松山地方裁判所 昭和49年(行ウ)3号 判決 1978年5月29日
原告
岡田岩夫
原告
中川佐太郎
右両名訴訟代理人・弁護士
三好泰祐
外五名
被告
長浜町長
菊地嘉彦
訴訟代理人・弁護士
米田正弌
外二名
主文
原告両名の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告主両名の連帯負担とする。
事実
第一 双方の求めた裁判
一、原告両名
1 被告は左記場所に漁港の築造をし、そのための公金を支出してはならない。
記
愛媛県喜多郡長浜町大字沖浦二〇八一番地五一地先から同所丙二〇八一番地の二二地先にいたる海面
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
二、被告
(本案前)
1 原告両名の訴えを却下する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
(本案について)
主文同旨
第二 双方の主張
一、原告両名の請求原因
1 本件漁港築造計画とこれに対する監査請求
(一) 被告は、長浜町の執行機関として、請求の趣旨1記載の場所に漁港を築造する計画を立て、昭和四九年二月ごろ、農林大臣に対し、右計画による漁港について漁港法第五条一項による第一種漁港指定の申請をなし、漁港審議会は、同年六月一日付をもつて、農林大臣に対し右申請のとおり漁港指定を可とする答申をしたので、こゝに、沖浦漁港(以下本件漁港という)の築造工事の実施が近い将来相当の確実さをもつて予測されるにいたつた。
(二) そこで、原告らは、長浜町監査委員(以下監査委員という)に対し、同年五月二二日付をもつて、地方自治法(以下たんに法という)第二四二条に基づき、本件漁港築造の違法性を指摘し、これが行為の差止め及びそのために要する公金支出の差止めを要求して監査請求をしたところ、監査委員は、同年六月七日付書面をもつて、原告らの監査請求はその対象たる事実が発生していないとの理由による、請求却下の通知を発送し、原告らは、同月八日にこの書面を受領した。
2 長浜海水浴場及びこれに対する住民の権利
(一) 被告が長浜町の執行機関として築造を計画している本件漁港は、長浜海水浴場の一部に当る場所であるが、同海水浴場は、大正七年に開設せられ、地元長浜町民のみならず、付近市町村住民など多数が利用していた旧長浜海水浴場を昭和三三年に沖浦地区に移動して開設せられたものであつて、南予地方(愛媛県南部)における唯一最大の海水浴場であり、曲線美のある海岸線(なぎさ)、清浄な海水及び前方に国立公園の青島その他美しい眺望のある海水浴場として特徴づけられている。
(二) 同海水浴場は、長浜町が設置し、またはこれを他に委任して管理している公の施設であるが、それは、本来長浜町民の健康保全と福祉増進を目的としたものであるから、同町は、法第二四四条により、これを町民に対し公正かつ平等に利用させる義務を負うている。
一方、同海水浴場を利用する長浜町民等としては、憲法第二五条(あるいはこれに加えて同法第一三条)に由来する生存権及び環境権に基づき、さらには、永年当該海岸付近の住民として、海岸及び海岸付近の海面を利用する慣行上有する入浜権に基づき、同海水浴場を現状において利用し、その景観美を享有する権利を有するもので、この権利は、何人もこれを侵すことのできないものである。
3 本件漁港の実用性とその事業費
(一) 本件漁港が築造されたときこれを利用する漁民は、沖浦地区における三三名と肱川の河口地区における一〇余名であつて、その登録漁船は沖浦地区二九隻、河口地区一三隻に過ぎない。
そうして、河口地区の漁民は、他に正業を有しており、余暇を利用してたまさか出漁する程度であつて専業漁民でなく、沖浦地区の漁民のうち建網漁が一九名(内女性九名)、一本釣が一三名、その他二名で、年齢的には、五〇代以上が二七名、それ以下が六名である。
被告は、農林大臣に対する本件漁港指定申請書に本件漁港を利用する漁船が六〇隻あるとしているけれども、他地区の漁船が本件漁港を利用する可能性は少い。
