大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松山地方裁判所 平成23年(わ)355号 判決 2012年2月09日

主文

被告人を懲役1年8月に処する。

未決勾留日数中60日をその刑に算入する。

理由

【罪となるべき事実】

被告人は,何らの処分権限もないにもかかわらず,平成23年8月4日ころ,愛媛県東温市a町b番地東方約110メートル先林道分岐点の北方約130メートル先の造成地及びその周辺において,事情を知ったAに対し,同造成地に駐車中のD所有の全油圧式パワーショベル1台(時価約50万円相当。以下「本件ユンボ」ということがある。)を売却,搬出するよう申し向け,Aに本件ユンボを売却,搬出して窃取することを決意させ,Aをして,同月12日ころ,東温市a町b番地東方約180メートル先造成地において,情を知らない中古車販売業者従業員Bらに本件ユンボを同所から搬出させるという方法により,本件ユンボを窃取させ,もって窃盗を教唆した。

【証拠の標目】

省略

【事実認定の補足説明】

第1公訴事実及び争点

1  本件公訴事実の要旨は,「被告人は,平成23年8月12日ころ,愛媛県東温市a町b番地東方約180メートル先造成地において,情を知らない中古車販売業者らをして,同所に駐車中のD所有の全油圧式パワーショベル1台(時価約50万円相当)を同所から運搬させて窃取した」というものである。

2  公判廷における検察官の主張及び立証活動によれば,検察官は,具体的には,被告人がDから被害品の処分権限を与えられていないにもかかわらず,その情を秘して,無権限での処分であると知らないAに被害品の売却方を依頼し,これを受けたAが専門業者である有限会社甲に被害品の買取り及び搬出を依頼し,その結果,無権限での処分であると知らない同社従業員Bらが現場から被害品を運び出したという事実を訴追対象としていることが明らかであり,弁護人も,これを前提として防御活動を展開しているところである。

そして,上記事実のうち,被告人がDから被害品の処分権限を与えられていなかったこと,Aが専門業者である甲社に被害品の搬出及び買取りを依頼し,その結果,無権限での処分であると知らない同社従業員Bらが現場から被害品を運び出したことは当事者間に争いがなく,問題となる要証事実は,結局のところ,①被告人がAに被害品の売却方を依頼した事実,及び,②被告人が権利者から処分権限を与えられていなかったことをAが知らなかった事実の2点である。

第2当裁判所の判断

1  証拠上動かし難い事実

以下の事実は当事者間に特段の争いなく,証拠上も明らかに認められる(Bは,利害関係なき第三者で,その供述内容に照らしても信用性が高く,両当事者ともこれを争うものではない。)。

(1) Dは,造園業を営んでいるところ,平成23年8月(以下,月日のみで示す日付はすべて同年のものである。)上旬当時,愛媛県東温市a町b番地東方の造成地で,本件ユンボを使用して造成作業を行っていた。Dは,本件ユンボの始動鍵をつけたままにしていた。

(2) Aは,8月4日ころ,中古車販売業を営む甲社に本件ユンボの売却を申し込んだ。同社従業員Bは,8月6日,1人で現地を訪れ,Aから電話で指示を受けながら林道を進み,途中の分岐地点を左に進んだ地点で本件ユンボを見付けた。Bは,その写真を撮影し,帰社して同社社長Cに提示した。同社長は,Aと交渉し,32万円で買い取ることで合意した。

(3) Dは,8月12日午後5時ころ,東温市a町b番地東方約180mの造成地に本件ユンボを置いて帰宅した。

(4) Bは,C社長の指示により,同日午後5時30分ないし午後6時ころ,運送業者を帯同して現地を訪れた。その際,本件ユンボは8月6日の位置とは異なり,分岐地点を右に進んだ造成地上(上記(3)の位置)にあった。Bは,運送業者をして本件ユンボを大型トラックで搬出させた。

