松山地方裁判所 平成19年(ワ)683号 判決 2010年1月13日
第683号、第546号事件原告
(以下「原告」という。)
破産者株式会社a破産管財人弁護士 X
第683号、第546号事件被告
(以下「被告」という。)
株式会社Y1銀行
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
田所邦彦
第683号事件訴訟復代理人、
第546号事件訴訟代理人弁護士
重松大輔
第683号事件被告
(以下「被告」という。)
株式会社Y2銀行
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
中光弘
錦野裕宗
第683号事件被告
(以下「被告」という。)
Y3債権回収株式会社
同代表者代表取締役
C
同訴訟代理人弁護士
安村和幸
同訴訟復代理人弁護士
和田啓
主文
1 松山地方裁判所平成18年(ケ)第238号不動産競売申立事件につき、新たな配当表の調整のために、平成19年10月4日作成された配当表の被告Y3債権回収株式会社の項のうち、利息については17万5047円を、損害金については4277万3844円を、元金については3億0939万7550円を、合計については3億5234万6441円をいずれも取り消す。
2 原告の第683号事件のその余の請求及び第546号事件の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用中、原告と被告株式会社Y1銀行との間に生じたものは原告の負担とし、原告と被告株式会社Y2銀行との間に生じたものは原告の負担とし、原告と被告Y3債権回収株式会社との間に生じたものは、被告Y3債権回収株式会社の負担とする。
事実及び理由
第1請求
(第683号事件)
1 松山地方裁判所平成18年(ケ)第238号不動産競売申立事件につき、新たな配当表の調整のために、平成19年10月4日作成された配当表の被告株式会社Y1銀行(以下「被告Y1銀行」という。)の項のうち、利息については10万4810円を、損害金については563万4155円を、元金については3221万4537円を、合計については3795万3502円を、配当実施額等については3795万3502円をいずれも取り消す。
2 松山地方裁判所平成18年(ケ)第238号不動産競売申立事件につき、新たな配当表の調整のために、平成19年10月4日作成された配当表の被告株式会社Y2銀行(以下「被告Y2銀行」という。)の項のうち、配当実施額等については1億3502万2333円を超える部分を取り消す。
3 松山地方裁判所平成18年(ケ)第238号不動産競売申立事件につき、新たな配当表の調整のために、平成19年10月4日作成された配当表の被告Y3債権回収株式会社(以下「被告Y3債権回収」という。)の項のうち、利息については17万5047円を、損害金については4277万3844円を、元金については3億0939万7550円を、合計については3億5234万6441円をいずれも取り消す。(主文第1項と同旨)
(第546号事件)
1 被告Y1銀行は、原告に対し、5399万1165円及びこれに対する平成20年8月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告Y1銀行は、原告に対し、161万2950円及びこれに対する平成18年7月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告Y1銀行は、原告に対し、257万1276円及びこれに対する平成19年10月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告Y1銀行は、原告に対し、272万9590円及びこれに対する平成20年8月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件第683号事件は、破産者株式会社a(以下「破産会社」という。)の破産管財人である原告が、被告Y2銀行が破産会社所有の別紙物件目録<省略>記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)につき申し立てた担保不動産競売申立事件において、被告Y1銀行、被告Y2銀行及び株式会社b銀行(以下「b銀行」という。)の本件不動産(被告Y2銀行については建物のみに関する)を目的とする根抵当権設定行為に対して、被告Y1銀行及びb銀行については、破産法162条1項1号イ、同項2号、160条3項に基づき、被告Y2銀行については、上記のほか同法164条に基づき、それぞれ否認権を行使し、その結果、被告Y1銀行、被告Y2銀行及びb銀行の根抵当権は存在しないと主張して、新たな配当表の調整のために、平成19年10月4日に作成された別紙配当表<省略>(以下「本件配当表」という。)のうち、被告ら(被告Y3債権回収はb銀行から破産会社に対する債権回収の委託を受けたものである)の項につき、前記第1の請求欄記載のとおり、取消しを求めた配当異議の事案である。
本件第546号事件は、原告が、被告Y1銀行に対し、①破産法162条1項1号イ及び同項2号に基づき、否認権を行使し、破産会社の被告Y1銀行に対する弁済合計5399万1165円を否認し、同額及びこれに対する第546号事件の訴状送達の日の翌日である平成20年8月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払、②被告Y1銀行の本件不動産に対する根抵当権設定行為が違法であり、上記根抵当権に基づく本件不動産競売申立事件の申立ても違法であるとして、不法行為に基づき、上記根抵当権設定登記手続費用161万2950円及びこれに対する支払日である平成18年7月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金並びに競売申立手続費用257万1276円及びこれに対する配当期日である平成19年10月4日から支払済みまで同割合による遅延損害金の支払を、③被告Y1銀行の預金拘束は違法であり、被告Y1銀行の破産会社に対する貸金債権をもって、預金拘束により保全された預金債権を相殺することは、公序良俗に反し、又は、権利の濫用に当たり許されず、上記相殺は無効であると主張して、預金契約に基づき、272万9590円及びこれに対する上記平成20年8月13日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めた事案である。
1 前提事実(争いのない事実及び後掲証拠等により容易に認められる事実)
(1) 原告は、破産会社の破産管財人である。被告Y1銀行及び被告Y2銀行(平成18年1月1日株式会社p銀行から商号変更した。)は、いずれも銀行業を業とする会社であり、被告Y3債権回収は、債権管理回収を業とする株式会社であり、b銀行から破産会社に対する債権回収の委託を受けたものである。
(2) 被告Y1銀行は、平成11年10月28日、破産会社との間で、銀行取引基本契約を締結した。同契約に係る銀行取引約定書には、次の条項がある。(<省略>)
「第4条(担保)
1 私または保証人あるいは割引手形の主債務者について、第5条第1項ならびに第2項1号および2号に掲げる事実が発生し、または発生するおそれがある等信用が悪化した場合、また提供中の担保について滅失もしくは価格の値下り等のために担保が不足した場合には、請求によって、直ちに貴行の承認する担保もしくは増担保を差し入れ、または保証人をたてもしくはこれを追加します。
2 貴行に現在差し入れている担保および将来差し入れる担保は、すべて、その担保する債務のほか、現在および将来負担するいっさいの債務を共通に担保するものとします。
3 担保は、かならずしも法定の手続によらず一般に適当と認められる方法、時期、価格等により貴行において取立または処分のうえ、その取得金から諸費用を差し引いた残額を法定の順序にかかわらず債務の弁済に充当できるものとし、なお残債務がある場合には直ちに弁済します。
(4項省略)
