原告の本人尋問において、暴行、脅迫についての新事実を加えていることを考慮すると、本判決における認定が地裁宇和島支部の刑事判決と齟齬することになっても、やむを得ないというべきである。
エ なお、原告は、自白の強要行為の存在については、一応の証明で足りるとするが、当裁判所の採用するところではなく、引用する最高裁判決(最高裁第一小法廷判決平成四年一〇月二九日・民集四六巻七号一一七四頁)も、本件と事例を異にし、引用は適切ではないというべきである。
(5) 以上のとおりであるから、原告が、二月一日午後の取調べにおいて、警察官から、机を叩くなどして、「証拠があるやけん、早く白状したらどうなんや。実家の方に探しに行かんといけんようになるけん迷惑がかかるぞ。会社とか従業員のみんなにも迷惑がかかるけん早く認めた方がええぞ。長くなるとだんだん罪が重くなるぞ。」と自白を強要された事実は認めることができず、この点に関する原告の主張は理由がないというべきである。
二 虚偽自白を防止する義務違反について
(1)ア 原告は、警察官には、被疑者の取調べを行うに当たって、虚偽自白を防止するべき義務があるにもかかわらず、本件においては、弁護人の立会いを認めたり、録音、録画等も行っていないとして、虚偽自白を防止する義務に違反した違法があるとする。
イ 原告の主張する虚偽自白を防止する義務が一般的抽象的に認められるか否かはともかくとして、本件においては、当時の証拠関係、事実関係に基づけば、弁護人の立会いを認めるなどの一定の措置を講じるべき義務があるといえ、かつこれを怠ったといえることが必要であるところ、原告の主張は、本件の証拠関係、事実関係を前提として、宇和島警察署の警察官が、いつの時点で、具体的にはどのような措置を講じるべきであったのかを具体的個別的に摘示したものとはいえず、抽象的な義務違反を主張するにすぎないのであって、その違反の有無を判断するには主張として不十分というほかない。
ウ なお、念のため、証拠関係等をもとに、原告の主張する虚偽自白を防止する義務に違反しているかを検討しておく。
(2)ア 原告は、今までに警察での取調べを受けた経験もない原告に対し、六時間にもわたって取調べを行い、自白を迫っていたのであり、虚偽自白防止義務に違反する違法があるとするが、原告は、昭和四七年に岡崎簡易裁判所において、業務上過失致死の罪により罰金五万円の刑に処せられたことがあったことが認められるのであり、原告が警察官、検察官による取調べを受けたことがないという原告の主張の前提自体認めることができないし、六時間の取調べは昼食時間を挟んで行われ、その捜査の内容についても前記のとおり問題はない。
イ 次に、原告は、原告の自宅及び自動車の捜索を行ったが、犯行を裏付ける証拠も発見できないまま、合い鍵を所持していたこと、脚立を立てかけて侵入可能であったにもかかわらず外部からの侵入がないと考えて、原告を被疑者と決めつけて取調べを行ったとして、虚偽自白防止義務に違反する違法があるとする。
前記前提事実のとおり、一月二七日に行われたB山方の実況見分の結果、B山方は、傾斜地を利用した変則三階構造であり、一階部分は鉄筋コンクリートの駐車場であり、二階及び三階は居宅となっており、B山は、西側高窓及び傾斜地に張り出したベランダに面する台所東側掃き出し窓は、施錠していないと指示説明しており、一月二九日には、警察官に対し、原告と付き合い始めて七年になるが、えひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人は、原告によく似ており、原告には鍵を預けていると供述していたことが認められる。
このような証拠関係からすれば、変則三階建てであるB山方について、傾斜地に面したベランダからの侵入が比較的困難であると考え、また、原告が、侵入の容易な合い鍵を有し、原告と親しいB山が防犯ビデオに写った犯人を見て、原告に似ている旨供述していたのであるから、宇和島警察署の警察官が、二月一日当時、原告に嫌疑を抱き、取調べを実施すること自体は、合理的な捜査の一環として許容されるべきものである。そして、証人C川の証言及び弁論の全趣旨によれば、C川警察官は、合い鍵等による内部者の犯行可能性と、無施錠の掃き出し窓からの外部者の犯行の可能性とを考えていたというのであって、宇和島警察署の警察官が、全く外部からの侵入がないことを前提に捜査をしていたとは認めることができない。
以上のように、原告に対する取調べを実施することが不合理であるということはできないのであって、前提事実のとおり、原告居宅及び原告所有自動車の捜索を行った結果、証拠品が発見されなかったとしても、これをもって、その後の原告に対する取調べが違法となるということはできない。
原告は、一月二七日付け実況見分において、B山方に脚立があることを確認していなかったこと及び現実にはA川が脚立を使用してB山方に侵入したことをもって、警察官が内部者による犯行であると思い込んでいた旨主張するが、前記前提事実、《証拠省略》によれば、A川の侵入方法に関する説明では、脚立の長さは二四〇cmでありベランダに届かないため、近くにあるブロックでできた焼却炉を利用して侵入したというのであり、ベランダ床部は地上から二・五m、ベランダ外壁部の手摺り最上部までは地上から四mであったことからしても、脚立を通常の使用方法に従って立てかけてもベランダから侵入することはできないことは明らかというべきであり、仮に、B山方に脚立が存在していることが確認できたとしても、内部者による犯行可能性をも疑うことに合理性は認められるのであって、外部者による犯行とあわせて内部者による犯行可能性を疑い、原告に対する捜査を実施し、取調べを行うことが通常の捜査としての範囲を超え、合理性を有しないということはできず、上記認定には影響しないというべきである。
ウ また、原告は、取調べにおいて弁護人の立会いを認めなかったり、取調べの録音、録画をしていない点を非難する。
しかし、前記前提事実によると、原告が特定又不特定の弁護人の立会いを求めたり、また、録音を要求していた事情は認められないのであって、以上の事実関係に照らしても、原告の取調べに当たって、弁護人の立会いを認めたり、録音、録画等を行うべき義務が警察官にあったということはできない。
エ なお、原告は、捜査過程においては、一度も黙秘権や弁護人選任権の告知を受けたことはないと主張し、同趣旨の供述をする。
しかし、警察官及び検察官の取調べに限らず、宇和島区検察庁における弁解録取、宇和島簡易裁判所における勾留質問を含めた一切の手続において、警察官、検察官及び裁判官がそろって黙秘権や弁護人選任権の告知を怠っていたとは到底考えられず、その供述内容は不自然にすぎるといわざるを得ず、信用することができない。
(3) 以上によれば、二月一日の取調べにおいて、虚偽自白防止義務に違反するなどの違法があったということはできず、この点に関する原告の主張は理由がないというべきである。
三 引き当たり捜査について
(1) 原告は、二月五日、えひめ南農協で引き当たり捜査を行う際に、警察官から「A野、お前、そこ違うじゃないか、こっちじゃないか。」などと指示されたとし、宇和島警察署の警察官には、犯罪捜査規範に違反する違法があると主張する。
(2)ア 前記前提事実のとおり、原告は、一一月二六日第七回公判期日において、えひめ南農協本所での実況見分では、初めに警察官から、どちらから入って、どこで書いて、どういう用紙に書いて、どこに出したかというのは警察官に言われたと供述していたことが認められる。
しかし、前記前提事実のとおり、えひめ南農協本所での実況見分に関してみると、原告は、二月五日の実況見分において、えひめ南農協本所の入り口ドアのうち、向かって左側のドアから入った旨指示説明しており、防犯ビデオに写った犯人とは異なる入り口から入っていることが認められるのであって、警察官からの指示があったならば、とり得ない行動と言うべきである。また、原告は、原告本人尋問において、えひめ南農協本所の入り口について警察官から指示されたことはなく、防犯ビデオの犯人と異なった入り口を指示説明しても、警察官から訂正するように言われたことはない、記帳台についても自分で警察官を案内しており、警察官から指示を受けていないと供述している。
イ 加えて、前記前提事実のとおり、原告は、一一月二六日第七回公判期日において、えひめ南農協本所で引き出されたというのはB山から聞いていたので嘘をついた、国道五六号線を通ったというのも嘘である、えひめ南農協本所の駐車場は入りにくいが、フジの駐車場を利用したという嘘をついた、えひめ南農協本所の店内がどのような施設があるかは知らないが、伊予銀行和霊支店を想像して話した、払戻請求書を書く台については、想像して話した、当時の状況については、自ら想像して話したとしており、取調べにおける供述は、警察官からの誘導、指示に基づくものであったとは供述していなかったことが認められる。
ウ このように、えひめ南農協で引き当たり捜査を行う際に、警察官から指示されたとの原告の供述は信用することができず、また、原告が取調べにおいては自らの想像に従って犯行態様を供述していたことからすれば、原告がえひめ南農協本所における引き当たり捜査において、警察官から「A野、お前、そこ違うじゃないか、こっちじゃないか。」などと指示されたとの事実は認めることができる。
(3) よって、この点に関する原告の主張は理由がないというべきである。
四 払戻請求書の二度取りに関する供述のねつ造について
(1) 原告は、払戻請求書を二度取った旨の供述をしておらず、同供述は、警察官が秘密の暴露を装ってねつ造し、調書に記載したものであると主張する。
(2)ア まず、原告は、払戻請求書を二度取った旨の供述をしていないと主張するので、この点について判断する。
イ 前記前提事実、《証拠省略》によれば、二月一九日付け供述調書には、払い戻すための請求書を取り、備け付けのボールペンで、B山の名前と口座番号、金額を記入したこと、農協の人に見つかるのではないかと思い、焦って書いたので、枠からはみ出して書いてしまい、一枚書き損じてもう一枚やり直した旨原告が供述したと記載され、同供述調書の末尾には、原告の署名指印が認められる。
そして、原告本人尋問によれば、原告はすべての調書について、読み聞かされていたことが認められる。
ウ このような事実からすれば、原告は、同調書の記載内容について読み聞けを受け、供述内容が記載されたことを確認の上で、署名押印したものと認めるのが相当であり、原告が、えひめ南農協本所において、払戻請求書を二度取った旨供述したものと認めるのが相当である。
(3)ア 次に、原告は、払戻請求書を二度取った旨の供述は警察官が秘密の暴露を装ったねつ造であると主張するので、この点について判断する。
イ 前記前提事実のとおり、えひめ南農協職員のC田三郎は、一月二七日に防犯ビデオテープを任意提出し、A田警察官は、同月二八日、同防犯ビデオテープを再生し、犯人が写っていることを確認していたこと、その後、E沢警察官は、三月二九日、同防犯ビデオテープを警察大学校警察通信技術センターに持参し、画像鮮明化処理に立ち会ったことが認められる。
また、前記前提事実、《証拠省略》によれば、同防犯ビデオテープの画像と画像鮮明化処理を経た後の同防犯ビデオテープの画像とを比較すると、画像鮮明化処理を経た後の防犯ビデオテープは、画質の鮮明度が向上しており、画像の右側に映写される記帳台上部に人物像ポスターが存在していることまでが認められるなど、画像右側記帳台付近の可視範囲が拡大していることが認められる。
そして、前記前提事実、《証拠省略》によれば、えひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人が払戻請求書を二度取りしていると確認できる部分は、鮮明化処理により顕出された外周部分に現れていたものと認めることができる。
ウ このような画質の向上及び映像範囲の拡大の原因については、前記前提事実のとおり、警察大学校における鮮明化処理にあるものと認めるのが相当である。すなわち、同防犯ビデオテープは、タイムラプスビデオ方式により撮影されており、一般のビデオデッキで再生すると画質が劣り、さらに、防犯ビデオテープを通常のビデオプリンタで印刷すると、画像の端の歪み等を見えなくするように画像の外周部を若干見えないように隠すいわゆるオーバースキャン方式による表示方式が採用されているのに対し、警察大学校警察通信技術センターの画像処理装置は、パソコンを基礎に製作されており、外周部分も表示し得るいわゆるアンダースキャン方式であったことによるものと認めることができる。
しかし、宇和島警察署にあったビデオデッキ又はビデオプリンタが、いわゆるアンダースキャン方式であったと認めるに足りる証拠はないし、また、宇和島警察署にパソコン等のアンダースキャン方式を採用し、再生できる機器が存在していたと認めるに足りる証拠もない。
エ このように、犯人が払戻請求書を二度取りしているとする部分は、鮮明化処理により顕出された外周部分に現れており、宇和島警察署ではこれを確認し得る機器を有していたものと認めることができないのであって、宇和島警察署の警察官が、三月二九日に警察大学校において画像鮮明化処理を行う以前から、犯人が払戻請求書を二度取っている事実を把握していたということはできず、秘密の暴露を装ったものと認めることはできない。
(4) 以上によれば、宇和島警察署が、えひめ南農協本所の防犯ビデオの画像をもとに、原告に対し、請求書の二度取りに関する供述を迫り、秘密の暴露を装ったとは認められない。
(5) これに対し、原告は、真犯人でもない原告が、防犯ビデオに写っている犯人の行動を知るはずはないとして、警察官が供述をねつ造したはずであるとするが、上記のとおり、原告は、二月一九日付け供述調書についても読み聞けを受け、内容を確認した上で、署名指印しているし、本起訴後に録取された検察官面前調書(甲一六一)では、捜査段階の供述調書について虚偽の事実は供述したが、その内容は自分が供述したまま録取されていると供述しているのであって、真犯人ではなかったという結果のみをもって、当該供述調書のうち、払戻請求書を二度取ったとする供述部分が警察官のねつ造であると結論付けることはできないのであって、原告の主張を直ちに採用することはできない。
(6) よって、この点に関する原告の主張は理由がないというべきである。
五 無罪方向の捜査の不存在について
(1) アリバイ捜査の不備について
