松山地方裁判所 平成19年(わ)192号 判決 2007年12月11日
主文
被告人を懲役8月に処する。
未決勾留日数中160日をその刑に算入する。
本件公訴事実中,業務上過失傷害の点につき,被告人は無罪。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1 酒気を帯び,呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で,平成19年5月6日午前4時15分ころ,松山市a町b丁目c番地付近道路において,普通乗用自動車(軽四)を運転した
第2 前記日時,場所において,前記車両を運転中,自車がA(当時23歳)運転の普通乗用自動車に追突し,同人及びその同乗者であるB(当時23歳)及び同C(当時23歳)に傷害を負わせる交通事故が起きたのに,直ちに車両の運転を停止して,同人らを救護するなど法律に定める必要な措置を講ぜず,かつ,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった
ものである。
(証拠の標目)
省略
(一部無罪の理由)
第1本件業務上過失傷害についての公訴事実(訴因変更後のもの)及び本件の争点について
同公訴事実は,「被告人は,平成19年5月6日午前4時15分ころ,業務として普通乗用自動車(軽四)を運転し,松山市a町b丁目c番地先道路を堀之内方面からJR松山駅方面に向かい進行してきて同所先の信号交差点に接近するに当たり,当時,同交差点の対面信号機は赤色灯火を表示しており,かつ,同交差点入口の右端車線の停止線手前には信号待ちでA(当時23歳)運転の普通乗用自動車が停止していたのであるから,適宜速度を調節し,前方左右を注視して同信号機の表示及び同交差点入口の停止車両の有無に留意して,進路の安全を確認しながら進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,前方左右を十分注視せず,同信号機の表示及び同交差点入口の停止車両の有無に留意もせず,進路の安全確認不十分のまま漫然時速約50キロメートルで進行した過失により,上記A車両に気付くのが遅れ,同車後部に自車前部を追突させ,よって,同人に全治約7日間を要する頚部捻挫,腰部捻挫の,同人運転車両同乗者B(当時23歳)に加療約3日間を要する右骨盤部打撲の,同C(当時23歳)に加療約1週間を要する頚部捻挫等の傷害を,それぞれ負わせた」というものである。
これに対して,被告人及び弁護人らは,上記公訴事実記載のとおり,その日時,場所において,被告人が運転する普通乗用自動車(以下「被告人車両」という。)が赤信号灯火のため停止中であった上記A運転の車両(以下「被害車両」という。)に後部から追突した交通事故(以下「本件事故」という。)が発生したことは争わないが,この事故は被告人車両の同乗者であった甲がハンドルを急に切ったため発生したものであり,被告人には過失がないと主張するので,以下検討する。
第2当裁判所の判断
1 関係各証拠によれば,前提となる事実として,以下の各事実が特に反対事実もなく認められる。
(1) 被告人は,友人である甲とともに,平成19年5月5日午後10時30分ころから同月6日午前4時ころまでの間,合計3軒の居酒屋等で相当量の飲酒をした。その後,帰宅するために,甲が被告人車両の助手席に同乗し,被告人がこれを運転して本件事故の現場付近にさしかかった。
(2) 本件事故の現場となった道路は,JR松山駅に向け東西に走る主要地方道松山港線上にある。別紙交通事故現場見取図(以下「別紙見取図」という。判決要旨では省略)記載のとおり,道路中央には市内電鉄軌道敷があり,本件事故の現場付近では,JR松山駅前交差点東詰の停止線手前約20メートル付近から片側3車線の車両通行区分帯が設けられているが,そこに至るまでは片側2車線の車両通行区分帯が設けられている。また,当該道路は,最高速度40キロメートル毎時のアスファルト舗装された平坦道であり,本件事故当時は天候雨天のため路面は湿潤していた。
(3) 被害車両の運転者であったAは,上記松山港線を西堀端からJR松山駅前交差点に向かい西進してきて,同交差点手前の右端車線の先頭で対面信号赤色のため停止していた(別紙見取図記載)。その時,Aの友人であり,Aとは別の車両ではあるがともにドライブ中であったDが助手席に乗っていた車両は,同交差点のひとつ手前の交差点で信号待ちのため右側車線で停止していた。Dが乗っていた車両の対面信号の方が先に青色に変わったので発進し,右側車線を進行していた。被告人は,被告人車両を運転し,Aと同様に現場道路を西進してきて,Dが乗った車両を左側から追い越し,JR松山駅前交差点を右折しようとしていた。
