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松山地方裁判所 平成16年(レ)18号 判決 2004年9月28日

主文

1  原判決中,一審被告の反訴請求に関する部分を次のとおり変更する。

(1)  一審原告は,一審被告に対し,20万円及びこれに対する平成13年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  一審被告のその余の反訴請求を棄却する。

2  一審原告の控訴を棄却する。

3  訴訟費用は第一,二審を通じてこれを14分し,その11を一審原告の負担とし,その余を一審被告の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  一審原告

(1)  原判決中,一審原告の敗訴部分を取り消す。

(2)  一審被告は,一審原告に対し,35万1172円及びこれに対する平成13年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は第一,二審とも一審被告の負担とする。

2  一審被告

(1)  原判決中,一審被告の敗訴部分を取り消す。

(2)  一審原告は,一審被告に対し,35万円及びこれに対する平成13年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は第一,二審とも一審原告の負担とする。

第2事案の概要

本件は,一審原告が所有し,その従業員(タクシー運転手)が運転していた普通乗用自動車(以下「一審原告車両」という。)と,一審被告所有・運転の普通乗用自動車(以下「一審被告車両」という。)とが,信号機の設置された交差点で出会い頭に衝突した交通事故(以下「本件事故」という。)について,一審原告が,本件事故の当時,一審原告車両の対面信号機の表示は青色灯火であり,一審被告車両の対面信号機の表示は赤色灯火であったと主張して,一審被告に対し,民法709条に基づく損害賠償請求として35万1172円及び遅延損害金の支払を求め(本訴請求),他方,一審被告は,一審被告車両の対面信号機の表示が青色灯火であり,一審原告車両の対面信号機の表示は赤色灯火であったと主張して,一審原告に対し,民法715条に基づく損害賠償請求として35万円及び遅延損害金の支払を求めた(反訴請求)事案である。

原審は,証拠上,上記各信号機の表示状況を確定することはできず,一審原告車両運転者と一審被告車両運転者のいずれに過失があるのか明らかでないとして本訴請求及び反訴請求をいずれも棄却したところ,一審原告及び一審被告いずれもが控訴した。

第3前提事実(証拠を掲記したもの以外は当事者間に争いがない。)

1  本件事故の発生

(1)  発生日時 平成13年5月20日午前5時50分ころ

(2)  発生場所 松山市a町b丁目c番d号先交差点(以下「本件交差点」という。)

(3)  一審原告車両 「愛媛500あ○○○○」の普通乗用自動車

所有者 一審原告

運転者 A

(4)  一審被告車両 「愛媛530や△△△△」の普通乗用自動車

所有者 一審被告(一審被告本人,弁論の全趣旨)

運転者 一審被告

(5)  事故態様の概要〔別紙交通事故現場見取図参照(甲6・実況見分調書添付図面と同じもの。以下「別紙見取図」という。)〕

幅員約4メートルの道路をef丁目方面(北)からgh丁目(南)に向けて直進した一審原告車両と,片側4車線(右折車線を含む)・片側の幅員約12.1メートル・制限速度50キロメートル毎時の幹線道路(通称松山環状線。以下「環状線」という。)の最も左側の通行帯(以下「第1車線」という。)をa町i丁目(西)からjk丁目(東)に向けて直進した一審被告車両とが,信号機の設置された本件交差点において,出会い頭に衝突したもの。

2  Aは,一審原告に勤務するタクシー運転手であり,日頃から一審原告車両に乗務していた。Aは,本件事故前日である平成13年5月19日午前7時から24時間の予定で一審原告車両に乗務しており,本件事故の際には,松山市内の「中の川ニューグランドサウナ」で男性客1名を一審原告車両に乗車させて,同車両を運転して,同市a町?丁目のダイエー南松山店付近に向かっていた。

なお,本件事故による最終停止直前の一審原告車両の速度は,約44.1キロメートル毎時であった(甲22)。

3  一審被告は,松山市内の飲食店に勤務するウェイターであり,本件事故の際には,友人であるB,C及びDと飲酒等した上で,同人ら3名を一審被告車両に乗車させ,同車両を運転して,同市内のm交差点前にある飲食店に向かっていた。