ア 原告は、二月一日から同月二一日までの取調べにおいて、B山の貯金の引出について、一月八日、正午に職場が昼休みになり、同僚の誰だったか忘れたが、ちょっと出てくるけんと言って、職場から自動車を運転し、国道五六号線を通って農協に向かい、自動車を農協近くのフジの駐車場に止めて農協まで歩いていって貯金を五〇万円引き出したと供述していたのであり、防犯ビデオには、一月八日午後零時一〇分二三秒にえひめ南農協本所において貯金を引き出した犯人の姿が写っているのであるから、アリバイに関する取調べが重要であった。それにもかかわらず、警察官は、原告のアリバイについて十分捜査をしなかったと主張する。
また、原告は、原告本人尋問において、通常、昼休みにはB原なる人物と食事を共にしていたから、B原から事情を聞けば一月八日のアリバイが判明したはずであると供述する。
イ そこで、まず、原告がアリバイについていかなる供述をしていたかを判断する。
(ア) 前記前提事実、《証拠省略》によれば、原告は、少なくとも、二月一日の取調べにおいて、自白するまでの間は、一月八日正午ころは会社にいた旨供述していたことが認められる。
(イ) しかし、前記前提事実、《証拠省略》によれば、原告は、本起訴がされた二月一二日までに、具体的に同僚等に声をかけて一月八日正午ころにD川社を出たとか、B原なる人物と食事をしていたなどと供述していたものとは認められないのであって、むしろ、前記前提事実のとおり、原告は、二月九日付け供述調書において、平成一〇年一〇月中旬ころに、仕事でおがくず置場に行く途中にB山方に立ち寄ったことがある旨供述しており、D川社での勤務中でも外出することがあったことが認められていたということができる。
(ウ) さらに、前記前提事実のとおり、本起訴後である四月一六日付け供述調書、同月一九日付け供述調書においても、一月八日正午ころの所在や同僚等と食事をしたなどの供述をしていたとは認められない。
(エ) 加えて、前記前提事実のとおり、原告は、追起訴後である一一月二六日第七回公判期日において、一月八日の記憶ははっきりしないこと、昼休みに外出したことはないことを供述したにとどまり、B原なる人物と食事を共にしていたこと、B原なる人物から事情を聞けばアリバイが判明することなどを供述していたことはなかったということができる。
(オ) これら事実からすれば、原告が本起訴前、本起訴後、追起訴後のいずれにおいても、正午に職場が昼休みになり同僚の誰だったか忘れたが、ちょっと出てくるけんと言ったなどと供述するなど、具体的なアリバイについて供述していたと認めることはできず、単に、会社にいたとのみ供述していたにすぎないものと認めるのが相当である。
ウ そこで、原告のアリバイに関する供述が以上のとおりD川社にいたとするのみで、その具体的な場所、作業、目撃者の有無等については不明であったことを前提に、宇和島警察署の警察官が、原告のアリバイ捜査を怠った違法があるかを判断する。
(ア) まず、前記前提事実のとおり、原告は、二月一日午前七時五八分に任意同行を求められ、同日午前八時ころから同日午後二時ころまでの間、B山方の犯行を否認していたが、一月八日正午ころのアリバイについては、D川社にいた旨供述するのみであったことが認められるが、原告のアリバイに関する供述は具体性に欠けており、捜査により確認するべき対象となる事実が不明確であるといわざるを得ず、取調べが行われた六時間余りの間で、宇和島警察署警察官において、原告が一月八日正午ころにD川社にいたか否かを確認するべき捜査をしなければならない義務があったということはできず、これをしなかったことが合理的に期待される通常の捜査を怠ったものであるということはできない。
(イ) 次に、原告は、既に認定したとおり、二月一日から本起訴がされた同月一二日までに、具体的に同僚等に声をかけて一月八日正午ころにD川社を出たとか、B原なる人物と食事をしていたなど供述していたものとは認められないのであって、特に、二月一日に自白に転じた以降は、アリバイに関する供述をしていた事実は認められない。
また、原告は、平成一〇年一〇月中旬ころに、仕事でおがくず置場に行く途中にB山方に立ち寄ったことがある旨供述しており、少なくとも二月一二日に至るまでは、原告が仕事の途中にB山方に立ち寄ることも可能であったと判断することも合理的である。
そして、前記前提事実、《証拠省略》によれば、原告が否認に転ずる以前において、C川警察官は、二月一二日にE原一郎に対し、取調べを行い、D川社では出社及び帰社についてはタイムカードで確認できるが、昼休みについては自由であり、一月八日ころは大雪が降った記憶があるくらいで、原告が外出したことや昼休みを過ぎて会社に戻ってきた記憶はないとの供述を調書に録取していたことが認められるのであって、C川警察官は、大雪が降った日前後という比較的記憶に残る事情を交えて、E原一郎から原告の行動に関する事情を聴取していたものといえる。
このように、原告のアリバイに関する供述は、具体的なものではなかった上に、自白に転じた後には、アリバイについて供述することはなかったのであって、捜査により確認するべき対象となる事実が不明確であるといわざるを得なかったところ、C川警察官は、E原一郎に対し、原告の一月八日正午ころの行動について確認し、同日付け供述調書を作成していたのであって、原告の供述内容からすれば、当該捜査以上に、D川社の従業員に対し、取調べを実施し、事実関係を確認しなければならなかったとまではいえず、合理的に期待される通常の捜査を尽くさなかったとはいえない。
(ウ) なお、仮に、宇和島警察署警察官が、D川社の従業員に対し、取調べを実施したとしても、原告の一月八日正午のアリバイが判明し、原告の嫌疑がないことが判明したとの事情までは認めることはできない。すなわち、前記前提事実のとおり、E原一郎は、一〇月二七日第六回公判期日においては、原告は密閉された室内で作業をしており、原告が勤務時間中に外出許可を求めた記憶もなく、他の従業員も原告が外出したかどうか覚えていないと言っていた、原告は時間的にも正確で、遅刻や早退もない旨証言していたことが認められるのであって、時間的にも正確で、遅刻や早退もない原告とともに、大雪の降ったころの一月八日の昼食を取ったのであれば、比較的記憶に残存しているということもできるところ、E原一郎がD川社の従業員に確認しても、原告の行動について確たる記憶を持っている人物も判明しなかったというのであるから、原告と大雪の降った日ころの昼休みに食事を取ったとの記憶を有していた人物がいたと推認することは困難であるというべきである。
エ 以上のとおり、原告がアリバイについて供述していたとの前提自体認め難いが、原告が供述していた内容に基づいても、宇和島警察署がアリバイ捜査を違法に怠ったということはできず、また、アリバイ捜査をしていればアリバイが確認され、嫌疑のないことが判明したとも認められない。
オ したがって、この点に関する原告の主張は理由がないというべきである。
(2) 身長割出実験の不備について
ア 原告は、警察官は、検察官から、えひめ南農協で撮影された防犯ビデオをもとに、犯人の身長割出捜査を指示されていながら、身長割出実験を適正に行っておらず、原告の無罪を証明する機会を失わせたとし、ビデオテープの画像鮮明化処理後の写真を用いて、高さ二一五cmのえひめ南農協本所の入り口ドアと、そこを通過する犯人の身長を、奥行き誤差、拡大倍率などを考慮の上計算すれば、犯人の身長は一七一・三三cm以上、一七五・九cm以下であることは推定できるのであり、身長一六〇cm程度の原告が犯人ではないことは容易に判断できたと主張する。
イ そこで、まず、原告の主張する測定方法について検討すると、その測定方法は、防犯ビデオテープの写真(甲一五五)を利用し、えひめ南農協本所の入り口ドア左側より右側が大きくなって写っているのは、入り口ドア左側より右側がえひめ南農協本所の防犯ビデオカメラ側に接近しているためであるとして、入り口ドアの左側、右側及び中央部の縮尺を算出し、その入り口ドアを通過する犯人の身長を割り出すという方法であって、その縮尺単位は、一mmあたり、六・五一五一cm又は六・七一九cmであるとするものである。
ウ しかし、前記前提事実によれば、防犯ビデオカメラは、えひめ南農協本所の北東側天井及びCDコーナーに取り付けられていたものであって、奥行き誤差、拡大倍率などにおいて、十分な計算が必要となるといえ、誤差によっては、算出される身長についても大きな変動が予想されるといえるから、その縮尺は当然であるが、立ち位置、奥行き、倍率、角度等を正確に把握する必要がある。また、原告の主張する測定方法では、既に三月二九日に警察大学校警察通信技術センターにおいて画像処理が施された防犯ビデオテープの写真(甲一五五)が利用されるが、同写真の鮮明度は、画像処理前の防犯ビデオ写真(甲一一一)に比べて高まっているとはいえるが、細部においては、未だその境界線が明確とは言い難く、多少の誤差が生じることは避けがたいということができる。
原告の主張する測定方法は、以上のようなえひめ南農協本所の防犯ビデオカメラの設置に関する角度、撮影倍率等の事情、防犯ビデオテープの写真の画質に関する事情を捨象しているというほかないのであって、一mmの誤差が六cm以上認められることなとどからすれば、その正確性が十分なものであるということはできず、同様の捜査手法を採用しなかったこと自体に不合理な点があるとはいえないし、また、当該捜査を行っても、上記のとおり誤差が生じるため、原告に対する嫌疑がないことあるいはその強い可能性を推知させることができたとまで認めることはできない。
エ 確かに、前記前提事実によれば、A川の身長は約一七六cmであり、原告とA川とを区別するには、その身長を測定することは有用な手段であるといえ、原告主張の方法による身長測定方法によれば、防犯ビデオの写真に写った犯人の身長が一七一・三三cm以上、一七五・九cm以下であるというのであるから、原告が当該身長測定方法を採用しなかった宇和島警察署が不当であるとする理由は理解し得るも、上記のとおり、原告の主張する身長測定方法が正確性を十分に備え、合理的な方法であったということができず、これにより原告の嫌疑がないことが判明あるいはその強い可能性を推知させるものとはいえない以上、当該測定方法を採用しなかったことをもって、違法な捜査であったということはできない。
オ なお、原告は、以上に加えて、C川警察官らが行ったとするレーザーポインターを利用した身長測定方法が不合理であるとするが、後に判断するとおり、当該捜査方法を選択したことに合理的に期待される通常の捜査を怠ったとはいえないのであって、不合理な点は認められない。
カ よって、この点に関する原告の主張は理由がないというべきである。
六 基礎的な捜査の不徹底、証拠発見収集の懈怠について
(1)ア 原告は、B山方の構造、えひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人の写真及びB山の供述をもとに、原告を犯人であるとした警察官の判断は誤りであると主張する。
イ 前記前提事実のとおり、B山方の構造は、一月二七日に実施された実況見分の結果、傾斜地を利用した変則三階建てであり、玄関西側高窓及び傾斜地に張り出したベランダに面した台所東側掃き出し窓は施錠していなかったことが認められ、B山は八月二〇日第四回公判期日及び一〇月八日第五回公判期日において、玄関西側高窓から人が入ることは困難であると供述していたことが認められる。
そして、《証拠省略》によれば、ベランダ床部は地上から二・五mで、ベランダ外壁部の手摺り最上部までは地上から約四mであり、外壁部自体の高さが約一・五mであることが認められる。
すると、B山の構造等については、玄関西側高窓及び台所東側掃き出し窓が無施錠であったものの、玄関西側高窓は人が侵入し得る大きさではなく、また、台所東側掃き出し窓も高さ四mのベランダに面していたということができる。
また、前記前提事実のとおり、原告と七年余りにわたって親しい関係にあったB山は、一月二九日、えひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人は、原告に似ている、原告にはB山方の合い鍵を預けていると供述し、二月五日には、顔ははっきりとわからないが、全体的な雰囲気が原告によく似ていると供述していたことが認められる。
このようなB山方の構造、B山の供述からすれば、捜査の初期段階であった一月二七日当時、原告に対して嫌疑を抱き、原告に関する捜査を実施することは、合理的な捜査として是認されるものということができる。
ウ この点、原告は、B山方には、アルミ製梯子があったのであるから、これを実況見分当時発見していれば、外部侵入の可能性を疑っていたはずであり、原告に嫌疑を抱いていたのは、捜査の不十分さによるとする。
確かに、前記前提事実、《証拠省略》によれば、C川警察官は、一月二七日、B山方の実況見分を実施したが、B山方一階にアルミ製梯子及び脚立が存在したことを確認していなかったことが認められる。
しかし、上記のとおり、B山方の構造自体は、外部からの侵入が相当程度困難であったということはできるのである。そして、証人C川の証言及び弁論の全趣旨によれば、一月二七日の実況見分を行ったC川警察官は、アルミ製梯子を確認していなかったものの、合い鍵等を利用した犯行の可能性と、無施錠の掃き出し窓から侵入した犯行の可能性の双方を考えていたというのであって、外部侵入の可能性を疑っていなかったということはできず、アルミ製梯子を発見した場合には直ちに外部からの侵入のみを疑うべきであったともいえない(同梯子を利用しての侵入そのものも容易と言い難いものであることはA川の供述からも明らかである。)のであるから、アルミ製梯子を発見していれば、原告について嫌疑がないことが判明し、その結果、原告に対する捜査は行われなかったということはできない。
エ また、原告は、防犯ビデオに写った犯人の写真は明確ではないから、親しい間柄であったB山の供述であっても、証拠としての価値は低く、原告をはじめとする第三者にも同写真を見せて取調べを実施すべきであったと主張する。
しかし、防犯ビデオには、犯人が写っているのであって、その写っている犯人が誰であるかという点について、いずれの人物に似ているかというのは、犯人の識別に関する一つの事情であることは否定できず、B山の供述をも考慮して、原告に嫌疑を抱いたこと自体が不合理であるとまではいえない。そして、前記前提事実、《証拠省略》によれば、防犯ビデオに写った犯人の写真は、それ自体から人物を特定できる程度に鮮明であったわけではないが、原告と親しい間柄にあったB山が犯人と原告が類似している旨指摘したことは、それ自体で犯人の識別を行う上での一つの資料となり得るのであって、B山の供述にどの程度の信用性を認めるかはともかく、原告と親しい関係にあるB山が、防犯ビデオに写った犯人について、原告に似ている旨供述した事実をもって、原告に対して嫌疑を抱き、原告に関する捜査を実施することが、不合理であったということはできない。
