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松山地方裁判所 平成20年(わ)450号 判決 2009年7月23日

主文

被告人を判示第1の罪について懲役6月に,判示第2以下の罪(判示第2,第3,第4の1ないし3,第5の1,2,第6の1ないし3,第7,第8,第9の1,2,第10の1ないし3の罪をいう。以下同じ。)について懲役7年に処する。

未決勾留日数中300日を判示第2以下の罪の刑に算入する。

本件公訴事実中道路交通法違反の点については,被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1(平成20年10月21日起訴・公訴事実第1)

Aと共謀の上,平成18年8月25日ころ,大分県別府市内aガレージにおいて,同所に駐車中の軽四乗用自動車からB所有のナンバープレート2枚を窃取した

第2(平成21年2月17日起訴)

Aと共謀の上,平成20年4月14日午後5時40分ころから午後6時10分ころまでの間,愛媛県四国中央市内所在のb店2階ベビー用品売場において,同店店長C管理のベビーカー6台(販売価格合計25万8800円)を窃取した

第3(平成20年10月21日起訴・公訴事実第2)

Aと共謀の上,平成20年4月14日ころ,香川県観音寺市内c団地西側駐車場において,同所に駐車中の軽四貨物自動車からD管理のナンバープレート2枚を窃取した

第4(平成20年12月8日起訴)

Aと共謀の上,

1  平成20年4月17日午前11時ころ,愛媛県東温市内所在のd店2階ベビー用品売場において,同店店長E管理のベビーカー2台(販売価格合計7万3600円)を窃取した

2  同日午後0時9分ころ,前記d店1階服飾・紳士洋品売場において,前記E管理のスポーツバッグ1個ほか3点(販売価格合計2万1630円)を窃取し,そのころ,前記d店屋上駐車場において,被告人を追跡してきた警備員F(当時58歳)による逮捕を免れるため,被告人が,Fの左袖を左手でつかみながら右手に持ったスプレーを同女の顔面に噴射する暴行を加えて同女をその場に転倒させ,その際,同女に約5日間の安静加療が必要な右膝部打撲の傷害を負わせた

3  前記2記載の日時ころ,前記d店屋上駐車場において,被告人が,被告人の着衣を両手でつかんでいる警備員G(当時49歳)の頭部に同スプレーを噴射した上,その手を振りほどいて引き離すなどの暴行を加えて同女をその場に転倒させ,その際,同女に約7日間の安静加療が必要な右小指擦過傷,左肘関節部打撲血腫の傷害を負わせた

第5(平成20年6月23日起訴)

1  平成20年4月27日午後6時ころ,香川県善通寺市内e店において,同店店長H管理のベビーカー2台(販売価格合計6万7600円)を窃取した

2  Iと共謀の上,同日午後7時45分ころ,同県観音寺市内fにおいて,同店店長J管理のベビーカー3台(販売価格合計13万9400円)を窃取した

第6(平成20年9月18日起訴)

K及びAと共謀の上,

1  平成20年5月5日,岡山県倉敷市内所在のg店において,同店店長L管理のベビーカー等2点(販売価格合計4万9600円)を窃取した

2  同日,同市内所在のhにおいて,同店i店長M管理のベビーカー等6点(販売価格合計28万7150円)を窃取した

3  同日,岡山市所在のj店において,同店店長Nほか2名管理のベビーカー等124点(販売価格合計62万0954円)を窃取した

第7(平成20年7月9日起訴)

窃盗罪の被疑者として,徳島簡易裁判所裁判官が発付した勾留状により平成20年6月4日から徳島県甲市内徳島県警察甲警察署に勾留されていたものであるが,同月17日午後8時45分ころから同日午後9時17分ころまでの間,看守者のすきをうかがい同署2階留置施設内の無施錠の居室から出室し,看守台の上に置かれていた同留置施設の鍵を用いてその出入口扉を解錠して同留置施設から脱出した上,同署1階階段下通路の北側腰高窓から同署の正面側駐車場に降り,更に同駐車場北西側出入口から同署敷地外に走り出て逃走した

第8(平成20年8月12日起訴・公訴事実第1)

平成20年6月17日午後9時35分ころ,徳島県甲市内O方西側車庫において,同人所有の自転車1台(時価約5000円相当)を窃取した

第9(平成20年7月30日起訴)

