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松山地方裁判所 平成25年(行ウ)13号 判決 2014年6月04日

原告

被告

同代表者法務大臣

谷垣禎一

処分行政庁

厚生労働大臣 田村憲久

被告国指定代理人

(略)

被告

愛媛県

同代表者兼処分行政庁

愛媛県知事 中村時広

被告愛媛県指定代理人

(略)

被告

松山市

同代表者市長

野志克仁

処分行政庁

松山市福祉事務所長 乙

被告松山市指定代理人

(略)

主文

1  本件訴えのうち,松山市福祉事務所長が平成24年7月6日付けで原告に対してした生活保護法27条による指導指示の取消しを求める部分を却下する。

2  原告のその余の訴えに係る請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

1  厚生労働大臣が平成25年10月18日付けで原告に対してした裁決,愛媛県知事が平成24年9月27日付けで原告に対してした裁決及び松山市福祉事務所長が同年7月6日付けで原告に対してした生活保護法27条による指導指示をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,生活保護受給中の原告が,①松山市福祉事務所長が生活保護法27条に基づいて原告に対してした,福祉事務所からの呼出し等があった場合には速やかに連絡を行うように求める内容の指導指示が違法であると主張して,被告松山市に対し,同指導指示の取消しを求めるとともに,②被告愛媛県に対し,同指導指示の取消しを求めてした審査請求を却下した愛媛県知事の裁決の取消しを,③被告国に対し,同裁決の取消しを求めてした再審査請求を却下した厚生労働大臣の裁決の取消しをそれぞれ求める事案である。

2  前提事実(以下の各事実のうち当事者に争いがない事実のほかは,当裁判所に顕著であるか,後掲証拠により認められる。)

⑴  原告は,松山市福祉事務所長(以下「福祉事務所長」という。)から,平成23年3月4日付けで生活保護法に基づく保護を開始するとの決定を受けた(甲11,乙C4)。

⑵  原告は,平成24年4月2日,松山市福祉事務所(以下「福祉事務所」という。)を訪れ,担当職員である丙(以下「丙」という。)に対し,転居した旨を伝えた(乙C1の1)。

⑶  丙は,原告の生活実態を把握するため,同月25日,同年5月8日,同月21日及び同月31日の各日に原告方を訪問したが,原告が不在であったため,市役所に連絡するよう記載した「不在連絡票」を郵便受けに投函するとともに,同月18日,原告の母親に電話を掛け,市役所に連絡するよう原告に伝えてほしいと述べて,福祉事務所への連絡を依頼した(乙C1の1,乙C2)。

⑷  丙は,同年6月4日,福祉事務所を訪れた原告を面接した後,原告方を訪問し,原告の転居の事実を確認した(乙C1の2)。これを受けて,福祉事務所長は,同年7月6日付けで,原告に対して,住宅扶助費の遡及支給を決定するとともに,「福祉事務所の呼び出し等に速やかに連絡を行うよう指示します。」などと記載された「生活保護法第27条による指導(指示)について」と題する書面(以下「本件指導指示書面」という。)を作成した(甲5,乙C1の2,3,乙C3)。

⑸  丙は,同年8月1日,福祉事務所を訪れた原告に対し,福祉事務所長名義の本件指導指示書面を交付するとともに,福祉事務所からの呼出しがあった場合には速やかに連絡するよう口頭で伝えた(甲5,乙C1の3。以下,福祉事務所長が本件指導指示書面によって行った指導指示を「本件指導指示」という。)。

⑹  原告は,本件指導指示を不服として,同月11日,愛媛県知事に対し,本件指導指示の取消しを求める審査請求(以下「本件審査請求」という。)をしたが,愛媛県知事は,同年9月27日,本件審査請求を却下するとの裁決(以下「本件審査請求却下裁決」という。)をした(甲4,7)。そこで,原告は,同年10月3日,厚生労働大臣に対して,本件審査請求却下裁決の取消しを求める再審査請求(以下「本件再審査請求」という。)をしたが,厚生労働大臣は,平成25年10月18日,本件再審査請求を却下するとの裁決(以下「本件再審査請求却下裁決」という。)をした(甲2,3)。

原告は,同年12月5日,当裁判所に本件訴えを提起した。

3  争点及び当事者の主張

⑴  本件指導指示の処分性

(原告の主張)

生活保護法27条に基づく指導指示を受けた者は,同法62条1項によってその指導指示に従う義務を負わされ,これに従わない場合には同条3項によって保護の廃止などの不利益を受け得るのであるから,同法27条に基づくものとしてされた本件指導指示には処分性が認められる。

(被告らの主張)

本件指導指示は,原告に速やかな連絡を促すものにすぎず,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定する性質のものではないから,処分性を有しない。

⑵  本件指導指示の違法性

(原告の主張)

原告には福祉事務所の呼出しに応じる義務はなく,また,必要がある場合には,原告は福祉事務所に連絡を取っているのであるから,原告からの連絡がなかったなどとしてされた本件指導指示は,虚偽の事実に基づいて一方的に原告の名誉等の権利を毀損するものであり,違法である。

(被告松山市の主張)

