松山地方裁判所 平成8年(ワ)663号 判決 1997年9月29日
原告
菅野茂木
右訴訟代理人弁護士
有田知正
被告
鎌田嘉文
右訴訟代理人弁護士
白石隆
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告と被告の間において、別紙物件目録記載三の土地のうち、別紙図面のロ、ハ、ニ、ホ、ロの各点を順次直線で結んだ範囲の部分について、原告が通行する権利を有することを確認する。
2 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載三の土地のうち別紙図面のロ、ハ、ニ、ホ、ロの各点を順次直線で結んだ範囲の部分に存するブロック塀を撤去せよ。
3 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、別紙物件目録一及び二記載の土地(以下「原告所有地」と総称する。)を所有している。
2 原告所有地は、松山市所有の同市木屋町一丁目六番一の土地(以下「松山市所有地」という。)、小田昌信外二名所有の同所六番二五及び同所六番二一の土地、堀家正高所有の同所六番一一の土地、尾下孝子所有の同所六番二四の土地、村上清所有の同所六番二三の土地及び被告所有の別紙物件目録記載三の土地(以下「被告所有地」という。)に囲まれており(その位置関係は、別紙図面の土地所在図に記載のとおりである。)、公路に通じる通路のない袋地である。
3 原告所有地から南側道路(公路)に至るためには、被告所有地を通行する以外に方法がなく、その場合、請求の趣旨1項に記載の土地部分(以下「原告主張通路」という。)を通行するのが、囲繞地のために最も損害が少ない。
すなわち、原告主張通路の土地部分には、現在、北側の間口が1.27メートル、南側(公路側)の間口が1.57メートルの通路(以下「本件既存通路」という。)が開設されているが、右幅員では、建築基準法四三条に規定する幅員二メートルの接道基準に違反し、将来、原告は原告所有地上の建物の建替や増改築が不可能であるばかりか、日常生活において自動車の出入りも難しく、火災や地震等の災害が発生したときには生命、財産の危険が大きいというべきである。そうすると、本件既存通路が開設されているからといって、原告所有地が袋地でないと解するのは相当でなく、これを拡幅して幅員二メートルとする原告主張通路が、囲繞地通行権に基づき認められるべきである。なお、原告は、本件既存通路では余りに不便なので、これに隣接する松山市所有地の一部(幅員約一メートル)を併せて利用しているが、あくまで事実上の使用にすぎない。一方、被告は、被告所有地を駐車場として使用しているが、本件既存通路を拡幅して幅員二メートルとしたとしても、既存ブロック塀を取り壊し、自転車置き場を僅か数十センチメートル移動させる不利益を被るだけであり、これらの費用は原告において負担する用意がある。
4 原告主張通路の範囲内には、請求の趣旨2項記載の被告が所有するブロック塀(以下「本件ブロック塀」という。)が存在し、原告の通行を妨げている。
5 よって、原告は、被告に対し、囲繞地通行権に基づき、原告主張通路についての通行権の確認と本件ブロック塀の収去を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2のうち、原告所有地とこれに隣接する被告所有地及び松山市所有地等の各周辺土地との位置関係が別紙図面の土地所在図に記載のとおりであることは認めるが、原告所有地が公路に通じる通路のない袋地であることは否認する。
原告所有地は、本件既存通路とこれに隣接する松山市所有地の一部を通行することによって公路に通じており、囲繞地通行権が発生する袋地ではない。
3 同3のうち、本件既存通路が開設されていることは認めるが、その余の事実は否認する。
すなわち、原告主張通路部分には、幅員約1.5メートルの本件既存通路が存在するところ、これは、被告が原告及び訴外村上清に対し、かねてより通路として賃貸してきたものであり、右通路の幅員ついては、長年にわたり、原告も了承していたものである。しかも、本件既存通路に隣接する松山市所有地の一部が併せて通路として使用されており、結局、現況では2.5メートル余りの幅員の通路が存在して、原告は何ら支障なく歩行や自動車での通行ができている。原告は、昭和四三年には本件既存通路と松山市所有地の一部を併せた現況通路の存在を前提に建築確認を得ており、本件既存通路が建築基準法上の接道基準に満たないからといって、被告に対してのみ右通路の拡幅を求めるのは理由がない。他方、被告所有地は、現在、駐車場及び駐輪場として使用中であり、本件既存通路を幅員二メートルまで拡げることは、駐輪場施設の一部撤去ないし移設を伴うもので困難である。
4 同4のうち、原告主張通路内に、被告所有の本件ブロック塀が存在することは認める。
第三 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これらの各記載を引用する。
理由
