大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松山地方裁判所 昭和25年(行)23号 判決

原告 越智忠助

被告 愛媛県知事

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告が昭和二十三年三月二日訴外岡本彌惣八に対してなした別紙第一、第二目録記載の農地(但し、第一目録記載の農地中一反八畝歩を除く)の売渡処分の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。旨の判決を求め、その請求原因として、被告は昭和二十二年十月二日別紙第一、第二目録記載の農地を、不在地主の小作地として買収し、昭和二十三年三月二日右第一目録記載の農地のうち一反三畝十三歩と第二目録記載の農地とを訴外岡本彌惣八に売渡した。しかしながら右売渡処分は左の理由によつて無効である。すなわち、

(一)、もと、本件農地は、訴外清水和太郎の所有地であり、訴外寺田嘉助が期間の定めなく右清水から賃借していたものを、大正十年頃、原告が地主の同意を得て、右寺田から賃借権の譲渡をうけ小作していたものであるが、原告はそれ以前から訴外森田紋二郎等が惣代をしていた頼母子講え加入していて、大正十三年頃、右講の落札をなし、その返掛債務の担保として、右小作権を右講に対し「書き入れ」担保となして、依然耕作を継続していたところ、昭和十年頃満講となつたが、当時原告はなお金三百九十六円の掛不足があつたので講惣代のすすめに応じその斡旋のもとに、右農地を三年間他人に転貸してその余米(小作料と転貸料との差額)をもつて講えの返掛金に充当するため、同年四月本件農地を訴外岡本彌惣八に期間を三年間と定めて転貸した。そして昭和十三年四月右転貸期間の満了によつて、右転貸借関係は終了したので右岡本に右農地の返還方を求めたところ、岡本はこれを承諾したが、その引渡をしないまま、岡本は原告に無断で、翌年これを訴外今井忠男に耕作せしめて、自己は挙家呉市に転住した。原告はその後右岡本及び今井に対し右農地の返還方を度々請求したが、同人等は返還をすることなく年月を経過したところ、岡本はその後昭和二十二年再び帰住し、右農地を今井より返還させ、自ら耕作していたところ、前記のように同年十月二日右農地が買収されたものである。従つて、本件買収当時、岡本は、正当な権限に基いて、右農地について耕作の業務を営んでいた者ではなく、不法占有者であり、原告こそ右農地について耕作すべき権限を有していたものであるといわなければならない。然るに、被告は、右農地について買収当時耕作権を有していなかつた岡本に対し、同人が耕作権を有するものと誤認して、前記のように、右農地を売渡したのであるから、右売渡処分は違法である。

(二)、次に、別紙第一目録の農地中、右岡本に売渡された一反三畝十三歩のうち、壬生川町に通ずる県道沿の西北偶即ち北二五・六米、東二三・五五米、南二七・六米、西二三・三米の線をもつて囲まれる約百八十八坪の部分は、昭和二十二年五月岡本が知事の許可を得ずに、潰廃し同年九月同地上に家屋を建築したものであるから、本件買収並に売渡当時は非農地であつたのである。従つて農地でない土地を売渡したことになり、違法たるを免れない。

(三)、仮りに、以上が理由なしとするも、別紙第一目録の農地三反一畝十三歩は一筆の土地であり、何等特段の理由がないのに、このうちその一部分たる一反三畝十三歩が売渡され、残りの一反八畝歩は売渡されず政府が保有しているのであるから、このように一筆の農地を特段の理由なく、その一部のみを切離し売渡するが如きは、行政処分の不可分性に反し違法である。

従つて、いずれにしても本件売渡処分は無効といわなければならないから、その無効の確認を求めるため本訴に及んだと述べ、被告の本案前の抗弁を否認した(立証省略)。

被告訴訟代理人は、本案前の抗弁として、仮りに本件売渡処分が無効であるとしても、原告は本件買収当時、本件農地について耕作権を有していなかつたから、本件農地の売渡をうける適格者でないから、結局訴の利益がなく、従つて、本訴は却下されるべきであると述べ、本案については、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、原告請求原因事実のうち、被告が昭和二十二年十月二日本件農地を不在地主の小作地として買収したこと、昭和二十三年三月二日原告主張の農地を訴外岡本彌惣八に売渡したこと、本件農地がもと訴外清水和太郎の所有地であり、大正十年頃より原告が賃借権に基き耕作していたことは認めるが、本件売渡処分は違法ではない。

すなわち、(一)昭和十年四月頃、訴外岡本彌惣八は原告から、本件農地の賃借権を譲受け、耕作に従事していたが、昭和十四年呉市に転住することになつたので、右農地を訴外今井忠男に転貸したものであるが、岡本は終戦後帰郷し、昭和二十二年五月二十日今井との間の右転貸借契約を合意のうえ解約し、右農地の引渡をうけ、自からこれを耕作するに至つたものであるから、岡本は本件買収当時、右農地につき賃借権に基いて耕作の業務を営んでいたものである。また、(二)本件売渡後同人は、右第一目録記載農地のうち、売渡をうけた一反三畝十三歩を訴外岡本文四郎所有の吉井村大字玉乃江熊之町五百九十四番地田一反二畝十三歩と所有権の交換をなし、同時に右交換農地のうち四十九坪を、同村農地委員会の承認をえて潰廃したものであるし、(三)右第一目録記載の農地のうち、残部の一反八畝は、右委員会の斡旋により、岡本彌惣八がその所有地で訴外檜垣望の小作している五反歩の農地を右檜垣から返還をうけ、その代替地として、檜垣にその耕作権を譲渡したものである。

