松山地方裁判所 平成19年(わ)390号 判決 2008年3月13日
主文
被告人を懲役6月に処する。
未決勾留日数中100日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成19年7月29日施行の第21回参議院議員通常選挙に際し,愛媛県選挙区から立候補した甲の選挙運動者であるが,同人に当選を得しめる目的で,
第1同月12日午後2時45分ころ,松山市a町所在の指定暴力団b会事務所において,同事務所に設置された加入電話を使用して選挙人であるAの携帯電話に電話をかけ,同人に対し,前記甲のための投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として後日現金5000円を供与する旨の約束をした
第2前記Aと共謀の上,同月17日昼ころ,同市c番地所在のB方において,選挙人である同人に対し,前記甲のための投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として後日現金5000円を供与する旨の約束をした
第3前記A及び前記Bと共謀の上,
1 同日午後1時22分ころ,前記B方において,携帯電話を使用して選挙人であるCの携帯電話に電話をかけ,同人に対し,前記甲のための投票をすることの報酬として後日現金5000円を供与する旨の約束をした
2 同日午後3時ころ,前記B方において,選挙人であるDに対し,前記甲のための投票をすることの報酬として後日現金5000円を供与する旨の約束をした
3 同日午後7時ころから同日午後9時ころまでの間,前記B方において,選挙人であるEに対し,前記甲のための投票をすることの報酬として後日現金5000円を供与する旨の約束をした
4 同月19日午前8時23分ころ,前記B方において,携帯電話を使用して選挙人であるFの携帯電話に電話をかけ,同人に対し,前記甲のための投票をすることの報酬として後日現金5000円を供与する旨の約束をした
5 同月20日ころ,前記B方において,選挙人であるGに対し,前記甲のための投票をすることの報酬として後日現金5000円を供与する旨の約束をした
ものである。
(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
※以下の日付は,平成19年のものを指す。
第1争点
本件の争点は,1被告人が,公訴事実第1につき,同記載の日時,場所において,Aに対して甲への投票取りまとめ等の報酬として現金を供与する約束をしたか否か,2公訴事実第2につき,AがBに対し,あるいは公訴事実第3の1ないし5につき,A及びBがC,D,E,F及びG(以下CからGまでの5名を「Cら」という。)に対し,投票等の報酬として現金供与の約束をしているが,これは,被告人との共謀に基づくものと認められるか否かという点である。
これらの争点に対する裁判所の判断は以下のとおりである。
第2関係各証拠により認められる事実
1 関係各証拠によれば,以下の事実が明らかに認められる。
(1) 被告人は,本件当時,指定暴力団b会若頭補佐として活動していた。
(2) 被告人は,3月ころ,以前刑務所で知り合ったが,その後しばらく交遊の途絶えていたAと再会し,再び付き合うようになっていた。
(3) 7月29日施行の第21回参議院議員通常選挙において,愛媛県選挙区から甲らが立候補した。
(4) Aは,同選挙について,さほどの関心を示していなかったが,7月12日ころ,被告人とAとの間で,参院選の話が出て,Aが,甲に対する投票の取りまとめをすることになった。なお,同日午後2時45分に,b会事務所の固定電話から,当時Aが使用していた携帯電話の番号と上6桁が同じ番号に電話がかけられた。
(5) 7月13日ころ,被告人は,b会の組員に命じて名簿用紙を作成させた。その名簿用紙は,「日」,「時間」,「場所」,「氏名」,「住所」欄が設けられ,1枚につき10人分の氏名等の記入が可能であり,その体裁は,被告人が考えたものであった。
(6) 被告人は,Aに対し,上記名簿用紙3枚を被告人への返信用封筒を添えて,7月16日の夕方ころ,A宅に郵送で届けた。
(7) 7月17日昼ころ,Aは,日頃からその自宅を訪れ,世話になっていたBに対し,「甲に票を入れる人を集めて欲しい。1票5000円出るから。」などと,甲への投票の取りまとめ等を依頼し,Bはこれを承諾した。
(8) 7月17日から同月20日にかけて,A及びBは,そのころよくB宅に出入りしていたCらに対して,謝礼として5000円を与える旨述べて,甲に対する投票を依頼したところ,Cらはこれを了承し,A及びBとともに,上記名簿用紙に名前などを記入した。
(9) 7月18日,Aは,被告人と電話で会話をし,その際,被告人に対し,期日前投票に行くための車の手配を依頼した。被告人は,b会の正式な組員ではないが,同事務所に出入りしていたHに送迎を依頼した。
(10) 7月22日,Hは,A,B及びCらを期日前投票のために設置された投票所まで自動車で送迎した。
(11) 7月時点で,Aは生活保護を受け,毎月11万5910円の生活保護費を受け取っていた。