(4) 被告人車両は,その前部を左に若干振った角度で,前記(3)記載のとおり停止していた被害車両の後部に追突した(別紙見取図記載)。その結果,被害車両には,後部バンパー破損,後部ドア凹損及び後部左右フェンダー破損等が生じ,その後部右端から車幅の約3分の1中央に寄った箇所に最大の凹みが生じた。また,被告人車両には,前部バンパー,前部左右フェンダー及びボンネットの各凹損等が生じ,その前部左端から車幅の約4分の1中央に寄った箇所に最大の凹みが生じた。
(5) 本件事故の直前,甲は,被告人車両と被害車両との追突の危険を感じ,とっさに右手を伸ばしてハンドルを切って追突を避けようとした。また,追突により運転席及び助手席のエアバッグが作動したが,甲はシートベルトをしておらず,顔面がフロントガラスにぶつかった。
(6) 本件事故の約4時間後に行われた被告人の飲酒検知の結果によると,アルコール濃度は呼気1リットル中0.3ミリグラムであった。
2 以上の前提となる事実を踏まえ,被告人に本件事故について過失が認められるか検討する。過失を認めるための積極証拠としてDの公判証言並びに甲の公判証言及び捜査段階の供述があり,これに対して,被告人は,公判廷において過失がない旨供述するので,順次検討する。
3 Dの公判証言の信用性について
(1) 証言の概要
ア Dは,当公判廷において,本件事故の態様等につき,概ね次のとおり述べた。
イ 被告人車両は,私が乗っていた車両を追い越した後,左側車線から右側車線に進路変更し,その後はそのまままっすぐ走って被害車両に追突した。被告人車両が車線変更した場所は,本件事故の現場となった交差点手前の車両通行区分帯が3車線に分かれる地点の直前ではなく,もっと手前であったが,具体的にどの場所であるかは分からない。車線変更の仕方は,左側車線を走行していて急にハンドルを切って右側車線に移ったというものではなく,左から右に斜めに普通に車線変更したというものであった。
(2) 信用性の検討
ア 本件事故直前の被告人車両の走行態様についてのDの捜査段階の供述調書の内容は,公判証言と異なり,被告人車両は,「速度を落とす事なく走り,前のA君の止まっていた交差点の直前で,突然に右前のA君の車の後方に切り込み」追突したというものである。そして,Dは,このような供述の変遷の理由として,上記供述調書作成の時は,被疑者を捜すというのがまず第1の目的であり,事故状況は簡単に聞かれたので簡単に説明した結果,このような表現となったが,後日検察官と打ち合わせをして同供述調書の内容を確認した際,表現が自分の記憶と違っていることがわかったので,自己の目撃したありのままの事故状況を法廷で述べたという。
イ この点,警察は,遅くとも平成19年5月6日午前9時ころまでには,被告人に対して本件の業務上過失傷害についての嫌疑を抱いてその自宅に出向き,任意出頭を促し,被告人はこれに応じて警察に出頭していた。また,Dの前記供述調書は,被告人の任意出頭後である同日昼ころに作成された。さらに,Dは,同供述調書において,「現場を離れて,友人らと病院へ行っていた時,警察署の方から,相手がわかったとの電話があり,警察署に来てくれないかとの事でしたので,すぐにf警察署に出向いたものです。」「警察署において,取調べを受けていた女の人の顔を見せてもらいました」と述べており,供述時には被疑者が特定されていたことが同供述調書自体に記載されているのである。そうすると,同供述調書作成の時には,本件の業務上過失傷害の被疑者を捜すことが第1目的であったということはできない。そして,被告人車両が突然被害車両の後方に切り込み追突したとの供述と急にハンドルを切ることはなく車両通行区分帯が3車線に分かれる地点の手前で左から右に斜めに普通に進路変更し,その後はそのまままっすぐ走って,被害車両に追突したという公判証言とでは,本件事故の態様が全く異なっている。そうすると,簡単な内容となっている捜査段階の目撃供述をより詳細に述べた結果,公判証言のような内容となったということはできない。
したがって,Dの公判証言は,本件事故の態様につき,捜査段階の供述から合理的な理由なく変遷したといえる。
ウ 以上に加え,本件事故の態様が過失の有無を判断する上で重要であることを考慮すると,本件事故の態様についてのDの公判証言は信用できない。
4 甲の公判証言及び捜査段階の供述の信用性について
(1) 証言及び供述の概要
ア 甲は,当公判廷及び捜査段階において,本件事故の態様等につき,概ね次のとおり述べた。