なお,本件事故後に実施された飲酒検知の結果,一審被告の呼気1リットルにつき約0.4ミリグラムのアルコールが検出された。

4  本件事故当時,本件交差点における交通信号機は100秒周期で制御されており,一審原告車両の対面信号機の表示は青色25秒,黄色3秒,赤色72秒であり,一審被告車両の対面信号機の表示は青色63秒,黄色3秒,赤色34秒であった。なお,双方向の青色灯火の直前に,いずれの対面信号機の表示も赤色灯火となるいわゆる全赤が3秒ずつ設けられていた(甲23,24)。

また,本件事故現場には,一審原告車両の左右のタイヤによって生じた2本のスリップ痕が残されている。そのスリップ痕の正確な位置は測定されていないが,Aが一審被告車両を発見してブレーキを踏んだ位置として主張する別紙見取図③地点から前方5メートル前後に位置している(甲6)。

5  本件事故後,一審被告とBは,一審被告車両から降車して,一審原告車両のところへ行き,Aに対して文句を言ったが,Aは一審原告車両からは降車せず,一審被告やBに対して言い返したりはしなかった。また,このころ,一審原告車両に乗車していた男性客は降車して本件交差点を離れた。

6  Eは,本件事故が発生したころ,飼い犬を散歩させるため,本件交差点から100メートル余り北方の環状線に平行する道路を自転車で東進していた。同人は,衝突音が聞こえたことから本件事故が発生したことを認識し,その後,別紙見取図のB地点から本件交差点方向を見て本件事故の発生を確認したが,その際,一審原告車両の対面信号機の表示が赤色灯火から青色灯火に変わったことから,本件事故発生時,同信号機の表示は赤色灯火だったものと判断した。Eは,上記散歩の途中で本件交差点に立ち寄り,Aや一審被告に対して,一審原告車両が赤色灯火信号を無視して本件交差点に進行したのではないかと言い,その直後にF警察官らによって実施された実況見分に立ち会った。

7  松山地方検察庁検察官は,平成13年10月××日,本件事故につき,業務上過失傷害被告事件としてAを起訴した(松山地方裁判所平成13年(わ)第×××号。以下,同事件を「本件刑事事件」という。)。これに対し,松山地方裁判所は,平成14年6月××日,Aを無罪とする判決をし,同判決は確定した(甲3,5の1)。

第4争点

1  本件事故態様・各運転者の過失の有無

(1)  一審原告の主張

ア Aが一貫して供述するとおり,Aは,対面信号機の表示が青色灯火であることを確認した上で本件交差点に進入しようとしたところ,赤色灯火信号を無視して走行してくる一審被告車両に気付いて急ブレーキをかけたが間に合わず衝突したものであって,本件事故当時,一審原告車両の対面信号機の表示は青色灯火であり,一審被告車両の対面信号機の表示は赤色灯火であった。

(ア) まず,Aは古い交通違反歴が1件あるだけで,タクシー運転手となってから約10年間,交通違反歴は皆無であり,交通法規を遵守し,安全運転を心掛けていた人物である。

(イ) Aは,本件事故後に一審被告及びBが文句を言ってきた時期について,本件刑事事件の捜査段階では衝突から10秒後ほどだったとしていたのを,同事件の公判段階において衝突から1分くらいたってからだったと供述を変更しているが,これは文句を言われる前に無線連絡やお客とのやりとりがあったことを思い出したことによるものであり,また,衝突のショックにより一審被告やBはしばらく行動できなかったと考えられることに照らしても,十分な理由と裏付けがある。

また,Aは,原審において,衝突地点は環状線の第1車線ではなく,左から2番目の通行帯(以下「第2車線」という。)であったとして,それまでの供述を変更したが,これは,スリップ痕と空走距離との関係についてきまじめに考えすぎたあまり,自己の記憶に反する供述をしてしまったものにすぎない。衝突地点は従来の供述どおり,別紙見取図・地点である。