また、上記のとおり、防犯ビデオに写った犯人の写真は、それ自体から人物を特定できる程度の鮮明さを有していたわけではないのであって、同写真に写った犯人が原告に似ているか、似ていないかは、いずれにしても原告の嫌疑を基礎付ける補充的な証拠資料であったというべきであって、仮に、第三者に対し、防犯ビデオに写った犯人の写真を示して取調べをしても、原告の嫌疑がないことまで判明したとはいえないのであり、既に認定した事実関係においては、原告をはじめとする第三者に対し、取調べを実施し、原告に似ているか否かを確認する必要性は認められなかったというべきであって、合理的に期待される通常の捜査を怠ったとはいえない。
オ 以上のとおり、原告を犯人であるとした警察官の判断は誤りであるとの原告の主張は理由がないというべきである。
(2)ア 原告は、警察官が、B山に対し、誤導により働きかけて、原告の供述内容に合致する被害届を提出させたとする。
イ そこで、B山が追加の被害届を提出し、供述内容を変更するに至った経緯について検討する。
(ア) 前記前提事実によれば、原告は、二月五日午後四時ころから行われた引き当たり捜査において、B山方寝室鏡台の椅子の中にあった緑色のバックから、巾着袋型印鑑ケースを盗んだと説明し、また、B山方寝室はめ込み式タンスの中にあったバックから通帳を盗んだと説明していたことが認められる。
(イ) これに対して、被害届の提出等の状況についてみると、前記前提事実のとおり、B山は、一月二七日に赤紫色布製巾着袋、えひめ南農協C林支所発行のB山名義の普通貯金通帳、松夫名義の健康保険被保険者証、B山名義の印鑑登録証、松夫名義の印鑑登録証、黒色がま口式印鑑ケース、直径一・五cmの黒色円形印鑑一本、直径一cmの黒色円形印鑑二本について被害届を提出していたが、その後、原告のB山方に引き当たり捜査の後である二月五日午後四時三〇分き、原告が巾着袋型印鑑ケースも盗んだと話していることを受けて、巾着袋型印鑑ケースについても被害届を提出し、さらに、B山は、二月五日、A田警察官に対し、原告は巾着袋型印鑑ケースを盗んだと話しているが、それは使っていた印鑑ケースのことであると思うと供述していたことが認められる。
なお、前記前提事実によると、B山は、八月二〇日第四回公判期日及び一〇月八日第五回公判期日において、二月五日に追加の被害届を提出し、黒色がま口式印鑑ケースを追加するつもりであったが、赤紫色の巾着袋型と記載されており、その経緯は不明である旨証言していることが認められるが、《証拠省略》によれば、B山は、上記内容の二月五日付け被害届の氏名欄に署名、押印し、また上記内容の同日付けのA田警察官作成の供述調書にも、署名、押印しているのであって、二月五日当時、B山が同趣旨の供述をし、また同趣旨の被害届を提出した事実は認められるというべきである。
(ウ) また、B山の貯金通帳の保管場所、印鑑の本数、健康保険被保険者証等に関する供述に関する経緯をみるに、前記前提事実のとおり、B山は、原告のB山方引き当たり捜査の後である二月五日午後四時三五分に、原告が印鑑等を盗んだ日とは別の日に貯金通帳を盗んだと話したことを受けて、貯金通帳の盗難時期を変更する被害届を提出し、A田警察官に対しては、原告が通帳等をはめ込み式タンスから盗んだと話したのを受けて、貯金通帳の保管場所ははめ込み式タンスの中のバックであったこともあると供述し、さらに二月九日には、B野検察官に対し、原告がB山名義の貯金通帳を洋服タンスの中の黒いバックから盗んだというのであれば、そこから盗まれたのかもしれないと供述していたことが認められる。
ウ そこで、B山が二月五日付け被害届の提出及び同日付け供述調書における供述の原因について判断するに、上記のとおり、B山は、原告の話していた内容を受けて、被害届を提出し、また、貯金通帳の保管場所に関する供述を変更していることが認められる。
そして、前記前提事実によれば、B山は、二月五日、A田警察官に対し、当初貯金通帳と印鑑を同じ日に盗まれたとして被害届を提出したのは、印鑑と通帳を盗まれたことに気付いたことが理由であること、松夫の自動車を購入する際に通帳を使っているのが最後であるから通帳が先に盗まれていることも納得できる旨、えひめ南農協の通帳はほとんど使わないため、置いた場所がはっきりしないまま話していたところがあり、はめ込み式タンスの中のバックに入れていたこともあった旨供述し、さらには、巾着袋型印鑑ケースについては、自分が使っていた印鑑ケースのことであるとして、追加被害届を提出した旨供述していたこと、八月二〇日第四回公判期日及び一〇月八日第五回公判期日においては、警察から原告が供述しているので確認を求められて、思い出して被害届を提出し、原告の話を聞いて貯金通帳を洋服タンスに入れていたことを思い出した旨供述したことがそれぞれ認められる。
このように、B山が追加被害届を提出し、貯金通帳の保管場所に関する供述を変更したのは、B山が警察官から原告の供述を聞いたことによるものであると認めることはできる。
エ しかし、被疑者が被害者と異なる内容の供述をした場合に、捜査機関がその異なる供述内容を被害者に確認することは、被害者の供述内容を被疑者に確認することと同様、被疑者及び被害者の供述の各々の信用性及び正確性を検討するために必要な捜査であることは否定できず、これ自体をもって誘導であるなどの不合理な捜査手法ということはできない。そして、当該捜査の結果、被疑者又は被害者に記憶に誤り等が認められる場合には、被疑者に有利な場合は当然、不利な場合であってもその齟齬を放置しなければならないわけではなく、被疑者又は被害者が指摘によって喚起された記憶等に基づき、供述等を訂正する場合には、訂正を認めることも妨げないのであるから、これら供述を録取し、また訂正した被害届を受理することも合理的な捜査の範囲に属するものというべきである。
本件においては、上記のとおり、被疑者とされる原告の供述と被害者とされるB山の供述との間には、巾着袋型印鑑ケースという被害品の有無、被害品である貯金通帳の保管場所について齟齬があったのであり、原告の供述内容をB山に告げて、その真偽を確認すること自体に不合理な捜査というべき点は認められない。そして、B山は、原告とB山との供述が齟齬する部分であった巾着袋型印鑑ケース及び貯金通帳の保管場所について確認を求められ、その結果、自己の使用していた印鑑ケースであることの記憶を喚起して巾着袋型印鑑ケースについて追加の被害届を提出し、また、通帳の保管は一定せずにはめ込み式タンスにも保管していたことがあるとの記憶を喚起して保管場所に関する供述を変化させたのであって、これらは、原告とB山との供述の齟齬を指摘した結果であるにすぎないというべきである。
オ これに対し、原告は、B山の二月五日付け追加被害届や同日付けの供述調書は、警察官の誘導によるものであるとするが、前記前提事実のとおり、B山は、八月二〇日第四回公判期日及び一〇月八日第五回公判期日において、追加被害届の提出や貯金通帳の保管場所に関する供述を誘導された旨証言していなかったのであって、警察官が誘導によって被害届を作成し、また供述を得たと認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
カ したがって、B山が二月五日付け被害届の提出及び同日付け供述調書における供述が、警察官による誤導等違法な捜査に基づくものであると認めることはできず、この点に関する原告の主張は理由がない。
(3)ア 原告は、警察官が原告のアリバイを確認するために行ったとする走行実験は、実際に行われているか極めて疑わしいし、十分なアリバイ捜査ではないとして、当該捜査の不備を主張する。
イ 証人E川は、C川警察官に対し、原告が正午までD川社にいたという事実は確定できないが、念のため、一二時までD川社にいたことを前提に、一二時一〇分までにえひめ南農協本所に行くことができるか確認するよう指示した旨証言し、また、証人C川は、六月一四日の正午前ころ、別事件の内偵捜査の帰りに、C川警察官、C原巡査部長、B沢刑事の三人で、D川社の前を通る国道付近からえひめ南農協本所まで走行し、距離にして四・二kmであり、制限速度を超えているところもあるが、所要時間が六分程度であったと証言しているのであって、これら各証言によれば、走行実験を実施し、その旨の捜査報告書を作成したものと認めるのが相当である。
ウ 原告は、走行実験の結果を記載したとする捜査報告書の記載には不備があり、実際に走行実験をしたか極めて疑わしいとする。
確かに、前記前提事実、《証拠省略》によれば、六月一五日付け捜査報告書には、原告の勤務場所であったD川社からえひめ南農協本所までの走行実験の結果として、距離四・二km、所要時間六分である旨記載されているが、実施日時、実施者、走行開始地点及び終点、走行経路の記載がないことが認められる。
しかし、上記のとおり、証人C川の証言によれば、六月一四日正午前ころ、別事件の内偵捜査の帰りに、C川警察官、C原巡査部長、B沢刑事の三人で、D川社の前を通る国道付近からえひめ南農協本所まで走行し、距離にして四・二kmであり、速度規制が時速五〇kmないし時速四〇kmであったが、そのとおりに走っておらず、所要時間が六分程度であったと特定して証言しているのであって、捜査報告書の記載の不備をもって、およそ走行実験を行っていないと認めるには足りない。
エ また、原告の主張によれば、原告所有自動車を駐車していたD川社の駐車場からえひめ南農協本所建物前まで実測すると、その所要時間は九分一〇秒、八分一〇秒、七分五〇秒、七分四〇秒であるとし、走行実験の測定結果とは大きな齟齬があるから、実際に走行実験をしたか極めて疑わしいとする。
しかし、上記のとおり、C川警察官が行ったとする走行実験は、D川社の前を通る国道付近からえひめ南農協本所までであり、原告が実測した区間とは異なっているのであり、証人C川も、制限速度を超えて走行してた旨証言しているのであるから、所要時間が短縮されている可能性はあるのであって、これを比較し、走行実験が行われていないと認定することはできないというべきである。
オ ところで、原告は、警察官が現実には走行実験をしていないとか、走行実験が杜撰であると非難する。
確かに、前記前提事実のとおり、原告は、二月五日に行われた引き当たり捜査において、自動車をえひめ南農協本所近くのフジの駐車場に駐車し、歩いてえひめ南農協本所へ向った旨説明していたが、《証拠省略》によれば、C川警察官は、D川社の前を通る国道から、えひめ南農協本所の前まで自動車で走行して計測しているのであって、原告の指示説明と異なる状況で実験をしているのであって、原告の供述を正確に検討した捜査であったとはいえない。
しかし、捜査機関が実施する捜査は、すべての事件の真実発見のため普遍的に有効なものはなく、いかなる手法の捜査を用いるかは、事件の内容やその時期、特性に応じた対応が必要であって、捜査機関に広範な裁量が与えられているほか、原告自身が主張するとおり、被疑者が罪を犯したのか否かについて多面的に実施されるものであり、ある特定の捜査手法をとらないことや、採用した捜査手法が実際には杜撰であったことが、直ちに国家賠償法上の違法事由を構成するものではないというべきである。原告が問題とする上記捜査については、前記前提事実、《証拠省略》によれば、えひめ南農協本所の防犯ビデオテープでは、一月八日午後零時一〇分二三秒に犯人の姿がガラス越しに確認でき、原告のアリバイが成立するためには、原告がD川社を一月八日正午に出発した場合には、原告所有自動車を駐車していた駐車場からえひめ南農協本所までの所要時間が一〇分三三秒以上の時間を要する必要がある。そして、《証拠省略》によれば、フジの駐車場とえひめ南農協本所とは、信号にかかっても、一、二分というのであるから、原告のアリバイを確認するために、C川警察官が実施した上記走行実験では不十分とはいえないのである。さらに、原告の主張によれば、原告所有自動車を駐車していたD川社の駐車場からえひめ南農協本所建物前まで実測すると、その所要時間は九分一〇秒、八分一〇秒、七分五〇秒、七分四〇秒であるというのであって、原告の主張する所要時間を前提としても、一〇分二三秒の所要時間は下回っているのであるから、原告主張の走行実験を行ったとしても、原告のアリバイを立証するに足りる結果とはならず、原告が真犯人ではないことが判明したともいえない。
カ 以上のとおり、原告の主張のうち、走行実験が実際に行われていないとの部分は認めることができず、また走行実験が杜撰であるとの部分については失当といわざるを得ないのであり、この点に関する原告の主張は理由がない。
(4)ア 原告は、レーザーポインターを使用した身長測定実験に関する警察官の説明が矛盾しており、不自然であるとして、実験方法に警察官がいうレーザーポインターによる身長測定実験は現実に行われていない旨主張する。すなわち、原告は、証人C川の証言によれば、C川警察官は防犯ビデオカメラに写った犯人の写真をもとに、犯人の頭頂部と重なった壁の位置を目標にレーザーポインターを照射して遮へい物を設けて測定する旨説明しているにもかかわらず、同人の陳述書(丙三)によれば、レーザーポインターを犯人の頭頂部自体に向けて照射し、三角相似法を利用した計算式で測定すると説明しているのであって、同一の捜査手法であるにもかかわらず説明が矛盾しており、信用できないとし、実際には実験を行っていないか、又は実験の結果が原告の身長と明らかに異なっていたため、これを隠匿しているにすぎないとするのである。
イ(ア) そこで、まず、身長測定実験に関する証人C川の証言についてみてみるに、証人C川は、身長測定実験に関する主尋問に対し、おおむね以下のとおり証言している。
