松山地方裁判所 昭和27年(行)1号 判決
原告 窪田哲二郎
被告 日本国有鉄道
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金八千三十五円を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として(一)愛媛県喜多郡大洲町中村字射場三百十六番地の一の一部畑四三、一平方米(十三坪)及び、(二)同所三百十六番地の二の一部畑二一、八平方米(七坪)は原告の所有に帰していたが被告は日本国有鉄道予讃線伊予大洲・伊予平野両駅間の橋梁改良工事の起業者として、昭和二十六年六月二十一日建設大臣の事業認定を受け、同年七月十七日愛媛県知事の細目公告があつて後、原告に対し、前掲土地の所有権取得のための協議を求めたが、協議不調のため愛媛県収用審査会に裁決を申請したところ、同審査会は昭和二十六年十月二十九日収用の裁決を行い、その損失補償金額を金七千八百八十三円と決定し、該裁決書謄本は同年同月三十一日原告に交付せられた。然しながら、右損失補償金額の内容は、収用土地の補償金額を六千九百十五円、地上物件に対する補償金額を九百六十八円とするものであるところ、右収用土地の補償金額は、近傍類地の取引価格等を考慮するときは、著しく安価であつて、不当な価格といわねばならない。原告は右収用土地の補償金額は、純農地代、準宅地代、作離補償、小口切取損失補償、残地補償を考慮して前掲(一)の土地は坪当り八百円、合計金一万四百円、同(二)の土地は坪当り六百五十円合計金四千五百五十円総合計金一万四千九百五十円を相当とするから、前記収用審査会が、前敍のように補償金額を裁決したのは失当である。従つて原告は被告に対しこれに右地上物件に対する補償金額九百六十八円を合算した金一万五千九百十八円の支払を求むべきところ被告は、昭和二十六年十一月十五日前掲裁決による損失補償金として、金七千八百八十三円を松山地方法務局大洲支局に弁済供託したからこれを控除し、その差額金八千三十五円の支払を求めるため本訴に及んだと述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人等は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実のうち、原告主張の前掲(一)(二)の各土地がもと原告の所有地であつたこと、被告が、原告主張の如き工事の起業者として、その主張の日、建設大臣の事業認定をうけ、その主張の日細目公告があつて後、原告に対しその主張の如き協議を求めたが、協議不調のため愛媛県収用審査会に裁決の申請をしたところ、同審査会がその主張の日、収用の裁決を行い、その損失補償金額を金七千三百八十三円と決定し、該裁決書謄本がその主張の日原告に交付せられたこと、同審査会が、右損失補償金額の決定に際し収用土地の補償金額を、六千九百十五円、地上物件に対する補償金額を九百六十八円が相当であるとしたこと、その主張の日被告が、その主張の金額を松山地方法務局大洲支局に弁済供託したことは認めるがその余は否認する本件土地の状況及び附近の売買実例その他諸般の事情を比較考量すれば、前掲審査会の裁決した損失補償金額は相当であつて、増額の理由はないと述べた。(立証省略)
三、理 由
(一)愛媛県喜多郡大洲町大字中村字射場三百十六番地の一の一部畑四三、一平方米及び(二)同所三百十六番地の二の一部畑二一、八平方米が原告の所有地であつたこと、被告が、日本国有鉄道予讃線伊予大洲・伊予平野両駅間の橋梁改良工事の起業者として、昭和二十六年六月二十一日建設大臣の事業認定をうけ、同年七月十七日愛媛県知事の細目公告があつて後、原告に対し該土地の所有権取得のための協議を求めたが、協議不調のため愛媛県収用審査会に裁決を申請したところ、同審査会は昭和二十六年十月二十九日収用の裁決を行い収用土地の補償金額は六千九百十五円、地上物件に対する補償金額は九百六十八円を相当とみとめ、その損失補償金額をそれの合算額である金七千八百八十三円と決定し、該裁決書の謄本は同年同月三十一日原告に交付せられたこと、は当事者間に争のないところである。
