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松山地方裁判所 平成16年(わ)260号 判決 2004年9月16日

主文

被告人を懲役3年に処する。

未決勾留日数中50日をその刑に算入する。

押収してあるライター(青色のもの)1個(平成16年押第29号の1)及び金具(ライター用のもの)1個(同号の2)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,松山市a町b丁目c番d号のホテル「A(代表取締役B)」の調理補助として稼働していた際,上司のC及び同ホテルの部長支配人Dに嘲笑されたなどと感じて立腹し,同ホテルを退職したところ,同人らへのうっ憤を募らせ,同人らや同ホテルへの報復のため,

第1  同ホテル10階厨房室をガス爆発させようと企て,平成16年5月16日午前零時ころ,同所において,天ぷら油入りの鍋が置かれたガスコンロに点火した後,ガスコンロのガス栓5か所を開放し,都市ガスを漏出させて同室内に充満させ,よって,人の生命,身体,財産に危険を生じさせた

第2  引き続き,そのころ,同ホテル8階結婚式場待合所において,同社所有の長椅子型ソファー4脚に所携のライター(平成16年押第29号の1,同号の2)で点火して火を放ち,上記ソファー4脚を焼損させ,そのまま放置すれば宿泊客等が現在する同ホテル建物に延焼するおそれのある状態を発生させ,もって,公共の危険を生じさせた

ものである。

(証拠の標目)

(法令の適用)

・ 罰条

判示第1の行為 刑法118条1項

判示第2の行為 刑法110条1項

・ 刑種の選択

判示第1の罪につき,懲役刑を選択

・ 併合罪加重

刑法45条前段,47条本文,10条,47条ただし書(重い判示第2の罪の刑に加重)

・ 未決勾留日数の算入

刑法21条

・ 没収

刑法19条1項2号,2項本文

・ 訴訟費用の不負担

刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)

本件は,被告人が敢行したガス等漏出1件(判示第1),建造物等以外放火1件(判示第2)の事案である。

被告人は,平成16年4月末ころ,ホテル「A」の厨房で調理補助として働き始め,同年5月初めころから,同厨房のチーフとして着任したCの下で稼働していたところ,勤務中,バーベキュー用の鉄板に指を挟んで痛がっていたところ,それを見た上記Cから,「おもしろい。」などと言われて嘲笑されたように感じ,立腹して上記Cと口論となった。被告人は,同ホテル部長支配人Dが仲裁に入ったが,応じず,怒りにまかせて同ホテルを退職したが,その際,上記Dからも呆れ顔で笑われたように感じたことから,同人らに対するうっ憤を募らせ,同人らや同ホテルへの報復のため,同ホテルの厨房をガス爆発させてやろうと考え,判示第1の犯行に及び,さらに,それが失敗に終わったことから,続いて,判示第2の犯行に及んだものである。したがって,本件各犯行の動機は,その経緯をふまえて考えても,行為の重大性をわきまえない甚だ短絡的かつ自己中心的なものといわざるを得ず,酌量の余地は乏しい。また,判示第1の犯行態様は,被告人は,当初,上記Cの仕事場である同ホテルの厨房で火事を起こしてやろうと考え,着火器具であるライターを準備した上,同ホテルで稼働していたときの知識を利用して厨房内に入り,約9リットルもの天ぷら油が入った鍋が置かれたコンロに点火したものの,天ぷら油が発火する前に警備員に見つかってしまうことを懸念し,同厨房をガス爆発させてやろうと考え,そのすぐ傍にある他の5台のコンロのガス栓を開放してガスを漏出させたというものである。したがって,計画的かつ悪質である上,同ホテルは,松山市内の繁華街に通じる道路に面すること,当時,同ホテルには171名もの客が宿泊していたこと,犯行時間も深夜であったこと,そのまま放置されていれば,やがては熱せられたてんぷら油が炎上して漏出したガスに引火し,大爆発が起こっていた可能性もあることなどに照らせば,極めて危険性の高いものであるといわなければならない。また,判示第2の犯行態様は,被告人は,一度,同ホテルから出たものの,ガス漏れ警報機の警報音が聞こえ,判示第1の犯行が失敗に終わったと察知するや,再び同ホテルに赴き,火を付けることができそうなものを探し回り,壁際に設置されたソファ4脚に放火したというものであり,極めて執拗かつ悪質であるし,そのまま放置されていれば,同ホテルの建物に燃え移り,多数の宿泊客の生命,身体,財産に被害をもたらす危険性もあったことなどに照らすと,判示第2の犯行により生じた公共の危険には大きいものがあったというべきである。加えて,判示第2のソファの焼損による財産的損害だけでも合計3万8000円にも及んでいる。そして,本件各犯行は,いずれも安全を旨とするホテル内において敢行されたものであり,同ホテルの信用や周辺住民に与えた影響には大きいものがあることなどに照らすと,本件各犯行により生じた結果は,重大なものといわなければならない。以上によれば,被告人の刑事責任は相当に重いといわざるを得ない。

そうすると,幸い,本件各犯行はいずれも早期に同ホテルの従業員に発見され,大事には至らなかったこと,被告人は,罪を素直に認め,同ホテルの関係者に謝罪の手紙を書き送るなど,現在では反省態度を示していること,本件各犯行当時,強迫神経症と診断され,投薬治療を受けていたこと,被告人の母が同ホテルの関係者に謝罪し,判示第2の犯行により焼損したソファについて被害弁償の努力もしたこと,同ソファの損害は保険により填補されたと思われること,被告人の母は,今後,精神面,生活面において被告人を援助する旨述べていること,被告人には前科,前歴がないことなど,被告人のために酌むべき事情を最大限考慮しても,上記のような本件各犯行の態様,とりわけその危険性に照らすと,本件はその刑の執行を猶予すべき事案とはいえず,主文掲記の実刑をもってその罪を償わせるのが相当と考えられる。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役5年,ライター1個及び金具1個(ライター用)の没収)

(裁判長裁判官 前田昌宏 裁判官 竹尾信道 裁判官 村上志保)

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