松山地方裁判所 平成22年(ワ)58号 判決 2012年3月21日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
村上勝也
被告
更生会社株式会社武富士管財人 Y
同訴訟代理人弁護士
森田豪
主文
1 原告が、更生会社株式会社武富士に対し、309万6912円の更生債権を有することを確定する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文第1項と同旨
第2事案の概要及び前提事実
1 事案の概要
本件は、原告が、更生会社株式会社武富士(以下「更生会社」という。)との間で行った金銭消費貸借取引に関し、利息制限法(平成18年法律第115号による改正前のもの。以下同じ。)所定の制限利率により再計算(以下「引き直し計算」という。)すると過払金を生じたところ、その後、更生会社が会社更生手続の開始決定を受けたことから、更生会社に対して309万6912円の更生債権を有するとして、被告に対し、上記更生債権の確定を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認定しうる事実等)
(1) 更生会社は、下記(2)記載の取引の当時、貸金業法第3条による登録を受けた貸金業者であった(争いのない事実)。
(2) 原告は、更生会社との間で、平成3年2月8日から平成21年10月3日までの間、別紙計算書中「借入金額」欄及び「弁済額」欄記載の、借入及び返済に係る金銭消費貸借取引を行った(争いのない事実、甲1。以下「本件取引」という。)。
(3) 原告は、平成21年10月18日、更生会社との間で、要旨下記内容の和解契約を締結した(争いのない事実、乙1。以下「本件和解契約」という。)。
ア 原告は、更生会社に対し、本件取引につき一切の支払義務のないことを確認する。
イ 原告、更生会社間には、本和解条項に定めるほか、何らの債権債務がないことを相互に確認する。
ウ 更生会社は、原告に対し、本和解成立後、契約証書を返還する。
(4) 原告は、平成22年1月29日、本件訴訟を提起した(顕著な事実)。
(5) 更生会社は、平成22年10月31日午前10時、東京地方裁判所において更生手続開始決定を受け、被告が更生管財人に選任された(顕著な事実)。
(6) 原告は、本件訴訟上の請求に係る過払金(平成22年10月30日時点での合計額309万9612円)につき更生債権の届出をしたところ、被告は、同届出の全額に対し異議を述べた(顕著な事実)。
第3争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件和解の有効性)
(1) 原告の主張
ア 本件和解の経緯
(ア) 原告は、平成21年10月3日に最後の返済をしたが、その頃被告に対する支払が困難になり、知人に相談したところ、取引履歴の開示請求をすれば、毎月の支払額が減るかもしれないと教えられた。
(イ) 原告は、更生会社に対し、取引履歴の開示を求めるとともに、支払が困難となった経緯や知人に相談したこと等を述べた。すると、更生会社の担当者は、「Xさんとは長い取引ですので、もうお金は払わなくて良いです。それでよいですか?」、「和解しましょう。」などと述べた。原告は、払わなくて良くなるなら支払が楽になると思ってこれを承諾し、後日送られてきた和解契約書2通に署名押印をして返送した。和解契約書のうち1通は、平成21年10月21日ころ、原告に送付されてきた。
(ウ) 原告は、平成21年11月16日、原告代理人に相談をして、初めて、更生会社に対して過払金が存在することを知った。
イ 前記アの経緯に照らせば、原告は、本件和解契約締結当時、本件取引による過払金の発生を認識していなかったことは明らかである。
(ア) したがって、本件和解契約は、単に、更生会社の原告に対する貸金請求権が存在しないことを認めるに過ぎず、原告の更生会社に対する過払金返還請求権が存在しないことを認めるものではない。
(イ) 仮に、本件和解契約の内容が、過払金返還請求権の清算を含むものであったとしても、頭書記載の認識があったとすれば、本件和解契約書に署名押印するなどあり得ないといえるから、要素の錯誤が存在し、同契約は無効である。
