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松山地方裁判所 平成19年(ワ)581号 判決 2008年3月19日

松山市●●●

原告

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同訴訟代理人弁護士

山口直樹

東京都千代田区大手町1丁目2番4号

被告

プロミス株式会社

同代表者代表取締役

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同訴訟代理人弁護士

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主文

1  被告は,原告に対し,765万1169円及び内金456万6004円に対する平成19年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

本件は,消費者金融業者である被告から借入れをしていた原告が,返済金が利息制限法によれば過払いになるとして,不当利得の返還とこれに対する最終取引日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による利息の支払を求めている事案である。

1  前提となる事実

被告は,消費者金融を目的とする株式会社であり,原告は,昭和56年2月5日,被告から利息制限法所定の利率を超える利率で50万円を借り入れ,その後,借入れと弁済を繰り返し,原・被告間の取引は,別紙1及び2のとおりである。

2  原告の主張

(1)  原・被告間の上記取引を利息制限法所定の制限利率に引き直して計算すると,別紙3のとおりであり,原告は,被告に対し,平成19年7月5日現在765万1169円の過払金(不当利得残元金456万6004円及び過払利息未払累計額308万5165円)の不当利得返還請求権を有している。

(2)  被告は,全国展開をする消費者金融業者であり,原告から支払を受けたときに利息制限法所定の制限利率を超える利息及び損害金を受領した認識は当然あったといえ,利息制限法による引き直し計算をした結果,過払金が発生した時点で支払を受けた日から悪意の受益者として利息を支払う義務を負う。

(3)  被告の後記消滅時効の主張は争う。

本件の取引継続中には不当利得返還請求を行うことは事実上困難であるから,取引継続中には消滅時効期間は進行せず,本件での消滅時効期間は,原告が,原告訴訟代理人弁護士に相談,依頼し,被告から取引履歴の開示を受け,利息制限法による引き直し計算をしたとき(平成19年8月6日),または,最終取引日から進行する。

(4)  仮に,被告主張の消滅時効が進行するとしても,被告の時効の援用は,信義則違反,または権利の濫用である。

すなわち,被告は,悪意の受益者として請求する権利がないことを認識しながら原告に請求して原告から支払を受け,それを返還せずに消滅時効を援用しようとしているのであり,支払請求という以前の行為と矛盾し,かつ,不誠実な行為により取得した地位に基づくものであることは明白である。他方,原告は,過払いとなっていることを知らず,債務があるとして被告からの請求を受けて支払を継続してきたのであり,過払金返還請求という権利行使をしないことに無理からぬ事情がある。その他,時効制度の根拠に照らしてみても,被告の本件消滅時効援用は,制度に合致しない。

3  被告の認否,主張

(1)  原告の主張(1)(2)は争う。

(2)ア  貸金債務消滅後の利息ないし元本の支払による不当利得返還請求権は,その支払の都度個別に発生するものであり,いずれも期限の定めのない債務と解される。したがって,その弁済期につき当事者間に格別の合意のない限り,消滅時効は債務の発生のときから進行するというべきである。

そして,本件においては格別の合意はないのであり,原告と被告との取引によって生じた原告の被告に対する不当利得返還請求権は,個々の弁済により不当利得が発生したときからそれぞれ個別に消滅時効が進行する。

不当利得返還請求権の消滅時効期間は10年である。本件において,原告から訴訟提起されたのが平成19年8月27日であり,これより10年遡る平成9年8月27日より前に発生した過払金返還請求権が時効消滅の対象となる。被告は上記消滅時効を援用する。

イ  その結果,平成9年9月22日の1万7000円の返済から過払金を計算することになり,その計算結果が別紙4であり(被告は,上記のとおり,悪意の受益者であることを争うが,便宜上,5パーセントの利息を付した。),原告の被告に対する過払金返還請求権は,仮に利息を付したとしても,最終弁済日において183万1886円を越えては存在しない。

(3)  原告の主張(4)は争う。

原告は,通常の借入れと返済を継続していたのであり,被告も約定に従い原告からの返済を受動的に受けていたに過ぎず,積極的に被告が原告に対し,過払金の発生の了知を妨害した等のことは認められない。被告の消滅時効の援用は,法に基づく正当な権利であって,何ら信義に反するものではなく,信義則違反,ないし権利濫用の主張は失当である。

