松山地方裁判所 平成22年(わ)409号 判決 2011年6月17日
主文
被告人を懲役18年に処する。
未決勾留日数中150日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1平成22年9月27日午後11時41分ころ,愛媛県西条市内のA方敷地内において,同人(当時64歳)に対し,殺意をもって,三徳包丁(刃体の長さ約15.5センチメートル,平成23年押第11号の1)で,その左胸部及び顔面等を多数回突き刺すなどし,よって,そのころ,同所において,同人を左前胸部刺創等に基づく失血により死亡させて殺害し
第2業務その他正当な理由による場合でないのに,前記日時場所において,前記三徳包丁1本を携帯し
たものである。
(証拠の標目)
省略
(法令の適用)
省略
(量刑の理由)
1 量刑判断の前提として,犯行に至る経緯,犯行態様等を概観する。
(1) 被告人は,平成20年9月に来日し,溶接の研修生ないし実習生として稼働してきた。他方,被害者は,平成13年以降,脳内出血により左半身不随の後遺症が残り,被害者方において,単身,車椅子生活を送っていた。
(2) 被告人は,平成21年9月ころ,友人のBに連れられて被害者方に行き,被害者と会った。被告人は,その後本件犯行に至るまで被害者と会ったことはない。
(3) 平成22年9月23日,被告人は,B方にCらと一緒に集まり,酒を飲みながら食事をした。その席で,Bらは,「被害者は,変態だ。パンツを売ってくれとか,セックスをさせてくれなどと言われた。」,「身体を見せてと言われた。」,「手を触られた。」などと話した。その際,被告人は,腹を立てる様子もなく,それらの話を黙って聞いていた。
(4) 平成22年9月27日午後6時30分ころ,被告人は,Cの誕生日を祝うために,同人方に,Bらと集まった。
被告人は,その席で,500ミリリットル入りの缶ビールを三,四本,350ミリリットル入りの缶ビールを三,四本,焼酎の氷割りをコップに2杯弱飲んだ。被告人が,Cに対し,酔いをさます薬をくれるよう頼んだところ,Cの夫であるDが,被告人に何の薬であるかを教えることなく,バイアグラ1錠を飲ませた(なお,被告人は,当公判廷において,バイアグラ1錠の外に粉薬も飲まされた旨供述するが,捜査段階で供述していなかった上,供述内容もあいまいであることなどに照らし,信用できない。)。その後,被告人は,目の前がピンク色や青色に見えるとか,心臓がどきどきするなどと周囲に話した。
同日午後10時30分ないし40分ころに,被告人は,特にふらつくことなく,自転車で自分の住む寮に帰った。
(5) その後,被告人は,被害者を殺害することを決意し,平成22年9月27日午後11時過ぎころ,雨合羽を着用し,自分の部屋のベッドの下から取り出した手袋と寮の台所から持ち出した三徳包丁を自転車の前かごに入れ,これを運転して被害者方に向かった。
(6) 被告人は,被害者方の庭に自転車を止め,両手に手袋をはめ,包丁を右手に持ち,刃の部分を雨合羽の右袖の内側に入れて隠した。
被告人は,車いすに乗って応対した被害者に対し,被告人自身のことを知っているか尋ねたり,BやCの名前を告げるなどした後,包丁を示し,中国語で「あなたを殺しに来ました。」と言った。被告人は,被害者が取り出した携帯電話機を奪い,車椅子で部屋の外に逃げ出した被害者を追いかけた。被害者が助けを求めるような声を出したため,被告人は,背後から,左手で被害者の口をふさぎ,右手に逆手に持った包丁で,被害者の胸部を狙って,三,四回突き刺した。車椅子から地面に倒れ落ちた被害者がなおも声を出したのに対し,被告人は,右手に持った包丁で,被害者の顔面を多数回突き刺し,被害者の左胸部を三,四回突き刺した。
被告人は,被害者の左胸部の傷口に手を差し込み,心臓をつかみ出して投げ捨て,被害者の左胸部の傷口と脇の下を持って,その体を引きずり,玄関の方に移動させた。