イ JR松山駅前の交差点に来るくらいのとき,私は前を見たり,横を向いたりしながら被告人と話をしていた。ふと前を見た時に信号で止まっている被害車両がすぐ目の前(約6.2メートル先)にあることに気づいた。その時,被害車両の真後ろからその後部全体が見えた。私はぶつかると思い,とっさに右手を伸ばしてハンドルを切って追突を避けようとしたが,伸ばした右手がハンドルに触れる前に追突した。追突するまで被告人が急ブレーキをかけたり,急ハンドルを切ったことはなく,速度も変わらなかった。本件事故の現場付近において,被告人車両がどの車線を走行し,いつ車線を変更したのか,信号の灯火は赤色であったかどうか,及び,Dが乗っていた車両の存在などは覚えていない。追突した原因は,被告人の脇見運転であると思うが,何に脇見していたのかは分からない。
(2) 信用性の検討
ア 被告人は,当公判廷において本件事故の原因につき,甲がハンドルを急に右に切ったことにあると述べているが,これが真実であれば甲が本件事故の刑事責任を負う可能性があり,被告人と利害が相反する。したがって,甲の証言及び供述の信用性は慎重に検討する必要がある。
イ 甲は,本件事故当時は酔って吐き気がする寸前となっていた。また,甲は,本件事故の現場付近における被告人車両の走行車線,車線変更の有無,信号の灯火及びDが乗っていた車両の存在などを覚えていないし,被告人が何に脇見をしていたのかも分からないという。そうすると,本件事故当時,相当量かつ長時間にわたる飲酒の影響により甲の知覚や記憶の能力は相当程度低下していたといえる。これらに加えて,本件事故は未明に起きたものであり,かつ,雨天のため視認状況が必ずしも良くなかったことも考えあわせると,甲がどの時点で何をどのように見て追突の危険を感じたのか,ハンドルに実際に触れたのかどうかについて,誤った記憶に基づいて証言及び供述をしている可能性がある。
ウ 前記3(2)ア記載のとおり,本件事故直前の被告人車両の走行態様についてのDの捜査段階の供述では,被告人車両は突然被害車両の後方に切り込み追突したとされている。これは,同人の公判証言とは内容が異なるものの,本件事故の目撃者であり,かつ,警察官の職にある者が本件事故の当日に供述したものであり,信用できる。ところが,甲の証言及び供述では,このような印象的な事柄についてまったく触れられていない。
エ 以上のアないしウを総合考慮すると,本件事故の態様等についての甲の公判証言及び捜査段階の供述は信用できない。
5 被告人の公判供述の信用性について
(1) 公判供述の概要
ア 被告人は,捜査段階の各供述調書及び本件第1回公判期日における供述では,訴因変更前の公訴事実記載のとおりの過失内容(被告人車両内のカーコンポを調節するために脇見をして前方を注視せず,右片手ハンドルのまま漫然と時速約50キロメートルで進行した過失により,被告人車両が右斜め前方に進行しているのに気づかず追突したというものである。)を認めたが,これを変更して,本件第2回公判期日以降,概ね次のイ及びウのとおり述べた。
イ 本件事故の態様等
被告人車両は,JR松山駅前交差点の信号機とそのひとつ手前の信号機の中間辺りで,右側車線を走行していた車両(D乗車車両)を左側から時速60ないし70キロメートルくらいの速度で追い越した。その後,3車線の車両通行区分帯の中央車線の停止線で止まろうと思い,中央車線に向けて進行した。同区分帯が始まる地点付近(別紙見取図記載,なお,同地点から追突地点までは約16メートルの距離がある。)で,時速40ないし50キロメートルくらいとなった時,甲が言葉を発することなくいきなりハンドルを右に切った。私は,両手でハンドルの9時と3時の位置を握っていたが,甲は,右手でハンドルの2時の位置を持って,右に半回転くらい切った。そのため,中央車線に沿ってまっすぐ向いていた被告人車両が45度くらいの角度で右端車線に進入した。被害車両との間には少し距離があったので,右にハンドルを切って追突を避けることもできるし,左にハンドルを切って避けることもできるが,右に切ると交差点入口の横断歩道に突っ込んでしまい,もしそこに人が歩いていたら危険であると考えて,左に切り返したが追突してしまった。甲がハンドルを切った時,あわててアクセルを踏んでしまったような感じになったが,追突するまでの間に2回ブレーキを踏んだ。追突直後に,私は甲に対し,「いきなりハンドル切ったけん,事故したんよ。」と言ったが,甲は無言であり,それ以降は甲に対し何も言わなかった。甲が何かを勘違いしてハンドルを切ったのだと思うが,なぜ左ではなく右に切ったのかはわからない。
ウ 捜査段階で「自白」し,その後異なる供述をした理由等
