松山地方裁判所 昭和53年(行ウ)2号 判決 2000年12月15日
目次
判決
略語表
当事者の表示
主文
事実及び理由
第一章 当事者の申立て
第二章 事実の概要等
第一 事案の概要
第二 争点の前提となる事実
一 当事者・本件許可処分の存在等
1 本件許可申請等
2 原子力委員会に対する諮問等
3 安全審査会に対する調査審議の指示等
4 安全審査会の審査等
5 安全審査報告書の決定等
6 内閣総理大臣に対する答申等
7 本件許可処分等
8(一) 原告らの居住地
(二) 本件許可処分についての異議申立て、本訴の提起
9(一) 通商産業大臣への権限の承継等
(二) 元原告の死亡による訴訟の当然終了
10(一) 一号炉の原子炉設置許可処分等の経過
(二) 本件原子炉の営業運転開始日
(三) 三号炉の原子炉設置変更許可処分等の経過
二 本件原子炉施設の概要
1 概要
2 原子炉及び炉心
3 原子炉冷却系統施設
4 工学的安全施設
5 原子炉補助施設
6 計測制御系統施設
7 放射性廃棄物廃棄施設
8 その他の施設
第三章 周辺住民の原告適格
第四章 原告らの憲法違反の主張
第五章 本件訴訟における司法審査の在り方
第一 本件訴訟における審理・判断の方法、主張・立証、原子炉設置(変更)許可の段階における安全審査の対象
一 概要
二 審理・判断の方法
三 主張・立証
四 原子炉設置(変更)許可の段階における安全審査の対象
第二 本件訴訟における裁判所の審理・判断の対象と争点の概要
一 審理・判断の対象
二 争点の概要
第六章 争点に対する判断
第一 本件許可処分の手続的適法性
一 認定事実に基づく当裁判所の判断
二 原告らの主張する主な事項についての検討
第二 本件許可処分の実体的適法性(三号要件(技術的能力部分)適合性)
一 本件安全審査の審査内容の概要
二 認定事実に基づく当裁判所の判断
三 原告らの主張する主な事項についての検討
第三 本件許可処分の実体的適法性(四号要件適合性のうち、地盤及び地震に係る安全性)
一 本件安全審査の審査内容の概要
1 前提となる事実等
(一) 自然的立地条件の中での地盤及び地震の問題の位置付け
(二) 本件安全審査において用いられた具体的審査基準
(三) 本件安全審査における調査審議の対象
2 地盤に係る安全性について
(一) 申請者が行った地盤に関する調査の概要
(1) 敷地周辺の地質
(2) 敷地の地形
(3) 敷地の地質
(4) 敷地前面海域の地質
(二) 本件安全審査における調査審議及び判断
(1) 敷地及び敷地周辺の地盤について
(2) 基礎岩盤について
(3) 敷地前面海域について
3 地震に係る安全性について
(一) 申請者が行った耐震設計の概要
(1) 耐震設計の基本方針
(2) 重要度による分類
(3) 解析手法・設計条件
(4) 設計地震動の設定
(二) 本件安全審査における調査審議及び判断
二 本件許可処分後の事情等
1 「耐震設計審査指針」の策定等
2 兵庫県南部地震を踏まえた原子力施設についての耐震安全性の検討
3 前面海域断層群についての新たな知見
三 認定事実に基づく当裁判所の判断
1 地盤に係る安全性について
2 地震に係る安全性について
3 本件許可処分後の事情等を考慮した判断
四 原告らの主張する主な事項についての検討
1 地盤に係る安全性に関する主張
2 地震に係る安全性に関する主張
(一) 前面海域断層群に関する主張
(二) 耐震設計に関する主張
(三) 兵庫県南部地震に関する主張
第四 本件許可処分の実体的適法性(四号要件適合性のうち、事故防止対策に係る安全性)
一 本件安全審査の審査内容の概要
1 前提となる事実等
(一) 本件安全審査において用いられた具体的審査基準
(二) 本件安全審査における調査審議の対象
(三) 航空機の墜落に関する本件安全審査
2 異常発生防止対策について
(一) 本件安全審査における調査審議の観点
(二) 原子炉固有の安全性についての調査審議及び判断
(三) 燃料の健全性についての調査審議及び判断
(四) 一次冷却材圧力バウンダリの健全性についての調査審議及び判断
(五) 運転員の誤操作防止のための配慮等についての調査審議及び判断
3 異常拡大防止対策について
(一) 本件安全審査における調査審議の観点
(二) 異常発生検知についての調査審議及び判断
(三) 安全保護設備の設置についての調査審議及び判断
(四) 安全保護設備の信頼性の確保についての調査審議及び判断
4 放射性物質異常放出防止対策について
(一) 本件安全審査における調査審議の観点
(二) 工学的安全施設の設置について調査審議及び判断
(三) 工学的安全施設の信頼性の確保についての調査審議及び判断
5 運転時の異常な過渡変化の解析について
(一) 申請者が想定した事象
(二) 本件安全審査における調査審議及び判断
6 事故解析について
(一) 申請者が想定した事故
(二) 本件安全審査における調査審議及び判断
二 認定事実に基づく当裁判所の判断
三 原告らの主張する主な事項についての検討
1 航空機の墜落に関する主張
2 テロによる破壊、外国からのミサイル攻撃等に関する主張
3 事故防止対策に関する主張等
(一) 燃料、原子炉容器、蒸気発生器に関する主張
(二) ECCSの有効性に関する主張
(三) 外部電源の喪失に関する主張
(四) その他
4 安全評価に関する主張
第五 本件許可処分の実体的適法性(四号要件適合性のうち、平常運転時における被曝低減対策に係る安全性)
一 本件安全審査の審査内容の概要
1 前提となる事実等
(一) 本件安全審査において用いられた具体的審査基準
(二) 本件安全審査における調査審議の対象
2 被曝低減対策について
(一) 本件安全審査における調査審議の観点
(二) 放射性物質の出現の抑制についての調査審議及び判断
(三) 放射性物質の処理についての調査審議及び判断
3 周辺公衆の被曝線量評価について
(一) 申請者が行った被曝線量評価
(二) 本件安全審査における調査審議及び判断
4 放射性廃棄物の放出管理・外部放射線量等の監視について
(一) 放射性廃棄物の放出管理についての調査審議及び判断
(二) 外部放射線量等の監視についての調査審議及び判断
二 本件許可処分後の事情等
三 認定事実に基づく当裁判所の判断
四 原告らの主張する主な事項についての検討
第六 本件許可処分の実体的適法性(四号要件適合性のうち、公衆との離隔に係る安全性)
一 本件安全審査の審査内容の概要
1 前提となる事実等
(一) 本件安全審査において用いられた具体的審査基準
(二) 本件安全審査における調査審議の対象
2 申請者が行った災害評価の概要
(一) 想定された重大事故及び仮想事故
(二) 重大事故として想定された「一次冷却材喪失事故」
(三) 重大事故として想定された「蒸気発生器伝熱管破損事故」
(四) 仮想事故として想定された「一次冷却材喪失事故」
(五) 仮想事故として想定された「蒸気発生器伝熱管破損事故」
(六) 重大事故の評価結果
(七) 仮想事故の評価結果
(八) 国民遺伝線量の見地からの評価結果
3 本件安全審査における調査審議及び判断
二 認定事実に基づく当裁判所の判断
三 原告らの主張する主な事項についての判断
第七章 原告らのその余の主張
第一 原子力発電一般に関する主張
第二 本件安全審査の対象外の事項に関する主張
一 固体廃棄物の最終処分の方法、使用済燃料の再処理及び輸送の方法、温排水の熱による影響等
二 防災計画、避難計画
三 核燃料加工施設における臨界事故
第三 国内外の原子炉施設において発生した事故・事象等に関する主張
一 安全審査の対象との関係
二 本件原子炉施設において発生した故障等
1 タービン軸の振動調整
2 燃料集合体上部金具の外れ
3 低圧タービン第八段動翼と蒸気シール板との溶接部の微小なひび
4 一次冷却材ポンプ変流翼取付ボルトのひび割れ
5 蒸気発生器伝熱管の管板部の損傷
6 制御棒駆動装置溶接部のひび割れ
7 主変圧器の点検用仮設機材からの発煙
三 一号炉、三号炉において発生した故障等
1 一号炉における燃料装荷中の制御棒の損傷
2 一号炉における試運転中の蒸気漏れ
3 一号炉における一次冷却材の漏えい
4 一号炉における制御棒クラスタ案内管たわみピン及び支持ピンのひび割れ
5 一号炉における給水ポンプの停止
6 一号炉における制御棒の摩耗及び外径増加
7 三号炉における湿分分離加熱器逃がし弁の損傷
8 三号炉における放射能汚染水の補助建屋への漏えい
四 TMI事故、チェルノブイル事故、美浜二号炉事象
1 TMI事故
2 チェルノブイル事故
3 美浜二号炉事象
五 その他の伊方発電所以外の原子炉施設において発生した故障等
1 高浜発電所二号炉における一次冷却材の漏えい
2 大飯発電所二号炉における燃料棒の損傷等
3 玄海原子力発電所一号炉における余熱除去ポンプ主軸の損傷
4 敦賀発電所二号炉における二件の一次冷却材の漏えい
六 小活
第八章 結論
略語表
(この判決においては、以下の略語を用いる。)
行訴法 行政事件訴訟法(昭和三七年法律第一三九号)
基本法 原子力基本法(昭和三〇年一二月一九日法律第一八六号、昭和五三年七月五日法律第八六号による改正前のものをいう。)
設置法 原子力委員会設置法(昭和三〇年一二月一九日法律第一八八号、昭和五三年七月五日法律第八六号による改正前のものをいう。)
規制法 核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和三二年六月一〇日法律第一六六号、昭和五二年一一月二五日法律第八〇号による改正前のものをいう。)
許容被曝線量等を定める件 原子炉の設置、運転等に関する規則等の規定に基づき、許容被曝線量等を定める件(昭和三五年九月三〇日科学技術庁告示第二一号、昭和五二年七月三〇日科学技術庁告示第七号による改正前のものをいう。乙六九)
線量当量限度等を定める件 実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則の規定に基づき、線量当量限度等を定める件(平成元年三月二七日通商産業省告示第一三一号・乙七〇参照)
立地審査指針 原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断のめやすについて(昭和三九年五月二七日原子力委員会決定・乙三四)
安全設計審査指針 軽水炉についての安全設計に関する審査指針について(昭和四五年四月二三日原子力委員会決定・乙五三)
ECCS安全評価指針 軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の安全評価指針について(昭和五〇年五月一三日原子力委員会決定・乙六六)
線量目標値指針 発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関する指針について(昭和五〇年五月一三日原子力委員会決定・乙六七)
線量目標値評価指針 発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に対する評価指針について(昭和五一年九月二八日原子力委員会決定・乙六八)
耐震設計審査指針 発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針(昭和五三年九月二九日原子力委員会決定、昭和五六年七月二〇日原子力安全委員会決定・乙五五、六二)
安全審査会運営規程 原子炉安全専門審査会運営規程(昭和三六年九月六日原子力委員会決定、昭和五一年七月一三日原子力委員会決定による改正前のものをいう。)
安全審査会 原子炉安全専門審査会
四国電力 四国電力株式会社
申請者 四国電力株式会社
本件許可申請 四国電力が昭和五〇年五月三〇日付けで内閣総理大臣に対してした伊方発電所原子炉設置変更(二号炉増設)許可申請(なお、昭和五二年一月二〇日付けで一部補正が行われており、乙六四(許可申請書本文)及び乙六五(添付書類)は、右の一部補正の内容を反映したものである。)
本件許可処分 内閣総理大臣が昭和五二年三月三〇日付けで四国電力に対してした伊方発電所原子炉設置変更(二号炉増設)許可処分
本件安全審査 原子力委員会の調査指示に基づいて安全審査会が第一二一部会を設置して行った本件原子炉施設の安全性についての審査
本件原子炉施設 本件原子炉及びその附属施設
本件原子炉 本件許可処分に係る原子炉(伊方発電所二号炉)
一号炉 伊方発電所一号炉
三号炉 伊方発電所三号炉
一号炉最高裁判決 最高裁判所昭和六〇年(行ツ)第一三三号、平成四年一〇月二九日第一小法廷判決・民集四六巻七号一一七四頁以下
もんじゅ最高裁判決 最高裁判所平成元年(行ツ)第一三〇号、平成四年九月二二日第三小法廷判決・民集四六巻六号五七一頁以下
TMI事故 昭和五四年三月二八日に米国スリーマイルアイランド原子力発電所二号炉において発生した事故
チェルノブイル事故 昭和六一年四月二六日に旧ソ連ウクライナ共和国チェルノブイル原子力発電所四号炉において発生した事故
第1図ないし第3の7図(1)・(2) 別紙添付図面第1図、第2の1ないし5図、第3の1図(1)・(2)、2図、3図(1)・(2)、4図、5図、6図(1)・(2)、7図(1)・(2)(なお、右各図面は、原告ら及び被告提出の書証・準備書面より抜粋したものである。)
証人小島の証言 証人小島丈兒の証言
証人海老澤の証言 証人海老澤徹の証言
証人垣見の証言 証人垣見俊弘の証言(第一・二回)
証人石川の証言 証人石川迪夫の証言
原告
廣野房一
外二〇名
被告
通商産業大臣
平沼赳夫
右訴訟代理人弁護士
和田衛
右指定代理人
石井忠雄
外二三名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一章 当事者の申立て
第一 原告ら
一 本件許可処分(内閣総理大臣が昭和五二年三月三〇日付けで四国電力に対してした伊方発電所原子炉設置変更(本件原子炉増設)許可処分)を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
第二 被告
主文同旨
第二章 事案の概要等
第一 事案の概要
本件は、すでに一号炉の原子炉設置許可を受けていた伊方発電所について、新たに本件原子炉(二号炉)の増設を予定していた四国電力が、規制法二六条一項に基づいて行った原子炉設置変更(本件原子炉増設)許可申請に対し、被告(当時は内閣総理大臣)が昭和五二年三月三〇日にした本件許可処分が違法であると主張して、伊方発電所の設置場所である愛媛県西宇和郡伊方町及び近隣市町村に居住する原告らが、その取消しを求めた事案である。
第二 争点の前提となる事実
一 当事者・本件許可処分の存在等