(7) その後,被告人は,自転車を運転して寮に戻る途中,包丁と被害者の携帯電話機を水路内に,手袋を公園の隅に捨てた。寮に戻った後,被告人は,着用していた雨合羽と長靴をゴミ袋に入れて,寮の敷地内のゴミ捨て場に捨てた。
2 被告人は,殺害決意後,犯行に使用するために包丁と手袋を用意するなど一定の準備をした上で被害者方に赴いた。被告人は,車椅子で自由に動くこともままならない被害者に対し,その左胸部や顔面を,凶器の包丁が根元から折れ曲がるほどの力で,多数回突き刺すなどした。さらに,被告人は,被害者の心臓を手でつかみ出して投げ捨て,自らが刺してできた被害者の胸部の傷口を持って被害者を引きずった。このような一連の犯行態様は,強固な殺意に基づく人の尊厳を何ら顧みない行為であり,厳しい非難に値する。被害者は,深夜に理由も分からないまま突然襲われ,助けを求めることも逃げ出すこともできない中で,繰り返し攻撃されたのであって,被害者の感じたであろう恐怖は想像を絶するものがある。
被告人は,現在に至るまで慰謝の措置をとっておらず,被害者遺族の処罰感情も厳しい。
3 弁護人は,バイアグラの思考異常,錯乱という副作用を考えに入れなければ,被告人が,些細な動機や被害者とは関係のない理由で,被害者を包丁で何回も刺し,心臓を取り出すという異常な行動に出てしまったのかを説明できないと主張する。
そこで検討するに,被告人は,犯行直前の心理状態に関し,当公判廷において,Cの誕生日会から寮に帰り,自室のベッドに横になった際,①Dが,被告人に薬を飲ませた後,被告人を大笑いしていたこと,②被害者がBら中国人女性に対してわいせつな言動をしているという話を聞いたこと,③職場でいじめを受けたこと,④日中間の歴史問題や尖閣諸島をめぐる問題が頭に浮かび,被害者の殺害を決意したなどと供述するところ,そうした出来事が胸中に去来していたことは事実と認められる。そして,こうした心理状態,とりわけ,被害者の同胞に対する侮蔑的な行為への怒りに,直前のDの行動に対する憤りや,異国で暮らす中で日ごろ感じていた不満等が合わさって,被害者の殺害を決意するに至ったとしても,不自然,不合理とはいえない。また,被害者の面前で「あなたを殺しに来ました。」と告げるなど,被告人の被害者への殺意が極めて強固であったことに加え,犯行の最中の興奮や被害者が助けを求めたことに対する怒りがうかがえることなども考慮すると,被害者を多数回包丁で突き刺し,その心臓をつかみ出すなどした行為も,不自然,不合理とはいえず,被告人の一連の行為は,いずれも弁護人の指摘するように薬の副作用によってしか説明できない異常な行動とは認められない。
なお,関係証拠によれば,バイアグラには,一般的には彩視症や思考異常という副作用があり得ることが認められ,また,被告人がバイアグラの服用直後に周りがピンク色や青色に見えるなどと発言していた事実は既に認定したとおりであるが,他方で,被告人の犯行及びその前後の行動に関する記憶が比較的明瞭に保たれていること,被告人が,C方から寮まで,特にふらつく様子を見せることなく自転車に乗って帰宅している上,犯行に使用する用具を準備し,犯行後は,これを処分するなど,合理的な行動を取っている事情が認められることにも照らすと,仮にバイアグラを服用することにより何らかの副作用が生じていたとしても,そのことが被告人の刑事責任を大きく減ずるような事情とは考えられない。
4 以上を踏まえれば,被告人の刑事責任は極めて重い。そうすると,被告人が,犯行を認め,謝罪の弁を述べていること,日本での前科前歴がないこと,故国に妻子がいること等被告人にとって酌むべき事情を最大限考慮しても,本件については,有期懲役刑を選択した上,被告人を懲役18年に処するのが相当である。
(求刑-懲役20年,弁護人の量刑意見-懲役12年)
(裁判長裁判官 足立勉 裁判官 安見章 裁判官 松原経正)