E川検察官から犯人の身長、手の長さ、頭部の長さ等を割り出して個人識別することはできないかとの指示を受けた。レーザーポインターを利用した身長測定方法については、三月二九日に警察大学校警察通信研究センターに鮮明化を依頼に行ったE沢警察官から教えてもらったが、C川警察官自身も、鑑識係を六、七年しており、現実に昭和五九年から六〇年くらいに、銀行強盗のときにレーザーポインターを利用する手法を実施したときに、補助をしたことがあった。身長測定の方法は、レーザーポインターを防犯ビデオカメラのレンズの中心に置いて照射し、レーザーポインターを操作する者が防犯ビデオカメラに写った犯人の写真を元に、犯人の頭の位置を推定して照射し、それの向こう側に写る壁の位置を計測するものである。えひめ南農協本所では、五回ほど実施したが、写真自体がテレビの走査線のためはっきり写っておらず、幅があり、足下が写っていないため立ち位置が特定できず、身長の誤差は一六〇cmから一八〇cmの幅があり、二〇cmくらいの誤差が出ることがあった。E川検察官には、二〇cmくらいの誤差が出るとの報告をしたが、具体的な測定結果は報告していない。
(イ) 次に、証人C川は、身長測定実験に関する反対尋問に対し、おおむね以下のとおり証言している。
防犯ビデオカメラの中心に、レーザーポインターという装置を設置し、レーザーポインターを照射する者が、防犯ビデオに写った犯人の写真を見て、頭の上を通った位置にレーザーを当てるようにし、そうすると、その先が壁に写るので、壁の位置を計算で出すか、現実にレーザーの通っているところへ何か遮へい物を持っていって、その高さを測るという方法である。防犯ビデオカメラに写った犯人の写真によると、犯人の頭の一番上の位置が、カレンダーの位置になるので、カレンダーの位置と横線で水平線を引いて、推定してレーザーポインターを照射した。カレンダーに向けて打つのではなく、カレンダーとの水平線を引いて、ある程度のこの位置だと目見当で推定して照射して測定した。走査線で頭の幅も結構あり、立ち位置も想定しているため、誤差が約二〇cmあった。
(ウ) そして、証人C川作成の陳述書(丙三)においては、身長測定実験の方法に関して、以下のとおり説明している。
警察大学校警察通信研究センターに出張していたE沢警察官から、レーザーポインターを利用した身長測定方法を聞いており、E川検察官から防犯ビデオからの身長割出は可能であるか相談を受け、E沢警察官とともに、えひめ南農協本所で実験することとした。レーザーポインターを防犯ビデオカメラのレンズ中央に設置し、手元の写真を見ながら写っている人物の頭頂部を実際の現場で推定し、そこにあうようにレーザーポインターを照射し、背面の壁に投影されたポイントをチェックし、犯人の足下を推定し、その結果を用いて三角相似法を利用した計算式に当てはめて身長を測定するというものである。レーザーの照準を感覚に頼らざるを得ず、見えない犯人の足下を推定で行っているため、数値が異なり最大で二〇cm程度の誤差が生じた。
ウ(ア) 以上の証人C川の証言について判断するに、証人C川は、身長測定実験の方法については、レーザーポインターを防犯ビデオカメラのレンズ中央に設置して、犯人の頭頂部を目標に照射するものと説明している。そして、レーザーポインターの照射目標については、主尋問において、防犯ビデオカメラに写った犯人の写真を元に、犯人の頭の位置を推定して照射すると証言し、反対尋問においても、防犯ビデオに写った犯人の写真をみて頭の上を通った位置にレーザーを当てるようにした旨証言しているのであって、手元の写真を見ながら写っている人物の頭頂部を実際の現場で推定し、そこにあうようにレーザーポインターを照射するとの説明をした陳述書の記載と矛盾するものではない。
証人C川は、反対尋問において、犯人の頭の一番上の位置が、カレンダーの位置になるので、カレンダーの位置と横線で水平線を引いて、推定してレーザーポインターを照射した旨証言するが、同証言は、犯人の頭の位置を空間的に特定するために、防犯ビデオカメラに写ったカレンダーの高さ、位置を参考とした趣旨であって、カレンダーの高さ、位置等そのものを目標に照射したのではないから、上記の証言に矛盾は認められないと解するのが相当である。
(イ) また、実験の実施方法については、主尋問において、レーザーポインターの照射の結果、向こう側に写る壁の位置を計測するものと証言しており、レーザーポインターの照射により壁に示し出される点をもとに、計算式により算出する方法を説明している。
以上の説明は、レーザーポインターを照射し、背面の壁に投影されたポイントをチェックし、犯人の足下を推定し、その結果を用いて三角相似法を利用した計算式に当てはめて身長を測定する方法を説明している陳述書と同趣旨であるといえる。
これに対し、証人C川は、反対尋問においては、現実にレーザーの通っているところへ何か遮へい物を持っていって、その高さを測るという方法も説明しており、計測方法について異なる説明をしているのであって、証人C川の証言の信用性に劣る面があることは否めない。
(ウ) 以上の評価を前提にみると、証人C川の証言は、一部証言の内容に異なる部分があり、信用性を慎重に検討する必要はあるが、証人C川は、E川検察官から身長測定実験の可能性を相談されたこと、鑑識係であったころに、レーザーポインターを使った実験をしたことがあること等レーザーポインターを使用する実験を行うに至った事情を詳細に証言し、また、レーザーポインターを使用して照射する目標が犯人の頭頂部であること、その目標を特定するためにカレンダーの位置を参考にしたこと等その測定実験の過程を説明しており合理性を有していること、反対尋問においても、遮へい物を設置して実測する方法とともに、レーザーポインターを当て、その先の壁に写る位置をもとに計算で出す方法についても説明し、誤差を生じた原因が走査線による頭頂部の不鮮明、立ち位置の不特定、目見当による測定の不安定性を指摘し、当該実験方法の問題点も併せて指摘していることからすれば、必ずしも証人C川の証言が信用し難いということまではできない。
また、前記前提事実のとおり、原告は、二月一二日以降、B山方の窃盗、えひめ南農協における有印私文書偽造、同行使、詐欺の犯行をすべて否認し、宇和島警察署においては、裏付け捜査が求められていたことが認められるが、証人C川は、このような事情のもとで、E川検察官に対し、二〇cmもの誤差がある旨報告していると証言しているのであって、当該証言の趣旨が、防犯ビデオに写った犯人が原告であったとは特定できなかったというにほかならず、内容的に自己に有利なものとはなっていない点からしても、当該証言内容は信用するに足りるものと判断するのが相当である。
エ このように、信用に足りる証人C川の証言、同証人の陳述書(丙三)及び弁論の全趣旨によれば、C川警察官は、レーザーポインターを防犯ビデオカメラのレンズの中心に置いて照射し、レーザーポインターを操作する者が防犯ビデオカメラに写った犯人の写真を元に、犯人の頭の位置を推定して照射し、それの向こう側に写る壁の位置を計測する方法によって、身長測定実験を行ったものと認めるのが相当である。
オ 原告は、警察官がレーザーポインターを使用した身長測定実験を行ったとしても、それは方法として十分なものではなく、犯行を再現させるなどして、これを同じ防犯ビデオカメラで撮影する方法で確認するのが適正な捜査手法であると主張する。
しかし、同主張は、いつの時点で犯行再現等捜査を実施し、防犯ビデオカメラで撮影するべきとするのか、一概に明らかではなく、A川との身長の差を前提に、原告に犯行再現などを行わせれば、明らかに身長差が認められるはずであるというにすぎず、当時の証拠関係に照らして、原告に犯行再現実況見分等の捜査を行うべきであったとする合理的根拠を示した主張とはなっていない。
仮に、原告が本起訴を受けた二月一二日以前に行うべきであったとしても、既に述べたとおり、原告に関しては、合理的な嫌疑があったということができるのであって、一件記録によっても、さらに身長測定実験を行うべき必要性を認めることはできず、これをしなかったことが当時の証拠関係等に照らし、合理的に期待される通常の捜査を怠ったものということはできない。
また、仮に、原告が本起訴を受けた後に行うべきであったとしても、前記前提事実によると、原告は二月一二日に本起訴を受けており、かつ犯行を否認していたのであって、被告人の地位を併有し、犯行を否認している者に対して、犯行再現実況見分等の捜査を実施することが可能であり、適切であったということができる根拠を具体的に主張しておらず、これを認めるに足りる証拠もないのであるから、これをしなかったことが、不合理、違法とする事情は認められない。
カ 原告は、身長測定実験を行うに当たっては、レーザーポインターを使用する必要はなく、犯人の頭頂部自体が特定できれば、巻尺等を用いて測定すれば足りるはずであると主張する。
しかし、証拠(丙三、証人C川)及び弁論の全趣旨によれば、C川警察官は、レーザーポインターを利用した身長測定方法については、E沢警察官から教えてもらい、C川警察官自身も、鑑識係であった昭和五九年から六〇年ころに、銀行強盗の事案でレーザーポインターを使った実験をし、明確な数値を算出した経験があったというのであって、上記のとおり、三角相似法を利用した計算式による場合でも、遮へい物を設置して実測する方法によっても、防犯ビデオカメラと犯人の頭頂部とを結ぶ線を必要とするのであるから、身長測定に際して使用する器具として、不適当であったということまではできない。
原告の主張は、警察官の採用したレーザーポインターを用いた身長測定方法のほかに、選択肢としてあり得る測定方法を示し、レーザーポインターを用いた身長測定方法と比較して妥当であるというにすぎないのであって、巻尺等を用いた捜査をしなかったことが、違法となる根拠はなお不明であるといわざるを得ない。また、前記前提事実、《証拠省略》によれば、防犯ビデオに写った犯人の写真では、えひめ南農協本所の窓口カウンターにより、犯人の足下は確認できず、犯人の立ち位置は特定できないのであって、巻尺等で計測すべき犯人の頭頂部はなお不明確であるということができるのであって、巻尺等で計測すべきとしても、その立ち位置による誤差は生じざるを得ないのであって、必ずしもレーザーポインターによる身長測定方法より優れた妥当な測定方法であるということはできない。
キ 以上のとおり、レーザーポインターを用いた身長測定方法を実施していないとする主張及びレーザーポインターを用いた身長測定方法が不合理であるとする主張はいずれも理由がないというべきである。
七 よって、原告の被告愛媛県に対する警察官の違法に関する主張は、いずれも理由がないといわざるを得ない。
第五検察官の違法性に関する判断(被告国関係)
一 刑事事件において無罪の判決が確定したというだけで直ちに公訴の提起、追行が違法となるということはなく、公訴提起時の検察官の心証は、その性質上、判決時における裁判官の心証と異なり、右提起時における各種の資料を総合勘案して合理的な判断過程により被告人を有罪と認めることができる嫌疑があれば足りるものと解すべきである(最高裁昭和四九年(オ)第四一九号同五三年一〇月二〇日第二小法廷判決・民集三二巻七号一三六七頁)。そして、公訴提起時において、検察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により被告人を有罪と認めることができる嫌疑があれば、右公訴の提起は違法性を欠くものと解するのが相当である(最高裁昭和五九年(オ)第一〇三号平成元年六月二九日第一小法廷判決・民集四三巻六号六六四頁)。
なお、原告は、司法研修所においては、合理的疑いを差し挟まない程度の嫌疑が必要であると教育、指導しており、以上の最高裁判所の判決やこれに関する最高裁判所判例解説は、司法研修所の教育指導内容を正解していないとして非難するが、原告の指摘する司法研修所における指導内容が国家賠償法上の違法性について言及しているものとは認められないのであって、当裁判所の採用するところではない。
二 本起訴の違法性について
(1) 争いのない事実等及び前記前提事実によれば、本起訴当時において、検察官が現に収集した証拠資料はおおむね以下のとおりである。
ア B山は、一月二七日、赤紫色巾着袋一個、えひめ南農協C林支所発行のB山名義の普通貯金通帳一冊、松夫名義の健康保険被保険者証一通、B山名義の印鑑登録証一通、松夫名義の印鑑登録証一通、黒色がま口式印鑑ケース一個、直径一・五cm黒色円形印鑑一本、直径一cm黒色円形印鑑二本を窃取された旨の被害届を提出した。
イ C川警察官は、一月二七日、B山方を実況見分し、B山方が傾斜地を利用した変則三階建てであり、居宅玄関部は二階にあり、玄関西側高窓及び傾斜地に張り出したベランダに面する台所東側掃き出し窓は無施錠であった。B山は、B山方二階寝室にあるドレッサーの椅子の中の緑色手提げバック内に、通帳、印鑑等を入れていた巾着袋があった旨指示説明した。
ウ B山は、一月二九日、E田警察官に対し、えひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人の写真を見て、原告によく似ており、原告にはB山方の合い鍵を渡している旨供述した。
エ C川警察官は、二月一日、原告居宅及び原告所有自動車を捜索したが、証拠物は発見できなかった。
オ 原告は、二月一日午前七時五八分ころ、任意同行を求められ、宇和島警察署において取調べを受けた。原告は、B山方の窃盗事件を否認したが、同日午後二時ころになり、動揺した後、突然号泣して、「誰も自分のことは信じてくれない。」と述べて、B山方での窃盗事件を認める供述をした。原告は、二月二日、宇和島区検察庁で行われた弁解録取に際して、検察官事務取扱検察事務官に対し、印鑑を盗んだことは間違いない旨述べ、また二月三日、宇和島簡易裁判所において行われた勾留質問に際しても、印鑑を盗んだことは間違いないと供述した。
カ C川警察官は、D川社の事務員E山に電話で照会し、原告が一月八日ころ、二〇万円を弁済した旨確認した。
キ 原告は、平成一〇年一二月下旬ころに印鑑を盗み、一月八日にえひめ南農協本所に行って五〇万円を引き出し、二〇万円をD川社のE山に支払い、一〇万円を自動車の足下マットに隠し、二〇万円はパチンコ等の遊興費に使った旨供述し、C川警察官が原告所有自動車を再度確認したところ、後部床マットから年末調整と書かれた茶封筒入りの一〇万円が発見された。
ク 宇和島警察署は、武富士、サンライフ、プロミス、アコム、アイフルに原告の金銭貸借状況を確認したところ、原告はいずれからも借入金があり、武富士においては、一月一六日に一万円、サンライフにおいては一月一五日に一万二〇〇〇円、プロミスにおいては一月一一日に二万円、アコムにおいては、一月一八日に一万五〇〇〇円に金銭の入出金が確認された。
ケ 原告は、取調べにおいて、おおむね以下のとおり供述していた。
