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松山地方裁判所 平成8年(ワ)767号 判決 1998年1月29日

原告

久保眞美子

右訴訟代理人弁護士

薦田伸夫

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

五十嵐庸晏

右訴訟代理人弁護士

田中登

右訴訟復代理人弁護士

大内圀子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二五二五万円及びこれに対する平成八年一二月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  事案の概要

一  本件は、交通事故の加害車両に同乗していて死亡した訴外亡久保茂美(以下、「亡茂美」という。)の相続人である原告から、加害車両の自賠責保険会社である被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)一六条一項に基づく損害賠償請求及び附帯請求(本訴状送達日の翌日以降の民法所定年五分の遅延損害金)がなされた事案であり、被告は、亡茂美が加害車両の保有者で、その運行支配者であるから、自賠法三条にいう「他人」に該当しないとして争ったものである。

二  前提となる事実

1  本件交通事故の発生

左記のとおり、交通事故(以下、「本件事故」という。)が発生した(争いがない。)。

日時 平成六年一二月二六日午後三時三五分ころ

場所 愛媛県北宇和郡吉田町大字立間一二七五番地三国道五六号線上

態様 訴外久保隆之(以下、「訴外隆之」という。)の運転する普通乗用自動車(以下、「加害車両」という。)が、対向車線に進入し、折から対向車線を走行してきた岸雅己運転の普通乗用自動車と正面衝突して、その結果、加害車両に同乗していた亡茂美が死亡した。

2  相続

亡茂美の共同相続人は、訴外山口桂子、訴外久保幸(以下、「訴外幸」という。)及び原告の三名の子であるところ、遺産分割協議により、原告が単独相続して、その権利義務を承継した(甲一一ないし一八、一九の1ないし4)。

3  自賠責保険会社

加害車両の自賠責保険会社は被告である(争いがない。)。

4  自賠法に基づく直接請求の拒絶

亡茂美の共同相続人の原告らは、自賠法一六条一項に基づき、被告に対し、本件事故による亡茂美の損害賠償について直接請求したところ、亡茂美は自賠法三条にいう「他人」に該当しないとの理由で、支払を拒絶された(争いがない。)。

三  争点と争点についての当事者の主張

1  争点1

本件事故の加害車両の運行につき、亡茂美は、自賠法三条にいう「他人」に該当するか。

(原告の主張)

本件事故の加害車両の運行につき、亡茂美が自賠法三条にいう「他人」に該当することは、つぎの理由から明らかである。

(一) 加害車両は、訴外幸の所有するものであり、保有者も同訴外人であった。

すなわち、訴外幸は、視力障害があり奈良県天理市所在の病院や市立宇和島病院等への通院の必要があったことから、平成五年七月ころ、当時交際中であった訴外赤松忠(平成七年七月二七日、同女と婚姻して久保忠となる。以下、「訴外忠」という。)が、同女のために買い与え、登録名義も、強制、任意保険の各契約者も同女となっていた。そして、加害車両は、訴外幸の通院等のため、訴外忠が居るときは専ら同人が運転し、同人が居ないときは亡茂美が運転することもあったが、ガソリン代や保険料は訴外幸が負担しており、同女が保有者であったものである。

(二) 亡茂美は、本件事故当時、仕出し店を自営していたが、業務用及び私用のために、普通乗用自動車(トヨタ製ワゴン車、以下、「ワゴン車」という。)を所有して、専ら同車を使用しており、加害車両の保有者ではなかった。

(三) 本件事故は、訴外隆之が、訴外幸の依頼により、加害車両を運転して同女を松山空港まで送り、その帰途に、居眠り運転したため、助手席に同乗していた亡茂美を死亡させたものであるが、亡茂美は、孫の子守を兼ねて同乗していたに過ぎず、運転の交替等は全く考えられない上、走行についての指示をした形跡は見当たらない。しかも、亡茂美は、本件事故発生の際、助手席で眠っており、加害車両の運行を支配する立場になかったことは歴然としている。したがって、亡茂美が加害車両の運行支配者でなかったことは明らかである。

(被告の主張)

本件事故の加害車両の運行につき、亡茂美が自賠法三条にいう「他人」に該当しないことは、つぎの理由から明らかである。

(一) 加害車両の所有者が訴外幸であったことは認めるが、訴外茂美も同車の共同保有者であったというべきである。すなわち、亡茂美は、本件事故当時、ワゴン車を所有していたが、昭和六〇年に取得した古い車両であり、業務用、自家用には、平成五年に購入された加害車両を殆ど毎日使用していたものである。さらに、亡茂美は、加害車両のキーを保管し、ガソリン代等の維持費も負担していたものであって、同車を自己の所有車同然に使用していたものである。

