松山地方裁判所 平成7年(わ)167号 判決 2001年11月22日
主文
被告人××株式会社を罰金四五〇〇万円に、被告人△△株式会社を罰金三〇〇〇万円に、被告人甲野太郎を懲役二年六月に、それぞれ処する。
被告人甲野太郎に対し、この裁判確定の日から五年間、その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人三名の連帯負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人××株式会社(以下「被告人××」という。)及び被告人△△株式会社(以下「被告人△△」という。なお、両会社を指すときは「被告人二社」ともいう。)は、いずれも愛媛県越智郡波方町大字樋口甲<番地略>に本店を置く砂利採取、販売等を目的とする資本金一〇〇〇万円の株式会社であり、被告人甲野太郎(以下「被告人甲野」という。)は、被告人△△の代表取締役及び被告人××の実質的経営者として、被告人二社の業務全般を統括している者であるが、被告人甲野は、平成元年ないし平成四年当時の被告人××の代表取締役及び被告人△△の従業者として被告人二社の経理等を統括していたAと共謀の上、被告人二社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上の一部を除外し、架空経費を計上するなどの方法によって所得を秘匿した上(別紙5及び6の内訳明細書参照)、
第1 被告人××について
1 平成元年八月一日から平成二年七月三一日までの事業年度における実際の所得金額が一億〇六七八万三三五〇円(別紙1―1の修正損益計算書及び修正砂利売上原価報告書参照)であったにもかかわらず、同年九月二八日、同県今治市常盤町<番地略>所在の所轄今治税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が一〇九八万五一一一円で、これに対する法人税額が三五〇万二二〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書「(平成8年押第2号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為によって同被告人の同事業年度における正規の法人税額四一八二万一四〇〇円と上記申告税額との差額三八三一万九二〇〇円(別紙2―1の税額計算書参照)を免れ(被告人××及び被告人甲野に対する平成七年七月六日付け公訴事実第1)、
2 平成二年八月一日から平成三年七月三一日までの事業年度における実際の所得金額が一億九〇九六万七八一〇円(別紙1―2の修正損益計算書及び修正砂利売上原価報告書参照。なお、「公表金額」欄の数額は期限後申告に係る損益額である。)であったにもかかわらず、同法人税の納付期限である同年九月三〇日までに上記税務署長に対して法人税確定申告書を提出しないで同法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為によって被告人××の同事業年度における法人税額七〇三六万七二〇〇円(別紙2―2の税額計算書参照)を免れ(上記公訴事実第2)、
3 同年八月一日から平成四年七月三一日までの事業年度における実際の所得金額が一億九六八六万八四〇一円(別紙1―3の修正損益計算書及び修正製造原価報告書参照)であったにもかかわらず、同年八月二七日、上記税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が一六二五万五三六四円で、これに対する法人税額が四七八万五五〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の5)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同被告人の同事業年度における正規の法人税額七二五一万五三〇〇円と上記申告税額との差額六七七二万九八〇〇円(別紙2―3の税額計算書参照)を免れ(上記公訴事実第3)、
第2 被告人△△について
1 平成二年二月一日から平成三年一月三一日までの事業年度における実際の所得金額が一億三九二八万四〇一二円(別紙3―1の修正損益計算書及び修正海上運送原価報告書参照)であったにもかかわらず、同年三月二八日、上記税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が一九五五万五二二五円で、これに対する法人税額が六六五万円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同被告人の同事業年度における正規の法人税額五四五四万一六〇〇円と上記申告税額との差額四七八九万一六〇〇円(別紙4―1の税額計算書参照)を免れ(被告人△△及び被告人甲野に対する平成七年七月六日付け公訴事実第1)、
