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松山地方裁判所 平成29年(わ)312号 判決 2017年12月20日

主文

被告人を懲役1年6月に処する。

この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,造血幹細胞提供関係事業等を行う一般社団法人オの理事として同協会の業務全般を実質的に管理しているものであるが,

第1【平成29年9月15日付け起訴状の公訴事実】

A,B及びCと共謀の上,大阪市ab丁目c番d号所在の診療所であるアにおいて再生医療法に規定する第一種再生医療等に該当する他人間の臍帯血移植を実施するに当たり,前記アの管理者であるAにおいて,第一種再生医療等提供計画を厚生労働大臣に提出することなく,別表記載のとおり,平成28年2月13日から平成29年4月14日までの間,3回にわたり,前記アにおいて,Dほか1名に対し,別表記載の各目的で,分離調製済みの冷凍保存された他人の臍帯血を,解凍の上,投与し,もって第一種再生医療等提供計画を提出せずに第一種再生医療等を提供した

第2【平成29年10月5日付け起訴状の公訴事実】

臍帯血の保管等を業とする株式会社イの代表取締役及び臍帯血販売等を業とする株式会社ウの代表取締役であるCが平成28年11月15日及び同月16日,愛媛県警察本部カ課司法警察員警部補Dにより臍帯血664個の差押えを受け,同日,同人からそのうち649個の仮還付を受けて保管を命ぜられ,これらを保管中,Cと共謀の上,

1  平成29年3月26日,前記保管を命ぜられていた臍帯血のうち,前記イ又は前記ウ所有に係る臍帯血1個(検体番号q番)を,Cにおいて,ほしいままに,茨城県ef番地g前記イ兼前記ウ事務所から同市hi丁目j番地キ株式会社エ駅まで持ち出し,同所において,一般社団法人ア代表理事のBに譲り渡し,

2  同年4月13日,前記保管を命ぜられていた臍帯血のうち,前記イ又は前記ウ所有に係る臍帯血1個(検体番号r番)を,Cにおいて,ほしいままに,前記イ兼前記ウから前記エ駅まで持ち出し,同所において,前記ア代表理事のBに譲り渡し,

もって横領した

ものである。

(証拠の標目)

省略

(法令の適用)

罰条

判示第1の行為     包括して刑法65条1項,60条,再生医療法60条1号,4条1項〔同種行為を反復継続する意思をもって事前の提出義務に違反し,各提供行為に及んでおり,包括一罪になると解する。〕

判示第2の行為     包括して刑法65条1項,60条,252条1項

刑種の選択     判示第1の罪について,懲役刑を選択

併合罪の処理     刑法45条前段,47条本文,10条(重い判示第2の罪の刑に47条ただし書の制限内で法定の加重)

刑の執行猶予     刑法25条1項

(量刑の理由)

1  本件は,判示の協会を設立するなどして他の医療機関に対する臍帯血の卸売業等を営んでいた被告人が,①判示の診療所の管理者であるAのほか,B,Cと共謀の上,Aにおいて,第一種再生医療等提供計画を提出することなく,各患者に対し,それぞれ大腸がんの治療,尋常性乾癬の治療の目的で,細胞の分離,冷凍等の操作を加えた他人の臍帯血を解凍した上,静脈注射するという方法で臍帯血移植を行った再生医療法違反(判示第1),②Cと共謀の上,Cの会社が所有し,捜査機関により差押えを受け,仮還付を受けて保管を命じられていた臍帯血を,Cにおいて,判示第1の診療所の代表理事であるBに譲り渡した横領(判示第2)の事案であり,臍帯血移植に関する一連の事件である。