2 以上のとおり,Aが,甲に対する投票の依頼等を始めたのは,7月12日ころに被告人とAが話をした後であること,被告人は,投票を承諾した人を記入するための名簿用紙を作成し,返信用封筒とともにAに送付し,更にAらが投票に行くに際して,自動車送迎の手配までしていることなど,被告人が,Aらの投票の取りまとめに関心を寄せ,積極的に行動している事実からすると,被告人が,何らかの意図をもって,Aに対し,甲への投票を行うよう,また,そのことを他の者へ働きかけるよう指示を与えたものとみるのが自然である。
第3争点1について
1 A供述の変遷と信用性について
争点1に関する直接かつ最重要証拠はA供述であるところ,A供述は,(ア)捜査,(イ)第1回公判期日前の証人尋問,(ウ)公判の三段階で聴取され,(ア)・(イ)と(ウ)で大きくその内容を異にしているので,以下検討する。
(ア)・(イ)の供述は,要するに7月12日の昼過ぎころ,被告人から自分の携帯に電話がかかってきたこと,この電話は,b会の設置電話から午後2時45分にかけられたものだと思うこと,被告人から,「甲の票を集めてください,5000円出るから。」などと,甲に対する投票の取りまとめを依頼されたこと,これを受け,7月17日にBに対し依頼したところ,Bが謝礼を本当にもらえるのか否か念押ししてきたので,7月18日の夜にb会事務所に電話をかけ,被告人に連絡をとったこと,その際,被告人に対し,「5000円出るんじゃろ。」と確認したところ,被告人は「分かっとる,間違いない。」と答えたこと,皆で期日前投票を済ませた後,送迎してもらったHに対し,投票した人の名前を記入した名簿用紙を渡したが,Hから直接被告人に渡すよう言われ,7月24日ころ,松山競輪場において,被告人に名簿用紙を手渡したことなど,被告人がAに対し,甲への投票の報酬として5000円を出すことを約束して投票の取りまとめ等を依頼したことを明確に述べている。
これに対し,(ウ)の供述は,要するに甲に投票すれば5000円をあげるというのは,自分一人で考えたことであり,被告人に言われたわけではないこと,7月18日の夜に被告人に連絡をとった際は,自動車送迎の手配を依頼しただけで,5000円が支払われるかを確認していないこと,名簿用紙は,期日前投票の際に,Hが持っていったと思うことなど,被告人から5000円を出す約束があったことを否定する。
そこで,これらの供述を比較検討するに,まず,(ア)・(イ)の供述は具体的で,前記第2の1記載の各事実ともよく符合し,矛盾するところはない。ところで,Bは,公判廷において,Aから依頼があった際,金の出所は被告人であるとの説明を受けた旨述べている。これは,Aの供述と合致しており,これに反する証拠もないので同事実を認めることができるところ,Aが,Bにこのような説明をしたのは,その前に被告人が5000円を支払う旨約束していたからと考えるのが自然である。そして,Aが,暴力団幹部である被告人に関し,あえて虚偽の事実を述べて罪に陥れる事情も見当たらない。
一方,(ウ)の供述は,さして選挙に関心を抱いておらず,かつ,金に余裕のない生活を送っているAが,日頃より世話になっているBに対し,報酬を支払える見込みもないまま,被告人から金を払ってもらえると嘘を述べてまで甲への票集めを依頼するとは考え難い上,最初は,7月18日に被告人に報酬の支払いを念押ししたと述べながら,その後これを翻したり,名簿用紙は直接被告人に渡したと述べながら,その後これをあやふやにするなど,その供述自体に理解し難い変遷もみられる。加えて,Aの公判供述全体を通して,側に座る被告人に対し気を遣っていたことは,その供述態度や応答ぶりからも明らかであり,このような被告人の影響を遮断した形で聴取された(ア)・(イ)の各供述と比べると信用性の外形的保障は低いとみざるを得ない。
以上からすれば,被告人が甲に対する投票の報酬として5000円を供与するなどして,投票の取りまとめを依頼してきたとするAの捜査段階((ア)),第1回公判期日前の証人尋問段階((イ))の各供述は,同人が記憶しているところを述べたものとして信用性が高く,公判供述((ウ))は,被告人をかばう意図の下になされたものとして信用できないというべきである。
2 A供述と他の供述との整合性について
前記のとおり,A供述(以下,前記信用できる(ア)・(イ)の各供述を指す。)によると,Aが,被告人から現金の供与の約束とともに,投票の取りまとめを依頼されたのは,7月12日昼過ぎの電話であり,その電話がb会の固定電話から午後2時45分ころかけられたものだと思うとのことである。
この点,Hは,その固定電話を利用したのは自分であり,電話をした相手は,Aではなく,上6桁がたまたまAの携帯番号と同じである交際相手の女性であると述べる。しかしながら,なぜそれが自分がかけたものといえるのかという点について具体的根拠まで示せておらず,H自身も認めるように,事務所の電話を私用で使うことについては原則として禁止されており,正式な組員でもなく,普段自分の携帯電話を使っていたHが,事務所の固定電話をあえて私用で使うということは考えにくい。加えて,Hは,Aから名簿用紙を受け取ったか否かという点についても,Aから受け取った後洗濯してしまい,被告人に渡していないという明らかに不合理な供述をしており,親しい関係にある被告人をかばう意図もみてとれる。そうすると,同供述によって,被告人から電話があったとのA供述の信用性を否定ないし減殺することはできない。
