松山地方裁判所 平成21年(わ)30号 判決 2009年6月24日
主文
被告人を懲役6年に処する。
未決勾留日数中160日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,分離前相被告人Aと共謀の上,
第1(平成21年2月5日付け起訴状記載の公訴事実)
パチンコ店で大量のパチンコ玉を所持していたBが換金するのを待ち,同人の後をつけねらってその金員を強取しようと企て,平成20年10月16日午後9時58分ころ,松山市内同人方前路上において,Aが,同人(当時71歳)に対し,背後からその頸部に左腕を巻き付けて同人を引き倒した上,同人の顔面を路面に押し付ける暴行を加え,その反抗を抑圧した上,同人から同人所有又は管理の現金約7万5000円及びクレジットカード等4点在中の財布1個並びにICコイン1枚在中の小銭入れ1個(時価合計約6500円相当)を強取し,上記暴行により,同人に対し,加療約10日間を要する胸椎打撲傷,上唇擦過傷等の傷害を負わせた
第2(平成20年12月24日付け起訴状記載の公訴事実)
パチンコ店で大量のパチンコ玉を所持しているCを認め,同人の後をつけねらって金員を強取しようと企て,平成20年10月31日午後6時12分ころ,石川県金沢市内同人方前路上において,同人(当時66歳)に対し,その背後からその頸部を腕や右手で締め上げるとともに,セカンドバッグを抱えている同人の左腕をつかみ上げる暴行を加え,その反抗を抑圧した上,同人から同人所有又は管理の現金約11万2600円及び長財布等19点在中のセカンドバッグ1個(時価合計約7万2200円相当)を強取した
第3(平成20年11月28日付け起訴状記載の公訴事実第1)
平成20年11月9日午後9時55分ころ,滋賀県草津市内a駐車場において,D(当時52歳)に対し,右腕でその背後から突き飛ばすなどの暴行を加えた
第4(平成20年11月28日付け起訴状記載の公訴事実第2)
前記第3記載の日時場所において,前記D所有の現金約250円及びキャッシュカード等5点在中の財布1個(時価約1000円相当)を窃取した
ものである。
(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
※ この項では,判示第1を松山事件,判示第2を金沢事件という。
1 争点
弁護人は,(1)松山事件について,Aと被告人との間で強盗の共謀はなく,Aの犯行は,被告人との共謀に基づかない単独犯行であり,被告人は無罪である,(2)金沢事件について,Aは被害者を抵抗できなくさせる暴行は行っておらず,また,被告人の認識もひったくりの手段として暴行をするというもので,窃盗及び暴行の併合罪の限度で責任を負う旨主張するので,以下検討する。
2 検討
(1) 松山事件について
① 証拠上明らかに認められる事実経過
被告人とAは,鹿児島県志布志から仕事を探そうとして車で松山市内を訪れたが,仕事に就けず,生活費やパチンコ代で所持金を使い果たした。事件当日,被告人らはb店の屋上駐車場で今後のことを話し合い,その際,被告人からAに対し,ひったくりでもしようと提案した。その後,行きつけのパチンコ店c前駐車場付近に移動し,Aから被告人に対し,パチンコで勝った客を狙うこと,Aが徒歩で,被告人が車で客の後をつけること,Aが客に暴行を加え,被告人が客の財布を奪い,車で逃げることなどの具体的な提案があり,被告人はこれを了承した。そして,二人がはぐれた場合には,d店で待ち合わせることも決めた。その後,Aは,パチンコ店にいた71歳の男性客(被害者)を狙うことに決め,被告人にこれを伝え,被告人も店内で相手を確認し,その人物を狙うことに同意した。被害者がパチンコを終えて換金を済ませ,歩いて帰路についたので,Aが,徒歩でその後をつけた。被告人も,車で後ろを追いかけようとして移動を開始したが,ガス欠寸前であったため,追いかけるのをあきらめ,待合せ場所のd店に行き,Aが来るのを待った。Aは,被害者の自宅前まで後をつけ,途中,被告人がついて来ないことに気付いたものの,やるしかないと思い,被害者が自宅に入ろうとするのを背後からその頸部に左腕を巻き付けて引き倒し,その顔面を路面に押し付ける暴行を加え,財布と小銭入れをポケットから取り出して奪い,その際,被害者に傷害を負わせた。Aは,現場から走ってd店に行き,被告人と落ち合った。奪った小銭入れの中に,パチンコ店で使用するICコインが入っていたので,被告人がパチンコ店に戻り,現金に換金し,財布に入っていた現金と合わせて二人で折半した。
② 被告人とAとの間の共謀の内容
被告人とAとの間でなされたパチンコ店前駐車場付近での話合いの内容については,被告人とAとの各公判供述の間で食い違いがある。すなわち,Aは,被告人に対し,「年配のおっちゃんの方が狙いやすいんちゃうけ。」と,年配客に狙いを定めることを提案し,さらに,「どついて,押さえ込んで,抵抗できなくさせる」と,その暴行の内容を説明し,その同意を得たと述べる一方,被告人は,年配の人物を狙うという話はなかった,Aからは,「羽交い締め」をしている隙に自分が財布を取ると説明された旨述べている。
