松山地方裁判所 平成20年(わ)451号 判決 2009年6月11日
主文
被告人を懲役3年6月に処する。
未決勾留日数中280日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1(平成20年10月21日起訴・公訴事実第1)
A1と共謀の上,平成18年8月25日ころ,大分県別府市内aガレージにおいて,同所に駐車中の軽四貨物自動車からB所有のナンバープレート2枚を窃取した
第2(平成20年11月5日起訴,平成21年5月14日予備的訴因・罪名及び罰条の追加)
1 平成20年4月8日ころ,高松市内b駐車場において,同所に駐車中の軽四乗用自動車内からC所有の現金約4万9000円及び財布等17点(時価合計1万5000円相当)を窃取した
2 氏名不詳者と共謀の上,同月9日ころ,香川県さぬき市内D方北方約50メートルの待避所において,同所に駐車中の軽四乗用自動車内からEほか1名所有の現金約7000円及び手提げバッグ等5点(時価合計800円相当)を窃取した
3 氏名不詳者と共謀の上,同日ころ,同市内c酒店西側駐車場において,同所に駐車中の軽四乗用自動車内からF所有の現金約3万1300円及び手提げかばん等19点(時価合計3万円相当)を窃取した
第3(平成21年2月17日起訴)
A1と共謀の上,平成20年4月14日午後5時40分ころから午後6時10分ころまでの間,愛媛県四国中央市内所在のd店2階ベビー用品売場において,同店店長G管理のベビーカー6台(販売価格合計25万8800円)を窃取した
第4(平成20年10月21日起訴・公訴事実第2)
A1と共謀の上,平成20年4月14日ころ,香川県観音寺市内e団地西側駐車場において,同所に駐車中の軽四貨物自動車からH管理のナンバープレート2枚を窃取した
第5(平成20年12月8日起訴)
A1と共謀の上,
1 平成20年4月17日午前10時ころから午後零時9分ころまでの間,愛媛県東温市内所在のf店2階ベビー用品売場において,同店店長I管理のベビーカー2台(販売価格合計7万3600円)を窃取した
2 同日午後零時9分ころ,前記f店1階服飾・紳士用品売場において,前記I管理のスポーツバッグ1個ほか3点(販売価格合計2万1630円)を窃取した
第6(平成20年9月18日起訴)
A1及びA2と共謀の上,
1 平成20年5月5日,岡山県倉敷市内所在のg店において,同店店長J管理のベビーカー等2点(販売価格合計4万9600円)を窃取した
2 同日,同市内所在のhにおいて,同店i店長K管理のベビーカー等6点(販売価格合計28万7150円)を窃取した
3 同日,岡山市内所在のj店において,同店店長Lほか2名管理のベビーカー等124点(販売価格合計62万0954円)を窃取した
第7(平成20年7月16日起訴)
A2と共謀の上,A1が,窃盗事件の犯人として徳島県甲市内徳島県警察甲警察署に勾留中の平成20年6月17日に同署から逃走したものであることを知りながら,その逮捕及び処罰を免れさせる目的で,同月18日午前1時ころ,同市内k団地市営住宅付近路上において,被告人運転の自動車にA1を乗車させてその場を立ち去った上,そのころから同日午後7時42分ころまでの間,同人に同自動車を提供するなどして香川県丸亀市内株式会社l駐車場まで逃走させ,もって,犯人の逃走に便宜を与えてこれを隠避させた
第8(平成20年7月30日起訴)
A1及びA2と共謀の上,平成20年6月18日午前7時ころ,徳島県美馬郡内m有限会社敷地内において,M管理の普通貨物自動車内から車載用工具一式(時価約1万円相当)を,軽四乗用自動車からナンバープレート2枚を窃取した
第9(平成20年8月12日起訴)
A1と共謀の上,平成20年6月18日午後4時ころ,香川県綾歌郡内n店において,同店店長N管理の半袖Tシャツ1枚(販売価格1900円)を窃取した
ものである。
(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
第1判示第2の2,3について予備的訴因を認定した理由
検察官は,主位的に被告人単独で,予備的に氏名不詳者と共謀の上,判示第2の2,3の各犯行を行ったと主張する。
被告人は,捜査段階において,前記各犯行は,Aなる人物から窃盗を行うことを持ちかけられ,これを承諾し,被告人運転の自動車で各犯行場所に向かった,そして,Aが窃盗を行い,その間,被告人は,近くで見張りをしたり,逃げられるよう車内で待機したりしていた,犯行後,盗品の一部をAからもらった旨供述している。被告人の供述は,共犯者の名前こそ明かしていないものの,具体的で信用性に欠けるところはなく,被告人が窃盗行為自体を行ってないとの主張は排斥できず,氏名不詳者(A)と共謀の上,本件各犯行を行ったものと認める。