一 本件は、囲繞地通行権に基づく既存通路の拡幅の許否が争われた事案であるが、囲繞された土地に既に公路に通ずる通路が存在する場合であっても、当該通路の形態等の如何によっては、なお袋地と認めて囲繞地通行権に基づく通路の拡幅を求めることができるか否かが、まず検討されなければならない。
そもそも、囲繞地通行権は、隣接する各土地の全てがその用法に適った利用に供されるようにするため、所有者相互に一定範囲で協力させるという相隣関係法理に基づくものであるから、右通行権の成否を判断するに当たっては、隣接土地相互の利用関係を公平に調整する観点に立脚して、通路開設ないし拡幅の必要性について具体的事案に応じた利益衡量がされなければならない。この場合、土地利用に必要な通行の在り方は時代の変化と不可分の関係にあるから、今日の生活態様や社会環境を基準として関係当事者間の公平な利益調整を図る必要がある。
したがって、或る土地が他の土地に囲繞せられて公路に通ぜざるか否か(民法二一〇条一項)の、いわゆる「袋地」の要件については、かかる見地から弾力的に解すべく、既に公路に通ずる通路が存在する場合であっても、その一事によって、袋地性を否定するのは相当でなく、土地の用法及び形状、地域環境等から考えて、既存通路が通路としての合理的な効用を全うすることができなくなっている場合には、囲繞された土地所有者は、必要な限度において、隣接土地所有者に対し囲繞地通行権に基づき既存通路の拡幅等を求めることができると解すべきである。
その意味から、当該土地が住宅用地である場合、今日の平均的な生活態様に鑑みれば、自家用車の既存通路への乗り入れが周辺の地域環境等に照らして不可欠であるという事情が認められれば、既存通路の拡幅の必要性を基礎付ける一つの要素となり、あるいは、市街地における生活環境の改善、充実や防災、避難方法の確保等も既存通路拡幅の許容性を基礎付ける一つの要素となり得ると解される。
また、建築基準法四三条に規定する幅員二メートルの接道基準との関係では、もとより同法は行政取締の目的から建築適合基準を定めたもので、私法上の相隣関係を律するものではないが、既存通路が右接道基準に満たないことが地上建物の増改築を不可能にし、これによって当該土地の利用が著しく制限されていると認められる場合には、前記事情と相俟って、囲繞地通行権に基づく既存通路の拡幅を許容する一要素として斟酌すべきものと考える。
しかしながら、一方において、囲繞地通行権は、必然的に隣接土地の利用制限という犠牲を伴うものであり、ことに、既存通路が開設されていて長年にわたり関係当事者の了承の下に通行利用が継続されてきた事情がある場合には、その現状を変更して既存通路の拡幅を許容するには慎重な態度が求められるというべきであり、既存通路の拡幅を許容するか否かの判断に当たっては、当該通路の開設経緯や実際の利用状況等を踏まえ、前記各事情を十分に吟味するとともに、右拡幅によって隣地所有者が被る不利益との比較衡量がなされなければならないことは当然といわなければならない。
二 以上の見地から、本件について検討するに、別紙図面の土地所在図に記載のとおり、原告所有地は被告所有地等の周辺隣接土地に囲繞された位置関係にあること、原告所有地から南側の道路(公路)に至る本件既存通路が開設されていること、本件既存通路に隣接して松山市所有地があり、原告において、その一部を本件既存通路と併せて事実上通路として利用していること、原告主張通路の範囲内には被告所有の本件ブロック塀が存在すること、以上の事実は、当事者間に争いがなく、右事実に加え、証拠(甲一の1ないし3、二ないし四、六ないし一一、一二の1ないし5、一三、一五ないし一七、一八の1ないし4、一九の1、2、乙一ないし四、五の1、2、八、証人菅野妙子、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 昭和二九年ころ、原告は、別紙物件目録記載一の土地上の建物を訴外正岡昌夫から購入し、被告から右建物敷地及び本件既存通路を賃借した上、右建物に居住したこと、その当時、本件既存通路の西側には、訴外亀岡が被告所有地を賃借して居住しており、その境は、南側半分が植え込みで、北半分が板塀で仕切られていたこと、他方、本件既存通路の東側には、更地のままの松山市所有地があり、原告は、本件既存通路と松山市所有地の一部分を併せて幅約二メートル半位の通路として使用し、歩行はもとより、自家用車(軽自動車)での自由な出入りをしていたこと、
2 昭和三八年六月ころ、松山市所有地に公民館が建設されたが、これに先立ち、原告は、右土地の一部を通路として使用していることを理由に、町内会の役員から他の住民より多額の寄付金を求められ、これに応じて一万円を拠出した結果、その後も右通路としての使用を黙認されてきたこと、
3 昭和四三年一二月二七日、原告は、松山市から別紙物件目録記載一の土地の北側にある別紙物件目録記載二の土地の払い下げを受け、昭和四四年六月ころ、右両土地を併せた原告所有地(但し、当時は別紙物件目録記載一の土地は被告から賃借中)上に自宅を新築したこと、これに先立ち、原告は、南側道路(公路)から原告所有地に通じる幅員約二メートル半の通路が存在する工事設計図面(野本建築事務所作成)を松山土木事務所に提出し、昭和四三年四月一〇日、建築確認通知を適法に受けていること、
