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松山地方裁判所 平成5年(ワ)156号 判決 1996年8月28日

原告

浅井忠

浅井文代

右両名訴訟代理人弁護士

石塚徹

浅井淳郎

被告

右代表者法務大臣

長尾立子

右指定代理人

鈴木正紀

外一〇名

被告

松森國彦

橘真由美

右両名訴訟代理人弁護士

宇都宮嘉忠

右訴訟復代理人弁護士

田口光伸

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告らに対し、各自、金四七八二万六八六三円及びこれに対する平成四年三月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  仮執行免脱宣言(予備的)

第二  事案の概要

本件は、国立愛媛大学の学生団体である合気道部(以下「愛大合気道部」という。)の練習中に発生した同部員浅井都希(以下「都希」という。)の死亡事故(以下「本件事故」という。)について、都希の相続人である両親の原告らから、同部の主将であった被告橘真由美(以下、「被告橘」という。)及び同部の顧問教官であった被告松森國彦(以下、「被告松森」という。)に対し、民法七〇九条に基づき、被告国に対し、国家賠償法一条一項ないし民法七一五条一項に基づき、それぞれ連帯責任があるとして損害賠償請求がなされた事案である。

一  争いのない事実

1  原告らは、都希の両親であり、都希は、本件事故当時、愛大合気道部の部員であった。

2  被告国は、愛媛大学(以下「愛大」という。)を設置しているもの、被告松森は、本件事故当時、同大学の助教授であり、愛大合気道部の顧問教官であったもの、被告橘は、本件事故当時、愛大合気道部の主将をしていたものである。

3  都希は、平成四年三月一〇日、愛大構内において実施された愛大合気道部の春合宿に参加していたところ、同日午前一一時三〇分ころ、組み手練習の最中に、その相手であった分離前共同被告江島慶太(以下「江島」という。)から入り身投げを掛けられた直後、意識朦朧の状態に陥り、その後、救急車で病院に搬入され、急性硬膜下血腫の診断の下に治療が行われたが、意識を回復することなく、同月一九日死亡した。

4  なお、本件事故から約一年前である平成三年三月五日、愛大合気道部において、春合宿中に、同部員服部久幸が、上級生の部員を相手に組み手練習をしていたところ、頭部を数回畳で打ち、急性硬膜下血腫の傷害を負って入院するという事故(以下「服部の事故」という。)が発生している。

二  争点

1  被告らの責任原因について

(原告らの主張)

(一) 本件事故の発生原因等について

本件事故は、江島が都希との練習中に、故意または重大な過失により、都希の頭部を床畳に打ちつけたため発生したことは明らかである。すなわち、本件事故当時、江島は合気道二段の実力者で、都希は四級の実力しかなく、右実力差からして、江島において、都希の頭部を床畳に打たせない配慮は十分可能であり、逆に、何の配慮もなく都希を投げ飛ばせば、同人が正しく受け身をとれず、頭部を床畳に打ちつけることは十分予測できたというべきである。しかも、本件事故直前には、都希は疲労困憊した状態となっており、江島において、都希の右状態を認識していたのであるから、尚更のことである。そして、都希が江島との練習中に頭部を床畳に強く打ちつけたため本件事故が発生したことは、都希の死因が急性硬膜下血腫であることや、事故後作成された愛大学生課長の文部省に対する報告書等からも明らかである。なお、愛大合気道部では、服部の事故など本件事故前に下級生が練習中に頭を打たされる事故が頻発しており、江島は、これらの事故を知悉して、組み手の相手が頭部を打つことの危険を十分承知していながら、本件事故を発生させている。さらには、江島は、他の部員の証言等によると、本件事故前から、組み手の相手の頭部を故意に床畳に打ちつける稽古をしていたものであり、本件事故後に作成された愛大合気道部指導者心得には、頭を打ちつけることを禁止するなどの記載があることからすれば、江島の右危険な練習態度は愛大合気道部の危険な体質であったというべきである。そして、仮に、江島が故意に都希の頭部を床畳に打ちつけたのではないとしても、同人との練習で頭部を打撲した者は数え切れない程おり(阪本証言)、都希との前記実力差を考慮すると、都希が頭部を床畳に打ちつけないような配慮を全くしていないことには、重大な過失があったというべきであって、かかる危険な練習態度が本件事故を発生させたというべきである。