第5条(期限の利益の喪失)
1 私について次の各号の事由が一つでも生じた場合には、貴行から通知催告等がなくても貴行に対するいっさいの債務について当然期限の利益を失い、直ちに債務を弁済します。
(1) 支払の停止または破産、和議開始、会社更生手続開始、会社整理開始もしくは特別清算開始の申立があったとき。
((2)ないし(4)省略)
2 次の各場合には、貴行の請求によって貴行に対するいっさいの債務の期限の利益を失い、直ちに債務を弁済します。
(1) 私が債務の一部でも履行を遅滞したとき。
(2) 担保の目的物について差押、または競売手続の開始があったとき。
(3) 私が貴行との取引約定に違反したとき。
(4) 保証人が前項または本項の各号の一にでも該当したとき。
(5) 前各号のほか債権保全を必要とする相当の事由が生じたとき。」
(3) 破産会社は、「○○」の名称で、松山市<以下省略>所在の宅地(地積1236.90平方メートル。以下「○○の敷地」という。)上に分譲マンションを建築し、販売することを計画し、被告Y2銀行は、平成17年3月4日、破産会社に対し、○○の建築資金として、最終弁済期を平成18年10月2日、約定利率年1.875%として、3億8000万円を貸し付けた(以下「○○に係る貸付け」という。)。(<省略>)
(4) 破産会社は、平成17年4月5日、被告Y2銀行に対し、念書(証拠<省略>。以下「本件念書」という。)を差し入れた。本件念書には、以下の記載がある。
「 私は、平成17年3月29日根抵当権設定契約にもとづき、債務者株式会社aの貴行に対する債務の担保として下記物件(○○の敷地)に根抵当権を設定していますが、当該物件は現在更地であり、建物などの定着物は存在せず、かつ地上権、賃借権等の第三者の権利はいっさい付着しておりません。
今後この更地上に建物を新築した場合は、同建物を竣工と同時に遅滞なく追加担保として貴行に差し入れ根抵当権設定の登記を行うことを確約します。
この場合には、私は直ちに新築建物の保存登記を完了し、根抵当権の設定登記に必要ないっさいの書類を貴行に提出します。」
(5) 破産会社は、「△△」の名称で、松山市<以下省略>各所在の土地(以下「△△の敷地」という。)上に分譲マンションを建築し、販売することを計画し、被告Y1銀行は、破産会社に対し、いずれも手形貸付の方法により、平成18年1月16日2億6100万円、同月30日2300万円、同年4月27日8500万円の合計3億6900万円を貸し付けた(以下「△△に係る貸付け」という。)。(<省略>)
(6) 破産会社は、「□□」の名称で、愛媛県新居浜市の土地上に分譲マンションを建築し、販売することを計画し、原告b銀行は、破産会社に対し、いずれも手形貸付の方法により、平成18年4月24日1億2200万円、同年5月30日1億2100万円、同年6月29日1億円の合計3億4300万円を貸し付けた(以下「□□に係る貸付け」という。)。(<省略>)
(7) ○○の敷地上の分譲マンション(以下「○○」という。)は、平成18年6月20日に完成し、同月28日所有権保存登記がされた。本件不動産は、いずれも○○の区分所有建物及びその敷地権である。(<省略>)
(8) 被告Y1銀行は、平成18年7月14日、本店営業部の破産会社名義の普通預金口座(口座番号<省略>。同日の残高は2327万1356円。)と本店営業部の破産会社マンション事業部代表取締役D名義の普通預金口座(口座番号<省略>、同日の残高は4241万1870円。以下「本件マンション事業部口座」という。)の預金につき払戻拒絶をした(以下、「平成18年7月14日付け預金拘束」という。)。(弁論の全趣旨)
(9) 被告Y1銀行は、平成18年7月19日、破産会社との間で、同社所有の本件不動産について、極度額を6億円、債権の範囲を銀行取引、手形債権、小切手債権、債務者を破産会社、根抵当権者を被告Y1銀行とする順位1番の根抵当権(以下「本件根抵当権1」という。)の設定契約を締結し、同日、別紙登記目録<省略>記載1の根抵当権設定登記(以下「本件根抵当権設定登記1」という。)を了した。
(10) 本件根抵当権設定登記1の手続費用は161万2950円である。
(11) 被告Y2銀行は、平成18年9月29日、本件不動産のうち建物のみに関して、極度額を3億8000万円、債権の範囲を銀行取引、手形債権、小切手債権、債務者を破産会社、根抵当権者を被告Y2銀行とする別紙登記目録記載2の根抵当権設定登記(以下「本件根抵当権設定登記2」という。)を了した。
(12) b銀行は、平成18年9月29日、破産会社との間で、同社所有の本件不動産について、極度額を6億円、債権の範囲を銀行取引、手形債権、小切手債権、債務者を破産会社、根抵当権者をb銀行とする順位4番の根抵当権(以下「本件根抵当権3」という。)の設定契約を締結し、同日、同契約に基づき、別紙登記目録記載3の根抵当権設定登記(以下「本件根抵当権設定登記3」という。)を了した。
(13) 破産会社は、平成18年10月24日、松山地方裁判所に対し、破産手続開始の申立てをし(松山地方裁判所平成18年(フ)第1054号事件)、松山地方裁判所は、平成18年11月27日午後4時30分、破産会社につき破産手続開始決定をし、原告を破産管財人に選任した。(<省略>)
(14) 被告Y1銀行は、松山地方裁判所に対し、本件不動産を目的とする本件根抵当権1の実行としての競売を申し立て、同裁判所は、平成18年12月20日、競売開始決定をした(松山地方裁判所平成18年(ケ)第238号不動産競売申立事件。以下「本件不動産競売申立事件」という。)。(<省略>)
その後、本件不動産につき代金を3億3033万0330円とする売却許可決定がされ、代金が納付された。(証拠<省略>、弁論の全趣旨)
(15) 松山地方裁判所は、平成19年10月4日の配当期日において、本件配当表を作成した。
(16) 原告は、上記配当期日において、本件配当表の被告Y1銀行の項のうち、利息については10万4810円を、損害金については563万4155円を、元金については3221万4537円を、合計については3795万3502円を、配当実施額等については3795万3502円をいずれも取り消し、被告Y2銀行の項のうち、配当実施額等については1億3502万2333円を超える部分を取り消し、被告Y3債権回収の項のうち、利息については17万5047円を、損害金については4277万3844円を、元金については3億0939万7550円を、合計については3億5234万6441円をいずれも取り消す旨の配当異議の申出をした。
(17) 本件不動産競売申立事件の手続費用は、257万1276円である。(<省略>)
(18) 被告Y1銀行は、平成19年10月26日、被告Y1銀行が破産会社に対して有している貸金債権と本件マンション事業部口座に入金されている272万9590円の預金債務とを対当額で相殺した。
(19) 被告Y1銀行に対する第546号事件の訴状送達の日は平成20年8月12日である。(顕著な事実)
2 争点
(1) 破産会社が支払不能及び支払停止となった時期
(原告の主張)
破産会社は、平成18年7月14日付け預金拘束により、弁済期にある債務を支払うことができなくなり、破産会社代表者であるD(以下「破産会社代表者」という。)の個人口座から支払をした。また、破産会社は、被告Y1銀行からの弁済期日が同月18日である△△に係る貸付けに対する支払を遅延した。したがって、破産会社は、同月19日の時点で支払不能の状態となったものである。
また、破産会社代表者は、平成18年9月20日ころ、破産申立てを示唆する発言をしていたのであるから、同日時点で支払停止となったものである。
(被告らの主張)
ア 被告Y1銀行
破産会社が、支払不能となったのは、破産会社の被告Y2銀行に対する2億5000万円の債務の弁済期である平成18年10月2日又は破産会社が各銀行に対する債務の期限の利益を喪失した時期であり、被告Y1銀行については、破産会社が破産申立てをした同月24日の時点である。
イ 被告Y2銀行