当事者に争いがない事実、証拠(乙一、二の1〜4、三の1〜3、四、六四、六五、七九、八〇、八五、八六、証人石川、同垣見)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 申請者は、すでに一号炉の原子炉設置許可を受けていたが、一号炉の南側に隣接して原子炉一基を二号炉として設置するため(第1図参照)、規制法二三条二項二、五、八号に掲げる事項を変更する必要が生じたことから、昭和五〇年五月三〇日、内閣総理大臣に対し、本件許可申請を行った(規制法二六条一項)。なお、四国電力は、昭和五二年一月二〇日、本件許可申請の一部補正を行っている(本件許可申請の存在は争いがない。)。
2 内閣総理大臣は、本件許可申請を受け、昭和五〇年六月一〇日、原子力委員会に対し、本件許可申請が規制法二四条一項各号に掲げる許可の基準に適合しているか否かについて諮問を行った(規制法二六条四項、二四条二項)。
3 原子力委員会委員長は、右諮問を受け、原子力委員会に設置されている安全審査会に対し、本件許可申請の原子炉に係る安全性に関する事項(規制法二四条一項三号要件(技術的能力部分)及び四号要件)の調査審議を指示し、それ以外の事項については、原子力委員会において直接調査審議を行うことにした(設置法二条、一四条の二)。
4 安全委員会は、昭和五〇年六月一六日、九名の審査委員と石川迪夫(以下「「石川」という。)、垣見俊弘(以下「垣見」という。)ら一〇名の調査委員からなる第一二一部会を設置し(安全審査会運営規程八条)、第一二一部会は、通商産業省原子力発電技術顧問会と合同で審査を行うこととし、昭和五〇年九月一〇日に第一回部会を開催して審査方針を検討するとともに、主として原子炉施設関係を担当するAグループ、主として周辺公衆の被曝線量評価等の環境関係を担当するBグループ、主として地盤・地震関係を担当するCグループをそれぞれ設けて審査を開始した。
5 第一二一部会は、以後、AないしCグループの合同会合(五回)、A・Bグループの合同会合(一回)、各グループ単位での会合(Aグループ一九回、Bグループ一二回、Cグループ一一回)、現地調査(四回)を行うとともに、適宜、安全審査会に審査状況を報告してその審議に付しつつ、審査を行っていたが、昭和五二年二月一五日の部会において部会報告書を決定し、安全審査会は、同月二三日、「本件原子炉の設置変更に係る安全性は十分に確保し得るものと認める。」との安全審査報告書を決定し、安全審査会会長は、原子力委員会委員長に対し、右審査結果を報告した(安全審査会運営規程六条)。
6 原子力委員会は、右報告を踏まえ、本件許可申請が規程法二四条一項各号に掲げる許可の基準に適合しているか否かについて検討し、原子力委員会委員長は、昭和五二年三月二五日、内閣総理大臣に対し、本件許可申請が右各基準に適合しているものと認める旨の答申を行った。
7 内閣総理大臣は、右答申を尊重し、通商産業大臣の同意を得た上、昭和五二年三月三〇日、申請者に対し、本件許可処分をした(規制法二六条四項、二四条二項、設置法三条、規制法七一条一項。本件許可処分の存在は争いがない。)。
8(一) 原告らは、いずれも、伊方発電所の設置場所である愛媛県西宇和郡伊方町を中心に、東は同郡保内町、同県八幡浜市、西は同県西宇和郡三崎町(第1図参照)の本件原子炉施設から約1.8キロメートルないし約三〇キロメートルの範囲内の肩書住所地に居住する者である。
(二)(1) 原告らは、昭和五二年五月二八日、本件許可処分について、行政不服審査法四八条、二五条一項ただし書に基づく異議申立てを内閣総理大臣宛に行い、昭和五三年三月一〇日、右異議申立てを棄却する旨の決定がなされた(右事実は争いがない。)。
(2) 原告らは、昭和五三年六月九日、被告を内閣総理大臣として、本訴を提起した。
9(一) 昭和五三年法律第八六号による改正により、実用発電用原子炉の設置の許可は通商産業大臣の権限とされ、同法附則三条により、右改正前の規制法の規定に基づき内閣総理大臣がした本件原子炉の設置変更許可処分は、通商産業大臣がしたものとみなされることになった。
(二) 本訴係属中、①元原告川口寛之は昭和五八年一一月三〇日、②元原告堀内義雄は平成五年七月七日、③元原告奥本繁松は昭和六一年四月一〇日、④元原告浪下繁春は平成三年二月一三日、⑤元原告井上常久は平成六年七月一七日、⑥元原告矢野濵吉は平成七年八月二二日、⑦元原告福野誠一は昭和五三年一一月二四日、それぞれ死亡し、同原告らと被告との間の訴訟は、当然に終了した(なお、元原告堀内義雄、同浪下繁春については、相続人の一部から受継の申立てがなされているが、本件許可処分の取消しを求める法律上の利益は、一身専属的なものであり、相続の対象となるものではないから、これらの者が訴訟を承継することはできない。)。
10 本件原子炉の営業運転開始日、一号炉、三号炉の原子炉設置許可ないし設置変更許可処分等の経過は、次のとおりである。
(一)(1) 申請者は、昭和四七年五月八日、内閣総理大臣に対し、一号炉の原子炉設置許可申請を行い、昭和四七年一一月二九日、右設置許可を受けたが、右許可処分については、本訴原告らの一部を含む周辺住民により、内閣総理大臣宛の異議申立てがなされ、これが棄却された後、昭和四八年八月、その取消しを求める訴訟が提起され、平成四年一〇月二九日、一号炉最高裁判決が言い渡され、右取消請求を棄却した一審判決が確定した。
(2) 一号炉は、昭和五二年九月三〇日、その営業運転が開始された。
(二) 本件原子炉は、昭和五七年三月一九日、その営業運転が開始された。
(三)(1) 申請者は、昭和五九年五月二四日、通商産業大臣に対し、原子炉設置変更(三号炉増設)許可申請を行い、昭和六一年五月二六日、右設置変更許可を受けたが、右許可処分については、本訴原告らの一部を含む周辺住民により、同年七月二五日、通商産業大臣宛の異議申立てがなされ、平成一〇年五月七日、右異議申立てを棄却する旨の決定がなされた。
(2) 三号炉は、平成六年一二月一五日、その営業運転が開始された。
(3) なお、三号炉は、一号炉及び本件原子炉と同一の敷地内に設置されている。
二 本件原子炉施設の概要
証拠(乙一、二の1〜4、三の1〜3、四、五二、六四、六五)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 概要
(一) 本件原子炉は、愛媛県西宇和郡伊方町に所在する伊方発電所一号炉の南側に隣接して、同型同出力の濃縮ウラン、軽水減速、軽水冷却型(加圧水型)、熱出力約一六五万キロワット(電気出力約五六万六五〇〇キロワット)の原子炉(二号炉)として設置されるものである。
(二) 伊方発電所は、愛媛県の西部にある佐田岬半島の基部の北側海岸にあり、伊予灘に面している(第1図参照)。同発電所の敷地面積は、約七五万平方メートルであり、そのうち約一六万平方メートルは標高約一〇メートルに造成され、原子炉格納施設、原子炉補助建家及びタービン建家等の主要構造物が設置される。
(三)(1) 本件原子炉の炉心の位置は、一号炉の炉心から南方向約一〇九メートルのところにあり、本件原子炉の本体の中心から伊方発電所の敷地境界までの最短距離は、南南東方向で約六三〇メートルである。
(2) 本件原子炉から最寄りの一般人家(伊方町奥)までの距離は、約一三〇〇メートルであり、昭和四九年六月当時、本件原子炉を中心とする半径三〇キロメートル以内の人口分布は、三キロメートル以内が約三九〇〇人、五キロメートル以内が約七八〇〇人、一〇キロメートル以内が約二万二〇〇〇人、二〇キロメートル以内が約九万八〇〇〇人、三〇キロメートル以内が約一七万六〇〇〇人である。
(四) 本件原子炉施設は、原子炉及び炉心、原子炉冷却系統施設、工学的安全施設、原子炉補助施設、計測制御系統施設、放射性廃棄物廃棄施設、その他の施設から構成される。
2 原子炉及び炉心
原子炉及び炉心は、原子炉容器、燃料集合体、炉内構造物、制御棒クラスタ、制御棒クラスタ駆動装置等から構成される(第2の1図参照)。
(一) 炉心は、一二一体の燃料集合体を円柱状に配列して構成される。燃料集合体は、燃料棒、制御棒クラスタ案内管及び炉内計測用案内管から構成される(第2の2図参照)。燃料棒は、濃縮ウランの焼結ペレットを被覆管に挿入し密封したものである(第2の2図参照)。燃料集合体は、上部及び下部炉心支持板等の炉内構造物によって支持される。
(二) 原子炉容器は、上部及び底部が半球形の円筒形容器で、内径約3.3メートル、内のり全高約11.2メートル、最小肉厚約一一センチメートルであり、内部には、燃料集合体、炉内構造物、制御棒クラスタ等が配置される(第2の3図参照)。
(三) 本件原子炉における反応度の制御は、制御棒クラスタの操作及び一次冷却材中のほう素濃度調整の独立した二つの方法によって行われる。制御棒クラスタは、制御棒を一六本束ねて構成され、通常運転時は磁気ジャック式駆動装置により駆動されるが、原子炉スクラム時には、自重により炉心に挿入される。一次冷却材中のほう素濃度は、化学体積制御設備により調整される。
3 原子炉冷却系統施設
原子炉冷却系統施設は、一次冷却設備、二次冷却設備その他の設備から構成される(第2の1図参照)。
(一) 一次冷却設備は、原子炉容器、蒸気発生器、一次冷却材ポンプ、加圧器、一次冷却材配管、弁類等から構成され、それら内部を一次冷却材が循環する。右各設備は、原子炉格納容器内に設置される。
原子炉で加熱された一次冷却材は、一次冷却材ポンプによって循環させられ、蒸気発生器の伝熱管を通過する際に、伝熱管壁を介して二次冷却材と熱交換を行い、再び原子炉に還流する。本件原子炉施設は、このような閉回路が二系統設置される、いわゆる二ループ型である。そのうちの一回路には、一次冷却材圧力バウンダリの圧力を調整する加圧器が設置される。
(二) 二次冷却設備は、主蒸気系統(主蒸気管、弁類等)、蒸気タービン、復水器、給水ポンプ等から構成され、それら内部を二次冷却材が循環する。
二次冷却材は、蒸気発生器を介して一次冷却材と熱交換を行い、蒸気となって蒸気タービンを駆動した後、復水器を通って水に戻され、再び蒸気発生器に還流する。
4 工学的安全施設
工学的安全施設(安全防護施設ともいう。)は、非常用炉心冷却設備(ECCS)、原子炉格納施設、原子炉格納容器スプレイ設備及びアニュラス空気再循環設備から構成される(第2の4図参照)。
(一) 非常用炉心冷却設備は、蓄圧注入系、高圧注入系及び低圧注入系の三つの系統から構成され、非常用炉心冷却設備作動信号等によってほう酸水を炉心に注入し、炉心の冷却を維持する。
(二) 原子炉格納施設は、原子炉格納容器、外周コンクリート壁及びその付属設備から構成される。原子炉格納容器は、内径約三三メートル、全高約六七メートルの上部半球下部皿形鏡円筒型の炭素鋼製の容器である。外周コンクリート壁は、原子炉格納容器より約三メートル大きい内径をもち、円筒上部ドーム型の鉄筋コンクリート造であり、ドーム部厚さは約二〇ないし六〇センチメートル、円筒部厚さは約七〇ないし九〇センチメートル、地上高さは約六七メートルである。外周コンクリート壁円筒部と原子炉格納容器円筒部との間の下部には、アニュラス部という閉空間が設けられている。
(三) 原子炉格納容器スプレイ設備
原子炉格納容器スプレイ設備は、格納容器スプレイポンプ、格納容器スプレイ冷却器、よう素除去薬品タンク等から構成される。
(四) アニュラス空気再循環設備
アニュラス空気再循環設備は、アニュラス排気ファン、フィルタユニット等から構成される。
5 原子炉補助施設
原子炉補助施設は、化学体積制御設備、余熱除去設備、原子炉補機冷却水設備、原子炉補機冷却海水設備、燃料取扱及び貯蔵設備、使用済燃料ピット水浄化冷却設備並びに試料採取設備から構成される。
6 計測制御系統施設
計測制御系統施設は、原子炉計装、プロセス計装、原子炉制御設備、原子炉保護設備、工学的安全施設作動設備及び中央制御室から構成される。
7 放射性廃棄物廃棄施設
放射性廃棄物廃棄施設は、気体廃棄物処理設備、液体廃棄物処理設備及び固体廃棄物処理設備から構成される(第2の5図参照)。
8 その他の施設
これら以外にも、非常用電源等の電気施設、遮蔽設備、放射線監視設備等の放射線管理施設、給水処理設備、換気設備、消火設備等の発電所補助施設等が設置される。
第三章 周辺住民の原告適格
規制法二六条四項で準用される同法二四条一項三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号の設けられた趣旨、右各号が考慮している被害の性質等にかんがみると、右各号は、単に公衆の生命、身体の安全、環境上の利益を一般的公益として保護しようとするにとどまらず、原子炉施設周辺に居住し、原子炉事故等がもたらす災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当であるところ(もんじゅ最高裁判決参照)、前記第二章の第二の二のような種類、構造、規模等を有する本件原子炉施設から、前記第二章の第二の一8(一)のとおり約1.8キロメートルないし約三〇キロメートルの範囲内の地域に居住している原告らは、いずれも本件原子炉の設置変更許可の際に行われる規制法二四条一項三号所定の技術的能力の有無及び四号所定の安全性に関する各審査に過誤、欠落がある場合に起こり得る事故等による災害により直接的かつ重大な被害を受けるものと想定される地域内に居住する者というべきであるから、本件許可処分の取消しを求める本訴請求において、行訴法九条にいう「法律上の利益を有する者」に該当するものと認めるのが相当である。
第四章 原告らの憲法違反の主張
一 原告らは、原子力発電所は極めて危険であり、その存在自体が周辺住民の生活を脅かすものであるから、原子力発電所の設置許可の要件等を定めた規制法、本件原子炉の設置を許可した本件許可処分は、憲法一一条、一三条、二五条に違反する旨主張する。
しかし、規制法は、原子力発電所が原子炉内部に人体に有害な放射性物質を多量に発生させる施設であることを前提にして、その危険を潜在的なものにとどめ、放射性物質による災害を防止し、公共の安全を図るために必要な規制を行っているのであるから(規制法一条参照)、原子力発電所の設置によって当然に周辺住民の基本的人権が侵害されるということはできない。
したがって、規制法、さらには、同法所定の基準に本件許可申請が適合するとした本件許可処分が憲法に違反するということはできず、原告らの右主張は採用することができない。
二 原告らは、本件許可処分は、周辺住民の基本的人権にかかわるものであるにもかかわらず、「許容被曝線量等を定める件」(科学技術庁告示)や「線量目標値指針」(原子力委員会決定)という法律ではない基準を用いた安全審査に依拠してなされており、憲法一一条、一四条、一八条、二五条、二九条、四一条に違反する旨主張する。