(二) 被告橘の責任原因について

被告橘は、本件事故当時、愛大合気道部の主将であり、本件事故の約一年前に服部の事故を経験するなどして、合気道の練習には高度の危険性が伴うことを知悉していたのであるから、愛大合気道部に対してその危険性、とりわけ頭を打たせることの危険性について周知徹底し、未然に本件のような事故の発生を防止すべき注意義務があったところ、漫然と従前の練習方法を引き継いだだけで、右注意義務を怠った。本件事故は、愛大合気道部の主将であった被告橘の右注意義務違反(過失)に基き発生したというべきであり、同被告には、本件事故について民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。

(三) 被告松森の責任原因について

愛大合気道部においては、本件事故以前から、実力に差のある者同士が組み手練習を行い、上級者が下級者に対して頭部を床畳に打ちつけるように投げ技を掛ける稽古を当然視するような危険な体質があり、右のような危険な練習方法が伝統的、恒常的に行われてきていた。被告松森は、本件事故当時、愛大合気道部の顧問教官であったばかりか、合気道四段の実力を持つ合気道の専門家として松山合気道錬成会という道場を主宰し、これに愛大合気道部の部員らを参加させるなど、同部に対して大きな影響力を行使できる立場にあった者であり、愛大合気道部の右危険な体質や練習方法を知り、少なくとも容易に知り得る立場にあった。したがって、被告松森は、愛大合気道部の顧問教官として、同部の右危険な体質や練習方法を改めさせるべく指導、監督する義務があり、かつ、そのことが十分可能であったにもかかわらず、右義務を怠ったものであり、その結果、本件事故が発生したというべきであるから、同被告には、本件事故について民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。

(四) 被告国の責任原因について

(1) 国立大学における国の安全配慮義務

国立大学は、入学許可という国の行政処分により発生した法律関係が教育及び研究の目的達成のための管理権を伴うものである以上、信義則により、被管理者である学生の生命、身体についての安全配慮義務を負うものと解すべきである。本件においても、愛大は、教育目的のため、積極的に学生の課外活動を位置づけ、体育系学生団体の一つとして愛大合気道部を承認し、大学の施設、設備を提供したうえ、顧問教官を置いているのであるから、右の安全配慮義務を負っていたものである。この点について、大学生は高校生以下の生徒とは違って自主性が重んじられることから、学校側の安全配慮義務が軽減されるとする見解があるが、最近の社会情勢にあっては、大学生の自主性を過大に評価することはできず、むしろ、学生の自主性を口実に大学当局の安全配慮義務を否定することは許されないというべきである。

(2) 本件事故における国(愛大)の具体的安全配慮義務違反

本件事故は、愛大合気道部の活動の一環としての春季合宿中に発生しているところ、前述のとおり、愛大合気道部では、約一年前の服部の事故など練習中に部員が頭部を打つという事故が多発しており、本件事故以前から、頭部を床畳に打ちつけるように投げ技を掛ける稽古を当然視するような危険な体質があって、課外活動の目的を逸脱した違法な暴力行為と評価できる危険な練習方法が伝統的、恒常的に行われてきていたものである。そして、愛大当局は、服部の事故の報告を受けるなどして、愛大合気道部において頭部を打ちつける危険な稽古が恒常的に行われていることを承知していたのであるから、部員である学生の生命、身体の危険を未然に防止するため、同部の承認を取消し又は承認期間の更新を認めないなどして学内施設の使用を禁止するとか、学生を懲罰処分に付する旨警告するなどの具体的措置を講じるべきであった。ところが、愛大当局においては、愛大合気道部に対して、右の具体的措置を何ら講じておらず、また、顧問教官である被告松森においても、前記のとおり、同部の右危険な練習方法を改善すべき指導、監督義務があり、それが十分可能であったのに右義務を怠った。本件事故は、愛大当局の右具体的安全配慮義務違反ないし顧問教官である被告松森の注意義務違反(過失)に基づき発生したというべきであり、したがって、国は、国家賠償法一条一項ないし民法七一五条一項に基づく損害賠償責任がある。

(被告らの主張)