1  窃盗事件の犯人として前記徳島県警察甲警察署に勾留中の平成20年6月17日に同署から逃走したものであるが,その逮捕及び処罰を免れる目的で,同日午後9時58分ころ,同市内において,兵庫県内にいたK及び同人と行動を共にしていたAに対し,電話で「甲署から逃げてきたんや。」,「とにかく迎えに来てほしい。」などとその情を打ち明けて逃走への便宜を図るように依頼し,Kらにその旨決意させて犯人隠避を教唆し,よって,同人らをして,同月18日午前1時ころ,同市内k団地市営住宅付近路上において,A運転の自動車に被告人を乗車させてその場を立ち去らせた上,そのころから同日午後7時42分ころまでの間,同自動車を提供させるなどして香川県丸亀市内株式会社l駐車場まで逃走させた

2  K及びAと共謀の上,同日午前7時ころ,徳島県美馬郡内m有限会社敷地内において,P管理の普通貨物自動車内から車載用工具一式(時価約1万円相当)を,軽四乗用自動車からナンバープレート2枚を窃取した

第10(平成20年8月12日起訴・公訴事実第2,第4,第5)

1  Aと共謀の上,平成20年6月18日午後4時ころ,香川県綾歌郡内n店において,同店店長Q管理の半袖Tシャツ1枚(販売価格1900円)を窃取した

2  同日午後7時50分ころ,同県丸亀市内R方敷地内において,同人所有の軽四乗用自動車1台(時価約30万円相当)を窃取した

3  同日午後9時ころ,同県仲多度郡内所在のo店において,同店店長S管理のランニングシャツ等3点(販売価格合計1480円)を窃取した

ものである。

(証拠の標目)

省略

(事実認定の補足説明)

判示第4の2,3につき,強盗致傷,傷害を認定した理由を,以下,補足して説明する。

第1公訴事実及び争点

本件の公訴事実の要旨は,「被告人は,Aと共謀の上,d店1階売場でスポーツバッグ等を窃取し,同店屋上駐車場において,被告人を追跡してきた警備員F及び同Gによる逮捕を免れるため,(1) 被告人が,Fの左袖を左手でつかみながら右手に持ったスプレーを同人の顔面に噴射する暴行を加えて同女をその場に転倒させ,その際,同女に約5日間の安静加療が必要な右膝部打撲の傷害を負わせ,(2) 被告人が,被告人の着衣を両手でつかんでいるGの頭部にそのスプレーを噴射した上,その胸部を手で突くなどの暴行を加えて同女をその場に転倒させ,その際,同女に約7日間の安静加療が必要な右小指擦過傷,左肘関節部打撲血腫の傷害を負わせた」というものである。

弁護人は,被告人に窃盗罪が成立することについては争わないが,被告人は①Fに対しては暴行を加えていないし,Gに対してはその頭部にスプレーを噴射したが,その胸部は突いていない,②F及びGに傷害を負わせておらず,被告人の行為と各傷害との間の因果関係もない,③公訴事実記載の暴行を前提としても,当該暴行は逮捕を断念させる程度(反抗を抑圧するに足りる程度)のものとはいえない旨主張し,被告人もこれに沿う供述をする。

そこで,以下検討する。

第2前提となる事実

関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

1  平成20年4月17日,被告人は,A及びTと共に自動車で徳島県から愛媛県方面へ向かっていた。その車内で,後部座席にいたTが,運転していたAに対し,スプレーを手渡し,万引きの際に警備員に捕まりそうになったら噴射して逃げるように,その際は目を狙うようになどと言った。被告人は,助手席でこの会話を聞いていた。

2  被告人及びAは,万引きをするため,d店3階の屋上駐車場に車を停め,同店店内へ入り,2階ベビー用品売場からベビーカー2台を窃取し,一旦車に運び込んだ。その後,被告人らは,再び店内に戻り,1階服飾・紳士洋品売場からスポーツバッグ等を窃取した。

3  F及びGは,d店等で長年警備員をしていた(Fは約20年,Gは約13年)。Fは,事件当日同店で勤務中,被告人らの万引き行為を現認し,非番であったGを電話で呼び出し,合流後,二人で被告人の後をつけた。

4  被告人らは,スポーツバッグ等を窃取後,別々に屋上駐車場に赴き,先に自動車に到着したAが,運転席側後部スライドドアを開けて窃取した商品を積み,被告人が自動車に戻ってきたところ,F及びGが被告人の後ろから二人に近づき,被告人らに対し,話を聞かせてほしいなどと声を掛け,Fは被告人の方へ,GはAの方に近づき,GはAの体を手で持った。

