大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松山地方裁判所 平成8年(ヨ)77号 決定 1996年8月09日

当事者の表示

別紙当事者目録記載のとおり

主文

一  債務者は、各債権者に対し、別紙一覧表(一)1記載の金員及び平成八年八月一〇日限り別紙一覧表(一)2記載の金員を仮に支払え。

二  債権者らのその余の申立てを却下する。

三  申立費用はこれを五分し、その四を債権者らの、その余を債務者の各負担とする。

理由

第一申請の趣旨

一  債務者は、各債権者に対し、別紙一覧表(二)1記載の金員及び平成八年八月以降本案判決確定に至るまで、毎月一〇日限り別紙一覧表(二)2記載の金員をそれぞれ支払え。

二  債務者は、債権者らに対し、乗車勤務について、債務者の雇用する他の貨物自動車運転手と差別してはならない。

三  申立費用は債務者の負担とする。

第二事案の概要

本件は、貨物自動車運転手として債務者に雇用された債権者らが、債務者から貨物の長距離運送業務に就労すべき指示を受ける回数が減ったため、運送業務に就労する機会が減り、その結果、歩合給賃金の支給額も著しく減額されているところ、債務者が就労指示の回数を減らしたことは、債権者らが労働組合の組合員であることを理由とする不利益な取扱にあたるとして、不当労働行為の救済もしくは不法行為に基づく損害賠償請求、あるいは労働契約上の賃金支払請求として、就労指示の回数が減らされる以前の債権者らの平均賃金額を基準に、実際の支給賃金額との差額金及び将来的な右平均賃金額相当の金員の仮払を、また債権者らの乗車勤務について、債務者が雇用する他の貨物自動車運転手と差別的に取り扱うことの禁止を求めた事件である。

一  前提事実(末尾に疎明等の明示のないものは争いのない事実である。)

1  当事者等

債務者は貨物運送業務を目的とする会社であり、債権者らはいずれもその従業員(運転手)として債務者に勤務する者である。

債権者ら七名は、いずれも全日本運輸一般労働組合テーエス支部松山統合分会庚申トラフィック班(以下「組合」という。)に所属する組合員であり、債務者には、他に組合に所属しない従業員一一名が勤務している。

右非組合員一一名のうち三名は平成七年中に、一名は平成八年四月に雇用された。

また、他に平成七年六月八日付けで債務者から懲戒解雇処分を受けたが、現在愛媛県地方労働委員会においてその有効性につき係争中の伊井和武(以下「伊井」という。)がおり、伊井は組合の班長を務めている。

2  債務者における勤務体制

債務者は、荷主の発注に従いその荷物を配送するが、そのうち配送先が関西、中部、関東など四国外となる勤務を長距離勤務といい、四国内であるものを管内もしくは地場と呼んでいる。

長距離勤務の運行形態としては、一運行毎に松山まで帰着するものと、一旦フェリーで四国外に出た後は、荷物の配送後も直ちに松山には戻らず、数日間神戸港又は大阪南港を待機地点として、松山から新たに輸送されてくる荷物を受け取り、再度荷物を配送することを複数回繰り返し、その後に松山に帰着するもの(以下「ヘッドレス運行」という。)がある。

ヘッドレス運行は、一定期間松山に帰省できない運転手にとっては相応の負担が増大するが、経費面では一運行毎に帰着する方法よりも安価に済むことから、債務者の経営政策上は有利な運行形態である。

債務者は、各運転手に対し、長距離勤務又は管内勤務に就労すべき旨の乗車指示を、原則として順番に出すこととなっており、各運転手は、右乗車指示がない間は、会社内で待機したり、他の運転手の行う荷物の積込、荷降等の作業の手伝いを行っている。

3  債務者の賃金体系等

債務者の従業員の賃金は、基本給、家族手当(配偶者又は子について一万円)、通勤費(最高八五〇〇円)、無事故手当(二万円)などの定額部分(以下「基本給等」という。)に、運行手当を加えた合計である(<証拠略>)。

運行手当は、債務者の賃金規定一四条によれば、「対象期間内に勤務した運行行程に対する走行距離・水揚げ高に対する評価及び勤務時間の把握が難しいため時間外労働・深夜労働割増賃金相当額を下らない範囲で相当額を支給する」ものとされているが(<証拠略>)、実際の支給に際しては、一運行毎に、行き先別の基本額に、荷物の積込、納品、重作業、泊まりの有無等、作業内容による手当を加算した金額を算出することとなっており(<証拠略>)、現に従事した運行業務の走行距離や作業内容の程度に比例して賃金額が左右される歩合給であると認められる。