ウ 被告の主張(下記(2))に対する反論
原告は、誤解に基づき延々と制限超過利息を支払ってきた。したがって、利息制限法所定の制限利率に基づく引き直し計算の結果を示されたにもかかわらず本件和解契約を締結したというのであれば重過失と評価されてもやむを得ないが、単に取引履歴を開示されたとの事情のみでは重過失があったとまではいえない。また、上記事情に照らせば、重過失の主張は信義則に反する。
(2) 被告の主張
ア 本件和解の経緯
(ア) 原告の主張ア(ア)は不知。
(イ) 同(イ)のうち、原告から更生会社宛に取引履歴の開示依頼があったこと及び和解契約書の送付に関する事実は認め、その余は否認ないし争う。
更生会社の担当者は、過払金が生じている可能性もあることに言及しつつ意向を聞いたところ、原告は、債務がゼロになるのであれば弁護士には依頼せずに対応するとのことであった。その後、更生会社は、平成21年10月14日、原告に対し取引履歴を送付したところ、同月16日、原告からゼロ和解を希望する旨の申し出があったので、本件和解契約を締結したものである。
(ウ) 前記(1)原告の主張ア(ウ)は争う。
イ 本件和解契約の効力
(ア) 前記アのとおり、原告は、更生会社から取引履歴の送付を受け、過払金の有無を検討することが可能な状況で本件和解契約を締結したものである。したがって、本件和解契約に錯誤の規定の適用はないし(過払金返還請求権は本件和解契約の対象たる権利に当たる。)、同契約上清算条項も存在するから、原告は、過払金の返還を求めることはできない。
(イ) 錯誤の不存在又は重過失
前記アの事情からすれば、原告に仮に何らかの錯誤が存在したとしても、表示のない動機の錯誤にとどまるし、仮に要素の錯誤が存在するとしても、原告には、同錯誤に陥ったことにつき重大な過失がある。
2 争点2(悪意受益者)
(1) 原告の主張
本件取引に関しみなし弁済の適用はなく、また、更生会社がみなし弁済の適用があると認識し、かつ、そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情も存しない。
(2) 被告の主張
否認ないし争う。
第4争点に関する判断
1 争点1(本件和解の効力)
(1) 上記争点に関し、前記前提事実、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 原告は、更生会社との間で、平成3年2月8日から平成21年10月3日までの間、別紙計算書中「借入金額」欄及び「弁済額」欄記載の、借入及び返済に係る取引を行った(本件取引。前提事実(2))。
イ 原告は、平成21年10月3日、本件取引に係る最後の弁済を行ったが、そのころ、更生会社及び外数社からの借入があって、更生会社に対する弁済が困難となった(甲4)。
ウ 原告は、平成21年10月6日、更生会社宛に電話をかけ、取引履歴の開示を求めた。その際、電話に出た更生会社担当者から、開示を求めた経緯等に関して尋ねられる等のやりとりがあった後、同担当者から、債務を支払わなくても良い旨の和解のプランがあるが、希望はあるかとの旨問われ、原告は、収入が減り支払が難しくなったが、債務0の内容であれば自ら対応する旨述べた(甲4、乙2)。
エ 原告は、平成21年10月18日、更生会社との間で、要旨下記内容の和解契約を締結した(本件和解契約。前提事実(3))。
(ア) 原告は、更生会社に対し、本件取引につき一切の支払義務のないことを確認する。
(イ) 原告、更生会社間には、本和解条項に定めるほか、何らの債権債務がないことを相互に確認する。
(ウ) 更生会社は、原告に対し、本和解成立後、契約証書を返還する。
オ 本件取引に関して引き直し計算を行うと、本件取引の最終弁済時である平成21年10月3日時点において、294万4851円(うち元本283万1766円。ただし、同計算は、民法704条所定の利息の発生を前提とするものである。)の過払金を生じる(甲1、弁論の全趣旨)。
(2) 本件和解の効力について