(二) 本件漁港築造の予定地は、肱川河口に近いので、冬期においてこの地特有の肱川嵐と北西の風が強く、その設計では、港口が北西の方向に向けられているので、通常の場合でも漁船の出入に困難であるが、突風の緊急時における出入は異常に困難であると予想され、(一)の事情と相まつて、本件漁港の実用性は少く、また、右のような設計によりなされた港口への出入の漁船が海水浴場に危険を及ぼすおそれもある。
(三) 長浜町は、本件漁港築造計画を、昭和四九年度から昭和六〇年度に及ぶ継続事業として、総事業費八億九、〇〇〇万円を計上し、そのうち国庫から四億四、五〇〇万円(五〇パーセント)と愛媛県から一億四、八〇〇万円(16.7パーセント)の補助金による助成を見込み、その残額二億九、六〇〇万円(33.3パーセント)を長浜町の負担とし、長浜町負担のうち一億一、八〇〇万円を過疎債、六六〇万円を一般公共事業費によるものとしているが、過疎債のうち七〇パーセントは同国からの交付金によつてまかなわれるので、純町費たる負担額は二億一、九〇〇万円余となるところ、この負担額は、長浜町の昭和五二年度当初予算における町税収入の総額とほぼ同額となるのであつて、同町の財政にとつては、巨額の経費というべきである。
(四) 被告は、長浜町が本件漁港が長浜海水浴場の一部を取込むことの代償措置として同海水浴場の西方に人工砂浜を造成するというのであるが、その造成費用は、他県の例では一〇〇メートル当り八、〇〇〇万円を要しており、人工砂浜は自然的に流失するおそれがあるので、その維持と管理のために要する費用は予測が困難であつて、長浜町にとつて、これまた巨額の財政上の支出となるはずである。
4 本件漁港築造の違法
(一) 本件漁港は、長浜海水浴場の一部を取り入れて築造されるのであるが、よし、その代償措置として人工砂浜が造成されたとしても、港口に設置せられる防波堤(一文字)の外側六〇メートルの範囲は海水浴が禁止されるので、従前の海水浴場よりもその面積が狭められ、本件漁港から、ごみと油が海水浴場に流入してこれを汚染するから、あわせて、本件漁港の築造は、同海水浴場を破壊するものであり、次の三点において違法である。
(1) 被告は、長浜町の執行機関として、同町民の健康で文化的な生活を営むことの憲法上の権利たる生存権を保障し、また、瀬戸内海を景勝地として、漁業資源の豊庫として、その恵択を後代の国民に継承させるためこれが環境保全の基本計画を策定することを趣意とした瀬戸内海環境保全臨時措置法の精神に則つて、町政を施行する職分を有し、同町民の健康保全と福祉の増進のため、同町が設置しまたは管理する長浜町海水浴場を周到かつ適正に管理し保存して、広く永く同町民をしてこれを利用させる責務があるのに、被告は、長浜町の執行機関として本件漁港を築造し、同海水浴場を破壊するのであるから、本件漁港の築造は、被告が右職務上の義務に違反する点において違法である。
(2) 長浜海水浴場は、長浜町が設置しまたは管理する公の施設であるから、同町は、法第二四四条により、これを同町民に対し公正かつ平等に利用させる義務があるのに、本件漁港の築造は、同町の一部少数の町民たる沖浦地区及び河口地区の漁民の利益のため同海水浴場を破壊するのであるから、その築造は、同法条に反する違法がある。
(3) 本件漁港の築造は、長浜町民ないし付近市町村住民が長浜海水浴場の利用及びその景観美を享有することを内容とする同町民らの生存権及び環境権ないし入浜権を侵害する点においても違法である。
(二) 本件漁港は、限られた少数の漁民の利益のためのものであり、しかも、その実用性が少く不要不急の施設であるので、現在の漁港を改修すれば足り、町財政を圧迫する巨額の経費を投入してこれを築造する必要性はなく、さらに、本件漁港が長浜海水浴場を取込むことの代償措置として人工砂浜が造成されるとなると、その造成と維持管理のためまた巨額の経費を要することとなるので、どうしても築造しなければならないとすると、他の場所にすべきであり、本件漁港を築造し、これに要する費用を支出することは、被告の長浜町民に対する背信的行為であつて、本件漁港の築造は、この点においても違法である。
5 請求