賃金の支払時期は、運行手当の対象期間が月末締めで、当月分を翌月一〇日払いとなっている。

なお、債権者らの基本給は、別紙一覧表(三)記載のとおりであり、月額一二万円ないし一四万程度である。

4  債務者による債権者らに対する乗車指示の減少と債権者らの受領賃金

債権者らが、平成七年一月分ないし一二月分として債務者から受領した手取り給与額の月額平均額(但し、債権者井上及び同越智については、平成六年一月ないし一二月分までの手取り給与額の月額平均額)は、別紙一覧表(四)記載のとおりであり(<証拠略>)、月額二九万円ないし三三万円程度であった。

ところが債務者は、平成八年二月以降同年七月三一日まで、債権者らに対し、ヘッドレス運行による長距離勤務の乗車指示をしておらず、その他の乗車指示の回数も平成七年当時(但し、債権者井上及び同越智については、平成六年当時)と比較し、かなり少なくなっている。

その結果、債権者らの平成八年二月分以降の運行手当の支給額は低下し、債権者らが、平成八年二月分ないし六月分として債務者から受領した手取り給与額は、別紙一覧表(五)記載のとおりであり(<証拠・人証略>)、二月分及び三月分は月額二一万円ないし二八万円程度、四月分ないし六月分は月額一〇万円ないし一八万円程度となっている。

なお、債務者は、債権者井上及び同越智に対しては、平成七年七月末ころから少なくとも同年一二月初頭までの間、一切の運行業務の乗車指示をしなかったため、債権者井上及び同越智の平成七年中の支給賃金の総額は、従前よりも相当減額されたものとなっている。

二  債権者らの主張

1  債務者が債権者らに対し、平成八年二月以降長距離勤務の乗車指示の回数を減らしていることは、債権者らが労働組合の組合員であることを理由とする不利益な取扱にあたり、労働組合法七条一号の不当労働行為及び民法七〇九条の不法行為に該当する。

2  債務者が債権者らに対し、平成七年中(但し、債権者井上及び同越智については平成六年中)と同程度の長距離勤務の乗車指示をなすべきことは、債権者ら・債務者間の労働契約の内容となっているところ、右乗車指示の懈怠という債務者の責に帰すべき事由により労務提供をなしえなかった債権者らは、債務者に対し、労働契約上、運行手当を含めた賃金請求権を有する。

三  債務者の主張

1  債務者が債権者らに対し、ヘッドレス運行による長距離勤務の乗車指示をしなかったことは、債権者らが所属する組合が平成七年三月二〇日付けで申し入れた要望に従った結果に過ぎないから、何ら不当労働行為や不法行為には該当しない。

債権者らは、おそくとも平成八年四月の時点で、ヘッドレス運行の乗車指示をするよう申し入れたと主張するが、当時はヘッドレス運行が労働基準法及び平成元年二月九日労働省告示七号(以下「告示七号」という。)に違反するとの見解を示していたところからして、ヘッドレス運行を拒否する態度を撤回したとは到底解されない。

2  仮に組合がヘッドレス運行拒否の態度を撤回したとしても、組合は債務者に対し、その組合員の就業態度として次の(一)ないし(四)に掲げる方針を取ることを通告してきているので、右就業態度をも撤回しない限り、債務者が債権者らに対しヘッドレス運行の乗車指示をしないこともまた正当と言えるのであり、何ら不当労働行為や不法行為には該当しない。

(一) 終業時間までに組合員を帰社させない限り、終業時間に所在するその場所で車両及び積載貨物を放置して帰宅させる。

(二) 組合員は、非組合員が行う作業には一切協力しない。

(三) 債務者が組合に対し、平成七年四月三日付けで締結を申し入れた、時間外労働及び休日労働に関する協定(以下「三六協定」という。)は、その内容に不備があり、違法性がある。

(四) 組合は、債務者との間で三六協定を締結していないので、組合員には時間外労働及び休日労働をさせない。

3  債務者は、平成八年八月一日以降、債権者らに対し、債権者ら以外の他の従業員と同様の取扱をもって乗車指示を行っているから、本件仮処分申請はこれを認容すべき保全の必要性がない。

