松山地方裁判所 昭和38年(行)1号 判決 1965年1月30日
原告 丸住製紙株式会社
被告 愛媛県地方労働委員会
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は請求の趣旨として「被告が愛媛県地方労働委員会昭和三七年(不)第六号不当労働行為申立事件について昭和三七年一二月二五日附でなした命令主文のうち第一項(原告は石川敏郎に対する社宅入居不許可処分を取消し同人を社宅に入居せしむるよう措置しなければならない)を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、
一、被告は申立人を全国紙パルプ産業労働組合連合会丸住製紙労働組合(以下訴外第一組合と称する)とし被申立人を原告とする愛媛県地方労働委員会昭和三七年(不)第六号不当労働行為申立事件について同年一二月二五日附で
(一) 原告は訴外石川敏郎に対する社宅入居不許可処分を取消し同人を社宅に入居せしむるよう措置しなければならない。
(二) 訴外第一組合のその余の申立を棄却する
なる主文を有する本判決末尾添付記載通りの救済命令(ただし添付した記載内容は訴外石川に関する部分のみ)を発し同命令書は同年一二月二八日原告に送達された。
二、しかし乍ら右命令は左の理由により原告が承服できないものである。
(一) 1 訴外石川敏郎の社宅入居申請に対する原告の入居不許可処分は不当労働行為としての不利益取扱には当らない。すなわち不当労働行為にいう不利益取扱とは使用者が不当労働行為の意思をもつて労働者の既得の又は必ず得らるべき確定した期待の権利又は利益を侵害することをいうのであつて得られることの不確定な権益の侵害ではない。本件社宅は労働者の福利厚生施設としてのものであつてその社宅の性格上、社宅への入居申請者は社宅貸与についての権利者ではなく資格者でありこの当然の結果として社宅入居の許可は、当然得られることの確定した権益でもなければ必然的に得られるべき権利、利益でもない。それは申請者の希望的権益にすぎない。従つて社宅入居申請に対する結果が申請人に不利益に帰したとしてもそれは不当労働行為にいう不利益取扱ではない。
2 かりに社宅入居申請に対する不許可処分が不利益取扱だとしても原告は、石川敏郎に対し不当労働行為の意思をもつて差別取扱をした事実がない。
すなわち一般に社宅入居申請に対して原告は会社所定の社宅管理規定第五条及び第八条に基いて社宅運営審議会の意見を参酌して入居の許可不許可を決定しているのであるが右石川敏郎の入居申請に当つても他の従業員と同じく右審議会の意見を徴したところ審議会が右石川は不適格であると決定したため原告においても右意見を尊重して社宅入居不許可としたにすぎず不利益取扱の意思をもつて差別扱いしたものではない。ただ社宅運営審議会においては社宅管理規定第五条所定の(1)右石川敏郎が男子本採用者であるか(2)勤務成績良好にして永年勤続の見込ありや否や(3)配偶者又は扶養すべき家族があり且つ独立の生計を営み規定の社宅使用料を支払う能力を有するものにして住居に著しく困難しているものか否かを審議の対象とした外あわせて右社宅管理規定にはないが社宅での生活は集団生活であるから社宅生活の安寧、秩序を破り、社宅居住の他の者に迷惑を及ぼす懸念のあるものはとうてい許可できずさようなものを不許可とすることは社宅維持の第一条件であるところから同審議会がこの点を重視し審議した結果不許可の意見がでたものである。しかし石川に対してその他の特別の条件殊に同人が前記訴外第一組合員であり、職場委員であり、組合活動をしていたこと等を審議の対象としたものではなく原告は同人を差別扱いする意思は全くなかつたものである。
なお原告に不当労働行為の意思なかりし事実は本件不当労働行為の審理前に被告主査委員よりの和解勧告の際原告は石川敏郎において社宅運営審議会が同人の社宅入居申請に関し懸念していた同人の平常における職場秩序を尊重せざる性向につき入社後社宅規定を遵守し社宅内における平安なる集団生活の秩序維持に協力を誓約するならば同人の社宅入居に同意する旨申出でたる事実よりしても明らかである。
(二) 被告の命令には次の如き不当な判断事項がある。