したがって,判示第2の2,3については予備的訴因を認定した。
第2判示第5の2について強盗致傷を認定しなかった理由
1 公訴事実及び争点
本件の公訴事実は,「被告人が,A1と共謀の上,f店1階売場でスポーツバッグ等を窃取し,同店屋上駐車場において,A1を追跡してきた警備員O及び同Pによる逮捕を免れるため,(1)A1が,Oの左袖を左手でつかみながら右手に持ったスプレーを噴射する暴行を加えて同女をその場に転倒させ,その際,同女に約5日間の安静加療が必要な右膝部打撲の傷害を負わせ,(2)A1が,同人の着衣をつかんでいるPの頭部にそのスプレーを噴射した上,その胸部を手で突くなどの暴行を加えて同女をその場に転倒させ,その際,同女に約7日間の安静加療が必要な右小指擦過傷,左肘関節部打撲血腫の傷害を負わせた」というものである。
弁護人は,被告人に窃盗罪が成立することについて争わないが,強盗についての共謀はないので強盗致傷罪は成立しないと主張する。
2 前提となる事実
関係各証拠によれば,本件の経緯は以下のようなものと認められる。
(1) 被告人は,A1ら仲間とともに,本件以前からショッピングセンターでの商品の万引きを繰り返していた。犯行当日,被告人,A1及びA3は,被告人が運転する自動車で,助手席にA1,後部座席にA3が座り,fに向かった。
(2) 本件以前に万引き仲間の一人が警察に捕まったことから,A3は,道中の車内で,被告人に対し,「警備員に捕まりそうになったらこれを使え。」,「相手の目を目がけて噴射しろ。」などと言ってスプレー2本(催涙スプレーと防臭ないし化粧用スプレー各1本)を渡した。
(3) 被告人は,A3からスプレーを渡される際に,使用したら傷害罪になるのではないかと聞いたところ,A3は,怪我をしなければ大丈夫であると答えた。
(4) その後,被告人及びA1は,店内に入り,判示第5の1のベビーカー2台を窃取し,車に載せ,再び店内に戻り,判示第5の2の窃盗(以下「本件窃盗」という。)を行った。
(5) 被告人が,自動車の運転席側後部スライドドアを開けて窃取した商品を整理しており,A1が自動車の所に戻ってきたところ,被告人らはA1の後を追ってきたO及びPに声を掛けられた。
(6) 被告人はPに腕をつかまれ,「やめて下さい。何なんですか。放して下さい。」などと言った。
(7) A1は,一旦車に乗り込んだ後,車内から催涙スプレーでない方のスプレー(以下「本件スプレー」という。)を手に持って車から降り,O及びPに対して本件スプレーを噴射するなどの前記公訴事実記載の暴行(以下「本件暴行」という。)を加え,両名に傷害を負わせた。
(8) 被告人は,Pが自分の腕を放した隙に運転席に乗り込み,自動車を発進させてその場を立ち去り,A1と途中で合流し,一緒に逃走した。
3 事前共謀の成否
(1) 検察官は,窃盗前に被告人とA1との間で,警備員に捕まりそうになったら暴行を加えて逃げる旨の共謀が成立していたと主張し,その根拠として,①車中で,後部座席のA3が運転席の被告人にスプレーを手渡し,万引きの際警備員に捕まりそうになったら使うように言ったこと,②A1は助手席でA3の①の発言を聞いており,自らも捕まりそうになったらスプレーを使おうと考えたこと,③被告人も,万引きをする際,警備員に捕まりそうになったらスプレーを使って逃げようと考えたこと,④被告人とA1は,互いに警備員に捕まりそうになったらスプレーを使って逃げようと考えていることが分かっていたこと,⑤実際に被告人は犯行時大声で「やめて下さい。」などと言い,これを聞いたA1が,Pらにスプレーを噴射するなどして被告人の逃亡を助けていることを挙げる。
前記2記載のとおり,①及び⑤の事実は概ね認められることから,以下,②ないし④の事実の有無について検討する。
(2) ②ないし④の事実の有無を検討する前提として,被告人及びA1が本件窃盗の際にスプレーを携帯していたかどうかについて検討する。
前記2(2)記載のとおり,A3から渡されたスプレーは2本あったが,本件スプレーについてはA1が被告人を助けようとして車内から持ち出すまでは自動車内に置かれており,被告人も,A1も本件窃盗に赴く際に本件スプレーを携帯していなかったと認められる。