5  被告人は,一旦自動車の運転席に乗り込んだ後,車内からスプレーを手に持って自動車を降りた。

6  Aは,Gが手を放したすきに自動車に乗り込み,発進させてその場から立ち去った。その後,被告人も走って店内に戻り,1階まで降りて逃げ,店外でAらと合流して逃走した。

7  F及びGは,すぐに警察に通報し,その日のうちに,病院に行き,U医師の診察を受けた。

第3Fに対する暴行について

1  Fの傷害

U医師は,公判廷において,Fについては,右膝部に圧痛と軽度の腫れがあり,約5日間の安静加療が必要な右膝部打撲と診断した,その状態からして診察の一,二時間程度前に受傷したものと思う旨証言する。その診断内容に不自然,不合理な点は見当たらない。関係証拠によると,Fには,本件以前から加齢が原因と思料される膝関節痛があったが,U医師によれば,打撲の位置は膝の関節よりも下方であり,関節の痛みと打撲は無関係であるとのことであり,右膝部打撲との診断内容に疑問を差し挟むものではない。そうすると,上記受診の際には,Fは判示の傷害を負っていたことが認められる。Fは,本件以前には上記傷害を負っていなかった旨述べているところ,その供述は受傷時期が新しいとのU医師の診断にも沿うものであり,同傷害は,本件が起きたd店屋上駐車場での出来事に起因するものと推認される。

2  Fに対する被告人の暴行の有無及び傷害結果との結びつき

Fは,公判廷において,「運転席横で,被告人に対し,車両のナンバーを控えたと告げたら,被告人は,スプレーを手に同車を降りるなり,自分の着衣の左袖をつかみながら,20センチメートルくらいの至近距離から,眼鏡をかけている辺りを目掛けてスプレーを二,三回左右に振るようにして2秒間くらい吹き付けてきた。目つぶしのためのスプレーだと思い,右側に体をひねってよけようとしたが,そのはずみで地面に右膝や右大腿部を打つ形で転倒した。」と供述している。

上記供述は,具体的でその内容に不自然,不合理な点は含まれておらず,Gの目撃状況とも概ね符合している。

また,犯行直後に捜査機関へ提出されたFの眼鏡の表面には白色系の微粉末が左目用レンズ外側付近を中心に付着しており,科学捜査研究所研究員の鑑定によると,その付着物の主な成分は,化粧品基材や医薬用助剤として用いられる脂肪酸エステルの一種であるイソプロピルミリステートと推定される。同成分が家庭用防臭スプレーや化粧品用スプレーにも用いられているものであることからすると,同鑑定結果はスプレーを眼鏡付近に吹き付けられたとのFの供述と整合するものである。

弁護人は,眼鏡に付着していた成分はスプレー以外の化粧品類などにも使用されており,同付着が必ずしもスプレー噴射の裏付けにはならないことや,仮にスプレー使用により付着したとしても,本件の際に付着したとは限らないと主張するが,証拠写真から認められる微粉末の付着状況をみても,スプレーの噴射で付着したとみるのが自然であり,かつ,Fがこれを放置したまま警備業務に就いていたとは考えにくく,本件現場において付着したと考えるのが自然である。

また,Fの述べる転倒状況は,U医師の診察により認められるFの受傷状況によく合致しており,その述べるような経緯で傷害を負ったものと認められる。

これに対し,被告人は,AをGから引き離そうとしてGに対しスプレーを振りかけたが,Fに対しては何ら攻撃はしていないなどと供述する。しかしながら,スプレーを手に持って自動車から降りた際に被告人の近くにいたのはGではなくFであり,その時点ではFは被告人らに対する逮捕意思を失ってはいなかったのであって,Fが被告人から何らの攻撃も受けていないのに,被告人が,Fに遮られることなくGに近づき,その後の被告人とGとのもみ合いの際にもFによる加勢がなかったというのはいかにも不自然である。そして,被告人の述べるような経緯では,Fがなぜ上記傷害を負ったのかについて,その原因が合理的に説明できない。加えて,Aは,検察官に対し,被告人と合流後に,「おばちゃん二人にスプレーを吹き付けた。」旨話したと述べているところ,同供述の信用性は高く(Aは,公判廷において,おばちゃん二人だとは聞いていない旨供述するが,全体的に被告人をかばおうとする態度がみてとれ,その信用性は低い。),被告人の供述は,Aの上記供述と矛盾している。

