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松山地方裁判所 平成19年(わ)367号 判決 2009年1月28日

主文

被告人を懲役4年に処する。

未決勾留日数中400日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,魚介類の養殖・販売業等を目的とする甲株式会社(以下「甲」という。)及び宝石・貴金属類の加工・販売業等を目的とする株式会社乙(以下「乙」という。)の代表取締役として両会社の業務全般を統括掌理していたものであるが,

第1分離前相被告人A及び別表「共犯者」欄記載の者らと共謀の上,いずれも法定の除外事由がないのに,同表記載のとおり,平成17年1月21日ころから同年7月26日ころまでの間,36回にわたり,分離前相被告人Bらが管理する甲府市内所在のa銀行b支店に開設された有限会社丙(以下「丙」という。)名義の普通預金口座ほか2口座に振込みを受ける方法により,不特定かつ多数の相手方であるCほか21名から,現金合計7020万円を,同表「支払期限」欄記載の期限までに同表「支払約束額」欄記載の元利金を支払うことを約して受け取り,もって業として預り金をした

第2預り金名下に金員を詐取しようと企て,

1  平成17年8月上旬ころ,宮城県内所在の美容室cにおいて,Dに対し,真実は,真珠養殖事業に係る事業収益が乏しい上,他の事業での利益を得る確実な見込みがなく,受け入れた元本を確実に返済し,利息を確実に支払う意思も能力もないのに,これがあるように装い,かつ,受け入れた金員を従前の預り金や借入金に対する利息の支払,元本の返済等として費消する意図であるのに,その情を秘し,情を知らないEをして,「第1ステージがもう8月一杯で終わりになる。9月からは第2ステージになる。今までごほうびでくれてた真珠も8月一杯で終わる。欲しい真珠を買ってもらう形になる。9月からは1年半で22万を付けて全額戻ってくるというのも,3年で戻るというふうに変わる。前のシステムでやるなら今のうちにやっておいた方が良い。」などと申し向けさせ,Dをして,1口当たり105万円を被告人らに預ければ,約束の期限までに確実に127万円が被告人らから支払われる旨誤信させ,よって,同年9月5日ころ,宮城県内所在のd銀行e支店から同支店に開設された,乙の北海道・東北地区本部長である分離前相被告人Fが管理する真珠の会香僚代表F名義の普通預金口座に振込送金させて,現金315万円の交付を受け,もって人を欺いて金員の交付を受けた

2  平成17年8月上旬ころ,前記美容室c駐車場において,Gに対し,前同様に装い,かつ,前同様に情を秘し,情を知らないDをして,「Eから聞いた話で,今度投資の変更がある。真珠がもらえなくなって,購入しなければいけないし,これまでの約束だと19か月で配当が支払われるということだったのが,3年に延びる。仕組みは9月から変わる。もし今後投資する予定があれば,8月中の方がいい。」などと申し向けさせ,Gをして,前同様に誤信させ,よって,同年8月29日ころ,前記d銀行e支店から前記F名義の普通預金口座に振込送金させて,現金315万円の交付を受け,もって人を欺いて金員の交付を受けた

3  平成17年8月31日ころ,宮城県内所在のFが使用する事務所において,Hに対し,前同様に装い,かつ,前同様に情を秘し,被告人が,「今クレジット関係の方でトラブルが起きていて遅れているが,そっちの方もだんだん片付いてきているので,落ち着いたらちゃんと配当を入れる。真珠養殖は順調に行っているし,第2ステージだということで,セラミックの事業に着手して今研究をしている。第2ステージの方がうまくいけば,前の方にも還元できる。前と同じやり方で期間だけ3年でやりましょう。1回目が3万8000円で,2回目からが3万5200円ずつになって3年で127万返す。」などと申し向け,Hをして,前同様に誤信させ,よって,同年9月2日ころ,仙台市内所在のd銀行f支店から前記F名義の普通預金口座に現金200万円を,さらに,同月5日ころ,上記d銀行f支店から上記F名義の普通預金口座に現金10万円をそれぞれ振込送金させて,そのころその各交付を受け,もって人を欺いて金員の交付を受けた