(一) 原告らの監査請求に対し、監査委員は、原告らが監査を請求した違法不当な公金の支出、またはその債務ないしその他の義務の負担たる行為が現実に発生していないとして請求を却下したのであるが、その行為がなされることが相当の確実性をもつて予測できる場合も監査請求をなしうることは、法第二四二条が明文をもつて規定しているところであるから、監査委員は、監査請求の対象たる行為が相当の確実性をもつて予測できるか、否かの点を審理しなければならず、実際において本訴提起後長浜町議会は昭和四九年一〇月三〇日の第三回定例会において、本件漁港建設費として一、五四〇万円の予算案を承認することの義決をしているのであるから、監査委員は、同法条五項により、原告らに対し証拠の提出を求めて右の点を審理したうえ実体的な判断をなすべきであるのに、これをしなかつたことは違法であり、原告らは、監査委員の措置に対し不服がある。
(二) 上記のとおり、被告が長浜町の執行機関として計画している本件漁港築造は違法であつて、これが築造に関してする公金の支出も違法であるから、法第二四二二条の二、一項にしたがい請求の趣旨のとおり判決を求めるべく、本訴請求に及ぶ。
二、被告の本案前の主張
本訴状によると、本訴は、法第二四二条の二、一項一号に基づいて提起されたものと推認されるところ、同法条項号による訴えは、行政機関の違法な行為を対象とすべきであるから、原告らのいう「漁港の築造をしそのための公金の支出をしてはならない」との請求の趣旨は、法第二四二条一項にいうところの「違法な公金の支出」をしてはならないことを意味するものと解せられる。
しかるに、同法条項にいう違法な公金の支出とは、普通地方公共団体の職員がその管理する公金をその職務に関する法律及び条例の規定に反し、もしくは議会の議決に反し、または私利を図る目的でその任務に背いて支出するか、あるいは支出するおそれがある場合を指すものと解すべきところ、本訴状の請求原因の事実では、右の点が明らかにされておらず、請求の趣旨に対応する要件事実が主張されていないので、本訴は、不適法な訴として却下されるべきである。
三、被告の本案前の主張に対する原告の反論
被告は、法第二四二条一項にいう「違法な公金の支出」を限定して狭く解しているが、同法条が行政における適法性の保障を目的として定められた規定であることを考えると、被告のいうごとき解釈では、住民訴訟制度の大半の意義が失われるおそれがあるので、本件においては、少くとも、支出の原因となる漁港の築造が実質的に違法である場合を含めて、広く解釈すべきである。
四、請求原因に対する被告の答弁<省略>
五、被告の主張
1 被告(前町長西田司)は、昭和四九年一月二一日に長浜町の執行機関として、愛媛県知事を経由して農林大臣に宛て、漁港法第五条一項にもとづき原告ら主張の本件漁港指定の申請書を提出したところ、原告ら主張のとおり漁港審議会の答申がなされ、同年一〇月一日付をもつて、漁港名を沖浦、漁港の種類を第一種として本件漁港の指定がなされた。
2 本件漁港設置の必要性
(一) 本件漁港を利用する漁民は、従前から(イ)沖浦船溜、(ロ)肱川河口港、(ハ)小浦船溜の三個所を漁船の係留場所として利用して来たのであるが、(イ)は最大干潮時水深マイナス一メートル、(ロ)は同じく0.8メートル、(ハ)は同じく〇メートルであるが、三トン船の場合の所要水深は2.1メートル、五トン船の場合は同じく2.5メートルを必要とするものである。
また、右船溜等には漁船の係留施設、荷揚場、船揚場、荷捌所、漁具干場、給油所、加工場等漁港として必要な施設が全くなく、これら施設を設ける場所もない。
(二) 右船溜等から漁場へ出漁する際は、肱川河口を通過することとなるが、肱川河口は少量の出水でも流速が一変し、3.5トンの漁船では出漁できない状態であり、また、肱川の出水ごとに土砂が移動して水深が浅くなり漁船の航行が困難となり、さらには船溜に土砂が流入するので、それを除去しなければならぬことも度々である。
また、肱川河口特有の嵐と濃霧が発生し、新長浜大橋の橋脚等により視界が防げられ、肱川の出水により浅瀬が移動することなどにより、度々漁船相互の接触事故や舵などの破損事故が発生しており、昭和四八年度においては四〇件、その損害は約三〇〇万円に及んでおり、昭和四九年度及び昭和五〇年度においても事故発生件数はほぼ同様で、損害額は上廻つている。