B山方の松夫が次々に趣味の物を買っているのに、自分は生活が苦しく、自分の趣味であるパチンコはできないし、不公平であると思い、盗みを思いついた。ふだん余り使っていない農協の通帳を盗むこととし、平成一〇年一〇月中旬ころに、B山方寝室の洋服タンスの中から通帳を盗み出し、B山が騒ぎ出さないか様子を見ていた。印鑑がどこにあるのかわからなかったが、その後、松夫が自動車を買うときに直径一・五cmくらいの黒色印鑑を押していたのを見たので、寝室にあることがわかった。平成一〇年一一月ころに松夫の自動車が納車されたので、印鑑を盗むこととし、平成一〇年一二月ころ、B山と松夫が外出したときに、寝室の鏡台の椅子の蓋を開けて、緑色バックを取り出し、印鑑ケースごと取り出し、元通りにした。印鑑を盗んだ後もB山が騒ぎ出さないか様子を見ていた。そして、一月八日に農協に行って貯金を下ろした。印鑑、印鑑ケース、貯金通帳以外は盗んでいない。盗んだ印鑑ケースは巾着袋型であり、形や大きさについては作成した図面のとおりである。印鑑と通帳はD川社で焼き捨てた。
コ 原告は、二月五日、引き当たり捜査に同行した。原告は、B山方において、寝室のはめ込み式タンスから通帳を盗み、鏡台の椅子から印鑑を盗んだことを説明した。次に、D川社のゴミ焼き場では、印鑑と通帳を焼き捨てたと説明し、フジの駐車場では、駐車した位置を説明した。そして、えひめ南農協本所では、正面西側入り口ドアから入り、フロアー南側の記帳台で備え付けの貯金払戻請求書及びボールペンを使用し、東側から二番目の窓口で手続を行い、金銭を受け取った旨説明した。
サ B山は、二月五日、原告の供述を受けて、巾着袋型印鑑ケースについて、追加被害届を提出した。
シ B山は、おおむね以下のとおり供述した。
原告とはD川社で知り合い、七年くらいの付き合いがあるが、警察官から見せてもらったえひめ南農協本所の防犯ビデオに写った男は、原告によく似ている。一月二六日に伊予銀行の行員が印鑑を貸してほしいと言うので取り出そうとしたが、見つからなかったので、盗まれたことに気付いた。印鑑を入れていた巾着袋が一緒になくなっていたので、その中に入っていた物も盗まれたと思い、被害届を提出したが、印鑑と通帳を除いた物は、家の中の様々な所に置くので、はっきりとした自信はない。原告が供述している巾着袋型印鑑ケースは、自分が使っていたものであると思う。また、今まで、通帳はドレッサーの椅子の中に入っていたと話していたが、家の中のいろいろな所に置くことがあるので、場所ははっきりせず、原告の供述しているとおり、洋服タンスに入れていたこともある。原告は平成一〇年一〇月ころに通帳を盗んだと話しているが、松夫が自動車を購入して、貯金を下ろしたのが平成一〇年九月一四日であるから、原告の話も納得できる。また、平成一〇年一二月のクリスマス前後に松夫と外食したことがあり、そのことは原告にも伝えていた。盗まれた巾着袋の形や大きさは、作成した図面のとおりであり、原告の描いた図面と比べても類似している。
(2) 以上の事実関係に対し、原告は、以下のとおり主張し、検察官が本起訴に当たって、通常要求される捜査を怠っており、以上の認定のほかに収集し得た証拠資料があると主張するので、判断する。
ア 原告は、えひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人と原告との同一性を示す証拠はB山の供述しかなく、B山以外の第三者にも同写真を見せて、犯人と原告との同一性を確認する捜査をすべきであったとし、同捜査により、E原一郎に確認を求めれば、犯人は原告に似ていない旨の供述が得られていたはずであるとする。
しかし、B山方の窃盗事件に関する直接の証拠は原告の供述であって、最も検討されるべきは原告の自白の信用性であったということができる。そして、前記前提事実、《証拠省略》によれば、防犯ビデオに写った犯人の写真は、その犯人の詳細な表情や特徴は明確ではなく、同写真をもって犯人の同一性を認めることはできない程度のものであるというべきであって、同写真に関する供述は、その内容が似ているというものであっても、似ていないというものであっても、原告の嫌疑を認めるに主要な証拠と位置づけることにはならず、補完的にすぎないのであるから、本起訴に当たって、原告に対する嫌疑を認めるために必要な捜査であったということはできない。
よって、えひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人と原告との同一性を第三者に確認するとの捜査が本起訴に当たり、通常要求される捜査であったということはできず、これをもとに本起訴の違法性を判断するべきではないというべきである。
イ 原告は、えひめ南農協本所において作成された貯金払戻請求書の筆跡と原告の筆跡の異同が確認されていないとし、仮に、筆跡の異同が確認されれば、原告の筆跡と一致しない旨の結果が得られていたはずであるとする。
しかし、前記前提事実のとおり、原告は、二月二日、宇和島警察署に対し、筆跡鑑定に使用する対照用筆跡五枚を提出し、また、宇和島警察署は、同日、えひめ南農協から任意提出を受けた貯金払戻請求書と原告が提出した上記対照筆跡が同一人の筆跡であるかどうかについて鑑定を依頼しているのであり、その鑑定結果は、本起訴後である二月一五日に報告されたのであるから、本起訴に当たって、筆跡鑑定結果を考慮することはできなかったというべきであり、通常要求される捜査を怠ったということはできない。
よって、原告の主張は理由がなく、払戻請求書の筆跡と原告の筆跡が一致しないとの事実をもとに本起訴の違法性を判断するべきではないというべきである。
ウ 原告は、犯行日時である一月八日正午ころの原告のアリバイ捜査が十分にされていないとし、仮に、原告のアリバイを捜査すれば、原告のアリバイが判明したはずであると主張する。
しかし、既に認定したとおり、原告が本起訴前に具体的なアリバイについて供述していたわけではなく、単に、会社にいたとのみ供述していたにすぎないものと認めるのが相当であり、捜査により確認するべき対象となる事実が不明確であったといわざるを得ず、また、原告の供述によっても、仕事の途中にB山方に立ち寄ることも可能であったのであり、原告の昼休みの行動が確認されていなかったからといって、通常要求される捜査を怠ったということはできない。
さらに、既に認定したとおり、E原一郎の一〇月二七日第六回公判期日における証言によると、D川社には、原告の一月八日の昼休みにおける行動について確たる記憶をもっている従業員がいなかったというのであって、当該捜査を実施した結果、原告のアリバイが確認できたと推認することも困難である。
したがって、原告の主張は理由がない。
エ 原告は、えひめ南農協本所から引き出された五〇万円のうち二〇万円をD川社に返済したとの点が十分確認されていないとし、仮に、確認すれば、原告がD川社に弁済したのが一月七日であったことが判明したはずであったとする。
前記前提事実のとおり、C川警察官は、二月一日午後零時三〇分ころに、D川社の事務員であるE山に対し、平成一一年に入って原告が返済した事実の有無を確認しており、E山は、一月八日ころに二〇万円を返済した旨即時に回答していたことが認められるが、一般に公的機関からの照会に対しては、帳簿書類等に基づき回答するものと考えられ、未確認のまま回答することは予想し難いというべきことからすれば、E山が帳簿書類等必要な書類を参照した上で、なお、一月八日ころと返済日を特定せずに即時回答しているものと考えるのが自然であって、同回答の内容について、さらに詳細な供述を得るべき必要性を見いだすことは困難であったというべきであって、通常要求される捜査を怠ったということはできない。
したがって、この点に関する原告の主張は理由がなく、D川社に対する二〇万円の返済が一月七日であったことをもとに、本起訴の違法性を判断するべきではないというべきである。
オ 原告は、印鑑及び通帳をD川社の焼却場で焼いた旨供述していたにもかかわらず、印鑑及び通帳を探すために同焼却場の捜索をしていなかったとし、仮に捜索すれば、印鑑及び通帳が発見できなかったはずであると主張する。
前記前提事実のとおり、C川警察官は、二月一日午前六時三五分ころから、B山名義の貯金通帳、黒色円形印鑑等を差し押さえるべきものとして、原告居宅及び原告所有自動車を捜索したが、いずれも発見することがなく、その後、原告は、同日午後二時ころからB山方の窃盗を認め、印鑑と通帳はD川社のゴミ焼き場で燃やし、えひめ南農協本所から引き出した五〇万円のうち一〇万円は自動車の足下マット下に隠した旨供述したことが認められる。そして、同日、原告所有自動車の後部床マット下を確認し、茶封筒入りの一〇万円を発見、任意提出を受けたことが認められるが、D川社のゴミ焼き場については、二月五日に引き当たり捜査を実施したのみであり、四月五日までに同所を捜索することはなく、四月五日に同所を捜索した結果、通帳及び印鑑は発見されなかったことが認められる。
一般に、犯罪事実に関する捜査を進めるに当たり、被害品を捜索することは、被害品自体を発見し、確保するために重要な捜査ということができるが、殊に被疑者が被害品の隠匿場所について供述する場合には、当該隠匿場所における捜索によって被害品が発見されるか否かは、被害品それ自体を発見するという重要性に加え、被疑者の供述の信用性を検討するための一つの重要な捜査であるということができる。
本件においても、原告の逮捕に先立ち、原告居宅及び原告所有自動車を捜索しており、その被害品である印鑑、通帳の発見が重要な目的であったことは明らかであり、また、えひめ南農協本所から引き出された五〇万円のうち一〇万円については原告が隠匿場所に関する供述をした直後に再度確認しているのであって、原告の供述する隠匿場所に被害品が存在するか否かを確認することが原告の供述の信用性を判断するに重要な事項の一つであったこともまた明らかであったというべきである。
そして、前記前提事実のとおり、印鑑及び通帳は二月一二日当時も発見されておらず、D川社のゴミ焼き場も捜索されていなかったというのであるから、被害品の発見のためにも、原告の供述の信用性を確認するためにも、必要な捜査であったということができるのであって、当該捜査の必要性は通常の注意を払えば認識し得たものというべきであり、一件記録によっても、当該捜査の遂行が困難であったとする事情も認められない。
したがって、本起訴当時において、D川社のゴミ焼き場を捜索するべきとする原告の主張は理由があり、本起訴の違法性を判断するにおいては、D川社のゴミ焼き場を捜索したこと、その結果、ゴミ焼き場からは通帳及び印鑑は発見されなかったことを前提に判断するのが相当というべきである。
(3) 以上の事実関係を前提に、総合勘案して合理的な判断過程により原告を有罪と認めることができる嫌疑があったといえるかを判断する。
ア まず、原告は、二月一日に任意同意を求められ、午前中の取調べにおいては、B山方の窃盗を否認していたが、その後は窃盗の事実を一貫して認め、弁解録取や勾留質問においても、B山方の窃盗を認めていたのであって、原告の供述内容に大きな変遷等は認められず、一貫した供述であると評価するのが相当である。
イ 次に、原告は、犯行に至った動機について、B山方に同居する松夫との比較をもとに、ギャンブルができないことを不公平に思い、犯行を思い立ったと供述し、犯行態様についても、B山の行動や松夫が自動車を購入した事実を織り交ぜながら、通帳と印鑑を別々に盗み出したと供述するなど、内容において詳細であり、具体的であったということができる。
ウ そして、原告は、B山方の窃盗について、通帳は平成一〇年一〇月ころにはめ込み式洋服タンスから盗み、印鑑は平成一〇年一二月ころ、B山の外出中に鏡台の椅子の中の緑色バックから巾着袋型印鑑ケースごと盗んだ旨供述していた。この点について、B山は、松夫の自動車購入の事実からすれば通帳を平成一〇年一〇月に盗むこともあり得ること、平成一〇年一二月には松夫と外食に出かけており原告の供述のとおりであること、通帳の保管場所については明確な記憶がなく、原告の言うとおりはめ込み式洋服タンスに保管していたこともあること、原告の話している巾着袋型印鑑ケースはB山が使用していたものであり、原告の描いた巾着袋型印鑑ケースの図面はB山が描いた図面と類似していることが確認され、原告の供述内容が、事実と矛盾しないことが確認されていたということができ、その犯行態様に関する供述内容には、本起訴当時、確認されていた事実に反する点もなかったことが認められる。
エ また、原告は、えひめ南農協本所から詐取した五〇万円の使途について、二〇万円をD川社に支払い、一〇万円を自動車に隠匿し、二〇万円をパチンコ等に使用したと供述していたが、D川社のE山に対する電話照会により、原告が一月八日ころに二〇万円をD川社に弁済していることが確認され、さらに、原告所有自動車内を確認した結果、後部座席足下マット下から茶封筒入りの一〇万円が発見されたのであって、五〇万円の使途に関する原告の供述内容は、おおむね確認されていた事実と合致していたことが認められ、通帳及び印鑑がD川社のゴミ焼き場から発見されないことをも考慮しても、総合的に見れば、原告の供述に不審な点はなかったということができる。
オ さらに、原告は、二月五日に行われた引き当たり捜査において、えひめ南農協本所での一連の行動を説明し、入り口のドアに関する指示説明を除き、えひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人と同様の行動をし、指示説明をしていたのであって、原告の五〇万円を引き出したことに係る指示説明内容は、おおむね確認されていた事実と合致していたことが認められ、原告の従前の供述内容等を疑うべき事情はなかったということができる。
カ このように、原告の供述内容は、一貫し、詳細かつ具体的であり、その内容においては、被害品の保管場所、被害品、五〇万円の引出行為、五〇万円の使途などにおいて、当時確認されていた事実関係に矛盾することはなかったのであり、主要な部分で裏付けのある供述であったということができ、信用性を認めることについては、十分な合理性があるというべきであって、その他、B山は、えひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人を見て、原告に似ており、原告にはB山方の合い鍵を渡している旨供述しており、また、B山方の構造が傾斜地に面した変則三階建てであり、外部からの侵入が比較的困難であったことなども併せ考慮すると、二月一二日当時の証拠資料を総合勘案すれば、原告に対する嫌疑があると判断することには、合理的な理由があったということができる。
