松山地方裁判所 平成5年(ワ)703号の1 判決 1997年3月12日
原告
松下和夫
右訴訟代理人弁護士
薦田伸夫
同
髙田義之
同
友澤宗城
同
菊池潤
同
三井康生
同
真木啓明
同
藤田育子
被告
野村証券株式会社
右代表者代表取締役
酒巻英雄
右訴訟代理人弁護士
河村正和
同
柳瀬治夫
主文
一 被告は、原告に対し、金五五八万七一二七円及びこれに対する平成五年一月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分して、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。
四 この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 原告の請求
1 被告は、原告に対し、金九八七万三二四七円及びこれに対する平成五年一一月二五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告の答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 事案の概要
本件は、被告からワラントを購入した原告が、被告従業員の違法な勧誘行為により損害を被ったとして、被告に対し、債務不履行ないし不法行為(使用者責任)に基づいて、損害賠償を請求した事案である。
一 前提となる事実(証拠を引用する項目の外は、争いがない。)
1 当事者
(一) 原告(大正一二年二月三日生)は、愛媛県大洲市で酒類小売業を自営している。
(二) 被告は、肩書地に本店を置き、有価証券についての自己売買、売買の委託の媒介、取次、代理、引受、売出、募集又は売出の取扱いについて大蔵大臣から免許を受けた証券会社である。
2 ワラントの意義等
(一) ワラントとは、新株引受権付社債(ワラント債)の新株引受権部分ないしは新株引受権を表章する証券をいい、その権利内容は、ワラントの所持者が、一定期間(権利行使期間)内に、一定価格(権利行使価格)を払い込むことによって、一定量の発行会社の新株式を取得できるというものである。
ワラント債は、昭和五六年商法改正によって制度化されたもので、新株引受権と社債とを分離してこれを証券に表章し、個別に譲渡することのできる分離型と、両者が結合した非分離型とがある。昭和五六年改正商法施行当初は、非分離型のワラント債のみが発行されていたが、昭和六〇年一一月から分離型のワラント(国内ワラント)が発行されるようになり、昭和六一年一月からは、海外で発行された外貨建ワラントの国内取引も行われるようになった。
(二) ワラントの価格は、発行会社の株価の上下に連動して上下することが多く、ワラントの価格が変動する幅は、株価に比べて大きい。また、ワラントには、新株引受権を行使すべき期間(権利行使期間)が定められており、権利行使をしないまま右期間を徒過すると、新株引受権は失効してワラントは無価値となる。
(三) ワラントの価格は、いわゆるポイント表示であり、ワラント債の券面額を一〇〇ポイントとし、これに対する百分率で表示されている。したがって、一ワラントの値段を知るには、ポイント表示されたワラント価格に社債の額面を(外貨建ワラントの場合はさらに為替レートを)乗じたものを一〇〇で除するという計算を要することになる。
(四) 外貨建ワラントは、外貨建ワラント債が海外において社債とワラントとに分離され、分離後のワラントが国内で取り引きされているものであり、証券取引所には上場されず、店頭における相対取引によって売買されている。外貨建ワラントの価格について、平成元年五月一日から、特定の銘柄のポイントの気配値が発表されるようになり、平成二年九月二五日から、日本相互証券株式会社で行われる業者間取引の前日の中値が日本経済新聞誌上に掲載されるようになった。また、当該外貨建ワラントの原券は、ブリュッセルのユーロ債集中振替決済機構において保管されており、ほとんどの顧客は、証券会社から発行される預り証の交付を受けて、ワラントの原券を所持していることは少ない。
3 原、被告間の本件取引(乙八、一一、一二、一五の1ないし14、一六の1ないし4、一九、証人楠原実、原告)
(一) 原告は、昭和六〇年ころから被告松山支店との取引を始め、主に株式の現物売買と投資信託の取引を行ってきた。当初、原告の担当者となったのは被告従業員の田中(以下「田中」という。)であったが、平成元年一一月から被告従業員の楠原実(以下「楠原」という。)に代わった。
(二) 原告は、楠原から勧誘されて、次のとおりワラント取引を行った(以下、「本件取引」という。)。
(1) 銘柄 日本セメントワラント(分離型・国内ワラント)
買付日 平成二年一月三〇日
代金額 九二万四〇〇〇円
(2) 銘柄 イビデンワラント(分離型・国内ワラント)
買付日 平成二年二月一日
代金額 八九万六〇〇〇円
(3) 銘柄 全日空ワラント(分離型・外貨建ワラント)
買付日 平成二年六月八日
代金額 六五六万六四〇〇円
(4) 銘柄 日商岩井ワラント(分離型・外貨建ワラント)
買付日 平成二年八月八日
代金額 一七三万八八〇〇円
(三) 原告は、楠原の勧めに従って、平成二年五月一一日、イビデンワラントを一六四万二七〇三円で売却し、その後の平成四年一〇月二一日、全日空ワラントを二七三五円で、日商岩井ワラントを一二一六円で、それぞれ売却した。また、原告は、日本セメントワラントを現在も所持しているが、権利行使期限である平成六年二月二日を徒過しているため無価値となっている。
二 争点及び争点についての当事者の主張
1 被告の責任(被告従業員の原告に対する本件取引における勧誘行為の違法性の有無)
(原告の主張)
(一) ワラントの特質と危険性
ワラントは、これに投下した資本を回収しようとした場合、新株引受権を行使するか、ワラントを売却するかのいずれかに限られており、その期間は権利行使期間によって限定されている。しかし、権利行使をするにしても、株価が権利行使価格を上回らなければ権利行使をする利益は全くないし、権利行使期間を経過すればワラントは文字どおり「紙屑」に帰してしまう。また、ワラントを売却するにしても、株式に比較して、それほどの投資効率が認められる商品とは考えられず、株式に比べて値動きの幅が相当大きいうえ、権利行使期間経過前でも無価値になってしまう危険な金融商品である。しかも、ワラント価格は、「ポイント」という単位で表示されているため、金額を算出するには一定の計算を経なければならず(外貨建ワラントの場合には、これに為替レートの変動という要素も加味される。)、時価金額の把握が困難であるとの問題点もある。