2 平成三年二月一日から平成四年一月三一日までの事業年度における実際の所得金額が二億〇三九八万五六九四円(別紙3―2の修正損益計算書及び修正製造原価報告書参照)であったにもかかわらず、同年二月二四日、上記税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が二一四九万五四一四円で、これに対する法人税額が六六四万八七〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、被告人△△の同事業年度における正規の法人税額七五〇八万二四〇〇円と上記申告税額との差額六八四三万三七〇〇円(別紙4―2の税額計算書参照)を免れ(上記公訴事実第2)
たものである。
(争点に対する判断)(以下の括弧内の検の番号は検察官請求証拠の番号を、弁の番号は弁護人請求証拠の番号を、それぞれ示す。)
弁護人の主張は要するに次のようなものである。すなわち、本件では、税務調査が、犯則調査の手段として行使され、犯則調査を有利に進めるための手段として利用されているのであるから、このような犯則調査は法人税法一五六条及び一六三条並びに憲法三一条、三五条及び三八条に違反する。そして、本件公訴は、違憲・違法な犯則調査の結果に全面的に依拠しており、この犯則調査がなければ提起できなかったのであるから、違憲・違法な捜査に依拠した無効なものとして公訴自体が棄却されるべきである。また、本件臨検・捜索・差押許可状の執行以降に収集された検察官請求証拠並びに被告人甲野の質問てん末書及び検察官に対する供述調書は、すべて上記各法条に違反するから、違法収集証拠に該当する。よって、同被告人らの公判廷における自白を裏付ける補強証拠はないことに帰するから、被告人ら三名は無罪であるというのである。そこで、検討を加える。
第1 まず、関係各証拠によれば、本件の事実経過等について、次のような事実が認められる。
1 税理士であるBは、被告人甲野から、平成六年四月七日に被告人二社が合計約五億円の売上除外をしていることなどを打ち明けられた上、同月九日には修正申告をして欲しいとの依頼を受けた。そこで、Bは、同月一一日午前一一時三〇分ころ、今治税務署に赴き、同署副署長のCに対し、被告人二社が売上除外をしていることを打ち明けて修正申告の可否等について相談した。
2 Cは、同月一二日午前九時ころ、Bからの上記相談の内容について同税務署法人課税第一部門統括国税調査官のD及び同第三部門統括国税調査官Eとの間で対応を協議した結果、同署職員を税務調査に行かせることにした。
3 そこで、DとEは、同日午後〇時三〇分ころ、部下である同税務署法人課税第三部門所属上席国税調査官のFと同部門所属国税調査官のGに対し、被告人二社に対する税務調査を指示した。また、Cは、同日午後一時過ぎころ、Bに電話し、職員を調査に行かせる旨伝えた。
4 FとGは、上記指示に従い、同日午後一時三〇分ころ、被告人二社の事務所に赴き、そのころから同日午後四時前ころまでの間、B立会いの下に、被告人甲野やその妻のHに対し、修正申告を申し出た事業年度についての売上除外の方法や金額、売上除外の動機、修正申告を決意するに至った動機等について質問するなどした。また、FとGは、被告人甲野らから①被告人××の平成二年七月期、平成三年七月期、平成四年七月期の総勘定元帳、②被告人△△の平成二年一月期、平成三年一月期、平成四年一月期の総勘定元帳、③請求書四冊、④売上帳二冊、⑤手形帳一冊を預かり、その旨の預り証(弁1)を作成して交付したほか、⑥簿外資産である定期預金の名義人や残高等が記載された預金残高メモ五枚(弁2)、⑦売上除外金額が集計された除外金額集計表六枚(弁3)、⑧普通預金通帳の表紙裏の見開き部分のそれぞれの写しを受領した。