次に,催涙スプレーについては,A1がこれを携帯していたことを認め得る証拠はなく,仮に携帯していたとすると,本件スプレーではなく催涙スプレーを使用するのが自然である。したがって,A1は,本件窃盗に赴く際に催涙スプレーを携帯していなかったと認められる。他方,被告人は,捜査段階において,催涙スプレーは自分とA1のどちらかが店内に持って行ったはずであり,A1が持って行っていなければ自分がウエストポーチに入れて持って行ったと思う旨述べ(乙20),後の調書(乙21)でもこの部分に関する訂正はされていない。しかしながら,その供述自体,非常にあいまいであるところ,被告人が催涙スプレーを携帯していたのであれば,被告人にとって初めての経験であり(このことは被告人の公判供述から認定できる。),前記2(3)のとおり,スプレーの使用が傷害罪になるのではとの発言もしていたほどスプレーに関心を寄せていたのであるから,スプレーの携帯について,印象に残っているのが通常であると考えられる。加えて,携帯していたとすれば,その後,警備員に声をかけられて捕まりそうになったときに,自ら携帯しているスプレーの使用を思いつくはずであるのに,この点については何ら言及がなく,実際も,被告人がウエストポーチから催涙スプレーを取り出そうとした形跡はない。そして,被告人は,公判廷において,催涙スプレーを携帯したことを明確に否定している。以上からすると,被告人が本件窃盗の際に催涙スプレーを携帯していたと認めるには合理的な疑いが残る。
(3) 前記(2)を前提に②(A1のスプレー使用意思の有無)についてみると,A1は,捜査段階で,警備員に捕まりそうになったらA3のスプレーを噴射して逃げてやろうと思った旨供述している。しかしながら,前記(2)のとおり,A1はスプレーを携帯しないで本件窃盗に赴いている。屋上の駐車場所から店内への出入口までは一定程度距離があり(甲101,103,105),警備員に万引きが発覚する可能性は,店内のフロアを離れてから屋上の駐車場所までの間にもあり得ることからすると,A1自身が店内に入る時点で自らがスプレーを使用しようと考えていたとみるのはやや不自然である。この点,A1は,公判廷において,本件スプレーを携帯しなかった理由について,自分自身が使用することはないだろうと思っていた旨述べており,その供述には一定の信用をおくことができる。そうすると,A1の捜査段階の上記供述は信用できない。
(4) 次に③(被告人のスプレー使用意思の有無)についてみると,被告人は,捜査段階では,A1と同様に,スプレー使用の意思を肯定する旨の供述もしているが,前記(2)のとおり,被告人も,本件窃盗の際にスプレーを携帯していたとは認められないのであって,上記捜査段階の供述はその前提を欠くこととなり,被告人が自らスプレーを使用することを想定していたとみるのはやはり不自然である。そして,公判廷においては使用の意思を否定している。そうすると,被告人の捜査段階の供述は信用できない。
(なお,仮に,被告人が催涙スプレーを携帯していたとしても,被告人は,警備員から捕まえられそうになったにもかかわらず,実際にこれを使用しようとした,あるいは使用を考えた形跡は全くないことからすると,直ちに使用の意思を肯定することはできない。検察官は,前記認定のA3と被告人の車中でのやり取り等から,被告人にはスプレー使用の意思があったと主張するが,証拠上認められる被告人とA3のやり取りからは,被告人がA3の発言に安心してスプレーを使うことを決意したというよりも,スプレーを使用することについての不安をA3に訴えたが,A3が大丈夫だなどと述べて使用するよう求めるので,やむなくこれに従ってスプレーを受け取ったとみる余地があり,被告人がA3を畏怖していたことからすると,むしろそのような可能性が高いといえる。そうすれば,仮に,被告人が催涙スプレーを携帯していたとしても,使用の意思を有していたと認めるにはなお疑問が残る。)
(5) そして,④の事実(互いのスプレー使用意思の認識の有無)についてみるに,被告人は,捜査段階において,A1は警備員に捕まりそうになったら,相手にスプレーを噴射して逃げようという気持ちになっていたはずである旨供述している(乙20)が,A1が本件窃盗に赴く際に,スプレーを携帯していないと認識しているのであるから,A1がスプレー使用の意思を有していたものと被告人が認識していたとみるには疑問が残る。また,A1も,公判廷において,被告人とA3のやり取りの後,スプレー使用について被告人が納得していた様子だったとも供述しているが,その一方で,その内心は分からないとも述べている。前記(4)記載のとおり,被告人とA3のやり取りについては別の見方をすることも十分可能であり,そのやり取りだけから,被告人がスプレーを使って逃げようと考えているとA1が認識していたとは断じ難い。
検察官は④が認められる根拠として,被告人とA1が以前から一緒に万引きを繰り返してきたことや,窃盗仲間が逮捕され,善処方を相談していたことなどを指摘するが,そのことから逮捕の際に暴行してでも逃走しようという合意が形成されたとまでは認められない。