しかし、被曝線量に関する本件安全審査は、規制法二六条四項で準用される二四条一項四号の規定に基づいてなされたものであるところ、同号が原子炉の安全性に関する許可基準につき、「災害の防止上支障がないものであること」と抽象的、包括的な規定をするにとどめているのは、原子炉施設の安全性に関する審査が、後記第五章の第一の二3記載のとおり、多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づいてなされる必要がある上、科学技術は不断に進歩、発展しているのであるから、原子炉施設の安全性に関する基準を具体的かつ詳細に法律で定めることは困難であるのみならず、最新の科学技術水準への即応性の観点からみて適当ではないとの見解に基づくものと考えられ、このような見解をもって不合理であるということはできない。
したがって、被曝線量に関する基準が法律によって規定されていないことを理由とする原告らの右憲法違反の主張も採用することができない。
第五章 本件訴訟における司法審査の在り方
第一 本件訴訟における審理・判断の方法、主張・立証、原子炉設置(変更)許可の段階における安全審査の対象
一 概要
原子炉設置者は、規制法二三条二項二号から五号まで又は八号に掲げる事項を変更しようとするときは、内閣総理大臣(被告行政庁)の許可を受けなければならないとされており(同法二六条一項)、右許可については、原子炉設置の許可の基準を定めている同法二四条の規定が準用されている(同法二六条四項)ことにかんがみると、本件訴訟における裁判所の審理・判断の方法、主張・立証、原子炉設置(変更)許可の段階における被告行政庁の安全審査の対象については、原子炉設置許可処分の取消訴訟に関する後記二ないし四記載の一号炉最高裁判決の見解と同様に考えられ、本件訴訟においては、①規制法二四条一項三号(技術的能力部分に係る部分に限る。)及び四号所定の基準の適合性の判断については、原子力行政の責任者である被告行政庁の専門技術的裁量が認められること、②本件許可処分が違法と解される可能性があるのは、昭和五二年当時の科学技術水準に照らし本件安全審査が不合理であった場合のみならず、現在の科学技術水準に照らし本件安全審査の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があった場合があること、③主張・立証については、まず、被告行政庁の側において、その裁量的判断に不合理な点のないことを主張・立証する必要があるが、客観的主張立証責任の問題としては、原告らにおいて、被告行政庁の裁量的判断に逸脱・濫用があることの主張立証責任を負担するものであること、④本件安全審査の対象は、本件原子炉施設の基本設計の安全性にかかわる事項のみに限定されることなどが前提とされることになる。
二 審理・判断の方法
1 原子炉を設置しようとする者は、内閣総理大臣の許可を受けなければならないとされており(規制法二三条一項)、内閣総理大臣は、原子炉設置の許可申請が、同法二四条一項各号に適合していると認めるときでなければ許可してはならず(同条一項)、右許可をする場合においては、右各号に規定する基準の適用については、あらかじめ核燃料物質及び原子炉に関する規制に関すること等を所掌事務とする原子力委員会の意見を聴き、これを尊重してしなければならないものとされており(同条二項)、原子力委員会には、学識経験者及び関係行政機関の職員で組織される安全審査会が置かれ、原子炉の安全性に関する事項の調査審議に当たるものとされている(設置法一四条の二、三)。
2 また、規制法二四条一項三号は、原子炉を設置しようとする者が原子炉を設置するために必要な技術的能力及びその運転を適確に遂行するに足りる技術的能力を有するか否かにつき、同項四号は、当該申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質(使用済燃料を含む。)、核燃料物質によって汚染された物(原子核分裂生成物を含む。)又は原子炉による災害の防止上支障がないものであるか否かにつき、審査を行うべきものと定めている。原子炉設置許可の基準として、右のように定められた趣旨は、原子炉が原子核分裂の過程において高エネルギーを放出する核燃料物質を燃料として使用する装置であり、その稼働により、内部に多量の人体に有害な放射線物質を発生させるものであって、原子炉を設置しようとする者が原子炉の設置、運転につき所定の技術的能力を欠くとき、又は原子炉施設の安全性が確保されないときは、当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ、右災害が万が一にも起こらないようにするため、原子炉設置許可の段階で、原子炉を設置しようとする者の右技術的能力並びに申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性につき、科学的、専門技術的見地から、十分な審査を行わせることにあるものと解される。
3 右の技術的能力を含めた原子炉施設の安全性に関する審査は、当該原子炉施設そのものの工学的安全性、平常運転時における従業員、周辺住民及び周辺環境への放射線の影響、事故時のおける周辺地域への影響等を、原子炉設置予定地の地形、地質、気象等の自然的条件、人口分布等の社会的条件及び当該原子炉設置者の右技術的能力との関連において、多角的、総合的見地から検討するものであり、しかも、右審査の対象には、将来の予測に係る事項も含まれているのであって、右審査においては、原子力工学はもとより、多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づく総合的判断が必要とされるものであることが明らかである。そして、規制法二四条二項が、内閣総理大臣は、原子炉設置の許可をする場合においては、同条一項三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号所定の基準の適用について、あらかじめ原子力委員会の意見を聴き、これを尊重してしなければならないと定めているのは、右のような原子炉施設の安全性に関する審査の特質を考慮し、右各号所定の基準の適合性については、各専門分野の学識経験等を擁する原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣の合理的な判断にゆだねる趣旨と解するのが相当である。
4 以上の点を考慮すると、右の原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理・判断は、原子力委員会若しくは安全審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであって、現在の科学技術水準に照らし、右調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会若しくは安全審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、被告行政庁の右判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法と解すべきである。
三 主張・立証
原子炉設置許可処分についての右取消訴訟においては、右処分が前記のような性質を有することにかんがみると、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきものと解されるが、当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると、被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである。
四 原子炉設置(変更)許可の段階における安全審査の対象
1 規制法は、その規制の対象を、製錬事業(第二章)、加工事業(第三章)、原子炉の設置、運転等(第四章)、再処理事業(第五章)、核燃料物質等の使用等(第六章)、国際規制物質の使用(第六章の二)に分け、それぞれにつき内閣総理大臣の指定、許可、認可等を受けるべきものとしているのであるから、第四章所定の原子炉の設置、運転等に対する規制は、専ら原子炉設置の許可等の同章所定の事項をその対象とするものであって、他の各章において規制することとされている事項までをその対象とするものでないことは明らかである。
2 また、規制法第四章の原子炉の設置、運転等に関する規制の内容をみると、原子炉の設置の許可、変更の許可(二三条ないし二六条の二)のほかに、設計及び工事方法の認可(二七条)、使用前検査(二八条)、保安規定の認可(三七条)、定期検査(二九条)、原子炉の解体の届出(三八条)等の各規制が定められており、これらの規制が段階的に行われることとされている(なお、本件原子炉のような発電用原子炉施設について、規制法七三条は二七条ないし二九条の適用を除外するものとしているが、これは、電気事業法(昭和五八年法律第八三号による改正前のもの)四一条、四三条及び四七条により、その工事計画の認可、使用前検査及び定期検査を受けなければならないこととされているからである。)。したがって、原子炉の設置の許可の段階においては、専ら当該原子炉の基本設計のみが規制の対象となるのであって、後続の設計及び工事方法の認可(二七条)の段階で規制の対象とされる当該原子炉の具体的な詳細設計及び工事の方法は規制の対象とはならないものと解すべきである。
3 右にみた規制法の規制の構造に照らすと、原子炉設置の許可の段階の安全審査においては、当該原子炉施設の安全性にかかわる事項のすべてをその対象とするものではなく、その基本設計の安全性にかかわる事項のみをその対象とするものと解するのが相当である。もとより、原子炉設置の許可は、原子炉の設置、運転に関する一連の規制の最初に行われる重要な行政処分であり、原子炉設置許可の段階で当該原子炉の基本設計における安全性が確認されることは、後続の各規制の当然の前提となるものであるから、原子炉設置許可の段階における安全審査の対象の範囲を右のように解したからといって、右安全審査の意義、重要性を何ら減ずるものではない。
第二 本件訴訟における裁判所の審理・判断の対象と争点の概要
一 審理・判断の対象
1 本件訴訟は、規制法二六条一項に基づいてなされた本件許可申請が同条四項で準用される二四条一項各号所定の基準に適合するとした本件許可処分の取消しを求める行政訴訟であり、右許可に係る手続的適法性と右各基準(実体的要件)に適合するとした被告行政庁の判断に関する実体的適法性が裁判所の審理・判断の対象となるものであるが、右実体的要件のうち、一号要件、二号要件及び三号要件(経理的基礎部分)については、原告らの法律上の利益に関係せず、原告らが違法事由として主張することはできない(行訴法一〇条一項)と解されるから、実体的適法性としては、三号要件(技術的能力部分)及び四号要件適合性のみが裁判所の審理・判断の対象となるというべきである。
2 また、右の四号要件適合性については、安全性確保の問題が放射性物質の有する危険性をいかに顕在化させないかという点にあることにかんがみ、原告らの主張する違法事由及びこれに対する被告の反論等を踏まえて分類すると、①本件原子炉施設は地盤及び地震との関連において安全に設置され得るかどうか、②本件原子炉施設は事故の発生を未然に防止することができるようになっているかどうか、③本件原子炉施設は平常運転に伴って放出される放射性物質による周辺公衆の被曝線量を十分低く抑えることになっているかどうか、④本件原子炉施設は万一の事故を想定した場合においても周辺公衆から十分離れているかどうか、との四つの安全性に大別することが可能である。
二 争点の概要
右一によれば、本件訴訟における争点の概要は、次のとおりとなる。
1 本件許可処分の手続的適法性(第六章第一)
2 本件許可処分の実体的適法性
(一) 三号要件(技術的能力部分)適合性(第六章第二)
(二) 四号要件適合性
(1) 地盤及び地震に係る安全性(第六章第三)
(2) 事故防止対策に係る安全性(第六章第四)
(3) 平常運転時における被曝低減対策に係る安全性(第六章第五)
(4) 公衆との離隔に係る安全性(第六章第六)
第六章 争点に対する判断
第一 本件許可処分の手続的適法性
一 認定事実に基づく当裁判所の判断
本件許可処分は、前記第二章の第二の一1ないし7の経過を経ていることにかんがみると、規制法、設置法等の所定の手続に則りなされたものと認められる。
二 原告らの主張する主な事項についての検討
1 原告らは、本件許可処分は、その手続において徹底的に住民不在が貫かれており、原子力基本法が定める自主、民主、公開の三原則に違反し、違法である旨主張する。
しかし、原子力基本法二条に定めるいわゆる原子力三原則は、原子力の研究、開発及び利用についての基本方針の宣言であり、原子炉の設置変更許可手続を直接規制するものと解することはできないから、本件許可処分手続に原子力基本法の適用があるとする原告らの右主張は、前提において失当である。
2 原告らは、本件許可処分は、原子炉の研究、開発等の推進を図るために設置された原子力委員会の答申を尊重してなされたものであって手続的に違法であり、本件安全審査後、原子力委員会が組織を原子力安全委員会と分離されたのは、被告において、従来の手続が設置許可の方向に偏っていたことを自覚したことの証左である旨主張するところ、証拠(甲三五の7、二三七の1)及び弁論の全趣旨によれば、本件許可処分後の昭和五三年七月、原子力関連法制の改正が行われ、原子力委員会から新たに原子力安全委員会が分離・設置され、原子力委員会の所管していた事務のうち、原子炉の安全確保のための規制等に関するものが、原子力安全委員会に移管され、安全審査会は、原子力委員会に代わって原子力安全委員会に置かれることになったことが認められる。
しかし、原子力委員会は、あくまでも原子力の研究、開発及び利用に関する行政の民主的な運営を図るために設置されたものであり(設置法一条)、また、本件安全審査当時においても、原子炉に係る安全性に関する事項についての調査審議は、原子力委員会が直接行うのではなく、資格が法定された各専門分野の学識経験者等によって組織される安全審査会の科学的、専門技術的知見に基づく調査審議の結果を踏まえて行われることが予定され(同法一四条の二、三、安全審査会運営規程六条)、本件においても、前記第二章の第二の一3ないし5のとおり、安全審査会の調査審議の結果を踏まえて行われているのであるから、このような審査体制をもって不公正であるということはできない。
したがって、設置法三条の規定に基づき原子力委員会の答申を尊重してなされた本件許可処分の手続に瑕疵があるということはできず、この点に関する原告らの主張は理由がない。