破産会社につき支払の停止があったのは、被告Y2銀行において、破産会社の破産申立代理人が、平成18年10月9日付けでした破産申立てに関する受任通知を受領した時点である。仮に、破産会社代表者が、平成18年9月20日に破産申立てを示唆する発言をしたとしても、個人的な見解を述べたものにすぎず、同時点において支払の停止があったということはできない。
ウ 被告Y3債権回収
破産会社が、b銀行との間で、本件根抵当権3の設定契約を締結し、本件根抵当権設定登記3をした平成18年9月29日当時、b銀行において、被告Y1銀行に対して○○に対し設定した本件根抵当権1の解除など回収方針を緩和するように交渉する一方、b銀行の取引先から○○の売却先を探すなどしている状況であった。同日時点において、○○の売却によって資金の流動性が回復すれば、破産会社が事業を継続することが可能であり、上記のとおり、そのための交渉も行われていたのであるから、破産会社は、同日時点においても、支払不能ではない。
(2) 本件根抵当権1の存否
(原告の主張)
被告Y1銀行の本件根抵当権1の設定行為は、次のとおり、破産法162条1項1号イ、同項2号、同法160条3項にいずれも該当するものであるところ、原告は、被告Y1銀行に対し、各条項に基づき、否認権を行使する。
したがって、本件根抵当権1は無効であり、本件根抵当権1は存在しないから、本件配当表の被告Y1銀行の項のうち、利息については10万4810円を、損害金については563万4155円を、元金については3221万4537円を、合計については3795万3502円を、配当実施額等については3795万3502円をいずれも取り消すべきである。
ア 破産法162条1項1号イについて
被告Y1銀行は、平成18年7月19日、破産会社との間で、本件根抵当権1の設定契約を締結し、同日、本件根抵当権設定登記1を了した。上記のとおり、破産会社は、平成18年7月19日の時点では支払不能となったのであるから、本件根抵当権1の設定行為は、破産会社が支払不能になった後にした行為であり、被告Y1銀行は、支払不能であったことを知っていた。
イ 破産法162条1項2号に基づく否認権行使について
本件根抵当権1の設定行為は、破産者の義務に属しない行為であって、支払不能になる前30日以内にされたものである。
ウ 破産法160条3項に基づく否認権行使について
本件根抵当権1の設定行為は、破産者が支払の停止等の前6か月以内にした無償行為及びこれと同視すべき有償行為である。
(被告Y1銀行の主張)
ア 破産法162条1項1号イに基づく否認権行使について
被告Y1銀行が、本件根抵当権1の設定契約を締結し、本件根抵当権設定登記1を了した平成18年7月19日の時点で、破産会社は支払不能ではないし、支払の停止があったこともない。したがって、原告は、破産法162条1項1号イに基づき否認権を行使することはできない。
イ 破産法162条1項2号に基づく否認権行使について
破産会社は、平成11年10月28日、被告Y1銀行との間で、銀行取引基本契約を締結し、破産会社が、被告Y1銀行との取引約定に違反したとき、そのほか債権保全を必要とする相当な事由が生じたとき、また、担保が不足した場合には、破産会社は、直ちに被告Y1銀行の承認する担保もしくは、増担保を差し入れることを約した。
破産会社は、△△建築資金として借り入れた1億4500万円をc株式会社(以下「c社」という。)に支払ったが、同社は、これを○○の残代金債務に充当し、結局、△△は着工されず、同マンションの売買代金の入金の可能性はなくなったのであるから、破産会社は、銀行取引基本契約に基づき、被告Y1銀行の承認する担保もしくは増担保を差し入れる義務を負うに至ったのであり、本件根抵当権1の設定行為は、破産者の義務に属しない行為には当たらない。また、破産会社は、本件根抵当権1の設定の日から30日後である平成18年8月18日の時点においても、弁済期の到来した債務は支払っていたのであるから、同日時点で支払不能ではなく、本件根抵当権1の設定は、支払不能になる前30日以内にされたものには当たらない。
したがって、原告は、破産法162条1項2号に基づき否認権を行使することはできない。
ウ 破産法160条3項に基づく否認権行使について
本件根抵当権1の設定行為は、被告Y1銀行の承認する担保もしくは増担保を差し入れる義務の履行としてなされたものであり、その履行により、破産会社は、これらの義務を免れるという経済的利益を得ている。また、△△の区分所有建物の売買代金を実質的担保として提供することが△△開発事業への資金融資の交換条件であったのであるから、上記売買代金に替えて本件不動産の担保提供を求めることは、上記融資の対価性を有している。したがって、本件根抵当権1の設定行為は、無償行為及びこれと同視すべき有償行為に当たらず、原告は、破産法160条3項に基づき否認権を行使することはできない。
(3) 本件根抵当権2の存否
(原告の主張)
被告Y2銀行の本件根抵当権2の設定行為は、次のとおり、破産法162条1項1号イ、同項2号、同法160条3項、同法164条のいずれにも該当するものであるところ、原告は、被告Y2銀行に対し、否認権を行使する。
したがって、本件根抵当権2は無効であり、本件根抵当権2は存在しないから、本件配当表の被告Y2銀行の項のうち、配当実施額等については1億3502万2333円を超える部分を取り消すべきである。
ア 破産法162条1項1号イについて
被告Y2銀行は、平成18年9月25日、破産会社との間で、本件根抵当権2の設定契約をしたものであり、同月29日、本件根抵当権設定登記2を了したものであるところ、破産管財人に対して本件根抵当権2の設定を対抗できるのは、同日である。上記のとおり、破産会社は、平成18年7月19日の時点で支払不能の状態であったのであるから、本件根抵当権2の設定行為は、破産会社が支払不能になった後にした行為であり、被告Y2銀行は、支払不能であったことを知っていた。
仮に、本件根抵当権2の設定契約が、平成17年4月5日の本件念書の差入れ時であったとしても、対抗要件充足行為については、破産法164条により危機否認が制限されているにすぎず、それ自体に故意否認の要件が備わっている限り、支払停止の前後を問わず、また15日の期間も問わず、対抗要件充足行為である本件根抵当権2の設定登記につき、破産法162条1項1号イによる否認が認められるべきである。
イ 破産法162条1項2号について
本件根抵当権2の設定は、破産会社の義務に属しない行為であり、仮に、本件根抵当権2の設定行為が、平成17年4月5日の本件念書の差入れによりされたとしても、その効果の発生は○○が完成した平成18年6月20日又は所有権保存登記がなされた同月28日であるから、支払不能になる前30日以内にされたものである。
ウ 破産法160条3項について
本件根抵当権2の設定行為は、破産会社が支払の停止等の前6か月以内にした無償行為及びこれと同視すべき有償行為である。
エ 破産法164条について
仮に、本件根抵当権2の設定が、平成17年4月5日であるとしても(なお、効果の発生は○○が完成した平成18年6月20日又は所有権保存登記がなされた同月28日である。)、被告Y2銀行は、本件根抵当権設定登記2を同日から15日を経過した後であることが明らかな同年9月29日に、支払の停止のあったことを知ってしたものである。
(被告Y2銀行の主張)
ア 破産法162条1項1号イ及び同項2号に基づく否認権行使について
破産会社は、被告Y2銀行に対し、本件念書により、本件不動産について根抵当権を設定することを具体的に約していたものであり、本件根抵当権2の設定契約の成立日は、破産会社が、被告Y2銀行に対し、本件念書を差し入れた平成17年4月5日であり、仮に、成立日が本件不動産のうち建物が完成した平成18年6月20日であったとしても、同日時点で、破産会社が支払不能であったり、支払の停止があったことはなく、本件根抵当権2の設定は破産会社の義務であるから、原告は、破産法162条1項1号イ及び同項2号に基づき否認権を行使することはできない。
イ 破産法160条3項に基づく否認権行使について