従つて、本件売渡処分は何等違法でないと述べた(立証省略)。

三、理  由

被告が昭和二十二年十月二日別紙第一、第二目録記載の各農地を、不在地主の小作地として買収し、昭和二十三年三月二日右第一目録記載の農地のうち、その一部たる一反三畝十三歩と、第二目録記載の農地とを訴外岡本彌惣八に売渡したこと、本件農地がもと、訴外清水和太郎の所有地であり、大正十年頃より昭和十年四月頃まで原告が賃借権に基き、耕作を継続していたこと、その後昭和十四年まで右岡本が耕作し、同年岡本が呉市に転住したため、訴外今井忠男が耕作するようになり昭和二十二年岡本が帰郷してからは、今井から右農地の返還をうけ、再び岡本においてこれを耕作するに至り、本件買収当時は岡本が占有し耕作していたことは当事者間に争のないところである。そこで先ず被告の本案前の抗弁について考えるのに、本件売渡処分の無効が確定すれば、本件農地は更めて、昭和二十七年十月二十一日から施行の農地法に基いて売渡されることになり、農地法においては、旧自作農創設特別措置法による売渡のように、売渡の相手方の順位を法定しておらず、自作農として農業に精進する見込のある者で、買受予約申込書を提出した者のうちから適当と認められる者に売渡されることになるのであつて、一方証人越智カヨの証言及び原告本人尋問の結果によれば原告は現に農業に従事しており、本件農地は原告の屋敷と地続きであるから、耕作に殊更便利であることが認められ、この事実に弁論の全趣旨を綜合すれば、原告は自作農として農業に精進する見込があるものと認めることができるから、原告は本件売渡処分の無効が確定し、更めて売渡処分がなされる際は、右農地の売渡をうけ得る適格者の一人であるといわなければならない。従つて、仮りに被告主張のように本件買収当時、原告が本件農地について耕作権を有していなかつたとしても、原告は本件売渡処分の無効の確認を求める利益を有するといわなければならない。被告の右抗弁は理由がない。

仍つて本案につき考察するのに、

(一)、原告は、本件売渡の相手方となつた訴外岡本彌惣八は、本件買収当時、本件農地について、耕作権を有しておらず、原告が正当な耕作権者であつたから、本件売渡処分は、売渡の相手方を誤認してなされたため無効であると主張するが、凡そ行政処分の無効は単にそれが法規に違反したというだけでは足らず、その法規違反が重大であり、且その処分に外観上明白な瑕疵が存在する場合をいうと解するを相当とするところこれを本件についてみるのにかりに原告主張の如く、原告が買収当時の正当な耕作権者であつたとしても、本件農地は、買収当時は右岡本が現実に耕作していたものであるから、この場合、岡本でなく原告が正当な耕作権者であるということは一見しただけでは到底判明しないのであつて行政庁において詳しく調査して始めて判明すべき事柄であるといわなければならず、このような場合、被告が正当な耕作権者の認定を誤り、売渡の相手方を誤認して、売渡処分をなしたとしても右処分に外観上明白な瑕疵があるとはいえないから、本件売渡処分は単に取消の瑕疵を含むに過ぎず、無効であるとはいえない。よつて、この点に関する原告の主張は採用できない。

(二)、次に原告は本件売渡処分は、買収前農地であつたものを岡本が知事の許可を得ることなく、不法に潰廃して買収前より既に非農地となつていた約百八十八坪(第一目録記載農地の一部)をも農地として売渡したから、無効であると主張するところ、一般に農地の買収は地目等の如何に拘らずその現況に基いて農地なりや否やを判断し、これをなすべきであると解するのを相当とするけれども、もと農地であつたものが不法な潰廃によつて現況が宅地となつているような場合は、行政庁としては、不法な行為による現況の変更を認容し、これに拘束されなければならない道理はないから買収当時の現況によることなく、右不法な行為前の状態を基礎とし、これを農地として買収し或は売渡することは違法ではないと解すべきである。従つて、かりに原告の主張する右のような事実があつたとしても、これをもつて、本件売渡処分が無効であるとはいえないから、原告の右主張は理由がない。

(三)、次に原告は、一筆の農地の一部を売渡したことは特段の理由なき限り行政処分の不可分性に反し違法であると主張するが、およそ農地は一筆単位に売渡しなければならない旨の根拠はなく、一筆の農地の一部を分筆することなく売渡しても、その範囲が明確である以上、該売渡処分は他に特段の事情なき限り適法であると解するのを相当とする。従つて、右特段の事情のあることを主張せず単に一筆の土地の一部を売渡した一事をもつて、右処分が違法であるとする原告の主張はそれ自体理由がない。

されば、如上判示のとおり、原告の主張する本件売渡処分の無効原因は、いずれも採用できないから、該売渡処分は有効であるといわなければならない。従つて原告の請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤甲子一 橘盛行 荻田健治郎)

(目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!