第二 本件許可処分の実体的適法性(三号要件(技術的能力部分)適合性)
一 本件安全審査の審査内容の概要
証拠(乙二の1、四、六五)によれば、本件安全審査においては、本件許可申請書添付書類等に基づき、①申請者が、すでに一号炉の建設の実績を有すること、②本件原子炉施設の設置に当たっては、約一三〇名の技術要員を予定し、運転に当たっては、一号炉の要員約一一〇名に三〇名程度の増員を予定していること、③これらの技術者については、日本原子力研究所原子炉研修所等の社外専門諸機関を活用して養成訓練を行うほか、一号炉の運転等の実務を通じて社内での教育訓練を実施することになっていることなどが確認された結果、申請者には、本件原子炉施設を設置するために必要な技術的能力及び運転を適確に遂行するに足りる技術的能力があると判断されたことが認められる。
二 認定事実に基づく当裁判所の判断
1 右の三号要件(技術的能力部分)適合性についての本件安全審査の審査内容等にかんがみると、その調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があると認めることはできない。
2 したがって、右の本件安全審査の調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があると認めることもできない。
三 原告らの主張する主な事項についての検討
原告らは、申請者に関する事情として、①一次冷却材中の放射性物質の濃度が上昇した状態で、昭和五八年六月六日以降、漫然と本件原子炉の運転を継続していたこと、②三号炉建設時における機器の取付間違いを、平成八年一月一四日に事故(湿分分離加熱器逃がし弁の損傷)が発生したことによって初めて発見したこと、③住民の反対にもかかわらず、昭和六二年一〇月と昭和六三年二月に本件原子炉を使用して出力調整運転試験を行ったことなどを挙げ、これらは、規制法において要求されている技術的能力が欠如していることを示すものである旨主張する。
しかし、規制法二四条一項三号の技術的能力部分に関する要件は、主として原子炉の建設、運転による災害の防止を図るという観点から、申請者が、それに必要な組織、要員を確保し得るかどうかという点を中心に、人的、組織的な面から、事業者としての適格性があるか否かを判断するものと解されるから、原告らの指摘する事情をもって申請者の技術的能力が欠如しているということはできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
第三 本件許可処分の実体的適法性(四号要件適合性のうち、地盤及び地震に係る安全性)
一 本件安全審査の審査内容の概要
証拠(甲一〇の1〜4、6、7、一三の1〜7、五三、五四、六三、六六、一二七ないし一三〇、一八六、一八七、乙一、二の1〜4、三の1〜3、四、一七の1〜3、二一の1〜3、二二の1ー3、三四、三八の1〜3、三九、四〇、四四、四七、四八、五一、五三、六二ないし六五、証人石川、同垣見、認定事実末尾に括弧書きの証拠)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 前提となる事実等
(一) 自然的立地条件の中での地盤及び地震の問題の位置付け
原子炉が自然的立地条件との関連において安全に設置され得るかどうかの判断に当たって考慮すべきものには、地盤、地震、気象、水理等の問題があるが、地盤及び地震の問題については、本件安全審査において、前記第二章の第二の一4のとおり、第一二一部会にCグループ(審査委員二名と調査委員五名で構成)が設けられ、調査委員として、地盤及び地震に関する研究者である垣見(構造地質学が専門で、地震と断層、地震と地質構造との関係の研究者)、松田時彦(地震や活断層が専門で、東京大学地震研究所に所属)等が参加して、調査審議が行われた。
(二) 本件安全審査において用いられた具体的審査基準
(1) 本件安全審査を行うに際しては、「立地審査指針」(昭和三九年五月二七日原子力委員会決定)及び「安全設計審査指針」(昭和四五年四月二三日原子力委員会決定)への適合性が検討された。
(2) 「立地審査指針」は、安全審査会が安全審査を行う際、万一の事故に関連して、その立地条件の適否を判断するために策定されたものであり、「大きな事故の誘因となるような事象が過去においてなかったことはもちろんであるが、将来においてもあるとは考えられないこと。また、災害を拡大するような事象も少ないこと。」を原則的立地条件の一つとしている。
(3) 「安全設計審査指針」は、安全審査会が安全審査を行うに際して審査の便となる指針を取りまとめたものであり、敷地の自然条件に対する設計上の考慮、耐震設計として、以下の事項を審査すべきものとしている。
ア 当該設備の故障が、安全上重大な事故の直接原因となる可能性のある系及び機器は、その敷地及び周辺地域において過去の記録を参照にして予測される自然条件のうち最も過酷と思われる自然力に耐え得るような設計であること。
イ 安全上重大な事故が発生したとした場合、あるいは確実に原子炉を停止しなければならない場合のごとく、事故による結果を軽減もしくは抑制するために安全上重要かつ必須の系及び機器は、その敷地及び周辺地域において、過去の記録を参照にして予測される自然条件のうち最も過酷と思われる自然力と事故荷重を加えた力に対し、当該設備の機能が保持できるような設計であること。
ウ 原子炉施設は、その系及び機器が地震により機能の喪失や破損を起こした場合の安全上の影響を考慮して重要度により適切に耐震設計上の区分がなされ、それぞれ重要度に応じた適切な設計であること。
(三) 本件安全審査における調査審議の対象
本件安全審査においては、右「立地審査指針」及び「安全設計審査指針」を用い、申請者が提出した本件許可申請書及び添付書類等に基づき、第一に、地盤に係る安全性に関して、①本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺の地盤は、原子炉施設に損傷を与えるような自然現象を起こさないかどうか、②本件原子炉主要施設付近の基礎岩盤は、原子炉主要施設を支持するために十分な地耐力を有し、地震等による岩盤破壊や不等沈下等を起こさないかどうか、第二に、地震に係る安全性に関して、本件原子炉施設に影響を及ぼす可能性のある地震を適切に想定し、想定される地震力に対して適切な耐震設計が講じられるかどうか(耐震設計の妥当性)について調査審議が行われた。
2 地盤に係る安全性について
(一) 申請者が行った地盤に関する調査の概要
(1) 敷地周辺の地質
ア 敷地のある佐田岬半島は、地質構造区分上では西南日本外帯と内帯を区別する中央構造線の南側の三波川変成岩帯に属し(第3の1図(1)・(2)、第3の2図参照)、緑泥石片岩、石英片岩、絹雲母片岩が主として分布し、一部に黒色片岩が見られる。
イ 中央構造線は、佐田岬半島の北側の伊予灘海底を同半島とほぼ平行に走っているものと推定されるが、同半島全般の地形や地質状況からみると、半島上には、活断層や中央構造線の直接的な破砕作用を受けたことを示す露頭は見当たらない。
ウ なお、中央構造線とは、西南日本をほぼ縦断する地質構造上の境界線(断層)であって、四国地方においては、三波川帯と和泉砂岩層との境界として現われており、四国山地北麓をほぼ東西に走り、四国西部の愛媛県周桑郡桜樹付近で南へ曲がり、松山市の南南西約二〇キロメートルの同県伊予郡上灘付近から海中に没し、大分県臼杵市北方において再びその存在が推定されている(甲一二の1〜3、弁論の全趣旨)。
(2) 敷地の地形
敷地は、四国の西端に細長く突出した佐田岬半島の付け根付近に位置し、瀬戸内海の伊予灘に面している。
佐田岬半島は、長さ約四〇キロメートル、幅0.8ないし六キロメートルの細長い半島であって、標高三〇〇メートル程度の分水嶺が通った山脈状の地勢を有し、起伏の多い丘陵状の傾斜地からなり、その南側斜面は宇和海に、北側斜面は伊予灘に落ち込んでいる。
敷地周辺の地形も、半島全体と同様に標高二〇〇メートル前後の尾根を背にし、小規模の沢が発達したかなり複雑な地形である。海岸線は大部分崖状を呈し、小規模ながら海岸段丘が見られる。海面下の地形も急深で、三〇〇メートル程度沖合から広がる水深約六〇メートルの平坦な海底につながっている。
(3) 敷地の地質
ア 敷地の地質の概要
(ア) 敷地の地盤を構成する岩石は、緑泥石片岩、緑レン石片岩を主とし、一部に石英片岩、絹雲母片岩の薄層を挟む結晶片岩(緑色片岩)である。緑色片岩には片理が発達しているが、岩質は新鮮かつ堅硬である。
(イ) 原子炉格納施設等の主要構造物の基礎岩盤は、全般的に堅硬であり、数本の破砕帯が見られるが、いずれも小規模なものであり(最も規模が大きいもので、全幅約数センチメートルないし三五センチメートル、長さ二〇〇メートル程度)、活断層も存在しない。
(ウ) 基礎岩盤は、一平方メートル当たり一四〇〇トンまでの繰り返し荷重に対しても、弾性的な挙動を示している。
イ 地質・地盤の調査経緯
当該地点の地質・地盤に関する調査は、以下のとおり実施した。
(ア) まず、地質図、地域の地勢、土地利用状況に関する文献、地方誌、地質関係学術文献及び空中写真を利用して、佐田岬半島地域の地質全般について調査・検討し、地点周辺で大きな地変や地盤災害等が過去になかったことを確かめ、岩盤を構成する岩石の一般的性質及び地域の地質構造等からみて原子力発電所地点として十分な基礎岩盤を見出しうるものと判断して、概略の発電所位置を設定した。
(イ) 次に、発電所予定地の表土層の厚さ、岩質等を確かめるため、「予備ボーリング」調査を実施し、また、地点周辺及び敷地内の地表に関する「全般地質踏査」を行った。また、ボーリングコアを使用した「第一回岩石試験」、敷地の海岸に広く分布する岩盤露頭の詳細な「海岸露頭地質測量」等の現地調査に基づき、①発電所予定敷地内に大規模な破砕帯のないこと、②この地域の地すべりの主な原因となる黒色片岩層や急な褶曲のないこと、③岩石の物理的性質が全般的に一定した十分な広さの基盤が得られることなどの発電所設置上重要な基本的地質・地盤状況に関する資料を得た。
(ウ) 右の結果を踏まえ、発電所重要施設の配置計画に基づく重要施設の基礎の地質状態を確認するため、一号炉、本件原子炉予定炉心基礎部を結ぶ試掘横坑を掘削し、現位置における「詳細地質調査」を実施した。
(エ) また、この試掘坑を利用して、設計に必要な重要施設の基盤の諸特性値を調査した。すなわち、「常時微動測定」によって地震波に対する基盤の周波数応答特性を調べ、「基盤のP、S波測定」によって基盤の弾性波伝播速度(P、S波速度)、動弾性係数、ポアソン比を求めた。ジャッキによる「静的載荷試験」及びジャッキと加振器の組合せによる「動的載荷試験」からは、それぞれ岩盤の静的及び動的荷重と変形の関係を調べ、荷重の種類及び大きさに対する現地岩盤の変性特性、静及び動弾性係数を求めた。また、試掘坑内の基礎試料を採取し、「第二回岩石試験」を行って、基盤の試料の一般的物理特性値及び片岩特有の片理面と荷重方向の角度による物性の相違について詳細に調べ、現地の片理面の傾きにおける岩盤の物理特性の目安を得た。
(オ) さらに、設計基盤面での地質状態の深さ方向への連続性を調べるため、坑内の一号炉、本件原子炉炉心予定部より、それぞれ深さ一〇〇メートルまで鉛直ボーリングを行った。また、坑内で見出された断層の中で比較的年代の新しいと推定される断層について、「断層追跡調査」、「断層判定調査」を行い、その断層の活動性を調査した。
(カ) 一方、地山を切り取って原子炉重要施設を配置するためにできる切取後の地山及び法面の安定性を検討するための基礎的資料を得る目的で法面出現予定位置において「法面ボーリング」を実施した。
ウ その他の調査
サイトの切取、掘削工事施工区域において「地表弾性波探査」を実施し、試掘坑内において「試掘坑内弾性波探査」を実施した。
(4) 敷地前面海域の地質
ア 敷地前面の伊予灘海域を通過すると推測される中央構造線の具体的な通過位置を調べるため、敷地を中心に東西各五キロメートル、沖合一〇キロメートルの範囲について、昭和四七年一〇月、音波探査(スパーカー)を実施した結果、敷地前面の沖合五ないし八キロメートルの海岸線とほぼ平行な海域で、パターンの不連続や乱れ(地層の不連続や地形の変化が著しいことを示す。)がやや集中的にみられたため、顕著な断層の存在を予想し、これを中央構造線と推定した。
イ しかし、音波探査の記録は、地層の音響的な相違から海底の地層の形状や硬さの変化等を反映するものであって、海底の地層や岩石を直接標示するものではないので、敷地前面海域の詳細な地質構造を明らかにするためには、更に広範囲にわたって陸上の露頭で確認されている地層を海上において追跡調査し、音波探査の記録を陸上の地層と関連させながら解析することが必要であることから、敷地東方向約四〇キロメートルの伊予市海岸付近から敷地西方約四〇キロメートルの佐賀関半島に至る露頭調査と並行して、海岸線より沖合一〇キロメートルの範囲について、昭和四九年一〇月から一一月及び昭和五〇年三月から四月の二回に分けて音波探査(スパーカー)を実施した。
ウ 音波探査の実施に当たっては、あらかじめ佐田岬半島の長手方向と直角に三ないし五キロメートル間隔で各々延長約一〇キロメートルの予定探査測線を設定し、この探査測線が伊予市及び佐賀関付近における陸上の特徴的な地層と密着するよう適宜変更しながら東から西へと測定範囲を広げ、最終東西九五キロメートルの範囲を探査した(第3の3図(1)参照)。
(二) 本件安全審査における調査審議及び判断
(1) 敷地及び敷地周辺の地盤について
本件安全審査においては、申請者が実施した地質図・地質関係学術文献等の調査、空中写真の判読等の結果により、①敷地のある佐田岬半島地域は、地質構造区分上、三波川変成岩帯に属していること、②敷地周辺においては、有史以来、原子炉施設に損傷を与えるような大規模な地すべり、陥没現象、地盤変動、火山活動がなかったことなどが確認された結果、敷地及び敷地周辺の地盤は、地質的に安定しており、近い将来においても原子炉施設に損傷を与えるような自然現象を起こすおそれはないと判断された。
(2) 基礎岩盤について
本件安全審査においては、申請者が実施した文献調査、地表踏査、ボーリング調査、試掘横坑による地下地質調査、地表・試掘横坑内での弾性波探査、試掘横坑内のジャッキ試験、ボーリングコアを用いた岩石試験、詳細地質調査、ボーリング調査等の結果により、本件原子炉主要施設付近の基礎岩盤は、①新鮮かつ堅硬な緑色片岩であること、②一平方メートル当たり一四〇〇トン以上の支持力を有しており、原子炉施設の基盤への常時の荷重が一平方メートル当たり約五〇トンであるのに対し、十分な地耐力を有していること、③数本の破砕帯がみられるものの、いずれも原子炉主要施設の設置上問題となるような規模のものではないこと、④小規模な断層もみられるものの、将来活動するような性質のものではないことなどが確認された結果、原子炉主要施設を支持するために十分な地耐力を有し、地震等による地盤破壊や不等沈下等を考慮する必要はないと判断された。
