松山地方裁判所 平成24年(わ)330号 判決 2013年7月04日
主文
被告人を懲役16年に処する。
未決勾留日数中240日をその刑に算入する。
理由
【罪となるべき事実】
第1被告人は,平成24年1月21日頃,愛媛県東温市内の被告人方において,殺意をもって,交際中の被害者(当時37歳)の頸部をひも様のもので絞め付け,よって,その頃,同所において,同女を窒息により死亡させて殺害した。
第2被告人は,同月22日頃,前記被告人方から,被害者の死体を運び出し,同死体を自動車に積み込んで同県喜多郡内の路上まで運搬した上,同所において,同死体を同所脇のX川南側のり面に投棄し,もって死体を遺棄した。
【証拠の標目】(略)
【事実認定の補足説明】
被告人は,被害者の嘱託を受けて同女を殺害したと供述し,弁護人もこれに沿う主張をするので,判示第1のとおり殺人罪が成立すると認定した理由を説明する。
1 被害者は,殺害の前日である平成24年1月20日,勤務先の花屋で自分の後任店長となる同僚に対し,仕事の引継ぎをごく一部したのみで,「また来週。」と言いながら笑顔で職場を後にしており,今後も生き続けることを前提とした言動をしていた。なお,被害者は,同月中旬ころ,上司から意に沿わない転勤を打診され,不満や憤りの感情を抱いたことがあったが,最終的に別の店への転勤を受け入れ,転勤先の店長に電話して自分が働く時間帯を相談するなどして準備を進めていたのであり,転勤問題が自ら死を選ぶほどの深刻な悩みであったとは認められない。
また,被害者は,同月18日頃,実父に宛てて手紙を出しているが,原動機付自転車の自賠責保険の更新手続を依頼するとともに,絵文字を使用して「出世したら,いつかハワイへ…」と将来の夢などを語る内容であり,文面上は死の予感を全く感じさせないものである。
さらに,被害者は,殺害当日である同月21日午後4時過ぎ,買物の後にATMで現金2万円を引き出しているが,これは,今後も生活を続けていくことを前提とした行動とみるのが自然である。
以上に加え,家族や子供に対しても別れを告げるような言動をしていないことも併せると,被害者は,殺害直前まで,死ぬことを考えていなかったと認めるほかはない。
2 この点,被告人は,同月21日の朝に「もう死のうかな。」と口にしたところ,被害者が「じゃあ私も。」などと言って応じたので2人で死ぬことに決めた,夜になって被害者の首にコードを巻いた状態で話をしていたところ,被害者が「A君は生きて。」「私を殺して,私を隠して。」と言ったので,その言葉に従って,被害者を絞殺した上で,遺体を遺棄したなどと供述する。しかし,被害者と一緒に死ぬ前提が突然変わったのに,さほど躊躇することなく,被害者の殺害を実行したという被告人の話は,それ自体不自然である。そもそも,被害者には,殺害直前まで自ら死を選ぶほどの悩みがなかったことは既に認定したとおりである上,被告人に他の交際女性がいることを知っており,その女性の面前で自分は身を引くつもりはないと明言までしていた被害者が,自分だけが死んで被告人には生きてほしいと告げる,などということは,およそ考えがたい。
なお,被告人は,被害者を殺害後,被害者の遺体のほか,その食器や衣類などを乱雑に投棄し,別の交際女性であるBに対しては被害者と別れた旨告げて,本件の翌月には被告人方に招くなど親密な交際を続けていた。また,被告人は,本件犯行の前後を通じて,自己の携帯電話に大量のわいせつ画像をダウンロードし保存していた。被告人のこのような行動は,被害者と一緒に死ぬつもりだったとする話と相容れないものといえる。
被害者殺害に至る経緯に関する被告人の前記供述は,到底信用することができない。
3 弁護人は,被害者からの殺害依頼がなければ,本件は起こり得なかったと主張する。
しかし,被告人は,被害者と並行してBとも交際していたのであり,2人の女性が平成23年6月に被告人方で鉢合わせした翌日には,Bに対し,「例えば,俺があいつを殺して何年か入っても待てる?」などというメールを送っている。本件に近い平成24年1月初旬には,被害者の車が被告人方に駐車しているのをBに見られ,被害者が勝手に来ていると説明するメールもBに送っている。こうした事情に照らすと,被告人には,被害者及びBとの関係を巡り,被害者殺害の動機に結び付き得る事情があったと考えられる。
【法令の適用】
被告人の判示第1の所為は刑法199条に,判示第2の所為は同法190条にそれぞれ該当するが,判示第1の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役16年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中240日をその刑に算入することとし,訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
【量刑の理由】
被告人は,被害者を確実な殺意をもって絞殺した後,翌日,ブルーシートとロープを購入してその遺体を包んだ上,自宅から遠く離れた山中に車で運んで遺棄している。さらに,被告人は,被害者の遺品も河川敷などにごみのように乱雑に捨てており,殺人の証拠を隠滅するために遺体等を遺棄したと認めるほかない。その結果,被害者の遺体は約半年後に川の下流で腐乱した状態で発見されており,被害者は命を奪われただけでなく,死後もその尊厳を著しく踏みにじられている。被害者は,夫がありながら被告人と交際していたとはいえ,殺されなければならないような落ち度は全くなく,証拠上,犯行に至る経緯に関し,被告人のために酌むべき事情は見当たらない。そうすると,本件は殺人の事案のうちでも比較的重い部類に属するというべきである。
それにもかかわらず,被告人は,被害者を殺し死体を遺棄する間も長時間にわたって携帯電話にわいせつ画像を繰り返し保存しており,その態度からは,自らの犯した罪の重さにさいなまれている様子は窺えない。被告人は,捜査,公判を通じて,被害者のことを思って殺害したかのような不合理な弁解に終始しており,その無反省ぶりは目に余る。
以上によれば,被告人にこれまで前科がないことを踏まえても,被告人に対しては相当に長期の刑をもって臨むほかなく,懲役16年に処するのが相当である。
(検察官の求刑―懲役20年)
(検察官加藤良一及び同小川紀子並びに国選弁護人和田資篤(主任)及び同大野圭介各出席)
(裁判長裁判官 足立勉 裁判官 小林健留 裁判官 河村豪俊)