(一) 本件事故の発生原因等について

本件事故において、江島が都希との練習中に同人の頭部を床畳に打たせたことはなく、仮に、都希が江島との練習中に頭部を打ったとしても、偶発的なものであって、江島に過失はない。すなわち、都希は、本件事故発生当時、愛大合気道部で約一年間練習をして、間もなく三級の資格を取得するまでの実力を有していたものであり、合気道の各技に対する受け身を十分修得していたものである。そして、本件事故の際、江島は、都希と初めて練習相手となったため、同人の受け身の様子や技のかけ方に注意を払いながら稽古をしており、途中で同人に疲れた様子が見られたため、一、二回休憩をとっている。江島は、本件事故の際、都希の頭部を床畳に打ちつけたことはなく、同人が頭部を床畳に打ちつけた様子にも気付いていない。格闘技である合気道においては、熟練者であっても、投げ手と受け手との微妙なタイミングのずれによって、希には頭部を打つ事故が発生することもあり得るところであって、仮に、江島が都希に入り身投げの技をかけた際に、都希が頭部を床畳に打ちつけたとしても、右タイミングのずれによって生じた偶発的事故であり、予見不能な不可抗力の事故である。なお、原告らは、江島は本件事故前から練習相手の頭部を故意に床畳に打ちつける稽古をしていたもので、同人の右練習態度は愛大合気道部の危険な体質となっていた旨主張するが、そのような事実はない。確かに、愛大合気道部の機関紙に江島が右のような稽古をしていたかのよな記載がみられるが、興味本位に誇張して記載されたものであり、本件事故後に頭部を打ちつけないよう記載した指導者心得を作成したのも、本件のような不慮の事故が再発しないよう注意を喚起し合ったものにすぎない。

(二) 被告橘の責任原因について

被告橘の愛大合気道部の主将としての役割は、主に対外的に同部を代表し、稽古時に技の指示、演武、号令等を行って練習の進行管理をすることであり、組み手練習中における下級者に対する安全配慮はその相手である上級者が負っていた。被告橘は、本件事故の発生した春合宿において、事前の準備運動など無理のない合宿メニューをこなしていたものであり、主将としての注意義務違反はない。本件事故は、前記のとおり、偶発的に発生したもので、予見可能性もなく、被告橘には、本件事故に関して過失はない。原告らは、被告橘が愛大合気道部員に対し頭部を打たせる練習の危険性について周知徹底すべき注意義務があった旨主張するが、一般的に合気道の練習が高度に危険なものであるとはいえず、愛大合気道部において、特に危険な練習が行われていたとの事実はないから、原告らの主張はその前提を欠くというべきである。

(三) 被告松森の責任原因について

愛大合気道部において、原告らが指摘するように、頭部を床畳に打ちつけることを当然視するような危険な練習が伝統的、恒常的に行われていたことはなく、原告らの主張はその前提を欠くというべきである。そもそも、愛大合気道部は、大学の学生を主体とする課外活動団体であり、その設立や運営は学生部員の自主性に委ねられており、被告松森の顧問教官としての地位は、名目的、象徴的なものであって、学生に対する助言者ないし大学との連絡調整役にすぎない。したがって、被告松森は、愛大合気道部の練習など個々の活動について指導、監督義務を負うものではなく、本件事故の発生について過失はない。

(四) 被告国の責任原因について

(1) 大学における学生の課外活動は、学生が自主的に行うべきものであり、課外活動の目的から逸脱した行為によって危険を生じるおそれがある場合や管理施設の安全対策上の不備により危険が予測される場合を別として、通常の課外活動において、大学当局は、常に学生に対する安全配慮義務を負うものではない。つまり、大学側の学生に対する安全配慮義務の内容、程度は、高等学校以下の普通教育機関とは質的な差があるのみならず、課外活動における安全確保や事故発生防止は、学生らの自主的判断と責任において行われることが期待されているというべきであり、大学側は、具体的な活動面においては、課外活動が一般的に事故の発生につながる危険を伴うものであるとしても、およそ事故発生の防止を図る義務はないというべきである。

(2) 本件においては、前記のとおり、原告らが主張するように愛大合気道部において頭部を打ちつけるような危険な練習が伝統的、恒常的に行われていた事実はなく、課外活動本来の目的を逸脱した違法行為があった場合には当たらないから、愛大当局として、危険防止のための具体的措置を講じるべき義務はなかった。なお、愛大当局では、課外活動の安全性や事故防止については、学生団体を集めての説明会、サークルリーダー研修会、広報等によって注意を喚起しており、不幸にして事故が発生した場合には、事故発生状況、原因等を報告させて、再発防止策を提示させている。本件事故前の服部の事故についても、当時の主将及び顧問教官から、学生部長が詳細な報告を受け、その後、事故防止のため受け身の徹底等の練習方法についての検討がなされているとの報告を受けていたものであり、大学側としては、事故再発防止のための方策が十分とられているものと判断していたものである。また、原告らは、顧問教官である被告松森の過失を前提に被告国の使用者責任を主張するが、前記のとおり、顧問教官の地位等からして、本件事故について被告松森には過失はないから、同被告の過失責任を前提とする原告らの主張は失当である。