4  平成17年9月12日ころ,宮城県内所在のラウンジgにおいて,Iに対し,前同様に装い,かつ,前同様に情を秘し,情を知らないJをして,「乙は真珠養殖への投資を募っている。乙の社長が被告人である。投資の仕組みは,1口105万円で1回目の振込みは3万8000円,2回目から36回目までは3万5200円で合わせて127万円になり,真珠ももらえる。確実にもらえる。」などと申し向けさせ,Iをして,前同様に誤信させ,よって,同日ころ,宮城県内所在のd銀行h支店から前記F名義の普通預金口座に振込送金させて,現金105万円の交付を受け,もって人を欺いて金員の交付を受けた

ものである。

(証拠の標目)

省略

(事実認定の補足説明)

第1争点

弁護人は,出資の受入れ,預り金及び金利等の取締りに関する法律(以下「出資法」という。)違反事件について,(A)判示第1別表「預託者」欄記載の者から受け取った金員は,真珠の売買代金であって,被告人らは,真珠の購入者に対し,月々の支払を続けていたが,これは真珠養殖事業の利益還元として行っていたもので,そもそも購入代金を返還する法的義務はない旨,詐欺事件について,(B)Dらから受け取った金員も,上記(A)と同様に被告人に返還義務はない,(C)仮に返還義務があったとしても,被告人は,Dらから金員を受け取った当時,これを返還することは可能であり,かつ返還しようと考えていた,(D)Dらは,返還されないかもしれないリスクを了解した上で,金員を出捐しており,被告人らに欺罔行為はない旨述べ,被告人もこれに沿う供述をするので,以下,順に検討する。

第2出資法違反事件-争点(A)について

1  証拠上明らかに認められる事実

(1) 被告人は,乙及び甲の代表取締役として両社を統括する立場にあり,Aは,被告人の内妻で,乙の商品の仕入れ及び管理,資金の出納等の業務を担当していた。

(2) Bは,乙の総括本部長,Fは,北海道・東北地区本部長の肩書で,平成17年以前から,Bの地元である山梨県や,Fの地元である宮城県等において,顧客に対し,乙会等への入会を勧誘することに従事していた。

(3) Bらによる勧誘から入会に至る流れは次のようなものであった。

① 山梨県や宮城県等のレストランで食事会を開催し,食事会に来た顧客に対し,真珠の現物を展示したり,真珠商品のカタログを見せるなどして勧誘を行う。

② 入会方法としては,現金を出す場合と,信販会社を利用したクレジット契約による場合の2種類があったが,現金による場合は,口数(1口105万円で,一度に何口でも可能)及び希望する真珠の種類を選び,申込書(「乙会 会員申込書」)に氏名等を記入の上,Bが管理する丙名義の預貯金口座に金員を振り込む。

③ Bは,振込みを確認後,1口につき40万円を手元に残し,残りの65万円を乙や被告人個人の口座に振り込むとともに,その顧客の名前と顧客が希望する真珠の種類を茨城県笠間市にある乙事務所に伝える。

④ 乙事務所からBに対し,真珠商品が送られる。

⑤ Bは,真珠商品及び売買契約書(買主欄を空欄にしたもの),納品書等を顧客に発送し,顧客は,売買契約書の買主欄に自らの名前を記載してBに返送する。

⑥ Bは,手元に残した金員(1口につき40万円)を,自らや顧客の勧誘に関わった者らで分配する。なお,この分配金は「お手間代」と呼ばれ,実質的には紹介手数料の支払に当たるものである。

⑦ 顧客が上記手続を経て会員となると,自らを直接勧誘した者(紹介者)の傘下に入り,その親戚や知人ら周囲の者に対し,食事会への参加を呼び掛けたり,自ら入会を勧誘するなどして新たな会員の獲得を目指す。