1 被告の命令書中には、訴外石川敏郎の社宅入居申請不許可処分は「石川敏郎が訴外第一組合員であること、及び職場委員として組合活動をしていること更には同人の兄荒造が右第一組合の執行委員で組合活動をしていることを原因としてなされた不公正な差別扱いと断ぜざるを得ない」としている箇所があるが右第一組合の被告に対する本件不当労働行為申立の理由は単に石川敏郎が第一組合員であることを理由になされたものであるとの主張にとどまることが申立書において明らかであるにもかゝわらず申立での主張理由以外の同人が職場委員として組合活動をしたとか兄の荒造が第一組合の執行委員で組合活動をしていることを原因として本件不当労働行為を認定したのは申立人の申立てない事実を認定したものであるのみならず不当労働行為の要件をなさない無関係な兄の行為をも基礎としたもので不当である。
2 なお右申立の理由がかりに石川敏郎の組合活動を理由とする不許可処分であるとの趣旨を含むものとしても、右石川の組合活動は不当労働行為の要件である正当なる組合活動ではないにもかかわらず被告はそれを正当なものと誤認している。
(三) 「原告は石川敏郎に対する社宅入居不許可処分を取消し同人を社宅に入居せしむる様措置しなければならない」との被告の命令は行政命令の限界を逸脱した違法の命令である。すなわち、現行の不当労働行為に対する救済制度はもし不当労働行為が成立した場合使用者によつて加害された権益を原状に回復し不当労働行為のなかつた状態に戻すことにある。しかるに被告の右命令は単なる原状回復を命ずるものではなく社宅に関して原告と石川との間に新たな法的又は事実上の関係を設定するもので被告の行政的権限を逸脱したものである。
三、以上いずれの理由によるも被告の命令は違法であるからその取消を求める。
と述べた。
被告指定代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁及び主張として
一、請求原因第一項は認める。
二、請求原因第二項は争う
三、原告の訴外石川敏郎に対する社宅入居不許可処分は次の理由により不当労働行為を構成するものである。すなわち右石川敏郎は昭和三二年六月五日原告(会社)に入社し現在丸住製紙川之江工場六号抄紙機で勤務している者であるが右訴外人は昭和三六年四月訴外第一組合が結成されて以来、同組合に加入して職場委員に選ばれ同年四月二一日から一三八日にわたる同組合と原告間の争議を経て今日に至るまで職場委員として組合活動をしてきたこと、同人が昭和三七年三月三日結婚することになつていたので住宅の必要に迫られ同年二月二七日原告会社に対し社宅入居許可申請をしたが同じ頃申請した高丸清司、合田貞夫(いずれも第二組合員)の両名は社宅入居を許可されたにもかかわらず右石川敏郎のみ入居を許可しなかつたのは、同人が第一組合員であり組合活動をしたことを理由とする差別扱いであつて不当労働行為と認定されることは当然である。
四、原告は被告の命令が行政命令として限界を逸脱したものであると主張するがこれは原状回復の意味を誤解したものである。労働委員会の救済命令は使用者によつて労働者の団結権が侵害された場合その具体的な侵害を具体的に排除する、すなわち不当労働行為のなかりし状態に回復させるものであり、それは使用者の妨害工作の態様、労働組合の実情、或いは組合運動の将来に対する見通し等を総合的に判断して事態に即した強力で実効性のある最も適切な方法でなされるものである。しかも救済命令は行政処分としての効力を有するにすぎず、使用者と労働者との間に新たな私法上の効力を何等生ぜしめるものではない。労働委員会は公益的見地から広汎な自由裁量権により不当労働行為を処理するものである。本件において訴外石川敏郎は原告の不当労働行為がなかつたならば現在社宅に入居している筈であり従つて不当労働行為のなかつたと同じ状態に回復するためには社宅入居まで命じなければならないのである。
と述べた。(証拠省略)
理由
一、訴外第一組合の申立てた愛媛県地方労働委員会昭和三七年(不)第六号不当労働行為申立事件について昭和三七年一二月二五日附で被告が原告に対し本判決末尾添付の如き命令書を発し右命令書が同月二八日原告に送達されたことは当事者間に争いがない。
二、訴外第一組合の結成その後の経過及び右組合員であつた石川敏郎に対し社宅入居不許可処分がなされた経緯