ア 和解は、争いとなっている権利関係について、当事者が互譲することにより紛争を解決するものであるから、単に取引経過を利息制限法所定の制限利率で引き直した計算結果と和解内容が一致しなかったからといって、直ちに和解契約が無効となるものではない。しかし、利息制限法所定の制限利率を超える利息の支払は、みなし弁済が成立するような例外的な場合を除き、原則として法律上の原因を欠くのであるから、引き直し計算を行うと過払金が生じる場合に、和解契約においてこれを全て放棄することは、本来的に同法の趣旨に反するとともに、特に、引き直し計算による検討の過程を踏むことなく和解契約の締結に至った場合には、当事者の合理的意思にも反する結果を招来する。
以上の点からすれば、実際の取引経過につき引き直し計算をした結果と和解内容とが大きく乖離しており、借主がそのことを認識しておらず、そのことにつきやむを得ない事情がある場合には、法律行為の要素について動機の錯誤があり、かつ、そのことは表示されているというべきである(なお、和解契約が錯誤により無効である場合には、その有効性を前提として一体をなす清算条項も無効というべきである。)。
イ 上記を前提として本件和解契約につき検討すると、本件取引につき引き直し計算をした結果は前記(1)オのとおりであって、同結果と本件和解契約の内容には大きな乖離があるということができる。そして、証拠(乙2)の記載を前提としても、更生会社の担当者は、原告から取引履歴の開示の申し出があった際、過払金発生の可能性自体には言及しているものの、提示したプランは債権の一部償却、債務0等の内容のもので、原告も、債務0であれば自ら対応するとしてこれに応じているにとどまる。また、同日時点で取引履歴は送付されていない。そうすると、平成21年10月6日時点において、原告は、過払金の発生の可能性は認識し得たとはいえても、発生する金額が具体的にどの程度になるかの認識は欠いていた(またこれを認識する術もなかった)というほかはないから、上記の乖離についての認識を欠いていたというべきである。
ウ その後、更生会社は、平成21年10月14日に取引履歴を原告に送付し、同月16日に、更生会社の担当者は、債権債務なしにての和解になる旨の説明を受け、原告がこれに了承した上で本件和解契約の締結に至ったことが認められる(乙2)。しかし、上記日時に取引履歴が発送されたことを前提としても、書面の送付には2日程度の時間を要している(乙2によると、原告から更生会社に対する和解契約書の送付、返送についても、発送から到達までに2日程度を要していることが伺われる。)ことに照らすと、平成21年10月16日のやりとりの時点で原告が実際に引き直し計算をして前記乖離を認識していたとまではいえないし、同時点までに実際に引き直し計算をすることは困難というべきであるから、同認識を欠くことにつきやむを得ない事情があったというべきである(また、上記各事情によれば、原告が同認識を欠いたことにつき重大な過失があったとまで認めるには足りない)。また、本件和解契約書に原告が署名押印した日時は平成21年10月18日であるが、平成21年10月16日に上記の申し入れを既にしており、かつ、和解契約書の内容も同申し入れの内容に沿うものであることからすれば、和解契約書の送付及び返送は、上記のやりとりを前提とした確認行為として行われたものというべきである。したがって、上記やりとりの時点から和解契約書の返送時までに取引履歴に基づく認識を特段していなかったとしても、前記の認定を左右するものとはいえない。
(3) 以上によれば、本件和解は錯誤により無効というべきである。
2 争点2(悪意の受益者性)
貸金業者が制限超過部分を利息の債務の弁済として受領し、かつ、その受領につき貸金業法43条1項の適用が認められない場合には、当該貸金業者は、同項の適用があるとの認識を有しており、かつ、そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情がない限り悪意の受益者と推定されると解するのが相当である(最高裁判所平成19年7月13日判決民集61巻5号1980頁参照)。
本件において、原告が行った弁済につき貸金業法43条1項の適用があること及び上記特段の事情の存在を認めるに足りる証拠はない。
第5結論
以上の検討に基づき過払金の額を算定すると、別紙のとおりとなるから、これと同額の更生債権の確定を求める原告の請求には理由がある。
(裁判官 瀬戸茂峰)
【別紙】<省略>