上記のとおり、本件根抵当権2の設定契約の成立日は、平成17年4月5日であるから、破産会社が支払の停止等があった後又はその前6月以内にした行為でないことは明らかであり、また、破産会社は、被告Y2銀行から、平成17年3月4日に、○○の建築資金として3億8000万円の融資を受けているのであるから、無償行為及びこれと同視すべき有償行為にあたらないことは明らかであるから、原告は、破産法160条3項に基づき否認権を行使することはできない。
ウ 破産法164条に基づく否認権行使について
本件根抵当権2の設定登記は、平成18年9月29日に了されているところ、破産会社が支払の停止となったのは、平成18年10月9日付けで破産会社の代理人弁護士が破産申立てにつき受任した旨通知した時点であるから、被告Y2銀行は、支払の停止等があった後権利の設定、移転又は変更をもって第三者に対抗するために必要な行為をした場合には当たらないし、被告Y2銀行において、支払の停止等のあったことを知ってしたものでもない。したがって、原告は、破産法164条に基づき否認権を行使することはできない。
(4) 本件根抵当権3の存否
(原告の主張)
b銀行の本件根抵当権3の設定行為は、次のとおり、破産法162条1項1号イ、同項2号、同法160条3項にいずれも該当するものであるところ、原告は、被告Y3債権回収に対し、各条項に基づき、否認権を行使する。
したがって、本件根抵当権3は無効であり、本件根抵当権3は存在しないから、本件配当表の被告Y3債権回収の項のうち、利息については17万5047円を、損害金については4277万3844円を、元金については3億0939万7550円を、合計については3億5234万6441円をいずれも取り消すべきである。
ア 破産法162条1項1号イについて
b銀行は、平成18年9月29日、破産会社との間で、本件根抵当権3の設定契約を締結し、同日、本件根抵当権設定登記3を了した。上記のとおり、破産会社は、平成18年7月19日の時点で支払不能となったのであるから、本件根抵当権3の設定行為は、破産会社が支払不能になった後にした行為であり、b銀行は、支払不能であったことを知っていた。
イ 破産法162条1項2号について
本件根抵当権3の設定行為は、破産者の義務に属しない行為であって、支払不能になる前30日以内にされたものである。
ウ 破産法160条3項について
本件根抵当権3の設定行為は、破産者が支払の停止等の前6か月以内にした無償行為及びこれと同視すべき有償行為である。
(被告Y3債権回収の主張)
ア 破産法162条1項1号イに基づく否認権行使について
b銀行は、平成18年9月29日、破産会社との間で、本件根抵当権3の設定契約を締結し、同日、本件根抵当権設定登記3を了した。しかし、上記のとおり、同日時点で、破産会社は支払不能ではないし、仮に、支払不能であるとしても、b銀行は、破産会社が支払不能であったことを知らなかった。したがって、原告は、破産法162条1項1号イに基づき否認権を行使することはできない。
イ 破産法162条1項2号に基づく否認権行使について
銀行取引約款上、債務者は、銀行の求めに応じて担保設定の義務を負うところ、破産会社の担保設定行為は破産会社の義務に属しない行為ではない。また、b銀行は、本件根抵当権3の設定の時点で、30日以内に支払不能の発生が確実に予想されると認識していたものでなく、無剰余と考えられた本件不動産につき、c社の抵当権を解除させた上で、本件根抵当権3を設定したのであるから、他の破産債権者を害する事実を知らなかったものである。
したがって、原告は、破産法162条1項2号に基づき否認権を行使することはできない。
ウ 破産法160条3項に基づく否認権行使について
破産会社は、担保の提供により、期限の利益の喪失を回避するなど信用維持の利益を得るのであるから、本件根抵当権3の設定行為が、無償行為及びこれと同視すべき有償行為にあたらないことは明らかである。したがって、原告は、破産法160条3項に基づき否認権を行使することはできない。
(5) 被告Y1銀行による弁済受領の効力
(原告の主張)
ア 破産会社は、被告Y1銀行に対し、次のとおり、平成18年7月19日から同年10月26日にかけて、後記(ア)ないし(オ)の証書貸付に対して合計672万0755円を弁済した。
(ア) 平成15年10月20日付け1500万円の貸付けに係る弁済
a 平成18年7月19日 20万6878円
(元金17万8000円、利息2万8878円)
b 平成18年9月11日 20万2882円
(元金17万8000円、利息2万4882円)
(イ) 平成16年12月1日付け2000万円の貸付けに係る弁済
a 平成18年7月19日 38万3992円
(元金33万3000円、利息5万0992円)
b 平成18年9月11日 37万9402円
(元金33万3000円、利息4万3720円、延滞・戻し利息2682円)
c 平成18年10月26日 358万9749円
(ウ) 平成17年8月18日付け4500万円の貸付けに係る弁済
a 平成18年8月9日 37万3410円
(元金25万円、利息12万3410円)
b 平成18年9月11日 35万7806円
(元金25万円、利息10万7806円)
(エ) 平成17年8月18日付け2500万円の貸付けに係る弁済
a 平成18年7月18日 18万7228円
(元金13万9000円、利息4万8228円)
b 平成18年8月17日 19万1736円
(元金13万9000円、利息5万2736円)
c 平成18年9月19日 18万3479円
(元金13万9000円、利息4万4479円)
(オ) 平成18年5月30日付け3000万円の貸付けに係る弁済
a 平成18年7月31日 32万9104円
(元金25万円、利息7万9104円)
b 平成18年9月11日 33万5089円
(元金25万円、利息8万3843円、延滞・戻し利息1246円)
イ 破産会社は、平成18年9月26日、被告Y1銀行に対し、マンション事業部口座から4727万0410円を弁済した。
ウ 上記ア及びイの弁済は、いずれも破産会社が支払不能となった後である平成18年7月19日以降にされたものであり、被告Y1銀行は、上記弁済受領の当時、破産会社が支払不能であることを知っていた。
エ 上記イのマンション事業部口座からの弁済は、その時期が破産会社の義務に属しないにもかかわらず、支払不能となる前30日以内にされたものである。
オ 原告は、被告Y1銀行に対し、平成20年8月12日到達の第546号事件訴状をもって本件証書貸付に係る弁済を破産法162条1項1号イに基づき、マンション事業部口座からの弁済を同号イ及び同項2号に基づき、それぞれ否認するとの意思表示をした。
カ よって、原告は、被告Y1銀行に対し、否認権に基づき、本件証書貸付に係る弁済合計672万0755円とマンション事業部口座からの弁済4727万0410円の合計5399万1165円及びこれに対する第546号事件訴状の到達の日の翌日である平成20年8月13日から支払済みまで民法所定年5分の割合による金員の支払を求める。
(被告Y1銀行の認否)
ア 上記アの各弁済のうち、(イ)cの弁済は否認し、その余は認める。なお、被告Y1銀行は、上記(ア)bの弁済の際、遅延利息1433円の弁済も受けた。
(イ)cの358万9749円は、破産会社の預金306万8824円と連帯保証人である破産会社代表者個人の預金52万0925円とを対当額で相殺したものである。
イ 上記イは認める。
ウ 上記ウないしエは否認する。
(6) 被告Y1銀行による平成18年7月14日付け預金拘束及び本件根抵当権1の設定行為の違法性
(原告の主張)
ア 被告Y1銀行は、平成18年7月14日付け本件預金拘束により、普通預金口座の預金を拘束したが、普通預金のような要求払預金については、銀行は、預金者から適時かつ適式に払戻しが求められれば直ちにそれに応ずべき義務を負っている。それにもかかわらず、被告Y1銀行は、一方的に払戻しを拒絶したものであり、平成18年7月14日付け本件預金拘束は債務不履行であり、また不法行為にも該当する。