以上に加え、外貨建ワラントにあっては、証券会社と顧客との相対取引という一般に馴染みの薄い方法で売買されているため、どのようにしてワラント価格が形成されているのか極めて不透明であり、その価格に関する情報も十分開示されていないのが現状である。
このように、個人投資家にとって、ワラントの取引は、複雑かつ不公正な取引を強いられ、的確な投資判断をすることが困難となっているため、損害を被る危険性が極めて高いといわなければならない。
(二) 説明義務違反
(1) ワラントは、前記のとおり、商品構造が複雑であり、投機性が高いなどの性質を有する商品であるが、本件取引が行われた当時、発売されてからさほどの期間を経過していないため周知性に欠けており、それを補うに足りる情報も開示されていないために、一般投資家(顧客)にとって、的確な投資判断を行うのが極めて困難な商品となっていた。したがって、被告が、このような商品を顧客に勧める場合には、当然に、顧客に対して、ワラントの商品構造、取引の仕組み、価格に関する情報、危険性の程度及び内容等について、一般的な説明だけでなく、取引対象となった個々のワラントに即した具体的な説明をすべき法的義務があったといわなければならない。
(2) このうち特に重要な点を挙げると、まず、ワラントの商品構造については、ワラントとは新株引受権証券であり、株式を権利行使価格で購入する権利を購入するものであることや、権利行使期間、権利行使価格、一ワラントの権利行使によって取得できる株式数等について具体的に説明し、社債や株式との違いも明確にする必要がある。次に、ワラントの危険性については、株価がワラントの権利行使価格を上回らない状態で経過すると、次第にその価値は減少して行き、権利行使期間の経過前でも紙屑同然の価値しかなくなること、そして、権利行使期間を経過すれば完全に紙屑となること、値動きの幅が大きく、外貨建ワラントの場合には為替相場の変動によるリスクも存することなどを説明する必要がある。さらに、外貨建ワラント取引の仕組みについては、顧客と証券会社との相対取引により外貨建ワラントを売買すること、したがって、取引の相手方は証券会社に限定され、証券会社が取引に応じない場合は処分が不可能となること、価格情報の入手方法、入手した価格情報の意味、予想される売買価格の構造、ポイントの意味、価格の計算方法についても具体的に説明しなければならない。
(3) しかるに、被告の担当者であった楠原は、ワラント取引に関して全く無知であった原告に対し、電話で、単に有利な取引であると告げたのみで、説明書の交付もしないままワラントの購入を勧誘しているのであるから、右説明義務を尽くしていないことは明らかである。
(三) 適合性の原則違反
(1) 証券会社は、顧客の個人的属性、すなわち、その資産状態、資金の性格、投資目的や趣旨、投資経験の有無・程度・内容等に照らし、最も適合した投資勧誘を行わなければならない(適合性の原則・証券取引法五四条一項一号、昭和四九年一二月二日付蔵証二二一一号通達、公正慣習規則第九号五条等参照)。そして、ワラントのような危険性が高く、複雑な金融商品を取り引きできる者は、その商品構造や危険性を熟知し、情報源や資金力を十分に有して証券会社と対等に取り引きできる者に限られるべきである。
(2) しかるに、原告は、四国電力の営業職員の職歴を有し零細な酒店を営むというに止まり、金融取引や証券に関する知識に乏しく、その保有する資産は老後の生活資金であったのであるから、およそワラント取引に適合するような顧客ではなかった。
(3) しかるに、楠原は、原告についての右職歴や堅実な投資歴等を調査、看取すれば、原告がワラント取引に不適合であることを十分認識し得たのに、これを怠り、前記のような高い危険性を有するワラントを勧誘し、これを購入させたのは、適合性の原則に違反する。
(四) 虚偽の表示又は誤解を生ぜしめる行為の禁止違反
(1) 有価証券の売買に関し、虚偽の表示をし、又は、重要な事項につき誤解を生ぜしめる表示をしてはならない(平成三年法第九六号による改正前の証券取引法五八条二項、昭和四〇年一月五日大蔵省令第六〇号、公慣習規則第八号等参照)。
(2) しかるに、楠原は、原告に対し、ワラント取引を勧誘するに当たり、必要とされる前記説明を尽くさなかったばかりか、取引の対象がワラントであることすら明確に告げず、有利な投資であることのみを強調し、原告に株式の売買と同様な安全な商品であると誤解させて、ワラントを勧誘している。これは、明らかに虚偽又は誤解を生ぜしめる行為に該当する。
(五) 断定的判断の提供禁止違反
(1) 有価証券の売買に関し、その価格が騰貴し、又は下落することの断定的な判断を提供して勧誘することは禁止されており(証券取引法五〇条一項一号)、証券取引を勧誘する際に、顧客に対し、「絶対」とか「間違いなく」といった言辞を用いた場合は勿論のこと、そのような言辞を用いなくとも、具体的状況から断定的判断を提供したと認められれば右禁止違反とする。
(2) しかるに、楠原は、原告に対し、本件取引において、日商岩井ワラントを勧誘する際には、非常に有利であることを繰り返し強調して、購入を拒絶していた原告に対し、執拗に右ワラント購入を勧めた。これは、明らかに断定的判断の提供禁止違反である。
(六) 過当勧誘及び投資の常識的手法を無視した投資勧誘
(1) 証券会社は、投資者の能力、資金の性質等を無視した過当勧誘を行ってはならない(昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号、公慣習規則第八号九条三項二〇号等参照)。
(2) しかるに、楠原は、前記投資歴や資金を有していた原告に対し、不当に誘導して、株式や株式信託等の短期売買を繰り返させ、最終的にその投下資金のほとんどをワラント投資につぎ込ませている。楠原の右行為は、原告の投資歴、経験、資金の性格等に照らし、明らかに過当勧誘の禁止に違反する。
(被告の主張)
(一) ワラント特質と危険性について
原告の主張は争う。
(二) 説明義務違反について
証券取引において、顧客は、自ら商品の内容や特性等を調査し、そのリスクを承知の上で取引を行い、他方、証券会社は、投資家からの注文を受け、その注文を執行し、店頭登録商品について売買が成立した場合に、その受渡しを行う立場にあるに過ぎない。したがって、証券会社が顧客に対して商品の内容や性質等の説明を行っているのは、証券会社の行うサービス業務に過ぎない。原告は、証券取引法や公慣習規則等の説明義務に関する規定を説明義務の根拠としているようであるが、これらはいずれも訓示規定ないし内部規律に関する規定であり、私法上の注意義務を根拠付けるものではなく。また、本件において、被告の担当者であった楠原は、原告に日本セメントワラントの購入を勧誘した際、原告の求めに応じて、約二〇分間にわたり、ワラントとは株式を引き受ける権利であること、株価に伴ってワラントの価格も変動するが、株式よりも価格の上下動が数倍激しいこと、権利行使期間が定められており、権利行使期限までに売却しないと価値がなくなることなど、ワラントについての権利行使期限等を説明しており、その上、ワラント取引説明書を交付して、その確認書を徴求している。また、楠原は、原告に対し、その後に全日空ワラントを勧誘した際には、外貨建ワラントの価格が為替相場の影響を受けることについても説明しており、何ら説明に欠けるところもない。そして、原告は、楠原の右説明を了解してワラントを購入しているのであるから、本件において、被告は、説明義務違反に基づく責任を負担することはない。