(一) 証人黒田正明、同山本保雄、同檜垣幸美、同星川正延の証言によると訴外第一組合は原告の従業員(約六八〇名位)によつて昭和三六年四月に結成された労働組合でありその組合員数は、昭和三六年六月頃五六〇名を超過していたのであるが、同年四月に始まつた争議解決前頃である同年七月頃より右組合より脱退するものが現われ、或いは後記の第二組合に加入し又は非組合員となる等第一組合員数は次第に減少し、被告に対し本件不当労働行為を申立てた当時には、二六五名位になり更に本件が当裁判所に係属後の昭和三九年七月当時には、約七〇名位になつていたものであること、これに反し前記争議中の昭和三六年七月頃結成された紙パ労連丸住製紙新労働組合(以下第二組合又は新労組合と称することがある)は結成当初は約二〇名位の組合員であつたがその後次第に組合員数を増加し昭和三九年六月頃には約四二〇名位になつたものであることが認められ右認定に反する証拠はない。
(二) 成立に争いのない乙第一号証の三、四、証人石川敏郎、同山本保雄、同檜垣幸美の証言によると訴外石川敏郎は昭和三二年六月五日原告(会社)に入社し現在丸住製紙川之江工場六号抄紙機で勤務している者であるが、同人は昭和三六年四月第一組合結成当初右組合に加入しその職場委員に選ばれその立場で相当活発な組合活動を行つていた者であること、右石川は昭和三七年三月三日結婚する予定であつたので住居の必要に迫られ、同年二月七日原告会社に対し社宅入居申請をしたが同時頃同一の申請をした訴外高丸清司、同合田貞夫(いずれも第二組合員)の両名は社宅入居を許可されたにもかかわらず、石川についてだけは同月二四日付で入居不許可になつたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。
三、請求原因二、(一)1の主張について
原告は右入居不許可処分が不利益取扱に当らないと主張する。そこで先づ原告社宅の性格、入居手続についてみるに、成立に争いのない甲第三号証に証人森川正信の証言によれば本件社宅は従業員の福利を増進するための福利厚生施設として設置されたものでその管理は原告が行つているものであるが社宅に対する入居手続は社宅の使用願いがあつた場合原告の定めた社宅管理規定に従い社宅運営審議会の意見を参酌して原告がその入居の許否を決定する手続になつていたことが認められ右認定に反する証拠はない。而して原告従業員にとつて右社宅に入居することが利益であることはそれが福利厚生施設の利用を許されるという事柄の性質上明らかなことである反面その入居拒否が入居申請者の従業員にとつて不利益であることは自明のことというべきである。ところで不当労働行為にいう不利益取扱とは従前の事例との比較において又は他の従業員との比較においてある従業員につき実質的に均等を欠く不利益な差別扱いをするという意味であり、原告主張の如く既得の又は確定した権利の侵害がある場合のみに限られるべきものではない。従つて社宅入居申請者の内ある者についてのみ入居を許可しない場合は入居が申請者の権利であるかどうかにかかわらず右に述べた不利益な差別扱いになることは明らかであるから原告のこの点の主張は失当である。
四、請求原因二、(一)2の主張について
原告は訴外石川敏郎に対する社宅入居不許可処分は社宅管理規定に基いて社宅運営審議会の意見を参酌して決定したもので不当労働行為の意思をもつて差別扱いをしたものではないと主張する。
ところで
(一) 成立に争いのない甲第三号証によると原告会社所定の社宅管理規定第五条によれば社宅を使用しうる資格は原則として左記に該当しなければならないとし、当会社従業員中の男子本採用者で勤務成績良好にして永年勤続の見込みあり現在配偶者又は扶養すべき家族があり且つ独立の生計を営み規定の社宅使用料を支払う能力を有するものにして住居に著しく困難している者と記載されているが、石川が右の内男子本採用者であり永年勤続の見込みあり配偶者を有し著しく住居に困窮しているものであることは弁論の全趣旨に徴し原告においても特に異論のないところであることがうかがえる。