(二) 本件事故は、訴外幸を松山空港まで送った帰途に発生しているが、それまでは殆ど、亡茂美が、身障者である訴外幸の保護者として、同女を送迎しており、当日は、偶々、年末の業務多忙で過労状態にあったため、帰省中の訴外隆之に運転をさせたもので、そうでなければ、訴外茂美が運転していた筈であった。そして、過労状態にあった亡茂美が敢えて加害車両に同乗したのは、単なる見送り人としてではなく、その運行を支配する立場にあったからにほかならない。そうすると、亡茂美は、事故防止につき中心的な責任を負う保有者として同乗していたもので、いつでも運転者に交替を命じ、あるいは、その運行につき具体的に指示できる立場にあったことが明らかであるから、自賠法三条にいう「他人」には該当しないというべきである。

2  争点2

損害額

(原告の主張)

本件事故による亡茂美の死亡に伴う損害額は、つぎのとおりである。

(一) 逸失利益及び慰謝料

二二九六万円

(二) 弁護士費用 二二九万円

(三) 合計 二五二五万円

(被告の主張)

争う。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  争点に対する判断

一  争点1について

1  自賠法一六条一項に基づき、交通事故の被害者が、保険会社に対し、いわゆる直接請求できるには、当該被害者が同法三条にいう「他人」に該当しなければならないと解されるところ、ここにいう「他人」とは、自己のために自動車を運行の用に供する者(運行供用者)及び運転者を除くそれ以外の者と解される(最高裁昭和四七年五月三〇日判決等参照)。

ところで、自動車の所有者は、第三者に自動車の運転をゆだねて同乗している場合であっても、事故防止につき中心的な責任を負う者として、右第三者に対して運転の交替を命じ、あるいは運転につき具体的に指示することができる立場にあるのであるから、特段の事情がない限り、右第三者に対する関係において、自賠法三条の「他人」に当たらないと解すべきところ(最高裁昭和五七年一一月二六日判決参照)、正当な権原に基づいて自動車を常時使用する者についても、所有者の場合と同様に解するのが相当である(最高裁平成九年一〇月三一日判決参照)。

2  そこで、これを本件についてみるに、前記前提となる事実に加え、証拠(甲一、二の1ないし11、四、五の2、六ないし八、一〇、二五の1、2、二六、乙一、二、証人久保忠、同久保幸、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 亡茂美(大正一五年五月生)は、訴外幸(昭和二四年一〇月生)の母であり、本件事故当時、訴外幸と同居して同女とともに、愛媛県北宇和郡吉田町大字魚棚において、仕出し業を自営していた。

(二) 訴外幸は、昭和三〇年ころ白内障を患ったことから左眼の視力を失い、平成元年ころ右眼に緑内障が発症したことから、奈良県天理市所在の天理よろず相談所病院や市立宇和島病院等で通院治療を受けていた。

(三) 訴外幸は、平成五年七月ころ、訴外忠から、加害車両(三菱ランサー)を買い与えられ、登録名義人になるとともに、強制保険、任意保険の契約者になった。訴外忠は、当時、滋賀県に居住して大工を営んでおり、前妻とは事実上の離婚状態にあって、訴外幸と結婚を前提に交際を続けていたもので、月に二回位の割合で同女方に帰っていた(なお、両名は、平成七年七月に入籍、婚姻した。)。

(四) 加害車両は、主に訴外幸の通院やレジャーなどに用いられていたもので、同女は視力障害のため運転できなかったため、訴外忠が帰っていたときは、同人が運転していたが、それ以外のときは、同居していた母親の亡茂美が専ら運転していた。なお、亡茂美は、ワゴン車(名義人は訴外幸)を所有しており、業務用には専ら同車を使用していたが、加害車両を私用等に用いることもあり、加害車両のガソリン代は殆ど訴外幸が支払っていたが、亡茂美が支払うこともあった。

(五) 本件事故当日(平成六年一二月二六日)、大阪に出向く訴外幸を松山空港まで加害車両で送ることになったが、いつもは亡茂美が空港までの送迎をしていたところ、その日は、偶々、孫である訴外隆之が帰省しており、亡茂美は、年末の仕事の過労もあったためか、原告(訴外隆之の母)に対し、「隆之を借りていくよ。」と言って、同人に運転させ、自らも同乗して、訴外幸を松山空港まで送った。なお、訴外隆之は、当時、二一歳で国立弓削商船高等専門学校の学生であり、平成六年四月に普通一種の運転免許を取得したばかりの初心運転者であった。