(三) 適合性の原則違反について
原告は、証券取引法や公慣習規則等の説明義務に関する規定を適合性の原則の根拠としているが、前同様に、これらはいずれも訓示規定ないし内部規律に関する規定であり、私法上の注意義務を根拠付けるものではない。しかも、原告は、長年にわたり酒店を経営し、本件取引までにも、余裕となった資金を投資に充てており、昭和四三年ころから昭和五五年ころまでの長期間、愛媛証券大洲支店と証券取引をしていた経験を持っている。原告は、その間、自分自身で新聞等により株式の値動きを把握して、取引する銘柄やその時期を判断していたというのであるから、相当の投資経験を有するめである。また、原告は、その余裕資金を元手として、自発的に被告との取引を開始しており、その取引内容も決して安全な商品だけを対象としてきた訳ではなく、楠原の進める商品は利益がないなどと不満すら述べ、ワラントで損失を生じた後も証券投資で挽回しようとしていたなどの事情に照らせば、およそ原告がワラント取引への適合性を欠いていたということはできない。
(四) 虚偽の表示又は誤解を生ぜしめる行為の禁止違反について
原告の主張は争う。
(五) 断定的判断の提供の禁止違反について
原告の主張は争う。
(六) 過当勧誘及び投資の常識的手法を無視した投資勧誘について
原告がその資産のうちどれだけを投資資金に回し、投資資金のうちのどの程度をワラント取引に投下し、どの銘柄を購入するかは、原告自身の判断にかかる事柄であり、被告ないし楠原の関与するところではない。したがって、過当勧誘及び投資の常識的手法を無視した投資勧誘を行ったとの原告の主張は失当である。
2 原告の損害
(原告の主張)
(一) 本件取引による損害額
金八九八万三二四七円
原告は、楠原の違法な本件取引の勧誘によって、日本セメントワラントを九二万四〇〇〇円で、イビデンワラントを一四〇万円で、全日空ワラントを六五六万六四〇〇円で、日商岩井ワラントを一七三万八八〇〇円で、それぞれ購入させられたが、イビデンワラントを一六四万二七〇三円で売却して二四万二七〇三円の差益を得た以外は、全日空ワラントを二二五〇円で、日商岩井ワラントを一〇〇〇円で、それぞれ売却して、多大な損害を被り、また、現在も所持している日本セメントワラントは無価値となっている。したがって、原告は、本件取引による右各ワラントの購入代金合計額一〇六二万九二〇〇円から売却代金合計額一六四万五五九三円を控除した金八九八万三二四七円の損害を被った。
(二) 弁護士費用 金八九万円
(三) よって、原告は、被告に対し、債務不履行ないし不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求として、合計金九八七万三二四七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年一一月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
(一) 原告の損害についての主張は争う。
(二) 原告が本件取引において購入した各ワラントの価値が下落したのは、湾岸戦争の勃発やいわゆるバブル経済の崩壊によって株式相場全体が急落したことによるものであり、楠原の勧誘行為と原告の損害との間に相当因果関係がない。
3 過失相殺
(被告の主張)
投資家は、自ら金融商品の内容や特性等を調査し、そのリスクを承知の上で取引を行うものであり、証券取引によって生じた損失は、投資家自らの責任に帰するのが原則というべきであり(自己責任の原則)、右原則は、ワラント取引にも妥当するものである。しかるところ、原告は、愛媛証券大洲支店において約二〇年間もの長期にわたり証券取引を行ってきた投資経験を持ち、十分な証券知識と投資判断能力を有していたというべきである。また、被告との取引も自発的に開始しており、楠原に対して利益が出ないなどとの不満や好みの銘柄を述べ、ワラントによる損失を生じた後も株式投資によって挽回しようとするなど、自ら積極的かつ能動的に取引を進めていたのである。そして、本件取引における各ワラント購入に際しても、原告は、楠原から十分に説明を受けて、その内容を理解していたものであり、仮に、理解が不十分であったとしても、取引説明書を受取って確認書(乙一〇)も徴求されており、ワラントに関して記載のある月次報告書に対する回答書(乙一一、一二及び一四)を提出し、あるいは、「外貨建ワラント時価評価のお知らせ」(乙一三)を送付され了知しているのであるから、その時点では、ワラントのリスクなどについての理解した上、その購入を追認しているというべきである。したがって、仮に、被告に何らかの賠償責任が認められるとしても、大幅な過失相殺がなされるべきである。
(原告の主張)
原告は、前述のとおり、その職歴や投資歴等からして、十分な投資判断能力を有しておらず、積極的、能動的に売買を繰り返すような投資家とは全くタイプを異にし、購入した株式の価値が下落した場合には、その上昇を期待して長期間でもこれを保有しているという投資態度をとっていたものである。しかるに、楠原は、このような原告の属性を無視し、ワラントに関する必要な説明をしないまま、短時間の電話で有利な取引であることのみを強調してワラントの購入を勧めるという、違法な勧誘を行っている。しかも、楠原は、原告に対し、危険性の高いワラントを勧めながら、その後には適切な投資アドバイスをするなどのフォローを全く行っていない。これに加え、被告も、原告に対し、分離型ワラントに即した取引報告書を準備せずに、償還が予定される他の証券の取引報告書を便宜的に流用するなど、ワラントの危険性についての警告に甚だ無頓着、無責任な態度をとっている。以上のような事情の下においては、本件取引において原告の過失はなく、過失相殺がなされるべきではない。
第三 証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 争点に対する判断
一 本件取引の経過等について
