松山地方裁判所 昭和35年(ワ)15号 判決 1961年3月30日
原告 石崎七助
右訴訟代理人弁護士 木原鉄之助
被告 上田富之介
右訴訟代理人弁護士 滝川与一郎
主文
1、被告は原告に対し金四十万八千円及びこれに対する昭和三十五年一月二十一日から右完済に至る迄の間の年五分の割合による金員を支払え。
2 その余の原告の請求は棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は、主文第一項に限り、原告において金十五万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
一、原告は、原告と訴外灘野修が昭和三十三年十一月一日訴外灘野修の原告に対する消費貸借契約上の債務を目的として金額八十万円、弁済期昭和三十四年四月末日、利息年一割五分、遅延損害金年三割の準消費貸借契約を締結し、右契約上の債務を担保するため右同日右訴外人所有の別紙目録甲記載の宅地、居宅、工場及びその工場に備附けた別紙目録乙記載の機械器具に工場抵当法第二条に基く抵当権設定契約を締結し、右訴外人は同法第三条により別紙目録乙記載の機械器具の目録を提出し、原告は昭和三十四年二月二十七日その登記をした旨主張するので、先ず右主張事実の有無について考えてみるに、成立に争いのない甲第二号証乃至甲第五号証、証人灘野修の証言(第二回)、原告本人尋問の結果を綜合すると、右主張事実を認めることができるのであつて、各認定に反する右証言及び原告本人尋問の結果の各一部は当裁判所の輒く措信しないところである。
二、しかして、被告が昭和三十四年七月一日訴外灘野修から別紙目録乙記載の機械器具を買い受け、これを別紙目録甲記載の工場から取り外して搬出し、その頃これを訴外の浅野機工商会に売却してその引渡しを了して滅失せしめた旨主張するので、その主張事実の存否について考えてみるに、被告が右主張の日に訴外灘野修から別紙目録乙記載の機械器具中同目録6、9、10、11、16、17、18、19以外の各物件を買い受けたことは当事者間に争いがなく(尤も、被告は、右売買の際右訴外人は個人の資格において取引したものではなく控外合資会社灘野鉄工所代表社員たる資格において取引したものである旨主張しているが、その点はいずれであつても、本件不法行為の成否には何等関係がない。)証人灘野修の証言(第二回)中には別紙目録乙記載の機械器具中同目録9記載の物件をも被告に売却した旨の部分があるが、被告本人尋問の結果及び官署作成部分は成立に争いなくその余の部分は被告本人尋問の結果により成立の認められる乙第五号証の一、二に比照すると、右証言の一部は、同目録8記載の物件と同9記載の物件を取り違えて証言したものであることが認められ、他に同目録6、9、10、11、16、17、18、19以外の各物件を被告が買い受けた事実を認めるに足る証拠はなく、官署作成の部分は成立に争いなくその余の部分は被告本人尋問の結果により成立の認められる乙第五号証の一、二、被告本人尋問の結果によると、被告は右の如く買い受けた機械器具を別紙目録甲記載の工場から取り外し、同月四日訴外の浅野機工商会に売却し、その引渡しを了したが、その後右物件がどう処理せられたか不分明となつた事実が認められるので、別紙目録乙記載の機械器具中同目録6、9、10、11、16、17、18、19以外の各物件については前記原告の主張を容認すべきである。
三、しかして、原告は、被告は機械器具を取り扱う古物商であるから、工場備附の機械器具の購入に当つては当該物件に工場抵当法による抵当権設定の有無を調査するため登記簿の閲覧をなすべき義務があるにも拘らず、前記の如く訴外灘野修から機械器具を買い受ける際その義務を懈怠した旨主張するので、その主張の当否について考えてみるに、被告本人尋問の結果によると、被告は機械の売買を業とする古物商であることが認められるが、一般に機械の売買を業とする古物商は、その職業上工場所有者は工場抵当法による抵当権の設定せられている工場備附の機械器具を譲渡の目的で第三者に引渡すことができないこと、右抵当権設定の有無は登記簿の閲覧により容易にこれを知り得ることにつき知識を有する者であるから、右古物商が工場備附の機械器具を購入する際或いは目的物件につき工場抵当法による抵当権が設定せられているのではないかと疑うに足りる状況の存するときは、登記簿を閲覧する等の方法により右事実を調査した上これを購入すべき取引上の注意義務があるものと解せられるところ、成立に争いのない甲第十四号証乃至甲第十七号証、被告が昭和三十四年十月二十三日別紙目録甲記載の工場内で撮影した写真であることに争いのない甲第二十一号証、証人大野毅の証言により成立の認められる甲第二十二号証、証人青木繁雄、同久万政一、同灘野修(第一、二回)、同大野毅の各証言、検証の結果、当事者双方各本人尋問の結果を綜合すると、前記売買当時被告買受の物件が備附けられていた工場内には何人も容易にこれを見得る状態で工場備附の機械器具につき売買等の法律上の処分を禁止する趣旨の仮処分公示札が掲示せられていたこと、被告買受物件の撤去搬出は昭和三十四年七月一日夜九時頃から始められたが、相当暑い時期であるにも拘らずその作業中右