前記客観的な事実経過からは,いずれの供述が正しいかは決し難い。しかしながら,いずれの供述が正しかったとしても,二人の間で強盗の共謀が成立していたといえる。まず,Aの供述する内容が強盗の共謀に当たることは明らかである。また,被告人が述べることが正しかったとしても,被告人とAとの間で,相手を抵抗できなくさせる程度の暴行を加えることについての認識を有していたと認められる。すなわち,話合いの場では,年配の人を狙うということまで決まっていなかったとしても,その後にAが被害者に目をつけ,被告人も店内に入り,その様子を観察するなどしているので,被害者の年格好はよく分かっていたものと認められる。また,「羽交い締め」は,相手の背後から両手を脇の下に通すなどして相手が動けなくすることを意味する言葉であり(被告人もこの点は捜査段階で認めている。),大柄(身長約177センチメートル,体重100キログラム前後)でレスリング経験もある(このことは被告人も知っていた)Aが,71歳で小柄な被害者を羽交い締めにすれば,被害者が抵抗できなくなることは容易に想像され,被告人もこれを認識していたと認められる。羽交い締めにしても,相手がびっくりしてとまどう程度であり,抵抗されると思っていたとの被告人の公判供述は到底信用できない。
以上からすると,被告人とAとの間で,事前に強盗の共謀が成立していたことは疑いなく認められる。
③ Aの行為が被告人との共謀に基づくといえるか
被告人とAの強盗の共謀は,上記①②のとおり,Aが被害者に暴行を加え,被告人が財布を奪うという役割分担を想定していたが,結果的にA一人が実行行為を行っている点をどのように考えるかが問題となる。
弁護人は,事前の話合いで,被告人とAとの間で,はぐれたらd店で待ち合わせる旨決められていたところ,このことは,二人で一緒にできなければ,犯行自体をあきらめてd店に行くとの合意が成立していたか,少なくとも被告人はそう考えていたことの表れであると主張する。
しかしながら,被告人は,捜査段階において,待合せ場所を決めたのは,財布を奪った後ではぐれた場合を考えたもので,犯行前にはぐれることは考えていなかった,待合せ場所をパチンコ店にしなかったのは,警察に捕まる危険があったからであるなどと述べている。この点,Aは,公判廷で,実行前にはぐれることも考えたが,その場合でも犯行を中止するつもりはなかった旨述べており,当時の二人の窮乏状況から,Aがそのように考えていたとしても不自然ではない。
そうすると,少なくとも事前に話合いをした段階では,実行前にはぐれた場合にどうするかということについては二人の間で合意はなかったと認められる。
そして,Aによると,Aは,もともと,はぐれても犯行を中止するつもりはなく,被告人が後をついてきていないことに気付いたものの,「ベストを尽くそう」(公判証言)と考えて犯行に及んでいる。強盗の相手は当初の予定どおりであり,Aが加えた暴行も,当初想定されていた暴行と大きく異なるものではない(この点は,その暴行が,被告人が主張する「羽交い締め」であっても同じである。)。そうすると,Aの被害者に対する暴行と財布の奪取行為を,従前の共謀とは異なる別個の犯意に基づくものとみることは困難である。
他方,被告人は,Aと被害者との体格差やAにレスリング経験があることを知っていたのであるから,Aが一人で強盗を行うことが可能であることはよく理解していたと認められる。そして,捜査段階において,被告人は,はぐれた後,Aが犯行を中止して戻ってくるだろうと思っていたと述べる一方,d店でAを待っている際に,Aが警察に捕まってしまったのではないか,道に迷っているのではないかと思った旨述べていて,Aが一人で犯行を行うことが念頭にあったことがうかがえる(この点,公判廷では,被告人はAが道に迷ったとしか思わなかったと述べているが,関係証拠によると,d店は被告人らが車中泊をする際に度々利用していた場所であり,パチンコ店からそれほど離れていないのであるから,Aが犯行を中止してすぐに戻ってくるのであれば,道に迷うというのも不自然である。結局,被告人は,Aが被害者の後をつけていき,犯行に及ぶことを考えていたとみるべきである。)。そして,Aが合流後,ICコインを被告人がパチンコ店に赴いて換金し,二人で現金を山分けするなどしている。これらの事情からすると,被告人は,事前の話合いとは異なり,自らが犯行に加わることはできなかったものの,Aが一人で犯行を行うことをなお期待し,Aの犯行後にこれを受け入れたものと認められる。
これらの事情からすると,Aによる上記犯行は,二人の事前共謀に基づくものということができる。
④ 結論
Aの被害者に対する暴行が,被害者の反抗を抑圧するに足りるものであり,その行為が強盗致傷罪に当たるものであることは優に認められるところ,②③で検討したとおり,その行為は,被告人とAとの共謀に基づくものといえ,被告人は,共同正犯として,その全部について責任を負うこととなる。
(2) 金沢事件について
① Aの暴行が強盗罪における暴行と評価できるか。