本件指導指示は,福祉事務所が原告の転居の事実を確認すべく連絡を求めたにもかかわらず,原告の対応が不十分であったことが原因で適正な生活保護行政の執行に支障が生じたことを踏まえ,今後同様の事態を生じさせないよう原告に指導するため,必要最小限度の範囲で行った適正なものである。

⑶  本件審査請求却下裁決の違法性

(原告の主張)

本件審査請求却下裁決は,本件指導指示の違法性を明らかにしないまま,原告に反論書の提出や口頭での意見陳述の機会を与えずに,形式的な判断によって本件審査請求を退けたものであり,違法である。

(被告愛媛県の主張)

本件指導指示は処分性がなく,不服申立ての対象とならないものであるから,本件審査請求は不適法であり,これを補正することもできない以上,反論書の提出を求めることなく,これを却下したことに違法はない。また,口頭での意見陳述の機会を与えなかった点については,そもそも原告からその旨の申立てがなかったのであるから,違法ではない。

⑷  本件再審査請求却下裁決の違法性

(原告の主張)

本件再審査請求却下裁決は,本件指導指示の違法性を明らかにしないまま,原告に反論書の提出や口頭での意見陳述の機会を与えずに,形式的な判断によって本件再審査請求を退けたものであり,違法である。

(被告国の主張)

本件再審査請求却下裁決において,本件指導指示に処分性がないと判断したことは適法である。そして,本件再審査請求の審理に当たっては,本件指導指示の処分性に係る審理のみを行ったにすぎず,再審査請求人に口頭で意見を陳述する機会を与えるべき実質審理を行うまでもなかったから,原告に対し,口頭で意見を陳述する機会を与えなかった点に違法はない。また,原告に反論書提出の機会を与えなかった点については,そもそも再審査請求の審理に当たって,反論書の提出について規定する行政不服審査法23条は準用されないから,違法ではない。

第3当裁判所の判断

1  争点⑴(本件指導指示の処分性)について

取消訴訟及び行政不服審査の対象となるべき処分とは,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう。生活保護法27条1項に基づく指導指示を受けた者は,これに従わなければならず(同法62条1項),これに違反したときは保護の変更,停止又は廃止をすることができる(同条3項)とされてはいるが,同法27条1項に基づく指導指示には多様なものが想定されるのであって,一般的・抽象的な注意にとどまるものについては,それに「違反したとき」に該当するかどうかが不明確であるため,同法62条3項に基づく保護の廃止等の措置が予定されているとはいい難いのであるから,これが直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定するものであるか否かは,その内容等に即して個別に検討されるべきである。本件指導指示書面(甲5)は,原告の転居が確認された後,住宅扶助費の遡及支給決定と同日付けで作成され,後日,原告に交付されたものであることに加え,その記載も「福祉事務所の呼び出し等に速やかに連絡を行うよう指示します。」というものにとどまり,連絡すべき具体的な期限も定められていないことなどに照らすと,本件指導指示は,原告に対し,福祉事務所からの呼出し等がある場合には速やかに連絡を取るよう,将来に向けた一般的・抽象的な注意を行ったものにすぎず,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定するものとはいえない。したがって,本件指導指示に処分性は認められない。

そして,本件指導指示に処分性が認められない以上,原告の訴えのうち本件指導指示の取消しを求める部分は不適法であって,その余の点について判断するまでもなく却下を免れない。

2  争点⑶(本件審査請求却下裁決の違法性)について

本件審査請求却下裁決は,本件指導指示が審査請求の対象となる「処分」に該当しないことを理由に,本件審査請求を却下するものである(甲4)ところ,本件指導指示に処分性が認められないことは前記1のとおりであって,これと同旨の判断をした点に違法はない。

加えて,本件審査請求が不適法であって,補正の余地がない以上,愛媛県知事としては却下裁決をするほかないから,本件審査請求の審理に当たって原告に反論書提出の機会を与えなかった点に違法はない。また,口頭での意見陳述は,審査請求人等の申立てがあった場合に認めれば足りるところ,原告からかかる申立てがされたとは認められないことからすると,口頭での意見陳述の機会を与えなかった点にも違法はない。

したがって,本件審査請求却下裁決が違法である旨の原告の主張は,理由がない。

3  争点⑷(本件再審査請求却下裁決の違法性)について

本件再審査請求却下裁決は,本件指導指示が審査請求の対象となる「処分」に該当しないと判断している(甲2)ところ,本件指導指示に処分性が認められないことは前記1のとおりであって,これと同旨の判断をした点に違法はない。

加えて,本件再審査請求の審理に当たって原告に反論書を提出する機会を与えなかった点についても,再審査請求に関しては,反論書の提出について規定する行政不服審査法23条が準用されておらず,その機会を与えることが法律上要求されていないことからすると,違法はない。また,本件指導指示に処分性が認められない以上,厚生労働大臣としては,本件再審査請求を認容する余地はないから,原告に対し,口頭で意見を陳述する機会を与えなかった点にも違法はない。

したがって,本件再審査請求却下裁決が違法である旨の原告の主張は,理由がない。

4  結語

以上のとおりであるから,原告の訴えのうち,本件指導指示の取消しを求める部分は不適法であるから却下し,その余の訴えに係る請求はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森實将人 裁判官 岡本陽平 裁判官 河村豪俊)

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