第三当裁判所の判断

一  不当労働行為ないし不法行為の成否

1  一件記録によれば、次の事実が一応認められる。

(一) 債権者ら・債務者間の従前の労使紛争

(1) 債務者は、平成六年九月二九日、組合の班長である伊井に対し解雇の通告をしたが、組合との協議の結果、同年一〇月一一日に右解雇を撤回した。

(2) ところが組合は、平成七年一月ころから、伊井に対する長距離勤務の乗車指示が行われていないとして、その是正を求めて債務者に対し団体交渉の申入れを行った。

これに対して債務者は、伊井に対する乗車指示の差別は行っていないという見解を維持するとともに、平成七年一月下旬に債務者の労務問題担当役員が急死したことや、会社運営上の多忙を理由に、同年四月初旬まで団体交渉には応じられないとの態度を取り(なお債務者は、三月一日には組合の要望を入れ、団体交渉に応じない代わりに、組合の各種申入れに対する書面回答を行っている。)、組合と債務者とは次第に厳しい対立関係に立つようになった(<証拠略>)。

(3) 組合は、平成七年三月二〇日、債務者の態度に誠意がないとして、債務者に対し、「労使関係の正常化及び労使協定の履行を求め、また会社の誠意ある態度を促すため」と称して、同日以後、長距離勤務については一運行毎に松山に帰ってくる旨、すなわちヘッドレス運行を拒否する旨の申入れをした(<証拠略>)。

その後債務者は、組合の申入れを受け、以後債権者らに対し長距離勤務の乗車指示をする場合には、専ら一運航毎に松山に帰着する便を割り当てるようになったが、非組合員には引き続きヘッドレス運行を指示し、非組合員はヘッドレス運行を行った(<証拠略>)。

(4) 債権者らは、平成七年三月二九日、多数の支援者と共に債務者に対する抗議行動(ストライキ)を行い、翌三〇日には街頭宣伝活動を行ったところ、右街頭宣伝活動中に債権者らと債務者幹部との間でトラブルが発生した(<証拠略>)。

(5) 債務者は、平成七年四月三日、三六協定の有効期限が過ぎたことから、同年四月一日以降平成八年三月三一日までを有効期限とする、従前の協定と同内容の三六協定を新たに締結するよう組合に申し入れたが、組合はその締結を拒否し(<証拠略>)、以後平成八年三月二二日までの間、債務者とその従業員との間には、三六協定が存在しない状態が継続した(争いのない事実)。

(6) 債務者は、平成七年六月八日、伊井に対して再度懲戒解雇処分を行ったが、伊井はその有効性を争い、現在愛媛県地方労働委員会において不当労働行為救済申立による審問が継続されている(争いのない事実)。

(7) 債権者井上及び同越智は、平成七年七月二五日、同年三月三〇日の街頭宣伝活動の際に債務者幹部に暴行したとの理由で警察に逮捕され(但し、同年七月二七日に釈放)、債務者は右逮捕を理由として、以後右両名に対する一切の運行業務の乗車指示を行わなくなったので、右両名は同年九月二九日、賃金仮払の仮処分申請を行い、同年一二月五日に右当事者間で和解が成立した(争いのない事実)。

(二) 債権者ら・債務者間のヘッドレス運行をめぐる労使紛争

(1) 債権(ママ)者は、平成七年三月二〇日以降、組合員には組合の要求した「一運行毎に帰ってくる長距離勤務」についてのみ配車指示をし、ヘッドレス運行による配車指示はしなかった。

そのため、当時は、運転手の半数以上を占めていた組合員がヘッドレス運行に従事しないことになり、債務者の可能最大輸送量から比較して、実際に運ぶ貨物の量が大幅に下回る状態が続き、このことも一因となって債務者の経営状態が極度に悪化した(<証拠略>)。

(2) そのため、債務者は、平成八年二月五日になって、従業員(組合員)に対し、一運行毎に松山に帰着する長距離勤務はヘッドレス運行よりも経費がかさみ、会社経営は赤字になっているとして、以後の長距離勤務はヘッドレス運行を主体として行う旨告知し、以後一運行毎に帰着する便の乗車指示回数を減少していった(<証拠略>)。

その一方、債務者は、債権者らに対しヘッドレス運行は割り当てない取扱は継続したので、次第に債権者らに対する長距離勤務の乗車指示自体が減少することとなった(<証拠略>)。

