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松山地方裁判所 平成26年(ワ)518号 判決 2016年2月10日

原告

同訴訟代理人弁護士

本杉明義

同訴訟復代理人弁護士

佐伯理華

鏡味靖弘

被告

株式会社Y銀行

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

田所邦彦

重松大輔

川路雄介

同訴訟復代理人弁護士

岡本真也

主文

1  被告は、原告に対し、516万4429円及びうち516万4215円に対する平成28年2月25日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は各自の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は、原告に対し、517万6215円及びこれに対する平成26年11月12日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、原告が、銀行である被告に対し、預金の払戻を求めたところ、被告が、①原告は預金者であるとはいえない、②被告は取引停止措置をとっており、払戻義務を負わないと主張して、これを争った事案である。

1  前提事実

(1)  預金口座(争いがない)

平成25年6月24日、被告のa支店に、普通預金取引及び定期預金取引を利用できる「B」名義のインターネット専用口座(口座番号<省略>)(以下「本件口座」という。)が開設された。

(2)  本件口座の残高等(争いがない)

本件口座における取引状況は、別紙1「出入金明細表」及び別紙2「定期預金明細表」のとおりであり、普通預金の残高は4215円、定期預金の残高は516万円である(以下、本件口座の普通預金及び定期預金を順に「本件普通預金」「本件定期預金」という。)。

(3)  取引停止に関する定め(甲1の1、弁論の全趣旨)

ア 本件口座の預金者と被告との間の法律関係について定めた『「a支店」ご利用規定』(以下「本件利用規定」という。)は、その16条3項において、(1)項から(12)項までの12の事由を列挙し、これらの事由が一つでも生じた場合、被告は、預金者と被告との間の全ての取引を直ちに停止または解約することができると定めている。そのうち(2)項、(7)項及び(12)項は、次のとおりである。

(ア) (2)項:「住所・連絡先変更の届出変更を怠る等、お客様の責に帰すべき事由により当行にお客様の所在が不明となったとき」

(イ) (7)項:「預金口座等が公序良俗に反する行為に利用され、またはその恐れがあると認められるとき」

(ウ) (12)項:「前各項のほか、当行が停止または解約を必要とする相当な事由が生じたとき」

イ 犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律(以下、単に「法」という。)3条1項は、「金融機関は、当該金融機関の預金口座等について、捜査機関等から当該預金口座等の不正な利用に関する情報の提供があることその他の事情を勘案して犯罪利用預金口座等である疑いがあると認めるときは、当該預金口座等に係る取引の停止等の措置を適切に講ずるものとする。」と定めている。

(4)  本件口座の取引停止措置(乙11、15、弁論の全趣旨)

被告は、平成26年3月14日、本件利用規定16条3項及び法3条1項に基づき、本件口座における取引を停止した(以下「本件取引停止措置」という。)。

2  原告の主張

(1)  本件口座の預金者は原告である。

本件口座の名義は「B」であるが、これは、原告が、B名義の不実の運転免許証を用いて開設したためであり、本件口座を開設したのは原告である。実際、実在するBは本件口座に一切関与しておらず、何らの権利主張もしていない。また、原告は、本件口座開設後、本件口座のキャッシュカードを所持し、会員番号や暗証番号を用いて別紙1「出入金明細表」及び別紙2「定期預金明細表」の入出金等をしてきた。しかも、本件口座の預金の主な原資は、原告がアルバイト(翻訳や風俗店での性サービス)で得た収入である。これらの事実に照らせば、本件口座の預金者が原告であることは明らかである。

(2)  原告は、被告に対し、遅くとも本件訴状の送達日までには、本件口座を解約し、本件普通預金及び本件定期預金を払い戻すよう求めた。

(3)  本件定期預金には、本件訴状の送達日までに、少なくとも1万2000円の利息が発生している。

(4)  よって、原告は、被告に対し、預金契約に基づく払戻請求として、前提事実(2)の本件普通預金及び本件定期預金の預金残高合計516万4215円に上記(3)の利息1万2000円を加えた517万6215円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成26年11月12日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  被告の主張

(1)  原告は、本件口座の預金者であるとはいえない。

本件口座開設にB名義の不実の運転免許証が利用されたことは認めるが、本件口座がインターネット専用口座であるという性質上、原告以外の他の者がB名義の不実の運転免許証を利用して本件口座を開設した可能性は否定できない。また、本件口座には、概ね4か月の間に500万円を超える入金がされているが、若年女性にすぎない原告にこれほどの収入があったとは考え難い。さらに、原告は、本人名義(「X」名義)の預金口座を既に有していたのであり、あえて、他人名義にて、別の預金口座を開設する必要があったとは考えられない。したがって、原告が本件口座の預金者であるとはいえない。