5 他方、高松国税局調査査察部(以下「調査査察部」という。)では、平成六年三月二二日、被告人二社に対する内てい立件決議をし、同日付けで内てい立件決議書を作成した。そして、この決議に基づき、調査査察部は、広島国税局調査査察部長に対し、同月二三日に防府税務署に対するI及びI'ビル株式会社の課税事績等の収集を、同月二四日に広島南税務署に対する○○有限会社の直近四年分の確定申告書外の徴求等を、それぞれ嘱託したほか、東京国税局査察部長に対し、同月二三日に横浜市中区役所に対するJ及びKの住民票の徴求及び課税事績の収集を嘱託し、同年四月八日までにそれらの回報を得ていた(なお、弁護人は、上記決議書について、同年三月二二日に作成されたのではなく、後日になって作成されたものの日付を遡らせたものであると主張する。しかし、同決議書が同月二二日に作成されたことは、同決議に基づいて高松国税局が対外的に行った調査嘱託に対する広島国税局調査査察部長等による調査回報書に記載されている調査嘱託書収受年月日等の日付の記載に照して明らかというべきである。)。
6 また、調査査察部は、同年四月一二日、職員のL査察官を派遣して、今治市役所において被告人甲野及び当時の被告人××の代表者Aの住民票を、波方町役場において被告人甲野及びAの戸籍謄本を、松山地方法務局今治支局において被告人二社の商業登記簿謄本を入手した。
7 さらに、調査査察部は、同月一三日、高松簡易裁判所に対し、被告人二社の事務所等を臨検場所とする臨検・捜索・差押許可状の請求をし、同日中にその発付を受けた。そして、その際の嫌疑事実は、被告人××だけを被嫌疑者とした上、平成三年七月期の隠ぺい所得額が六八七三万円、ほ脱税額が二五七七万三〇〇〇円、平成四年七月期の隠ぺい所得額が一億三〇一四万二〇〇〇円、ほ脱税額が四八八〇万三〇〇〇円、平成五年七月期の隠ぺい所得額が六一四三万一〇〇〇円、ほ脱税額が二三〇三万七〇〇〇円であるとするものであった。
8 そして、翌一四日、調査査察部は、Aの立会いの下に被告人二社の事務所を、被告甲野ら立会いの下に同被告人方居宅を臨検するなどし、帳簿等の証拠品を押収した。そして、上記4のとおりGらが税務調査の際に預かっていた総勘定元帳等については、被告人二社の事務所において、今治税務署からAにいったん返却された上で調査査察部によって押収された。
第2 ところで、税務調査は、租税の公平かつ確実な賦課徴収という行政目的をもって、課税要件事実を認定し、課税処分を行うために認められた純然たる行政手続である。これに対し、犯則調査は、犯則事件の証憑を収集して、犯則事実の有無や犯則者を確定するために認められ、犯則事実が存在すれば、告発を経て刑事手続に移行する手続である。すなわち、両者はその目的、手続等を異にするものである。よって、法人税法に定める質問検査権を、上記の行政目的を逸脱して、犯則調査の手段として又は犯罪捜査を有利に行おうとするために行使し、調査に藉口して証拠資料を収集することは、刑事手続における令状主義の原則を定めた憲法三五条や自己負罪拒否権を定めた同法三八条の趣旨に照らして厳に禁止されるべきものである。そして、法人税法一五六条が、質問検査権は犯罪捜査のために認められたものと解してはならない旨規定しているのは、正にこの理を明確化したものと解される。したがって、Dらが、本件税務調査において、質問検査権を、犯則調査の手段として行使し、又は、税務調査に藉口して犯則事件の証拠資料を収集したという事情があれば、本件税務調査は違法となるものというべきである。
しかしながら、法人税法一五六条の趣旨がこのようなものと解されるならば、同条は、適法な税務調査中に犯則事件が探知された場合に、これが端緒となって収税官吏による犯則事件としての調査に移行することをも禁ずる趣旨のものとは解されない(最高裁判所第二小法廷昭和五一年七月九日判決・最高裁判所裁判集(刑事)二〇一号一三七頁参照)。したがって、本件税務調査が本件犯則調査の端緒となったとしても、そのこと自体から本件犯則調査が違法とされるものではない。
第3 1 そして、D及びGは、公判廷において、本件税務調査の経過について、次のとおり証言をしている。
(1) Dは、平成六年四月一二日午前九時ころ、Cから、Bから被告人二社が売上を除外しているが、修正申告したいという相談があったことについて、今後の対応を相談され、Eを交えた三人でその協議をした。その結果、上記相談内容を具体的に把握するため、職員を税務調査に行かせることにした。
(2) DとEは、同日午後〇時三〇分ころ、FとGに対し、被告人二社が多額の不正をしており、修正申告しようとしているという情報があるので、本日被告人二社に税務調査に行き、不正の内容、修正申告の理由等を聴取するほか、可能であれば帳簿類を預かってくることなどを指示した。