以上からすると,上記F供述の信用性は高く,この点に関する被告人供述は信用できず,被告人のFに対する攻撃は,Fの上記供述どおりであり,これによって,Fが転倒して前記傷害を負ったものと認められる。

3  Fに対する暴行の程度(逮捕を断念させる程度といえるか)

以上を前提に,Fに対する暴行の程度について検討する。

上記認定のとおり,被告人は,自動車から降りるなり,近くにいたFの着衣の左袖を持ち,眼鏡付近を目掛けてスプレーを二,三回左右に振るようにして2秒間くらい噴射している。被告人が犯行に用いたスプレーはいわゆる催涙スプレーの類ではないものの,目に入れば相当の痛みや刺激を感じるものであり,何よりも相手の立場からすると,左袖をつかまれて容易に逃げられない状態で,至近距離から何の成分が入っているか分からないものを噴射されているのであって,驚愕と恐怖は非常に大きかったと容易に想像される。結局,Fはスプレーをよけようとして転倒して右膝部打撲の傷害を負い,その後起き上がったものの,被告人とGとのもみ合いに加勢することはなかったのであり,その時点では既に逮捕意思を喪失していたものと認められる。以上の事情に照らすと,被告人のFに対するスプレー噴射行為は,一般人の立場からみても,逮捕を断念させる程度の暴行であったと認められる。

したがって,判示のとおり,Fに対する強盗致傷罪が成立する。

第4Gに対する暴行について

1  Gの傷害

U医師は,公判廷において,Gについては,左肘外側部に打撲と腫れが,右小指に擦過創があり,約7日間の安静加療が必要な左肘関節部打撲血腫,右小指擦過傷と診断した,その状態からして診察の一,二時間程度前に受傷したものと思う旨証言する。その診断内容に不自然・不合理な点は見当たらず,捜査官が撮影した写真に写る当該部位の様子とも合致する。そうすると,上記受診の際には,Gは判示の傷害を負っていたことが認められる。Gは,本件以前には上記傷害を負っていなかった旨述べているところ,その供述は受傷時期が新しいとのU医師の診断にも沿うものであり,同傷害は,本件が起きたd店屋上駐車場での出来事に起因するものと推認される。

2  Gに対する被告人の暴行態様及び傷害結果との結びつき

Gは,当公判廷において,「Fの次は自分に来ると思い,Aの腰の辺りに当てていた手を離した。そして,スプレーが顔にかからないように顔を下に向け,被告人を逃がさないように,被告人のおなかのベルトの辺りを前寄りに体重をかけながら両手で持った。このとき,左手は携帯電話を持ったままでつかむ状態だった。被告人から頭頂部右側あたりにスプレーを吹き付けられたが,髪の毛をつかまれたという認識はない。一生懸命被告人のおなかのベルトの辺りを持っていたが,持ちきれなくなり,どういう風に転んだのかよく覚えていないが,左半身を下にして仰向けに近い形で転倒した。転倒した際に車止めに左肘が当たり,持っていた携帯電話が飛んだ。」と述べている。

また,Fは,「起き上がってGの方を見たところ,Gは下を向いた状態で前寄りに体重をかけながら,被告人の腰の辺りを両手で持っていた。被告人はそのGの髪の毛を両手でつかんでいたように見えた。自分には,被告人がGを突き飛ばしたように見えた。Gは仰向けに転倒し,被告人は走って逃走した。」と述べている。

以上の両名の供述は,少なくともGが頭を下げるような形で被告人ともみ合いになり,その後,Gが仰向けに転倒したという点では合致している。また,Gが述べる受傷経緯は,前記認定の傷害の部位や程度のほか,Gの携帯電話に傷が付いていることと整合するものである。そうすると,Gが被告人ともみ合いになり,その際に被告人から何らかの暴行(有形力の行使)を受けたことで仰向けに転倒し,判示の傷害を負ったものと認められる。