2  損害

(原告らの主張)

(一) 治療費 二七万二一九〇円

(二) 葬儀費用 一三〇万円

(三) 逸失利益

六五四八万一五三七円

都希は、本件事故当時一九歳の大学生であるから、平成二年度賃金センサス大学卒男子労働者・全年齢の平均年収額六一二万一二〇〇円を基礎に、生活費控除を五〇パーセントとして、新ホフマン係数(四八年の新ホフマン係数24.126と三年の同係数2.731の差である21.395)により逸失利益を算定した。

(四) 慰藉料 二〇〇〇万円

(五) 弁護士費用 八六〇万円

(六) 原告らの相続

原告らは、右各損害の合計額九五六五万三七二七円を、法定相続分(各二分の一)に従い、それぞれ四七八二万六八六三万円ずつ相続した。

(被告らの主張)

損害額については、いずれも争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  争点1(被告らの責任原因)に対する判断

一  本件事故に至る経過及び発生原因について

1  前記争いのない事実に加え、証拠(甲一、二、一二、一六、乙一、二、四、五、七、丙一ないし五、六の1ないし3、七の1ないし5、八の1ないし5、九の1ないし6、一〇の1ないし6、一二、証人黒瀬知明、原告浅井忠、分離前被告江島、被告橘)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 都希(昭和四七年四月二六日生れ)は、平成三年四月に愛大工学部に入学し、同年五月ころ愛大合気道部に入部した。同人は、それまで、合気道の経験はなかったが、同部に入部後、本件事故が発生した平成四年三月一〇日まで比較的熱心に練習に励んできていた。

(二) 愛大合気道部における日頃の練習は、原則として、本稽古と自由稽古からなり、本稽古においては、準備運動、受け身練習の後に、基本技及び応用技について各技毎に主将と副将がその技の模範となる実演(演武)を行い、他の部員は正座をしてこれを見学する、そして、見学の後に主将の開始の号令に従ってその技の練習を開始し、基本技としては、入り身転換、呼吸法、固め技、片手取り四方投げ、正面打ち入り身投げなどの練習を行うが、各技は左、右の表、裏と四種類で一セットの構成となっており、互いに一セットずつ各技を掛け合って各技毎に約七分間の練習を行い、主将の号令によりその技の練習を終えるというものであった。

(三) 合気道の昇級、昇段については、所定の判断基準に従って師範が認定することになっており、まず、入門後四〇時間以上座技(正面打ち第一教、呼吸法)及び立技(両手取り呼吸法、片手取り四方投げ、正面打ち入り身投げ)の練習を行い、演武の結果により五級の認定を受け、次に、四〇時間以上の座技(正面打ち第一教・第二教、呼吸法)及び立技(両手取り呼吸法、片手取り四方投げ、正面打ち入り身投げ、横面、肩取り)の練習を積み、演武の結果により四級の認定を受ける、その後、四〇時間以上の座技(正面打ち第一教ないし第四教、呼吸法)及び立技(片手取り四方投げ、正面打ち入り身投げ、横面、肩取り、突き)の練習を積み、演武の結果により三級の認定を受けるというものであった。

(四) 都希は、愛大合気道部に入部後、所定の練習を積み、演武の結果、平成三年六月二三日に五級の、同年一二月八日に四級の各認定を受けており、その後、一〇〇時間以上の練習を積んで、本件事故が発生した春合宿終了時には三級の審査に望む予定となっていたもので、各技に対する受け身を一応修得するまでになっていた。

(五) 本件事故が発生した春合宿は、平成四年三月九日から一週間の予定で実施されたが、初日は午後四時に松山市山越にある愛大の合宿所に集合し、夕食、入浴となった後、愛大合気道部の幹部による健康チェックが行われたが、都希から特に健康上の異常は訴えられなかった。そして、午後八時三〇分からミーティングが行われ、午後一〇時に消灯となった。

(六) 翌三月一〇日は、午前六時に起床し、午前六時二〇分から朝練習が開始され、準備運動の後に、武器(杖)を使用した練習が午前七時二〇分ころまで行われた。その後、部員らは、合宿所から愛大構内へ移動して午前八時ころ朝食をとり、午前一〇時三〇分まで自由時間となった。都希を含む一回生は、午前一〇時ころから同大学構内の第二体育館において板の間の上に床畳を敷くなどの準備を行った。そして、午前一〇時三〇分から右体育館において練習が開始され、日頃の練習内容と同じく、準備運動、受け身の練習等が行われた後に、二人一組となって、入り身転換、両手持ち呼吸法、座技第一教及び第二教、四方投げ、正面打ち入り身投げの順に、主将及び副将による演武を挟んで右各練習が行われた。