(3) 敷地前面海域について
本件安全審査においては、申請者が一号炉審査の際に実施した音波探査において、敷地前面の沖合五ないし八キロメートルの海岸線とほぼ平行な海域で地層の不連続や地形の変化が著しいことを示す記録が認められたことから、断層(以下「前面海域断層群」という。)の存在が予想され、中央構造線活断層系に属する活断層であると推定されたが、その後に申請者が追加実施した音波探査(スパーカー)の記録によれば(第3の3図(2)参照)、右の場所には最上位の沖積層相当層に断層変位が及んでいないと解釈されたことから、少なくとも沖積層相当層の堆積以後(約一万年前以降)の断層活動は認められないと判断された(なお、申請者が一号炉設置許可以降に行った微小地震の観測結果も検討されたが、微小地震が面的に配列するような傾向はみられなかった。)。また、前面海域断層群以南の海域の記録は極めて安定し、敷地近傍の地盤も安定しており、近い将来においても断層運動等の大きな地変は予想されるものではないと判断された。
3 地震に係る安全性について
(一) 申請者が行った耐震設計の概要
申請者は、「安全設計審査指針」に適合するように以下のような内容の耐震設計を行った。
(1) 耐震設計の基本方針
ア 発電所施設を安全上の要求から耐震設計上の重要度に応じてA、B及びCの三クラスに分類し、それぞれの重要度に応じた解析手法と設計条件により十分な耐震設計を実施する。特にAクラスの施設については、敷地基盤で考慮すべき最強の地震動である設計地震動に対して動的解析を用いる設計法をも併用する。
イ 右の重要度に応じ分類された施設相互の間では、下位の分類に属する施設の破損によって上位の分類に属する施設に波及的事故が起こらないように設計する。
ウ 原子炉格納施設等の重要な施設は、地質、地盤調査に基づき確認された堅硬な岩盤に直接設置する。
エ 原子炉施設は原則として剛に設計する。
オ 発電所周辺の一般公衆の放射線障害を未然に防止するうえで緊要な原子炉格納容器及び原子炉停止装置については、その安全上の重要性にかんがみ一定の設計余裕を確保するため、設計地震動の1.5倍の地震動(これを「安全余裕検討用地震動」という。)に対しても、それらの施設に課せられている安全機能が十分保持されることを確認する。
(2) 重要度による分類
すべての原子炉施設を、安全上の重要度からA、B及びCの三クラスに分類する。
Aクラスに分類されるのは、原子炉冷却材圧力バウンダリや原子炉格納施設等のように、その機能喪失が原子炉事故を引き起こす可能性のある施設及び周辺公衆の災害を防止するために緊要な施設である。
Bクラスに分類されるのは、原子炉補助建家、放射性廃棄物廃棄施設等のような高放射性物質に関連する施設である。
Cクラスに分類されるのは、Aクラス又はBクラス以外の施設である。
(3) 解析手法・設計条件
ア 解析手法
設計地震動を求める手法として、①Aクラスについては、静的・動的双方の解析を用い、②Bクラスについては、静的解析を原則とし、必要な場合には機器及び配管類に対して動的解析を用い、③Cクラスについては、静的解析を用いる。
設計に当たっては、静的及び動的解析により求められるいずれの地震力をも下回ることのない地震力を用いる。
イ 静的解析
静的解析による設計地震力の決定には、建築基準法に示される震度を基にした「水平震度」と基礎底面における水平震度の二分の一倍の値である「鉛直震度」を用いる。
静的解析の設計条件として、第一に、Aクラスにおいては、①建物・構築物について、水平震度・鉛直震度のそれぞれ三倍の震度から求められる地震力を用い、②機器・配管類について、水平震度・鉛直震度のそれぞれ3.6倍の震度から求められる地震力を用い、第二に、Bクラスにおいて、①建物・構築物について、水平震度・鉛直震度のそれぞれ1.5倍の震度から求められる地震力を用い、②機器・配管類について、水平震度・鉛直震度のそれぞれ1.8倍の震度から求められる地震力を用い、第三に、Cクラスにおいては、①建物・構築物について、水平震度による地震力を用い、②機器・配管類について、水平震度の1.2倍の震度から求められる地震力を用いる。
Aクラス、Bクラスのいずれの場合においても、水平震度による地震力と鉛直震度による地震力は、同時に不利な方向に作用するものとする。
ウ 動的解析
動的解析による設計地震力の決定には、①建物・構築物については、「設計基礎応答曲線」を用い、②機器・配管類については、「設計床応答曲線」を用いる。
設計基礎応答曲線は、過去の地震に基づいて算定された敷地基盤における最大加速度、地震の特性及び敷地地盤での振動特性を備えた設計地震波を基に設計上の配慮を加えて作成する。
エ Aクラスの施設の耐震設計
①建物・構築物については、設計基礎応答曲線とそれらの振動特性により求められる水平地震力及び静的解析で用いる鉛直地震力を用い、②機器・配管類については、据付位置における設計床応答曲線とそれらの振動特性により求められる水平地震力及び静的解析で用いる鉛直地震力を用い、③機器のうち、安全対策上特に緊要な原子炉格納容器及び原子炉停止装置については、その安全上の重要性にかんがみ一定の設計余裕を確保するため、設計基礎応答曲線又は設計床応答曲線により求められる水平地震力の1.5倍の地震力及び静的解析で用いる鉛直地震力に対しても、それらの機能が保持されることを確認する。
オ Bクラスの施設の耐震設計
機器・配管類で支持構造物の振動と共振のおそれのあるものは、据付位置における設計床応答曲線とそれらの振動特性により求められる水平地震力の二分の一倍及び静的解析で用いる鉛直地震力を用いる。
(4) 設計地震動の設定
動的解析に用いる設計地震動は、以下のとおり設定する。
ア タイプA及びBの分類
伊方発電所の基盤で震度四ないし五以上をもたらした有史以来の地震の主なものに着目し、震源、規模及び地震動周期等を考慮して、近地及び遠地の地震(タイプA及びB)に分類し、それぞれの分類に属する過去の記録地震の規模・深さ・震央距離等から敷地地盤における過去の最大の地震動を種々の算定式を用いて推定する。
イ タイプAの地震の最大加速度
(ア) タイプAの主な地震としては、比較的近地の伊予・安芸(一六四九年)、伊予宇和島(一七四九年・第3の4図参照)、伊予西部(一八五四年)、宇和島沖(一九六八年)の各地震が該当する。これらの地震のマグニチュードは七程度、震源距離は三〇ないし五〇キロメートル程度、敷地基盤における最大加速度は一〇〇ないし一五〇ガル程度、卓越周期は0.3ないし0.4秒程度である。
(イ) 右の地震のうち、過去に最も大きな地震動を敷地基盤に及ぼしたと考えられるものは、伊予宇和島の地震(マグニチュード7.0、震央距離一四キロメートル)であろうと推定され、これによる敷地基盤での最大加速度を種々の算定式を用いて算出した結果、最大のもの(金井SEEDの組み合わせ)は一六五ガルとなる。
(ウ) 設計地震波の最大加速度を求めるに当たっては、歴史地震の不確定性等を考慮し、設計上着目する地震のエネルギー中心を近くに評価して結果的に安全側に地震動を評価するため、震央距離を〇キロメートルとして取扱い、また、震源深さについても、伊方近傍の地震の例によれば、大きな地震の起こる深さは少なくとも三六キロメートルよりも深いと考えられるが、これを三〇キロメートルと浅く考えることにする。
(エ) 以上のことから、金井式等により最大加速度を求める場合に、マグニチュード七、震央距離〇キロメートル、震源深さ三〇キロメートルとすることが最も厳しいと考えられ、このときの最大加速度の上限値(金井SEEDの組み合わせ)は一八六ガルとなるが、これに更に余裕をもたせて、敷地基盤における設計地震波の最大加速度を二〇〇ガルとする。
ウ タイプBの地震の最大加速度
(ア) タイプBの主な地震としては、比較的遠地の日向・豊後(一七六九年)、安芸灘(一九〇五年)、日向灘(一九四一年・第3の4図参照)、日向灘(一九六八年)の各地震が該当する。これらの地震のマグニチュードは7.5程度、震源距離は八〇ないし一五〇キロメートル程度、敷地基盤における最大加速度は三〇ないし五〇ガル程度、卓越周期は0.5ないし0.6秒程度である。
(イ) 右の地震のうち、過去に最も大きな地震動を敷地基盤に及ぼしたと考えられるものは、日向灘(一九四一年)の地震(マグニチュード7.4、震央距離一〇一キロメートル)であろうと推定され、これによる敷地基盤での最大加速度を種々の算定式を用いて算出した結果、最大のものは四五ガルとなる。
(ウ) タイプBの地震の敷地基盤における最大加速度は、タイプAのそれに比べてかなり小さく、タイプAの設計地震波の最大加速度を二〇〇ガルとしたことから、タイプBの設計地震波の最大加速度は過去最大の加速度を示す地震の場合のタイプAに対する比率で考えれば十分であると考え、その最大比率を用いて七六ガルという数字を求め、これに更に余裕をもたせて、設計地震波の最大加速度を八〇ガルとする。
エ 設計地震波形
設計に用いる地震波形は、以下のとおり、タイプA及びBに属する実地震波に基づくものを用いる。
(ア) タイプAの設計地震波としては、宇和島沖(一九六八年)の地震の地表記録から観測点(宇和島)の表層地盤特性を取除いた地下波形を最大加速度二〇〇ガルに較正したもの及び伊方地点で観測した一九七一年の豊後水道地震の地中記録を二〇〇ガルに較正したものを用いる。
(イ) タイプBの設計地震波としては、日向灘(一九六八年)の地震の地下波形を八〇ガルに較正したものを用いる。
(二) 本件安全審査における調査審議及び判断
(1) 本件安全審査においては、A、B及びCの各クラスに分類される施設の内訳、各クラスごとの解析手法及び設計条件は、いずれも重要度に応じた合理的なものであり、①基本方針として、Aクラスのうち安全上特に緊要な施設については、耐震設計上特別な配慮がなされ、安全機能が保持されていることが確認されることになっていること、②設計地震波の最大加速度及び地震波形は、過去の地震及び敷地基盤の周波数特性等を考慮して定められること、③解析に用いる水平地震力と鉛直地震力は、同時に不利な方向に作用するものとされていること、④設計に当たっては、静的又は動的解析のいずれか大きい地震力を用いるものとされていることなどについて、いずれも適切な設計方針であるとされた結果、耐震設計は妥当であると判断された。
(2)ア また、本件安全審査においては、前記2(二)(3)のとおり、前面海域断層群が中央構造線活断層系に属する活断層であると推定されたものの(ただし、少なくとも沖積層相当層の堆積以後の断層活動は認められないと判断された。)、前面海域断層群による地震については、安全余裕検討用地震動との関係で考慮することとされ、地震の規模としてマグニチュード七程度を想定しても、当時のいわゆる簡易な断層モデルによる評価によれば、想定される地震動の大部分が安全余裕検討用地震動である三〇〇ガルを超えないことなどが確認された結果、原子炉施設の安全性が損われることはないと判断された。
イ なお、活断層とは、地質学的には、地質年代でいう第四紀に活動した断層であって、将来も活動する可能性のあるものをいう。第四紀は、約一八〇万年前以降約一万年前までが洪積世、約一万年前以降現在に至るまでが沖積世に分けられる(乙六二、弁論の全趣旨)。
二 本件許可処分後の事情等
証拠(甲一一九、一二〇、乙四、四六、四八、四九、五五ないし五七、六一、六二、八六、証人垣見)及び弁論の全趣旨によれば、本件許可処分後の事情等として、以下の事実が認められる。
1 「耐震設計審査指針」の策定等
(一) 昭和五二年六月、本件安全審査において用いられた「安全設計審査指針」は、「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」として改定され、さらに、昭和五三年九月には、「耐震設計審査指針」が策定され(昭和五六年七月一部改定)、以後の耐震設計についての安全審査を行うに際しては、右両指針への適合性が検討されることになった。
右「耐震設計審査指針」策定前の原子力発電所の安全審査においては、設計地震動は主として過去の地震を考慮して設定され、活断層による地震は安全余裕検討用地震動との関係で考慮する方針が採られていたが、「耐震設計審査指針」により、地震動の評価に当たっては、過去の地震のほか、活断層による地震についても考慮すべきことが明文化され、①過去に敷地又はその近傍に影響を与えたと考えられる地震及び近い将来敷地に影響を与えるおそれのある活動度の高い活断層(A級活断層に属し、一万年前以降活動したものが含まれる。)による地震のうち、最も影響の大きいものを想定して「設計用最強地震」とすること、②地震学的見地に立脚し設計用最強地震を上回る地震について、過去の地震の発生状況、敷地周辺の活断層(B及びC級活断層に属し、五万年前以降活動したものが含まれる。)の性質、地震地体構造、直下地震を考慮し、工学的見地からの検討を加え、最も影響の大きいものを想定して「設計用限界地震」とすること、③耐震重要度Aクラスの施設については、設計用最強地震によってもたらされる地震動(基準地震動S1)による地震力等により生じる応力が、建物・構築物については建築基準法等に定める許容応力度の範囲内であること、機器・配管については降伏応力以下であること、④耐震重要度Aクラスのうち特に重要なAsクラスの施設については、右③の基準に加え、設計用限界地震によってもたらされる地震動(基準地震動S2)による地震力等に対し、建物・構築物については終局耐力に対し妥当な安全余裕を有すること、機器・配管については施設の機能に影響を及ぼすことがないこと、などについて定めがなされた。
(二) 昭和五九年五月に行われた三号炉増設許可申請に際しては、申請者が、敷地周辺の海域について再度音波探査を実施し、「耐震設計審査指針」に基づき、敷地の前面海域に分布するF―1ないし20の断層(第3の5図参照)及び宇和海に分布するF―21の断層の性状、活動性等を検討し、断層モデルを用いて評価した結果、設計用限界地震によるS2地震動の最大加速度振幅は、前面海域断層群のうち長さ二五キロメートルの範囲の断層が同時に活動すると想定した場合に得られた四七三ガルであることが確認された(第3の6図(2)参照)。
(三) また、三号炉について、安全審査会が、地震及び耐震設計に関して「耐震設計審査指針」を用いて行った安全審査(以下「三号炉審査」という。)の審査内容の概要は、以下のとおりである。