次に,Iは,7月12日午後2時45分ころに松山競輪場において,被告人とAが話している状況を見たと述べているところ,同供述を前提にすると,被告人が,そのころb会事務所からAに対し,電話をすることができないのではないかという疑問が生じ得る。しかしながら,Iは,被告人とAが競輪場で会っていたのが7月12日であると記憶している根拠について,四日市競輪の記念レースであったことや,特定の選手が絶好調の時期であったことを挙げているのみで,全体としてあいまいで,その日が7月12日であるとの確たる根拠は示せていない。Iは,被告人とも,Aとも競輪場で頻繁に会って話をしているのであって,他の日や別の時間帯の記憶と混在している可能性は否定できず,同供述をもって,A供述の信用性は否定ないし減殺されない。
そして,被告人は,捜査段階から一貫して7月12日にAに対して電話をしていない旨,また,この日にAと競輪場で会ったが,現金供与の約束はしておらず,Aがどのくらい人を集められるのか(「信用調査」),その中からめぼしい者がいるか(「人材登用」)を調べるために投票の取りまとめを持ちかけただけであると供述する。しかしながら,被告人が,名簿用紙をAに送付したり,送迎用の車を用意するなどしていたことからすれば,上記「信用調査」や「人材登用」だけが目的だったとは考え難い。加えて,被告人は,捜査段階では,自民党では,日本の政治が悪くなると思い,自民党以外の者に政治をやってもらおうとして対立候補であった甲を応援しようと思った旨述べていたのに,公判段階では,甲に対する票を集める理由,必要性はなかったと供述を変遷させている。この点は,被告人がAに対して積極的に働きかける動機があったか否かに関する重要な事情であり,合理的理由なく供述を変遷させた点は,その供述全体の信用性を大きく減殺させる。なお,関係証拠に照らしても,被告人がAに依頼したような金員を準備できないという状況になかったことは明らかである。そうすると,上記現金供与の約束を否定する被告人供述は信用できないと言わざるを得ず,これによりA供述の信用性は否定ないし減殺されない。
3 以上からすると,信用性の高いA供述のとおり,被告人からAに対し,甲への投票の取りまとめ等の依頼があり,その際,被告人が,Aに対し,現金5000円を報酬として供与する約束をしたものと認められる。
第4争点2について
争点1で検討したとおり,被告人は,Aに対し,報酬を支払う約束で甲に対する投票の取りまとめ等を依頼したことが認められる。そして,前記のとおり,Aは,Bに対し,同様に甲に対する投票の取りまとめ等を依頼し,その際,金の出所が被告人である旨告げていたのである。Bは,これにより,Aによる申し入れの背後には被告人がいることを理解し,その後,AとともにCらに対して同様に甲に対する投票を依頼しているのである。
そうすれば,公訴事実第2については,被告人とAとの間に,公訴事実第3の1ないし5については,被告人とA及びBとの間に(被告人とBについては,Aを通じて)共謀が存在し,これに基づき各犯行が行われたものと認められる。
(累犯前科)
被告人は,平成2年11月15日松山地方裁判所で殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反,火薬類取締法違反の各罪により懲役13年に処せられ,平成15年9月15日その刑の執行を受け終わったものであって,この事実は検察事務官作成の前科調書によって認める。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は公職選挙法221条1項1号に,判示第2及び第3の1ないし5の各所為は刑法60条,公職選挙法221条1項1号にそれぞれ該当するところ,各所定刑中懲役刑を選択し,前記の前科があるので刑法56条1項,57条により判示の各罪の刑についてそれぞれ再犯の加重をし,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により犯情の最も重い判示第1の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役6月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中100日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,参議院議員通常選挙に際し,同選挙に立候補していた特定の候補者に当選を得しめる目的で,選挙人に報酬として5000円を支払うことを約束して,同人に対する投票や投票の取りまとめ等を依頼し,さらに,その者らと共謀して他の者に同様の行為を行ったという公職選挙法違反(供与の約束)の事案である。
もとより,これらの行為は,選挙の公正を著しく害する悪質なものであり,被告人は,前記認定のとおり,終始積極的,主導的に犯行に関与している。被告人には,前記累犯前科のほかにも,多数の前科があることや,不合理な弁解を述べて反省の態度がみられないことからしても,その規範意識の鈍麻は著しい。
以上からすれば,被告人の刑責は重いというべきであって,主文掲記の刑に処するのが相当と判断した。
(求刑・懲役6月)
(裁判長裁判官 村越一浩 裁判官 西前征志 裁判官 渡辺健一)