仍て本件土地の補償価格に付考えるのに、検証の結果によれば、本件土地は国鉄予讃線大洲駅と、その西方三百米にある肱川鉄道橋梁との間、肱川堤防より東方約三十米の地点に位し、鉄道線路に膚接して南側が前掲(一)の土地、北側が(二)の土地であり、鉄道線路の南側の地域は、鉄道線路と肱川堤防との交点を要として約百四十米の長さの扇型をなしており、一帯は農地であつて農地の尽きる処は人家が密集しているが、鉄橋に近い本件(一)の土地は右の人家から相当離れていること、線路の北側の地域は、肱川堤防と鉄道線路とに囲まれて盆地状をなし、線路の北方約三十米の地点を堤防までの間に通ずる唯一の農道が東西に走つているが人家は、右農道の北側に接して町営住宅が建設中である外は、看取できないことが認められるのであつて、以上の事実と、証人重松勇の証言、鑑定人近藤俊雄、一柳好市の各鑑定の結果(但し、鑑定人一柳好市の鑑定の結果中後記を採用しない部分を除く)と綜合すれば、本件土地の其の収用裁決時期である、昭和二十六年十月二十九日における純農時代、準宅地代、作離補償、小口切取損失補償、残地補償を検討したうえでの補償価格(地上物件の補償価格を除く)は、前掲(一)の土地については坪当り四百円、(二)の土地については坪当り二百五十円であると認めるを相当とするから、右(一)の土地につき合計金五千二百十五円四銭強、(二)の土地につき合計金千六百四十八円六十銭強、総合計金六千八百六十三円六十四銭強になることは計数上明らかである。如上認定に反する鑑定人栗田末吉の鑑定の結果及び、鑑定人一柳好市の鑑定の結果中本件(二)の土地に対する鑑定の結果は採用せず、且証人丸井清次郎、平生利之助の各証言及原告本人の供述中右認定に反する部分は措信しないところであつて、他に右に牴触する何等の資料はない。
尤も証人田中紺蔵、往田卯一、森本朝則、丸井清次郎(前記措信しない部分を除く)の各証言を綜合すると、(イ)昭和二十七年三月七日大洲町大字中村西裏四百六十三、四百八十七、四百八十九番地の各畑を同町が保育園の敷地として訴外後藤真清から坪当り八百円(土地代坪当り五百円、地上物件補償坪当り三百円の割)で買受け、(ロ)昭和二十七年二月二十二日如洲町大字若宮井ノウエ三百十七番地の第一、三百十九番地の第三、三百二十番地の第二、三百四十二番地の第二の各畑三百四十四番地の第二の宅地を、訴外直木長太郎外二名から、同町が喜多小学校拡張のため、畑・宅地込みで、坪当り千円(土地代坪当り八百円、地上補償当り二百円の割)で買受けたことが認められるが、証人往田卯一の証言及び検証の結果によれば右(イ)の土地は、本件土地から約百八十米離れており、二方が道路に面し、周囲に住宅が点在しており、本件土地とは比較にならないことが認められ、右(ロ)の土地は道路に面した純宅地であつて、本件土地より優位にあることがうかがえる。また証人寺尾直右の証言によれば、(ハ)昭和二十五年十二月頃同証人が、大洲町大字中村字西裏三百八十三、三百八十四番地の農地の一部を被告に対し大洲自動車区の官舎敷地として、坪当り八百五十円で売却し、(ニ)昭和二十六年三月頃大字中村西裏四百十六番地農地四十五坪を坪当り千円で訴外井上義光に売却し、(ホ)同年五月頃同所同番地農地五十六坪を坪当り千百円で訴外王福命に売却したことが認められるが、同証人の証言に検証の結果を綜合すれば右(ハ)の土地は、本件土地から約百三十米離れており、南側が道路に面し、周囲は住宅でかこまれた閑静な純宅地であることが認められ、右(ニ)(ホ)の各土地はもと宅地であつて、附近は閑静な住宅地帯であることがうかゞえる。また証人西山四郎の証言(後記措信しない部分を除く)によると、(ヘ)昭和二十六年五月頃、合資会社大洲林化工業所が訴外松本輝義から工場拡張のため本件土地に程近い土地六十五坪二合を五万円で買受けたことが認められるが検証の結果によれば、右土地は本件土地南東約百四十米の地点で住宅地に入る境の道路の南側に位し、好適の場所にあり、同証人の証言(後記措信しない部分を除く)によれば、右会社の工場の土地と一間幅の道路を距て、相対していることが認められるから、本件土地と同一に論ずることは正当でないと考えられる。(証人西山四郎の証言中本件土地と右(ヘ)の土地との距離が三十間位であるとの点は検証の結果に照し措信できない。)従つて以上認定の諸事情を考察するときは、前掲(イ)乃至(ヘ)の売買価格は本件収用土地の補償価格算定に当り参考資料となすに適しないといわねばならない。
原告本人の供述(前記措信しない部分を除く)により窺いうる附近土地の実際における売買価格の例を採つても本件収用土地の相当補償価格に関する前示認定を覆すに足りない。
以上の如くであるから、前記収用審査会が本件収用土地の補償額は金六千九百十五円を相当と認めたことは、原告主張の如く不当に過少であるとは到底いえないのみならず、前掲認定額金六千八百六十三円六十四銭強を超えるものであり、且右収用審査会が相当と認めた本件収用土地の地上物件に対する補償額九百六十八円については、原告は不当をもつて争わないところであつて、右補償額と前掲収用土地の認定額の合算額は結局裁決にかかる本件損失補償金七千八百八十三円を超えないこと明らかだから、該金額を超過する部分の支払を求める原告の請求は理由がないといわねばならない。
仍つて原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 伊東甲子一 橘盛行 荻田健治郎)