(二) 勤務成績の点については成立に争いのない乙第三号証の一五、一六に証人森川正信、同加藤博、同望月常作、同井原康の証言によると石川は自己の職場を離れ上司に注意されたことが数回あり勤務成績が良好でない旨を証言するのであるが、(イ)証人加藤博、同石川敏郎、同山本保雄、同檜垣幸美の証言によると石川は原告川之江工場の六号抄紙機において他の二名と共に光沢係に従事しているが、この職場では仕事の内容上、正式の休憩時間、食事の時間等がなくそれらは光沢係員相互間で機械の調子を考慮し乍ら適宜交代して行つていたものであること(ロ)証人加藤博、同黒田正明の証言によると石川は勤務時間中職務の内容として他の部署に出入することもあること(ハ)原告主張の如く石川の勤務成績が目立つて不良であるならば過去において原告が何らかの処置に出ることが当然考えられるにかかわらずそのような処置がとられた事跡は認められず偶々本件社宅入居申請に際して勤務成績の点が取り上げられていること、(ニ)更に成立に争いのない乙第三号証の一、二、八、第一三号証に証人黒田正明、同山本保雄、同檜垣幸美の証言によると石川は皆勤賞を受けたことも数回あり又他の従業員から優秀視される原告工場の中枢部である六号抄紙機で勤務し真面目に勤務しているとの証言内容等に照らすと石川の勤務成績が良好でないとの前記証言はたやすく信用できないし他に石川の勤務成績が他の従業員との比較において不良であることを認めるに足りる証拠はない。
(三) 原告は石川の賃金の少いことを社宅入居不許可の理由の一つとして主張しているようであるが、成立に争いのない乙第三号証の一三、証人井川康の証言によつて成立の真正を認められる甲第五号証の一ないし四、同じく甲第六号証の一ないし四、証人森川正信、同石川敏郎、同檜垣幸美の証言(証人森川については後記信用しない部分を除く)によると石川敏郎は昭和三七年度において月平均一五、〇〇〇円ないし、一六、〇〇〇円程度の給料の支給を受けており、石川と同時に入居を申請して許可になつた訴外合田貞夫、高丸清司の当時の支給額とさ程違いもなく、手取額においても石川は昭和三六年の約六ケ月にわたる争議の際労働金庫より貸付を受けその借用金等の返還をしていたことから右合田、高丸に比べて多少低額であることが窺われるものの、月平均一〇、〇〇〇円前後の支給は受けている(ただ同年三月分の手取額の殊に少いのはその月に石川の働いた日数が少なかつたという一時的事情によるものである)ことが認められ右認定に反する証人森川正信の証言は信用できないし、又前掲証拠によると借入金等も遠からず完済され給料から控除されることがなくなることは当然予想されるものであること、社宅管理規定には規定の社宅使用料を支払う能力を有するものとされているにとどまり一定の賃金額以上の者とは規定されていないし社宅使用料が一、七〇〇円から二、〇〇〇円程の低額であること等を考慮に入れると石川敏郎が社宅使用料を支払う能力のないものとはいい得ないし他にこの点の原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。
(四) 次に原告は社宅管理規定にはないが社宅生活は集団生活であるから社宅生活の安寧、秩序を破り社宅居住の他の者に迷惑を及ぼす虞れのある者が不許可になるのは当然で石川もそれに該当するものとして不許可になつたのであると主張するので判断するに、成立に争いのない乙第三号証の一五、一六に証人森川正信、同望月常作、同井川康、同星川正延の証言によると石川は職場において組合活動と作業活動を混同し、他の従業員と協調性がなく職場秩序をみだし集団生活に不適格な者であると証言するのであるが石川の勤務成績が良好でないとの事実を認めるに足りる証拠のないことは前掲認定の通りであり、成立に争いのない乙第三号証の一、二、一三、に証人黒田正明、同石川敏郎、同山本保雄、同檜垣幸美の証言の結果を総合して認められる石川が入社後間もなくから五年近く起居した独身寮において他人にさ程迷惑を及ぼすような行状に出たことがあるとはいい得ないばかりかむしろ独身寮居住者の殆んど全員の署名入りで石川のため本件社宅に入居許可を与えるよう望む陳情書が会社に提出される位に人望があつた事実に徴しても前記集団生活に不適格であるとの証言内容は信用できないし、なお、石川が勤務時間中に組合活動をした旨の前掲森川証人の証言もたやすく採用できないもので他にこの点の原告主張の不適格の事実を認めるに足りる証拠がない。
(五) 原告は、石川の社宅入居不許可処分について不当労働行為の意思がなかつたと主張する。
成立に争いのない乙第二号証の二に証人大野愛樹、同井川康、同星川正延、同黒田正明、同石川敏郎の証言の結果によれば訴外第一組合が本件について被告に対し不当労働行為の申立をした後被告委員会における審問期日において社宅入居問題について審査委員より和解の勧告がありこれに対して原告は石川に社宅規定を遵守するよう誓約させることを条件に和解に応じようとした事実は認めることができるのであるが、かような事実のみをもつてただちに右不許可処分の当時原告に不当労働行為の意思がなかつたとの事実の証明があつたとするには足らず他にこれを認むべき証拠もない。