(3) そこで、FとGは、同日午後一時三〇分ころ、被告人二社の事務所に赴き、そのころから同日午後四時前ころまでの間、B立会いの下、被告甲野らから不正申告の内容等について聴取するなどした。そして、前記第1の4のとおり、被告人二社の帳簿類を預かり、その旨の預り証を作成して手渡すとともに、預金残高メモ五枚、除外金額集計表六枚、普通預金通帳の表紙裏の見開き部分のそれぞれのコピーを受け取った。
(4) FとGは、同日午後四時過ぎころ、今治税務署に戻り、DとEに対して、被告人二社が売上を除外していること、除外した資金が預けられている預金口座の内容等を復命し、前記の帳簿類及びコピー類を渡した。
(5) Dは、この復命を聞き、被告人二社の不正事実が巨額であることなどから、査察による調査が必要な案件であると判断し、同日午後六時ころ、調査査察部査察第一部門総括主査のMに電話し、被告人二社が過少申告している事実がある旨を伝え、預金残高メモ五枚、除外金額集計表六枚、普通預金通帳の表紙見開き部分のそれぞれのコピーをファックスで送った。なお、その際、Mから調査査察部が既に調査を行っているという話はなかった。
(6) DとEは、同月一三日にはその後の被告人二社に対する調査計画を検討して計画を立てつつあった。
(7) 同月一四日、被告人二社の事務所等に対して調査査察部が臨検に入り、その査察担当官からDに対して、同月一二日にFらが預った帳簿類を同事務所まで持参して欲しいという電話があった。そこで、Dは職員に指示してその帳簿類を同事務所に持参させ、Aにいったん返却した上で、調査査察部がそれらを差し押さえた。
(8) なお、DもGも、当時、調査査察部が被告人二社を内てい調査していることは知らず、同部の犯則調査に協力しようという意図も有していなかった。
2 Dは今治税務署所属の統括国税調査官として、Gは同署所属の国税調査官として、本件税務調査を指示又は実施した者であるから、その適法性に関する証言の信用性は慎重に検討する必要がある。しかし、上記各証言の内容は、前記第1の1ないし4に認定した事実経過と符合するものである上、被告人二社の担当税理士から巨額の脱税事実があり、修正申告を行いたいとの相談を持ち掛けられたという状況に照らし、税務署職員として自然かつ合理性のある行動といえる。すなわち、Dが、B税理士から副署長に直接相談が持ち掛けられたという経緯、その不正事実の内容等から、その具体的内容を把握しようとして職員を税務調査に行かせたことや、本件税務調査の結果、不正事実が巨額であったことから、査察による調査が必要と考えたこと、その後も被告人二社に対する税務調査予定を検討していたことなどは、同署の法人課税部門の統括国税調査官としての職務の内容や職責からして十分に首肯できるものといえる。また、前記第1の3認定のとおり、Fらが税務調査に赴くに当たって、事前にCからBに対して職員を調査に行かせる旨を連絡している上、Gの公判供述を始めとする関係各証拠によると、実際に調査に赴いたFらは、Bの立会いを積極的に容認した上で税務調査を行っていること、その調査の態様も、不正計算の方法、修正申告の動機等を聴取し、被告人甲野らの供述に係る事業年度分の帳簿類を預かり、預金メモ、除外金額集計表及び定期預金通帳の表紙のコピーを受領しただけであり、その間、Fらが被告人甲野らに対してこれらの書類の提出を執拗に迫るなどといったことはなく、質問検査としての一般的な態様を逸脱していなかったものと認められる。このような事実は、上記のとおり、DもGも、当時、調査査察部が被告人二社を内てい調査していることは知らず、同部の犯則調査に協力しようという意図を有していなかったとすることとも平仄の合う行動といえる。その上、上記両名の各証言は主要部分においておおむね符合している上、Dの証言は民事訴訟における証言内容(弁65)と比較してもほぼ一貫している。また、上記両名の各証言は、DのMに対する連絡や資料送付の状況に関する同人の後記証言や上記税理士からの相談に対する今治税務署としての対応等に関する上記民事訴訟におけるC(弁66及び67)並びにF(弁86及び87)の各証言内容ともおおむね符合する内容となっている。さらに、Dが、税務調査の結果によっては調査査察部に通報する必要があると考えていたことや、同調査に際して提出された資料の一部をMに送信したことを自認していることは、記憶している事実を包み隠さずに証言しようとする姿勢をうかがわせるものである。したがって、D及びGの上記各証言は、Dらが、FとGに指示して行わせた被告人甲野らに対する税務調査のための質問検査権の行使に際して、調査査察部が被告人二社を内てい調査していることを知っておらず、同部の犯則調査に協力しようという意図を有していなかったとする部分を含めて、信用性を肯定することができる。