また反対に、非組合員たる債権者以外の従業員運転手に対しては、ヘッドレス運行の乗車指示が集中し、その結果非組合員らは、平成八年三月以降、運行手当だけで月額四〇万円前後(税込)、手取り賃金にして月額五〇万円を越える程度の賃金を得るに至っている(<証拠略>、債務者において明らかに争わない事実)。

(3) 組合は、平成八年二月一七日、債務者に対し、組合がヘッドレス運行を行わない理由は、団体交渉を拒否している債務者に対して、労使合意事項の遵守や労使関係の正常化を求めるためであると表明し、併せて債務者には労働基準法及び告示七号を遵守する意思があるのか否かを問う趣旨の申入れをした(<証拠略>)。また、同年三月一三日にも、ヘッドレス運行が労働基準法及び告示七号に違反するか否かにつき、債務者の見解を求める趣旨の申入れをした(<証拠略>)。

債務者は、平成八年三月一五日、組合に対し、組合はなおヘッドレス運行を拒否する方針を取り続けるものと判断するので、組合員たる債権者らにヘッドレス運行の乗車指示をしない取扱も続行する旨回答した(<証拠略>)。

(4) 一方、債務者は、平成八年三月二三日、非組合員従業員一一名の代表者と三六協定を締結し、同月二九日、これを松山労働基準監督署に届け出た(<証拠略>)。

但し、債権者らは、右協定が締結された事実を知らず、その内容についても、それが本件仮処分事件において疎明資料として提出されるまで、債務者から開示されることがなかった(債務者において明らかに争わない事実)。

(5) 組合は、平成八年三月二六日に、債務者に対し、「組合はヘッドレス運行そのものについては基本的に反対の態度はとっていない。」との申入れをしたが、同時に、債務者が平成七年に三六協定の有効期限経過後もその再締結をしないまま、運転手に時間外労働、休日労働をさせていることは労働基準法違反であること、ヘッドレス運行が運転手の過密長時間労働の原因となっていること、労働基準法及び告示七号に照らし違反している点は是正すべきこと等の見解を表明した(<証拠略>)。

また、平成八年四月五日には、「組合員に対し直ちにヘッドレス運行の配車を行うこと。」との申入れ(以下「配車申入れ」という。)をしたが、同時に、ヘッドレス運行について労働基準法及び告示七号に違反しないよう運行するのは当然であること、実施後起きる問題については労使双方の話し合いで解決することを要望した(<証拠略>)。

債務者は、平成八年四月一一日、組合に対し、組合の申入れを満足させるヘッドレス運行は債務者において存在しない旨回答した(<証拠略>)。

(6) 組合は、平成八年四月二二日、債務者に対し、再度ヘッドレス運行が労働基準法及び告示七号に違反するか否かにつき、見解を求める趣旨の申入れをした(<証拠略>)。

債務者は、平成八年五月八日、組合の配車申入れに対し、この時点で組合員にヘッドレス運行の乗車指示をしても、紛争を招くことが明らかであり、債務者としてはなお、債権者らに対するヘッドレス運行の乗車指示をしない取扱を続行せざるをえない旨回答した(<証拠略>)。

(7) なお、本件仮処分申立前の組合と債権(ママ)者らとの話合いの際には、債務者に対し、伊井から、終業時間までに組合員を帰社させない限り、終業時間に所在するその場所で車両及び積載貨物を放置して帰宅させる旨の発言がなされたり、債権者越智から、三六協定を締結しないまま時間外労働や休日労働をさせることは違法である旨の発言がなされたことがあった(<証拠略>)。

(8) 債権者らは、平成八年五月一六日、本件仮処分の申立てを行い、その手続の中で、債務者に対し、債務者と非組合員の代表者との間で三六協定が締結され、松山労働基準監督署にその届け出がなされている以上、債権者らは右三六協定に従って時間外労働を行うこと、三六協定の不存在を理由とするヘッドレス運行の違法性を論難する意図はないこと、また「終業時間までに組合員を帰社させない限り、終業時間に所在するその場所で車両及び積載貨物を放置して帰宅させる」旨の伊井の発言は、仮にあったとしても真意ではなく、現に債権者らがかかる行動を行ったことはないし、今後とも行うつもりはないことを明らかにした上で、債権者らに対し、非組合員と同等にヘッドレス運行の乗車指示をするよう要望した(当裁判所に顕著な事実)。

但し、債務者が現に非組合員に対して乗車指示しているヘッドレス運行のやり方は、三六協定に記載された数値をも越えるもので、労働基準法に違反するとの主張はしている(<証拠略>)。

