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松山地方裁判所 平成18年(わ)354号 判決 2007年7月19日

被告人

氏名

A(以下「被告人A」という。)

被告人

氏名

B(以下「被告人B」という。)

主文

被告人両名をそれぞれ懲役4年6月に処する。

被告人両名に対し,未決勾留日数中各240日を,それぞれその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は,共謀の上,路上に駐車中の普通乗用自動車に乗車中の者を襲って金員を強取しようと企て,平成18年3月4日午前1時45分ころ,松山市a町b番地c付近路上において,同所に駐車中の甲所有に係る普通乗用自動車の運転席側の窓ガラス等を所携のスパナでたたき割るなどし(損害額合計約14万9888円相当),さらに,同車両内に乗車中の乙(当時27歳)及び丙(当時28歳)に対し,こもごも,両名の顔面,頭部等を所携のスパナや手拳で殴打するなどの暴行を加えるとともに,「金出せ。携帯も出せ。殺すぞ。命まで取るぞ。」などと語気鋭く申し向けて脅迫し,両名の反抗を抑圧して,乙から同人所有の現金約1万9000円を,丙から同人所有の現金約5000円をそれぞれ強取し,その際,上記暴行により,乙に加療約2週間を要する見込みの頭部・顔面打撲,左前腕打撲等の傷害を,丙に加療約2週間を要する見込みの頭部・顔面打撲,顔面擦過創等の傷害をそれぞれ負わせたが,同年8月26日,松山南警察署にそれぞれ出頭し,自首したものである。

(証拠の標目)

省略

(事実認定の補足説明)

1  本件公訴事実によると,被告人両名が,乙及び丙から,現金のほか,携帯電話機2台及び自動車の鍵を強取したとされているところ,当裁判所は,以下の理由から,これらは強盗致傷罪の被害品には含まれないと判断した。

2  関係各証拠によれば,以下の事実経過が認められる。

(1) 本件当日,被告人両名は,路上に停車中の自動車に乗車していた2人組(乙ら)を襲うことを決め,その際,携帯電話機や自動車の鍵を奪うことについても話をした。

(2) 被告人Bは,運転席側の窓ガラスをスパナで叩き割り,乙らを殴打するとともに,自動車の鍵を鍵穴から抜き取った。そして,乙らに対し現金を要求するとともに,携帯電話機も渡すよう申し向け,乙らからこれらを受け取った。

(3) 被告人Bが車の鍵を抜いたのは,乙らが逃走することを妨げるためであり,携帯電話機を取り上げたのは,乙らが警察へ通報することを妨げるためであった。

(4) 犯行後,現場からトラックで逃走を開始して間もなく,被告人Bは,携帯電話機2台を逆向きに折り曲げて2つに割り,自動車の鍵を工具様の物で叩いて潰し,いずれも使用不能にした。

(5) 被告人Aは,被告人Bが携帯電話機を乙らから取り上げたのを見ており,被告人Bが携帯電話機や自動車の鍵を破壊した際にも特段異議を述べなかった。

(6) その後,被告人Bは,被告人Aの求めに応じ,破壊した携帯電話機等を被告人Aに預けた。被告人Aは,当初これらを直ちに廃棄するつもりであったが,そのことにより犯行が発覚することをおそれてそのまま保管し続け,結局警察に出頭する際に,これらを持参して警察に提出した。

3  以上の事実からすれば,被告人両名が乙らから携帯電話機や自動車の鍵を取り上げたのは,逃走や警察への通報を妨げることに主眼があり,取得後直ちにこれらを破壊したことからすると,これらを何らかの用途に利用,処分する意思はなかったといえる。そうすると,これら物品については,被告人両名の不法領得の意思を認めることはできないというべきである(最決平成16年11月30日刑集58巻8号1005頁参照)。

(法令の適用)

被告人両名の判示所為のうち,器物損壊の点は刑法60条,261条に,乙及び丙に対する各強盗致傷の点は同法60条,240条前段にそれぞれ該当するところ,これは1個の行為が3個の罪名に触れる場合であるから,同法54条1項前段,10条により1罪として刑及び犯情の最も重い乙に対する強盗致傷罪の刑で処断することとし,各所定刑中いずれも有期懲役刑を選択し,被告人両名は自首したものであるから,同法42条1項,68条3号を適用して法律上の減軽をした各刑期の範囲内で被告人両名をそれぞれ懲役4年6月に処し,同法21条を適用して被告人両名に対し未決勾留日数中各240日をそれぞれその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人Bに負担させないこととする。

(争点に対する判断-自首について)

1  上記のとおり,当裁判所は,被告人両名に自首が成立する旨判断したので以下理由を述べる。

2  本件においては,被告人両名が,平成18年8月26日,松山南警察署に出頭して犯罪を申告し,処罰を委ねたことについては争いがなく,その時点で被告人両名,とりわけ被告人Aが犯人であると捜査機関に発覚していたか否かが問題となる。

3  関係各証拠によると,被告人両名が出頭する前に以下の各事実を捜査官が把握していたと認められる。

(1) 乙らの供述によると,犯人は2人組の男であり,うち1人が赤っぽいトレーナー様の上着を着た20代の者,もう一方が黒っぽいトレーナー様の上着を着た20代の者である。

(2) 犯行現場から南方約20メートルの地点に設置された防犯カメラには,被害車両の後方にトラックが停車し,その後,被害車両の真横を転回するなどの不審な動きをしたあと立ち去り,その直後に2人組の犯人らしき人物がトラックが立ち去った方向から徒歩で被害車両に接近し,本件犯行を行う状況が記録されている。その画像を解析した結果,トラックに表示されたロゴマーク等の特徴から,上記不審車両は,被告人Aが当時勤務していた運送会社が使用するトラックに類似していることが判明した。