かえつて、前記二、(一)で認定した訴外第一組合の結成後原告との長期にわたる争議及び争議中途からの右組合の衰退の経緯並びに前記二、(二)で認定した通り組合結成当初から第一組合の組合員であつて職場委員に選ばれていた石川だけが社宅入居不許可処分を受けた経過に、証人井川康、同黒田正明の証言によつて成立の認められる甲七号証の一、二に証人井川康、同黒田正明の証言によると原告の社宅の入居者約六〇名位の内現在第一組合員は二名にすぎず他の入居者の大部分が新労組合(第二組合)員又は非組合員であり又その入居者の入居当初の所属組合も第一組合員数に比べて非組合員又は新労組合員数の圧倒的に多数であること、なお右社宅中には石川の申請当時及び現在若干数の空室があることが認められること、証人黒田正明、同檜垣幸美の証言によると社宅に入居する必要のため第一組合を脱退する者もあつたことが認められること、の外に前記四(一)ないし(四)で認定した諸事実に徴し石川には同時頃入居申請をし許可された前記高丸、合田の両名と比べ社宅管理規定によつてもさ程差別扱いを受けるべき格別な事由は見当らないこと及び弁論の全趣旨に鑑み石川に対する社宅入居不許可の理由として原告の主張するところが処分の当初から被告の審査を経て当裁判所に係属する間において前後必ずしも一貫し明確であるとはいいかねるものがあることを綜合すると原告は石川が第一組合員でありかつ職場委員として労働組合活動をしたが故に石川に対し本件の不利益な差別待遇に出たものと推認せざるを得ない。
五、請求原因二、(二)1の主張について
原告は被告が訴外第一組合の申立てざる石川敏郎の組合活動、石川の兄荒造が第一組合員である事実等を理由として不当労働行為を認定したのは違法であると主張するが成立に争いのない乙第二号証の一によれば被告委員会の審問期日において石川敏郎の組合活動を原因として入居不許可の処分がなされたものである趣旨の陳述があるのみならず、成立に争いのない甲第一号証の二(救済命令書)に記載された兄荒造の組合活動云々は単に事情として記載されたにとどまるものとも解される(もつとも兄荒造の組合活動を原因として弟の敏郎を不利益取扱した場合でも不当労働行為が成立し得ないものではない。)し、更に中央労働委員会規則三二条二項によつて不当労働行為の申立書に記載される「請求する救済の内容」「不当労働行為を構成する事実」についてはそれを民事訴訟法における請求の趣旨、請求の原因の如く厳格に解すべきものではなく、救済の内容については申立の全趣旨からみて如何なる救済を求めているかを推知し得る程度のものでこと足りるものであり又不当労働行為を構成する事実についても民事訴訟法における請求の原因の如き制約は存在しないと解されるのでいずれにしても原告のこの点の主張は理由がないものというべきである。
六、請求原因二、(二)2の主張について
原告は石川敏郎の前記組合活動は正当なる組合活動でないと主張しそれに応じて作業中に石川が組合活動をしていた等の事実に関する証人加藤博、同望月常作、同井川康、同森川正信の証言もあるがこれ等は証人黒田正明、同山本保雄、同檜垣幸美の証言に照らしてたやすく信用できないし他にこの点の原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。
七、以上右石川に対する原告の社宅入居不許可処分が不利益取扱であり、原告主張の石川の入居不許可を正当とする具体的理由の個々についてはこれを認めるに足りる証拠がなく、むしろ前記四、(五)後段において認定した通り原告に組合員であること等を理由とする不利益な差別扱いの意思があつたことの推認できる本件においては、原告の石川に対する社宅入居不許可処分は不当労働行為を構成するものといわねばならない。
八、請求原因二、(三)の主張について