前記前提となる事実に加え、証拠(甲八、二七、三〇ないし三二、三五、三六、三八、五〇の1ないし7、乙一ないし三、七ないし一四、一五の1ないし14、一六の1ないし4、一九、証人楠原実、原告)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
1 原告の経歴、投資経験等
(一) 原告(大正一二年二月三日生)は、八幡浜商業高校を卒業し、昭和一八年六月に父親を亡くしたため、戦後しばらくは母親とともに愛媛県大洲市において酒店を営んでいたが、昭和二五年ころ、四国電力八幡浜支店大洲営業所に就職し、その傍らで酒店を営むようになった。原告は、四国電力では、主に、検針や集金等の営業業務に従事してきたが、家業の酒店を続けていく必要があったため、転勤を断って、昭和五五年に停年退職するまで、平職員のまま同営業所に勤続し、その間、経理を担当したり、管理職に就いた経験はない。原告は、四国電力を退職後、酒店の経営に専従しており、その売り上げは年間五、六百万円程度にまで上ったこともあったが、安売店進出の煽りを受けるなどしたため、平成二、三年ころからは年間三〇〇万円程度にまで減少している。なお、原告は、結婚歴を有するが、昭和三二年に妻を亡くして以来、一人暮らしを続けている。
(二) 原告は、昭和四三年ころから昭和五五年ころまで、愛媛証券大洲支店において株式の取引を行っていたことがあった。その取引の内容は、専ら、電力株やソニー、三菱重工といったいわゆる優良銘柄の現物取引であり、主に、定期講読していた朝日新聞の株式欄から得た情報を基にして投資判断を行っていた。なお、原告の投資金額は、当初約二〇〇万円から始めて徐々に増やして行き、昭和五五年ころまでには合計約一〇〇〇万円にまで達して、取引全期間内に取得した利益は、約五〇〇万円までに上っていた。
(三) 原告の資産は、四国電力退職時において、それまでの預貯金等約三〇〇〇万円と退職金約一一〇〇万円の合計約四一〇〇万円があったが、その後、自宅や店舗の建替費用約二五〇〇万円を出捐したため、被告との取引を開始した昭和六〇年当時の資産は、一六〇〇万円程の預金等であった。
2 ワラントの特質等
(一) ワラントは、昭和五六年商法改正によって制度化された新株引受権付社債(ワラント債)の社債部分から分離され、独自に取引の対象とされている新株引受権、すなわち、発行会社の株式を一定期間(権利行使期間)内に一定価格(権利行使価格)で一定量の新株式を購入できる権利を表章する証券である。
(二) ワラント債の発行会社は、その発行前に投資者が新株を引き受けるために払い込むべき価額を定めることになるから、その銘柄の株価が上昇し、新株引受権を行使することにより時価よりも割安に新株が取得できる場合であれば、投資者は権利を行使して低コストで新株取得の機会を得ることができるが、株価が行使価格よりも下落すると、新株引受権を行使して新株を取得する意味がなくなるため、実際に権利を行使する機会はなくなる。このように、ワラントの価格は、理論的には、株価から行使価格を差し引いた額(パリティ)によって決定されるが、現実の市場では、将来の株価の値上がりへの期待値(プレミアム)が付加された価格で取り引きされている。
(三) したがって、ワラントの価格は、原則として、その銘柄の株価が行使価格を上回れば上昇し、下回れば下落するというように、その銘柄の株価の上下に伴って変動することになるが、権利行使期間内では、仮にパリティが零であっても、その銘柄の株価が上昇するとの期待感がある限り、プレミアムが付いて無価値になることはない。しかし、権利行使期間を徒過したとき、あるいは、右期間内でも当該株価が再び権利行使価格以上に上昇することが見込まれなくなったときには、当該ワラントは無価値、ないし無価値同然となる。
(四) そして、ワラントは、その銘柄の上下によって株式の数倍の幅で価格が上下する傾向があることから(これを「ギアリング効果」という。)、株式を売買した場合に比べて、小額の投資により株式に投資した場合と同等以上の利益をあげることも可能であるが、反面、値下がりも激しく、権利行使期間の経過の前後を問わず、投資金額全額を失うこともあり得るため、同額の資金で株式の現物取引を行う場合に比べ、ハイリスク、ハイリターンと呼ばれる性質を有するものである。
(五) 分離型のワラントのうち、国内ワラントについては、昭和六〇年末から発行が行われるようになり、昭和六一年三月三日から東京証券取引所に上場され、取引が行われている。他方、外貨建ワラントについては、昭和六一年から国内での発売自粛が解かれて以来、証券会社と顧客との相対取引により売買されてきている。そのために、国内ワラントに比べても、どのように価格が形成されているのか不透明であり、従来は時価の公表がされていないこともあって、顧客の得られる情報量が乏しい状況にあったが、平成元年一月から業者間売買市場が創設され、同年五月からは、外貨建ワラントの代表銘柄(約四〇銘柄)について売値と買値の気配値を日本経済新聞誌上で発表されるようになり、さらに、平成二年九月二五日からは、各証券会社間の外貨建ワラントの取引を、原則として、日本相互証券株式会社に集中させ、その値段を公表するようになった。
(六) ワラントの時価は、ポイントという指標、すなわち、ワラント債の券面額を一〇〇ポイントとし、これに対する百分率を示す数字で表示されているため、一ワラントを円に換算した値段を知るには、ポイント表示されたワラント価格に社債の額面を(外貨建ワラントの場合にはさらに為替レートを)乗じたものを一〇〇で除するという計算を要する。したがって、ポイントだけを知っていても、ワラント債の額面が分からなければワラントの時価を算出することはできず、ひいては、一ポイント上がることによっていくら差益が生ずるかも算出できないことになる。
3 本件各ワラント購入前の原告と被告との取引
(一) 原告は、昭和六〇年ころ、被告から郵送されて来た案内を見て、個人の判断だけで投資するよりも、専門の大手証券会社に任せた方が有利な投資ができるものと考え、再び、証券投資による資産運用を始めることとした。そして、原告は、昭和六〇年八月七日、被告に対し、総合取引申込書(乙一)、保護預り口座設定申込書(乙二)、総合印鑑届(乙三)、等の書類を提出し、被告との証券取引を開始した。
(二) 当初、被告従業員の田中が原告との取引の担当者となり、取引の開始に当たって原告宅を訪問したが、その際、原告は、同人に対し、老後のために資産を増やしていきたい旨を伝えていた。そして、原告は、田中の勧めに従い、昭和六〇年八月二三日のレインボーファンド情報エレクトロニクスを七五〇万円で買い付けたのを皮切りに、主に三菱重工、四国電力、東京瓦斯、大日本印刷、三菱電機、東レなどいわゆる優良銘柄の株式について、約二か月ないし五か月の周期で売買を繰り返していった。