(ウ) 上記のA供述は,早朝の幹線道路においては,交通量がほとんどないのをいいことに,狭い横道からなる交差点の信号機を無視して走行する車が多いこと,他方,いくら早朝であっても,乗客を乗せた状況で,タクシー運転手が視界の悪い狭い道路から赤信号を無視して広大な幹線道路を突っ切っていくような自殺行為に等しい無謀な運転をするとは考えられないことなど,当時の状況に合致する。

(エ) 本件事故後の目撃者Eは,最終的には原審において衝突音を聞いてから55ないし70秒ほどたって,一審原告車両の対面信号機の表示が赤色灯火から青色灯火に変わった旨を証言しているところ,これに人間の感覚の不正確さから当然加味すべき誤差を考えると,Eは,本件事故当時には青色灯火だった上記信号機の表示が黄色灯火を経て赤色灯火に変わり,さらに青色灯火に変わる瞬間を目撃したものと考えられるのであって,上記A供述と合致するものといえる。

(オ) 一審被告はA供述を前提とするとスリップ痕の状況からして空走距離が短すぎると主張するが,運転者の反応時間は,その年齢や経験・心身の状況等によって2倍を超える差異を生じうるところ,Aはベテランタクシー運転手であること,Aがブレーキを踏んだとして主張する位置(別紙見取図③地点)についても数十メートルの誤差が生じてもおかしくないことなどからすると,A供述が誤っているとはいえない。

イ これに対し,一審被告は,その供述等に基づいて,一審被告車両の対面信号機の表示が青色灯火であり,一審原告車両の対面信号機の表示が赤色灯火であったと主張するが,以下のとおり理由がない。

(ア) 一審被告は,本件事故前に多量の飲酒をしながら一審被告車両の運転をしていたものであり(なお,本件事故直後の飲酒検知において呼気1リットルにつき0.4ミリグラム以上の結果が得られている。),5件もの交通違反歴を有する規範意識の著しく低い人物であり,信号機に従った運転をしていたか疑問がある。

(イ) 一審被告供述によると,一審被告は,早朝,交通量のほとんどない制限速度50キロメートル毎時の環状道路を,40キロメートル毎時で走行していたということになるが,一般的には考えられず,60ないし70キロメートル毎時ないしそれ以上の速度で走行していたと考えるのが自然である。また,本件交差点以前に通過してきた交差点の信号機の数及び表示を一切覚えていないと供述する点も不自然であるし,本件事故後すぐに一審被告車両から降りて一審原告車両のAのところに文句を言いに行ったと供述する点も,衝突のショックを考えれば不可能というべきで,到底信用できない(なお,一審被告がAに文句を言いに行ったのは,Aにおいて赤信号無視をしたと事実をねじ曲げて主張して,保険金等を得ようとしたものと考えられる。)。

(ウ) また,一審被告と合致する供述をする一審被告車両の同乗者3名は,いずれも一審被告と親密な関係にある者であるから,同人の意向に添った発言をする蓋然性が高く,その信用性は低い。

ウ 以上によれば,一審被告は,本件交差点に進入するに当たり,対面信号機の表示に従って進行すべき注意義務があるのにこれを怠り,赤色灯火信号を無視して本件交差点に進入した過失がある。

(2)  一審被告の主張

ア 以下のとおり,本件事故当時,一審被告車両の対面信号機の表示は青色灯火であり,一審原告車両の対面信号機の表示は赤色灯火であった。

(ア) まず,本件刑事事件におけるE供述によれば,Eが本件事故の衝突音を聞いてから一審原告車両の対面信号機の表示が赤色灯火から青色灯火にかわるまでの時間は,長くても50ないし60秒前後であり,同信号機の表示が赤色灯火になってから次の青色灯火が表示されるまでの72秒間よりも明らかに短いものと認められるから,このことだけからでも,本件事故時の一審原告車両の対面信号機の表示が赤色灯火であった可能性が極めて高いということができる。