(2)  仮に、本件口座の預金者が原告であったとしても、本件口座には、次のとおり、本件利用規定16条3項及び法3条1項が定める取引停止事由があった。また、原告からは、本件取引停止措置を継続する必要性が解消されたこと、具体的には、本件口座が犯罪性のある口座ではないことについての十分な立証がない。したがって、本件取引停止措置は有効で、その効力は現在も維持されており、被告は、本件口座につき、払戻義務を負うものではない。

ア 被告は、平成25年11月22日付けで、警視庁b警察署(以下「b警察署」という。)から、本件口座についての捜査関係事項照会を受けた。

イ 平成26年2月、本件定期預金の満期到来につき、書面を出し、電話をしたが、連絡はとれず、本件口座の開設者は所在不明となっていた。

ウ 平成26年3月13日、「B」名で「ログイン暗証(番号)を忘れた」旨の電子メールがあったが、その直後である同月14日、本件口座から42万円が振替出金された。ログイン番号を忘れたと言いながら、預金の移動があったことに不審を抱いた被告担当者は、b警察署に連絡をした。そして、b警察署担当者の話から、「C」なる人物がB名義の不実の運転免許証を取得したこと、同人が有罪判決を受けて中華人民共和国に強制送還されたことなどを知った。

エ 上記アないしウの事実によれば、本件口座に、本件利用規定16条3項の(2)項、(7)項及び(12)項並びに法3条1項が定める取引停止事由があることは明らかであった。そこで、被告は、本件利用規定16条3項の(2)項、(7)項及び(12)項並びに法3条1項が定める取引停止事由があるものと判断し、本件取引停止措置をとった。

(3)  本件取引停止措置により、払戻等は停止されており、平成26年3月14日以降の利息は発生しない。同日までに生じた利息(税引後利息)は、別紙「2014/3/14解約利息計算」のとおり214円である。

4  原告の反論

前記2(1)のとおり、本件口座は、原告がアルバイトで得た収入を預託していた口座である。また、本件口座については、現在に至るも、捜査機関や「被害者」から、「犯罪」を疑わせる事実について、何らの申出もされていない。したがって、本件口座が犯罪性のある口座でないことは明らかである。よって、本件取引停止措置は、取引停止事由が存しないにもかかわらずなされたものであり、無効である。少なくとも、犯罪性のある口座でないことが、本件訴訟において明らかにされたのであるから、本件取引停止措置はその継続の必要性が失われているといえる。

第3当裁判所の判断

1  前記前提事実、証拠(甲3、4の3、4の12、21の1ないし21の11、22の1ないし22の6、23の1ないし23の3、24の1ないし24の3、25の1及び25の2、27、乙1ないし4、8、9、15)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認めれらる。

(1)  来日の経緯及び来日後の生活状況等

ア 原告(1990年○月○日生)は、中華人民共和国c省d市の出身で、平成22年9月、交換留学生として来日した。e大学に半年程通ったが、結婚、退学、離婚を経て、平成24年の初めころから、翻訳のアルバイトのほか、性風俗店(デリバリーヘルス)で働くようになった(甲3、27)。

イ 原告は複数の性風俗店に掛け持ちで勤務した。原告の性風俗店勤務による収入は、平成24年12月から平成25年10月までの11か月間で合計866万0800円(月平均78万7345円)であった(甲21の1ないし21の11、22の1ないし22の6、23の1ないし23の3、24の1ないし24の3、25の1及び25の2、27)。

(2)  B名義の不実の運転免許証の取得等

ア 原告は、平成24年12月終わり頃、在留期間が平成25年3月24日で満了することから、在留期間経過後も日本人になりすまして日本で暮らすための公的身分証として、日本人の運転免許証を取得したいと考えた(甲3、4の12)。

イ そこで、原告は、知人からB名義の住民票と保険証を入手し、平成25年1月16日、運転免許試験場にて、偽造した運転免許申請書を使い、B名義の不実の運転免許証を取得した(甲3、4の3)。

ウ 原告は、平成25年11月頃、オーバーステイと不実の運転免許証取得等に関して身柄拘束された。約100日間の勾留の後、平成26年2月26日、執行猶予付きの有罪判決を受け、中華人民共和国に強制送還された(甲3、弁論の全趣旨)。