次に,被告人がGに対し,スプレーを噴射した以外にどのような暴行を加えたかについて検討する。Gが被告人とのもみ合いの中で仰向けに転倒したこと,もみ合いになった際に,Gが前のめりに体重をかけていたことなどからすれば,検察官が主張するように,被告人がGを突き飛ばすなどして仰向けに倒したとも考え得る。他方,被告人がGの胸付近を突き飛ばしたり押し倒したりするような強度の暴行を加えたとすれば,当然相手方であるGの記憶にも残るはずであるのに,頭部を打ち付けたわけでもないGがその暴行を全く記憶していないというのも不自然な感を否めない。また,Fも,被告人がGを突き飛ばしたように見えたと供述するが,その内容は具体性を欠くあいまいなものである。Fの供述は,上記のとおり,被告人がGの髪の毛をつかんでいるように見えたというものであるが,この点はGの供述とは一致していない。前記認定のとおり,当時,Fはスプレーを噴射され,眼鏡には白色系微粉末が広範囲に付着しており,必ずしも視野が良好ではなかったと推察され,また,突然スプレーを噴射されて転倒したこともあり,動揺していた可能性も高いことから,正確にその後の状況を記憶していたかについて疑問も残る。現に,Fは事件直後に被告人のGに対する暴行について,後方に引きずり倒した旨述べていて,公判供述との食い違いもみられる。そうすると,Gへの暴行に関するFの公判供述をそのまま信用することはできない。

以上からすると,検察官が主張するような,Gの胸部を手で突き飛ばしたり,押し倒したりするような明確かつ強度の暴行があったとまでは断定できない。

他方で,被告人がGともみ合っていた間に,Aが車両を運転して現場から逃走しており,被告人としては,自分も一刻も早く現場から逃げなければならないと考えていたことは容易に想像され(現に,その後走って逃げている。),被告人を逃がすまいとしてその体をつかんでいたGの手を振りほどいて引き離そうとしたと認めるのが相当である(なお,Gの手を振り払う暴行を加えたこと自体は被告人も認めている。)。そして,被告人がGの手を振りほどいたことで,Gがバランスを崩して仰向けに転倒することは,十分考えられる。

そうすると,被告人がGの手を振りほどいて引き離すなどしたことで,Gが転倒するに至ったものと認められる。

被告人は,つかみかかってくるGの手を振り払うなどの暴行を加えたことは認める一方,Gは転倒していないなどと述べるが,同供述によると,Gがなぜ上記傷害を負ったのかについて合理的に説明できない。

以上からすると,被告人は,Gに対し,その頭部にスプレーを噴射した上,その手を振りほどいて引き離すなどの暴行を加え,これにより,Gが転倒して前記傷害を負ったと認められる。

3  Gに対する暴行の程度(逮捕を断念させる程度といえるか)

以上を前提に,Gに対する暴行の程度について検討する。

まず,Gの頭部にスプレーを噴射した点について検討するに,本件で使用されたスプレーは,家庭等で通常用いられる防臭スプレーや化粧品用スプレーの類のものであると推察され,前記のとおり,目に入ると痛みや刺激があるものの,頭部に噴射しても直ちには人体への危険等はなかったものと認められる。現に,Gは,Fに対するスプレーの噴射を見て,自分も使用している整髪スプレーではないかと思い,顔に浴びないように警戒しながら,被告人を捕まえようと向かって行き,もみ合いの状態になったもので,G自身,実際にスプレーを噴射されても逮捕を断念した形跡はなかったと認められる。

そして,Gが転倒する際に被告人が加えた暴行は,ベルトの辺りをつかんでいる手を振りほどいて引き離すなどしたものであって,それ自体,それほど強度の暴行ではない。Gは被告人の逮捕をあきらめた理由については,起き上がった際には被告人は店内出入口のほうへ向かっており,間に合わないと思ったからだと述べていて,逮捕意思が暴行によって失われたとは述べていない。

そうすると,被告人が当時35歳の男性であるのに対し,Gは当時49歳の女性で,犯行場所は,当時,人が余りいない屋上駐車場であったこと,実際に被告人が逮捕されずに現場から逃走できたことなどの検察官が主張する事情を考慮しても,その暴行は,一般人の立場からみても,いまだ逮捕を断念させる程度のものであったとは評価できない。

したがって,Gに対する関係では強盗致傷罪は成立せず,傷害罪が成立するにとどまる。

第5結論

以上より,判示第4の2,3のとおり,Fに対する強盗致傷罪及びGに対する傷害罪が成立する。

(確定裁判)