(3) 前記類似トラックの運行状況を捜査した結果,本件犯行の前日である同年3月3日の夜,同トラックによる松山市内の青果会社への配送の事実が判明した(運転士名は不明)。そして,同トラックは同月6日にも松山市内の青果会社への配送の事実があり,その際の受領書には「B」名のサインが記入されていた。

(4) 犯行現場から北東約1.4キロメートルの位置にあるコンビニエンスストアに設置された防犯ビデオには,本件犯行の約1時間30分前に上記(1)の犯人像に類似する男2名が入店した様子が記録されているところ,前記青果会社の職員は,上記防犯ビデオに撮影された男のうち,黒色の服装の者は被告人Aであると述べた。

4  以上のとおり,被告人両名が警察署へ出頭する前までの時点で,犯行当時被告人Aが勤務していた会社が使用するトラックに類似する不審車両が犯行現場付近を走行していたことが確認されていること,強盗致傷の被害者が供述する犯人像に類似する男2人組が犯行現場に近接したコンビニエンスストアを訪れており,うち1人の男については被告人Aである可能性が高いことが判明しており,被告人Aが本件犯行に関与していた疑いが生じていたことが認められる。しかし,上記不審車両が,被告人Aが当時勤務していた会社の車両であると断定できるまでには至っておらず,前記コンビニエンスストアの防犯ビデオの映像に被告人Aを含む男2名が記録されている点についても,犯行現場から約1.4キロメートル離れた場所における犯行の約1時間30分前の映像である上,記録された男が犯人であるかについて乙らに確認しておらず,人着の類似性にも限界があり,本件犯人と被告人Aとの結びつきは依然として弱いといわざるを得ず,この段階では,被告人Aが本件の犯人であるとの特定が合理的根拠によってなされていたとみることはできない。

5  また,被告人Bについても,この時点では,前記不審車両に類似したトラックを「B某」が運転しているという点が判明していたにすぎず,被告人Bが犯人であるとの特定はできていなかったのである。

6  そうすると,被告人両名が警察署に出頭した時点では,被告人両名が犯人であると捜査機関に発覚していたものと認めることはできないので,被告人両名について刑法42条1項の自首が成立する。

(量刑の理由)

本件は,被告人両名が共謀の上,停車中の自動車の窓ガラスをスパナを用いて割り,乗車していた男女2名に対し,スパナや素手で同人らの頭部等を殴打する暴行を加えるなどした上,現金を強取し,その際,同人らに対し頭部打撲等の傷害を負わせたという器物損壊,強盗致傷の事案である。

犯行に際しては,凶器となるスパナ等を準備し,逃走や通報を妨げるため携帯電話機や自動車の鍵も取り上げることまで話し合い,人相が分からないように顔面をタオルで覆って現場に臨んでいるなど,計画的犯行といえる。その犯行態様は,車内にいるため容易に身動きができず,抵抗や逃走も困難な被害者両名に対し,重量のあるスパナを用いるなどしてその頭部や顔面を殴打して,その反抗を抑圧するという卑劣で手荒いものである。強取に係る被害は,現金合計約2万4000円と少なくなく,被害者両名はそれぞれ加療約2週間の頭部,顔面打撲等の傷害を負っている。何よりも,車内にいるところを突然,窓ガラスを叩き割られて暴行を受けた恐怖は非常に大きく,被害女性は,本件被害後パニック障害となっており,その精神的苦痛の大きさを裏付けている。被害者両名は,いずれも被害弁償の申し出に応じておらず,今なお厳しい処罰感情を有していると認められる。

また,本件犯行により自動車に生じた損害も約15万円相当に及んでおり,軽視できない。

被告人Aにおいては,借金の返済に窮し,手っ取り早く金を得ようと本件犯行を決意している。その窮状は,自らの無計画な生活が招いた結果である上,今回のような手荒い手段に訴えてでも目的を実現しようとする発想は身勝手極まりなく,動機に酌量の余地はない。被告人Bにおいては,被告人Aとの人間関係を悪化させたくない,現在の生活環境を失いたくないとの思いや金銭欲しさから,抵抗感なく被告人Aに同調して犯行を決意し,日頃のうっ積した不満を見ず知らずの他人に対する暴行によって解消すべく被害者を徹底的に痛めつけることを提案しており,このような動機や経緯に酌量の余地はない。

以上からすれば,被告人両名の刑事責任は重大である。

そうすると,被告人両名が自首していること,その後の取調べにおいても本件犯行を素直に認めていること,犯行当時被告人Aは24歳,被告人Bは20歳であったこと,その親族らが被告人らの更生への支援を誓約していること,被告人両名において,強盗致傷の各被害者に対して被害弁償の申し出をするなどの慰謝の措置を講じる努力をした上で,これが実現しないとなった時点でそれぞれ50万円のしょく罪寄付をしたこと,被告人Aにおいて,自動車の所有者に対し,被害弁償として20万円を支払い,その宥恕を得たこと,被告人Aは罰金前科1犯が,被告人Bにおいては保護観察に付された前歴があるのみであること,いずれも相当長期間身柄拘束されていることなどの事情を最大限考慮しても,被告人両名に対しては,主文掲記の刑をもってそれぞれその罪を償わせるのが相当である。

(求刑・被告人両名につきいずれも懲役7年)

(裁判長裁判官 村越一浩 裁判官 西前征志 裁判官 渡辺健一)

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