(4) Bらが顧客に渡す真珠商品は,いずれも被告人の指示を受けてAが業者から買い付けたものであり,その仕入価額は10万円前後であった。

(5) 出資法違反に係る起訴のうち,別表番号5,6を除く「預託者」欄記載のCら20名は,いずれもB傘下の「共犯者」欄最下段記載の者が紹介者となり,「預り年月日」欄記載の日時に,「預り場所」欄記載の口座に「預り金額」欄記載の金額を振り込んだ。

(6) Cらに対して,乙が資金不足に陥り,郵便貯金口座を振込指定口座にしていた者らに対する支払が停止した平成17年7月末ころまでは,振込みの翌月に1口当たり3万円,2か月目以降は1口当たり2万5000円が乙から支払われた。

(7) K(別表番号5)及びL(別表番号6)は,Bらとは別に,愛媛県内で勧誘活動をしていたMから勧誘され,平成17年3月中にそれぞれ200万,100万円を乙の口座に振り込んだ。Kらについても,B傘下の者への勧誘と同様に,真珠商品が送られ,売買契約書が交わされた。

(8) Kらに対しては,平成17年12月末ころまで,振込みの翌月に1口当たり3万9200円,2か月目以降は3万5900円が乙から支払われた。

(9) 被告人は,勧誘に先立ち,会員に対する月々の支払額及び支払時期をあらかじめ決めてBらに伝えており,会員が入会した後は,Aに指示するなどしてその支払を行った。

(10) また,被告人は,Bらが開催する食事会にもしばしば参加して,乙の事業について説明したり,会員を甲の真珠養殖場に招待したりして,更なる入会を促していた。

(11) 平成17年7月末ころ,乙から,郵便貯金口座を振込指定口座とする会員に対する同月分以降の支払が滞り,会員から強いクレームが出たことから,被告人は,会員に対する説明会を開催したり,弁護士を通じて文書を会員宛てに送付するなどして,会員に理解を求めた。

2  売買契約とみることの不自然性

上記のとおり,乙会に入会する際に,乙に対し一定額の金員を振り込み,これに対して,真珠商品が乙から送付され,乙と会員の間で売買契約書が交わされている。これを形式的にみると,両者の間で真珠商品の売買契約が成立しているようにも見えるが,真珠商品自体の価値(仕入価額10万円前後)が振込金額(105万円)に比べて著しく低額であること,一度に何口もの入会をしたり,繰り返し入会している者や,知人や親戚の名前を借りてまで入会する者が相当数いること,入会後の月々の支払が滞った際に,会員から強いクレームが出て,被告人がこれに対応するための説明会を開催したり,弁護士名義の書面を送付したりしていることなどからすると,これを単純な売買契約であるとみるのは余りに不自然である。

3  勧誘トーク

そこで,入会の際の勧誘トークについて検討するに,その中心人物であったBは,捜査官に対し,自らが勧誘する際,あるいは会員やその知人を招いた食事会の席上で,「乙の真珠養殖事業に1口105万円を投資して事業参加していただくと,乙の会員になることができます。投資した後は,1か月目は3万円,2か月目から18か月目までは,毎月2万5000円ずつ,19か月目は81万5000円が間違いなく支払われて,合計で127万円が返ってきます。しかも,投資して事業参加していただければ,ただ(無料)で真珠を差し上げます。現金でもクレジットでも事業参加できます。乙の会員になった後,知り合いを勧誘すれば,紹介手数料ももらえます。」などと説明していたと述べている(乙65。なお,Bが民事事件で作成した陳述書にはこれと異なる趣旨の記載もあるが,Bが被告人として公判廷において,「お客様が乙の真珠を105万円で購入し,乙の会又は真珠の会に入ると,その105万円が19か月後には127万円になるということを乙が決めており,そのようにお客様には説明していたため,それが投資ということになると思います。」と述べ,自らの罪を認めたことに照らしても,上記陳述書の内容は信用できない。)。そして,本件において実際に勧誘に当たった者も,勧誘を受けた者も,Bが食事会の席上で同様の発言をしていたことや,自らが勧誘する際,あるいは勧誘される際にBの上記説明に沿った内容を説明していた,あるいは受けていたと述べている。