(イ) そして,一審被告の自己の対面信号機の表示が青色であった旨の供述はそれ自体明確かつ具体的であり,同乗者の各供述とも合致してこれら供述の信用性は高い。

一審被告は,本件交差点までに通過した交差点における信号機の表示について記憶していないが,これは十分にあり得ることであって,不自然でも不合理でもない。客観的に認められる本件交差点までの信号機の表示状況とも特に矛盾する点はない。

(ウ) 一審被告が本件事故当時飲酒運転をしていた事実は同人も一貫して認めているところ,このような者が仮に信号無視をして事故を起こしたならば,逃げることはあっても相手の信号無視をでっち上げてなじるようなことはしないはずである。

他方,Aは本件事故後,一審被告及びBから信号無視について文句を言われた際,一審原告車両から降りず,反論もしておらず,また,本件事故当時乗車していた男性客につき,住所も電話番号も確認できないまま降車させているところ,Aが真に信号無視をしていないのならば,これらの行動は不自然・不合理といわなければならない。

イ これに対し,一審原告は,A供述に基づいて,一審原告車両の対面信号機の表示が青色灯火であり,一審被告車両の対面信号機の表示が赤色灯火であったと主張するが,A供述は以下のとおり不合理かつ不自然であって信用できないから,理由がない。

(ア) 一審原告車両の本件事故直前の速度が約44.1キロメートル毎時であること,ブレーキを踏む際には,通常,空走時間(反応時間)としておよそ0.8秒が必要であることからすると,空走距離としてはおよそ9.8メートル程度を要することとなる。しかし,Aがブレーキを踏んだ位置として主張する別紙見取図の③地点からスリップ痕まではおよそ3メートル程度しかなく,誤差を考慮するとしても,上記客観的事実に矛盾することが明らかである。

ところで,Aは,本件事故の衝突地点について,本件刑事事件においては一貫して環状線の第1車線あたりと供述していたにもかかわらず,原審に至って衝突地点は実は第2車線であったと供述を変遷させた。Aが,上記の空走距離が短すぎるとの科学的な指摘を受けて,自らの保身のために虚偽の供述をしたことは明らかである。

そうとすれば,Aは,一審被告車両を発見してブレーキを踏んだのではなく,もっと手前の地点で対面信号機の表示が赤色灯火であることに気付いてブレーキを踏んだものというべきである。

(イ) また,本件事故後,一審被告及びBが文句を言ってきた時期についても,本件刑事事件の捜査段階では衝突から10秒後くらいと供述しておきながら,合理的な理由もないまま,同事件の公判において,衝突から1分くらいと供述を変遷させている。

さらに,Aは本件刑事事件においては本件事故当時一審原告車両に乗車していた男性客の電話番号や勤め先は聞かなかったと供述していたところ,原審に至って,電話番号は聞いたと供述を変遷させている。

Aのこのような供述態度に照らすと,信号機の表示についても虚偽の供述をした可能性を疑わざるを得ない。

(ウ) A供述によると,事故直後の無線連絡で一審原告に対して警察への通報を依頼したというが,警察への通報依頼は聞いていないとのG(一審原告の従業員)証言と明らかに矛盾している。また,Aは,客を乗せた「中の川ニューグランドサウナ」から本件交差点までの信号機の数について,本件交差点のものを含めて6か所あり,うち灯火点滅信号のものは2か所あったと供述するものの,実際には信号機は5か所しかなく,うち灯火点滅信号のものも1か所しかないのであって,同人の供述は明らかに誤っている。

ウ 以上によれば,Aは,本件交差点に進入するに当たり,対面信号機の表示に従って進行すべき注意義務があるのにこれを怠り,対面信号機の表示が赤色灯火であるのに本件交差点に進入した過失がある。