(3)  本件口座の開設及び利用等

ア 原告は、来日後、複数の預金口座を有し、自身のアルバイト収入等を管理していたが、平成25年6月頃、利率の良い定期預金に預け入れたいと考えた。しかし、既に不法滞在となっており、身分証明となるものは上記(2)のB名義の運転免許証しかなかったことから、同人名義で口座を開設し、定期預金への預け入れをすることとした(甲27、弁論の全趣旨)。

イ そこで、原告は、平成25年6月18日頃、被告に対し、被告のウェブサイト上で必要事項を入力した口座開設申込書を印刷した上、これにB名義の署名押印をし、上記(2)により取得したB名義の運転免許証の写し等の本人確認資料を添えて、郵送にて本件口座の開設を申し込んだ(乙1、15)。

ウ 上記イの開設申込を受けた被告は、不審な点はないと判断し、同月24日、本件口座を開設し、上記口座開設申込書に記載された住所地宛てに、本件口座のキャッシュカードとログイン情報を送付した(乙1、15)。

エ 原告は、上記ウにより送付された本件口座のキャッシュカードとログイン情報を受け取り、以後、これらを用いて別紙1「出入金明細表」及び別紙2「定期預金明細表」のとおりの入出金等をした。これらの原資は、主として上記(1)のとおりのアルバイト収入であった(甲27、弁論の全趣旨)。

(4)  本件取引停止措置の経緯等

ア 被告は、平成25年11月22日付けで、b警察署から、本件口座についての捜査関係事項照会を受けた(乙3、15)。このころ、原告は、前記(2)ウのとおり、オーバーステイと不実の運転免許証取得等に関して身柄拘束をされていた。

イ 被告は、平成26年2月7日、本件口座の住所地宛てに、本件定期預金の満期案内の書類を郵送した。しかし、「宛て所に尋ねなし」との理由で返戻された。また、同月13日、本件口座の電話番号宛てに電話をしたが、「お客様の都合により現在使用できない。」との案内となり、通じなかった。このころ、原告は、身柄拘束中であり、事情を知らない被告から見ると、本件口座の開設者は所在不明の状態となっていた(乙2、15)。

ウ 有罪判決を受けた原告は、中華人民共和国に強制送還された(前記(2)ウ)後、預金を返してもらいたいとの思いから、平成26年3月13日及び同月14日の2回にわたり、被告に対し、「B」名で「ログイン暗証(番号)を忘れた」旨の電子メールを送信した。しかし、ログイン番号を思い出した原告は、同月14日午前9時前、本件口座から42万円を出金した(甲27、乙4、8、9、15、弁論の全趣旨)。

エ 被告は、上記ウの電子メールを受け、それまでの捜査関係事項照会の事実(上記ア)や所在不明の事実(上記イ)をも併せ考え、突然の電子メールを不審に思い、b警察署に連絡をした。そして、b警察署担当者の話から、「C」なる人物がB名義の不実の運転免許証を取得したこと、本件口座開設に同運転免許証が使われた可能性があること、同人が有罪判決を受けて中華人民共和国に強制送還されたことなどを聞かされた。そのころ、上記ウの42万円の出金がされた。そこで、被告は、所在不明の事実、b警察署から聞いた事実に加え、ログイン番号を忘れたといいながら42万円の出金がされた事実を踏まえ、本件口座に、本件利用規定16条3項の(2)項、(7)項及び(12)項並びに法3条1項が定める取引停止事由があると判断し、本件取引停止措置をとった(乙15、弁論の全趣旨)。

2  本件口座の預金者について

(1)  前記認定のとおり、本件口座は、原告が、自らが不正取得したB名義の運転免許証を用いて開設した口座である(前記1(3)アイ)。そして、原告は、被告から郵送された本件口座のキャッシュカード及びログイン情報を受け取り、これらを用いて別紙1「出入金明細表」及び別紙2「定期預金明細表」の入出金等をした(前記1(3)ウエ)。また、これらの原資は、性風俗店勤務によるアルバイト収入であった(前記1(3)エ)。これらの事実に加え、実在するBはもとより、原告以外の何人からも本件口座につき権利主張する者が現れていないこと(弁論の全趣旨)、本件口座については、開設後、毎月1回は出入金が存したが、原告の身柄拘束中には出入金が無かったこと(別紙1「出入金明細表」のとおり。)を考慮すれば、本件口座の預金者は原告であると認めるのが相当である。