(9) 債務者は、平成八年七月三一日に至って、組合に対し、同年八月一日以降、債権者らに対しても、非組合員たる債権者ら以外の従業員と同様に、ヘッドレス運行を含む長距離勤務の乗車指示を行うことを通告した(<証拠略>)。

2  まず、右1記載の事実によれば、平成八年二月以降、債権者らに対する長距離勤務の乗車指示が減少したのは、もともと組合が平成七年三月二〇日付けでヘッドレス運行を行わないことを通告し、これに応じて債務者ら(ママ)が債権者らに対するヘッドレス運行の乗車指示を控えていたところ、債務者は、平成八年二月以降、主として経営上の必要から、組合員に対しても非組合員同様に、長距離勤務についてヘッドレス運行を主体とする営業方針を打ち出したため、結果として、債権者らに対する長距離勤務の乗車指示自体が減少するに至ったものであることが認められるところ、一件記録によっても、右の時点で、以後の長距離勤務をヘッドレス運行主体とする旨定めた債務者の方針変更自体が、債権者らが組合員であることを理由に、これを差別・攻撃することを意図して行われたものと認めるに足りる疎明はないから、同年二月以降、債権者らに対する乗車指示を行わなかったことが、組合に対する不当労働行為であるとか、また債権者らに対する不法行為にあたると認めることはできない。

3  また右1記載の事実によれば、組合は平成八年三月二六日にヘッドレス運行自体には反対しない旨を表明し、同年四月五日には更に積極的に債権者らに対するヘッドレス運行の乗車指示をするよう申し入れて、平成七年三月二〇日付けの組合の申入れを撤回することを明らかにしたが、その後も、債務者は債権者らに対するヘッドレス運行の乗車指示をしていないことが認められるから、少なくとも平成八年四月六日以降、債務者が組合員たる債権者らに対してヘッドレス運行の乗車指示をしなかったことは、債権者らに対する不利益な取扱、ひいては債権者らに対する違法な権利侵害に該当する可能性がある(後述のように、債務者において、債権者らによるヘッドレス運行業務の実施面に不安を感じる点があったにしても、その場合にはまず債権者らが行うヘッドレス運行の内容や回数等につき、具体的に組合と交渉する機会を持ち、双方の納得のいく運行方法を決定するよう努めるのが相当であり、これを行うことなく、安易にヘッドレス運行の乗車指示を行わない取扱を続行した(<証拠略>)点において、なお不利益取扱とみなされる余地がある。)。

しかしながら、右1記載の事実によれば、平成八年四月五日の配車申入れの当時も、組合が現行のヘッドレス運行は労働基準法及び告示七号に違反する疑いが強いとして、その是正を求める立場を取っていたこと、組合は、平成七年四月以降、債務者に対してその理由を明確にすることなく、従前の協定と同内容の三六協定の締結を拒絶していたところ、組合班長伊井からは、終業時間までに組合員を帰社させない限り、終業時間に所在するその場所で車両及び積載貨物を放置して帰宅させる旨の発言がなされたり、債権者越智からは、三六協定を締結しないまま時間外労働や休日労働をさせることは違法である趣旨の発言がなされた経緯があったことも認められ、これらの事実に照らせば、その時点で債務者が、債権者らとの間で具体的なヘッドレス運行の日程、回数、手当等に関する交渉を経ることなく、非組合員と全く同様の乗車指示を行った場合には、配送期日の遵守その他の荷物の運送に支障を来すおそれがある旨危惧するのもまた無理からぬところということができるから、組合と債務者が、平成六年ころから対立を深め、平成八年四月の時点でも、互いにかなり険悪な状態にあったことを考慮しても、この時点で債務者が債権者らに対するヘッドレス運行の乗車指示を直ちに再開しなかったことが、不当労働行為の意思に基づいて行われた行為であるとか、債権者らに対する不法行為上の故意又は過失があったと認めることには、躊躇せざるを得ない。