警察に出頭する前に,乙に対し,甲がハンドルを切ったために追突したと話したが,家族も含めてその他の人には話していない。捜査段階における取調べの時,警察官に対し,仮定の話だが助手席の人がハンドルを切っていたらどうなるのかと聞いたが,同じ罪になるだけだ,そういうことを言うと執行猶予にならないと言われたので,私がカーコンポを操作していたために追突したことにした。執行猶予期間中であるから実刑になって刑務所に入らなければならなくなると考えたことや警察官と打ち解けて話をするようになったことから,起訴後すぐに仮定ではなく真実の話として甲がハンドルを切ったため追突したと警察官に話した。その後,警察官から公判では供述調書と違うことを言うといけないと言われたから,本件第1回公判期日では変更前の訴因を認めた。しかし,真実を述べなければ後悔するし,少しでも早く帰らなくてはいけないと思い,本件第2回公判期日で甲がハンドルを切ったために本件事故が起きたという真実を述べた。
(2) 信用性の検討
ア 前記4(2)ウ記載のとおり,信用できるDの捜査段階の供述と被告人の第2回公判期日以降の供述とは,被告人車両が急転把して右端車線に進入し,被害車両の後部に追突したという点で符合する。
イ 前記4(2)イ記載のとおり,本件事故当時,飲酒の影響により甲の知覚や記憶の能力は相当程度低下していたことや視認状況の悪さからすると,走行車線が異なり,追突の危険がないにもかかわらず,甲が被告人車両と被害車両の位置関係を誤認して追突の危険を感じた可能性がある。また,前記1(5)記載のとおり,甲は,追突の危険を感じ,とっさに右手を伸ばしてハンドルを切ろうとしたが,顔面がエアバッグではなくフロントガラスにぶつかったというのであるから,助手席から相当程度運転席に身を乗り出したと推認できる。そうすると,甲が意識的にハンドルを切ったかどうかは別としても,その身体がハンドルに触れて,ハンドルが急に右方向に切られた可能性が否定できないところ,甲が急にハンドルを右に切ったという被告人の供述内容はこれと符合する。
ウ 被告人は,前記5(1)ア記載のとおり,捜査段階の各供述調書及び本件第1回公判期日において,訴因変更前の公訴事実記載のとおりの過失を認めており,甲がハンドルを急に右に切ったために右端車線に進入して追突した旨の供述はしていない。そして,本件第2回公判期日になってからその旨の供述をしたのであるから,本件事故態様についての被告人の供述には変遷がある。しかし,本件第1回公判期日以前の「自白」は,訴因変更前の公訴事実を認めるものであったが,本件訴訟における証拠調べを踏まえて訴因変更を余儀なくされたのである。このことや信用できるDの捜査段階の供述に照らすと,上記「自白」は,少なくとも信用性に疑いがあるといわざるを得ず,真実を述べなければ後悔するし,少しでも早く帰らなくてはいけないと思ったという供述変遷の理由を不合理とまでは評価できない。
エ 被告人は,捜査段階において追突直前の被告人車両の速度は時速50キロメートルくらいであったと供述し,本件第4回公判期日において甲がハンドルを切った時は時速50ないし60キロメートルであったと供述し,本件第5回公判期日においては甲がハンドルを切る直前では時速50キロメートルくらい,ハンドルを切った時は時速30ないし40キロメートルであったと供述しており,速度についての供述内容が変遷している。しかし,前記1(6)記載の事実によると,本件事故当時,被告人の呼気中のアルコール濃度は相当高かったと推認されるから,車両の速度について正確に知覚し,記憶を保持し続けることができなくてもやむを得ない。また,速度については意識的に速度計を注視すれば別だが,そうでなければ感覚的な面も否定できず,速度に正確さを求め過ぎることは相当ではない。したがって,上記供述の変遷には合理的な理由がないとはいえない。
オ 被告人の供述によると,甲がハンドルを右に切ったとする地点から追突地点までの距離は20メートルにも満たないのであるから,その間の走行時間は極めて短時間であったと推認できる。そうすると,被告人車両が右端車線に進入した後,ハンドルを右や左に切って追突を避けようと考える余裕があり,その後ハンドルを左に切ってから追突したという供述内容は,不自然,あるいは,実際に体験したことを供述したものではないとも考えられる。しかし,事故時の一瞬の思考過程を事故後に言葉で説明すれば,ある程度詳細になることもあり得ることである。したがって,この点の被告人の供述につき,不自然,あるいは,実際に体験したことを供述したものではないということはできない。