なお、弁護人は、平成六年四月一二日にLが今治市役所等において被告人甲野らの住民票を取得しているから、同月一一日のうちに今治税務署から調査査察部へ被告人二社の不正事実が通報されていた可能性があるなどと主張し、Dらの証言の信用性を論難するが、同月一二日午後六時ころより前にそのような通報がされたことをうかがわせる事跡は全くないから、同主張は根拠を欠く憶測にすぎないというほかない。
第4 1 一方、M、本件当時の調査査察部査察第一部門統括国税査察官のN及び同部門主査のOは、公判廷において、本件臨検・捜索・差押に至る経過等について、次のとおり証言している。
(1) 調査査察部では、遅くとも平成六年二月ころには、本件の端緒を得て被告人二社に対する内てい調査を開始しており、今治税務署において被告人二社の確定申告書を閲覧し、今治市内で銀行調査をするなどして、同年三月二二日には内てい立件決議を行った。そして、同部では、同年四月の第三週か第四週には被告人二社に対する強制調査に着手する予定で臨検・捜索・差押許可状の請求をするための疎明資料の収集に当たっており、同月一二日ころには厚さ約一〇センチメートルのA4版のファイル一〇冊程度の同許可状請求のための資料を収集していた。
(2) Mは、同月一二日夕方、Dから、被告人二社が過少申告をしている事実があり、修正申告を行う意向であるという電話連絡を受けた。そして、その資料である除外金額集計表六枚、預金残高メモ五枚及び普通預金通帳の表紙見開き部分のコピーをファックスで送信を受けた。
(3) Mらは、Dからの上記連絡を受け、被告人甲野らが調査査察部による内てい調査を察知していると考え、同人らによる罪証隠滅を防ぐため、同月一三日に査察立件決議を経た上で、上記の予定を繰り上げて前記第1の7及び8のとおり強制調査に着手した。なお、前記臨検・捜索・差押許可状の請求を行った際には、送信を受けた預金残高メモ五枚のうち波方町農業協同組合に関する一枚の写しだけを疎明資料として添付した。
2 N、M、Oはいずれも査察官として本件犯則調査手続に直接携わった者であるから、同人らについてもその適法性に関する証言の信用性は慎重に吟味する必要がある。しかし、調査査察部が既に上記のような内ていを行っており、同年四月の第三週か第四週には被告人二社に対する強制調査に着手する予定であったとする部分は、前記第1の5及び6認定のとおり、調査査察部が平成六年三月二二日には被告人二社についての内てい立件決議を経ており、同決議に基づいて関係機関に対して調査嘱託を行っていること、職員のLを今治市等に派遣して、同年四月一二日に今治市役所等から被告人甲野やAの住民票、戸籍謄本等を取得していること、同月一三日に臨検・捜索・差押許可状の請求をしてその発付を受け、同月一四日にそれを執行したという事実経過によって裏付けられている。とりわけ、調査査察部が同月一二日ころには同許可状請求のための相当程度の証拠を収集していたとする部分については、BがCに被告人二社の過少申告の事実を伝えたのが同月一一日であり、CがDらにそれを伝え、Dらの指示によりFらが被告人二社に税務調査に行ったのが同月一二日であるのに、令状請求に必要な嫌疑事実の構成や疎明資料の収集・整理等に相当期間を要するものと考えられる被告人二社に対する臨検・捜索・差押許可状をその翌日に請求して発付を受けたという経過に照らしても、自然かつ合理的な内容ということができる。その上、上記三名の各証言は主要部分においておおむね符合している上、Dからの連絡や資料送付の状況については同人の前記証言とも符合する内容となっている。さらに、M及びOがDから送信された資料の一部を本件許可状請求に際して疎明資料として用いたことを自認していることは、内ていの手法等の気密事項以外の事実についてはありのままの出来事を証言しようとする姿勢をうかがわせるものである。したがって、M、N、Oの上記各証言についてもその信用性を肯定することができる。
第5 その上で、上記各証言から認定できる事実をも交えて、本件税務調査及び犯則調査手続の適否について検討する。