2  本件事故により一審原告が被った損害

(1)  一審原告の主張

以下のとおり,一審原告の損害は合計35万1172円である。

ア 一審原告車両の修理代 30万1172円

イ 弁護士費用 5万円

(2)  一審被告の主張

一審原告が被った損害についてはいずれも不知。

3  本件事故により一審被告が被った損害

(1)  一審被告の主張

以下のとおり,一審被告の損害は合計35万円である。

ア 一審被告車両の修理代 30万円

本件事故による一審被告車両の損傷は,修理代48万3060円を要する程度のものであったが,同車両が平成12年12月に52万0458円で購入したものであること等を考慮すると,本件事故時の一審被告車両の時価額は約30万円と見積もられる。上記修理代はこれを超過しているので,一審被告の損害は全損評価として30万円となる。

イ 弁護士費用 5万円

(2)  一審原告の主張

一審被告が被った損害についてはいずれも不知。

第5当裁判所の判断

1  争点1(本件事故態様・各運転者の過失の有無)について

(1)  以下に述べるとおり信用性の認められる一審被告供述(甲10,11,32,一審被告)によれば,本件事故当時,一審被告車両の対面信号機の表示は青色灯火であり,一審原告車両の対面信号機の表示は赤色灯火であったことが認められる。

ア(ア) 一審被告の供述は,「本件事故の際,一審被告は約40キロメートル毎時で一審被告車両を運転して本件交差点に差し掛かったところ,衝突地点から約25.7メートル手前の別紙見取図・地点で対面信号機の表示が青色灯火であることを確認し,衝突地点から約11メートル手前の同図?地点で左前方約15.1メートルの同図②地点に何か動く物体を発見し,急ブレーキをかけたが及ばず,同図・地点で一審原告車両と衝突した。衝突後,一審被告とBとはすぐに一審被告車両を降り,一審原告車両のところに行ってAに赤信号無視について文句を言った。」というものであるところ,その内容は明確かつ具体的で,本件事故直後からほぼ一貫しており,特段不合理な部分は見受けられない。同乗者であるB(甲13),C(甲15)及びD(甲17)の各供述とも矛盾は認められない。

(イ) この点,一審原告は,一審被告が,本件事故の際,約40キロメートル毎時で走行していたと供述していること,本件交差点以前に通過してきた交差点の信号機の数及び表示を一切覚えていないと供述していることをもって不自然・不合理であると主張するものの,その根拠は薄弱であって,一審被告の供述内容はいずれもあり得ないことではなく,これらをもって不自然であるとか不合理であるとまでいうことはできない。

また,一審原告は,一審被告が本件事故後すぐに一審被告車両から降りて一審原告車両のAのところに文句を言いに行ったと供述する点も,衝突のショックを考えれば不可能であると主張する。しかし,本件事故により一審被告が被った受傷は全治約5日間を要する右膝窩挫創(甲12),同じくBが被った受傷は全治約2週間を要する頭部外傷等(甲14)と比較的軽微なものであること,一審被告及びBは本件事故直後に実施された実況見分にもそのまま立ち会っていること等に照らすと,同人らが本件事故直後に文句を言いに行くことは十分に考えられるところであって,不可能ということはできない。

これらの一審原告の主張はいずれも理由がない。

イ ところで,証拠(甲29,30,36)によれば,本件事故後の目撃者であるEは,本件事故直後に実施された実況見分の際,別紙見取図の・地点で衝突音を聞いてから一審原告車両の対面信号機の表示が赤色灯火から青色灯火に変わるのを確認するまで,約30ないし40秒くらいであった旨をF警察官に告げたこと,また,事故後約10日が経過した平成13年6月1日の取調べの際に,F警察官に対し,「私がドンという音を聞いてから信号灯火が青色に変わったのに気付くまでの間は,事故当日話したとおり約30~40秒くらいの間です。ドンという音が聞こえて私が事故の様子を伺い白色Tシャツの男性が車からおりてくる間の時間ですからこれぐらいの時間だと思うのです。」と供述していることが認められる(以下,これらを「Eの本件事故直後の供述」という。)。