(5) Bは,同日午後7時ころ,Aの事務所を訪れ,本件ユンボの代金32万円を支払った。

(6) Bは,上記代金支払に至るまで,本件ユンボの所有者がAであるか,それ以外の第三者であるかについて確認をしておらず,代金支払後に,Aが仲介した取引であることを聞かされた。

(7) 被告人がDから本件ユンボの処分を許されたことは一度もない。

2  処分依頼の存否について

(1) Aは,当公判廷において,処分依頼につき,要旨,以下のとおり供述している。

Aは,8月1日,被告人から,昔一緒に仕事をした「社長」のユンボが2台あり,もう要らないから売却処分してくれと言われた。Aは,8月4日午前6時ころ,被告人運転車両に乗車して現地へ向かった。被告人は,その道中,「社長」はフィリピン人と結婚して沖縄かどこかにおり,もう使わないからユンボを処分して欲しいと説明した。現地に着くと,自動車を降りて林道を歩き,分岐地点の右の道を被告人のみが進んで探し,次いで2人で左の道を進んで探すと,本件ユンボが見付かった。Aは,本件ユンボの価値を査定するのに用いるため,携帯電話機付属のカメラで製造番号等を撮影しようとしたが,鮮明に撮影することができず,筆記具もなかったので,被告人と半分ずつ記憶し,自動車に戻って製造番号等を筆記した。Aは,その後すぐに甲社に電話をかけ,製造番号等を伝え,買取りを依頼した。

(2) 以上のとおり,Aは,明確に被告人から本件ユンボの処分依頼があった旨供述している。

Aは,少なくとも客観的には窃盗の実行行為を行っており,自らが罪責を問われ得る立場にあるもので,自らの罪責を免れるという虚偽供述の動機はある。しかし,Aは,被告人と10年来の知人であり,また,被告人が元暴力団組長であることを熟知しており,これをある程度恐れていると認められるほか,被告人を庇うかのような供述もしているのであるから,少なくとも,被告人に無実の罪を着せるような虚偽供述をするまでの強い動機は認められない。

Aは,その経緯はともかく,32万円の売却代金のうち10万円を被告人に支払っていることが証拠上明らかであるところ,仮に処分依頼がなく,Aが勝手な判断で売却したとすれば,10万円もの金銭を被告人に支払うとは考え難い。Aが被告人を共犯者として巻き込むため,あるいは紹介料的な位置付けで現金を支払ったということもあり得ないではないが,もし被告人が処分依頼をしていないのであれば,被告人は意外な結果に驚くはずであるし,懲役刑の執行猶予中という立場上,与り知らない犯行に巻き込まれることを恐れるのが通常である。それにもかかわらず,被告人は,何らその処分をとがめることもなく,現金10万円を受け取り,領収証まで作っているのであるから,この点は,処分依頼があったという供述の信用性を高めるものである。

Aは,8月4日に現地を訪れて本件ユンボを見付け,製造番号等を被告人と共に半分ずつ記憶し,車に戻って筆記したと述べているところ,この点は被告人も同様の供述をしており,少なくとも当該事実があったことは認められる。このような行動は,その後の取引行為を準備するものであることは誰の目にも明らかであるが,被告人は,その行動に何ら疑問を呈していない。この事実は,被告人による本件ユンボの処分依頼があったという供述の信用性を高めるものである。

以上によれば,Aが処分依頼の存在につき述べる点は,信用できるといえる。なお,Aの供述には,不自然な点もいくつか見受けられるが,これらは,処分依頼という客観的事実に係る供述の信用性ではなく,Aの非知情性という主観面に係る供述の信用性に影響を与える要素と解されるので,後に検討する。

(3) 被告人の供述について

被告人は,Aに本件ユンボの売却方を依頼したことはなく,ただ,本件ユンボの前でAと共にいるときに,「社長が日本におらんのだったら,これもおそらく使わんのだろうな。」と誰に言うともなく独り言を述べただけであるなどと供述する。