4  一方、右1記載の事実によれば、債権者らは本件仮処分申立後、その手続の中で、債権者らも債務者と非組合員との間の平成八年三月二三日付け三六協定に従い時間外労働を行う用意があること、三六協定の不存在を理由とするヘッドレス運行の違法性を論難する意図はないこと、「終業時間までに組合員を帰社させない限り、終業時間に所在するその場所で車両及び積載貨物を放置して帰宅させる」旨の伊井の発言は、仮にあったとしても真意ではなく、債権者らが現にかかる行動を行ったことはないし、今後とも行うつもりはないことを明確にして、改めて非組合員と同等の取扱をもってヘッドレス運行の乗車指示をするよう要望したこと、これに対して債務者は、この時点でなお債権者らによるヘッドレス運行の実施面につき不安を感じる点があるとするなら、本件仮処分手続内においてその点を明確にし、ヘッドレス運行の具体的な方法等につき積極的な話合いをする機会を与えられていたこと、それにもかかわらず、同年七月三一日までは、依然として債権者らに対するヘッドレス運行の乗車指示を行わなかったことが認められるところ、一件記録によっても、この段階において、債務者が右債権者らの要望に応じないことを正当とするような事由は認められない。

右事実に、これまでの組合と債務者との対立の経緯、また後記二で認めるとおり、そもそも債権者らに対する長距離勤務の乗車指示を行うか否かは、債務者の全く自由な裁量に委ねられているものと解すべきではなく、一定量の乗車指示をなすべきことが、債務者・債権者ら間の労働契約の内容になっていると考えられることに鑑みれば、遅くとも、本件仮処分申立事件における手続内で、債権者らの右要望が明らかとなり、ヘッドレス運行の具体的方法等につき話合いを行う機会を与えられた後である平成八年六月二四日第二回審尋期日の翌日以降、同年七月三一日まで、債務者が債権者らに対するヘッドレス運行の乗車指示を行わず、結果として長距離勤務の乗車指示自体を減少させた行為は、債権者らが労働組合の組合員であることを理由とする不利益な取扱であり、同時に債権者らに対する不法行為にあたると認めざるをえない。

5  しかしながら、右1記載の事実によれば、債務者は、平成八年七月三一日に至って、組合に対し、同年八月一日以降、債権者らに対しても、非組合員たる債権者ら以外の従業員と同様に、ヘッドレス運行を含む長距離勤務の乗車指示を行うことを通告し、現にこれを行っていることが一応認められるから、同日以降、債務者による不当労働行為ないし不法行為状態は解消されたものということができる。

二  労働契約上の運行手当請求権の存否

1  債権者らは、債務者に対し、労働契約に基づき、相応の運行手当を含む賃金相当額の支払を求めているので、右運行手当請求権の前提として、そもそも債権者らが債務者の乗車指示を得て長距離勤務を行うことが、債権者ら・債務者間の労働契約の内容となっているかにつき検討する。

2  一件記録によれば、債権者らは、長距離勤務のみに限定されているわけではないものの、主として長距離勤務を行う貨物自動車運転手として債務者に雇用されているものであること(<証拠・人証略>)、各運転手に対する乗車指示は、原則として順番に行われることとなっていること(争いのない事実)、債権者らの基本給は別紙一覧表(三)記載のとおり月額一二万円ないし一四万円程度と低額に抑えられていて(争いのない事実)、基本給等のみでは生活を維持しえないのが明らかであること(<証拠略>)が一応認められる。

右事実を前提とすれば、個々の運行業務につき、これをいずれの運転手に担当させるかの判断に関して、債務者にある程度の裁量が認められることは格別(個々の運行業務の割当てにあたっては、発注量の多寡や運行日程、各従業員の希望、運転能力、作業量等、種々の事柄を総合考慮して決定する必要があると考えられ、機械的に順次各運転手に割り振る義務があるとまでは断定できない。)、一か月、ひいては一年という中長期的期間を通じて見た平均的な仕事内容としては、発注高に応じた相応の長距離勤務を行うこと、従ってその前提として、債務者が相応の長距離勤務の乗車指示を行うことが、労働契約上予定されているというべきである。そして労働基準法三条の趣旨からして、その場合の債務者による乗車指示の在り方は、当該運転手自身が運行業務の低減を希望したり、その他特段の事情によって当該運転手に乗車指示を行うのが相当でないと判断されるような場合を除いて、能力経験が同等である運転手の間では、その仕事量も同等に近いものとなる方法をもって行われるべきことが要請されていると解される。

