松山地方裁判所 平成21年(わ)408号 判決 2010年3月08日
主文
被告人を懲役5年6月に処する。
未決勾留日数中120日をその刑に算入する。
押収してある柳刃包丁1本を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1平成21年8月26日午後4時50分ころ,愛媛県a市内飲食店前駐車場において,A(当時46歳)に対し,殺意をもって,柳刃包丁(刃体の長さ約21.2センチメートル)で同人の左側胸部等を3回突き刺すなどしたが,同人に加療約3週間を要する左側胸部刺創等の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった
第2業務その他正当な理由による場合でないのに,前記日時場所において,前記柳刃包丁1本を携帯した
ものである。
(証拠の標目) 省略
(争点に対する判断)
第1争点
本件の争点は,殺意の有無である。
第2判断
1 傷害の部位や程度
被害者は,犯行により,左側胸部に2か所の刺し傷(深さ約6センチメートルのもの(傷ア)及び深さ約5センチメートルのもの(傷ウ)),右前腕部に1か所の切り傷(長さ約10センチメートルのもの(傷イ))等の傷害を負った。
B医師の証言によると,傷ア,ウについては,この深さでも刺さった場所や方向次第で心臓や肺などの臓器,重要な血管を損傷し,死に至る危険があると認められる。
2 凶器の形状と用法
被告人が犯行に使用した凶器は,柳刃包丁(刃体の長さ約21.2センチメートル)で,被告人は,その包丁を自宅から持ち出していて,その危険性をよく分かっていた。
被害者は,犯行時の状況を①被告人とは向かい合って立っていたが,自分が上半身をひねって右後方を指示したところ,突然,被告人に左脇の下のほうを包丁で刺され(傷ア),②被告人を突き飛ばし,包丁を取り上げようとつかみ合いになったが,被告人から「おどら(お前),殺してやる。」などと言われ,③車に乗って逃げようと後ずさりしたところに,被告人が両手で包丁を胸と腹の間辺りに構えて向かってきたので,右手で包丁を払ったところ,右前腕に包丁が刺さり(傷イ),④被告人を突き返したところ,被告人は更に右手に包丁を持って向かってきたため,左手で被告人の右腕をつかもうとしたが,左脇のすぐ下に包丁が突き刺さった(傷ウ)などと説明する。その内容は,傷の位置や状態に合っており,疑問点はなく,被害者の被告人に対する気持ちを考えても,あえて被告人に不利な供述をするとは考えられない。他方,被告人の供述は,肝心の部分で記憶がないと述べるなど,そのまま信用できない。そうすると,犯行状況は被害者が述べるとおりであった,すなわち,被害者と向かい合った状態から左側胸部下を刺し(1撃),被害者に向かって行き,その防御する右前腕を刺し(2撃),被害者に腕をつかまれそうになった際に左側胸部上を刺した(3撃)と認められる。
3 被告人の言動
上記のとおり,被害者の供述は信用でき,これによると,被告人は,上記②のとおり,つかみあっている際などに,被害者に対し,「殺してやる。」などと述べたことが認められる。
4 動機
被害者と被告人との間には30年来の交遊があったが,被告人は,被害者と一緒に起こした恐喝事件では100万円を脅し取ったことを被害者から聞いていなかったこと,被害者が被告人から借りた携帯電話の料金を支払っていないこと,被告人が知人に貸した20万円を被害者が無断で回収し,使い込んでなかなか返そうとしなかったことなどの被害者の一連の対応に対し,不信や怒りを募らせていた。そして,犯行当日,被告人は,柳刃包丁を抜き身でズボンのポケットに入れて現場に行き,被害者に上記20万円を期限の8月末までに支払うか尋ねたところ,被害者から9月2日まで待ってほしいなどと言われ,激怒したものである。
5 以上の事実を前提に判断する。被告人は,柳刃包丁で被害者を短時間に3回も攻撃し,その結果,被害者の肺付近に達する重い傷が生じている。被告人は,犯行現場での被害者の言動などから激怒し,無防備の被害者の左側胸部に対して1撃に及び,その後,被害者が抵抗したにもかかわらず,「殺してやる。」などと述べ,2撃以降の攻撃をしている。その経過に加え,2撃は,被害者が右腕で防御しなければ胸付近に当たっていたと考えられ,3撃は,現に肺付近まで傷が達していることからすると,被告人が,遅くとも2撃以降は明確な殺意をもって被害者を攻撃したことは明らかである。その攻撃は,一連,一体のものとして評価されるべきであるので,被告人には殺意があったものと認められる。
(累犯前科)
被告人は,(1)平成17年7月25日松山地方裁判所今治支部で傷害罪により懲役1年に処せられ,平成18年4月15日その刑の執行を受け終わり,(2)その後犯した恐喝罪により平成19年4月23日松山地方裁判所今治支部で懲役2年に処せられ,平成21年2月11日その刑の執行を受け終わったものであって,これらの事実は検察事務官作成の報告書及び(2)の前科に係る判決書謄本によって認める。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は刑法203条,199条に,判示第2の所為は銃砲刀剣類所持等取締法31条の18第3号,22条にそれぞれ該当するところ,各所定刑中判示第1の罪については有期懲役刑を,判示第2の罪については懲役刑をそれぞれ選択し,前記の各前科があるので判示各罪につきいずれも刑法59条,56条1項,57条により3犯の加重(判示第1の罪の刑については刑法14条2項の制限に従う。)をし,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,刑法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に刑法14条2項の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役5年6月に処し,刑法21条を適用して未決勾留日数中120日をその刑に算入することとし,押収してある柳刃包丁1本は,判示殺人未遂の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,刑法19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は,殺人未遂,銃刀法違反の事案である。
柳刃包丁を自宅から持ち出し,携帯していたこと自体,危険である。被告人は,柳刃包丁を被害者の上半身に向けて何度も突き出したもので,生命に対する危険が高い執ような犯行である。被害者は,16日間の入院を要する加療約3週間の重傷を負い,右手には物を触った時の感覚に違和感を覚えるなどの後遺症が残っていて,結果は重大である。被告人が本件当時暴力団組員であり,傷害前科5犯を含む前科が10犯あるにもかかわらず,本件各犯行を行ったことから,他人を傷付けることへの抵抗や罪悪感が薄いことがうかがわれる。
他方,本件を引き起こした原因は,被害者の被告人に対する対応にもあり,被害者には一定の落ち度がある。被害者も被告人の厳重処罰までは希望していない。被告人は,十分とはいえないものの,被害者に対し傷害を負わせたことについて反省している旨述べ,謝罪文も書いている。被告人は,今後,被害者に対して,前記無断回収分20万円や携帯電話の料金未払分約3万6000円の返済を求めない旨述べている。
以上の事情をふまえると,被告人を懲役5年6月とするのが相当である。
(求刑・懲役7年及び柳刃包丁1本没収)
(裁判長裁判官 村越一浩 裁判官 西前征志 裁判官 藤原未知)