また,Mも,KやLを勧誘する際,乙に投資すると,元本保証で,多額の配当も約束され,おまけとして真珠も付いてくるなどと説明したと述べ,KやLも,Mからそのような説明を受けたと述べている。

このように,関係者は一致して入会の際に支払う金が,将来配当付きで返還されることを当然の前提としていたと述べており,その内容は,上記認定の事実関係にもよく符合しており,高い信用性を認めることができる。

4  弁護人の主張

これに対し,弁護人は,ア 真珠商品の原価からすると,代金として妥当な金額設定であり,真珠の売買とみて不自然ではない,イ 現に商品を返品したりした者がいないことからみても,真珠商品にそれなりの価値があり,かつ,代金と商品のバランスが取れていることの証左である,ウ 契約書には金員の返還に関する文言は全くない,エ 会員への月々の支払は,あくまでも乙の顧客に対するサービスで行った「利益還元」である,などと主張する。

しかしながら,アについては,見解の相違というほかなく(なお,裁判所も仕入価額と振込代金の不均衡の一事をもって売買契約ではないと断定しているのではなく,売買契約と認める上での疑問点の一事情として挙げているに過ぎないのであって,宝石販売の実情が弁護人の述べるとおりであったとしても,裁判所の推認過程は影響されない。),イについては,会員は,真珠については入会の際の特典的なものとして理解していたからこそ,返品やクレームがなかったと理解することが可能で,かつ素直な見方であり,返品がなかったことと当該真珠商品と代金が釣り合っていることを結び付けるのは論理に飛躍がある,ウについては,売買契約であることを仮装していた(少なくともクレジット契約を利用する場合はそのような体裁を整えることが必要となる。)とみれば何ら不自然ではなく,現に,勧誘する側の者も,される側の者も,契約書が形式上必要なものであるとの説明が行われていたことを述べており,エについては,勧誘の際にも,支払が滞った後の送付文書による説明等でも,返還が不確実であることを前提に説明がされた形跡はない。

5  預り金であること

以上からすると,CやKらが出捐した金員の性格は,別表記載の支払期限までに配当を上乗せして確実に返還するとの約定の下でなされた出資法上の「預り金」であると認められる。

6  正犯性

被告人は,乙の代表取締役として,その業務全般を統括し,会員への月々の支払額等を決定し,その支払の振込みを指示していた立場にある。そして,会員らが入会後は,Bが開く食事会にも度々参加していたのであるから,Bらが会員の勧誘をする際に,上記のような勧誘トークを用いていたことは当然理解していたと認められる。そして,B及びMは,会員への月々の支払が確実であることは,被告人自身が明言し,自分たちもこれを信じて勧誘活動を行っていた旨述べているところ,同供述に疑いを挟む事情は見当たらない。以上からすると,被告人が出資法違反(預り金の禁止)の共同正犯としての責を負うことは明らかである。

第3詐欺事件

1  検討の視座

本件検察官の起訴は,乙が郵便貯金口座を振込指定口座とする会員に対する支払が滞った平成17年7月末ころ(具体的には7月27日)を境に,それ以前の金員の受入れを出資法違反(預り金を業としたもの),それ以降の金員の受入れを詐欺(預り金名下の騙取)とするものである。弁護人は,金員の性質が変わらないのになぜ突然適用される犯罪が変わるのか理解できず,不合理であると論難するが,検察官が,被告人が金員を預かる段階で,将来的にこれを返還できないことが確実であると判断される時期を証拠上特定し,その前後で上記のような事件処理をすること自体,公訴提起に関する裁量権の行使として一定の合理性を有するものであり,各犯罪が成立するか否かは,その要件が充足されているかを,関係各証拠に照らして検討されるべき問題である。