(七) 都希は、右練習において、卒業生である合気道二段の江島と組み手相手となり、右順序に従って練習を行っていた。江島は、都希を練習相手にしたのは当日が初めてであったが、四方投げの最中に都希の息が上がってきたことから、同人に対して乱れた着衣を整えるように指示して休息を取らせ、再度四方投げの練習を続けた。都希は、主将である被告橘の号令により四方投げの練習を終え、正面打ち入り身投げの演武を見学した後に、再び江島と正面打ち入り身投げの練習を開始した。そして、同日午前一一時三〇分ころ、都希と江島が互いに右技を掛け合って練習し、江島の投げが通算して三セットないし四セット目に入ったとき(投げが約一〇回目となったとき)、都希は、意識が朦朧となり、立ち上がろうとするも立ち上がれない状態となった。そのため、部員らが都希を体育館の板の間に移動させて約五分間様子をみていたが、同人の意識がなくなり、いびきをかき始めて、頬を叩いて呼びかけても応答しない状態となった。

(八) そこで、都希は、直ちに部員らによって、近隣の松山赤十字病院に搬送されたが、同病院では緊急の手術に適応できないために、愛媛県立中央病院へ救急車にて搬送され、緊急手術が行われた結果、右側頭部に急性硬膜下血腫が認められたため、それを除去するなどの処置が行われた。そして、その後も、都希は、集中治療室にて懸命の治療を受けたが、三月一六日には肺炎を、同月一八日には多臓器不全を起こし、意識が回復しないまま、翌一九日午後二時五分死亡するに至った。

以上の事実が認められる。

2 右認定事実によれば、都希は、江島との春合宿における合気道の練習中に、頭部を打撲して右側頭部硬膜下血腫を惹起し死亡したものと認められ、頭部打撲の原因としては、前記練習経過からして、江島がかけた正面打ち入り身投げによって、都希が受け身の体勢を十分とり得ないまま転倒し、頭部を床畳に打ちつけたことによるものと認めるのが相当である。

この点について、江島は、右練習中に都希が頭部を打撲した状況は見ておらず、同人は受け身もできていた旨供述するが、江島からの事情聴取を経た愛大学生課長からの文部省に対する本件事故の報告書(乙四)には、同人のかけた技(入り身投げ)によって都希が転倒し側頭部を強打した旨記載されており、右供述をそのまま信用することはできず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  ところで、原告らは、本件事故は、段位差のある江島が都希との練習中に故意または重大な過失により都希の頭部を床畳に打ちつけたことにより発生したことが明らかであり、江島の右のような危険な練習態度は、愛大合気道部において伝統的、恒常的に行われていたものであって、同部の体質となっていた旨主張する。

そこで検討するに、(一)愛大合気道部では、本件事故の約一年前の春合宿において下級生が上級生との練習中に頭部を床畳で打ち急性硬膜下血腫の傷害を負って入院するという服部の事故が発生していることは争いがなく、昭和六二年八月にも当時一回生の三好毅彦が三回生の部員に練習中に投げられて脳内出血で一週間程入院する事故が発生していること(分離前被告江島)、(二)もと部員である証人黒瀬知明は、同部では、練習中に頭部を打つことの危険性についての認識が不足していて、しばしば後頭部を床畳で打った経験があると証言しており、証人阪本恭司に至っては、江島との練習では数え切れない位に頭を打たされ、自らも上級生時代に下級生を精神的に鍛えるため、後頭部を床畳に打ちつけるような練習方法を行っていた旨証言していること(なお、阪本ら愛大合気道部関係者ら有志一〇名が本件事故後に作成した「平成4年の事故以前の愛大合気道部の活動について」と題する文書(甲一七)にも、前記証言と同様に、同部において下級生の頭部を打たせる稽古が行われていた旨の記載がある。)、(三)また、同部の機関紙である「弥生」(甲九、一〇)には、一回生による幹部プロフィールとして、江島につき、「顔に百万ドルの微笑を浮かべつつ、一回生の後頭部を畳と仲良しにしてしまう。」などとの記載があり、同紙に紹介された「愛大小唄」には、「四方投げに入り身投げ、今日も頭を打たされた」などの一節があること、(四)さらに、本件事故後作成された愛大合気道指導者心得(甲一一)には、「人道に外れた稽古の禁止」が明記され、その一項に「頭を打ちつけることは禁止する。※直接生命に関わるような大事故を二度と起こしてはならない。特に、頭部の重要性について認識を強める。」との指摘があること、以上の各事実が認められる。