4  争点

(1)  不当利得の発生

(2)  被告は悪意の受益者といえるか。

(3)  消滅時効の成否

(4)  消滅時効の援用が信義則違反,または,権利濫用となるか。

第3判断

1  争点(1)について

前提となる事実によると,原告と被告は,別紙1及び2のとおり,借入れと弁済を繰り返してきたものであり,継続的な金銭消費貸借取引において,利息制限法所定の制限利率の範囲内で原告の返済の充当計算をすると,別紙3のとおり,過払金が発生すると認める。

2  争点(2)について

証拠(甲1の1及び2)及び弁論の全趣旨によると,被告は,全国展開をする消費者金融業者であり,原告からの支払が、利息制限法所定の利率を超える利息及び損害金であり,これを利息制限法所定の制限利率により引き直し計算した場合には過払金が発生し,返還請求を受けうることは十分認識していたものと考えられ,加えて,本件ではみなし弁済の主張,立証もしないのであるから,悪意の受益者と推定され,民法所定年5分の利息の支払義務が生ずる。

3  争点(3)について

(1)  たしかに,債権の消滅時効の起算点については,弁済期が到来し,その権利行使が可能となった時点から進行する。しかし,本件のように,継続した金銭消費貸借取引において過払金が発生し,不当利得返還請求権を行使する場合においては,権利行使が可能な時とは,単に権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく,さらに,権利の性質上,その権利行使が現実に期待できるようになった時点から進行すると解するのが相当である(最高裁昭和45年7月15日大法廷判決民集24巻7号771頁)。

(2)  そこで,証拠(甲1の1及び2)及び弁論の全趣旨によると,次のとおり,認定,判断できる。

ア 本件においては,別紙1及び2のとおり,原告と被告は,昭和56年2月5日,原告が50万円を借り入れて取引を始めて以来,途中,昭和56年10月27日,3万5000円,昭和57年1月25日,50万円,同年12月1日,50万2000円,昭和59年3月22日,8万円を借り入れた外,原告が,ほぼ1か月位の間隔で弁済を繰り返してきた。

イ 原告は,最後の弁済をした平成19年7月5日の後である同年8月6日の少し前ころ,原告訴訟代理人に債務整理を相談し,同月6日,同代理人により被告から取引履歴を取得した。

ウ 貸金業者が,債務者から取引履歴の開示を求められた場合,取引履歴を開示すべき義務があるか否かについては,最高裁平成17年7月19日第三小法廷判決(民集59巻6号1783頁)において,一般に,債務者は,債務内容を正確に把握できない場合には,弁済計画を立てることが困難となったり,過払金があるのにその返還を請求できないばかりか,更に弁済を余儀なくされるなど,大きな不利益を被る可能性があるなどとして,特段の事情のない限り,貸金業者は,金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,取引履歴を開示する義務を負う旨判示された。この判例が出るまでは,見解に争いもあり,貸金業者は,なかなか取引履歴を開示しないということもあった。しかし,同判示により,貸金業者は,比較的当初からの取引履歴の開示にも応じるようになり,過払金返還請求の可能性が拡大した。

上記認定,判断によると,本件の原告と被告との取引は,途中での中断や終了があったとは認められず,ある程度長期にわたるものの一連一体の取引と考えられること,前記第2,3(2)アの被告主張のように時効期間の起算点を考えた場合,原告が権利行使できないまま権利が消滅することが起こる可能性が高いこと,本件のような一連一体の充当計算に基づく過払金返還請求権の場合は,その権利行使可能な時期や可否は,原告の主観的事情というより,上記イ,ウで認定に係る客観的状況によることが大きかったこと,本件で過払金返還請求権の行使が現実に期待できるようになったのは,早くとも,原告が原告訴訟代理人に債務整理を依頼したことを自認する平成19年8月6日であること等の諸点からすると,この時から時効が進行するというべきであり,原告の主張は理由がある。

なお,被告の最終貸付の日が昭和59年3月22日であり,訴え提起時よりも10年以上前になるけれども,借主である原告の貸金業者への不当利得返還請求権は,こうした原告と被告の継続的な関係が終了ないし中断し,消費貸借関係の精算が開始された時点において始めて行使できるので,上記判断を左右しない。

したがって,被告の消滅時効の主張は理由がない。

4  以上のとおり,争点(4)についての判断をするまでもなく,原告の請求は理由があることに帰する。

5  よって,原告の本訴請求は,理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官 和食俊朗)

<以下省略>

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