2  争点(B)について

(1) 前記第2において検討したとおり,平成17年1月から7月までの間に,入会した会員から受け入れた金員は,配当を上乗せして確実に返還する約定の下でなされたものであり,真珠商品の売買代金とは認められない。そして,判示第2の1ないし4のとおりのDらからの金員の受入れ(同事実は証拠上明らかに認められる。)は,いずれも平成17年8月以降になされたものである。そして,入会に当たっての手続の流れをみると,Bが離脱し,入会の際に金員を振り込む口座がBが管理する預貯金口座からFが管理する預金口座になったこと以外は概ね変化はない。

(2) そして,関係者の各供述を総合すると,各入会の際の具体的状況は,以下のとおりであったと認められる。

① Dは,Eから勧誘されて平成16年5月に初めて入会し,本件以前に合計19口分入会した。同年8月上旬ころ,Eから,判示第2の1のとおり勧誘され,9月になると第2ステージが始まって月々の支払の終了期限が従来よりも延びるので,それ以前に入会する決断をした。ところが,8月下旬ころ,以前の入会分に対する月々の支払が予定額どおりではなかったので,Dは,Eに対し,これまでの分が振り込まれないと新たな振込みはできない旨伝えた。Eからは,会社の手違いであるとの説明があり,9月2日に遅れていた分の支払があったので,Dは,同月5日,3口分315万円を振り込んで入会した。なお,入会が9月になったが,Dの要望により,8月入会と同じ期限(1年7か月)の扱いになった。

② Gは,Dから勧誘されて平成17年4月に2口分入会した。Dは,上記①のとおりEから聞いた日に,Gに連絡し,判示第2の2のとおり伝えて勧誘した。Gは,これを聞き,8月中に追加で入会した方が良いと考えるようになった。そして,8月下旬ころ,予定されていた乙からの月々の支払がなかったので,Dに確認したら,会社の手違いだと説明された。8月29日に支払が確認されたので,Gは,入会するなら今月中が良いと考え,8月29日に3口分315万円を振り込んだ。

③ Hは,Jから勧誘されて平成17年6月22日に3口分入会した。ところが,乙からの8月の最初の支払が,勧誘時に受けた説明より遅れ,額も少なかったことから,この点をJに問いただすと,Jは,被告人がFの事務所に来るので一緒に話を聞こうとHを誘った。Hは,夫やJ夫婦とともに,同年8月31日にFの事務所を訪れ,その際,被告人から,判示第2の3のとおり説明され,新たな入会を勧誘された。それまでに上記8月分の支払がなされていたこともあり,Hは,被告人の話を信用して9月2日に200万円,同月5日に10万円の合計2口分210万円を振り込んだ。

④ Iは,それまで入会したことはなかったが,平成17年9月12日,宮城県内のホテルで,Jから,判示第2の4のとおり説明を受けて勧誘され,その話を信用し,1口分105万円を振り込んだ。

(3) 以上のとおり,入会の手続には平成17年7月以降とそれ以前とで基本的に変更がないこと,Dらに対し,被告人が自ら(対H),あるいはE(対D),D(対G),J(対I)を介して行った勧誘行為では,9月以降の入会は月々の支払の終了期限が3年後になること以外は,基本的に従来と同じ内容を告げて勧誘していることからすると,上記各金員についても,それまでと同様,1口105万円を127万円に増やして返す旨の約束が交わされたものと認められる。

3  争点(C)について

(1) 関係各証拠からすると,以下の事実が認められる。

① 乙の経営状況

乙では,会員が新たに現金で入会すると,1口当たり105万円の金員が乙に入ったが,その性質は上記認定のとおり預り金であって,結局,将来的に配当を上乗せして返還しなければならず,会員が新たに入会すればするほど負債が増えるという関係にあった。郵便貯金口座利用者への支払が停止した平成17年7月27日当時,乙が会員に対し支払うべき元利合計額は47億7406万5798円,月々の支払合計額は7000万円から8000万円に達していた。これに対し,被告人が管理していた乙関連口座の残高は,合計1億6306万9515円にすぎなかった。