(4) 原告は、以下のとおり主張し、各種証拠資料の評価を誤っているとして、原告に有罪と認められる嫌疑があったとする検察官の本起訴における判断には合理性がない旨主張するので、判断する。
ア 原告は、二月一日の取調べにおいて、自白を強要されているのであり、取調べ時間が六時間にわたっていることからしても、自白の強要を疑うべきであり、検察官は原告の供述に関する証拠評価を誤ったと主張する。
しかし、既に認定したとおり、原告は、二月一二日の取調べにおいては、自分が罪をかぶったら、会社や実家にまで自分のことを調べに行かないだろうと思って仕方なく認めたと供述したに止まり、E田警察官から机を叩かれたなどの有形力の行使の有無については何ら触れるところがなかったことが認められ、一一月二六日第七回公判期日においては、取調べ状況について明確な供述をしておらず、さらに、本件に至っては、刑事裁判では何ら主張、供述していなかった携帯電話を取り上げられた事実、手をはたかれた事実を新たに供述するに至っており、同一日時の連続した六時間の出来事について、記憶に鮮明に残存するであろう事実について、大きな変遷が認められるということができるのであって、原告のこのような供述経緯をもとにすれば、原告がE田警察官から自白を強要された事実は認めることができない。
したがって、原告が自白を強要されたとの事実を前提として本起訴が不合理であるとする主張は採用できず、この点に関する原告の主張は理由がないというべきである。
イ 原告は、B山方の窃盗に係る被害品には、松夫名義の健康保険被保険者証や印鑑登録証等が含まれており、これらはいつでもB山方に出入りできる原告が盗む必要がある物品ではないはずであって、原告の供述内容には不自然な点があり、検察官は原告の自白の評価を誤ったと主張する。
しかし、前記前提事実のとおり、原告は、二月七日の取調べにおいて、印鑑、印鑑ケース、貯金通帳以外は盗んでいないと供述し、B山も、二月五日の取調べでは、印鑑と通帳を除いた物は、家の中の様々な所に置くので、はっきりとした自信はない旨供述していたのであって、原告がこれら物品に関しては、なお明確な供述をしていなかったのであり、原告がこれらを盗んだことを前提として、なお、原告の供述が不自然であるとすることは、その前提を欠くものと言わざるを得ない。
よって、原告の本起訴当時の供述内容を前提としない原告の上記主張は採用できず、理由がないというべきである。
ウ 原告は、B山方の窃盗事件の動機について、パチンコ等のギャンブルが思う存分できる余裕のある生活がしたかったとの供述は、B山方で生活の世話を受けていた原告の生活実感とかけ離れており、原告の供述には不自然な点があり、検察官は原告の自白の証拠評価を誤ったと主張する。
前記前提事実のとおり、原告は、二月四日、B山方から盗みをした動機について、パチンコやギャンブルが思う存分できる余裕のある生活をしたかった、松夫が次々に趣味のものを買っているのに自分は生活が苦しく、自分の趣味であるパチンコはできないし、不公平だと思った、松夫は多趣味で、ゴルフクラブを買ったり、釣り竿を買ったりしており、贅沢で優雅な生活を送っていると感じた、松夫は平成一〇年の年末に自動車を買っており、いい生活をしているとねたむようになったと供述していたことが認められる。
原告の供述する動機は、松夫の趣味、生活状況、購入した物品など具体的な事実をもとに、松夫の生活状況と自分の生活状況を比較して、B山方からの窃盗を決意したというものであり、動機の生じた過程を含めて具体的であり、むしろB山方で生活をし、松夫の日々の生活状況等を観察していなければ供述できない内容であって、原告の生活実態に即したものということができるのであり、原告の供述した窃盗に及ぶ動機については、それ自体に不自然な点は見いだせないというべきである。
また、原告がパチンコ等が思う存分できる生活がしたいとの動機からすれば、五〇万円は当面のパチンコ代金としては十分に高額であり、原告の供述する動機が、B山方から窃盗を行うについて、不合理なものということもできない。
このように、原告の供述する動機については、生活実態から乖離したものとはいえず、むしろ具体性があり、日々の生活をもとにした合理的なものというべきであり、原告のこの点に関する主張は理由がないというべきである。
エ 原告は、犯行態様について、平成一〇年一〇月に通帳を盗み、その後B山の様子をうかがった上で、さらに平成一〇年一二月に印鑑を盗んだとの供述内容は、通常の窃盗犯人ではあり得ず、いつでも出入りできる原告が取るべき犯行態様とはいえず、供述内容は不自然であり、検察官は原告の自白の証拠評価を誤ったと主張する。
原告は、一般的な窃盗であれば別々に盗むことはないという前提をもって、原告の自白が不自然であるとするが、原告は、前記前提事実のとおり、B山方の窃盗事件を認めてからは、一貫して通帳と印鑑を別の時期に窃取したと供述していたのであって、他の証拠関係からも矛盾するなどの事情を摘示しないまま、当該供述内容が一般的事例と異なることのみをもって、不自然ということはできない。
むしろ、前記前提事実のとおり、原告は、二月七日、E田警察官に対し、B山がうっかり者で忘れ物が多いことを知っており、それに目をつけた旨供述し、二月九日、B野検察官に対し、平成一〇年一〇月中旬ころ、愛媛県北宇和郡a町のおがくず置場に行く途中にB山方に立ち寄り、洋服タンスから通帳を盗み出したが、印鑑がどこにあるかわからず、その後、松夫が自動車を購入する際にB山が印鑑を二階の寝室にしまったので、印鑑の保管場所はわかったが、松夫の納車が未了であったこと、ボーナス時期であり、金銭に困らなかったことなどから、引き出すことはせず、ボーナスの金銭がなくなった平成一〇年一二月ころに印鑑を盗んだと供述していたことが認められる。これら原告の供述は、B山が忘れ物が多いことに乗じて行った犯行であったこと、松夫が自動車を購入した事実、印鑑の保管場所がわからなかった事実、松夫の自動車の納車が未了であった事実、ボーナス時期であった事実等の時系列に沿って犯行態様を具体的に供述するものであるといえる。そして、前記前提事実のとおり、B山は、二月五日、A田警察官に対し、平成一〇年九月一四日に松夫の自動車を購入するため、通帳を使ったのが最後である旨供述し、二月九日、B野検察官に対しては、平成一〇年一二月のクリスマス前後に松夫と外食したことがあり、そのことは原告に伝えてあると供述しているのであって、原告が供述する各事実の時系列が、B山の供述と合致していたことが認められるのである。
このように、原告の供述する犯行態様は、事実経過に即した具体的なものであり、それ自体で不自然、不合理であるということはできない。
したがって、この点に関する原告の主張は理由がないというべきである。
オ 原告は、B山の一月一七日付け被害届や同日付け実況見分によると、印鑑及び通帳の保管場所はドレッサーの椅子の中であり、印鑑ケースは黒色がま口式であるとされていたのに、原告は、通帳は洋服タンスの中にあり、印鑑ケースは巾着袋型であったと供述しているのであるから、原告の供述内容はB山の供述と明らかに齟齬していたのであって、これを信用することはできず、検察官は原告の自白について証拠評価を誤ったと主張する。
しかし、前記前提事実のとおり、B山は、二月五日、原告の供述を受けて、赤紫色巾着袋型印鑑ケースについて追加被害届を提出し、また、同日、A田警察官に対し、通帳の保管場所も寝室のはめ込み式洋服タンスの中に置いてあるバックに入れていたこともあると供述しているのであって、原告の供述とB山の供述が明らかに齟齬していたということはできない。
なお、原告は、B山が提出した二月五日付け追加被害届及びB山のA田警察官に対する同日付け供述調書は、警察官の誘導によるものであるとして、原告の自白を補強する証拠とはならない旨主張する。
しかし、既に述べたとおり、B山が警察官から原告の供述を聞いた上で、追加被害届を提出し、貯金通帳の保管場所に関する供述を変更したものと認めることはできるものの、被疑者とされる原告の供述と被害者とされるB山の供述との間には、巾着袋型印鑑ケースという被害品の有無、被害品である貯金通帳の保管場所について齟齬があったのであり、原告の供述内容をB山に告げて、その真偽を確認すること自体に不合理な捜査というべき点は認められないのであって、本件においては、原告とB山との供述が齟齬する部分であった巾着袋型印鑑ケース及び貯金通帳の保管場所について、B山が確認を求められ、その結果、自己の使用していた印鑑ケースであることの記憶を喚起して巾着袋型印鑑ケースについて追加の被害届を提出し、また、通帳の保管は一定せずはめ込み式タンスにも保管していたことがあるとの記憶を喚起して保管場所に関する供述を変化させたのであって、これらは、原告とB山との供述の齟齬を指摘した結果であるにすぎないというべきである。そして、B山は、八月二〇日第四回公判期日及び一〇月八日第五回公判期日において、追加被害届や供述を誘導された旨の証言を行っておらず、その他一件記録によっても、警察官が誘導によって被害届を作成し、また供述を得たと認めるに足りる証拠はないのであるから、警察官がB山に対して、誘導、誤導をして供述を得ていたと認めることはできない。
したがって、この点に関する原告の主張は理由がないというべきである。
カ 原告は、原告居宅及び原告所有自動車から、被害品が発見されていないことを理由に、原告に対する嫌疑は不十分であると主張する。
しかし、被害品が、被疑者の居宅又は所有自動車から発見されない場合にも、その他の証拠資料を総合勘案して、嫌疑を認めることは何ら不合理な判断ではなく、特に前記前提事実のとおり、原告は、B山名義の印鑑及び通帳については、原告居宅又は原告所有自動車に隠匿した旨供述していたのではないから、原告居宅及び原告所有自動車から被害品が発見されていない事実をもって、原告に対する嫌疑自体を減殺するものではないというべきである。
よって、この点に関する原告の主張は理由がない。
キ 原告は、えひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人と原告との同一性を示す証拠はB山の供述しかなく、原告との同一性を認めることはできないとして、原告に対する合理的な嫌疑はないと主張する。
しかし、既に認定したとおり、防犯ビデオに写った犯人の写真は、その犯人の詳細な表情や特徴は明確ではなく、同写真をもって犯人の同一性を認めることはできない程度のものであるというべきであって、前記のとおり、同供述は補完的にすぎず、原告の嫌疑を認めるに主要な証拠と位置づけることにはならないのであるから、本起訴に当たって、原告に対する嫌疑を認めるために必要な捜査であったということはできない。
また、B山以外の者が同写真について、犯人が原告に類似しない旨供述したとしても、前記のとおり、同写真に関する供述は、原告の嫌疑を認めるための補完的な証拠にすぎないというべきであるし、《証拠省略》によれば、E川検察官は、主な証拠は原告の自白にあり、決め手としては原告の自白の信用性であったと考え、B山の防犯ビデオに関する供述は一応の証拠に止まると考えていたこと、また、一二月二一日第八回公判期日における論告でも、原告の供述の信用性について意見を述べていたことが認められるのであって、原告に対する嫌疑を基礎付けていたのは、えひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人に関するB山の供述ではないことは明らかである。
したがって、本起訴に当たり、上記捜査によって、B山以外の者に同写真に関する供述を得る必要性は低いものといわざるを得ないし、また、原告が主張するように、仮に、B山以外の者に同写真を見せた結果、原告には似ていないとの供述があるとしても、それは、本起訴における上記判断過程においては、必ずしも影響しないというべきである。
このように、えひめ南農協本所の防犯ビデオに関するB山の供述は、原告の嫌疑を左右するべき証拠資料ではなく、また、B山以外の者から同趣旨の供述を得るべき捜査をしなければならない合理的な必要性も認められないのであるから、当該捜査が行われていないことを理由に本起訴の合理性を非難することはできず、原告の主張は理由がないというべきである。
ク 原告は、本起訴に係る印鑑の窃盗事件は、追起訴に係る貯金引出の詐欺等事件と密接不可分に関連しているから、追起訴に係る犯罪事実についても十分に検討した上で一括起訴すべきであったとし、一括起訴ができなかったのは、本起訴及び追起訴に関する十分な証拠資料が収集できていなかったことによるとして、検察官は、不十分な証拠関係に基づいて本起訴したにほかならないと主張する。
しかし、争いのない事実等及び前記前提事実のとおり、原告が被疑者として浮上したきっかけは、B山が一月二九日にえひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人の写真を見て原告に似ている旨供述したことであり、えひめ南農協本所職員のC山も一月二九日及び二月五日に取調べを受けており、二月二日には、えひめ南農協本所で使用された払戻請求書の筆跡鑑定の依頼が行われているのであって、原告も、えひめ南農協本所から引き出した五〇万円の使途について取調べを受け、二月五日に実施された引き当たり捜査においては、えひめ南農協本所で貯金を引き出した方法について指示説明をしているのであって、本起訴に当たっては、本起訴に係る印鑑一本の窃盗事件とともに、追起訴に係る貯金引き出しの詐欺等事件についても一定の捜査が進行していたものというべきであって、一連の犯罪事実として捜査が遂げられていたものと認めるのが相当である。
したがって、追起訴に係る事実について、十分な検討がされていないという前提自体認めることができない。
そして、以上のような捜査経緯を前提に、原告は、二月一日、B山方から印鑑一本を窃取した事実で逮捕され、二月三日、同事実により勾留されていたのであって、第一次的に身柄拘束の証拠となっている犯罪事実について、有罪と認められる嫌疑があると判断した上で、本起訴することは、検察官の合理的な判断ということができるのであって、えひめ南農協本所のC田三郎が詐欺の被害届を提出したのが本起訴後である二月一七日であり、えひめ南農協本所における詐欺等事件の検察庁への送致の有無、時期等も明確であったわけではないことも考慮すれば、本起訴において追起訴に係る事実を一括起訴しなかったことをもって、違法とすることはできない。
