松山地方裁判所 平成19年(ワ)462号 判決 2008年2月13日
愛媛県●●●
原告
有限会社●●●
同代表者代表取締役
●●●
同訴訟代理人弁護士
山口直樹
京都市下京区七条御所ノ内中町60番地
被告
株式会社ロプロ
同代表者代表取締役
●●●
同訴訟代理人弁護士
●●●
主文
1 被告は,原告に対し,1745万9581円及び内金1734万2638円に対する平成14年3月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告に対し,12万円及びこれに対する平成19年6月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 この判決の第1項及び第2項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 主文第1項同旨
2 被告は,原告に対し,30万円及びこれに対する平成19年6月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,事業資金融資を目的とする株式会社である被告から借入れをしていた原告が,返済金が利息制限法によれば過払いになるとして,不当利得の返還とこれに対する最終取引日の翌日から支払済みまで年5分の割合による利息の支払いを求めるとともに,被告が原告の取引履歴の開示要求に対して取引途中からのものしか開示しなかったことが不法行為を構成するとして,損害賠償金とこれに対する上記開示要求期限の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めている事案である。
1 原告の主張
(1) 原告は,土木工事業の企画,設計,施工を目的とする有限会社(会社設立時は株式会社であったが,平成7年6月28日に組織変更し,有限会社となった。)であり,被告は,事業資金融資を目的とする株式会社(旧商号は株式会社日栄)である。
(2) 原告は,遅くとも平成2年12月ころから,被告から利息制限法所定の利率を超える利息を支払う約定で金銭消費貸借契約を締結し,別紙取引履歴一覧表のとおり借入れと返済を繰り返し,平成14年3月26日現在で1745万9581円(不当利得算元金1734万2638円及び過払利息未払累計額11万6943円)の不当利得返還請求権を有している。
(3) 被告は,全国展開をする事業者金融であり,原告から支払を受けたとき,利息制限法所定の利率を超える利息及び損害金を受領した認識は当然あったといえ,利息制限法による引き直し計算をした結果過払いが発生した時点で支払いを受けた日から悪意の受益者として利息を支払う義務が生じ,その利息の利率は民法所定の年5分となる。
(4) 後記2(2)の被告の主張については,本件取引を1個の貸付と考えるか,数個の貸付と考えるかにかかわらず,一連一体のものとして充当計算されるべきである。
被告の消滅時効の主張は争う。
(5)ア 貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合には,特段の事情のない限り,信義則上これを開示する義務を負い,取引履歴の開示拒否は,不法行為を構成する。
イ 原告は,平成19年5月11日,原告訴訟代理人に債務整理を委任し,同代理人は,同年6月8日付け文書(被告には同月11日ころ到達)で,被告に対し,債務整理を行うため当初からの原告・被告間の取引履歴を同月20日までに開示するよう通知したが,被告は,取引途中である平成3年10月7日からのものしか開示しなかった。
ウ 上記イの取引履歴の不開示による原告の精神的損害は,少なくとも20万円を下らず,本件訴訟提起のための弁護士費用は10万円を下らない。
2 被告の主張
(1) 原告の主張(1)は認める。
(2) 原告の主張(2)のうち,原告と被告の取引履歴は認めるが,元本充当計算方法については争う。
ア 原告と被告との取引においては,包括的契約のもとで行われていても,1年4か月ないし3か月くらいの貸付期間で複数口の手形貸付を行っており,個別に金銭の貸付けがあり,個別に返還合意が成立しており,これを一体ということはできない。
イ 新規貸付けを行う場合には,その都度,債務者,保証人の経済状態について厳格に審査し,その上で貸付けを行う。借入債務額の増加や担保物件の追加設定,保証人等の債務不履行が発生した場合には,貸付額を減少させたり,新規貸付額を停止したりしてその都度対応している。