② 甲の経営状況

甲においては,真珠の養殖・販売事業を行っていたが,平成14年度から17年度における真珠商品の年間売上げは1000万円以下であり,年間事業収益はいずれの年度も損失を計上しており,その後も真珠の生産販売による売上げが大幅に伸びるなどして黒字に転換することは,当分の間期待できない状態にあった。なお,平成16年12月から19年4月にかけて捜査機関が把握できた甲の売上げは,合計1530万9846円であった。

③ 真珠商品の展示販売

平成17年7月27日当時,被告人の下には,販売価額合計9389万3200円分の真珠の在庫があった。平成17年7月までの真珠販売による売上げはわずかであり,それ以降も,被告人の供述を前提としても,販売による利益は,合計で1000万円程度にとどまっていた。

④ 国債の償還話

被告人は,知人のNから,同人がOに対して行っていた資金援助への協力を依頼された。その資金援助は,Oが,国債の元金償還を得るためのもので,被告人は,資金援助への協力をすることで,国債の元金償還がなされた暁に,Nの取り分から200億円を受け取ることをNとの間で約束し,少なくとも9000万円以上をNに提供した。その後,Oの家内を名乗る女性から,Nに対し,Oが平成17年6月1日に病死したとの連絡があった。Nは,遅くとも,同年7月中旬ころまでに,関係者に接触するなどして調査したところ,Oから聞かされていた国債の償還話が存在しないことが判明したと被告人に報告し,Oの死亡に関する除籍謄本を送付するなどした。

⑤ セラミック事業について

被告人は,平成17年7月ころ,Pから真珠養殖で用いるアコヤ貝の貝殻でセラミックを製造できるという話を聞いて関心を持ち,同年9月ころ,産業技術総合研究所に所属するQに会い,その研究を依頼した。Qは,被告人に対して,研究開発に3年かかる旨伝え,研究を始めたが,その後,被告人に対し,経常利益が黒字になるのは3期先(平成20年2月1日から平成21年1月31日までの期間)であるという内容の報告書を提出していた。

⑥ Dらから集めた金員の使途

Dらから受け入れた合計945万円の金員については,将来の事業への投資等に回されることなく,他の会員への月々の元利金の支払や,借金の返済等に費消された。

(2) 被告人は,乙や甲の代表者として,上記客観的状況はすべて把握していた。なお,被告人は,上記④につき,国債の償還話は,平成17年10月中旬ころになってあきらめ始めたのであり,今も最終的にはあきらめたわけではない,上記⑤につき,Pから話を聞いた時期,Qと会った時期はもう少し早く,平成17年7月末ころの時点では,セラミック事業については,資金繰りが上手くいけば何とかなる段階までこぎ着けていたと供述する。

しかし,国債の点については,Nから関係資料を送られるなどしてその詳細な報告を受けており,Nの話を全面的に信用しないとしても,少なくとも国債の償還により多額の利益を得ることが非常に困難な事態になっていたことは当然に認識しており,それでも国債の償還金が早晩手に入ると信じ続けていたというのは,結局のところ,願望を述べているに過ぎない。

セラミック事業についても,被告人がPと話をした時期,Qと初めて会った時期については,上記⑤に認定したとおりにP及びQが明確に述べていて,これに疑いを挟む事情は見当たらない。加えて,平成18年春ころ,被告人が弁護士に依頼して作成させた債務整理開始通知書においても,同事業が「今日,明日にも直ちにという段階には至っていない」との記載があることからも,少なくとも平成17年7月末ころの時点では,収益の見込まれる事業としての目処が立つ段階になかったことは明らかである。