(1) 地震
ア 設計上考慮すべき地震
(ア) ①過去の被害地震の選定、その規模、震央距離等の評価、②活断層(川上・北方断層、伊予断層、前面海域断層群を含む海域の断層等)の選定、その位置、規模、活動性等の評価、③地震地体構造から想定される地震の想定、④設計用最強地震及び設計用限界地震の選定は、いずれも妥当なものである。
(イ) なお、右設計用最強地震の対象としては、六八四年土佐その他南海・東海・西海諸道の地震(マグニチュード8.4、震央距離一九二キロメートル)、一八五四年伊予西部の地震(マグニチュード7.0、震央距離二二キロメートル)が選定され、設計用限界地震としては、伊予断層による地震(マグニチュード7.1、震央距離四二キロメートル)、前面海域断層群による地震(断層モデル、断層長さ二五キロメートル)、地震地体構造から想定される地震としての伊予灘及び宇和海地域(マグニチュード7.25、震源距離三〇キロメートル)、日向灘地域(マグニチュード7.75、震央距離一三五キロメートル)、南海道沖の地域(マグニチュード8.5、震央距離一九〇キロメートル)、四国内陸部の地域(マグニチュード7.75、震央距離一一〇キロメートル)の各地震、直下地震(マグニチュード6.5、震源距離一〇キロメートル)が選定された。
イ 地震動
(ア) 地震動特性の評価
地震動の最大振幅、周波数特性及び継続時間と振幅包絡線の経時的変化は、主に硬質岩盤上における観測結果に基づいて提案された経験式等を用いて定められており、妥当なものである。
また、考慮すべき地震のうち、前面海域断層群による地震については、断層と敷地との相対的な位置関係、断層の破壊過程等を考慮した断層モデルに基づいて敷地の解放基盤表面の地震動を評価しており、妥当なものである。
(イ) 基準地震動S1、S2(第3の6図(1)・(2)参照)
基準地震動S1の応答スペクトルは、設計用最強地震の対象となる地震によるすべての応答スペクトルを包絡するものとし、また、基準地震動S2の応答スペクトルは、設計用限界地震の対象となる地震によるすべての応答スペクトルを包絡するものとして定められており、耐震設計上支障のないものである。
模擬地震波は、継続時間と振幅包絡線の経時的変化に適合し、基準地震動の応答スペクトルにも適合するような正弦波の重ね合せによって作成されているが、スペクトル値及びスペクトル強さについて検討した結果、妥当なものである。
(ウ) 以上のことから、耐震設計上考慮すべき地震とこれらの地震に基づく基準地震動の策定は、「耐震設計審査指針」に照らし、いずれも妥当なものである。
(2) 耐震設計
耐震設計の方針、すなわち、①原子炉施設の重要度分類、②地震力の算定及び適用の方針、③各クラスに適用される荷重の組合せと許容限界等は、「耐震設計審査指針」に照らし、いずれも妥当なものである。
2 兵庫県南部地震を踏まえた原子力施設についての耐震安全性の検討
(一)(1)原子力安全委員会は、兵庫県南部地震後の平成七年一月一九日、「平成七年兵庫県南部地震を踏まえた原子力施設耐震安全検討会」を設置し、同年九月、安全審査に用いられる「耐震設計審査指針」等の耐震設計に関する関連指針類の妥当性について検討した結果をとりまとめ、これらの指針類は、兵庫県南部地震を踏まえても、妥当性が損なわれるものではないとの報告を行った。
(2) 右の検討結果の概要は、以下のとおりである。
ア 地震及び地震動の評価方法
①「耐震設計審査指針」の地震の想定の考え方に基づき阪神・淡路地域で想定される地震は、六甲―淡路断層帯の活動を原因として発生した兵庫県南部地震(マグニチュード7.2)を上回り、②阪神・淡路地域で想定される地震動の応答スペクトルは、神戸大学で観測された地震動の応答スペクトルに対して、全体的に大きめの値となっていることなどから、「耐震設計審査指針」に基づく地震及び地震動の評価方法は、兵庫県南部地震に照らしても、その妥当性が損なわれるものではない。
イ 鉛直地震力の評価方法
兵庫県南部地震で得られた観測記録の分析結果、原子炉施設が上下方向に特に剛性の高い構造であることなどを勘案しつつ、耐震設計上の観点から検討した結果、「耐震設計審査指針」の鉛直地震力の評価は、兵庫県南部地震に照らしても、その妥当性が損なわれるものではない。
ウ 活断層評価及び直下地震の規模に係る考え方
(ア) 兵庫県南部地震の際に活動したとされる活断層の活動の再来期間は五万年よりも短く、活断層の評価期間を五万年としている「耐震設計審査指針」の考え方は、兵庫県南部地震に照らしても、その妥当性が損なわれることはない。
(イ) 兵庫県南部地震は、「直下型地震」としてマグニチュード7.2の規模の地震が生じたものであるが、この地震は、既知の活断層が密集する六甲―淡路断層帯に沿って発生したものであり、この断層帯からは、前記アのとおり、兵庫県南部地震の規模をも上回る規模の地震が想定されることから、兵庫県南部地震に照らしても、活断層が認められない場合においてもマグニチュード6.5の直下地震による地震動をも基準地震動S2に含むとしている「耐震設計審査指針」の考え方の妥当性が損なわれるような知見は得られていない。
(二)(1) 資源エネルギー庁は、兵庫県南部地震を踏まえ、平成七年九月、本件原子炉施設を含む「耐震設計審査指針」策定前に設置又は増設に係る許可がなされた原子力発電所に関し、電気事業者が同指針の考え方に照らして検討した結果をとりまとめ、これらの原子力発電所は、同指針の考え方に照らしても耐震安全性が確保されているとの報告を行った。
(2) 右報告書には、本件原子炉施設について、前記1(三)(1)ア(イ)の三号炉審査の際に設計用最強地震及び設計用限界地震として選定された地震(前面海域断層群による地震を含む。)を考慮して決定されたS2地震動(最大加速度振幅四七三ガル)を用いて行われた耐震安全性の確認結果も示されており、これによれば、①応力解析の結果、原子炉容器、蒸気発生器、炉内構造物、一次冷却材管、余熱除去ポンプ、原子炉格納容器及び原子炉建屋(耐震壁)のそれぞれについて、許容値(機能保持が確認されている状態)が応答値の二倍以上の値になっていること、②S2地震時においても、設計時間内に制御棒が挿入できることなどが確認されている。
3 前面海域断層群についての新たな知見
(一)(1) 高知大学の岡村眞教授(以下「岡村教授」という。)は、平成八年、「えひめ雑誌」に「伊方原発沖にも活断層」と題する記事を掲載した。
(2)ア 右記事には、岡村教授らが、平成五年から六年にかけて、伊予灘海域において実施した音波探査(ソノプローブ)による海底活断層調査の結果等が示されており、これによれば、①「伊予灘の海底活断層は今から六千二百年前、四千年前、二千年前にそれぞれ二メートルから3.5メートルの縦ずれ成分を伴った地震を起こしていたことが明らかになった。」とされ、②伊予灘東断層系(長さ二八キロメートル、活動度A級、推定マグニチュード6.8)と伊予灘西断層系(長さ二七キロメートル、活動度A級、推定マグニチュード7.2)が同時に動くと仮定すれば、その地震規模はマグニチュード7.6となる、などとされている。
イ なお、現在、活断層の活動性の指標として用いられている活動度は、平均変位速度を基に次のとおり定義されている(弁論の全趣旨)。
A級 千年当たり一メートル以上一〇メートル未満
B級 千年当たり0.1メートル以上一メートル未満
C級 千年当たり0.01メートル以上0.1メートル未満
(二) その後、専門家の間においても、右の音波探査記録により前面海域断層群の最上位の堆積層にも断層変位が及んでいることが確認できることなどから、前面海域断層群は、沖積層相当層の堆積以後、すなわち、約一万年前以降も断層活動があると考えられるようになった。
三 認定事実に基づく当裁判所の判断
1 地盤に係る安全性について
前記認定事実によれば、本件安全審査は、具体的審査基準として「立地審査指針」を用い、申請者が実施した諸調査等に基づき、敷地及び敷地周辺の地盤、本件原子炉主要施設付近の基礎岩盤、敷地前面海域等について、当時の科学的、専門技術的知見に基づいて審査を行っており、これをもって不合理であるということはできない。
2 地震に係る安全性について
前記認定事実によれば、本件安全審査は、具体的審査基準として「立地審査指針」及び「安全設計審査指針」を用い、申請者が行った耐震設計の基本方針、重要度による分類、解析手法・設計条件、設計地震動の設定等について、当時の科学的、専門技術的知見に基づいて審査を行っており、これをもって不合理であるということはできない。
3 本件許可処分後の事情等を考慮した判断
(一) 昭和五二年になされた本件安全審査においては、前面海域断層群について、沖積層相当層の堆積以後(一万年前以降)の断層活動は認められないと判断されていたところ、本件許可処分後の平成八年に発表された岡村教授の調査等に基づく知見により、現在では、沖積層相当層の堆積以後(一万年前以降)の断層活動もあると考えられているのであるから、前面海域断層群の活動性に関する本件安全審査の判断は、結果的にみて誤りであったことは否定できない。
(二) しかし、前記認定事実及び証拠(乙五〇、五九、六〇、証人垣見)によれば、①断層の活動性や最新活動時期は、地震の頻度に影響を与えるものの、地震の規模や地震動の大きさに直接影響を与えるものではないこと、②本件安全審査においても、前面海域断層群による地震についての検討はなされており、安全余裕検討用地震動(本件では三〇〇ガル)との関係で考慮されていること、③工学的知見として、弾性設計のなされた構造物(重要度Aクラスの施設)は設計地震動(本件では二〇〇ガル)の三倍ないし四倍程度の安全余裕があると考えられており、また、本件原子炉施設については、耐震設計の基本方針として、もともと前記一3(一)(1)のような方針が採られ、本来的に高い耐震安全性を有するように設計上の配慮がなされていること、④兵庫県南部地震を踏まえて行われた解析結果においても、本件原子炉施設は、前面海域断層群を考慮して得られた最大加速度振幅四七三ガルのS2地震動に対して、安全余裕を有していることが確認されていることなどが認められ、これらの事情を総合すると、本件原子炉施設については、現在の知見を踏まえても、基本設計どおりに設置して稼働させた場合、基本設計が講じている事故防止対策が不十分なために重大事故が起こる可能性が高いとまでは認定することができず、前面海域断層群の活動性に関する判断の誤りをもって本件安全審査が不合理であり、本件許可処分が違法であるということはできない。
(三) そして、前記の地盤及び地震に係る安全性についての本件安全審査の審査内容等にかんがみると、後記の原告らの主張を踏まえても、本件安全審査の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があると認めることはできない。
(四) したがって、右の本件安全審査の調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があると認めることもできない。
四 原告らの主張する主な事項についての検討
1 地盤に係る安全性に関する主張
(一) 原告らは、佐田岬半島は破砕帯地すべり地帯であって地盤が不安定であり、本件原子炉の炉心部でも破砕帯が確認され、申請者の調査員が炉心位置の移動を求めるなど、基礎岩盤も劣悪なのであるから、本件原子炉が地盤との関連において安全に設置し得ると判断した本件安全審査は誤りである旨主張し、証人小島(岩石学、構造地質学等の研究者で、広島大学名誉教授、日本地質学会名誉会員)は、敷地の岩盤は三波川変成岩帯に属する結晶片岩で構成され、片理が発達してはがれやすく、本件原子炉施設の背後の山の地質は劣悪であり、地滑りの危険性がある旨証言して、「岩盤の構造図」(甲一〇四)、「すべり面と山腹斜面・切取りのり面との関係」(甲一〇五)と題する各図面を作成したことが認められる。
しかし、まず、証人小島の右証言等については、証拠(乙四一、四二、七八、証人小島)によれば、①敷地内でみられる結晶片岩の多くは塊状緑泥石片岩であって、片理面の発達は必ずしも良くなく、風化を受けても薄い小岩片に分解することはないことから、大規模な地滑りは発生しないと考えられること、②右の各図面は、同証人が一号炉建設中の昭和五一年一一月に現地に赴き、約二時間程度、試料採取は行わず、本件原子炉施設付近の岩盤等を観察した際のスケッチを基にして、平成七年に証言のために作成したものであり、同証人自身も、これらが必ずしも正確ではない旨証言していること、③本件原子炉施設の背後の山は、その後、三号炉増設時の敷地造成工事によって切り取られていることなどが認められ、これらの事実に照らすと、同証人の証言等をそのまま採用することはできない。
そして、前記認定事実及び証拠(乙二の1、三の2、四、一七の1〜3、六五、証人垣見)によれば、①敷地及び敷地周辺の岩盤については、本件安全審査において、種々の調査結果により、佐田岬半島地域の地質構造、敷地周辺の過去の自然現象等が確認されていることが認められ、②基礎岩盤については、一般に、構造物の安全性は、破砕帯が存在することによって直ちに損なわれるものではなく、破砕帯の強度・規模、構造物の底面積・荷重、周辺岩盤の健全性等との関係において判断されるべきものと考えられているところ、本件安全審査においては、数本の破砕帯がみられることを前提にして、種々の調査結果により、原子炉主要施設の設置上問題となるような規模のものではないことなどが確認されていることが認められ、これらの確認された事項を不合理であるとする的確な証拠もないことにかんがみると、本件安全審査において、本件原子炉が地盤との関連において安全に設置し得ると判断されたことをもって誤りであるということはできない。
なお、証拠(甲一〇の4)によれば、第一二一部会参考文書として提出された「伊方原子炉地点試掘坑内地質調査報告書」には、本件原子炉の炉心位置の基礎岩盤に剪断層の存在が推定されることから、炉心位置を海側(北側)に二〇メートルないし三〇メートル移動させた方が良い旨の記載があることが認められるが、同地質調査報告書の全体的な内容からすると、右記載の趣旨は、剪断層につき基礎処理工法によって処理し得るものの、位置を移動させた方が相対的により良好な岩盤上に基礎を置くことができるとしていることが認められるものであって、本件原子炉の計画位置を不適当とするものではないと考えられる。
したがって、これらの点に関する原告らの主張は理由がない。