3  一件記録(<証拠・人証略>)によれば、債務者は、平成八年二月以降、債権者らに対しては乗車指示をほとんど出さないものの、債権者ら以外の従業員運転手に対しては、各自の運行手当にして月額四〇万円程度(税込)にも達する集中的な乗車指示を出していること、従って、債務者は、現にそれだけの長距離勤務を必要とする荷物運送の発注を受けていることが一応認められるところ、前記一で認定したところによれば、債務者は、平成八年二月以降同年四月五日までは、専ら組合、すなわち債権者ら自身の申入れに基づいてヘッドレス運行の乗車指示を控えていたものであるし、同年同月六日以降同年六月二四日までは、組合からの配車申入れはあったものの、それに直ちに応じなかった債務者の判断にも無理からぬ点があって、債務者の責に帰すべき事由によって債権者らの就労を拒否したとまでは認定しえないが、少なくとも平成八年六月二四日第二回審尋期日の翌日以降、同年七月三一日までの間は、債権者らの労務提供の申し出に対して、同人らに対しヘッドレス運行を含めた長距離勤務の乗車指示を行わないとする正当な理由が認められないにもかかわらず、債務者はなお債権者らに対する乗車指示を行わず、その結果債権者らは長距離勤務に就くことができなかったものであるから、同期間中、債権者らの債務(労務)は、債務者の責に帰すべき事由により履行不能となっていたものということができる。

よって、債権者らは、債務者に対し、平成八年六月二五日以降同年七月三一日までの間、労働契約上も、運行手当を含めた賃金請求権を有するというべきである。

三  請求可能な賃金額

ところで、前記一記載の不法行為により相当因果関係が認められるべき損害は、右二記載の労働契約上請求可能な賃金額と等しいものと認められるので、右請求可能な賃金額について検討するに、前記第二の一の事実によれば、債権者らは、平成七年中(但し、債権者井上及び同越智については、平成六年中)は、債務者から相応の乗車指示を受けて長距離勤務に就き、別紙一覧表(四)記載のとおり手取り月額平均二九万円ないし三三万円程度の賃金を受領していたこと、債務者は現在でも債権者ら以外の従業員運転手に対し、運行手当にして税込月額約四〇万円にのぼる運行手当を支給するだけの長距離運送の発注を受けていることが一応認められること、その一方で、前記二で述べたとおり、個々の運行業務の割当てについて債務者にある程度の裁量が認められる以上、結果として、中長期的に見た各運転手の仕事量の割り振りにも、労働基準法三条の趣旨に反しない限りでの一定の格差が生じうることはやむをえない仕儀であることを勘案して、債権者らはそれぞれ、平成八年六月二五日から同年七月三一日までの間、手取り月額にして、平成七年中(但し、債権者井上及び同越智については平成六年中)の手取り月額平均賃金額の八割に相当する別紙一覧表(六)記載の金員の限度で、債務者に対する賃金請求権(ないし損害賠償請求権)を有するものと認める。

四  保全の必要性

一件記録(<証拠略>)によれば、債権者らは債務者からの賃金により生計を立てており、債権者らの基本給等のみでは生活を維持しえないことが明らかであるから、運行手当を含めた賃金仮払の必要性を認めることができるが、そのうち独身者である債権者井上及び同越智については、その生活状況に鑑み、月額金二四万円を上限とする限りにおいて、その仮払が必要であると認める(なお、債権者野本は同じく独身者ではあるが、住宅ローンの返済として月額約金一六万円にのぼる債務を負担していることを考慮し、右三の認定賃金額全額の仮払の必要性を認めた。)。

五  既払金額の控除及び将来請求における受領賃金額の控除の可能性

よって、債権者らは、債務者に対し、平成八年六月二五以(ママ)降同月三〇日までの賃金(損害賠償金)としては、手取り額にして、別紙一覧表(七)記載のとおりの金員(債権者井上及び同越智は二四万円の三〇分の六、債権者野本、同芝、同渡部、同大野、同岡田は別紙一覧表(六)記載の各金額の三〇分の六)の支払請求権を有していると認められるところ、前記第二の一の事実によれば、債権者らは債務者から、平成八年六月二五日以降同月三〇日までの賃金として、それぞれ別紙一覧表(八)記載のとおりの金員(別紙一覧表(五)の六月分欄記載の各金額の三〇分の六)を受領していることが認められるから、同期間中の賃金(損害賠償金)額としては、右既払金額を控除した残額である別紙一覧表(一)1記載のとおりの金員について、その請求権が認められる。

また、債権者らは、平成八年八月一〇日を支払期日とする同年七月一日以降同月三一日までの賃金(損害賠償金)としては、手取り額にして、平成七年中(但し、債権者井上及び同越智については平成六年中)の手取り月額平均賃金額の八割に相当する金員(但し、月額金二四万円を越える債権者井上及び同越智については、月額金二四万円が上限)である別紙一覧表(一)2記載の金員の支払請求権を有していると認められるが、債権者らが債務者から受領する平成八年七月分の賃金額は、別紙一覧表(一)2記載の各金額から当然に控除されることを付記する。