(3) 以上述べたような平成17年7月末ころの乙や甲の赤字経営の状況,真珠販売の低迷,国債償還話の頓挫,セラミック事業が早期に軌道に乗る可能性の乏しさ等に照らすと,被告人が,上記時点で新たに受け入れた金員に配当を上乗せして返還することは極めて困難な状況にあり,被告人もそのことを十分に認識していたと認められる。しかるに,被告人は,その認識の下,自ら,あるいは第三者を介し,その確実な支払ができるように装うとともに,預り金を他の会員への支払や借財の返済に用いることを伏せ,判示のとおりDらに自ら申し向け,あるいは第三者に申し向けさせたのである。そうすると,被告人には,受け入れた金員を約定どおり支払う意思も能力もなかったものと認められる。

(4) これに対し,弁護人は,(a)Dらに対して平成17年10月から平成18年6月ないし7月まで,月々の「利益還元」(支払)を続けており,少なくとも契約をした時点では,当然に支払意思はあった,(b)Dらから受け取った金額は,合計945万円程度であり,これに集中すれば返済が可能な範囲であるから,被告人には支払能力はあった,と主張する。

(a)については,確かに,被告人は,Dらから金員を受け入れた後,1年近くは約定どおりの月々の支払を続けていた。しかしながら,被告人がDらと交わした約定は,1年7か月間又は3年間支払を続け,最終的には1口105万円を127万円にして返すというものである。そして,その支払意思を認めるには,上記約定に係る支払金捻出の裏付けがなければならないところ,当時そのようなものはなかったことは前記のとおりであり,被告人もそのことを認識していたのであるから,やはり,支払意思はなかったというべきである。

(b)については,被告人は,説明会で更なる勧誘を促した際に,特段募集人数を限定したわけでもなく,現にDら以外にも入会者はおり,これらに対する支払もDらと同様に行われており,更なる入会者があれば,これらについても同様に扱われていたと予想されることからすると,実態に合わない主張であって,採用できないといわざるを得ない。

以上のとおり,弁護人の主張を勘案しても,被告人の支払能力や支払意思を肯定することはできない。

4  争点(D)について

(1) 被告人は,平成17年7月末以降に開いた説明会で,当時の客観的事情や「利益還元」の不確実性をきちんと説明しており,Dらはこれを理解し,リスクを承知した上で入会しているはずであるなどと述べる。この点,F,E,Jらの供述によると,被告人は,当初,郵便貯金口座関係の月々の支払が停止したことを単なる事務的なミスであると説明し,その後,これを訂正し,国債が入る見込みがあったが入らなくなったことやクレジット関係のトラブルがあったことが原因であるなどと説明しているが,それらも間もなく解決に向かうこと,真珠養殖事業が順調であること,セラミック事業も手がけていて将来性があることなど,当時の客観的状況から離れた楽観的な説明を行い,乙や自らへの信頼を強調して更なる入会の勧誘を促している。その説明は,リスクを正確に伝えるというよりも,支払停止に動揺する会員を安心させ,資金集めのため更なる入会者を増やすことを目的として行っていたものと認められる。

(2) 前記のとおり,Dら4名は,いずれも証人尋問において,勧誘を受けた際に,確実に配当を上乗せした額の支払が受けられると思って入会した,支払停止の事実は聞いていないなどと述べているところ,D,G,Hは,平成17年7月以前に入会していたとはいえ,被告人による説明会には一度も出ておらず,Iは,今回が初めての入会であることからすると,支払停止等の事実を知らなかったとしても不自然ではない。そして,被告人も,自ら勧誘したHはもとより,D,G,Iについても,Eらの直接勧誘に当たった者が,支払停止の事実等を相手に告げずに勧誘することは当然に予想しており,かつ,これを容認していたものと認められる(被告人がこれを容認していたことは,被告人が,説明会の会場で,「会員以外は支払が止まっているのは知らないんだから,新しく勧誘してくればいいじゃないか。」と言ったのを聞いたとするRの証言からも裏付けられる。)。