(三) 沖浦地区及び河口地区の漁民にとつては、本件漁港の建設は永年の悲願ともいうべきものであり、同各地区の関係漁民及び右事情を知つた長浜町の諸団体から本件漁港建設に関する要望書(陣情書)が長浜町議会及び被告に対し多数寄せられて、被告の農林大臣に対する本件漁港指定の申請がなされることとなつたのである。
3 本件漁港と長浜町海水浴場との関係
(一) 沖浦海岸の長さは約五〇〇メートルで、そのうち海水浴場となつているのは約四四〇メートルであり、本件漁港は、海水浴場の東端において肱川河口に近く水泳禁止区域とせられている約六〇メートル部分と、これに続く西方約一二〇メートルの海岸(と一定範囲の海面)とであり、したがつて、残された海水浴場たる海岸の長さは約三二〇メートルである。
しかし、長浜町は、本件漁港に取り入れる一二〇メートルの部分の代償として、同じ長さの人工砂浜を海水浴場に続く西方海岸に造成し、あわせて防砂突堤(砂浜付)を建設する計画を立てているので、これが実現すれば、海水浴場の海岸の長さ及び面積は現在のそれと変らないこととなる。
(二) しかも、本件漁港が建設されることにより、危険であつた従前の水泳禁止区域がなくなるので、安心して海水浴を楽しむことができ、防波堤ができるため波がおだやかになり、この機会に海水浴場の諸設備が整備されることが期待されるなどの事情により、長浜町民等長浜海水浴場を利用するものにとつては、むしろ有利となるものであり、したがつて、原告らが主張するごとく、本件漁港の築造により、地元住民の環境権、入浜権が侵害されることはない。
第三 証拠関係<省略>
理由
一被告の本案前の主張について
1 被告は、本訴状によると、本訴は、法第二四二条の二、一項一号に基づいて提起されたものと推認されるところ、同法条項号による訴えは、行政機関の違法な行為を対象とすべきであるのに、本訴状の請求原因として主張されている事実では、右の点が明らかにされておらず、請求の趣旨に対応する要件事実が主張されていないので、本訴は不適法な訴えとして却下されるべきである旨主張するところ、たしか、被告の指摘するごとく、本訴状における原告らの請求原因の主張は、明確を欠き、その結論として本件漁港の修築が法第二四四条に違反するとしながら、請求原因4一(1)(2)の主張は固定化しておらず、同(二)に要約した請求原因3(一)(三)の主張が要点とされている。
2 そうして、被告の指摘するごとく、法第二四二条の二、一項一号による訴えは、行政機関がする違法な契約、違法な公金の支出等についてその差止めを求めしめるものであり、こゝいう違法とは、法律条例等法令の規定に反すること(議会の議決に反することは地方自治法に反することとなる)をいうのであるが、本訴状における原告らの主張は、法第二四四条違反をいうけれども、内容的には、本件漁港の修築が不当であることをいうにとどまるので、訴状陳述の段階では、本訴は、同法条項号の定める権利保護の資格を欠くものとしてこれを却下するか、もしくは、本案の審理を経ないで、その請求を棄却する扱いをすべきものとも思料される。
3 しかしながら、原告らは、その後の準備書面により請求原因4(一)の(1)ないし(3)の事実を補充し、追加して主張し、訴状記載の請求原因にかかる請求とあわせて一個の訴えとして請求をしていると解せられるので、訴状記載の請求原因にかかる訴えを独立のものとして、これについて、訴え却下もしくは請求棄却の判決をなすべきでない。
二争いの前提たる事実
1 次の事実は、当事者間に争いない。
(一) 被告が長浜町の執行機関として、請求の趣旨1記載の場所に漁港を修築する計画を立て、昭和四九年一月二一日付をもつて、愛媛県知事を経由して農林大臣に対し、漁港法第五条一項に基づく漁港指定の申請書を提出したところ、漁港審議会が同年六月一日付をもつて、農林大臣に対し右申請書のとおり漁港指定を可とする答申をなし、同年一〇月一日付告示をもつて漁港名を沖浦、漁港の種別を第一種とする本件漁港の指定がなされたこと。