(二) 原告らは、本件原子炉施設の敷地直近の沖合の海底に通称「トイ」と呼ばれる凹地地形が存在し、これが中央構造線活断層に関係するものであるかのように主張するところ、証拠(甲一九五、乙三の2、六五)によれば、敷地の沖合数一〇〇メートルの海底に、幅五〇〇ないし一〇〇〇メートル、深さ数メートルないし十数メートルの通称「トイ」と呼ばれる凹地地形が存在することが認められる(第3の7図(1)・(2)参照)。
しかし、証拠(乙三の2、六五、証人垣見)によれば、本件安全審査においては、申請者が実施した音波探査記録を基にして、右の凹地地形は、現在堆積が進んでいる沖積層が薄くなったものであり、その下の洪積層には断層の存在を示唆する反射波の乱れが認められないことから、少なくとも断層によって形成されたものではないと判断されたことが認められるのであって、これを不合理であるとする的確な証拠はない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
2 地震に係る安全性に関する主張
(一) 前面海域断層群に関する主張
(1) 原告らは、本件安全審査において、前面海域断層群についての調査審議を行うに当たり、スパーカーによる音波探査記録のみに依拠し、申請者に対し、海底下の浅部の調査に適したソノプローブによる音波探査の実施を求めなかったのは誤りである旨主張する。
しかし、証拠(乙三の2、六五、証人垣見)によれば、①スパーカーは、ソノプローブと比較し、海底下の深部までの調査が可能であり、当時から音波探査の方法として一般的に用いられていたものであること、②本件においても、申請者が実施したスパーカーによる音波探査によって、前面海域断層群の存在・位置関係、前面海域の地質構造等の耐震安全性を検討するために不可欠な情報は得られていたこと、③当時のソノプローブは、岡村教授らが用いた現在のような解像度を有していなかったことなどが認められ、これらの事実に照らすと、本件安全審査において、申請者に対し、ソノプローブによる音波探査の実施を求めなかったことをもって誤りであるということはできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(2) 原告らは、前面海域断層群についてのスパーカーによる音波探査記録は、海底最上部の堆積層が多重反射によって確認できない不適格なものであったにもかかわらず、本件安全審査において、申請者に対し、ボーリング調査等の実施を求めなかったのは誤りである旨主張するところ、証拠(乙四八)によれば、音波探査記録の最上部海底面下の一部に、スパーカーの一般的特徴としてみられる多重反射による疑似情報部分が含まれていたことが認められる。
しかし、証拠(乙四八、七八、証人垣見)によれば、①当時、海域における活断層等の調査は、音波探査によって実施するのが一般的であったこと、②本件安全審査においては、右の疑似情報部分について、中央構造線の変位速度は、四国中・東部に比べ、西部に向かうにつれて低下するといった周辺の地質構造等を加味した解釈が行われていたこと、③本件においても、右(1)のとおり、申請者が実施したスパーカーによる音波探査によって耐震安全性を検討するために不可欠な情報は得られていたことなどが認められ、これらの事実に照らすと、本件安全審査において、申請者に対し、ボーリング調査等の実施を求めなかったことをもって誤りであるということもできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(3) 原告らは、本件安全審査において、右(1)、(2)で主張した誤りを重ねた上、前面海域断層群がA級の活断層であるにもかかわらず、沖積層相当層の堆積以後(一万年前以降)の断層活動は認められないと判断し、前面海域断層群による地震を設計地震動において考慮せず、設計地震動を二〇〇ガルとしてしか想定していないのは決定的な誤りである旨主張するところ(原告らは、前面海域断層群による地震により生じる地震動は、「耐震設計審査指針」におけるS1地震動として想定されるべきであるにもかかわらず、これが見過ごされているとも主張する。)、前記二3(二)のとおり、岡村教授らの調査等により、前面海域断層群の活動性に関し、本件安全審査における判断とは異なる知見が得られたことが認められる。
しかし、証拠(甲一一九(岡村教授の記事が掲載された「えひめ雑誌」)、証人垣見)によれば、本件安全審査当時のスパーカーによる音波探査記録によっては、沖積層相当層の堆積以後の断層活動を認定するのは困難であったことが認められ(右の岡村教授らの調査以前に行われた三号炉審査において、S1地震動として想定されなかったこともやむを得ない。)、また、右の新たな知見を踏まえても、前記三3(二)における①ないし④の事情等を総合すると、設計地震動を二〇〇ガル、安全余裕検討用地震動を三〇〇ガルとする本件原子炉施設の基本設計が講じている事故防止対策が不十分であり、基本設計どおりに本件原子炉施設を設計して稼働させた場合、重大な事故が起こる可能性が高いとまでは認定することができない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
なお、前面海域断層群の活動度の点については、証拠(乙四八、証人垣見)によれば、前面海域断層群の活動度を評価するために必要であると考えられる横ずれ変位量は、ソノプローブによる音波探査で得られる情報(断層に直交する鉛直断面)によっては想定できないことが認められ、岡村教授らが実施した調査のみを根拠にして活動度がA級であるとは必ずしも断定することができない。
(4) 原告らは、岡村教授が「えひめ雑誌」(甲一一九)において、「伊予灘東断層系と伊予灘西断層系が同時に動く(約七〇キロメートル)と仮定すれば、その地震規模はマグニチュード7.6となる。」と記述していることを指摘し、長さ七〇キロメートルの断層が動けば、三号炉のS2地震動である四七三ガルをも上回る地震動が生じるはずであるから、本件原子炉施設の耐震設計は誤りである旨主張する。
しかし、証拠(甲一一九、一九九、乙五七、証人垣見)によれば、右「えひめ雑誌」の記事においては、伊予灘東断層系と伊予灘西断層系が同時に活動すると仮定することの合理的根拠までは述べられておらず、他方、両断層系が同時に活動するとし、断層の長さを約七〇キロメートルとすることについては、専門家の間においても異論のあることが認められ、そもそも原告らの主張はその前提を欠くとも考えられるところであり、また、原告らの主張を前提にして、長さ七〇キロメートルの断層が同時に活動すると想定したとしても、①一般に、断層の近傍に位置する地点の地震動は、断層全体よりも、その地点近傍の断層部分の地震動によって大勢を決せられ、マグニチュードのような巨視的なパラメータよりも、断層との相対的な位置、破壊の伝播方向等が大きく影響するものと考えられているところ、三号炉審査においては、前面海域断層群が敷地から比較的近距離に位置することから、当時、成熟した手法となっていた断層モデルを用いて、一五本(約四六キロメートル)の断層(F―4ないしF―18)を一連の長い断層として、これらが同時に活動する場合を含めて、様々なケースが想定されて地震動の評価がなされたが、その際、最も厳しい値である四七三ガルが算出されたのは、前記二1(二)のとおり、長さ二五キロメートルの範囲の断層が同時に活動すると想定された場合であったこと、②証人垣見も、右①を前提にして、仮に断層の長さを七〇キロメートルとして計算したとしても、断層モデルの知見によれば、剛構造に設計される原子炉施設に大きな影響を与える短周期側の地震動としては、四七三ガルを超えることはない旨証言していることなどが認められ、これらの事実に照らすと、右の岡村教授の記事の内容をもって直ちに本件原子炉施設の耐震設計が誤りであるということはできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(5) 原告らは、愛媛県活断層調査委員会による伊予断層調査の最終報告案(平成一〇年)において、伊予断層が陸域部と海域部で断層が連続していれば、断層の長さは約二三キロメートル、マグニチュードは7.1程度になると想定されていることを指摘し、前面海域断層群は、東にある伊予断層、さらには、その東にある川上断層との連続性が否定できず、断層の長さが八九キロメートル、マグニチュードが八程度になる可能性があるにもかかわらず、本件安全審査において、これらが考慮されていないのは誤りである旨主張するところ(伊予断層等の位置関係の概略は、第3の1図(2)参照)、証拠(甲一八八)には、右指摘に沿う新聞記事の記載がある。
しかし、前面海域断層群と陸上の伊予断層、さらには、伊予断層と川上断層がそれぞれ連続し、しかも、これらの断層が同時に活動する可能性があるとする的確な証拠はない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(6) 原告らは、本件原子炉施設の設計地震動の設定に当たり想定された震源の深さ三〇キロメートルは、前面海域断層群が考慮されていない誤ったものである旨主張する。
しかし、右の震源の深さは、設計地震動につき主として過去の地震を考慮して設定し、活断層による地震を安全余裕検討用地震動との関係で考慮するという当時の方針に基づき、前記一3(一)(4)イ(ウ)のとおり、伊方近傍の過去の地震の震源深さを考慮して得られた値であり、もともと前面海域断層群(活断層)による地震を考慮することは予定されていないのであるから、これを考慮していないという原告らの右主張は、前提において失当である(なお、前面海域断層群による地震が設計地震動の設定に当たり考慮されていないことについての検討は、前記(3)のとおりである。)。
(7) 原告らは、本件安全審査において前面海域断層群による地震動を評価する際に使用された簡易な断層モデルは、垣見証人が使い方を知らないような曖昧なものであり、このような未熟な技術、知識のもとで行われた本件安全審査は、およそ科学的ではない杜撰なものである旨主張する。
しかし、証拠(乙六三、証人垣見)によれば、昭和五〇年ころから、比較的近距離の活断層による地震動の計算方法として、震源を点として評価する(金井式)のではなく、震源を面的にとらえて、一定の長さ及び幅をもった断層の面全体が動いて地震発生源になるものとして評価する断層モデルの考え方が現れていたことが認められ、本件安全審査においても、このような考え方に基づき、地震動関係を専門とする審査委員、調査委員らによって、外国の学者により提唱されていた数式等を参考にして地震動が試算されたというのであるから、これをもって非科学的で杜撰な審査が行われたということはできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(8) 原告らは、本件原子炉施設の安全余裕検討用地震動が設計地震動の1.5倍の値としてしか設定されていないのは誤りである旨主張する。
しかし、証拠(甲九九のN、証人垣見)によれば、当時の原子力発電所の耐震設計においては、一般的に設計地震動の1.5倍の値を採用して安全余裕検討用地震動が設定されていることが認められるのであって、これを不合理であるとする的確な証拠はなく、また、本件原子炉施設についても、前記一3(二)(2)アのとおり、本件安全審査において、前面海域断層群による地震等を考慮しても、想定される地震動が安全余裕検討用地震動三〇〇ガルの範囲内にほぼ収まることを確認しているのであるから、これらの事実に照らすと、本件原子炉施設の安全余裕検討用地震動が設計地震動の1.5倍の値として設定されていることをもって誤りであるということはできない。
なお、原告らは、申請者が前面海域断層群による地震を考慮した地震動の設定を行っていないにもかかわらず、本件安全審査において、申請者に肩代わりして安全余裕検討用地震動の範囲内に収まるかどうかを確認したのは誤りであるとも主張するが、当時の原子力発電所の安全審査においては、活断層による地震は安全余裕検討用地震動との関係で考慮する方針が採られていたのであり、本件安全審査においても、前面海域断層群の活動性に関する判断の誤りはあったものの、前面海域断層群の活断層による地震が安全余裕検討用地震動の範囲内にほぼ収まることは確認しているのであるから、更に申請者に対して、前面海域断層群による地震を考慮した地震動の設定を行うことを求めなかったからといって誤りであるということはできない。
したがって、これらの点に関する原告らの主張は理由がない。
(二) 耐震設計に関する主張
(1) 原告らは、中央構造線は、敷地直下の前面海域に存在するはずであり、本件安全審査において、その具体的位置や規模を確認していないのは誤りである旨主張する。
しかし、本件安全審査においては、地質境界としての中央構造線(三波川帯と和泉砂岩層との境界)の位置について、申請者が実施した前記一2(一)(1)ないし(4)の調査結果等により、①四国山地をほぼ東西に縦断し、松山の南南西約二〇キロメートルの上灘から海中に没していること(第3の1図(1)・(2)参照)、②佐田岬半島上は通過していないこと(佐田岬半島の地盤が中央構造線の外帯(三波川帯)でみられる三波川変成岩のみによって形成されている。)、③原子炉敷地付近の海岸線のごく近傍も通過していないこと(敷地内及び敷地付近の海岸線を形作っている岩石が新鮮かつ堅硬であり、中央構造線付近で一般にみられるような破砕状態を示していない。)などが確認され、敷地前面の伊予灘海域を通過するものと推測されたことが認められるのであって、これらの確認された事項及びこれに基づく推測を不合理であるとする的確な証拠はない。
なお、本件安全審査においては、上灘西方六キロメートル以西の伊予灘海域における地質境界としての中央構造線の具体的位置関係は特定されていないが、証拠(証人垣見)によれば、これは、耐震設計において考慮する必要があるのは、活動性のある断層であり、中央構造線といえども、活動性がないと判断される以上、これを考慮する必要はなく、中央構造線活断層系に属する活断層と推定される前面海域断層群を考慮すれば足りるとの判断に基づくものであることが認められ、これをもって不合理であるということもできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(2) 原告らは、伊予灘周辺が地震予知連絡会により地震予知のための特定観測地域に指定されているにもかかわらず、本件安全審査において、これが考慮されていないのは誤りである旨主張するところ、証拠(甲一一の4)によれば、伊予灘周辺が特定観測地域に指定されていることが認められる。