(3) 以上からすると,Dらは,いずれも被告人あるいは情を知らないEらの言を信じ,錯誤に陥った結果,判示第2記載の各金員を出捐したものと認められる。

5  結語

以上のとおり,被告人は乙等の経営状況を認識しながら,受け入れた金員は確実に利息も付けて返せると,述べたり述べさせたりしており,そうした欺罔行為によって,錯誤に陥った被害者から金員を取得したものと認められ,被告人には,詐欺罪が成立する。

第4結論

以上により,弁護人の主張はいずれも採用できず,被告人は判示各罪の責を負う。

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は包括して刑法60条,平成18年法律第115号附則31条1項により同法による改正前の出資法8条2項1号,出資法2条1項に,判示第2の各所為はいずれも刑法246条1項(判示第2の3は包括して)にそれぞれ該当するところ,判示第1の罪について所定刑中懲役刑を選択し,以上の各罪は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により刑及び犯情の最も重い判示第2の1の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役4年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中400日をその刑に算入し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,被告人が,共犯者らと共謀し,平成17年1月から7月にかけて,元本及び配当を保証して,22名から36回にわたり合計7020万円を受け入れ,もって業として預り金をした出資法違反及び同年8月から9月の間に,預り金名下に4名から合計945万円をだまし取った詐欺の各事案である。

まず,出資法違反についてみると,乙の真珠養殖事業に投資して会員となれば,1口105万円が1年7か月後に127万円になる(別表番号1ないし4,7ないし36),あるいは1口100万円が3年後に120万円ないし129万5700円になる(別表番号5,6)などと,短期間での高額配当を保証するものである。とりわけ,Bのグループでは,各地で食事会を開き,その人脈により資産運用に関心のある者等を集め,その席上で,Bらが言葉巧みに,被告人が資産家で,すばらしい実業家であることを強調し,その真珠養殖事業が順調に進んでいることを訴え,会員となった者には真珠商品を無料で提供する,他の人を新たに勧誘した会員には紹介料がその懐に入るなどとして,投資への意欲をかきたてるなど,その手口は非常に組織的かつ巧妙である。

こうした勧誘により,起訴に係る分だけでも22名から合計7020万円が集められ,結局,その大半に当たる約6000万円が預託者に返還されておらず,多大な損害も生じている。預託者の中には,老後の生活資金をつぎこんだ者や,自らの親族や知人を積極的に勧誘して入会させたことで,その間の人間関係にも悪影響が出るなどした者もおり,被害回復がなされないこともあいまって,被害感情はいずれも厳しいものがある。

被告人は,乙や甲の代表取締役であり,業務全般を統括掌理していた者として,上記犯行に積極的に関わっており,その責任は,共犯者間で最も重大である。

次に,詐欺についてみるに,被告人は,乙の会員に対する月々の振込金の支払が滞り,新たな会員を募っても,約定どおり支払を続ける見込みがないにもかかわらず,自ら,あるいは情を知らない勧誘者を介するなどして,確実な支払を受けられるものと誤信させ,4名から合計945万円をだまし取ったもので,その態様は,狡猾かつ悪質である。上記被害のうち,約630万円が被害者に返還されておらず,各被害者は,被告人に対する厳しい処罰を求めている。

これに対し,被告人は,いずれの事実についても不合理な弁解に終始して自らの責任を回避しようとしており,自己が犯した犯罪についての反省の態度は見られない。

以上からすると,被告人の刑事責任は重大である。

そうすると,被告人は前科前歴がなくこれまで過ごしてきていること,出資法違反に関し,少なくとも,平成17年中ごろまでは,国債の償還に関する話が現実化すれば,預託者への返済は可能であると考えていたことがうかがわれること,詐欺に関し,被害者に対し,平成18年6月又は7月まで約定どおりの元利相当額の支払を継続していたことなどの諸事情を考慮しても,被告人には主文掲記の刑をもってその罪を償わせるのが相当である。

(求刑・懲役6年)

(裁判長裁判官 村越一浩 裁判官 西前征志 裁判官 杉本敏彦)

(別表 省略)

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