(二) 原告らは、監査委員に対し、同年五月二二日付をもつて、法第二四二条に基づき本件漁港修築行為の違法を主張して、これが行為の差止め及びそのために要する公金支出の差止めを要求して監査請求をしたところ、監査委員は、同年六月七日付書面をもつて、原告らの監査請求はその対象たる事実が発生していないとの理由による請求却下の通知を発送し、原告らは、同月八日にこの書面を受領したこと。
(三) 長浜町議会は、本訴提起後の昭和四九年一〇月三〇日第三回定例会において、本件漁港建設費として一、五四〇万円の予算案承認の議決をしたこと。
(四) 本件漁港を利用する地元漁民の有する登録漁船の数が沖浦地区において二九隻河口地区において一三隻であること。
2 次の(一)の事実は被告が、(二)の事実は原告らがそれぞれ明らかに争わないので、当事者間に争いない事実というべきである。
(一) 本件漁港修築計画は、昭和四九年度から昭和六〇年度に及ぶ継続事業として総事業費八億九、〇〇〇万円が計上されているところ、そのうち二億一、九〇〇万円が純町費として長浜町の負担となること。
(二) 沖浦海岸の長さは約五〇〇メートルで、そのうち海水浴場となつているのは約四四〇メートルであり、本件漁港の設置が計画されているのは、海水浴場の東端で肱川河口に近く水泳禁止区域とせられている約六〇メートル部分と、これに続く西方約一二〇メートル計一八〇メートルの海岸(と一定範囲の海面)であり、したがつて、残された海水浴場たる海岸の長さは約三二〇メートルであること。
三漁港修築事業における差止め訴訟の対象
1 原告らは、本件漁港の修築が違法であることを理由として、被告が長浜町の執行機関としてするその行為及びその修築に要する公金の支出の差止めを求めるのであるが、町市村の事務としての漁港の修築は、漁港法第一八条、第二五条、法第二条二、三、九項等の諸規定を対照すると、市町村がその固有事務として行うものと解せられ、いうまでもなく、漁港の修築は、地方自治の本旨にしたがつた事業であつて、地方自治法に適合するものであるが、これが修築は、防波堤、岸壁、航路標識、給油施設等の施設の設置をいうものであつて、その設置は、建設業者等との間における請負その他の契約に基づき行われるはずである。
したがつて、本件における原告らの監査請求の対象は「長浜町が×××に設置を計画している漁港の施設工事等に関する一切の契約及びこの契約に基づく公金の支出」であり、本訴の請求の趣旨は「被告は、長浜町が×××に設置を計画している漁港の施設工事等に関する一切の契約及び同契約に基づく公金の支出をしてはならない」とせられるべきであり、本訴の請求原因としては、右契約の締結が違法であることの主張がなされなければならない。
2 原告らの本訴の請求原因の主張は、本件漁港の修築が違法であることを主張するにとどまるが、よつて、本件漁港の施設工事に関する契約が違法であると主張しているものとして、以下判断する。
四請求原因4(一)(1)(2)についての判断
1 原告らは、長浜町が長浜海水浴場を設置し、または管理している公の施設であるとの前提において、被告が長浜町の執行機関として、その一部を本件漁港に取入れてこれを破壊する(従前の海水浴場の一部について海水浴ができなくすること及び本件漁港から流出するごみ及び油により残る海水浴場を汚染する)ことは、被告が同一の資格における、長浜町民の憲法上の権利たる生存権を保障する職分、及び瀬戸内海の環境を保全することを目的として制定せられた瀬戸内海環境保全臨時措置法の精神に則つて町政を施行する職分に基づき、同町民の健康の保全と福祉増進のため長浜海水浴場の現状を保存する義務があるのに、本件漁港の修築は、右職務上の義務に違反して違法である旨、及び同一の前提において、長浜町は、法第二四四条により長浜海水浴場を同町民に対し公正かつ平等に利用させる義務があるのに、本件漁港の修築は、一部少数の漁民の利益のため同海水浴場を破壊するのであるから、その修築は同法条に反して違法である旨主張する。