Eはその後,衝突音を聞いてから一審原告車両の対面信号機の表示が赤色灯火から青色灯火に変わるのを確認するまでの時間について,その供述を変遷させている。すなわち,平成13年10月5日の検察官による取調べの際には長くても20秒程度だったと(甲9),同年12月13日の本件刑事事件における第2回公判廷においては20秒前後であると(甲31),平成14年3月20日の本件刑事事件における第6回公判廷においては50ないし60秒程度であると(甲35),そして平成15年12月19日の原審における第7回口頭弁論においては55ないし70秒程度であると(証人E)それぞれ供述していることが認められ,上記変遷の理由につき,Eは,衝突音を聞いた位置が別紙見取図の・地点ではなく,もっと西側であったこと,あるいは本件事故後に実際に時間を測って実験したところ,より時間がかかると思われることが確認できたことなどを挙げる(証人E)。

しかしながら,上記のとおり,Eが検察官の取調べ等においては当初よりも短い時間を告げ,他方,平成14年3月20日の本件刑事事件における第6回公判廷以降は次第に長い時間を告げるようになっていること,原審における証人Aによれば,平成14年3月初めころ,本件刑事事件の弁護人,A及び一審原告の従業員Gの立会いのもと,Eが上記実験を行っていると認められることなどに照らすと,上記E供述の変遷は,時間の経過による当時の記憶や感覚の減退もさることながら,捜査官や前記の者との接触等によってもたらされた側面もあると解されるのであって,これら後になされた供述を採用することは相当でない。

これに対し,前提事実のとおり,Eは,本件事故後の状況から本件事故発生時,一審原告車両の対面信号機の表示は赤色灯火だったものと判断したのみならず,その後本件交差点に立ち寄り,Aや一審被告に対して上記判断結果を告げていることからすると,当時,Eは上記判断につき相当の自信を持っていたことがうかがわれるところである。そして,甲29によれば,Eは本件交差点を通ることも多く,一審原告車両の対面信号機の表示の青色灯火の長さよりも一審被告車両の対面信号機の表示のそれが長く設定されていることを知っており,これを前提として上記判断をしていると認められること,この判断は,前提事実のとおり一審原告車両の対面信号機の表示が青色25秒,黄色3秒,赤色72秒で制御されていたことに照らして,Eの時間感覚には当然に誤差があることを考慮してもなお妥当なものと認められること,Eの本件事故直後の供述は記憶の新鮮なうちになされたものであることをも併せ考えると,同供述の信用性は高いというべきである。

以上のとおり,信用できるEの本件事故直後の供述は,上記前提事実(一審原告車両の対面信号機の信号サイクル)と相まって,本件事故当時,一審原告車両の対面信号機の表示が赤色灯火であった事実を推認させるのであって,上記一審被告の供述と合致するものとして,同供述を補強するものである。

ウ 以上によれば,一審被告が本件事故当時飲酒していたこと等を考慮しても,一審被告の供述には十分な信用性が認められる。

(2)  これに対し,Aは,「本件事故の際,衝突地点から約87メートル手前である別紙見取図①地点で対面信号機の表示が青色灯火であることを確認し,衝突地点から約5.7メートル手前である同図③地点で右前方約7.6メートルの同図・地点に一審被告車両を発見し,急ブレーキをかけたが及ばず衝突した。衝突後一審被告及びBが一審被告車両から降りて怒鳴ってきた。」等と供述する(甲25ないし27,33,証人A)ものの,以下に述べるとおり,その供述はにわかに信用することができない。

ア すなわち,一審被告が指摘するとおり,Aは,衝突後に一審被告及びBが怒鳴り込んできた時期について,平成13年10月12日の検察官の取調べにおいては,「衝突後,どれくらいの時間が経ってから相手から文句を言われたのか。」との検察官の問いに対し,「10秒後くらいです。」と述べていたが(甲27),平成14年2月1日の本件刑事事件第4回公判廷においては,これを衝突後1分くらいたっていたと思うと述べて供述を変更したことが認められる(甲33)。この変遷理由について,Aは,本件事故後,乗車していた男性客と話をしたり,一審原告へ無線連絡していた時間がかかっていたことを思い出したと述べるものの,検察官の上記取調べで問われた際に想起できなかった事項とはいい難く,合理的なものということはできない。

