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松山地方裁判所 平成22年(わ)491号 判決 2011年4月28日

主文

被告人を懲役3年に処する。

未決勾留日数中60日をその刑に算入する。

この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成22年1月(以下,月日のみを記載する場合は同年を指す。)ころから,飲酒した際には職場の先輩である被害者の自宅に泊まるなど被害者と親しく付き合っていたところ,6月27日,被害者から,以前被害者が譲ったCDを被告人が粗末に扱ったとして激怒され,缶コーヒーを頭にかけられたり,被告人の同僚に被告人と口をきかないようにと面前で電話されたりしたことから,以後,被害者に対し,強い恐怖心を抱くようになった。

被告人は,7月ころ以降,被害者から,いわれのない金銭等の要求をされるようになり,正座させられた上で顔面を複数回殴打され,ライターのオイルを身体にかけられた上で火を近づけられるなどの暴行・脅迫を受け,被害者に対する恐怖心を一層募らせた。

被告人は,8月12日,上司であるAに被害者との件を相談したが,かえって消費者金融で借入れをして清算することを勧められた。被害者は,同日,被告人に対し,現金60万円の支払を要求し,Aと共に被告人を消費者金融の営業所3か所に連れて行き,限度額まで借り入れる契約をさせた。

被告人は,8月13日,上記各契約に係る現金110万円を借り受け,被害者に対して現金60万円を,機会に乗じて金銭を要求してきたAに40万円をそれぞれ支払った。また,同日,家電量販店において,被害者の要求により,パソコン1台を購入する契約をした。

被告人は,8月14日深夜,愛媛県四国中央市内の当時の被害者宅において,被害者から「女の子に何か買ってやらんといかんぞ。」などと言われ,このままでは,今後も多額の支出を被害者の意のままに続けなければならなくなるなどと考え,被害者を包丁で殺そうと思い始め,被害者宅の台所にあった包丁を脱衣所に隠した。

被告人は,被害者を殺すか否かを逡巡していたものの,被害者と二人きりになった際に,被害者との関係を断ち切るためには被害者を殺害するほかないと決意し,8月15日午前零時25分ころ,被害者の頸部を狙えば致命傷を与えることができると考えた上,被害者宅において,殺意をもって,上記包丁(刃体の長さ約17.4センチメートル。平成23年押第9号の1)で,被害者(当時35歳)の頸部等を数回突き刺すなどし,被害者に加療約1か月間を要する右第5指屈筋腱損傷,左頸部刺創等の傷害を負わせたものの,被害者を死亡させるに至らず,殺害の目的を遂げなかったものである。

(証拠の標目)省略

(法令の適用)省略

(量刑の理由)

被告人は,逡巡していたものの,現場の脱衣所に包丁を隠すなどして準備を行い,頸部を狙えば致命傷を与えることができると考えた上,実際に頸部を狙って包丁を突き刺すなどしており,確実な殺意が認められる。刺し傷があと数センチメートルずれていれば,総頸動脈等を傷付けて,被害者を死に至らしめた可能性が高く,非常に危険な行為であることも併せると,その行為態様は悪質なものといえる。

被害者は,幸いにも死亡するに至っていないものの,本件によって加療約1か月間を要する重傷を負ったばかりか,事件から約4か月を経た後も,顔面のしびれや,右手小指を十分に曲げることができないという症状が残っており,結果は重い。

一方,本件の経緯,動機についてみると,確かに,家族や友人に相談するなどして解決策を見付けるのではなく,殺害という極端な手段を選んだことは非難を免れない。しかし,先に述べたように,被害者は被告人に対して消費者金融で借金をさせてまでして現金を脅し取っており,このような極めて理不尽な仕打ちによって被告人が追い込まれていった心境も十分に理解できる(被害者は,恐喝罪により懲役1年6月,執行猶予3年の有罪判決を受けている。)。こうした事情は被告人のため十分に酌むべきであり,量刑を考える上で重要な要素である。

被害者自身も,被告人に対して寛大な処分をすることを希望している。

被告人は,当初から自らの罪を認め,当公判廷においても繰り返し反省の弁を述べている。再び過ちを犯さないための具体的方策に思い至っていないことから,心許なさはあるものの,家族,友人の助力も合わせれば,被告人の立ち直りが期待できる。

以上の事情を総合考慮すれば,未遂減軽の上,被告人を懲役3年に処し,その刑の執行を4年間猶予するのが相当である。

(検察官久冨木大輔及び同竹中ゆかり並びに国選弁護人岩本直樹〔主任〕及び同臼井満各出席。求刑―懲役5年)

(裁判長裁判官 足立勉 裁判官 伊藤隆裕 裁判官 寺戸憲司)

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