1(1) 前記認定のとおり、本件税務調査にはB税理士から持ち込まれた相談に応じてその内容を調査するというそれ自体としての必要性があったこと、同調査を行うことは事前にCからBに連絡されていること、Fらによる質問検査も、Bの立合いを積極的に容認した上で行われ、質問検査としての一般的な態様を逸脱していなかったこと、Dは、Fらから受領した書類の一部をMに送信したにすぎず、Fらから復命を受けるより前の時点において、本件に関し、調査査察部の査察官と連絡をとり合っていたことをうかがわせる事跡もなく、査察官からDに対し、本件犯則調査手続に協力を求め、税務署職員に指示して本件税務調査を行わせた事実もないこと、Dは、調査査察部が被告人二社を内てい調査していることは知らず、同部に協力しようという意思は有していなかったことなどに照らすと、Dらは、本件税務調査の際、あくまでも被告人二社に対する法人税の賦課及び徴収を適正に行うことを目的としていたものと認められる。そして、Dが同調査の際に手に入れた資料の一部をMに送信したのは、調査結果の復命を聞いた時点で、被告人二社の不正事実が巨額であることなどを知り、調査査察部による調査が必要な案件であると判断したためであると認定できる。
(2) そうすると、Dらが、本件税務調査において、質問検査権を、犯則調査の手段として行使し、又は、税務調査に藉口して犯則事件の証拠資料を収集した事実は存在しなかったものと認められる。
(3) これに対して、弁護人は、Dが、Fらに本件税務調査の実施を指示した時点でその調査結果次第では調査内容や入手資料を査察の犯則調査のために提供する可能性のあったことを認めていることや、Fらから復命を受けてから直ちにMに情報提供等をしていること、今後の調査予定を部下に指示していないことなどを指摘して、このことは質問検査権を犯則調査に利用したものと評価されると主張する。
(4) しかし、税務調査中に犯則事実が明らかになった場合、これを査察担当部門に通報することなどにより、税務調査が犯則調査の端緒となるという事態が許容されることは既に判示したとおりである。そうすると、Dが、被告人二社の過少申告の程度や態様の詳細が明らかでない段階で、税務調査の結果次第で査察に通報する可能性を念頭においており、税務調査の結果を受けて不正事実の存在を認識して調査査察部に通報するなどしたことは、法の許容するところというべきである。すなわち、そのことによってDが質問検査権を犯則調査に利用したものと評価することはできない。また税務調査の結果、不正事実があることが判明した段階で、その調査を継続するか否か、継続するとしてそれをいつ、どのようにして行うのかは、調査結果の内容や担当者の日程、その他諸般の事情に照らして決定される事柄である。したがって、その後の継続調査の予定が立てられていなかったことから、質問検査権を犯則調査に利用したものとみることもできない。
2 他方、前記認定の各事実によれば、調査査察部は、平成六年二月ころから被告人二社に対する内ていを開始して本件嫌疑事実を把握し、それを疎命するために相当な程度の証拠を収集していたと認められるから、同年四月一二日のDからMに対する情報提供及び資料の送付は、既に調査査察部が把握していた嫌疑事実について、重ねて報告されたものにすぎず、犯則調査の端緒にすら該当しないものであるから、この点において本件犯則調査手続を違法と解すべき余地はない。
3 これに対して、弁護人は、税務調査の結果から得られた資料は、犯則調査には一切利用してはならないという見解を前提として、前記許可状請求書記載の嫌疑事実の隠ぺい所得額は、預金残高メモを利用して、現金主義(現実の収入の時点を基準とする主義)に基づいて疎明されており、調査査察部は、このような資料を利用しないと、嫌疑事実を構成して疎明することは不可能な状況にあったのであるから、前記令状請求に当たって、Dから、被告人二社から預った帳簿等の資料の送付を受け、又は閲覧した上、その帳簿等を使用して本件臨検・捜索・差押許可状を請求し、その交付を受けたものであって、このような犯則調査は憲法三五条や三八条等に違反すると主張する。
(1) しかしながら、法人税法一五六条は、適法な税務調査中に犯則事件が探知された場合に、これが端緒となって収税官吏による犯則事件としての調査に移行することをも禁ずる趣旨のものとは解されないことは前記のとおりである。そして、そのような場合に、それに伴う限度で情報提供や資料の送付を行うことも当然に許されているというべきである。したがって、弁護人の主張はそもそも前提を欠き、失当というべきである。