原告は被告の命令は行政命令としての限界を逸脱したものであると主張する。労働委員会の救済命令は使用者によつて労働者の団結権が侵害された場合その具体的な侵害を具体的に排除し不当労働行為のなかりし状態に回復させるものであり、その際、使用者の妨害工作の態様、労働組合の実情、さては組合運動の将来に対する見通し等を綜合的に判断して最も事案に適した方法によつて行われるべきもので、使用者の具体的な侵害に応じ労働委員会の裁量によつて弾力的、効果的な命令が出されるべきものである。この点において妨害工作の違法、適法その有効無効等の法律判断を基準とする裁判所の取扱とは自らその性格を異にするものがあると同時に救済命令自体の効力も労使関係に対し私法上の効果を確認、形成するものではない。本件において石川敏郎は前記認定のようにその資格要件に欠けたところはないといえるし、当時空室もあつたことであるから原告の不当労働行為がなかつたならば当然社宅に入居し得た筈であるところそれが原告の不当労働行為のため入居できない状態に放置されているのであるから、かような場合不当労働行為を排除する方法として石川を単に不許可処分のなかつた状態に戻すのみでは救済として十分でなくその目的達成のためには進んで同人を社宅に入居せしむる様な措置を命ずる必要があるのであつて、かような措置はいわゆる原状回復を超えるものでも又労働委員会の裁量権の範囲を超えるものでもなくそのいずれの範囲にも含まれるところというべきである。しかもその命令自体からは前記のように原告と石川との間に社宅使用についての私法上の効果は発生しないものである。従つて被告が原告に対し発した石川を社宅に入居せしむる様措置しなければならないとの命令には原告主張のような違法な点はないというべきである。
九、以上の次第で被告の発した救済命令には原告主張のような違法な点はないといわねばならない。従つて原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 谷本益繁 永松昭次郎 平田勝美)
命令書
申立人 全国紙パルプ産業労働組合連合会丸住製紙労働組合
被申立人 丸住製紙株式会社
右当事者間の、愛媛地労委昭和三十七年(不)第六号不当労働行為申立事件につき、当委員会は昭和三十七年十二月二十五日第四一四回公益委員会議において、会長公益委員大野盛直、公益委員泉田一、同増岡喜義、同宮崎義幸、同岡本真尚出席し、合議の結果左のとおり命令する。
主文
一、被申立人は、石川敏郎に対する社宅入居不許可処分を取消し、同人を社宅に入居せしむるよう措置しなければならない。
二、申立人のその余の申立は棄却する。
理由
第一、当委員会の認定した事実
一、当事者
(1) 被申立人丸住製紙株式会社(以下会社という)は、愛媛県川之江市川之江町井地八二六番地に本社と工場を、同市金生町下分四二九番地に工場をおき、従業員約六八〇名を以つて新聞用紙、各種印刷用紙、包装用紙等の製造販売を業とする資本金二億円の株式会社である。
(2) 申立人全国紙パルプ産業労働組合連合会丸住製紙労働組合(以下第一組合という)は上記会社の従業員によつて昭和三十六年四月に結成された組合であり、申立当時は組合員二六五名であつた。
なお、上記会社には右組合の他に、別の労働組合(以下第二組合という)がある。
二、檜垣幸美の電気部副主任の解任
中略
三、石川敏郎に対する社宅入居拒否
(1) 石川敏郎は昭和三十二年六月五日、丸住製紙株式会社川之江工場に採用され、現在六号抄紙機の職場で光沢係をつとめている、その給与総額は月額一万六千円ぐらいで、諸費控除後手取額は一万三千円ぐらいである。
(2) 石川敏郎は昭和三十六年四月以来の争議時より今日まで第一組合の職場委員をつとめている、なお石川敏郎の実兄石川荒造は第一組合の執行委員として組合活動を行なつている。
(3) 石川敏郎は入社後直ちに会社の独身寮に入つたが、結婚のため昭和三十七年二月七日同人は会社に対し社宅入居申請を行なつた。これに対し会社は同月二十四日付文書をもつて入居不許可の通知を発した。
(4) これに対し独身寮では二月二十六日、二十七日に自治会を開き「独身寮にいる高丸清司、合田貞夫(いずれも第二組合員)石川敏郎(第一組合員)の三名が同時に社宅入居申請をしたのに、石川敏郎のみ不許可になつたことは不当であるから会社に抗議しよう」ということになり、寮母、寮生全員が署名して同月二十八日寮生代表が坂上庶務課長に入居許可を要請した。然し会社は石川敏郎の職場における勤務態度が作業秩序と組合活動の混同が甚だしく、及び当時の月給手取額が少いことなどを理由にあげて、これを認めなかつた
(5) 会社の社宅はアパート式で七十二戸分あり、そのうち現在二十戸ほどの空室がある。
第二、当委員会の判断
一、檜垣幸美の電気部副主任の解任について
中略
二、石川敏郎に対する社宅入居拒否について