(三) 原告は、楠原が原告の担当となるまでの約四年余りの間に、被告との証券取引により二〇〇万円以上の差益を取得していたが、この間、原告は、主に朝日新聞によって株価を確認しながら、田中の勧めたとおりに株式等を取り引きし、同人から勧められたものが原告の意に沿った優良銘柄の株式であったことや、それなりに差益を取得してきたことから、取引がやや頻繁な点を除いて、特に不満を持つことはなかった。
(四) 被告従業員の楠原は、平成元年一二月一日付けで、岐阜支店から松山支店へと転勤になり、原告を担当することになったため、そのころ、電話や挨拶状の送付により、原告に担当者の交代を連絡した。楠原は、原告に対し、加ト吉株の売却の勧誘を始めとして、平成二年一月二九日までに、ローランド、フエバ、東京エレクトロンの各株式や、オーロラファンド、ドイツ投資ファンドの各投資信託の購入を勧誘し、いずれも数日間内に再びその売却を勧誘するという頻繁な取引を勧めた。
(五) 原告は、楠原の勧誘どおりに証券取引を行ったが、同人から勧められて買い付けた商品は、ローランド株による四三万二一四三円の利益を上げたにとどまり、かえって八一万一六八二円の売却損を出したため、余りに頻繁な取引とそれ程利益が出ないことに不満を持ち、同人に対して、利益が出ないことについての不平を述べ、ソニーや電力株等の銘柄がいいなどと伝えた。これに対し、楠原は、原告に対し、「そういう株は(利益が出るのが)遅い。」などと説明して、原告から申出のあった銘柄を採り上げようとはしなかった。そして、楠原は、原告に対し、平成二年一月二九日には、発展途上国で将来有望で期待できる旨告げて、マレーシアファンドの購入を勧誘し、原告は、値上がりすることがほぼ確実であろうという印象を受けたため、楠原の勧誘に従って右ファンドの購入を決め、同日、一〇三九万八四五〇円で買付の約定をした。
4 本件ワラントの取引
(一) 楠原は、自分が担当者になってから原告に損失が出ていたことから、その挽回を図らせようとの考えもあって、原告に対し、日本セメントワラントの購入を勧誘することとし、平成二年一月三〇日、原告宅へ電話による連絡をした。楠原は、原告に対して右ワラントを勧誘するに当たり、日本セメントの会社概要を会社四季報に基づいて簡単に説明し、右ワラントが有望であるなどとセールストークを行った。そして、ワラントの性質等については、「ワラントは株式を引受ける権利を売買するものである。」、「株価に連動してワラント価格が上下し、その幅は株価の数倍になる。」、「ワラントには行使価格があって、行使期限までに行使しなければ価値がなくなる。」などと説明し、後日説明書が送付され、確認書を徴求することになっていることや、日本セメントワラントの単価及び行使期間を告げた。しかし、原告は、それまでワラントについての知識や取引経験が全くなく、楠原からの右説明を受けても、株式との違いについて必ずしも十分に理解できず、日本セメントが大手企業であり、投資効率の良い株式の一種程度の認識しか持てないまま、特に質問や反論をせず、同人に勧誘されるままに、同日、日本セメントワラントを九二万四〇〇〇円で四ワラント買い付けた。
(二) 原告が日本セメントワラントの買付をした数日後、被告から原告のもとにワラント取引説明書(乙九と同じ書面)が郵送された。右説明書は、図解入りでワラントの特徴と仕組みについて記載されたパンフレット状のもので、「ハイリスク、ハイリターンのワラント投資」として、「株式投資よりも小額の資金で同等以上の利益を上げることが可能です。反面、値下がりも激しく場合によっては投資金額の全額を失うことがあります。」との記述もあるが、「ワラント投資の魅力」の項目中の記述であって、全体的には、解説入りとはいえ難解な専門用語が用いられており、ワラントの投資効率の高さが強調されているきらいがある。右説明書は、ワラントを購入した顧客全員に送付する扱いとなっていたもので、その裏表紙には、「ワラント取引に関する確認書」が添付されており、同確認書には、「私は、貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断と責任においてワラント取引を行います。」旨印刷され、顧客が必要事項を記入したうえで、これを右説明書から切り離し、被告に返送することが予定されていた。原告に送られてきた右確認書(乙一〇)には、既に被告において日付欄に「平成2年1月30日」と記入され、住所、氏名、押印欄の署名、押印を要する箇所に鉛筆やマーカーによって目印が施されていた。原告は、同確認書の所定欄に住所、氏名を自署し、押印したうえで、これを説明書から切り離し、平成二年二月六日までに被告に返送したが、日頃送られてくる被告からの書類の一つという理解で、中身については余りよく目を通さなかった。また、楠原は、右取引説明書が送られた後、原告に対し、それによって十分な理解が得られたかについての確認や、補足説明等を行っていない。
(三) 楠原は、平成二年二月一日、イビデンワラントの購入を勧誘するため、原告宅へ電話連絡をしたが、イビデンの会社概要を会社四季報に基づいて簡単に説明してセールストークを交えながら勧誘を行い、イビデンワラントの単価や行使期限を告げたものの、ワラントの特質、ことに危険な側面の性質に関する説明はしなかった。このときも、原告は、取引の対象がワラントであるとの明確な認識はなく、株式ないし外国株を購入する程度に考えて、右勧誘を承諾し、同日、イビデンワラントを八九万六〇〇〇円で四ワラント買い付けた。その後、原告は、楠原からイビデンワラントの高騰を聞かされ、同人の勧めに従って、同年五月一一日、同ワラントを一六四万二七〇三円で売却し、七四万六七〇三円の差益を取得した。
(四) 原告は、平成二年五月一五日、被告から郵送された回答書(甲一一)に記載された証券残高を確認し、これに署名、押印した際、自分の購入した商品が、日本セメントやイビデンの株式ではなく、ワラントという名称の商品であることに気付いた。しかし、被告や楠原に対して、その商品についての問い合わせや内容等の説明を求めることはせず、自ら調査することもしなかった。
(五) その後、原告が以前購入していたマレーシアファンドの価格がかなり下落したため、楠原は、マレーシアファンドから投資効率の良い全日空ワラントへ乗換えた方が適当であると判断し、同年六月八日、原告に対して電話連絡をした。その中で、楠原は、原告に対し、マレーシアファンドに損失が出ていることを告げ、株式相場が回復基調であるから株式よりもワラントの方が投資効率が良い旨を告げて、同ファンドの売却と全日空ワラントの購入を勧めた。その際、楠原は、原告に対し、全日空ワラントが外貨建ワラントであり、為替相場の影響を受けることや同ワラントの単価及び行使期限を告げたが、前同様、ワラントの危険性については特に説明せず、原告は、このときも、取引の対象が全日空の株式とそれ程は違わない程度の認識で、楠原の勧めに従い、マレーシアファンドを七〇九万四八九五円で売却し(損失は三三〇万三五五五円)、全日空ワラントを六五六万六四〇〇円で四五ワラント買い付けた。