しかしながら、一般に海水浴場として利用される一定の海岸及び海面は、国が管理する自然公物であるから、長浜町が国によつて特別にその使用権の設定を受けていないかぎり、長浜町海水浴場が同町により設置され、または管理されている公の施設であるとはなしがたいのであるが、同町が同海水浴場について、国からそうした使用権の設定を受けていることの立証はない。
2 したがつて、原告らの主張するがごとき論理により本件漁港の修築が違法であるとしても、前提たる事実がない(あると言えない)ので、右原告らの主張のごとき理由により本件漁港の修築が違法であるとは言えず、これが施設の設置等に関する契約が違法となることもないというべきである。
3 なお、市町村がその住民の健康保全と福祉の増進を図ることは、地方自治の本旨に基づくものであつて、あえて憲法の条項や瀬戸内海環境保全臨時措置法の立法趣旨を持出すまでもないことであり、被告が長浜町長として、よし、それが公の施設でないとしても、長浜海水浴場の現状を保存して同町民の健康保全と福祉の増進を図ることは、その職分の一面であると言いうる。
しかしながら、地方自治は、住民の健康保全と部分的な福祉の増進のみを目的とするものでなく、多角的な目的があり、他の目的を達することにより、また福祉の増進があるのであるから、長浜町が既存の海水浴場の一部を取入れて本件漁港を修築する政策を立て、被告が執行機関としてこの政策を推進したとしても、それは、また被告の職分の一面を果すこととなるのであるから、本件漁港の修築が被告の職務上の義務に反して違法であるとは言えない。
五請求原因4(一)(3)について
1 原告らは、本件漁港の修築は、長浜町民等が長浜海水浴場の利用及びその景観美を享有することを内容とする同町民らの生存権及び環境権ないし入浜権を侵害するので、その修築は違法である旨主張する。
しかしながら、前記のとおり、一般に海水浴場たる一定の海岸及び海面は、国が管理する自然公物であつて、付近住民等において海水浴をなしうるのは、国がその利用を許していること(禁止しないこと)の反射的効果であつて、付近住民等が海水浴をなす権利を有するによるのではないのであるが、長浜海水浴場についても右の例外であるとの主張と立証はないから、本件漁港修築により、原告らのいう同海水浴場の破壊がなされたとしても、原告らの権利が害されることとならないので、その修築が違法であるとは言えない。
2 また、一般に、解放せられた自然の景観美を楽しむことは、いつでも、誰でもこれをなしうるのであるから、これを権利ということはできず、長浜海水浴場についてもその例外でないので、長浜町民等が同海水浴場の景観美を享有することに権利性がないことが明らかであるから、本件漁港の修築により同海水浴場の景観美がそこなわれるようなことがあるとしても、その修築が違法であるとは言えない。
したがつて、本件漁港の施設工事等に関する契約が違法となることもない。
六請求原因4(二)についての判断
1 原告らは、本件漁港は限られた少数の漁民の利益のためのものであり、その実用性は少く不要不急の施設であるから、町財政を圧迫する巨額の経費を投入して(人工砂浜を造成するとすればその費用はさらに巨額となる)これを修築する必要性がなく、もし、必要があるとしても、他の場所にすべきであり、本件漁港の修築のため要する費用(公金)を支出することは違法である旨主張するところ、その結論として違法をいうけれども、その実本件漁港修築が長浜町の施策として不当であり、そのためにする公金の支出は不当であるとの趣意にほかならない。
2 しかしながら、さきに一、2において説示したごとく、法第二四二条の二、一項一号による訴えは違法な契約、違法な公金の支出等の差止めを求めしめるものであつて、たんに不当な場合のそれを許していないのであるが、もし、それをも訴えの対象とすると、裁判所が広く地方自治団体の施政に介入して、地方議会の独立及び地方行政機関の独立を侵害し、三権分立の大原則に反することとなるがゆえであり、したがつて、原告らの右主張は、それ自体失当というべきである。
七結論
以上によつて明らかなとおり、原告らの本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条及び第九三条一項たゞし書を適用して、主文のとおり判決する。
(水地巌 岩谷憲一 岡部信也)