4  そうすると、右認定事実、ことに、愛大合気道部では、本件事故前にも下級生が上級生から練習中に投げ技をかけられて頭部を床畳に打ち傷害を負う事故が一度ならず発生しており、服部の事故は本件事故より一年前の同じ春合宿での出来事であること、後述のとおり、本件事故後の反省からくる一面性や強調が窺えるとはいえ、黒瀬証言や阪本証言など同部の関係者からは、同部において従来から練習中に頭部を打つことの危険性の認識が甘かったとか、現に下級生が頭部をしばしば打たされていたとの指摘がなされており、本件事故後に作成された指導者心得にも、頭部を打ちつける稽古の禁止が明記されていることなどに照らすと、愛大合気道部においては、少なくとも、本件事故前において、練習中に下級生部員が頭部を床畳に打つことの危険性についての認識が甘かったといわざるを得ず、その結果、練習中に下級生部員が床畳に頭部を打つことが稀とはいえない状況にあったことが窺え(本件事故当時の同部の主将であった被告橘においても、頭部を打つことの危険性の認識が甘かったことを認める供述をしている。)、右認識の甘さが本件事故発生の下地となったとの批判は免れ難く、その意味において、同部の指導的立場にあった関係者には強い反省が求められるといわなければならない。

5 しかしながら、翻って、原告らが主張するように、本件事故前に愛大合気道部において上級生らが故意または重大な過失に基づき下級生の頭部を床畳に打ちつけるような危険な練習が伝統的、恒常的に行われていたかについて検討するに、(一)本件事故前に、愛大合気道部の部員から、右のような危険な練習が恒常的に行われているとの訴えが、顧問教官や大学当局に寄せられていた形跡もなく、同部における日頃の練習内容は、江島が本件事故の際に都希にかけた正面打ち入り身投げを含めて基本的なものであって、死亡事故に繁がるような危険性の高いものではないこと、(二)本件事故についても、前記認定のとおり、春合宿の練習とはいえ日頃の練習内容と同じものであり、江島が二段、都希が四級という段位差があったものの、江島は都希の息があがってきたのを見て休息をとらせたりしており、同人において故意に都希の頭部を床畳に打ちつけるように技をかけたとまでは認めるに足りる証拠はないこと、(三)また、都希は入部以来約一年間の練習によって三級間近の実力をつけており、各技に対する受け身を一応修得していたことからすれば、江島において都希の頭部が床畳に打ちつけられないよう添え手をするなど配慮すべきであったとはいえず、同人に都希に対する技のかけ方において重大な過失があったとまでは認め難いこと、(四)一般に、合気道も格闘技の一種であって、交互に決められた技をかけ合うといっても、受け身を誤るなど僅かなタイミングのずれによって、有段者であっても頭部を床畳に打ちつける事故が発生する危険を内在しており、程度は別として初心者段階では受け身の際に頭を打つことも少なからず起こり得ること(被告橘、同松森)、(五)また、実力の差がある者同士の組み手練習についても、他の大学の合気道部においても採用されている練習方法であって、初心者同士の練習の方がかえって危険な面もあり、必ずしも危険な練習方法とはいえないこと(被告橘、同松森)、(六)確かに、愛大合気道部では、本件事故前に服部の事故などが発生しているが、本件事故から約一年前の事故であり、事故後に幹部間で話し合いが持たれて、相手の技量に応じて技をかけることなど練習方法の改善が検討され、愛大当局にも事故防止を誓約した報告がなされていること(乙六)、(七)また、証人阪本らの前記証言や同人らが作成した本件事故に関する総括文書でも、愛大合気道部において、先輩が下級生に対し、練習の名の下にリンチやいじめに等しい暴力行為を加えていたとまでは述べておらず(むしろ、黒瀬証人らも、そこまでの事実はなかった旨証言している。)、右証言などで指摘している頭を打たせる練習が行われていたとする点についても、下級生の死亡事故という極めて痛ましい本件事故を厳しく反省する余り、やや事実を一面化ないし強調し過ぎているきらいが窺え、本件事故後に作成された指導者心得についても、事故再発防止を目的としたもので、前記記載から、本件事故前に愛大合気道部において、死亡事故にも繁がるほど強度に頭部を打たせるような危険な練習が常態化していたとまでは認めるに足りないこと、(八)さらに、同部の機関紙の記事や愛大小唄の一節に至っては、その性質からして、興味本位に揶楡、誇張したものと理解され、客観的事実とは受け取れないこと、以上の各事実ないし事情が認められ、これらを総合すると、原告らが主張するように、本件事故前に愛大合気道部において、上級生らが故意または重大な過失に基づき下級生の頭部を床畳に打ちつけるような危険な練習が伝統的、恒常的に行われていたとまでは認あるに足りないというべきである。