申立人は石川敏郎を会社の社宅へ入居せしむる救済を求め、被申立人は申立の棄却を求めた。
よつて次にこの点について判断する。
(1) 会社は、社宅は一般に従業員の福利を増進し、併せて企業能率を向上することを目的とし、いわゆる労務管理の一環として設置せられる福利厚生施設であり、従業員に対する社宅貸与の許可、不許可はもちろん、貸与条件など、社宅管理運営に関する一切の事項は争議権を背景とする団体交渉によつて、労使が共同決定を行なう対象とならないもので、従業員は社宅の入居の許可、不許可については争えないと主張する。まずこの点について判断する。
惟うに不当労働行為の本質は憲法に規定する団結権の保障に対する侵害であり、不当労働行為制度の目的は、労使間に公正な労働慣行を確立し、不公正な労働慣行から労働者を守ろうとするにある。社宅についても、他の福利厚生施設と同様、その管理経営権が会社に属することについては会社所論の如くであるが、その会社の管理経営権を行使するにあたつては、ある従業員が特定の組合員であること、又は正当な組合活動をしたことによつて、不公正に差別扱いをした場合には会社の行為は労働者又は労働組合に対する弾圧となり、団結権に対する侵害すなわち不当労働行為となるものと言わなければならない。かかる場合に労働者又は労働組合は会社に対し、そのような管理権行使の方法の中止又は是正を求めて団体交渉をなし得ることは当然であり、会社がこの要請に応じない場合には更に法律の規定によつて労働委員会へ不公正な差別扱いに対する救済の申立をなし得ることも又自明の理である。従つてこの点についての被申立人の見解は採用し得ないものである。
(2) 次に申立人は、石川敏郎の社宅入居申請に対し不許可処分になしたのは同人が第一組合員であり、職場委員として組合活動を行なつていることによる不利益取扱いで不当労働行為であると主張し、会社は石川敏郎に対する社宅入居不許可処分は、同人の職場の勤務態度に現われた性向即ち、規律、秩序の遵守に対する責任感がないことを理由に社宅管理規定(乙第三号証)第八条の社宅運営審議会において不許可になつたもので会社の処置は正当である。と反論するので以下この点について考察する。
石川敏郎の性格、生活態度、勤務状況、並びに組合活動等について、証人檜垣幸美、山本保雄、越智勲、田尾武資、石川敏郎本人の供述を総合すると、性格は温和で、出勤率もよく、勤務状態も必しも悪くない、而も現在同居している兄荒造の家も間貸出来る程の余裕はなく、敏郎の社宅入居の必要性は争いのないところである。然るに被申立人側の入居拒否理由にあげている供述はいずれも抽象的に石川を非難する言辞のみで、石川に対する会社の主張を正当ずける理由はない。逆に会社が不許可の理由にあげている職場秩序と組合活動の混同ということは不許可の決定的原因が彼の組合活動に起因していることを露呈したものと言わなければならない。その上、同時申請者三名中、第二組合員二名を許可し、石川敏郎のみを不許可にしたことは、石川敏郎が第一組合員であること、及び職場委員として組合活動をしていること、更には、敏郎の兄荒造が第一組合の執行委員で組合活動を原因としてなされた不公正な差別扱いと断ぜざるを得ない。
(3) 次に会社は所謂、不当労働行為制度に基く救済命令は、使用者の不当労働行為意思による加害行為を排除し、原状回復をはかる行政処分であるから、労働者の既得権益の侵害行為を前提とし、本件の如き、得べかりし利益、而も社宅入居ということは従業員には権利として与えられているものではなく、単なる資格者たる地位しか有していないのであるから、労働委員会の救済命令としてその裁量限界を超える救済請求であると主張する。然し不当労働行為制度における原状回復の趣旨は、経営者が経営上行なう措置について、当該労働者の組合活動を阻害する意図というものを裁量に加えた結果、なんらかの不利益取扱いがなされたという場合に、過去に組合活動があつたということを裁量に加えなかつたとするならば、どのような結論になつたであろうかということをひき直して、その状態への回復をはかるにあり、而もこの「得べき権益」とは単なる法律上の権利のみならず、事実上の利益をも含むものと解すべきである。以上の見解によれば社宅入居許可を求めた本申立を理由のないものということは出来ない。
三、以上の判断に基き、労働組合法第二十七条、および労働委員会規則第四十三条により、主文のとおり命令する。
(愛媛県地方労働委員会会長 大野盛直)