(六) 全日空ワラントを買い付けた翌日ころ、被告からワラント説明書(甲二七とほぼ同様のもの)が原告のもとに郵送されたが、前記説明書(乙九)とは異なり、冒頭に「ワラントのリスクについて」と題して、権利行使期間の終了により無価値となることなどの危険をアンダーラインを付して強調し、投資に当たっては十分注意する必要がある旨を警告しているものであって、原告は、同説明書を一読して、ワラントが値動きの激しい商品であること、権利行使期限があること、新株を引き受ける際に新たな資金を要することなどを明確に認識したが、被告や楠原に対し、購入済みのワラントについて、特に確認や説明を求めることまではしなかった。
(七) 平成二年八月初めになると、中東での湾岸戦争が勃発した影響で株価が急落するという事件が起こっていたが、楠原は、湾岸戦争が早期に終結し、株式市場も回復するであろうとの見通しを持っていたことから、同月八日、原告に対し、電話により、日商岩井ワラント(外貨建)の購入を勧めた。このときは、原告は、右商品が株式とは異なるワラントであることの明確な認識を持っていたが、主に資金的な余裕がないとの理由でその勧めを断った。これに対し、楠原は、一旦電話を切ったものの、日商岩井の業績が良いことなどから再度勧誘してみようと原告に電話を掛け、同会社の業績が良いことなどを説明して、強く右ワラントの購入を勧めた。そこで、原告は、楠原が執拗に購入を勧めてくることから、預貯金等を併せて購入資金を捻出することとし、その勧めに従って、日商岩井ワラントを一七三万八八〇〇円で二〇ワラント買い付けた。楠原は、右勧誘に当たっても、ワラントの危険性については特に説明をせず、また、原告も、その点についての説明を求めなかった。
5 本件各ワラント取引後の経過
(一) 原告が購入したイビデンワラントを除く各ワラントは、湾岸戦争の勃発やいわゆるバブル経済の崩壊の影響を受けて、いずれも急落していった。それまで楠原から購入したワラントの価格に関する情報を与えられていなかった原告は、平成二年一一月二二日の朝日新聞に、価格の下落したワラントは「紙屑同然」という記事が載ったのを見て驚き、また、その後に被告から郵送されてきた「外貨建ワラントの時価評価のお知らせ」を見て、原告の購入していた全日空ワラント及び日商岩井ワラントがいずれも半値程度にまで下落してかなりの評価損を出し、値上がりする見込みもないのではないかと懸念されたため、原告は、直ちに電話をして、楠原に売却方の相談を持ちかけた。これに対し、楠原は、権利行使期限まであと二年あることから、株価の上昇を期待して待った方が良いと答えたため、原告はその売却を控えたが、結局、ワラント価格は戻ることなく下落して行った。
(二) そして、原告は、楠原の勧めに従い、平成四年一〇月二一日、全日空ワラントを二七三五円で、日商岩井ワラントを一二一六円でそれぞれ売却し、投資金額のほとんどを失うことになった。このとき、楠原は、日本セメントワラントについて、権利行使期限まで約一年間残されていることから売却を勧めなかったが、結局、その後も売却されずに権利行使期限である平成六年二月二日を徒過したため、価値はなくなり、同ワラントに投資した金額(九二万四〇〇〇円)の全てを失った。
以上の事実が認められる。
右認定に反し、原告は、被告からワラントに関する説明書の交付はなく、確認書(乙一〇)も、それ一枚が送付されてきたものである旨供述するが、前記認定のとおり、被告は、ワラントを購入した顧客全員に対して、ワラント取引説明書を送付する取扱いを行っていたこと、同確認書の左上端部分に原告の実印による割り印が押され、印影が半分切り取られていること、同確認書(乙一〇)の右下端に印刷された様式番号「29403」が、被告の手元にあるワラント説明書(乙九)と一致することに照らせば、原告は、右確認書に署名押印してこれを説明書から切り離し、被告に返送したと認めるのが相当であり、原告のこの点に関する供述部分は採用できない。また、原告は、楠原からワラントに関する説明を一切受けていない旨供述するが、原告において十分に理解できたか否かは別として、その説明を全く受けていないとの原告の供述は、前記一連の経緯や楠原の証言に照らして、信用することができない。
他方、楠原は、原告に対し本件取引の当初からワラントについて危険性の面を含めて十分説明し、原告が購入したワラントの価格も、一か月に二、三回の割合で原告に電話連絡していた旨証言するが、その証言は、証券マンとして一般的に顧客に告げることになっているマニュアルをそのまま述べる域を出ず、具体性や臨場感に欠けるもので、原告の前記ワラント購入の経過や原告の供述に照らし、にわかに信用することができない。
二 被告の賠償責任について
右認定事実に基づき、被告の従業員である楠原が本件取引において原告にワラント購入を勧誘した行為について違法性があるか否かについて、以下、検討する。
1 一般に、証券取引は、本来、利益の反面においてリスクや危険を伴うものであるから、証券市場に参入しようとする投資家は、自らの資力や投資判断能力、情報収集力を勘案して、自己に適合した証券取引を、自己の判断と責任において選択しなければならないというべきであり(自己責任の原則)、右原則は、本件のようなワラント取引にも当然適用されるものといわなければならない。
しかしながら、一般の個人投資家が入手できる情報は、新聞、雑誌、あるいは証券会社の担当者によるものなどに限られているのに対し、証券会社は、証券市場を取り巻く政治、経済情勢や証券発行会社の業績、財務状況等について、高度の専門的知識、経験、情報等を有する実情にあることからすれば、個人投資家が証券取引の専門家としての証券会社の推奨、助言等を信頼して証券取引を行った以上、その取引態様の如何によっては、右のような投資家の信頼は、単なる事実上の影響力としての範疇に止まらず、法的保護を受ける場合もあり得るといわなければならず、自己責任の原則を根拠に、全ての責任や損害を顧客一人に負わせるのは相当でないというべきである。
その意味から、証券会社ないしその従業員は、証券取引に当たり、顧客に対して、具体的な案件に応じて、顧客の投資能力(年齢、学歴、職歴、投資経験等)、資金の性格、投資目的等に照らし、その意向と実情に適合した取引が行われるように努めるとともに、証券会社が積極的に勧誘して行われる証券取引の場合においては、その証券の内容や特質、ことにその危険性についての正当な認識を形成するに足りる情報を顧客に的確に提供すべき注意義務があるというべきである。そして、証券会社ないしはその被用者たる従業員において、右注意義務に違背して顧客に対する証券取引を勧誘した場合は、信義誠実の原則に照らし私法秩序に違反して違法との評価を免れず、これによって生じた顧客の損害について、不法行為(使用者責任)に基づく賠償責任を負うというべきである。