被告人は,平成19年3月15日高松地方裁判所で窃盗罪により懲役1年6月(4年間執行猶予)に処せられ,その裁判は同月30日確定したものであって,この事実は検察事務官作成の前科調書によって認める。

(法令の適用)

被告人の判示第1ないし第3,第4の1,第5の2,第6の1ないし3,第9の2,第10の1の各所為はいずれも刑法60条,235条に,判示第4の2の所為は刑法60条,240条(負傷させた場合,238条)に,判示第4の3の所為は刑法60条,204条に,判示第5の1,第8,第10の2,3の各所為はいずれも刑法235条に,判示第7の所為は刑法97条に,判示第9の1の所為は刑法61条1項,103条にそれぞれ該当するところ,判示第1ないし第3,第4の1,3,第5の1,2,第6の1ないし3,第8,第9の1,2,第10の1ないし3の各罪について所定刑中いずれも懲役刑を,判示第4の2の罪について所定刑中有期懲役刑をそれぞれ選択し,判示第1の罪は前記確定裁判があった窃盗罪と刑法45条後段の併合罪であるから,刑法50条によりまだ確定裁判を経ていない判示第1の罪について更に処断することとし,判示第2以下の各罪は刑法45条前段の併合罪であるから,刑法47条本文,10条により最も重い判示第4の2の罪の刑に法定の加重をし,それぞれの刑期の範囲内で,被告人を判示第1の罪について懲役6月に,判示第2以下の罪について懲役7年に処し,刑法21条を適用して未決勾留日数中300日を判示第2以下の罪の刑に算入することとし,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(一部無罪の理由)

本件公訴事実中道路交通法違反は,「被告人は,平成20年6月18日午後7時42分ころ,香川県丸亀市内株式会社l駐車場(以下「本件駐車場」という。)において,軽四乗用自動車を運転中,自車右前部を同所に駐車中の有限会社p所有の普通貨物自動車の右後部に衝突させ,同車のリヤバンパー等を損壊する交通事故を起こしたのに,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を,直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった」というものであり,後記の「交通事故」該当性を除き,事実関係自体は証拠上明らかに認められる。

ところで,本件公訴事実は,道交法72条1項後段のいわゆる報告義務違反の罪であり,同条項の「交通事故」は,同法2条1項1号所定の「道路」における車両等の交通に起因するものに限られることから,本件駐車場が「道路」,具体的には「一般交通の用に供するその他の場所」に該当する必要がある。

そこで検討するに,本件駐車場の形状は別紙現場見取図(略)のとおり,株式会社lの敷地内南西側に位置し,北側には市道に通じる通路があり,西側の市道に面する形で,白線で区画された東西2列,合計12台分の駐車区画があり,同駐車区画は,主として同社経営者家族や従業員,同社を訪れる顧客や知人等の車両の駐車場所として利用されている。そして,北側通路の入口には「宅地内につき通り抜不可」という看板が設置されていて,西側市道との間には門扉等の障害物はないものの,駐車車両が西側市道に面する部分に6列分全て駐車すると,西側市道からの出入りや北側通路からの通り抜けは事実上不可能となる。現に,本件当時においても,平成21年6月30日ころの捜査時点においても,車両が6列分の枠に駐車しており,通り抜けできない状態であった。

そして,上記会社経営者であり,本件駐車場の南側に居宅を構えるVの供述によると,必ずしも近隣住民が通路として同敷地を通過することを拒否しているわけではなく,以前には近くにある寺の参拝客も利用しており,現在も人や車両が通行することもあるとのことであるが,平成18年に西側市道の拡張工事が行われ,寺の駐車場も整備されたことで,以前に比べて本件駐車場を通り抜けに利用する人は相当に減少していることが同供述からもうかがわれ,少なくとも,本件当時,同所が不特定多数の人や車両の利用に供されていたことを認めるに足りる証拠はない。

以上のとおり,本件駐車場は,不特定多数の人ないし車両等が常時自由に通り抜けができるような客観的状況にはなく,かつ,その利用実態も,主として上記会社関係者など,特定の狭い範囲の者が車両の駐車場として利用していたと認められ,道路交通法における規制の対象とし,交通の安全と円滑を図り,通行する自動車の運転者や歩行者の生命,身体に対する危険を防止する必要性が高い場所とはいえない。

したがって,本件駐車場は,「一般交通の用に供するその他の場所」には該当せず,被告人による車両の接触事故は同法72条1項の「交通事故」に該当しない。

よって,被告人の行為は罪とならないから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。

(量刑の理由)