訴外人は工場の戸を閉め切つてしまつていたこと、それ迄に既に二回被告は訴外灘野修から機械器具を買い受けその後その売買については格別問題もなく、又訴外灘野修は前記認定の売買に当り自分は今度東洋レーヨン工場内で請負作業をすることになつたので工場も機械も不要になつたのだと説明した事情は存するが、被告が買い受けた物件は当時工場に残存していた機械器具の殆んど全部であつたこと、被告はその際右工場の附近にいたことは勿論工場内にも歩を運んでいることの諸事実が認められるのであつて、右認定に反する趣旨の証人森川多喜夫、同灘野修(第一、二同)の各証言、被告本人尋問の結果は当裁判所の輒く措信しないところであり、右認定の諸事実によると、被告が前記認定の如く別紙目録乙記載の機械器具の一部を買い受けた際その目的物件につき工場抵当法による抵当権設定の有無を疑うに足りる状況が存したものと看るのが相当であるが、成立に争いのない甲第二号証乃至甲第四号証、被告本人尋問の結果によると、被告は右買受当時右各物件には抵当権の設定がないものと軽信し、登記簿を閲覧する等の調査方法を講じていないこと、当時登記簿には売買の目的物件が訴外灘野修個人所有のものであり該物件には前記抵当権が設定せられている旨の記載が存したことの諸事実が認められるので、被告の前記行為がその過失に因るものである旨の前記原告の主張はこれを容認すべきである。
四、しかして、原告は、右被告の不法行為に因り前記物件につき抵当権を行使することができなくなつた結果、前記八十万円及びこれに対する昭和三十三年十二月一日より昭和三十四年四月末日迄の間の年一割五分の割合による金員及び同年五月一日より同年十一月十三日迄の間の年三割の割合による遅延損害金債権中金五十八万二千九百八十四円の弁済を受ける見込みがなくなり、右同額の損害を蒙つた旨主張するので、右主張の当否について考えてみるに、特定の物件に対し抵当権を行使し得なくなり、社会通念上その被担保債権につき弁済を得る見込みがない時は、右抵当権を行使し得なくなつたことによる損害の発生があるものと解すべく、その損害の額は、右物件に対し抵当権を実行すれば弁済を受け得たであろう債権金額であると解するのが相当であるところ、成立に争いのない甲第二号証乃至甲第八号証、証人灘野修(第一、二回)の証言、原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は昭和三十四年五月六日別紙目録甲、乙記載の物件につき松山地方裁判所に前記抵当権の実行を申立てたこと、同裁判所は同日右申立に基き不動産競売手続開始決定をなし、鑑定人に目的物件を評価せしめたこと、鑑定人は別紙目録乙記載の物件中被告が前記の如く買い受けた物件を合計金四十万八千円と評価していたこと、そして松山地方裁判所は鑑定人の評価した競売目的物件全部の価額の合計金百十一万三千円を最低競売価格と定め、全物件を一括競売に附したこと、原告は競売物件を競落する意思で同年七月六日の競売期日に競売の場所に臨んだが、訴外灘野修が既に別紙目録乙記載の物件を処分していることが判明したので、その日は競買申出をせず、他にも競買申出人はなかつたこと、そこで松山地方裁判所は別紙目録甲記載の物件についてのみ当初の同物件の評価額の合計金五十九万五百円を減額した金四十九万三千円を以てその最低競売価格としこれを一括競売に附したこと、そして原告がこれに応じて同年八月十三日の競売期日に右最低競売価格を以て、競買申出をなし、結局これに基き右の競売手続は終結したこと、原告は右競売手続につき同年十一月十三日開かれた配当期日において前記原告主張の債権金額中金五十八万二千九百八十四円については配当を受けることができなかつたが、原告より先順位の債権者はその際債権全額の弁済を受けており、他に原告と同順位の債権者もなかつたこと、従つて本件物件が若し存したならば、同年七月初旬から同年八月中旬迄の間において右の競売申出価格金四十九万三千円に金四十万八千円を加算した競落価格で右の競売手続が終結される可能性の充分存したこと、訴外灘野修は現在何の財産もなく妻に寄食している状況で、昭和三十五年三月十日原告と右未払債権につき割賦弁済を内容とする訴訟上の和解をしているが、全然その履行もしておらず、今後においてもその履行のできる見込みの立たないことの諸事実が認められるのであつて、右認定の諸事実によると、原告は被告の右不法行為に因り金四十万八千円の損害を蒙つたものと看るのが相当である。
五、以上各判断のとおりであるので、被告が原告に対し金四十万八千円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが一件記録により明らかな昭和三十五年一月二十一日から右完済に至る迄の間の年五分の割合による金員の支払義務を負うこと明らかであるから、原告の本訴請求中右金員の支払を求める部分は正当としてこれを認容すべく、その余の部分は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、但書、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 矢島好信 裁判官 谷本益繁 阿蘇成人)