2(1) まず,再生医療法違反の犯行(判示第1)についてみると,再生医療法は,実施される再生医療等に想定されるリスクの程度等に応じた安全確保のための仕組みを設けており,臨床応用がほとんどなく,未知の領域が多く残された第一種再生医療等については,細胞の腫瘍化や予測不能かつ重篤な有害事象を発生させ,人の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあることに鑑み,同法4条1項において,これを提供しようとする病院又は診療所の管理者に対し,厚生労働省令で定めるところにより,その提供計画の提出を義務付けている。被告人らが再生医療法施行以前から実施してきた臍帯血移植は,移植に用いる造血幹細胞の適切な提供の推進に関する法律施行規則1条所定の27疾病(悪性リンパ腫,急性白血病等の疾病)以外の疾病に対する治療を目的として,免疫抑制等の処置をすることなく,細胞の分離,冷凍等の操作を加えただけの他人の臍帯血を静脈注射によって患者に投与する方法(以下「本件臍帯血移植」という。)によるものであり,このような方法は,安全性,有効性が確立された医療技術ではなく,投与された細胞の性質が体内で変わり得る未知のリスクが含まれるものであって,移植に用いる造血幹細胞の適切な提供の推進に関する法律2条2項所定の有効性,安全性が確立された造血幹細胞移植には該当せず,また,本来の細胞と異なる構造・機能を発揮することを目的として細胞を使用するものであり,再生医療法2条4項所定の「細胞加工物」を用いた医療技術であると解されることなどから,同法4条1項の適用対象となる第一種再生医療等に該当するものであった。

被告人らは,平成27年11月に再生医療法の罰則適用の対象となり,平成28年1月には,厚生労働省から,本件臍帯血移植が再生医療法の対象となるため直ちに治療の提供を中止し,法に基づく手続を行うよう行政指導がされたにもかかわらず,その後も平成29年4月までの間,医師であるAにおいて,被告人から提供された臍帯血(被告人が臍帯血の販売業等を営むCから仕入れたもの)を用いて本件犯行に及び,それぞれ多額の利益を得ていたのであり,本件犯行は,再生医療等提供計画の提出を義務付けることにより当該治療の安全性確保を図るという同法の趣旨を没却する悪質な犯行であったいうべきである。加えて,本件臍帯血移植は,前記のとおり,安全性や有効性が科学的に証明されておらず,仮に,第一種再生医療等提供計画を提出しても,そのまま受理されることはないというものであり,人命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあったのであるから,唯一医業を行うことができる医師によってこのような行為が行われたことは,再生医療そのものに対する国民の信頼を著しく失墜させるものであり,その社会的影響も看過することができない。

(2) 被告人は,自らが経営する京都にある臍帯血専門のクリニックに対して厚生労働省から前記の行政指導があり,本件臍帯血移植が違法であることを明確に認識していたのに,取引先のクリニックの経営者等に対し,再生医療法の適用対象外であるなどと誤った説明を行うなどしながら,利欲目的で臍帯血の卸販売を継続しており,本件犯行に限っても,合計約320万円もの利益を得ている。

このような観点からすると,被告人自身は,第一種再生医療等提供計画の提出義務を課されている管理者(医師)ではなく,個々の案件で臍帯血移植を実施するかどうかの判断はAに委ねられている点を前提としても,本件犯行においてかなり重要な役割を果たしており,当該違反(法定刑が1年以下の懲役等)の中でも犯情は比較的悪いというべきである。

3  加えて,横領の犯行(判示第2)についてみると,被告人は,Bが仲介していた,Cが営む臍帯血関連事業の第三者への譲渡によって,被告人自身も多額の仲介料を得ようと考え,Bが経営する診療所のために臍帯血の販売継続を求めるBの便宜を図る目的で,Cを再三説得して犯行を決意させているのであり,その利欲的な動機に酌むべき点はなく,しかも,犯行の発覚を免れるため,押収されている臍帯血全体の個数が変わらないよう別の臍帯血を入れ替えて保管する偽装工作をCに助言するなどしているのであるから,被告人自身が当該臍帯血の保管義務を課せられた立場にないことを前提としても,犯情が軽いとはいえない。

4  以上のとおり,被告人については,再生医療法違反の犯行がある上に,より法定刑の重い横領の犯行もあり,これらの犯情を考慮すると,その刑事責任はそれなりに重いというべきである。

5  もっとも,被告人にこれまで服役前科がないこと,犯罪事実を認めて反省の態度を示し,自らが経営する前記臍帯血専門のクリニックを既に閉鎖するなどして,今後は臍帯血移植等に関わらない旨約していることなどの事情を考慮すると,懲役1年6月の刑を科してその刑事責任を明確にした上,今回に限っては刑の執行を猶予し,社会内において自力更生の機会を与えるのが相当であると判断した。

(求刑―懲役1年6月)

(別表省略)

松山地方裁判所刑事部

(裁判長裁判官 末弘陽一 裁判官 馬場義博 裁判官 丸林裕矢)

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