被告Y1銀行は、破産会社に対し、違法な平成18年7月14日付け預金拘束を解除する条件として、本件根抵当権1の設定を要求したものであり、銀行としての取引上の優越的な地位を不当に利用したものであり、上記行為は不法行為に該当する。
イ 破産会社は、平成18年7月19日、本件根抵当権1の設定登記手続費用として161万2950円を支払い、上記不法行為により、同額相当の損害を被った。
ウ 被告Y1銀行は、違法に設定された無効な本件根抵当権1に基づき競売申立をしたところ、平成19年10月4日の配当期日において、その手続費用257万1276円相当の損害を被った。
エ 被告Y1銀行は、平成19年10月26日、被告Y1銀行の破産会社に対する貸金債権をもって、上記のとおり違法な預金拘束により保全された預金債権272万9590円を相殺することは、公序良俗に反し、又は、権利の濫用に当たり許されず、上記相殺は無効である
オ よって、原告は、被告Y1銀行に対し、不法行為に基づき、上記イの161万2950円及びこれに対する平成18年7月19日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金並びに上記ウの257万1276円及びこれに対する平成19年10月4日から支払済みまで同割合による遅延損害金の支払を、預金契約に基づき、上記エの272万9590円及びこれに対する第546号事件訴状送達の日の翌日である平成20年8月13日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。
(被告Y1銀行の認否、主張)
ア 上記アのうち、平成18年7月14日付け預金拘束の事実は認め、その余は争う。上記イのうち、本件根抵当権1の設定登記手続費用が161万2950円であることは認め、その余は否認する。破産会社代表者個人が支払ったものである。上記ウのうち、被告Y1銀行が、本件競売申立事件を申し立てたこと、その手続費用が257万1276円であることは認め、その余は否認する。上記エのうち、平成19年10月26日、預金債権272万9590円を相殺したことは認め、その余は否認する。
イ 被告Y1銀行は、△△の融資金が、c社において、○○の建築代金に充当されたことから、破産会社に銀行取引基本契約による約定違反があったものとして、同契約に基づき、債権の保全を図ったものであり、平成18年7月14日付け預金拘束に違法性はなく、本件根抵当権1の設定行為にも違法性はない。
第3当裁判所の判断
1 前記前提事実、証拠(<省略>、証人E、証人D、証人F、証人G、証人H)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 破産会社は、不動産の売買、仲介、賃貸管理業、介護保険による指定認知症対応型共同生活介護事業者として要介護者に対する共同生活介護の提供事業等を目的とする株式会社であり、「B」の名称でマンション開発、分譲を行うとともに、d株式会社(以下「d社」という。)とフランチャイズ契約を締結し、e社の名称で個人向け住宅の建築、販売も行い、また、平成17年9月から介護老人福祉施設「f施設」を経営していた。
(2) 破産会社の資本金は、設立当初300万円であったが、平成15年3月5日までに3500万円に増資された。
(3) 破産会社の役員は、代表取締役であるDの親族からなり、従業員は、正社員が24名、パート職員が10名いた。
(4) 被告Y1銀行は、平成11年10月28日、破産会社との間で、銀行取引基本契約を締結した。破産会社は、被告Y1銀行には当座預金口座を開設せず、g銀行に当座預金口座を開設していた。
(5) 被告Y2銀行は、平成15年12月、破産会社に対し、TKC戦略経営者ローンとして1000万円の貸付けを受け、新規に取引を開始した。同貸付けは完済されている。
(6) 破産会社は、平成15年2月、分譲マンションである※※を売り出し、平成16年2月に完成させ、平成16年7月に完売した。
(7) 破産会社は、平成16年ころから、得意先への支払期限を月末締めの翌月払から翌々月払へ変更するようになった。また、d社への支払も手形により行うことが多くなった。
(8) 被告Y2銀行は、平成16年11月30日、破産会社に対し、運転資金として、5億8000万円を、支払方法平成16年12月から平成19年11月までの間、毎月末日限り160万円を支払う、約定利息年3.425パーセントの約定で貸し付けた。破産会社は、支払期日平成18年10月2日分までは上記貸付けに基づく弁済を怠ることはなかった。
(9) 破産会社は、○○の敷地上に22戸からなる分譲マンションとして○○(22戸)を建築し、販売することを計画し、平成17年3月4日、被告Y2銀行から○○に係る貸付けを受けた。破産会社は、当初、平成18年2月末までに全22戸のうち11戸を、竣工時である同年6月までに残った11戸を販売する計画を立てていた。
(10) 破産会社は、平成17年3月29日、h株式会社から、○○の敷地を売買により取得し、被告Y2銀行は、○○に係る貸付けを担保するため、○○の敷地につき根抵当権を設定した。
また、破産会社は、平成17年4月5日、被告Y2銀行に対し、本件念書(<省略>)を差し入れた。
(11) 破産会社は、平成17年7月4日、c社との間で、請負代金3億4000万円との約定で、○○の建築工事請負契約を締結した。
(12) 被告Y1銀行は、銀行取引基本契約に基づき、破産会社に対し、平成18年1月16日から同年4月27日にかけて、合計3億6900万円の△△に係る貸付けをした。
△△に係る貸付けのうち、平成18年1月16日の2億6100万円は、内1億8955万円が△△の敷地の取得代金、内6000万円が△△の建物建築工事着手金、残金は諸費用、同月30日の2300万円は諸費用、同年4月27日の8500万円は△△の建物建築資金として、それぞれ貸し付けられたものであった。
(13) 破産会社は、平成17年10月ころ、△△の敷地につき売買契約を締結し、△△に係る貸付金から、平成18年1月に売買代金を支払った。
また、破産会社は、平成17年12月、c社に対し、△△の建築を代金4億3600万円で請け負わせた。
(14) 破産会社、c社及び被告Y1銀行は、平成18年1月16日、△△の売買代金を他の事業に使用することなく優先して、融資金額に満つるまで被告Y1銀行に弁済し、その後、工事請負代金相当額までc社に支払うことを合意し、その旨の覚書(<省略>)を作成した。
また、c社は、被告Y1銀行に対し、△△の建物の保存登記完了時に仮に破産会社がc社に対し請負代金の未払があったとしても、破産会社に対し、上記建物の引渡しに応じる旨約し、その旨の念書(<省略>)を作成した。
(15) 破産会社は、平成18年3月ころ、c社の紹介により、b銀行と取引を開始し、同年4月21日、b銀行との間で銀行取引基本契約を締結し、b銀行は、同契約に基づき、破産会社に対し、同月24日から同年6月29日にかけて、□□に係る貸付けをした。□□に係る貸付けのうち、平成18年4月24日の1億2200万円は土地取得代金、同年5月30日の1億2100万円は内8000万円がc社との請負契約に伴う契約金、その余は広告費用等の経費、同年6月29日の1億円は着工時に支払うべき建築着工金として貸し付けられたものであった。
(16) 破産会社は、平成18年5月15日、d社に対し、2432万6793円、支払期日平成18年8月5日とする約束手形を振り出した。
(17) 被告Y1銀行は、平成18年6月28日、△△の着工が遅延していることから、同月29日、破産会社は、理由書(<省略>)を提出した。
同理由書には、c社に対し、平成18年1月、契約着手金6000万円、平成18年4月、8500万円を支払った旨の記載があったが、実際は、破産会社が、c社に支払った上記合計1億4500万円は、同社により、△△の建築資金ではなく、○○の建築代金に充当されたことが判明した。
(18) 被告Y1銀行担当者は、平成18年7月14日、△△の建築資金が流用されたことから、平成18年7月14日付け預金拘束をした。