よって、この点に関する原告の主張は理由がないというべきである。
(5) 以上のとおりであるから、本起訴当時、現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案すれば、原告の供述内容は十分に信用することができると判断することも合理的であるということができるから、原告がB山方から印鑑一本窃取したことにつき、有罪と認めることができる嫌疑があったものというべきであって、本起訴については、その違法性を欠くものと認めるのが相当であり、原告の主張は理由がないというべきである。
三 追起訴の違法性について
(1) 争いのない事実及び前記前提事実のとおり、追起訴当時において、検察官が現に収集していた証拠資料は、既に判断した本起訴当時の証拠資料のほかに、おおむね以下のとおりであった。
ア E原一郎は、二月一二日、C川警察官に対し、D川社では午後零時から午後一時までは自由時間であり、一月八日についても、その前後に大雪が降ったくらいで原告が外出したり昼休みを過ぎて会社に戻ってきた記憶もないと供述した。
イ D川社事務員のE山は、二月一二日、A田警察官に対し、原告が二〇万円を弁済したのは一月七日である旨供述した。
ウ 筆跡鑑定の結果は、二月一五日に通知され、払戻請求書の文字は、いずれも筆者の自然な運筆とはいえず、作意性が疑われるので、筆跡が同一であるか不明であるというものであった。
エ えひめ南農協本所職員であるC山は、二月一八日、E田警察官に対し、犯人に五〇万円を渡したのは自分であるが、記憶はほとんどなく、原告の写真を見せてもらっても、覚えていない旨供述した。
オ C川警察官は、二月二三日、原告居宅及び原告所有自動車を捜索したが、印鑑等は発見できなかった。
カ C川警察官は、三月七日、先に原告から任意提出を受けていたベスト及びウィンドブレーカーをえひめ南農協本所の防犯ビデオで撮影し、その色合いが防犯ビデオに写った犯人の着衣のそれと類似しているとした。
キ E沢警察官は、三月二九日、えひめ南農協本所の防犯ビデオを警察大学校警察通信技術センターに持参し、画像鮮明化処理を依頼し、同処理を終えたプリント画像を撮影したところ、犯人が払戻請求書を二度手に取っている事実が判明した。
ク C川警察官らは、四月五日、D川社の焼却場において、印鑑等を捜索したが、発見できなかった。
ケ C川警察官らは、六月一四日、D川社からえひめ南農協本所まで自動車で走行実験したところ、実測距離は四・二キロメートル、所要時間は六分であった。
コ C川警察官は、六月一八日ころ、えひめ南農協C林支所において、同支所職員八名に原告の顔写真を示して確認したところ、三名が原告を知る者であったことが判明した。
サ 原告は、二月一二日に取調べを受けた際、E田警察官から印鑑等の隠匿場所について追及されると、動揺した様子を見せた後、犯行を否認するようになった。
シ 原告は、二月一九日、E田警察官に対し、今までの取調べにおいて供述していた内容を総括し、平成一〇年一二月下旬ころには既に印鑑と通帳を盗んでいたが、ボーナスがあったため貯金を引き出すことはしなかったものの、正月にパチンコで負け、ソープランドなどに行ったため、所持金が残っていなかったため、一月八日に引き出すこととし、えひめ南農協C林支所では顔を知られているので、フジの駐車場に自動車を止めて、えひめ南農協本所に行き、西側のドアから入って、記帳台で払戻請求書を書いたが、焦って書いたため枠からはみ出してしまい、もう一枚書き直して窓口に提出し、五〇万円の払戻しを受け、そのうち二〇万円はD川社への返済に使い、一〇万円は自動車のマットの下に隠し、二〇万円はパチンコ等に使った旨供述した。
ス その後原告の供述内容は、おおむね以下のとおりであった。
逮捕されたころには盗みをしたと話をしていたが、それは嘘である。警察官に机を叩かれて、早く自白したらどうなんやと言われ、実家の方に探しに行く、会社とか従業員にも迷惑がかかる、早く認めた方がいいと言われて認めるようになった。警察官や検察官に脅されたり、暴行されたりしたことはなく、自分が話したとおりに調書に記載してもらっていた。自動車のマットの下にあった一〇万円はボーナスの残りであり、騙し取ったものではない。盗みの状況は、B山と一緒に印鑑などを探していたときに、B山が鏡台の椅子やタンスを探していたことから供述することができたが、タンスの中の黒いバックというのは作り話である。印鑑についても遠くから見たことがあるだけで、材質などはわからない。平成一〇年一〇月にB山方にいったのは事実であるが、仕事の帰りに立ち寄っただけである。えひめ南農協本所での説明も警察から口頭で指示を受けた程度であり、図面等は見せてもらっていない。
(2) 以上の事実関係に対し、原告は、以下のとおり主張し、検察官が本起訴に当たって、通常要求される捜査を怠っており、以上の認定のほかに収集し得た資料があると主張するので、判断する。
ア 原告は、自動車内から発見された一〇万円については、へそ繰りなどの可能性もあるから、取調べ等により原資を確認するべきであるのに、これを怠っていたとして、仮に、取調べ等を行っていれば年末調整の残りであることが判明していたはずであると主張する。
しかし、既にみたとおり、原告に対しては取調べが実施されており、その際、原告は、自動車内の一〇万円はボーナスの残りである旨供述していたのであり、原告が主張する捜査は行われていたのであって、これを収集すべき証拠資料ということはできない。そして、現金で交付されたボーナスの残額であるとする一〇万円の取得経緯を明らかにし、これを裏付ける捜査も困難というべきであって、原告に対する取調べ以上の捜査を行わなかったとしても、通常要求される捜査を怠ったということもできない。
したがって、この点に関する原告の主張は理由がなく、当該捜査を実施したことを前提に追起訴の違法性を判断するべきではない。
イ 原告は、原告自身が犯行を再現し、防犯ビデオに写った犯人と比較する捜査が行われていなかったとし、仮に行われていれば、原告が犯人ではなかったことが容易に判明していたと主張する。
しかし、前記前提事実のとおり、原告は、B山方の窃盗事件により起訴され、被告人の地位にあったことに加え、原告は、えひめ南農協本所における詐欺等事件については、逮捕、勾留されておらず、原告の犯行再現を求めるには任意捜査によらざるを得ないところ、原告は、既に当該犯行を否認していたのであるから、任意捜査による犯行再現を行うことは困難というべきである。このような原告の状況においても、なお、検察官が原告をえひめ南農協本所まで連行し、原告に犯行を再現させ、これをビデオテープに録画して比較するとの捜査を行わなければならなかったということはできず、通常要求される捜査とはいえない。
したがって、この点に関する原告の主張は理由がなく、当該捜査を実施したことを前提として、追起訴の違法性を判断するべきではない。
ウ 原告は、えひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人に関するB山の供述は先入観によるものであって、過大評価すべきものではなく、広く第三者による識別供述を得るべきであったとし、仮に、第三者に対し、取調べを実施すれば、原告に似ていない旨の供述が得られたはずであると主張する。
しかし、既に判断したとおり、防犯ビデオに写った犯人の写真は、その犯人の詳細な表情や特徴は明確ではなく、同写真をもって犯人の同一性を認めることはできない程度のものであるというべきであって、同写真に関する供述は、その内容が似ているというものであっても、似ていないというものであっても、原告の嫌疑を認めるに主要な証拠と位置づけることにはならず、補完的にすぎないのであるから、本起訴に当たって、原告に対する嫌疑を認めるために必要な捜査であったということはできない。
したがって、この点に関する原告の主張は理由がなく、当該捜査を実施したことを前提に追起訴の違法性を判断するべきではない。
エ 原告は、走行実験に関する捜査報告書の記載内容は、不十分であり、また、走行路線も、原告の供述に従ったものではないのであって、これらは警察官が現実に走行実験をしていないからであるとし、当該走行実験の捜査結果を考慮するべきではないとする。
しかし、既に判断したとおり、六月一五日付け捜査報告書には、原告の勤務場所であったD川社からえひめ南農協本所までの走行実験の結果として、距離四・二km、所要時間六分である旨記載されているだけで、実施日時、実施者、走行開始地点及び終点、走行経路の記載がないことが認められるが、記載の不備をもって、およそ走行実験を行っていないと認めるには足りないのであり、《証拠省略》によれば、六月一四日の正午前ころ、別事件の内偵捜査の帰りに、C川警察官、C原巡査部長、B沢刑事の三人で、D川社の前を通る国道付近からえひめ南農協本所まで走行し、距離にして四・二kmであり、所要時間が六分程度であったものと認めるのが相当である。
したがって、この点に関する原告の主張は理由がなく、当該捜査の結果を前提に追起訴の違法性を判断するべきである。
オ 原告は、えひめ南農協本所において、払戻請求書を二度取ったとする供述はしておらず、当該供述は警察官のねつ造であるとし、当該供述の存在は追起訴の違法性を判断するにおいて考慮すべきではないとする。
しかし、既に判断したとおり、二月一九日付け供述調書には、払い戻すための請求書を取り、備け付けのボールペンで、B山の名前と口座番号、金額を記入したこと、農協の人に見つかるのではないかと思い、焦って書いたので、枠からはみ出して書いてしまい、一枚書き損じてもう一枚やり直した旨原告が供述したと記載され、同供述調書の末尾には、原告の署名指印が認められるのであって、原告が当該供述をしたことは明らかであるというべきである。
したがって、この点に関する原告の主張は理由がなく、当該供述の存在を前提に追起訴の違法性を判断するべきである。
(3) 以上の事実関係を前提に、総合勘案して合理的な判断過程により原告を有罪と認めることができる嫌疑があったといえるかを判断する。
ア まず、原告は、二月一日から本起訴までB山方での窃盗事実及びえひめ南農協本所での詐欺等事実を認める供述をし、その内容もおおむね一貫していたが、本起訴後、従前の供述を翻して、B山方の窃盗事件及びえひめ南農協本所での詐欺等事件について否認した。したがって、原告が有罪であると認めることができる嫌疑を判断するには、原告の自白の信用性によるところが大きいというべきである。
イ 原告は、従前の取調べにおいて、えひめ南農協本所から引き出した五〇万円の使途のうち、二〇万円はD川社に支払い、一〇万円は自動車に隠匿し、印鑑と通帳はD川社のゴミ焼き場で燃やした旨供述していた。しかし、D川社に対する弁済については、一月七日であることが判明し、同部分に関する原告の供述は虚偽であったことが認められた。また、印鑑及び通帳を燃やしたとするD川社の焼却場からも、印鑑及び通帳は発見されなかった。このように、原告の自白のうち、被害品の処分等に関する部分は裏付けがないものというのが相当であり、その限りで原告の供述の信用性は減殺して考慮することになる。
ウ しかし、原告は、従前の取調べにおいて、えひめ南農協本所から貯金を引き出したことについては、昼休みにD川社を出発した旨供述していた。この点、E原一郎の供述によると、D川社では午後零時から午後一時までは自由時間であり、一月八日についても、その前接に大雪が降ったくらいで原告が外出したり昼休みを過ぎて会社に戻ってきた記憶もないとのことであり、走行実験の結果によれば、D川社からえひめ南農協本所まで自動車での所要時間は六分で足りることが判明し、原告の供述していた犯行態様においても、えひめ南農協本所で貯金を引き出すことは可能であるということができ、原告の従前の取調べにおける供述内容が合理的であったことが認められる。
エ さらに、原告は、従前の取調べにおいて、えひめ南農協C林支所では顔を知られているので、えひめ南農協本所を選んだ旨供述していたが、C川警察官がえひめ南農協C林支所において同支所職員八名に原告の顔写真を示して確認したところ、三名が原告を知る者であったことが判明し、原告の供述内容の一部が事実であることが確認され、原告の従前の供述内容が裏付けられたということができる。
オ 加えて、原告は、二月一九日の取調べにおいて、えひめ南農協本所では、焦って払戻請求書を記載したため、枠からはみ出してしまい、一枚書き直した旨供述していたが、三月二九日に警察大学校警察通信技術センターにおいてえひめ南農協本所の防犯ビデオの画像鮮明化処理が行われた結果、犯人が払戻請求書を二度手に取っている事実が判明したのであって、原告が犯人の行動と合致する内容の供述をしたことが判明した。
カ 以上の追起訴当時の事実関係によれば、原告の従前の取調べにおける供述のうち、えひめ南農協本所から引き出した五〇万円の使途、被害品である印鑑及び通帳の処分に関する部分は裏付けがなく、虚偽であるということができるが、一方で、D川社の勤務状況からすれば一月八日正午ころにえひめ南農協本所に赴くことは可能であり、えひめ南農協C林支所ではなくえひめ南農協本所を選んだ理由については裏付けがされており、原告の供述のうち、えひめ南農協本所において払戻請求書を二度取ったとする部分は、三月二九日に画像鮮明化処理により判明するまで知り得なかった事実であり、犯人の行動に合致する内容の供述であったということができる。その他、原告は、本起訴後に否認するまでは犯行を一貫して認め、弁解録取や勾留質問においても、B山方の窃盗を認めていたのであって、原告の供述内容に大きな変遷は認められなかったこと、犯行に至った動機や犯行態様については、B山の行動や松夫が自動車を購入した事実を織り交ぜながら、通帳と印鑑を別々に盗み出したと供述するなど、内容において詳細であり、具体的であったこと、二月五日に行われた引き当たり捜査において、えひめ南農協本所での一連の行動を説明し、入り口のドアに関する指示説明を除き、えひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人と同様の行動をし、指示説明をしていたことなど、本起訴当時から存在していた事実関係をも総合勘案すれば、原告の従前の取調べにおける供述内容は、なお信用するに足りるものというべきであって、原告が有罪と認めることができる嫌疑があったということができるというべきである。