関係証拠によると,被告人らは,パチンコ店から帰宅する被害者の後をつけ,被害者が車を自宅の車庫に入れるのを見て二人で近づき,Aが被害者に話しかけ,隙を見てその背後に回り込み,腕を被害者の首に回して絞め,右手の指で被害者の首を絞め,更にセカンドバッグを抱えている被害者の左腕を持ち上げて脇を開けるようにし,被告人が正面からそのセカンドバッグを奪っている。その間,被害者は,Aに首を絞められ,息ができず,声も上げられず,絞められた跡が二,三日間残ったというのである。Aと被害者(身長164センチメートル,体重53.4キログラム)の体格差や,事件が10月末の午後6時過ぎで,自宅前とはいえ,周囲は暗く,人通りもなかったことをも併せ考えると,このような状況下における上記暴行は,一般人にとって抵抗できない程度のものであったといえる。この点は,弁護人が主張するような,実際に被害者が足で被告人を蹴りつけたか否か,セカンドバッグを取られた後に被害者が追いかけてきたか否かによっては左右されない。
② 被告人の行為及び認識
前記のとおり,被告人は,被害者が背後からAに首を絞められるなどしている際に,その正面からセカンドバッグを奪い取っている。被告人は,Aが被害者に対し,暴行したのを一瞬見ただけであり,具体的にどのような暴行をしたかは認識していなかったと供述している。しかしながら,いかに暗かったとはいえ,正面で至近距離にいた被告人からはAと被害者の態勢はよく見えたはずであるし,被告人は,被害者のセカンドバッグを奪い取ろうとしていたのであるから,Aがどのように被害者を押さえこんでいるかは注視していたはずであって,被告人の上記供述は余りに不自然であり,信用できず,被告人は,Aの暴行を認識した上で,セカンドバッグを奪い取ったと認められる。
③ 事前共謀の内容
事前共謀の内容については,被告人とAとの各公判供述の間で,「倒してでも何でも動けないようにする」(A)などと言ったのか,「羽交い締めにする」(被告人)と言ったかで食い違いがあるものの,二人が金沢事件の前に富山県内でした事件を念頭に置き,「富山のときと同じようにしよう」などと話し合ったことは争いがない。富山での事件は未検挙であるが,Aの供述によると,Aが相手を持ち上げて地面に倒す暴行を加え,被告人が相手の財布を奪ったというものである。そうすると,被告人とAとの間で,相手を抵抗できなくさせて財布を奪う旨の共謀が成立していたとみるのが自然である。
④ 結論
以上からすると,Aが被害者に行った暴行は,被害者の反抗を抑圧するに足りるものであり,被告人とAは,事前に強盗を共謀し,その役割分担の下,二人で実行したのであるから,被告人は,強盗罪の共同正犯としての責任を負う。
3 まとめ
以上のとおり,被告人に対し,松山事件については強盗致傷罪の共同正犯が,金沢事件については強盗罪の共同正犯が成立する。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は刑法60条,240条前段に,判示第2の所為は刑法60条,236条1項に,判示第3の所為は刑法60条,208条に,判示第4の所為は刑法60条,235条にそれぞれ該当するところ,各所定刑中判示第1の罪については有期懲役刑を,判示第3及び第4の各罪については懲役刑をそれぞれ選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,刑法47条本文,10条により最も重い判示第1の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役6年に処し,刑法21条を適用して未決勾留日数中160日をその刑に算入することとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は,被告人がAと共謀の上犯した,①松山市内における強盗致傷,②金沢市内における強盗,③滋賀県草津市内における暴行,窃盗の各事案である。
二人は,郷里を離れ,ホテル暮らしや車中生活を送る中,生活費や遊興費で金を使い果たし,金目当てに犯行を決意するに至り,比較的短期間のうちに連続的に敢行したものである。その態様は,パチンコ店で大勝ちしている年配の客に狙いをつけ,その帰りを待って後をつけたり(①②),ゲームセンターの駐車場で,車で訪れる年配の男性を待ち受ける(③)など,計画的な面がある。
犯行態様も,体格に勝るAが,いずれも背後から腕を頸部に巻き付けて路上に引き倒したり(①),頸部を締め上げたり(②),突き倒したり(③)するなど,いずれも無防備な相手方に強い暴行を加えるもので,危険で悪質である。①②については奪った金額も少なくない。各被害者は本件により肉体的,精神的苦痛や恐怖を感じており,いずれも被告人らに対する厳しい処罰を求めている。
以上からすると,その刑事責任は重い。
他方,①の傷害結果は比較的軽いこと,被告人については,①の実行行為には結果的に全く関与しておらず,②③についても実行行為の中心部分である暴行はAが行っていること,前科はなく,若年であること,反省の弁を述べていることなど,被告人のために酌むべき事情もあるので,これらも考慮し,主文の刑に処することとする。
(求刑・懲役10年)
(裁判長裁判官 村越一浩 裁判官 中村光一 裁判官 藤原未知)