4 昭和四六年ころ、訴外亀岡が、前記植え込み及び板塀を本件ブロック塀に造り替え、その結果、本件既存通路の幅員は、公路に接する南側が1.57メートル、原告所有地に接する北側が1.27メートルとなったが、原告は、これに格別の異議を述べなかったこと、
5 昭和五四年七月ころ、原告は、被告から別紙物件目録記載一の土地を被告所有地から分筆の上買い受けたが、その際、被告は、本件既存通路について、土地家屋調査士濱本俊明に依頼して、原告の妻と松山市職員の立会の下に測量を実施し、丈量図(乙一)を作成した上、改めて、原告との間で右通路についての賃貸借契約書を作成したこと、その後も、原、被告間で、本件既存通路について、異議なく賃貸借契約が更新され、漸次、地代も値上げされてきたこと、
6 平成七年一二月末ころ、被告は、訴外亀岡の死亡により立退料を支払って被告所有地の返還を受け、地上建物を取り壊して、自ら経営する共同住宅(鎌田ビル)のための駐車場兼駐輪場にしたこと、ところが、これを機に、原告から被告に対し、本件既存通路を幅員二メートルに拡幅する要求がなされ、平成八年二月に松山簡易裁判所に調停が申し立てられたこと、
7 被告は、右調停において、本件ブロック塀を取り壊して本件既存通路の南側(公路側)の幅員を二メートルにすることには応じるが、北側の幅員は既設駐輪場の維持の必要から幅員1.56メートル(現状1.27メートル)にしか拡幅できないとの提案をし、丈量図(乙八)を提出したが、原告は、右提案を拒否し、本訴を提起するに至ったこと、なお、原告は、現在でも、松山市所有地の一部を通路として使用することを黙認されており、既存通路と併せて幅員約二メートル半の通路を事実上利用していること、
以上の事実が認められる。
三 右認定事実に基づき検討するに、原告所有地は、被告所有地等の周辺土地に囲繞された土地であり、しかも、そのうち別紙物件目録記載一の土地は、被告所有地から分割された土地であることを考慮すると、民法二一三条の趣旨からも、原告は、被告に対し、原告所有地から公路である南側道路に通じる通路の確保を求め得る立場にあるといえる。そして、本件既存通路は、幅員が北側で1.27メートル、南側で1.57メートルしかなく、右通路のみであれば、人が歩行するに支障はないとしても、今日の社会生活上、日常生活に不可欠な自動車による通行には不便を強いられ、防災上の観点や建築基準法上の接道基準に満たないことに鑑みると、原告所有地の十分な土地利用は阻害されているといわざるを得ず、同土地の袋地性を肯定する余地があるといえよう。
しかしながら、一方において、原告所有地のうち別紙物件目録記載一の土地は、被告所有地から分割される以前から、長期間にわたり、本件既存通路とともに、被告から原告に賃貸されてきたものであって、右通路幅については、原告もこれを了承してきた経緯があり、さらに、原告は、本件既存通路だけでなく、その東側の松山市所有地の一部を併せて幅員約二メートル半の通路を使用してきており、右使用は事実上のものとはいえ、松山市所有地上に公民館が建設される以前からのもので、長年にわたり黙認されてきており、現時点において、その通行を拒絶されたり、公民館の建替等によって右通路の閉鎖が予定されているなどといった事情は証拠上窺えない。しかも、原告において、現在、原告所有地上の建物について建築基準法による許可を要する増改築の必要に迫られているとの事情も窺えず、その必要があるとしても、本件既存通路の東側には長年原告が通路使用を黙認されてきた松山市所有地の空地部分が存在し、かつて原告が現在の自宅を新築する際に、幅員約二メートル半の通路が存在することを前提に建築確認が得られていることなどに照らすと、建築確認が得られる可能性もあることが窺え、少なくとも、その可能性がないと断定するに足りる証拠はない。加えて、本件既存通路を原告主張通路のように幅員二メートルに拡幅するとなれば、被告において、本件ブロック塀を取り壊すだけでなく、既存の駐輪場を一部撤去ないし移設しなければならない負担を強いられることになる。
以上を総合考慮すれば、本件既存通路の東側に松山市所有地の空地部分が存在し、原告において、これらを併せた幅員約二メートル半の通路を南側道路(公路)へ通ずる進入路として利用できている現時点では、原告所有地をもって袋地と認定するには足りないという外なく、このように解することが、相隣関係の公平な調整を図る囲繞地通行権の本質ないし法理に適うものと思慮する。
第四 結論
以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないことに帰するのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官佐藤武彦)
別紙物件目録
一 所在 松山市木屋町一丁目
地番 六番二七号
地目 宅地
地積 67.50平方メートル
二 所在 松山市木屋町一丁目
地番 六番二二
地目 宅地
地積 37.87平方メートル
三 所在 松山市木屋町一丁目
地番 六番二
地目 宅地
地積 402.45平方メートル