さらに,Aは,本件事故における衝突地点についても,本件刑事事件においては別紙見取図・地点で衝突した(その際の一審原告車両の位置は同見取図④地点であった。)と述べていたのに(甲25,33),原審証人尋問においては同図・地点よりも南側の環状線第2車線部分で衝突したと述べて供述を変更したことが認められる。同人の供述に照らすと,同人はブレーキを踏むまでの一審原告車両の空走距離等を考慮して上記のとおり供述を変遷させたことがうかがわれるのであって,上記変遷に合理的な理由があるとは認められない。

以上のとおり,Aは,衝突地点,衝突後の状況等の重要な点につき,不合理に供述を変遷させているものである。

イ 既に述べたとおり,Eの本件事故直後の供述と一審原告車両の対面信号機の信号サイクル(前提事実)によれば,本件事故当時の一審原告車両の対面信号機の表示は赤色灯火であったことが推認されるところ,A供述はこれと矛盾することが明らかである。

また,前提事実のとおり,本件事故による最終停止直前の一審原告車両の速度が約44.1キロメートル毎時であったこと,乙4(新・交通事故損害賠償の手引)によると,一般に危険を感じてからブレーキを踏むまでの反応時間(空走時間)として0.8秒を要するとされていることに照らすと,本件における一審原告車両については空走距離として約9.8メートルを要するものと解されるところ,Aがブレーキを踏んだと主張する別紙見取図の③地点からスリップ痕までの距離は定かでないものの,5メートル程度しかないのであって,個人差や同図③地点の測定誤差等を考慮してもその差は大きく,A供述と整合するものとは到底いえない。

そして,ほかにA供述を裏付け,あるいは同供述と整合する内容の証拠ないし事実は何ら認めることができない。

(3)  以上のとおり,本件事故当時,一審被告車両の対面信号機の表示は青色灯火であり,一審原告車両の対面信号機の表示は赤色灯火であったことが認められるところ,同事実を前提とすると,Aは,一審原告車両を運転して本件交差点に進入するに当たり,対面信号機の表示に従って進行すべき注意義務があるのにこれを怠り,対面信号機の表示が赤色灯火であるのに少なくともこれを看過して本件交差点に進入した過失があることが明らかである。他方,一審被告には対面信号機の表示が赤色灯火であるのに本件交差点に進入した過失があるとは認められない。

2  争点3(一審被告の損害)について

(1)  一審被告車両の修理代 15万円

証拠(乙1,2,一審被告)及び弁論の全趣旨によると,一審被告車両は平成3年に初年度登録した普通乗用自動車であり,本件事故の約6か月前である平成12年12月に一審被告が車両本体価格(付属品・特別仕様価格及び消費税を含む。)32万5500円で購入したものと認められるところ,本件事故当時の一審被告車両の客観的交換価格は定かではないものの,上記購入価格と購入後本件事故までの期間経過に照らすと,控えめにみても15万円程度の交換価格はあったと認めるのが相当である。

そして,証拠(乙3,一審被告)によると,本件事故による一審被告車両の修理代として48万3060円と見積りがされており,上記同車両の客観的交換価格を著しく超えるいわゆる全損にあたるから,一審原告が修理代として賠償すべき金額は同客観的交換価格に相当する15万円と認められる。

(2)  弁護士費用 5万円

本件事案の内容,認容額等の事情を総合考慮すると,本件事故による損害とみることができる弁護士費用は5万円と認める。

(3)  以上によれば,一審原告が賠償すべき一審被告の損害額合計は20万円と認められる。

3  結論

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,一審被告の反訴請求は20万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,一審被告の反訴請求のその余の部分及び一審原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却すべきことが明らかである。

よって,一審被告の控訴は上記の限度で理由があるから,原判決のうち一審被告の反訴請求に関する部分を上記のとおり変更し,一審原告の控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂倉充信 裁判官 角谷昌毅 裁判官 大嶺崇)

<以下省略>

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