(2) しかも、上記第4の1に掲記したMら三名の各証言を始めとする関係各証拠によれば、Mらは、調査査察部としてかねて被告人二社に対する内てい調査を開始しており、平成六年四月一二日ころには上記許可状請求のための相当程度の証拠を収集していたところ、同月一二日に、Dから被告人二社が修正申告を行う意向を有している旨の連絡を受けるとともに、その資料として除外金額集計表六枚、預金残高メモ五枚及び普通預金通帳の表紙見開き部分のコピーをファックスで送信を受けるに至って、被告人甲野らが上記内てい調査の開始を察知したものと判断し、同人らによる罪証隠滅を防ぐため、同月一三日に査察立件決議を経た上で、予定を繰り上げて翌一四日に強制調査に着手したものであり、同月一三日に前記臨検・捜索・差押許可状の請求を行った際には、前記預金残高メモ五枚のうち一枚の写しだけを疎明資料として添付した事実が認められる。
(3) この点について、法人税法においては、収入の帰属につき、権利確定主義(現実の収入がなくても、財貨の移転や役務の提供などによって債権が確定した時を基準とする主義)が原則であると解されているところ(同法二二条二項、三項等参照)、被告人二社では、公表帳簿において売掛金が発生した時点で売上を把握しており、裏帳簿としての売上帳においても売掛金発生時期をもって売上を把握しているのである。したがって、弁護人主張のように調査査察部が被告人二社から預った上記売上帳を含む資料全部を使用して令状請求を行ったのであれば、嫌疑事実も原則に従って権利確定主義によって算定したはずであって、わざわざこの原則からはずれるような現金主義に基づいて計算したことを合理的に説明できないというほかない。また、その令状請求書の嫌疑事実は、被告人××の平成三年七月期から平成五年七月期の犯則事実が記載されているが、平成六年四月一二日にFらが被告人二社から預った総勘定元帳等や除外金額集計表に記載されている売上除外金額は平成二年七月期から平成四年七月期までのものであることなどに照らすと、調査査察部が、これらの資料を上記令状請求に当たって利用したとは考えられず、かえって独自の内てい調査によって、嫌疑事実を確定し、かつ疎明したことがうかがえる。弁護人の主張は、独自の計算方法に基づく憶測にすぎないものといわざるを得ず、この点でも採用できない。
(4) そして、上記認定の調査査察部による被告人二社に対する内てい調査の進捗状況、Dによる資料の送付の程度、調査査察部によるその資料の使用の程度等に照らすと、本件犯則調査手続について、少なくとも憲法三五条及び三八条の趣旨を没却するようなうな本件税務調査結果の利用の事実はなかったものと認められる。
4 以上によれば、本件税務調査及び犯則調査手続はいずれも適法なものであったと認定できる。
以上のとおりであるから、本件公訴の提起を無効とすべき点はなく、また、弁護人指摘の前記各証拠は、いずれも違法収集証拠に該当せず、証拠能力を有するものと認めることができる。したがって、弁護人の前記主張は採用できない。
(証拠の標目)<省略>
(確定裁判)
被告人甲野は平成一一年二月一二日に松山地方裁判所で砂利採取法違反の罪によって懲役八月、三年間執行猶予に処せられ、この裁判は同月二七日に確定したものであって、この事実は調書判決謄本(検196)及び検察事務官作成の前科調書(検193)によって認めることができる。
(法令の適用)
被告人甲野の判示第1の1及び2の1の各所為は、平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)による改正前の刑法(以下「改正前刑法」という。)六〇条、平成一〇年法律第二四号による改正前の法人税法一五九条一項に該当するほか、罰金刑の寡額について、行為時においては平成三年法律第三一号(罰金の額等の引上げのための刑法等の一部を改正する法律)による改正前の罰金等臨時措置法二条一項本文に、裁判時においては同改正後の同本文に、それぞれ該当するが、この点は犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから、改正前刑法六条、一〇条によって軽い行為時法の刑によることとし、判示第1の2及び3並びに第2の2の各所為は同法六〇条、上記法人税法一五九条一項に該当するところ、以上の各罪と前記確定裁判があった砂利採取法違反の罪とは改正前刑法四五条後段の併合罪であるから、同法五〇条によりまだ確定裁判を経ていない判示各罪について更に処断することとし、後記の理由により、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、判示各罪は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第1の2の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人を懲役二年六月に処した上、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から五年間その刑の執行を猶予することとする。