(4) これに対し、原告は、以下のとおり主張し、各種証拠資料の評価を誤っているとして、原告に有罪と認められる嫌疑があったとする検察官の追起訴における判断には合理性がない旨主張するので、判断する。
ア 原告は、えひめ南農協本所で使用された払戻請求書と原告の対照用筆跡は、「○」、「△」、「□」などの文字は特徴的な相違があり、明らかに異なっているから、原告の筆跡と異なる蓋然性が高いことを前提に証拠評価をすべきところ、これを怠っているとする。
しかし、前記前提事実のとおり、筆跡鑑定の結果は、払戻請求書に記載された文字は、「○」の一画目の反り方、三画目の長さ及び揺れ具合、「×」部分に至っては判読できない状態であり、「△」においては、交差の具合や連続性に差異があり、「□」は「×」部分は、大きさ及び長さにおいて違いが見えるなど、一般通常人が見て判別できる程度の差異を前提として、それでもなお、運筆の作意性等により、同定できないとするものであって、一般通常人であれば筆跡が異なることは明らかであるという前提にたって、当該筆跡鑑定の評価を誤っているとすることはできず、原告の主張はその前提において失当というほかない。
よって、この点に関する原告の主張は理由がない。
イ 原告は、B山がえひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人が原告に似ている旨供述したことを過大評価するべきではなく、これを重視した検察官の証拠判断には誤りがあると主張する。
しかし、前記認定のとおり、B山の同写真に関する供述は、原告の嫌疑を認めるための補完的な証拠にすぎず、主な証拠は原告の自白にあり、追起訴における上記判断過程においては、必ずしも影響しないというべきであり、上記証拠判断を否定するものではないというべきである。
したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。
ウ 原告は、えひめ南農協本所において払戻請求書を二度取ったとする供述については、社会生活においては往々にしてあることであり、秘密の暴露として取り上げるべきものではないこと、また、急いでいたにもかかわらず書き直すというのは不合理であることを指摘して、これを重視した検察官の証拠判断には誤りがあると主張する。
しかし、原告の供述を秘密の暴露と称するかどうかはともかく、原告が、えひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人の行動と合致する内容の供述をしたこと自体は認められるのであって、これを考慮して原告の供述の信用性を判断することが不合理な判断過程であるということはできない。
そして、原告の供述内容によれば、現に午後の始業時間が刻々と迫っていたのであるから、原告が焦っていたとする部分は十分合理的であり、その上で書き直したと供述しているのであり、犯人の行動と合致する供述内容であることをも考え合わせれば、当該供述が不合理であるとすることはできない。
したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。
(5) 以上のとおりであるから、追起訴当時、現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案すれば、原告の供述内容は十分に信用することができると判断することも合理的であるということができるから、原告がB山方から通帳を窃取し、えひめ南農協本所において五〇万円を引き出したとする詐欺等につき、有罪と認めることができる嫌疑があったものというべきであって、追起訴については、その違法性を欠くものと認めるのが相当であり、原告の主張は理由がなく、採用できない。
四 真犯人出現後の違法性について
(1) 原告は、真犯人であるA川の供述の信用性が確認できた平成一二年一月七日から一週間程度で原告を釈放するべきであったとし、検察官は速やかな釈放を違法に怠っていたと主張する。
(2) 前記前提事実によれば、A川がB山方の窃盗及びえひめ南農協本所における詐欺等に関する供述内容及びそれに関する捜査状況は、おおむね以下のとおりであった。
ア A川は、平成一二年一月六日、B山方での窃盗及び貯金通帳を使用して詐欺等を自白し、同月七日に行われた引き当たり捜査においても、A川の供述内容は被害状況と合致していた。
イ A川の使用していた自動車からは、B山の住所、氏名、電話番号が記載されたメモが発見され、任意提出された。
ウ A川は、同年二月一日に取調べを受け、B山方には二、三日前から目を付けており、峠の広場に自動車を置いて、線路を歩いてB山方に行き、駐車場からベランダに梯子を掛けて入り、無施錠の窓から家屋内に侵入し、タンスから通帳と印鑑を盗んだ旨供述した。
エ A川は、同月二日に取調べを受け、B山方については地図や電話帳で確認し、メモを作成して準備しており、盗みをした後は、ベランダにぶら下がって飛び降りて逃走した、農協では払戻請求書を三枚取って真ん中の請求書に必要な事項を記載して提出し、貯金を引き出した後は、印鑑と通帳はフェリー乗り場の海に投げ捨てた旨供述した。
オ A川は、同月一七日に取調べを受け、C野方、工場の独身寮とともに、B山方は前から目を付けており、電話帳で電話番号を確認したり、叔父を名乗って住民票を取り寄せたりして家族構成を知り、自動車の使用状況も確認していた、松夫の帰宅時間は日によって異なっていたが、出入り状況を調べて確認した、一月八日にB山方に行き、B山が宇和島方面に向かったことを確認してから、脚立を使ってベランダに入り、無施錠の掃き出し窓から侵入して、タンス又は鏡台の椅子から印鑑と通帳を盗み出し、さらに祝儀袋に入った一万円、松夫の健康保険被保険者証を盗み、四mくらいの高さのベランダからぶら下がって飛び降りて逃げた、その際、ベランダには靴のすり跡が残っていると思う、えひめ南農協本所では、払戻請求書を三枚取り、真ん中の一枚に必要事項を書いた、通帳、印鑑及び健康保険被保険者証は、五〇万円を引き出した後に宇和島港の海に捨てた旨供述した。
カ A川は、同月一八日に引き当たり捜査に同行し、双葉産業株式会社四国工場敷地内の独身寮において、当該独身寮に侵入したことがある旨説明したところ、同社の総務課長により、当該独身寮の窓ガラスが割られたことがある事実が確認できた。
また、A川は、B山方において、折りたたみ式の脚立を焼却炉として使用するブロックに固定し、侵入した旨指示説明をした。
さらに、照会の結果、平成一〇年一二月二一日付けでB山の住民票について請求があり、「使いの人」欄に、NTT発行のハローページに登載されていたB山八夫の名前が記載されていたことが確認された。
キ B山は、同月一八日に取調べを愛け、印鑑等を盗まれたことに気付いて被害届を提出したが、祝儀袋の現金を盗まれたかどうかは思い出せない、B山方は、玄関脇の高窓と台所掃き出し窓は無旋錠であり、地下一階にアルミ製の二mくらいの梯子があるが、ベランダの高さは四mあり、玄関以外から侵入しにくい構造である、B山はえんじ色の自動車、松夫は赤色の自動車、原告は白色の自動車に乗っており、出勤する時は、自動車を利用していた、松夫は、勤務時間が二通りあり、帰宅時間がまちまちである旨供述した。
ク A川は、同月一九日に取調べを受け、会社の寮に侵入した後に、B山方に侵入し、脚立を高さ八〇cmくらいのブロックに乗せて固定し、斜めに立てかけて侵入した旨供述した。
ケ A川は、同月二〇日に取調べを受け、えひめ南農協では、向かって右側のドアから入り、店内の中央当たりにある記帳台で払戻請求書を記載し、松夫の健康保険被保険者証とともに提出した旨供述した。
コ A川は、同月二一日に取調べを受け、平成一〇年の年末ころに双葉産業株式会社四国工場にねらいを定めていた旨供述した。
(3) 以上の事実関係を前提に、原告の釈放が違法に遅滞したものといえるか判断することとする。
ア まず、A川は、平成一二年一月七日当時、B山方の窃盗及び貯金通帳を使用しての詐欺等について供述し、A川の自動車内からB山の住所、氏名等が記載されたメモが発見され、引き当たり捜査の結果も被害状況に合致するものであったことが認められる。
しかし、A川の供述調書はいまだ作成されておらず、その他B山方における窃盗及び貯金通帳を使用しての詐欺等に関する捜査は実施されていたと認めることはできないから、A川の供述内容を正確に知り、その信用性を検討するに足りる証拠資料は不十分であったということができる。
したがって、平成一二年一月七日の段階において、原告を釈放しなかった検察官の判断が不合理であり、違法であるということはできない。
イ 次に、前記のとおり、A川は、同月一日及び同月二日の取調べにおいて、B山方の侵入方法、逃走方法等を供述し、同月一七日には、B山方に盗みに入るに至った経緯、準備状況、侵入方法、窃取した物品、逃走方法、貯金払戻の手続等詳細に供述していることが認められる。
しかし、A川は、B山方には四mの高さのベランダに梯子を掛けて侵入したと供述しているが、四mの長さを有する梯子は確認されておらず、逃走方法においても、四mの高さのベランダから飛び降りたというのであって、当刻供述内容は客観的な状況と比較して容易に肯首し得るものではなかったということができる。また、A川は、印鑑と通帳はタンスの中から盗み、祝儀袋に入った一万円も盗んだと供述するが、前記前提事実によれば、B山は印鑑は鏡台の椅子の中に保管し、通帳ははめ込み式洋服タンスに入れていたと思う旨供述しており、祝儀袋に入った一万円については被害品として届け出ていなかったのであり、B山の供述や被害届との間に齟齬があったことが認められる。そして、A川は、えひめ南農協本所では、払戻請求書を三枚まとめて取り、真ん中の一枚に必要事項を記載したとし、払戻請求書の二度取りについて供述していなかったことが認められるが、前記前提事実のとおり、えひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人は、払戻請求書を二度取っているのであるから、A川の供述内容は犯人の行動とは異なるものであったということができる。
このように、A川の供述内容は詳細であるということはできるが、その合理性、被害届との齟齬、えひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人との相違等からすれば、なお、A川の供述について信用性を検討する余地はあったということができる。
したがって、同月一七日の段階で、原告を釈放しなかった検察官の判断が不合理であり、違法であるということはできない。
ウ そして、A川は、同月一八日に引き当たり捜査に同行し、双葉産業株式会社四国工場の独身寮に侵入したこと、フェリー待合室の岸壁から印鑑等を捨てたこと、えひめ南農協本所から金銭を騙し取ったこと、隣接するフジ駐車場に自動車を止めたことを説明し、B山方においては、焼却炉として使用するブロックに脚立を固定してベランダに侵入したと具体的な方法を示して指示説明したことが認められ、A川の供述のうち、住民票の取り寄せに係る事実が裏付けられたことが認められる。
加えて、A川は、松夫の勤務時間が日によって異なる旨供述していたが、B山は、同月一八日の取調べにおいて、松夫の勤務時間が二通りあり、まちまちである旨供述し、A川の確認したとする松夫の勤務時間が事実と合致することが認められたといえる。
このような証拠資料の状況によれば、A川の供述について信用性を認めることも相当であるというべきであって、A川に対するB山方の窃盗及び貯金通帳を使用しての詐欺等に関する嫌疑は高度なものとなったと判断することもまた合理的であるというべきである。
エ すると、原告に関するB山方の窃盗及びえひめ南農協本所での引出に係る詐欺等の嫌疑は、同日以降、A川の供述の信用性が確認されたこととの比較において、相対的に減少していたということができるのであって、検察官が、勾留の理由が消滅したとして、釈放の手続をとることも合理的であり、また相当であったということができ、証拠関係等の再検討のために時間を要することをも考え合わせると、検察官が同月二一日に釈放の手続を行ったことは、上記判断の過程においては、理由なく遅滞したものということはできず、合理的なものであったというべきである。
(4)ア これに対し、原告は、A川の供述内容からすれば、同年一月七日当時、既に身柄拘束が可能な程度にA川の嫌疑が認められていたのであって、原告が犯罪を犯したとする蓋然性は消滅していたはずであるとする。
イ しかし、上記認定のとおり、平成一二年一月七日当時、A川の供述調書は作成されておらず、B山方の窃盗及び貯金通帳を使用しての詐欺等に関する捜査は十分実施されていなかったのであり、A川の供述の信用性を正確に検討する資料もないのであるから、直ちに逮捕等身柄拘束が可能な程度に嫌疑が認められていたと即断することはできないのであって、原告の主張の前提自体採用できるものではない。
そして、既に認定したとおり、A川の供述自体にも、えひめ南農協本所の防犯ビデオに写った犯人の行動等と齟齬し、不自然な内容であったことが認められるのであるから、A川の供述の信用性を検討する必要があったということができるのであって、同年二月一八日に至って信用性が認められると判断することが不合理なものということはできない。
ウ また、A川に関する嫌疑の根拠となった主な証拠資料は、A川の供述、B山の名前等が記載されたメモ及び引き当たり捜査の結果であるが、いずれの証拠資料も、既に判断した原告に対する本起訴及び追起訴に関する原告の嫌疑の有無を判断するに重要な証拠資料を弾劾するものではないのであって、A川に関する嫌疑の有無が直ちに原告の嫌疑につながるものではないというべきである。
エ したがって、この点に関する原告の主張は理由がないというべきである。
(5) 以上のとおり、検察官が平成一二年二月二一日に釈放の手続を行ったことは、合理的なものであったというべきであり、理由なく遅滞したものということはできないから、この点に関する原告の主張は理由がない。
五 よって、原告の被告国に対する主張は、いずれも理由がない。
第六結論
以上判断してきたとおり、原告の被告愛媛県及び被告国に対する主張はいずれも認めることができないから、原告の被告愛媛県及び被告国に対する請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用については民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 澤野芳夫 裁判官 竹尾信道 水橋巌)