しかし,被告人の供述は,全体として不自然なものである上,被告人が売却代金中10万円を受領し,領収証まで作っていることと整合しないこと,現場でAが番号を控えていた趣旨が分からなかったと述べる点が明らかに不自然であること,捜査段階の「Aと2人で暗にユンボを持って帰るというような話をした」との供述から不合理に変遷していることなどから,まったく信用することができない。

(4) 以上によれば,被告人が,Aに対し,何ら権限を有しないにもかかわらず,本件ユンボの処分を依頼した事実が認められる。

3  Aの非知情性について

Aは,上記処分依頼当時,被告人が本件ユンボの処分権限を有していないという事情を知らなかったという趣旨の供述をしているが,信用できない。その理由は,以下のとおりである。

Aは,本件ユンボのエンジンをかけることができなかった旨供述する。しかし,前記1のとおり,Dは,現に造成地で造成作業を行っており,本件ユンボには始動鍵がついたままであった。また,Bが8月6日に現地を訪れた際,本件ユンボは始動することができた。さらに,8月12日には,当初位置と異なる位置に本件ユンボが置かれていた。Aは,中古車販売業を営む者であり,本件ユンボを通常始動するのに必要な技術を持ち合わせていないとも思われない。そうすると,本件ユンボを始動することができなかったというAの供述は極めて不自然であり,知っていることを隠そうとする意図に出たものと疑われる。

Aは,被告人に対して,本件ユンボが25万円(32万円から運賃相当額とAが考えた7万円を控除した額)で売れたが,被告人の取り分は10万円でよいかと提示し,それで被告人が了承したので10万円を支払った旨供述している。その差額は,仲介手数料の性質を有する金銭と認められる。しかし,売却代金の6割もの仲介手数料というのは,一般の取引通念に照らし明らかに高額に過ぎる。また,このような手数料が珍しくないという証拠もない。そして,Aは,被告人が暴力団の元組長であることを熟知しており,被告人をある程度恐れていたと考えられ,しかも,本件ユンボが被告人の所有物でないことも知っていた。そうすると,Aが被告人に処分権限なきことを知らなかったとすれば,元暴力団組長が他人から処分依頼を受けた物の売却を仲介しながら,売却代金の6割もの高額な仲介手数料を抜こうとし,現実に抜いたということになるが,このような行動が不合理であることは明らかである。

Aは,被告人が言う「社長」の人定確認もせず,被告人の言を信用して処分権限あるものと考えたと供述している。しかし,Aは,その理由について,何ら合理性ある説明をしていない。それどころか,証拠によれば,被告人は,Dの金銭を着服することがたびたびあったこと,平成21年3月ころ,Dが所有する山林に廃棄物を不法投棄していたことがあったことなどが認められるところ,Aは,被告人と10年ほど前から知り合いであり,暴力団組員であることも熟知していたというのであるから,被告人のこのような不行跡についても,相当程度覚知していたと考えられ,被告人が容易に信用できない人物であることも認識していたはずである。そうすると,Aが被告人に処分権限あるものと考えた理由は,全く不明であるというほかない。

検察官は,Aが被告人に「ユンボ代」として領収証を作成させたことが知情性と矛盾すると主張するが,領収証はAが保管するものであるし,Aとしては被告人からの依頼があったからこそ売却した(すなわち,Aの純然たる単独犯行ではない)との証拠を残さんがために領収証を作成させたとも考えられるから,この点は,Aの知情性と矛盾するものとはいえない。

以上によれば,Aが,上記処分依頼当時,被告人が本件ユンボの処分権限を有していないという事情を知らなかった旨供述する点は,信用できないというほかない。

そして,他にこの点を認めるに足る証拠はなく,被告人が権利者から処分権限を与えられていなかったことをAが知らなかった事実については証明がないから,Aが当初から当該事実を知っていたものとして被告人の罪責を判断するほかない。