破産会社代表者が、平成18年7月14日付け預金拘束の解除を求めたところ、被告Y1銀行担当者は、破産会社代表者に対し、△△の敷地上の分譲マンションの建築、販売計画の中止と△△敷地の売却、本件不動産に対する本件根抵当権1の設定を求めたところ、破産会社は、これに応じることとなった。
(19) 破産会社と被告Y1銀行は、平成18年7月19日、本件根抵当権1の設定契約を締結し、本件不動産につき所有権保存登記をし、本件根抵当権設定登記1を了した。
(20) 破産会社は、平成18年7月25日、被告Y1銀行に対し、資金繰表(<省略>)を提出した。
同資金繰表は、○○が平成18年7月以降、毎月4戸販売されることを前提に、毎月1000万円を超える返済後の残高が発生する内容であり、預金残高として別途b銀行分1億4036万1000円が除外されていた。
(21) 破産会社は、平成18年7月28日、株式会社iに対し、△△の敷地とする予定の土地を代金3億2260万円で売却し、被告Y1銀行は、同売買代金から融資金の弁済を受けた。
破産会社は、同日、被告Y1銀行に対し、△△のプロジェクト資金として借り入れた3億6900万円の資金使途の一部に不正があったことを認め、該当借入金の残高に相当する破産会社の預金を被告Y1銀行が拘束することに同意する旨の書面(<省略>)を作成し、交付した。
被告Y1銀行は、同日、5000万円につき平成18年7月14日付け預金拘束を解除せず、払戻拒絶措置を継続した。
(22) 破産会社は、平成18年7月31日、c社との間で、○○の請負代金債権を担保するため、原因を平成17年7月4日工事請負契約代金債権平成18年7月31日設定、債権額1億1000万円、債務者破産会社、抵当権者c社とする順位2番の抵当権設定契約を締結し、同年8月1日、上記抵当権につき抵当権設定登記を了した。
(23) 破産会社は、平成18年8月5日、同年5月15日にd社に対し、振り出した2432万6793円の約束手形の決済ができなかったが、同月7日、d社が約束手形の返却を受けたことからこれを免れた。
(24) 破産会社は、平成18年8月8日、d社に対し、1089万4328円、支払期日平成18年10月10日とする約束手形、2023万1152円、支払期日平成18年10月10日とする約束手形、1655万7649円、支払期日平成18年11月10日とする約束手形合計3通を振り出した。
(25) 破産会社は、c社に対し、□□に係る貸付金から、平成18年6月1日8000万円、同年8月9日1億円の合計1億8000万円を支払った。
(26) 破産会社は、平成18年8月10日ころ、希望退職者を募り、j支店の閉鎖を決めた。
(27) 破産会社代表者は、平成18年8月18日ころから、I弁護士(以下「I弁護士」という。)に対し、破産申立の相談をした。破産会社は、当初同年9月15日に事業停止とする予定であった。
(28) b銀行は、平成18年9月1日、破産会社が破産申立てを検討中であるとの情報を取得し、同日、□□の建築状況を確認したところ、建築が開始されていないことが判明したことから、同月5日、破産会社に対し、b支店の破産会社名義の普通預金口座から3000万円を定期預金に預け入れさせた。
b銀行が、平成18年9月6日、c社に対し、1億8000万円の受領を確認したところ、少なくとも5000万円が○○の建築代金の未収金に当てられ、3000万円が破産会社に対し、破産会社代表者の個人口座に振り込む方法により返金された扱いになっていることが判明した。
(29) b銀行は、平成18年9月7日以降、c社に対し、1億8000万円を破産会社に返還するように打診していたところ、c社は、平成18年9月20日、b銀行に対し、○○の請負代金債権1億5300万円が回収できるのであれば返還に応じるが、そうでなければ相殺をする旨告げた。また、b銀行は、同日、破産会社代表者から「このままの状態だと9月末の支払資金がなく破産せざるを得ないと思っている。○○が販売できる様になれば、全てが上手くおさまる。その為にも、破産会社を存続できる方法で何とかならないのか。」と告げられた。
b銀行と被告Y2銀行は、平成18年9月21日、破産会社に対する事業継続のための支援をする方向で協議をし、破産会社をして、同月末の支払のために、k銀行、l銀行、m銀行、n銀行などの銀行からのビジネスローンの借入れやノンバンクである株式会社oから運転資金借入れの申し込みをさせた。また、b銀行は、被告Y1銀行及び被告Y2銀行に対し、1戸売却時に被告Y2銀行が2100万円弁済を受け、残額を被告Y1銀行が回収するとの条件につき緩和するように依頼した。
被告Y2銀行は、平成18年9月22日、破産会社に対し、本件根抵当権2の設定のために必要な書類を交付し、同月25日に受領することとなった。
(30) b銀行は、平成18年9月25日、破産会社に対し△△の建築、販売計画を白紙にすることを伝え、○○に対し、本件根抵当権3の設定を希望した。また、b銀行は、破産会社から、グループホームが平成19年初頭に6500万円で売却する予定となったことを伝えられた。
被告Y2銀行は、同日、破産会社から本件根抵当権2の設定契約に係る書類を徴求した。
(31) b銀行は、被告Y1銀行に対し、○○が売却できた場合に被告Y1銀行が貸付金の全額回収をすることを避けるため、極度額の減額等の打診をしていたが、被告Y1銀行は、平成18年9月26日、b銀行に対して減額に応じられない旨伝えた。
(32) b銀行は、平成18年9月27日、破産会社から同月末の支払のための借入れ申込みがいずれも上手くいかなかったこと、I弁護士に破産申立てを相談中である旨説明を受けた。また、同日、c社からd社とのフランチャイズ事業の承継や1億8000万円の返還は困難であると説明を受けた。
(33) b銀行は、平成18年9月28日、被告Y1銀行に対し、再度、本件根抵当権1の解除を要請した。破産会社は、同日、m銀行から融資を断られ、同月末の支払資金の借入れは困難となった。
c社は、b銀行の依頼により、同日、本件不動産に対する抵当権を解除し、同月29日、抹消登記をした。
(34) 被告Y1銀行は、平成18年9月29日、b銀行に対し、本件根抵当権1の解除ができない旨通知した。b銀行は、平成18年9月29日、本件根抵当権3の設定契約を締結し、同日、本件根抵当権設定登記3を了した。また、被告Y2銀行も、同日、本件根抵当権設定登記2を了した。破産会社は、同日、事務所を閉鎖した。
(35) 破産会社は、平成18年9月30日、f施設の従業員を除く従業員全員を解雇し、同年10月2日、f施設の営業を除く事業を停止した。
(36) b銀行は、平成18年10月2日、I弁護士と面談し、同月6日をめどに破産申立ての受任通知をする旨確認した。
d社は、平成18年10月2日ころ、g銀行に対し、支払期日同月10日の約束手形を取立てにまわした。
(37) I弁護士は、破産会社の破産申立代理人として、平成18年10月9日ころ、同日付けの破産申立受任通知を被告ら破産会社の債権者等に発送した。
(38) 破産会社は、平成18年10月24日、松山地方裁判所に対し、破産手続開始の申立てをした。
(39) 本件根抵当権1ないし3は、本件不動産競売申立事件において、本件不動産が売却されたことにより抹消され、平成19年9月7日、同日担保不動産競売による売却を原因とする抹消登記が了された(松山地方法務局平成19年9月7日受付第31330号1番、3番、4番根抵当権抹消登記)。
2 破産会社が支払不能又は支払停止となった時期について
原告は、破産会社が、平成18年7月19日の時点で支払不能となった旨主張する。