本件は,①被告人がAらと共謀の上,あるいは単独で,ナンバープレートやベビーカー等の窃取を多数回にわたって繰り返した窃盗(判示第1ないし第3,第4の1,第5の1,2,第6の1ないし3),②Aと共謀の上,被告人らの窃盗行為を発見し,声をかけた警備員2名に暴行し,傷害を負わせた強盗致傷,傷害(判示第4の2,3),③勾留中に逃走し,K及びAに自己を隠避することを決意させ,その逃走のためにAらと共謀の上,あるいは単独で,ナンバープレート等を窃取したという単純逃走(判示第7),犯人隠避教唆(判示第9の1),窃盗(判示第8,第9の2,第10の1ないし3)の各事案である。

まず①の窃盗の事案についてみると,被告人らは盗品を換金して生活費や借金返済に充てるためなどの理由で各犯行に及んだもので,その動機は身勝手で酌量すべきものはない。その態様は,一方が見張り役,他方が実行役と役割を分担し,互いの携帯電話を通話中にしてイヤホンで耳に接続し,連絡を取り合って見付からないように注意した上で犯行に及ぶなど,計画的で非常に手慣れている。被告人らは,大型ショッピングセンター等から衣類やベビーカーなどインターネットオークションで売却できる商品を選んで窃盗を繰り返していたものであり,その供述によると,起訴分以外にも中四国の各地で多数回同様の行為に及んでおり,職業的,常習的犯行といえる。また,ナンバープレートについては,自動車で移動する際に見付からないようにするため,付け替え用のものとして他人の自動車から窃取したもので,いずれも身勝手な犯行である。

次に②の強盗致傷,傷害の各事案についてみると,被告人らの窃盗行為を発見し,逮捕しようとした警備員の顔面にスプレーを噴射するなどして逮捕を免れようとした行為は,相手に多大な恐怖を与える悪質なものである。

次に③の単純逃走,犯人隠避教唆,窃盗の各事案についてみると,単純逃走及び犯人隠避教唆については,勾留されているにもかかわらず,留置施設からの逃走を企て,施設からの脱出に成功するや,共犯女性らに助けを求め,車で迎えに来させたもので,自らの刑責を免れようしたその態度は厳しい非難に値する。そして,窃盗については,逃走や逃走中の生活等に用いるために,自転車,衣類,ナンバープレート,自動車などを手当たり次第に盗んだもので,他人の迷惑を全く顧みない身勝手な犯行である。なお,弁護人は,留置施設からの逃走は,施設側に重大な管理違反があり,その結果,被告人の逃走とその後の犯行を惹起したと主張するが,被告人が逮捕時より何とかして逃げたいとの強固な意思を持ち,同房者に爪切りを促して看守のすきを作ったり,布団を盛り上げて房内で既に就寝しているように装ったり,ティッシュを廊下にまいて看守の注意をそらすなど,極めて綿密かつ慎重に事を運んで逃走を実現していることからすると,留置施設側の落ち度は被告人の刑責を軽減する理由にはならない。

そして,①ないし③を通じ,盗難の被害総額は合計180万円以上に達しており,結果は非常に重大である。

加えて,判示第2以下の各犯行は,いずれも執行猶予中の犯行であり,被告人の規範意識の鈍麻は著しく,勾留中に逃走を企てたり,公判中にも最も刑罰の重い強盗致傷について不合理な弁解を弄するなど,刑罰を免れ,あるいはこれを不当に軽減しようとする態度もみてとれる。

以上からすれば,被告人の刑事責任は相当に重い。

他方で,窃盗の事案について,被告人は共犯者らと共に被害回復に努め,約40万円の弁償をして,一部の被害者とは示談が成立しているほか,発見,返還された被害品も相当数あること,強盗致傷,傷害の被害者らが負った傷害は比較的軽く,被告人から治療費や慰謝料として各10万円を超える額が支払われて示談が成立していること,強盗致傷以外の事件については犯行を素直に自白していること,被告人の帰りを待つ妻子がいることなど,被告人のために酌むべき事情もある。

そこで,以上の事情を総合考慮の上,主文の刑を科すのが相当と判断した。

(求刑・懲役10月及び懲役10年)

(裁判長裁判官 村越一浩 裁判官 中村光一 裁判官 藤原未知)

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