二  被告橘の責任について

原告らは、被告橘が愛大合気道部の主将として頭部を打たせる練習の危険性を部員らに周知徹底すべき注意義務を怠ったため、本件事故が発生したと主張するが、前記認定のとおり、愛大合気道部の練習内容が危険性の高いものであったとは認め難く、同部において上級生らが故意または重大な過失に基づき下級生の頭部を床畳に打ちつけるような危険な練習が伝統的、恒常的に行われていたとまでは認めるに足りないから、原告らの右主張は、その前提を欠き失当という外ない。

なお、大学の課外活動の場である体育系学生団体における主将は、対外的に、部を代表する立場にあり、日常の練習については、計画や進行指示を担当する役割を負っているものと解されるが、本件全証拠によるも、本件事故が発生した春合宿において、無理な練習計画が立てられたり、被告橘の主将としての不適切な進行指示がなされたと認めるに足りる証拠はなく、その意味からも、被告橘に本件事故発生についての過失責任は認め難い。

三  被告松森の責任について

1  原告らは、愛大合気道部において上級生らが故意または重大な過失に基づき下級生の頭部を床畳に打ちつける危険な練習が伝統的、恒常的に行われていたものであって、被告松森が同部の顧問教官として右危険な練習を改善すべき注意義務を怠ったため、本件事故が発生した旨主張するので、検討するに、本件事故当時、被告松森が愛大合気道部の顧問教官であったことは争いがなく、証拠(乙三の1ないし5、証人小野興左右衛門、被告松森)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 愛大では、学生の課外活動を行う学生団体に、教育的立場で一般的指導を期待する趣旨で、顧問教官を置くものとし、大学に学生団体設立承認願を提出する際、学生団体が大学施設を利用する際、学生団体の承認期間更新願を提出する際などに、それぞれ、顧問教官の署名、押印を求めていた。

(二) しかし、右顧問教官については、その資格については格別制限されておらず、当該学生団体に対応する専門の知識を有する必要もなく、学内に顧問教官の地位や職務内容、権限を規定するものは全く存在していない。したがって、顧問教官は、愛大が任命するものではなく、当該学生団体に属する部員らが同大学の教官の中から適宜依頼して就任してもらっており、報酬も支給されていない。

2  右認定事実によれば、愛大における学生団体の顧問教官については、施設利用等の際に署名、押印が求められてはいるが、学内に任免や職務内容等に関する規定はなく、何ら専門性が求められていないことなどからすると、本来学生らによって自主的に運営される学生団体にあって、名目的な地位に止まるものであって、教育的立場に立った一般的指導といっても、学生団体に対する一般的助言や大学との調整的役割を期待されているにすぎないと認めるのが相当である。

3  そうすると、愛大合気道部の顧問教官としての被告松森についても、右地位や役割に止まるものであって、同部の練習内容の決定や実践について部員らを具体的に指揮、監督すべき義務はないといわなければならず、同部の設立や施設利用等の際に署名、押印が求められている趣旨からすると、同部が学生団体としての本来の目的を逸脱した違法行為を恒常的に行っているなど特段の事情がある場合には、右署名、押印を拒否するなり、大学当局に然るべき連絡をすべき立場にあるところ、前記認定のとおり、原告らが主張するように同部において上級生らが故意または重大な過失に基づき下級生の頭部を床畳に打ちつけるような危険な練習が伝統的、恒常的に行われていたとまでは認めるに足りないから、右義務違反も認め難いというべきである。したがって、本件事故について被告松森に過失責任があるという原告らの主張は理由がない。

4  なお、証拠(証人黒瀬知明、同阪本恭司、被告橘、同松森)によれば、被告松森は、合気道四段で、愛大合気道部の出身者によって結成された松山合気道錬成会という合気道の道場(入会者は愛大合気道部員に限られず、小学生から老齢者まで幅広く存在する。)を主宰しており、その道場に週一、二回ほど愛大合気道部員が練習に参加していた事実が認められるが、錬成会はあくまでも大学とは関わりのない合気道の道場であり、愛大合気道部の部員らが右道場における練習に参加していたからといって、被告松森に愛大合気道部の練習内容等について同部員に対する具体的な指導監督の義務が生じるものではなく、前記認定判断を左右するものではない。