また、被告人甲野の判示各所為は、被告人二社の業務に関してなされたものであるから、被告人二社については、法人税法一六四条一項により上記法人税法一五九条一項所定の罰金刑(寡額については上記のとおり)に処さられるべきところ、後記の理由により、いずれも法人税法一五九条二項を適用した上、判示各罪は改正前刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により判示各ほ脱税額を合計した金額の範囲内で、被告人××を罰金四五〇〇万円に、被告人△△を罰金三〇〇〇万円に、それぞれ処することとする。そして、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条によって被告人三名に連帯して負担させることとする。
(量刑の理由)
本件は、砂利の採取や販売等を目的とする被告人二社の代表取締役又はその実質的経営者である被告人甲野が、売上の一部を除外し、架空経費を計上するなどの方法により、被告人二社の所得を秘匿し、両社について延べ五事業年度にわたって合計二億九二九二万円余の法人税をほ脱したという大規模な脱税事案であり、それ自体として厳しい非難に値するものである。すなわち、本件のほ脱税額はまれにみるほどの多額である上、ほ脱率は平均93.2パーセント、判示第1の2の犯行に至っては一〇〇パーセントというものであって、同種脱税事案に比しても極めて高率に上っている。さらに、被告人甲野は、知人から同和団体を通じて税務申告すれば税務調査がないため、脱税することができるなどと聞いたことから、自らも脱税をしようと思い立ち、同和団体幹部を名乗る者を通して虚偽の申告をしていたものである。このようないわゆる脱税請負人を利用するという態様も悪質である。そして、その動機も要するに利得目的に尽きるものであって、何ら酌量の余地はない。なお、同被告人は、本件各犯行について税理士の勧めや関与があったから実行できたなどとも述べている。しかし、上記のとおり、同被告人が知人の話を聞いて本件脱税行為を始めることを自ら決意した上、共犯者に巻き込んだ経理担当者に脱税額や脱税方法を指示するなどして、終始一貫して犯行を主導したことは明らかである。したがって、仮に同被告人の述べるような事情があったとしても、その責任がいささかも軽減されるものではない。加えて、同被告人には、昭和四八年一一月に砂利採取法違反の罪により懲役五月及び罰金一〇万円、二年間懲役刑の執行猶予に処せられたほか、昭和四〇年二月から昭和六一年五月までの間に船舶安全法違反や業務上過失傷害等の罪により一四回にもわたって罰金刑に処せられた前科がある。そればかりか、同被告人は、前記確定裁判のとおり本件公判係属中の平成一一年二月にも砂利採取法違反の罪によって懲役八月、三年間執行猶予に処せられている。こうした点に本件の規模、態様や動機等を合わせ考慮すると、法規範を軽視して経済的な利益ばかりを追求しようとする同被告人の姿勢は甚だ問題といわざるを得ない。また、この種脱税事犯は、模倣性が高い上に広く国民の納税意欲や公平感をも阻害しかねないものであって、社会的な影響も大きく一般予防の必要性も軽視することができない。以上によると、被告人甲野及び被告人二社の刑事責任は相当に重いというべきである。
しかしながら、被告人甲野が、自分の脱税行為について国税当局の調査が身辺に及んでいるとの危機感を抱いたことによるものとはいえ、税務調査や本格的な犯則調査が行われる前に修正申告を決意し、税理士を通じて今治税務署に相談に赴き、修正申告に向けてその資料を作成していたこと、被告人二社に対する重加算税等の賦課処分について行政訴訟を提起してなお係争中ではあるものの、正規の本税や重加算税等が既に全額納付されていること、被告人甲野が、脱税をしたこと自体については事実関係をおおむね認め、公判廷においても一応の反省の態度を示していることなど、被告人らのために酌むべき事情のほか、同種事案における量刑との均衡を考慮すると、被告人甲野に対し、実刑をもって臨むのはいささかためらわれるところであり、今般はその刑の執行を五年間にわたって猶予し、被告人二社については主文掲記の罰金刑に処して、それぞれの刑事責任を明らかにするのが相当と考えられる。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・髙橋徹、裁判官・森實将人、裁判官・伊藤清隆)
別紙1〜7<省略>