ウ 従前の貸付けの支払期日に新規貸付けを行う場合,従前の貸付と同じ条件で決済手形のジャンプを繰り返しただけではないかとの一体型の見解からの主張もあるが,手形のジャンプの形態を一切とっておらず,あくまで,全て新規の貸付として現実に貸付資金を交付する。そして,新規に貸し付けた金銭が以前の手形の決済資金に使われるか,別の目的に使われるかは,顧客の自由な選択によるのであって,その使途は拘束されていない。顧客の依頼があれば,現金で手渡したり,顧客が指定する別の口座に振り込むこともある。
エ 被告の原告への本件貸付けは,包括契約を締結したことの一事以外に,特に一体型と評価するべき具体的事実がない以上,特段の事情がない限り,個別型を前提に評価すべきである。
オ 個別型を前提に厳密に計算しようとすると,個々の貸付を併存させながら,ある貸付の弁済でどの程度過払いが生じ,どの債権を選別して充当を行うか等一つ一つ検討することになるが,大量の案件を扱うには極めて煩雑である。
別紙個別充当計算書は,その試算を行ったものであり,15パーセント計算(低率)と18パーセント計算(高率)を並立させ,それぞれについて利息計算し,個々の弁済については,一応全て18パーセント計算(高率)の元本部分に優先的に充当することとし,さらに,新規の貸付は,その都度,個別に次の別口債権の弁済により充当消滅するまでの期間の利息を計算し,その結果,806万1132円の過払い金しか発生しないことになる。
なお,平成8年7月3日発生した過払い金以前の過払い金は時効により消滅している。
(3) 原告の主張(3)は認める。
(4) 原告の主張(5)ア,イは認めるが同ウは争う。
平成3年10月7日以前の取引履歴については,被告の電算システムにデータが入力されておらず,取引履歴が出力できない状態にある。また,同日以前の取引履歴は支店の顧客台帳に手書きで記載されていた可能性があるが,平成17年4月,情報流出防止のため,顧客台帳を全て廃棄処分にした。このように,平成3年10月7日以前の取引履歴は開示できないが,保存期間を越えて保存している全ての履歴を開示しており,不法行為を構成するものではない。
3 争点
(1) 過払い金の充当方法
(2) 本件において取引履歴不開示が不法行為となるか。原告の損害。
第3判断
1 争点(1)
(1) 本件において,被告は,一連一体計算することを争うので検討するに,証拠(甲1,4,5)及び弁論の全趣旨によると,ア 原告は,別紙取引履歴一覧表のとおり,多数回にわたり借入れをしているが,甲第5号証(手形貸付取引約定書)第3条(利息,損害金等)1項において「手形貸付を受ける場合の利率は,その都度貴方との合意によって決定し,貴方からこれを記載した計算書の交付を受けるものとします。」と規定し,その都度手形貸付の方法により貸付金額,貸付期間,返済方法が異なること,イ 被告は各貸付につき,その都度稟議をあげ,厳格な審査を行い,債務者や保証人の経済状態の審査をし,これに応じて貸付額の減額等の対応をしていること,ウ 新規に貸し付けた金銭が以前の手形の決済資金に使われるのか,別の目的に使われるのか,顧客の自由な選択により,その使途が拘束されているわけではなく,以前の決済の資金に使われることもあれば,現金を渡すこともあれば,他の口座への振り込みを依頼されることもあること,以上の事実が認められ,これによると,各借入は個別の取引であると考える余地がある。
(2) しかしながら,過払い金の充当関係においては,当事者間に繰り返される借入れが,仮に,被告主張のとおり複数の個別のものとしても,充当計算の方法も個別でなければならないわけではない。
同一の貸主と借主の間で基本契約に基づき継続的に貸付けと弁済が繰り返される金銭消費貸借取引においては,借主は,借入れ総額の減少を望み,複数の権利関係が発生するような事態が生じることは望まないのが通常と考えられることから,弁済金のうち制限超過部分を元本に充当した結果,当該借入れ金額が完済され,これに対する弁済に指定が無意味となる場合には,特段の事情のない限り,弁済当時存在する他の借入金債務に対する弁済を指定したものと推認できるのであり(最高裁第二小法廷平成15年7月18日判決),債務者の充当意思が充当計算方法の決定につき極めて重要であるというべきである。