2 これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、次のとおり判断される。
(一) 原告は、本件取引の以前において、昭和四三年ころから約二〇年間もの長期にわたり、愛媛証券大洲支店において証券投資を行い、最終的には一〇〇〇万円にも上る取引を行っていたのであるから、一面において相当の証券取引経験者であったということができる。しかしながら、原告が愛媛証券において取引の対象としていたのは、電力株等のいわゆる優良銘柄の現物取引に限られており、その投資判断は、原告自らが銘柄を選定して買付、売却を行うというものであったが、その基礎となった情報は、主に、一般紙である朝日新聞に依っており、情報源もかなり限定されたものであったといえる。また、原告の被告との証券取引に関しても、楠原が担当となる以前の取引内容をみると、専ら担当者の勧誘に依拠して行った取引の対象は、ほとんどが大手企業のいわゆる優良銘柄ばかりである。そうすると、原告は、相当の証券投資の経験を有するものの、本件取引以前の投資知識や投資対象は、主に株式、それもいわゆる優良銘柄に関するものが多く、投資方法も現物取引が主であって、比較的手堅い商品を好む投資傾向ないし投資態度が窺われる。
(二) また、原告は、本件取引において各ワラントを購入した当時、六七歳の老齢であり、長年勤務した四国電力では主に検針や集金などの営業業務を行い、経理業務や管理職に就くこともなく平社員のまま停年を迎え、その傍らで比較的零細な酒店を経営してきたとの経歴を有するのみであって、信用取引の経験もなく、その職歴や年齢からしても、新規あるいは特異な証券知識を短期間で的確に理解する能力があったとは認め難い。
そして、原告の投資資金は四国電力退職時の預貯金や退職金であって、その投資目的は、早くに妻を亡くした一人暮らしの老人という原告の境遇等からすれば、原告自身も供述するように、老後の生活資金を少しでも増やしたいというものであったと認められる。
(三) ところで、本件取引の対象となったワラントには、前記認定のとおり、株式とは異なった多くの特質やそれに基づく危険性があるうえ、分離型の国内ワラントが発行されたのは昭和六〇年末から、外貨建ワラントの取引が解禁されたのは昭和六一年からと、原告が本件取引を開始するまでにそれほどの期間は経過していなかったことから、一般投資家間の周知性も乏しかったと認められ、個人投資家において、ワラントについて正確な知識を得ることは相当に困難であったといわなければならず、原告においては、本件取引までワラントは全く馴染みのない商品であったものである。
(四) そうすると、証券会社である被告ないし被告従業員において、前記投資能力、投資傾向、資金及び投資目的を持つ原告に対し、周知性に乏しく、株式とは異なった多くの危険性を含む特質を有するワラントの購入を勧誘するのであれば、電話による短時間の説明によるのではなく、できるだけ原告に直接面会したうえで、ワラントの意義、権利行使価格、権利行使期間はもとより、ワラントの有する高利益性(ハイリターン)だけでなく、株価の下落に伴う価値の暴落や権利行使期間経過による無価値化の危険性(ハイリスク)、ワラントは価格表示が複雑であること、さらに、外貨建ワラントについては、外貨建ワラントの価値を知るには証券会社への問い合わせが必要なことや、上場株式と異なり売買の相手方が証券会社である相対取引で売買されることなどについて、その理解を確かめながら、具体的に説明すべきであったというべきである。そうでなければ、前記投資属性を有する原告において、株式と異なるワラントの金融商品としての特質を的確に理解して取引を行うことは、著しく困難であったと考えられ、まして、被告従業員の楠原において、ワラント取引の勧誘や説明を電話で行おうとするのであれば、原告に対し事前に説明書を交付して予備知識を与えるなどの措置を講じたうえで、具体的で懇切な説明を行うなどの配慮をすべきであったといわなければならない。
(五) しかるに、被告の従業員である楠原は、原告の前記投資能力、投資傾向、資金の性格及び投資目的については、前任の担当者から聴くなどして調査すれば比較的容易に知り得たと考えられるのに、原告が酒店を経営していること、余裕資金で投資したことを聞いた旨供述するだけで、ワラントという危険(ハイリスク)な一面を有する新規の証券取引を勧誘するに先立ち、原告の右投資属性について確認した形跡が窺えず、この点についての配慮を欠いていたといわざるを得ない。そして、楠原は、右配慮を欠いたまま、原告に対する日本セメントワラントの勧誘に際しては、電話を使い、セールストークを交えながら、ワラントの意義、価格の変動、権利行使期限や権利行使価格等について具体性に乏しい一遍の説明をしたに止まっており、それ自体、的確な投資判断をするには不十分な説明であったといわざるを得ない。しかも、その勧誘時から購入の約定までにワラントに関する取引説明書の交付もしておらず、原告において、楠原の説明を十分に理解できず、それまでの取引と同様に株式の一種を購入する程度にしか理解せずに本件取引を開始したのも無理からざる側面があったというべきである。
(六) さらに、その後の本件取引においても、楠原は、原告に対し、いずれも、電話によるワラント購入の勧誘を続けており、前記取引説明書を交付し、確認書を徴求しているものの、その内容を正確に理解したかについての確認や補足説明、質疑応答まではしておらず、その勧誘の動機において原告の損失を挽回させようとする善意の一面があったにせよ(実際、イビデンワラントでは、短期に七四万円余の差益を生んでいる。)、比較的短期間に高額のワラント購入を数回に及び勧誘していることは、原告の投資に関する前記属性を無視した行き過ぎた態度であったといわざるをえない。ことに、六五六万円余の大量、高額な全日空ワラントの購入については、楠原は、マレーシアファンドの下落による損失を原告に告げて、投資効率の良さ(ハイリターン)の側面を強調して、その購入を積極的に勧誘しており、同ワラントが外貨建で、為替相場の影響を受けることの概略説明はなされているものの、電話による説明に止まっているうえ、外貨建ワラントに特有の取引形態や価格表示に関する具体的説明をした形跡は全く窺えない。さらに、その後の日商岩井ワラントについても、その取引時点では、原告においてワラントの特質についての理解が相当進んでいたことが窺えるが、楠原は、湾岸戦争の勃発後の株価の急落した時期であり、全日空ワラントの大量購入後で原告から資金不足を理由に購入を断られたにもかかわらず、証券マンとしての株式市場の反転期待という自らの判断から執拗に原告を勧誘して、一七三万円余のワラント購入に踏み切らせており、その勧誘態度には明らかに行き過ぎがあったといわざるを得ない。