四  被告国の責任について

1  まず、原告らは、本件事故について顧問教官である被告松森の過失責任を前提に、被告国に国家賠償法一条一項等に基づく損害賠償責任がある旨主張するが、前記認定判断のとおり、被告松森の過失責任を認めることができないから、原告の右主張は、その前提を欠き理由がない。

2  次に、原告らは、本件事故について愛大当局の安全配慮義務違反があったとして、被告国の損害賠償責任を主張するので、検討するに、一般に、国立大学においては、契約によって生じる私立大学の学生の在学関係とは異なるものの、入学許可という行政処分によって生じた在学関係でも、教育及び研究の目的のため学生に対する管理権を伴う以上、大学当局は、学生の施設利用ないし教育活動について、信義則上、一般的な安全配慮義務を負うものと解するのが相当である。ところで、国立大学においても、私立大学と同様に、いわゆる学生団体の設立を承認して、学生らの課外活動を認め、その活動を通じて学生らの大学生活における教育目的の達成を期待しているところであるが、かかる課外活動については、大学生の年齢、能力や社会的地位、活動目的からして、高等学校以下の教育機関とは異なり、本来、学生らによる自主的運営に委ねられているというべきである。したがって、大学当局としては、右課外活動において、学生に使用を許可して施設の安全保持義務を負うことは当然であるが、その活動面における危険防止については、原則的に学生団体に属する部員らの自主性に委ねられており、当該学生団体が課外活動の目的を逸脱した違法行為を恒常的に行っているなど特段の事情が認められる場合は、大学当局において適宜警告を発するなどして改善を促し、それでも効果がない場合は、施設利用を禁じたり、学生団体承認を取り消して活動中止を勧告すべき義務があるが、それ以上に、大学当局は学生団体の課外活動に個々的に介入するなどして具体的に危険防止のための安全配慮を尽くす義務まで負うものではないと解される。

これを本件についてみるに、証拠(甲七、八、一五)によれば、愛大合気道部は、国立大学である愛大から設立の承認を受けた学生団体であり、愛大当局は、教育目的を期待して学生の課外活動を積極的に奨励していたことが認められ、本件事故は、同大学の課外活動としての愛大合気道部の春合宿の練習中に発生したことは前記認定のとおりであるが、一方において、愛大合気道部において、原告らが主張するように上級生らが故意または重大な過失に基づき下級生の頭部を床畳に打ちつけるような危険な練習が伝統的、恒常的に行われていたとまでは認めるに足りないことは前記認定判断のとおりであり、本件全証拠によるも、同部において課外活動の目的を逸脱した違法行為が恒常的に行われていたことを認めるに足りないから、愛大当局には、同部に対し、警告を発したり、あるいは、施設利用を禁じ、学生団体承認を取り消して活動中止を勧告すべき義務があったとはいえないというべきである(なお、前判示のとおり、愛大合気道部では、本件事故前において練習中に下級生部員が頭部を床畳に打つことの危険性についての認識が甘かったといわざるを得ず、その結果、練習中に下級生部員が床畳に頭部を打つことが稀とはいえない状況にあったことが指摘されるが、この点をもって、課外活動の目的を逸脱した違法行為が繰り返されていたとまで評価するには足りないというべきである。)むしろ、証拠(甲一五、乙六、証人小野興左右衛門)によれば、愛大当局は、設立を承認した運動系学生団体に対し、広報誌による事故防止の呼びかけや、年一回の割合で体育系サークルリーダー研修会を開催して危険防止に関する一般的な研修会を行ってきたこと、また、学生団体による日常の課外活動は各部員の自主性に委ねて介入することはしていないが、重大事故が発生した場合には、事故の発生状況、原因、再発防止対策等について報告を求めるなどしてきており、本件事故前に発生した服部の事故の際にも、愛大合気道部の主将及び顧問教官から口頭での詳細な事故報告を受けたうえ、学生部長の指示で合宿を一時中止させ、主将らに対し注意を喚起して、再発防止を誓約した事故報告書を提出させていることが認められ、愛大合気道部を含む学生団体に対し、一般的な安全配慮義務を一応尽くしていたものと認めるのが相当である。

以上からして、愛大当局の安全配慮義務違反を前提とする原告らの主張も理由がないというべきである。

第五  結論

以上の次第で、原告らの被告らに対する請求は、その余の判断に立ち入るまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤武彦 裁判官熱田康明 裁判官鈴木博)

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