(6) 以上のとおり,②ないし④の事実は認め難く,検察官が主張するスプレー使用による暴行に関する事前共謀の成立を認めることはできない。
4 現場共謀の成否
(1) 検察官の主張する事前共謀は否定されるところ,被告人らが警備員から声をかけられ,被告人が腕をつかまれて声を上げた時点で,被告人とA1との間に,暗黙のうちに逮捕を免れるために警備員に暴行を加える共謀が成立したといえるかについても,念のため検討する。
(2) 前記認定の事実によれば,A1は,警備員に自分たちがした万引きが発覚したことを知り,被告人や自らの逮捕を免れるためにスプレーを噴射させるなどの暴行に及んだことは明らかである。しかしながら,現場における被告人の言動からは,被告人が自ら警備員に暴行してまで逮捕を逃れようとする積極的意思は認められず,被告人がA1に対し,明示的に助けを求めたことも認められない。この点,被告人は,Pに腕をつかまれた際に,「やめて下さい」,「放して下さい」などと言っているが,同発言はあくまでPらに向けられており,A1が警備員に対して暴行することを期待してなされたとまでは認め難い。
したがって,被告人とA1との間には,現場共謀もまた認められない。
5 結論
以上のとおり,被告人とA1との間には,暴行に関する共謀の成立は認められず,本件暴行及びその結果である傷害について,被告人に帰責することはできない。そうすると,被告人は,本件については,判示第5の2の窃盗の限度で責任を負うこととなる。
(法令の適用)
被告人の判示第1,第2の2,3,第3,第4,第5の1,2,第6の1ないし3,第8,第9の各所為はいずれも刑法60条,235条に,判示第2の1は同法235条に,判示第7の所為は同法60条,103条にそれぞれ該当するところ,各所定刑中いずれも懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により刑及び犯情の最も重い判示第6の3の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年6月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中280日をその刑に算入することとし,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は,被告人がA1ら共犯者と共謀の上,あるいは単独で,ナンバープレートやベビーカー等の窃取を多数回にわたって繰り返したという窃盗(判示第1ないし第6)及び勾留中に逃走したA1を隠避し,その逃走のためにA1らとナンバープレートや洋服等を窃取したという犯人隠避(判示第7),窃盗(判示第8,第9)の各事案である。
まず,窃盗の事案についてみると,被告人とA1らは,A1を中心とした共同生活を営む特殊な関係を築き,複数の県にまたがって職業的,常習的に判示窃盗を行っており,特にショッピングセンターでの窃盗は,共犯者間で盗み役,見張り役等の役割分担をして一度に大量の商品を盗むというもので,その態様は非常に組織的で大胆であり,万引き事案としては相当悪質である。被告人らは,借金の返済資金や生活費を得るために換金目的で犯行に及んだもので,その利欲的な動機に酌量の余地はなく,現に盗んだ商品の一部はネットオークションで売却して現実の利益も得ている。また,本件の被害総額は,約146万円相当に達しており,結果も重大といわざるを得ない。さらに,被告人は,平成18年6月に窃盗罪で執行猶予付の有罪判決を受けたが,その約2か月後には判示第1の犯行に及び,その後断続的に判示窃盗を行っており,被告人の財産犯に対する規範意識の鈍麻は明らかである。
次に,犯人隠避,窃盗の事案についてみると,留置施設から逃走したA1から依頼があるや直ちに他の仲間と車で救出に向い,警察への発覚を免れるためにナンバープレートを盗んで付け替えるなどしながら,逃走を続けたもので,犯情は悪質である。
以上からすれば,被告人の刑事責任は重い。
他方で,万引きの件については,捜査の結果,被害品の相当数が発見され,被害者側に返還されていること,被告人が共犯者らと共に被害回復に努め,一部(判示第6の3,第8,第9)の犯行について示談が成立していること,共犯者らと行った窃盗については,被告人が主導的役割を果たしたものではないこと,被告人が各犯行を認めて反省,悔悟の情を示し,今後共犯者らとの関係を断つ旨述べていることなど,被告人のために酌むべき事情もある。
そこで,これらの事情を総合考慮の上,主文の刑を科すのが相当と判断した。
(求刑・懲役8年)
(裁判長裁判官 村越一浩 裁判官 中村光一 裁判官 藤原未知)