(六) 本件事故は、その帰途に発生したものであるが、訴外隆之は、加害車両を運転中、眠気を催したものの、自宅が近づいていたこともあって、そのまま運転を継続したため、居眠り運転の状態となり、対向車線に進入して、正面衝突事故を発生させたものである。その際、亡茂美は、三歳の孫の山口修平を抱いて加害車両の助手席に同乗していたが、本件事故により頸椎骨折等の傷害を負い、死亡するに至った。なお、原告は、訴外隆之から、本件事故発生の際、亡茂美も助手席で眠っていた旨聞いている。

(七) なお、平成七年五月ころ、自動車保険料率算定会松山調査事務所が、訴外幸と訴外隆之宛に照会したところ、その各回答書(乙一、二、訴外幸の分は訴外忠が、訴外隆之の分は原告が、それぞれ代筆した。)には、加害車両の日常の使用者は亡茂美であり、一か月三〇回位運転していた旨の記載があり、訴外隆之の回答書には、本来ならば亡茂美が運転していた旨の記載がある。

以上の事実が認められる。

3 右認定事実に基づき検討するに、本件事故における加害車両の所有者は、訴外幸と認められる(この点は、被告も争わない。)が、同乗していた亡茂美も、同居していた視力障害のある娘の訴外幸の通院等のため、日常的に加害車両を運転していたものであり、正当な権原に基づいて加害車両を常時使用していた者に当たるというべきである。

この点について、原告は、加害車両の保有者は訴外幸であり、亡茂美はワゴン車を所有して専ら同車を使用していたから加害車両の保有者ではない旨主張するが、前記認定のとおり、亡茂美は、ワゴン車を所有して業務用に専ら同車を使用していたことは確かであるが、一方で、訴外幸の通院等のために加害車両を日頃運転していたものであり、ときには私用にも運転し、ガソリン代を負担することもあったことからすれば、正当な権原に基づいて加害車両を常時使用していた者と認定するのが相当である。なお、訴外幸は、前記回答書(乙二)について、気持が動転していて真実を記載したものではない旨証言するが、本件事故後数か月してからの回答であるうえ、右文面からして、具体的な質問事項に答えたものであり、右証言部分はにわかに信用できない。

そうすると、本件において、第三者である訴外隆之に運転をゆだねて加害車両に同乗していた亡茂美は、所有者と同様に、事故防止につき中心的な責任を負う者として、同訴外人に対して運転の交替を命じ、あるいは運転につき具体的に指示することができる立場にあったというべきであるから、特段の事情がない限り、右第三者に対する関係において、自賠法三条の「他人」に当たらないと解される。

そこで、進んで、本件事故について、右特段の事情の有無について検討するに、前記認定事実によれば、亡茂美は訴外隆之の祖母であり、同訴外人は当時二一歳の若年者で、普通免許取得から一年未満の初心運転者であったことに加え、訴外幸の空港への送迎は日頃亡茂美が行っていたもので、当日は偶々帰省していた訴外隆之が運転することになったこと、そして、亡茂美は同訴外人の母親である原告に対し「隆之を借りていくよ。」と言い残して出発していることなどの事情が認められ、このような両者の関係、運行経緯に照らせば、本件事故当時において、加害車両の運転を訴外隆之にゆだねて同乗していた亡茂美は、事故防止につき中心的な責任を負う者として、運転の交代を命じ、あるいは運転につき具体的に指示できる立場にあったと認めるのが相当であって、前記特段の事情は、これを認め難いというほかない。

この点について、原告は、亡茂美は孫(三歳児の修平)の子守を兼ねて同乗していたに過ぎない旨主張するが、前判示の事情に照らし、単なる同乗者とみることはできず、右主張を採用することはできない。また、本件事故の際に亡茂美が助手席で眠っていたとしても、その瞬時をとらえて運行支配の可能性を判断するのは相当でなく、そのことをもって前記特段の事情とみることはできない。

なお、前記最高裁平成九年一〇月三一日判決の事例は、報酬を得て業務として運転の代行を引き受けた運転代行業者に運転をゆだねていた事案であって、若年で運転初心者である孫に運転をゆだねた本件とは明らかに事例を異にするというべきである。

4  以上からして、本件において、亡茂美は、加害車両の運転者である訴外隆之との関係において、自賠法三条にいう「他人」には当たらないと解するのが相当である。

二  争点2について

判断に立ち入らない。

第五  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官佐藤武彦)

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