(七) 以上を総合すると、被告の従業員である楠原の原告に対する各ワラント購入の本件取引に関する勧誘行為は、原告の証券投資についての属性に対する配慮を欠いたものであるうえ、その説明方法が電話に止まるもので適正を欠き、説明内容もワラントのハイリターンの側面を強調して、ハイリスクの側面について警告が不足したものといわなければならず、加えて、その勧誘態度は、原告の投資属性についての配慮を欠いたまま、いずれも証券会社の側から顧客を積極的に主導して、比較的短期間に高額のワラント購入を繰り返させたというもので、行き過ぎた一面があったといわざるを得ず、証券会社の従業員としての、証券取引における顧客に対する前記注意義務に違背したものであって、違法であるとの評価を免れないというべきである。したがって、被告は、原告に対し、本件取引により原告が被った損害について、不法行為(使用者責任、民法七〇九条、七一五条)に基づく賠償責任がある。
三 原告の損害について
(一) 損害額
前記認定のとおり、原告は、楠原の違法な勧誘行為により、日本セメントワラントを九二万四〇〇〇円で、イビデンワラントを八九万六〇〇〇円で、全日空ワラントを六五六万六四〇〇円で、日商岩井ワラントを一七三万八八〇〇円で、それぞれ購入したが、イビデンワラントを一六四万二七〇三円で売却して七四万六七〇三円の差益を取得した以外は、全日空ワラントは二七三五円で、日商岩井ワラントは一二一六円で売却し、日本セメントワラントは無価値となっており、結局、各ワラントの購入代金合計額一〇一二万五二〇〇円からその売却代金合計額一六四万六六五四円を控除した八四七万八五四六円の損害を被ったことが認められる。
(二) 相当因果関係
ところで、被告は、本件取引により原告が購入した各ワラントの価値が下落したのは、湾岸戦争の勃発やいわゆるバブル経済の崩壊によって株式相場全体が急激に悪化したことによるものであるから、楠原の勧誘行為と原告の損害との間に相当因果関係はない旨主張する。しかしながら、原告は、本件において、楠原の勧誘によって各ワラントの購入に及んだものであり、証券相場は様々な政治、経済情勢を反映して、時には高騰し、又は急落することもまま経験されるところであって、およそ株式相場全体が急激に悪化したことをもって不可抗力と捉えることはできず、株式相場全体の急激な悪化を理由に楠原の勧誘行為と原告の損害との間に相当因果関係はないとする原告の主張は失当である。
(三) 過失相殺
被告は、仮に本件取引について被告に賠償責任があるとしても、証券取引における顧客の自己責任の原則からして、原告にも過失があり、大幅な過失相殺がなされるべきである旨主張するので、以下、検討する。
1 前記認定のとおり、原告は、本件取引において、当初の日本セメントワラントの購入の数日後には、被告からワラント取引説明書を送付されて、ワラントに関する情報を知り得たものであり、平成二年五月一五日までには、被告から送付されてきた証券残高を確認して日本セメントワラント及びイビデンワラントの各ワラントの名称の商品を購入していたことに気付いていたのであるから、少なくとも、全日空ワラントを購入するまでには、ワラントに関する正確な知識や情報を得ようとすれば、楠原に問い質すなどして、それができる機会があったものといえる。しかし、原告は、ワラントについての情報収集や調査を怠っており、その後に全日空ワラントを勧誘された際にも、ワラントの性質や外貨建ワラントの価格が為替相場の影響を受けることなどについて一応伝えられたにもかかわらず、自らその説明内容について楠原に問い質すことなどをせず、安易に、株式とそれ程違わない証券であるとの理解に止まっていたのは、証券投資取引に参加する顧客としての自己責任の原則に照らして、不注意の誹りを免れない。
2 また、前記認定のとおり、原告は、全日空ワラントを購入した直後に被告から送られてきたワラント取引説明書(甲二七と同じ書面)を一読して、ワラントの有する危険性を含めた特質を一応理解しており、そのうえで日商岩井ワラントを購入していることからすれば、楠原の行き過ぎた執拗な勧誘があったにせよ、湾岸戦争勃発後という株価の急落という状況の中で右購入を決めたことは、これまた、自己責任の原則に照らし、看過できない落ち度であるといわなければならない。
3 さらに、前記認定のとおり、原告は、個人的な判断で証券取引を行うよりも、大手証券会社である被告に任せた方が有利と考えて、被告との取引を開始していることが窺えるが、いかに証券会社の担当者の勧めを信頼して証券投資を行うといっても、顧客である原告自身の判断と責任において取引を行う姿勢を失ってしまってはならないことは当然といわなければならない。しかるに、原告は、被告との取引の全期間にわたり、被告従業員の違法と評価される勧誘行為があったにせよ、勧められるままに、本件取引を行っており、「個人で売買するよりは、専門家に任せた方が有利かなあという気持ちでした。」などと供述していることからみても、安易に証券会社に依存し、担当者の言を過度に盲信して取引を行ってきたものと認められる。そして、このような原告の態度が、数回に及ぶ各ワラントの本件取引によって損害を被る結果となった一因であることは否めず、この点も原告側の落ち度として指摘されなければならない。
4 以上のように、本件取引による原告の損害の発生については、原告にも責められるべき相当の落ち度が認められ、前記認定した被告従業員の勧誘行為の違法性の内容、程度、その他本件に現れた諸般の事情を総合して判断すれば、過失相殺として、本件取引全体を通じて、前記損害額八四七万八五四六円のうちその四割を減ずるのが相当というべきである。したがって、右過失相殺後の原告の損害額は、五〇八万七一二七円となる。
(四) 弁護士費用
原告が本件訴訟の提起、追行を訴訟代理人である弁護士に委任したことは、本件記録上明らかであり、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らし、被告の前記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は五〇万円と認めるのが相当である。
第五 結論
以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、金五五八万七一二七円及びこれに対する不法行為後の平成五年一月二五日(訴状送達の翌日であることが記録上明らかである。)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官佐藤武彦 裁判官熱田康明 裁判官鈴木博)