(3) 前掲証拠及び弁論の全趣旨によると,次の事実を認めることができる。
ア 原告は,平成2年12月12日,被告との間で手形貸付取引約定書(以下「本件約定書」という。)を締結し,これに定められた元本極度額1000万円の範囲内で,手形貸付の方法により,別紙取引履歴一覧表記載のとおり借入れと弁済を繰り返してきた。
イ 本件約定書では,これに基づく借入申込書は,反復,継続取引における包括借入申込書とし,2回目以降からの借入申込に際しては,手形の差し入れを以て借入申込に代わるものとされ(12条3項),契約期間は,5年間とされ,契約満了時に原告と被告のいずれからも特段の申出がないときは同一の条件で更に5年間継続されるものとされている(13条)。
ウ 原告と被告との間では,実際に,本件約定書の定められた期間が経過後も契約が更新され,手形貸付の方法により,別紙貸付明細書のとおり貸付が実施され,別紙取引履歴一覧表のとおり,弁済と借入れが行われた。同一日に新規の借入れをするとともに,同金額の以前の借入れの弁済をすることが多い。
以上の事実からすると,本件の各消費貸借契約は,形式的には個別の貸付と返済が繰り返されているようにみえるが,実質的には極度額の範囲内で貸付額が若干の増減を繰り返しながら借り換えが行われているものと考えられ,一連一体とみるのが実態に合致するといえる。また,当事者の意思解釈という点からしても,かかる場合に,あえて複雑な権利関係を望むとは考えがたく,一連一体の充当計算を想定していたと考えることができる。
よって,原告主張の一連一体の充当方法が相当である。旧手形と新手形の貸付金額や利率の相違は,実質的な一連一体の判断を左右するものではない。
(4) したがって,原告の主張は正当であって,被告の主張を採用することができない。
(5) なお,被告は,平成8年7月3日発生した過払い金以前の過払い金の時効消滅を主張するが,原告が過払い金の支払を続けている間は,原告は過払い金の認識ができず,また,通常人なら認識できないと思われ,過払い金返還請求権の行使は極めて困難であり,最終支払のなされたときから時効期間が進行すると解され,時効消滅の主張は失当である。
(6) また,利息制限法に引き直して計算する場合の適用利率については,当初は80万円であるので年18パーセントとし,その後は,ほとんどの場合100万円以上の貸付であるので,年15パーセントとするのが相当であり,原告主張の方法が正当として採用できる。
2 争点(2)
原告が,原告訴訟代理人に債務整理を委任し,同代理人が,平成19年6月8日付け文書で,被告に対し、債務整理を行うため当初からの原告・被告間の取引履歴を開示するよう通知したが,被告は,取引途中である平成3年10月7日からのものしか開示しなかった事実は当事者間に争いがない。
証拠(乙1)によると、被告においては,平成3年10月7日以前の取引履歴につき,電算システムのデータベースには入力されておらず,取引履歴が出力できない状態にあり,手書きで支店の顧客台帳に記載されていた可能性もあるが,平成17年4月中に情報流出防止のため廃棄処分した事実が認められる。
貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合,特段の事情のない限り,貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借の付随的義務として,信義則上これを開示する義務を負い,取引履歴の開示拒否は,不法行為を構成するというべきである。
被告には上記の事情があったとしても,被告のような貸金業者に取引履歴の保存を要求しても過酷な負担となるとは考えがたく,本件では特段の事情となるとは認められず,不法行為を構成するというべきである。
原告はこれにより本件訴訟提起を余儀なくされ,精神的苦痛を被ったと認められ,これを慰謝するには10万円が相当であり,弁護士費用のうち,2万円の限度で上記不法行為と相当因果関係のある損害と認める。
3 よって,原告の本訴請求は,上記の限度で理由があるから認容し,その余は棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 和食俊朗)
<以下省略>