(2)  この点に関し、被告は、本件口座がインターネット専用口座であることから、原告以外の他の者がB名義の不実の運転免許証を利用して本件口座を開設した可能性は否定できないと主張する。しかし、原告の陳述書(甲27)に加え、甲4の9添付の運転免許証交付手数料納入書中のB名義の署名の筆跡と、乙1の口座開設申込書のB名義の署名の筆跡が良く似ていることに照らせば、前記1(3)アイのとおり、本件口座を開設したのは原告であると認められる。

また、被告は、若年女性にすぎない原告に本件口座への入金額に相当する収入があったとは考え難いと主張するが、前記1(1)イのとおり、原告は、2年弱の間、性風俗店で働いており、性風俗店勤務によるアルバイト収入が月額80万円弱あった。したがって、本件口座への入金額と原告の収入とが不釣り合いであるということはできない。

さらに、被告は、原告が本人名義(「X」名義)の預金口座を既に有していたことからすれば、あえて、他人名義にて、別の預金口座を開設する必要があったとは考えられないと主張する。しかし、前記1(3)アのとおり、原告は、利率の良い定期預金への預け入れを考えたが、既に不法滞在となっており、身分証明となるものがB名義の運転免許証しかなかったことから、同人名義で口座を開設したのであり、原告には、他人名義で口座開設を行う必要性があったものと認められる。

以上のとおり、被告が指摘する諸事情を勘案しても、上記(1)の認定は左右されない。

3  本件取引停止措置の効力等について

(1)  本件口座については、平成25年11月の段階で捜査機関から捜査関係事項照会があり、平成26年2月には、開設者が所在不明となっていた(前記1(4)アイ)。このような状況下で、被告は、ログイン番号を忘れたとの電子メールを受け取る傍ら、42万円が出金された事実を知り、かつ、捜査機関から、「X」なる人物がB名義の不実の運転免許証を取得したこと、本件口座開設に同運転免許証が使われた可能性があること、同人が有罪判決を受けて中華人民共和国に強制送還されたことなどを聞かされたのである(前記1(4)ウエ)。本件口座開設に不実の運転免許証が使用されており、何人かが名義人であるBを語って本件口座を開設したとの事実は、本件口座が犯罪性のある口座であることをうかがわせる事実である。したがって、被告が、平成26年3月14日の時点で、本件口座につき、「公序良俗に反する行為に利用され・・・恐れがあ」り(本件利用規定16条3項(7)項)、「停止・・・を必要とする相当な事由が生じた」(同(12)項)と認め、また、「捜査機関等から当該預金口座等の不正な利用に関する情報の提供があることその他の事情を勘案して犯罪利用預金口座等である疑いがある」(法3条1項)と認め、本件取引停止措置をとったことは、公益的要請及び預金者保護を趣旨とする上記各規定の運用として、相当であったと認められる。

よって、本件取引停止措置の効力として、本件普通預金及び本件定期預金の払戻は停止され、平成26年3月14日以降の利息は発生しない。同日までに生じた利息(税引後利息)は、別紙「2014/3/14解約利息計算」のとおり214円である(弁論の全趣旨)。

(2)  もっとも、本件訴訟における原告の主張・立証により、前記1のとおり、本件口座の預金者が原告であり、本件口座への入金原資が原告のアルバイト収入であることが明らかにされた。また、本件口座については、本件取引停止措置後1年半以上が経過するも、捜査機関や「被害者」から、「犯罪」を疑わせる事実について、何らの申出もされていない(弁論の全趣旨)。これらの事実によれば、不正取得した他人名義の運転免許証が本件口座の開設に利用されたことを考慮しても、本件口座が犯罪性のある口座でなかったことは、本件訴訟において立証されたものといえる。したがって、本件取引停止措置を継続する必要性は解消されたものと認められる。

よって、被告は、原告に対し、本件普通預金残高4215円及び本件定期預金残高516万円(前提事実(2))に、上記(1)の利息214円を付加した金員を払い戻さなければならない。そして、本判決により払戻義務の存在が明らかにされたにもかかわらず、相当期間内に払戻義務を履行しない場合には、履行遅滞の責を負うというべきであるから、被告は、本判決の言渡日である平成28年2月10日から2週間が経過した後の日である平成28年2月25日以降、遅延損害金の支払義務を負う。

4  以上の次第で、原告の本訴請求は、預金契約に基づく払戻請求として、元金合計516万4215円及び利息214円並びに元金合計516万4215円に対する平成28年2月25日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法61条、64条本文を適用し、仮執行宣言は相当でないので付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 西村欣也)

(別紙1)出入金明細表<省略>

(別紙2)定期預金明細表<省略>

(別紙3)2014/3/14解約利息計算<省略>

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