支払不能とは、債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済ができない状態をいうところ、上記認定事実及び証拠(<省略>)によれば、破産会社の平成17年8月31日時点の貸借対照表は、資産が9億3649万9806円、負債が8億8763万円、資本が4886万1264円であり、資産の内訳は現金預金が1億4513万1329円、棚卸資産6億0408万6394円及び固定資産(建物)1億0723万6505円となり、負債として短期借入金、長期借入金があったところ、その後、同年6月20日、○○が完成していること、○○の販売未了であった16戸については、当初売出価格は合計5億4460万円であり、本件不動産競売申立事件においても売却基準価格が3億1353万1000円とされていること、b銀行から□□に係る貸付けを受け、その敷地として愛媛県新居浜市所在の土地を取得していること、破産会社は、被告Y1銀行に対し、平成18年9月19日まで、被告Y2銀行に対し、同月11日までの支払は行っており、同年8月9日には、□□に係る貸付金からではあるが、c社に対し、1億円の支払をしていることが認められ、平成18年7月19日の時点で支払不能であったということはできない。
他方、上記認定事実によれば、破産会社は、平成18年7月28日以降も被告Y1銀行から5000万円の普通預金を拘束され、平成18年9月5日にはb銀行から3000万円を普通預金から定期預金に預け入れさせられ、資金繰りに窮するようになったこと、同年9月になっても○○の売却も具体的な進捗はなかったこと、同月28日には同月末の支払のための新たな借入れが困難となったこと、同月29日には、被告Y1銀行による担保解除がない旨確定し、その事務所も閉鎖したことが認められる。そうすると、破産会社は、新たな借り入れが困難となった同月28日の時点で支払不能となったと認めることができる。
これに対し、被告Y3債権回収は、破産会社は、同月29日の時点でも支払不能ではなく、また、被告Y1銀行も被告Y2銀行の○○にかかる貸付けの最終弁済期限である平成18年10月2日以降の時点であると主張する。上記認定事実によれば、b銀行は、破産会社の事業継続のために、同月29日時点でも、○○について販売代理の方法による売却や、c社へのフランチャイズ事業の承継、□□の土地の売却等を検討していたことが認められる。しかし、他方、破産会社は、同日をもって事務所を閉鎖したのであって、今後の破産会社による不動産業からの新たな収入は望めないこと、本件不動産や□□の土地については、同月末までに売却の具体的な目処は何らついていなかった上、これらは、既に担保権が設定されているのであり、これらが売却されても既存の債務の精算が可能となるとしても、今後の事業継続を可能とする剰余が発生したことを裏付ける具体的な証拠はないのであって、上記被告らの主張は採用できない。
次に、支払の停止とは、債務者が資力欠乏のため債務の支払をすることができないと考えてその旨を明示的又は黙示的に外部に表示する行為をいうものと解すべきところ、上記認定事実によれば、破産会社代表者は、平成18年9月20日、b銀行に対し、破産の申立てを示唆する言動をしているが、他方、○○が販売できれば全て上手く収まる旨の発言をしていることや、同月21日以降、b銀行の示唆もあり、新たな借入れ申込みをしていることに照らすと、同発言をもって、債務の支払をすることができない旨を外部に表示する行為をしたとすることはできないものというべきである。さらに、債務者が債務整理の方法等について債務者から相談を受けた弁護士との間で破産申立の方針を決めただけでは、他に特段の事情のない限り、いまだ内部的に支払停止の方針を決めたにとどまるというべきところ、上記認定事実によれば、破産会社の代理人であるI弁護士が、平成18年10月2日、b銀行に対し、同月6日には破産申立ての受任通知をする意向であることを伝えているが、同行に対し個別に対応したにとどまるから、破産申立ての受任の通知をした平成18年10月9日の時点で支払停止があったというべきである。
3 本件根抵当権1の存否について
(1) 破産法162条1項1号イによる否認について
被告Y1銀行と破産会社が、平成18年7月19日、本件根抵当権1を設定し、同日、本件根抵当権設定登記1を了したことは当事者間に争いがない。
2に説示するとおり、破産会社は、平成18年7月19日の当時支払不能の状態であったとはいえないから、本件根抵当権1の設定行為は、破産者が支払不能になった後にされた行為には当たらず、原告は、本件根抵当権1の設定につき、破産法162条1項1号イに基づく否認権を行使することはできない。
(2) 破産法162条1項2号による否認について
上記のとおり、破産会社は、債権者に対する平成18年8月分の支払をし、被告Y1銀行に対しては同年9月19日まで支払を続けていたのであるから、同年8月19日の時点では支払不能であったとは認められず、本件根抵当権1の設定行為は、支払不能になる前30日以内にされた行為に当たらず、原告は、本件根抵当権1の設定につき、破産法162条1項2号に基づく否認権を行使することはできない。
(3) 破産法160条3項による否認について
本件根抵当権1の設定行為は、既存の債務に対する担保供与であるところ、当該行為は、偏頗行為として、破産法162条の問題と処理すべきであり、同法160条3項の適用はないというべきである。
したがって、原告は、本件根抵当権1の設定につき、破産法160条3項に基づく否認権を行使することはできない。
(4) 以上によれば、原告の否認権行使はいずれも理由がないから、本件根抵当権1は有効であり、原告の被告Y1銀行に関する配当異議は理由がない。
4 本件根抵当権2の存否について
(1) 破産法162条1項1号イ及び同法164条による否認について
ア 本件念書の記載は、前記前提事実のとおりであるところ、同記載によれば、破産会社は、本件念書により、○○の敷地上に将来建築される建物である○○に、同建物の完成を条件として、根抵当権を設定することを約していることが明らかであるから、したがって、被告Y2銀行と破産会社とは、本件念書が差し入れられた平成17年4月5日時点において、○○の完成を停止条件として、本件根抵当権2を設定する旨の合意をしていたと認められ、○○が完成した平成18年6月20日の時点でその効果が生じたものと認めることができる。そして、本件根抵当権2の設定行為は、既存の債務についてされた担保の供与に当たるところ、上記2に説示するとおり、破産会社が支払不能となったのは、平成18年9月28日時点であり、同年6月20日の時点で破産会社が支払不能であった事実はないから、原告は、本件根抵当権2の設定につき、破産法162条1項1号イに基づく否認権を行使することはできない。
イ 次に、本件根抵当権設定登記2は、平成18年9月29日に了されたものであるから、権利の設定があった日から15日を経過した後に第三者に対抗するために必要な行為をした場合に当たる。しかし、上記2に説示するとおり、平成18年9月29日の時点では、支払の停止があったとはいえず、また、破産会社の申立は平成18年10月24日であるから、支払の停止等があった後に本件根抵当権設定登記2を了したとはいえない。
したがって、原告は、破産法164条に基づく否認権行使をすることはできない。なお、原告は、本条により否認ができなくとも、同法162条1項1号により否認できると主張するが、破産法は、同法164条により、対抗要件具備行為につき危機否認の加重要件を定め、対抗要件具備行為は、あくまでも支払停止後かつ原因行為から15日経過後でなければ否認しえないとしているのであるから、同法162条1項1号により支払不能の段階での否認を認めることはできない。
(2) 破産法162条1項2号について
本件根抵当権2の設定行為は、本件念書により具体的に約されていたものであって、破産会社は平成17年4月5日の時点で既に本件不動産につき根抵当権を設定する義務を有していたというべきであるから、破産者の義務に属しない行為には該当せず、原告は、破産法162条1項2号に基づく否認権を行使することはできない。
(3) 破産法160条3項について
本件根抵当権2の設定行為は、既存の債務に対する担保供与であるところ、当該行為は、偏頗行為として、破産法162条の問題と処理すべきであり、同法160条3項の適用はないというべきである。
したがって、原告は、本件根抵当権2の設定につき、破産法160条3項に基づく否認権を行使することはできない。
(4) 以上によれば、原告の否認権行使はいずれも理由がないから、本件根抵当権2は有効であり、原告の被告Y2銀行に関する配当異議は理由がない。