六  申請の趣旨第二項記載の申請(債権者らに対する乗車勤務上の差別的取扱の禁止)の可否

本件仮処分申請のうち、申請の趣旨第二項記載の申請(債権者らに対する乗車勤務上の差別的取扱の禁止を求める申請)は、換言すれば、債務者に対し、積極的に他の従業員と同様の乗車指示を行ったうえ長距離勤務に就労させることを請求するものにほかならない。そして、たとえ前記二で認定したとおり、債務者について、労働契約上、債権者らに対し、中長期的に見て能力経験が同等である運転手の間ではその仕事量も同等に近いものとなる方法をもって、相応の長距離勤務の乗車指示を行うべきことが予定されているとしても、債務者による乗車指示は、まさに債権者らに対し長距離勤務への就労を命ずるものであって、乗車指示を行いながら債権者らによる長距離勤務の労務(債務)提供を拒絶することは考えられず、債務者にとって乗車指示を行うことと債権者らによる労務(債務)提供を受領することは不可分一体となっていると認められるところ、労働者の労務提供は労働契約上の義務ではあっても権利ではなく、労働契約が高度に人的な関係であることからして、その受領を法的に強制することも相当でなく、就労の請求自体は認められないと解すべきであって、これと不可分一体をなす債務者による乗車指示自体も法的な強制にはなじまないというべきである(債務者による乗車指示の不履行は、前記一に記載のとおり、債権者らに対する不法行為に該当しうるし、前記二に記載のとおり、労働契約上の債権者らの反対請求権(賃金請求権)を失わせるものではないから、債権者らの保護は右請求権を認容する限りで図られるものと解さざるをえない。なお、労働者には就労請求権が認められないことについて、東京高決昭和三三年八月二日労民集九―五―八三一、広島高判昭和六〇年一月二五日判タ五五七―一七九、仙台地決昭和六〇年二月五日労民集三六―一―三二参照)。

よって、申請の趣旨第二項記載の申請については、その被保全権利が認められないから、その申請は却下を免れない(なお、仮に被保全権利が存在することを仮定しても、平成八年八月一日以降、債務者が債権者らに対し、非組合員たる債権者ら以外の従業員と同様にヘッドレス運行を含む長距離勤務の乗車指示を行っていることが一応認められる(<証拠略>)以上、その保全の必要性なきことが明らかであるから、その申請はやはり却下されるべきである。)。

第四結論

以上検討したところによれば、債権者らには、平成七年六月二五日以降同年七月三一日まで、手取り額にして、別紙一覧表(一)の1、2記載の各金員の支払を求める限度で被保全権利が認められ、その保全の必要もあるので、本件仮処分申請のうち、右金員の仮払を求める限度で、保証を立てさせないでこれを認容し、その余は失当であるからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事保全法七条、民事訴訟法八九条、九二条をそれぞれ適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 髙橋正 裁判官 荻原弘子)

当事者目録

債権者 野本勇次郎

債権者 芝隆史

債権者 渡部孝芳

債権者 大野研太郎

債権者 岡田好雄

債権者 井上輝重

債権者 越智一郎

右七名代理人弁護士 臼井満

同 水口晃

債務者 庚申トラフィック株式会社

右代表者代表取締役 清水綱雄

右代理人弁護士 真木啓明

別紙一覧表(一) (認容金額)

<省略>

別紙一覧表(二) (請求金額)

<省略>

別紙一覧表(三) (基本給額)

<省略>

別紙一覧表(四)

(平成7年中の手取り月額平均賃金額、但し、債権者井上及び同越智については、平成6年中の手取り月額平均賃金額)

<省略>

別紙一覧表(五)

(平成8年2月分ないし6月分の受領賃金額(3月ないし7月の各10日付けで受領した賃金額))

<省略>

別紙一覧表(六)

(平成7年中の手取り月額平均賃金の8割、但し、債権者井上及び同越智については、平成6年中の手取り月額平均賃金の8割)

<省略>

別紙一覧表(七)

(平成8年6月25日以降同月30日までの期間についての支払請求金額)

<省略>

別紙一覧表(八)

(平成8年6月分中、平成8年6月25日以降同年同月30日まで(6日分)の賃金として受領した金額)

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例