カ 前記1(4)記載のとおり,被告人車両は,その前部を左に若干振った角度で被害車両の後部に追突した。このような追突状況は,甲にハンドルを右に切られたところ,被告人が左にハンドルを切り返したが,追突してしまったという供述内容と矛盾しない。
キ 甲がハンドルを切ったことについて,追突直後に一度甲に抗議したというものの,なぜ,その後何も言わなかったのか,乙にはそのことを話したにもかかわらず,なぜ,家族も含めてその他の人には話さなかったのかといった疑問点はあるが,以上のアないしカを総合考慮すると,被告人の公判供述には一定の信用性が認められ,これを虚偽であるとして排斥することはできない。
6 結論
以上のとおり,一方で本件事故の態様等に関するDの公判証言並びに甲の公判証言及び捜査段階の供述はいずれも信用できず,他方で別紙見取図記載付近において甲が急にハンドルを右に切り,被告人車両が右端車線に進入したので,被告人がハンドルを左に切り返したが,間に合わずに追突したとの被告人の公判供述には一定の信用性があり,これを虚偽であるとして排斥することはできない。そうすると,変更後の訴因における過失を認定するには合理的な疑いが残る。したがって,本件公訴事実中,業務上過失傷害については,犯罪の証明がないから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は,平成19年法律第90号附則12条により同法による改正前の道路交通法117条の4第3号,65条1項,平成19年政令第266号附則3項により同政令による改正前の道路交通法施行令44条の3に,判示第2の所為のうち,救護義務違反の点は平成19年法律第90号附則12条により同法による改正前の道路交通法117条,72条1項前段に,報告義務違反の点は道路交通法119条1項10号,72条1項後段にそれぞれ該当するが,判示第2の救護義務違反及び報告義務違反は1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条により1罪として重い救護義務違反の罪の刑で処断することとし,判示第1及び第2の各罪について各所定刑中いずれも懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第2の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役8月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中160日をその刑に算入することとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
1 本件は,酒気を帯びて自動車を運転し,かつ,交通事故が発生した際の救護義務及び報告義務を履行しなかった道路交通法違反2件の事案である。
2 まず,酒気帯び運転について検討する。被告人は,居酒屋等で飲酒するために自動車を運転して出かけ,合計3軒の店舗で飲酒した。そして,3軒目の店を出たところで,飲酒代にお金を使い果たし,代行運転を頼むお金がなかったことや午前4時という時間帯から警察の取締りをうけることはないだろうなどと考えて判示第1の犯行を行った。このような身勝手かつ短絡的な犯行動機に酌量の余地はない。また,この犯行を行ってから約4時間が経過した後の飲酒検知でも,呼気1リットルにつき0.3ミリグラムものアルコールが検出されており,犯行時はこれより多くのアルコールを身体に保有していたことがうかがわれ,犯行態様は危険であった。
次に,救護義務及び報告義務違反について検討する。被告人は,被害車両に乗っていた者が負傷したことを認識しながら,飲酒運転が明らかになって警察に逮捕されることや前刑の執行猶予が取り消されることを恐れ,本件事故現場から逃走したものであり,その動機は極めて身勝手であり酌量の余地はない。
被告人は,平成16年7月2日,覚せい剤取締法違反により懲役1年6月,3年間執行猶予の判決の言渡しをうけ,平成17年5月には,自動車の指定速度違反により罰金刑をうけたにもかかわらず,執行猶予期間中に本件各犯行を行ったのであり,規範意識の鈍麻は著しい。
以上により,被告人の刑事責任は重い。
3 そうすると,救護義務違反の対象となった負傷者の受傷の程度が比較的軽微であったこと,被告人が捜査の当初から本件各犯行を認め,当公判廷においても反省の言葉を述べ,更生を誓ったこと,当公判廷において,母親が今後被告人を監督する旨述べたこと,養うべき子が3人いること,相当長期間身体を拘束されていることなどの酌むべき事情を考慮しても,主文のとおりの実刑に処することはやむを得ない。
(求刑 懲役1年2月)
(裁判官 西前征志)