4  罪責の検討

(1) 以上を前提にすると,Aは自ら規範の障害に直面しているというべきであるから,もはや被告人が「情を知らない」Aを道具として使用したと評価することはできない。また,Aは被告人のことをある程度恐れていたことがうかがわれるが,これを超えて,被告人がAの行為を支配していたと認めるべき根拠はなく,かえって,Aは本件ユンボの売却代金の過半を手にしているのであるから,Aが幇助犯にとどまるということはなく,被告人をもって故意ある幇助的道具を使った間接正犯に問うこともできない。他に被告人のAに対する処分依頼行為が窃盗の間接正犯(単独犯)としての実行行為に該当するというべき事情も見当たらないから,被告人の行為が窃盗の間接正犯に当たるという検察官の主張は,採用できない。

なお,検察官は,弁論再開後の補充論告において,Aが被告人の面前で甲社に処分依頼の電話をかけているのを阻止しなかった点を捉えて,窃盗(間接正犯)の実行行為に当たると主張している。これは,いわゆる不真正不作為犯の成立を主張するものと解される。しかし,不真正不作為犯の場合は,作為義務の発生原因たる事実や結果防止可能性の存在が問題となり,被告人に防御を尽くさせるべく,これらを訴因に明示する必要があるというべきところ,検察官は,公判廷における当裁判所の指摘にもかかわらず訴因変更をしなかったから,検察官の上記主張の当否を論ずるまでもなく,不真正不作為犯の成立を認めることはできない。

(2) Aが被告人に処分権限なきことを知りながら,甲社に対して本件ユンボを売却し,情を知らない同社従業員らにその搬出を依頼した行為は,窃盗(間接正犯)の実行行為に該当するから,Aは,窃盗の正犯に当たるというべきである。

この点,被告人がAに正犯意思があったことを認識していれば,黙示の共謀(共同実行の意思)を認定することができ,窃盗の共謀共同正犯に当たるというべきであるが,被告人がAの正犯意思を認識していない場合は(すなわち,間接正犯の故意であった場合は),被告人は,Aに本件ユンボの売却方を依頼し,その結果,Aが本件ユンボを売却するという窃盗の実行行為に及んでいるのであるし,間接正犯の故意はその実質において教唆犯の故意を包含すると評価すべきであるから,刑法38条2項の趣旨により,犯情の軽い窃盗教唆の限度で犯罪が成立すると認められる。

しかしながら,被告人がAの正犯意思を認識していたか否かを確定することは取調べ済みの全証拠をもってしても不可能であるから,結局,犯情の軽い窃盗教唆の限度で犯罪の成立を認めるべきである。そして,判示窃盗教唆の事実は,間接正犯形態の訴因に明示された事実の一部が認定できない場合であるから,その実質において,間接正犯の訴因の縮小認定形態と解され,これを認定するためには訴因変更を要しないというべきである。

【法令の適用】

省略

【量刑の理由】

被告人は,かつて一緒に仕事をしたことのある被害者が所有する本件ユンボの所在を知っていたことを奇貨として,手軽に現金を得るために犯行に及んだと認められ,その経緯,動機に酌量の余地はない。被告人は,知人であるAを犯行に巻き込み,被害品の売却を実行させているが,このように他人を利用するという手口は悪質性が高い。被害品は,約50万円の価値を有する建設機械であり,現実に専門業者に売却されてしまったことからしても,被害結果及び犯行の影響は大きい。認定罪名は,Aの非知情性が認められないので窃盗教唆にとどまるが,犯行を持ちかけたのは被告人であり,売却益の一部も受け取っている以上,被告人の責任は,正犯と同様に重いというべきである。被告人は,平成21年3月に住居侵入・窃盗の罪により執行猶予付き有罪判決を受け,その猶予期間中であったにもかかわらず本件犯行に及んだものであるほか,この点を含め前科6犯を有することからは,その規範意識が著しく鈍麻していることがうかがわれる。そして,被告人は,犯行を不合理に否認しており,反省の情は全くうかがわれない。

以上によれば,被告人の刑事責任は重く,被害品が被害者の下に回復されていることを考慮し,執行猶予取消しにより相当期間服役することになることを併せ考えても,主文の刑が相当である。

(求刑 懲役2年)

(裁判官 伊藤隆裕)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例