5 本件根抵当権3の存否について
(1) 破産法162条1項1号イについて
b銀行と破産会社が、平成18年9月29日、本件根抵当権3を設定し、同日、本件根抵当権設定登記3を了したことは当事者間に争いがない。
上記2に説示するとおり、破産会社が支払不能となったのは、平成18年9月28日であるから、b銀行による本件根抵当権3の設定行為は、破産者が支払不能になった後にした既存の債務についてされた担保の供与に該当する。そして、上記認定事実によれば、b銀行は、平成18年9月1日に破産会社が破産申立てを検討中であるとの情報を取得した後、破産会社の事業継続に向けて、破産会社の資金取得等について関与してきたことが明らかであるから、同月28日時点で支払不能であったことは知っていたと認めることができる。
したがって、原告は、破産法162条1項1号イに基づき、本件根抵当権3の設定行為を否認することができる。
(2) 破産法162条1項2号について
上記のとおり、本件根抵当権3の設定行為は、支払不能後になされたものであるから、原告は、破産法162条1項2号に基づく否認権を行使することはできない。
(3) 破産法160条3項について
本件根抵当権3の設定行為は、既存の債務に対する担保供与であるところ、当該行為は、偏頗行為として、破産法162条の問題と処理すべきであり、同法160条3項の適用はないというべきである。
したがって、原告は、本件根抵当権3の設定につき、破産法160条3項に基づく否認権を行使することはできない。
(4) 以上によれば、本件根抵当権3の設定行為は、原告の破産法162条1項1号イに基づく否認権行使により無効となり、本件根抵当権3は存在しないから、新たな配当表の調整のために、本件配当表の被告Y3債権回収の項のうち、利息については17万5047円を、損害金については4277万3844円を、元金については3億0939万7550円を、合計については3億5234万6441円をいずれも取り消すべきである。
6 被告Y1銀行による弁済受領の効力について
(1) 証書貸付に係る弁済について
上記2に説示するとおり、破産会社は、平成18年9月28日時点で、支払不能となったというべきであるから、原告主張の証書貸付に係る弁済のうち、平成18年10月26日付け358万9749円(第2の2(5)の(原告の主張)アの(イ)のc記載の弁済)が支払不能後の弁済となる。
上記弁済の主張に対し、被告Y1銀行はこれを否認し、破産会社の預金債権306万8824円及び保証人である破産会社代表者個人の預金債権と相殺された旨主張するところ、上記358万9749円が弁済されたことを認めるに足りる証拠はない。
(2) マンション事業部口座からの弁済について
次に、破産会社が、平成18年9月26日、被告Y1銀行に対し、マンション事業部口座から4727万0410円を弁済した事実は当事者間に争いがない。証拠(<省略>)によれば、上記弁済は、手形貸付の方法によりされた貸付けに対する弁済であり、同手形の支払期日は平成18年7月18日であることが認められる。そうすると、上記弁済は、支払不能後の弁済には当たらないから、原告は、破産法161条1項1号イに基づき、否認権を行使することができない。また、上記弁済は、支払不能になる前30日以内にされた債務消滅に係る行為ではあるが、その時期が破産会社の義務に属しない行為であるとはいえないから、原告は、破産法161条1項2号に基づき、否認権を行使することができない。
7 被告Y1銀行による平成18年7月14日付け預金拘束及び本件根抵当権1の設定行為の違法性について
証拠(<省略>、証人F、証人G、証人H)によれば、銀行が、分譲マンション開発事業に関し、土地購入資金及び建物建築資金を融資する場合、土地購入資金については、土地に担保を設定して貸付けをするが、建物建築資金や諸費用については、貸付時点では建物が完成していないため、建物について物的担保を設定することはできず、土地に担保権を設定することができないが、分譲マンションは、建物完成前から分譲されていくのが通常であり、完成前に代金の一部が分譲業者に支払われ、これにより、弁済がされることが多い。したがって、建物建築資金や諸費用に係る貸付けについては、分譲業者に入金される売買代金を実質的に担保として貸付けがなされることになること、そのために、銀行としては、分譲マンションの建物建築資金として貸し付けた金銭につき、その目的どおりに使用させることを約束させ、分譲マンション開発事業の進行状況をチェックし、分譲マンションの売買代金は、自行の預金口座へ入金を求めることとなっていることが認められる。
△△に係る貸付けについても、証拠(<省略>)によれば、被告Y1銀行は、当初から建物部分が評価対象とならない保全不足の状態で貸付けをしたのであり、保全不足、自己資金不足については、分譲マンションの売買代金につき、ゼネコンに対する優先弁済条件で保全をする意向であり、実際、その目的で、破産会社及びc社との間で、優先弁済を受ける旨の合意をし、c社をして、破産会社からの請負代金の未払があっても建物引渡しに応じる旨約させていたことが認められる。そして、上記認定事実、証拠(<省略>)及び弁論の全趣旨によれば、破産会社は、被告Y2銀行からも5億8000万円の運転資金を借り入れていることや、平成17年8月時点の破産会社の全預金のうち、被告Y1銀行の占める割合は2位にとどまり、当座預金口座も開設されていないことに照らすと、取引の開始こそ平成11年にさかのぼるものの、平成18年当時、被告Y1銀行が破産会社のメインバンクであったということはできない。したがって、△△に係る貸付金は、その性質上他の用途に費消されることは許されるものではなく、その額も1億4500万円であって、被告Y1銀行は、銀行取引基本契約に基づき、取引約定違反を理由として、債権保全のために相殺等の処置をとることも可能であったといえるところ、被告Y1銀行は、これによらずに債権保全の措置として平成18年7月14日付け預金拘束をしたのであるから、これ自体が不合理であるといえず、銀行取引約定に基づき適法である。
次に、被告Y1銀行は、上記認定事実によれば、平成18年7月14日付け預金拘束の解除の条件として、△△の建築計画の中止と△△の敷地の売却及び売却代金による弁済に加えて、本件根抵当権1の設定を要求したものであるところ、証拠(<省略>)によれば、△△の敷地の売却代金により、債権回収を図っても、なお、△△に係る貸付けについては4900万円の、その余の証書貸付については1億4377万円の貸付残高があったことが認められる。そうすると、○○に係る貸付けの債権者である被告Y2銀行との関係において、取引通念上、同被告が本件不動産を債権保全の対象であると認識していることが容易に推察されうる状況下で、本件不動産につき順位1番の本件根抵当権1を設定することの相当性には疑問があるといわざるを得ないが、他方、破産会社との関係においては、破産会社側の不信行為を契機に追加担保を求めることそれ自体は、銀行取引約定に基づき適法であるというほかない。また、本件根抵当権1の設定当時、破産会社は、支払不能の状態になく、□□の新規着工等の更なる事業を予定しており、被告Y1銀行において、本件根抵当権1の設定により、破産会社の事業継続へ重大な影響を与えるとの認識もなかったというべきであって、本件根抵当権1の設定が、被告Y1銀行の権利の濫用に当たるということもできない。
以上によれば、原告の被告Y1銀行に対する不法行為に基づく損害賠償請求及び預金契約に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
8 結論
以上によれば、原告の第683号事件の配当異議のうち、被告Y3債権回収の項に係る配当異議は理由があり、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、原告の第546号事件の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 永谷幸恵)