松山地方裁判所 昭和24年(ワ)142号 判決
原告 松本梅雄
被告 渡辺定徳
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告は原告に対して金四万円及びこれに対する昭和二十四年二月二十七日から完済に至るまで年五分相当の金員を支拂わねばならぬ。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並に担保を條件とする仮執行の宣言を求めその請求原因として原告は昭和二十四年二月二十六日当時松山市が同年三月二十日から同年五月二十日までの二箇月にわたり開催する予定であつた博覧会に参集する見物人相手に飲食店業を営む目的の下に右博覧会場附近に在る被告所有の松山市西一万町四十八番地所在の宅地約二十坪を期間を前記博覧会の開催中地代を金四万円として賃借し同日被告に対し約定の地代を支拂つたのである。然しながら本件土地については地代家賃統制令所定の停止統制額若しくは認可統制額たる地代の定まつたものがないので右契約に当つて被告は同令第六條所定の認可を受けねばならぬのにこれを受けることなく原告の経済的窮迫に乗じ附近の宅地が昭和二十四年六月一日物價廳告示第二百六十八号に基ずく修正率に依つても四十二級一坪につき一箇月九十七銭であるのに比して不当に高額の地代を要求したのであるが、原告は当時同令の存在を知らずしてこれを承諾したものである。然らば本件契約は同令第三條、第六條の強行法規に違反し且つ公序良俗に反する無効の契約であるから原告が被告に交付した右金員は法律上の原因なくして給付したこととなりこれは勿論不法原因に基ずく給付であるけれども同令第三條は明らかに貸主が停止統制額若しくは認可統制額を超えて地代を契約し又は受領することを禁じている法意に鑑みその不法の原因は受益者たる被告についてのみ存するので原告は本訴においてこれが返還を、併せて被告は惡意の受益者であるから原告が被告に右金員を交付した翌日たる昭和二十四年二月二十七日以降完済までこれに対する民法所定年五分の割合に依る法定利息の支拂を求めるものであると陳述し被告の答弁に対して地代家賃統制令は高物價抑制のための法規で短期間の賃貸借についても例外なく適用されるべきであると述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として昭和二十四年二月二十六日原被告間において被告所有の松山市西一万町四十番地所在の宅地約二十坪につき同年三月二十日から同年五月二十日までの期限附にて賃貸借契約が成立し同日被告が原告から金四万円を受領したことはこれを認めるも右は地代家賃統制令に違反する無効の契約ではない。即ち右土地において被告自身松山市主催の博覧会の見物人を相手とする商賣をする目的でこれが計画中であつたところ原告の申出に依り右計画を中止しその代り原告において被告の右計画の遂行に因り得べき希望利益の喪失を補償することとしこれに通常の地代を含めて四万円と定めたもので右は俗にいわゆる場賃に他ならないのであつて斯くの如き特殊の事情に基ずく短期間の賃貸借については若しその全部が地代であるとの前提においても地代家賃統制令は適用さるべきでない。仮に同令の適用があり本件が無効の契約であつて原告の受領した金四万円が不当利得となるにしても被告自らが同令違反の價格を以て賃借を申込んで來たものでこれが不法の原因は双方に存するから被告は原告に対し右金員を返還する義務を負うものでないと陳述した。<立証省略>
三、理 由
原告が昭和二十四年二月二十六日松山市主催の博覧会の見物人を相手に飲食店業を営む目的の下に同会場附近にある被告所有の松山市西一万町四十八番地所在の宅地約二十坪を右博覧会開催期間たる同年三月二十日から同年五月二十日までの間の期限附にて賃借しその対價として金四万円を被告に交付したこと、本件土地については地代家賃統制令所定の停止統制額若しくは認可統制額たる地代の定まつたものがないのに右契約において被告は同令第六條所定の手続を経なかつたことは当事者間に爭ないところである。
そこで本件金円の授受の原因となつた右契約が地代家賃統制令に違反し又は公序良俗に反するものであるかどうかの点について考えて見るに祭典とか博覧会とか一、二日乃至一、二ケ月の短期間にわたる催し物のある場合、参拜人、見物人等を相手にして資本に比して相当巨額に上る利益を得る見込の下に飲食物等の販賣をする目的で、その附近の便利な土地を右催しものの期間を限り借受けることを希望するものが多い爲め相当高い対價をもつて契約がなされることは世間普通の事例で斯様に特定の短期間を限つて土地の客観的利用價値が著るしく高騰した場合においてその利用價値相当の取引が行われたとしてもそれが一般の物價に惡影響し惹いて國民生活の安定が害せられるおそれは先ずないと言い得るのであるから、本件の如き場合における土地使用の対價は地代家賃統制令第二條に所謂建物を所有する目的で賃借せられた土地の借賃又は地代に該当せず、従つて、同令による統制を受けないものと解するのが相当である。若し然らずとすると土地権利者は一般地代同様に統制せられた寡少の対價では到底借受希望者の申出に應じないであろうことも亦見易い道理と言わねばならずそうすると物價統制令第三條第一項但書の如く特別の場合における例外的措置についての規定がないので一般に斯様な場合における土地の賃貸借は事実上禁止されたと同様の結果に期するのであるけれども地代家賃統制令の法意が其所に存するとは到底解し難い。
然らば本件につき同令所定の手続を経ず、又附近の一般地代より相当高い対價で貸借せられても同令に違反するものということはできない。又松山博覧会当時同所附近の土地が本件の如く、二ケ月間一坪二千円位の対價で貸借せられた事例が多いことは、当裁判所に顕著な事実で或は見込違いで巨利を獲得することが出來なかつた者もあるかも知れないけれども前記の如く短期間を限り土地の客観的利用價値が著しく高騰した場合に前段認定の如く統制法令に違反しない当事者の自由な合意による土地の一時的利用價値に相当する対價で契約がなされたものであるからこれを以て公序良俗に違反するものと解することもできない。然らば本件契約が地代家賃統制令に違反し又公序良俗に反し無効であることを前提とする本訴請求に爾余の判断を用いるまでもなく理由を欠くこと明白であるからこれを排斥し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 小野山武夫 橘盛行 水地巖)