松山地方裁判所 平成21年(わ)77号 判決 2009年7月24日
主文
被告人を懲役15年に処する。
未決勾留日数中90日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1平成21年1月23日午前4時15分ころ,松山市ab番c先路上に停車中の被告人所有の普通乗用自動車内において,殺意をもって,A(当時21歳)の頸部にマフラーを巻いて絞め付けるなどし,よって,そのころ,同所において,同人を窒息死させた
第2同日午前4時30分ころ,前記場所付近路上から杉林斜面に前記Aの死体を投げ捨て,もって,死体を遺棄した
ものである。
(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
第1争点
本件の争点は,殺人被告事件における過剰防衛の成否である。
弁護人は,被告人は被害者から先に首を絞められたため,同じことをやり返せば止めるだろうと思って同女の首を絞めたものの,目的を達せず,途中から殺意をもって犯行に及んだもので,過剰防衛が成立する旨主張し,被告人もこれに沿う供述をする。
これに対し,検察官は,被害者が先に被告人の首を絞めた事実の有無は不明である,仮に被害者が被告人の首を絞めた事実があったとしても,殺害行為は過剰防衛に当たらない旨主張する。
第2争点に対する判断
1 被告人が供述する犯行に至る経緯
被告人は,①何度も被害者から金を要求されて断った,②下山中の車内で被害者から突然,ハンドルを握っていた左腕と左肩をつかまれ,車を停車した,③被害者から車中で首を両手で絞められた,④手を放させるため,被害者の首を両手で絞め返した,⑤途中から,首を絞められたことなどに対する怒りが爆発し,殺意をもって首を絞めたところ,被害者が被告人の首を絞める力が弱まってきた,このときには被害者の手を首から外すことが目的ではなく,殺すことが目的になっていた,⑥被害者を後ろ向きにし,背後から右腕を回して首を絞めたところ,被害者は必死に両手で被告人の右腕を外そうとしていたが,腕を外されることはなかった,⑦車内にあった被害者のマフラーで5分から10分間首を絞め続けた,このときに被害者から抵抗されたという記憶はない旨供述する。
2 被告人供述の信用性
被告人自身,被害者とは初対面であって,被害者を殺害しなければならないような状況になかったこと,被害者に対する攻撃やその後の死体遺棄の状況について,自己に不利と思われる事情も比較的素直に供述しており,死体の発見状況や解剖結果等の客観的な状況にも沿うことなどからすると,被害者が被告人に対して攻撃をしてきたという被告人の弁解を全く信用できないとすることはできない。
他方で,被害者は女性であり,深夜,助けを呼ぶこともできない山中で,わずか1時間半ほど前に知り合ったばかりで性格等もよく分からない男性と車内に二人きりの状況であったことからすれば,単に被告人が金の要求を断ったというだけで,突然,首を絞めるような強い攻撃を加えるというのも余りに不自然である。被害者からの攻撃があったとすれば,それは,それ以前の被告人と被害者とのやり取りの中で,被害者を憤らせるような被告人の言動があり,これに触発された可能性が高い。
以上によると,③被害者から車中で首を絞められるまでの経過については,被告人の供述をそのまま信用することはできないものの,少なくとも被害者が被告人に対して首を絞めるなどの攻撃をした可能性は否定できず,その後,これに被告人が激高するなどして④ないし⑦のような経過があったものと認められる。
3 過剰防衛の成否
最初に被告人は,被害者から首を絞められるなどの攻撃を受け,それに対する反撃として同じように被害者の首を絞め返している(以下「第1暴行」という。)。
しかし,被告人が途中から殺意をもって首を絞めたことで,被告人の首を絞める被害者の力は弱まり,被告人が被害者の体を後ろ向きにさせた後は,被害者は被告人の右腕を外そうとするにとどまっていたことからすると,体を後ろ向きにされた時点では,女性である被害者が,男性である被告人に対して,それ以上の攻撃を加えることはおよそ不可能であって,攻撃を継続できるような状況にはなかったことは明らかであり,被告人もそのことを認識していたと認められる。
このような段階に至ったにもかかわらず,被告人は,専ら加害の意思をもって,被害者の背後から右腕を回し,その首を絞め上げ,車内にあった被害者のマフラーをその首に巻き付けて長時間絞め続けるなどの執拗かつ強度な暴行を加えており(以下「第2暴行」という。),被害者は,この第2暴行が原因で窒息死したのである。
そうすると,第1暴行と第2暴行とは,時間的,場所的に接着し,連続してはいるものの,被害者による侵害の継続性,被告人の防衛の意思の有無,暴行の程度の強さや時間の長さ,結果発生への寄与という点で明らかに性質が異なり,この二つの暴行の間には断絶があるというべきである。
したがって,第1暴行については正当防衛ないし過剰防衛の要件を満たす余地はあるものの,被告人の行為(第1,第2暴行)を全体的に考察して1個の過剰防衛の成立を認めるのは相当でない。そして,第2暴行を第1暴行から分断して考察すると,第2暴行は何ら急迫不正の侵害がない状態で,専ら加害の意思で行われたものであるから,過剰防衛を論じる余地はない。
4 結論
以上より,被告人は,殺意を持って,被害者の背後から右腕でその首を絞め上げ,更に車内にあった被害者のマフラーをその首に巻き付けて絞め上げたことで被害者を窒息死させており,この行為は過剰防衛には当たらない。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は刑法199条に,判示第2の所為は刑法190条にそれぞれ該当するところ,判示第1の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,刑法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に刑法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役15年に処し,刑法21条を適用して未決勾留日数中90日をその刑に算入することとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は,被告人が出会い系サイトで知り合った被害者を車中にて絞殺し,その死体を遺棄した殺人,死体遺棄の各事案である。
被告人は,被害者の背後から右腕を回して首を絞め,更に首にマフラーを巻き付けて長時間絞め続けており,その犯行は強固な殺意に基づく執拗なものである。
被告人が激高した経緯には不明な点もあるが,その述べるところを前提としても,知り合って1時間半で被害者を殺さなければならないような理由は全く見当たらず,余りに短絡的で粗暴な犯行といわざるを得ない。
被告人は,犯行後,死体を杉林斜面に投げ捨てて遺棄した上,捜査が自らに及ぶことを免れるべく,自らのメールアドレスを変更したり,自動車の中を掃除したり,被害者の携帯電話その他の所持品を海中に投棄したり焼却したりするなど,計画的に罪証隠滅工作を行っており,その一連の行為は誠に卑劣である。
被害者は21歳の若さで命を奪われており,その結果は重大で,遺族の処罰感情が峻烈であるのも当然である。
被害者にも,深夜,出会い系サイトで知り合った見知らぬ男性の車両に乗り込んで行動を共にするなど,自ら危険に接近したという点で悔やまれる面はあるが,少なくとも被告人に殺されなければならないような落ち度は見い出せない。
以上からすると,被告人の刑事責任は重大である。
他方,本件は偶発的な犯行であり,計画性はないこと,殺害に及んだ責任が専ら被害者にあるかのような責任転嫁ともとれる言動はあるものの,殺害行為自体や死体遺棄などのその後の罪証隠滅工作については素直に供述し,反省の態度も示していること,親族の援助により,賠償金の一部として1000万円が被害者遺族に支払われたこと,まだ若く,前科がないことなどの被告人のために考慮することのできる事情もある。
以上の量刑上特に考慮すべき事情のほか,検察官,弁護人の指摘するその他の事情をも総合考慮し,被告人を懲役15年に処することとする。
(求刑・懲役20年)
(裁判長裁判官 村越一浩 裁判官 中村光一 裁判官 藤原未知)