しかし、証拠(甲一一の4、証人垣見)及び弁論の全趣旨によれば、特定観測地域の指定は、当該地域において過去数回、マグニチュード七前後と推定される地震が数十年ごとの比較的一様な間隔で起こっているため、他の地域よりも地震データを得ることができる可能性が高いという点に着目し、地震予知連絡会が、地震予測実用化の方策として全国に基本的観測網を張り巡らせるとともに、ランク別に特定の地域を指定して観測するために行ったものであることが認められるのであるから、特定観測地域に指定されたことをもって、直ちに、当該地域が地震の多発地帯であることや、近い将来大地震が発生することを根拠付けるものではないと考えられる。そして、証拠(証人垣見)によれば、本件安全審査においても、このような特定観測地域指定の理由を踏まえ、これを敷地周辺地域の地震活動を把握し、敷地基盤に及ぼす地震動を評価するための参考としていることが認められるのであるから、これをもって誤りであるということはできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(3) 原告らは、池田断層や石鎚断層等の四国中東部の活断層が活動すれば(位置関係の概略は、第3の1図(2)参照)、マグニチュード八程度の巨大地震が発生する可能性があり、その場合、本件原子炉施設の地震安全性は確保されない旨主張する。
しかし、証拠(乙五六、五七、八六、証人垣見)及び弁論の全趣旨によれば、本件安全審査においては、四国中東部において活断層の活動によってマグニチュード八程度の地震が発生する可能性も否定できないことを踏まえて、このような地震を想定しても、その地震動は安全余裕検討用地震動の範囲内には収まることが確認されていることが認められ、また、その後の解析においても、四国中東部の地震として、マグニチュード8.0、震央距離一一〇キロメートルの地震を想定しても、その地震動は、本件原子炉施設が安全余裕を有しているS2地震動(最大加速度振幅四七三ガル)の範囲内に収まることが確認されたことが認められるのであるから、四国中東部における活断層による地震が発生した場合、本件原子炉施設の耐震安全性が確保されないということはできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(4) 原告らは、本件原子炉施設の設計地震動を設定するに当たり、震央距離二〇〇キロメートル以下の地震しか検討されておらず、過去に南海道沖等で発生した巨大地震が検討されていないのは誤りである旨主張する。
しかし、証拠(乙二の2、六五、証人垣見)によれば、右の南海道沖等で発生した地震については、本件安全審査において、震源距離と地震の規模から予想される地震動の大きさがタイプBの地震における最大加速度よりも小さく、卓越周期も約一秒程度と原子炉の主要施設の固有周期よりも長いことから、耐震設計上及ぼす影響が小さいと判断されたことが認められるのであって、これを不合理であるとする的確な証拠はない。
したがって、設計地震動を設定するに当たり、震央距離二〇〇キロメートル以上の地震が検討されていないということはできず、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(5) 原告らは、敷地基礎岩盤における常時微動の解析結果において、周期一秒以上の長周期部分にピークがみられたことを指摘し、卓越周期が一秒程度と考えられる南海道沖の地震が発生した場合、基礎岩盤が共振を起こすことになる旨主張する。
しかし、証拠(甲一一の7、乙六五)によれば、右の解析結果については、敷地の地盤構造が非常に堅硬であることから、このような長周期のピークを卓越周期と解釈することはできず、むしろ、地盤の雑振動のうちの脈動に起因するものと解釈されていることが認められ、これを不合理であるとする的確な証拠はない。
したがって、南海道沖の地震が発生したとしても、基礎岩盤における共振現象が想定されるものではないというべきであり、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(6) 原告らは、三号炉審査においては、伊予灘及び宇和海地域の地震がマグニチュード7.25と想定されていることを指摘し、本件原子炉施設の設計地震動の設定に当たり、タイプAの地震のマグニチュードが七としてしか想定されていないのは誤りである旨主張する。
しかし、証拠(甲一八七、乙八六、証人垣見)によれば、本件原子炉施設の設計地震動の設定に当たり想定されたマグニチュード七は、設計地震動につき主として過去の地震を考慮して設定するという当時の方針のもと、過去の地震を当時の知見に基づき評価したことによって想定されたものであり、他方、三号炉審査において想定されたマグニチュード7.25は、本件許可処分後に策定された「耐震設計審査指針」に基づき、地震地体構造から設計用限界地震の対象となる地震として、伊予灘及び宇和海地域においてマグニチュード七級の地震の発生が認められたことから、過去の地震の生起状況及び活断層との関連において上限と考えられる地震のマグニチュードとして想定されたものであることが認められるのであるから、両者は、想定されている位置付けが異なるというべきであり、この点に関する原告らの主張は、前提において失当である。
(7) 原告らは、本件原子炉施設の設計地震動の設定に当たり検討された過去の地震のマグニチュードについて、①一八七四年から一九二五年までのものは、理科年表(昭和四九年版)記載の値から0.5を差し引いた値が使用され、②一八七四年以前のものは、理科年表記載の値から0.2を差し引くことができることを前提にして得られた値が使用されていることを指摘し、これらは正当な理由に基づかない誤ったものである旨主張する。
しかし、証拠(乙二の2、二三の1〜3、六五、証人垣見)によれば、①一八七四年から一九二五年までの地震のマグニチュードについては、当時、河角の換算式を用いて求められた値(理科年表において各地震のマグニチュードとして表示されている値)が、器械観測によって求められる気象庁のマグニチュードよりも平均して約0.5大きいことが明らかにされていたことから、0.5を差し引いた値(理科年表において各地震のマグニチュードとして括弧内に表示されている値)が使用されたものであること、②一八七四年以前の地震のマグニチュードについては、記録の信頼度の点からは十分ではないものの、河角の換算式の特性から右①と同様に0.5程度過大に評価されている可能性があり、個々の地震の被害程度や近年の宇和島沖の地震の被害程度と器械観測による気象庁のマグニチュードとの関係等をも踏まえて、理科年表記載の値から0.2は差し引くことができるとの考え方に基づくものであることが認められ、これらの事実に照らすと、本件原子炉施設の設計地震動の設定に当たり検討された過去の地震のマグニチュードの評価は、当時の専門的知見に基づいたものであって不合理であるということはできない。
また、原告らは、本件安全審査において基とされた昭和四九年版の理科年表(乙二三の1〜3)において、安芸・伊予地震(一六八六年)のマグニチュードが「7.0」とされ、伊予西部地震(一八五四年)のマグニチュードは「7.0」とされていたにもかかわらず、昭和六四年版の理科年表(甲八五)においては、安芸・伊予地震のマグニチュードが「7〜7.4」とされ、伊予西部地震のマグニチュードが「7.3〜7.5」とされていることをも指摘し、一八七四年以前の地震のマグニチュードについて、理科年表記載の値から0.2を差し引くことができるとの考え方は誤りである旨主張する。
しかし、河角の換算式の特性に関する右の知見を不合理であるとする的確な証拠はなく、証拠(甲八五、乙二三の1〜3、七七、証人垣見)及び弁論の全趣旨によれば、原告らの指摘する両地震のマグニチュードの値の変更は、測定技術の進歩等による見直しであると考えられるところ(これらの地震は、発生場所とされる緯度・経度等が微小に変更されている。)、本件原子炉施設の設計地震動については、前記一3(一)(4)イのとおり、歴史地震の不確定性等が考慮され、余裕をもった設定が行われており、実際、安芸・伊予地震、伊予西部地震について、新たな地震規模、地震発生場所を基に金井式等を用いて評価した場合、敷地での地震動は、本件原子炉の設計地震動を上回るものではないと確認されたことが認められるのであるから、原告らの右の指摘を踏まえても、一八七四年以前の地震のマグニチュードについて、理科年表記載の値から0.2を差し引くことができるとの考え方が不合理であるということはできない。
なお、原告らは、本件許可申請書の「地震エネルギー蓄積量の図」において、敷地周辺部のマグニチュードが「6.7〜7.2」と記載されているにもかかわらず、設計地震動を設定するに当たり、タイプAの地震のマグニチュードが「6.6〜6.9(設計の立場からは、その最大規模は七とする。)」とされているのも誤りである旨主張するが、これも、証拠(甲一八六、乙二の2、六五、証人垣見)によれば、右と同様、地震の蓄積エネルギーの計算に用いられている歴史地震のマグニチュードが0.5程度過大に評価されている可能性があるとの知見に基づいたものであることが認められるのであるから、これをもって不合理であるということもできない。
したがって、これらの点に関する原告らの主張は理由がない。
(8) 原告らは、本件原子炉施設の設計地震動を設定するに当たり、震源深さが〇メートルと想定されず、三〇キロメートルと想定されたのは誤りである旨主張する。
しかし、前記認定事実及び証拠(乙二の2、六五、証人垣見)によれば、本件安全審査当時、設計地震動は主として過去の地震を考慮して設定するという方針が採られていたところ、本件原子炉施設の設計地震動を設定するに当たり震源深さが三〇キロメートルと想定された根拠は前記一3(一)(4)イ(ウ)のとおりであり、より具体的には、伊方近傍(北緯33.2度ないし33.8度、東経132.0度ないし133.0度)において、一九二七年から一九六九年までの間に発生した地震の平均震源深さが約三一キロメートルであり(資料が最も信頼できる一九五一年以降のそれは約三六キロメートルである。)、一九五一年以降のマグニチュード5.0以上の地震の震源が四〇キロメートルよりも深いことなどを根拠とするものであることが認められるのであるから、これをもって不合理であるということはできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(三) 兵庫県南部地震に関する主張
(1) 原告らは、平成七年一月一七日に発生した兵庫県南部地震による被害を指摘し、本件原子炉施設と同様に二〇〇ガルの地震動に対して安全であるとされていた阪神高速道路が倒壊したことは、これまでに行われていた耐震設計の限界を示すものである旨主張する。
しかし、本件原子炉施設の耐震設計においては、前記一3(一)(1)のとおり、重要な施設は岩盤に直接設置し、当該原子炉施設ごとに個別の地震を選択し、施設の重要度に応じて、建築基準法に示される震度を基にした水平震度の三倍、1.5倍、一倍以上の地震力を用いた静的解析を行い、Aクラスの施設については動的解析を併用するなど、高速道路等の耐震設計とは本質的に異なる手法が採られているのであるから、兵庫県南部地震による阪神高速道路の被害をもって直ちに本件原子炉施設の耐震設計の合理性が左右されるものではない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(2) 原告らは、兵庫県南部地震における観測記録において上下動の最大加速度が水平動の最大加速度の二分の一を上回るものも見られたことを指摘し、水平震度の二分の一の値を鉛直震度としている本件原子炉施設の耐震設計は誤りである旨主張する。
しかし、証拠(乙四五、四六、証人垣見)によれば、①兵庫県南部地震における観測記録は、観測条件が種々異なっており、上下動が水平動を上回る観測点の多くは、海岸近くや河川敷、埋立地盤等の軟弱な地盤であり(一般に、このような軟弱な表層地盤がある場合、表層地盤の非線形性や液状化により、水平方向の加速度の増幅が抑えられ、上下方向の加速度が相対的に大きくなると指摘されている。)、高層ビルの地下階で得られた観測記録等のように構造物の影響を強く受けていると考えられる観測記録もあること、②これらを除いた観測記録について行った分析によれば、上下動と水平動の最大加速度振幅の比は、平均的にほぼ二分の一を下回る結果が得られていること、③一般に、上下動と水平動の両方向の地震動が作用する場合、両方向の最大応答の発生時刻は異なるものになると考えられているところ、時刻歴波形の得られている観測記録について、水平方向の最大加速度の発生時刻における水平方向に対する上下方向の加速度振幅の比について行った分析によれば、平均値は0.1程度、最大値は0.3程度となり、二分の一を大きく下回る結果が得られていること、④原子炉施設は、その構造から全体的にみて上下方向には特に剛性の高い構造となっていることなどが認められ、これらの事実に照らすと、兵庫県南部地震における観測記録を踏まえても、水平震度による地震力とその二分の一の値である鉛直震度による地震力を同時に不利な方向に作用させる(前記一3(一)(3)イ参照)本件原子炉施設の耐震設計の妥当性が損なわれることはないものと考えられる。
なお、原告らは、主に水平地震力が考慮された耐震設計がなされている原子炉停止装置等の機器あるいは配管類が、兵庫県南部地震のような直下型地震の揺れに対応できるかは疑問であるとも主張する。
しかし、原子炉停止装置等の機器あるいは配管類は、それぞれ安全上の重要度に応じた分類がなされて所定の耐震設計が講じられており、証拠(乙四九)によれば、前記二2(二)(2)の解析において、本件原子炉施設の機器や配管は、直下地震が考慮されたS2地震動を踏まえても、地震力、運転時に作用する荷重等の組み合わせに対して、過大な変形、亀裂、破損等が生じることによって施設の機能に影響を及ぼすことはないことが確認されていることが認められる。
(3) 原告らは、兵庫県南部地震における観測記録によれば、活断層に沿って大きな加速度が記載されており、震源からの距離ではなく、活断層からの距離が重要であることが示されたのであるから、金井式を用いて算出された最大基盤速度に基づく本件原子炉施設の耐震設計は誤りである旨主張する。
しかし、前記認定事実及び証拠(証人垣見)によれば、①金井式は、本件安全審査当時から、原子力発電所の耐震設計において、震源距離が極めて近い場合以外は一般的に用いられていたものであり、現在においても活用されている有用な経験式であること、②本件原子炉施設においても、タイプA及びBの主な地震の最大基盤速度の算出には金井式が用いられているが、これらはいずれも震源距離が三〇キロメートル以上のものであり、比較的近距離の活断層である前面海域断層群による地震は、本件安全審査において、安全余裕検討用地震動との関係で考慮され、その地震動の評価に当たっては、簡易な断層モデルが用いられていること、③本件許可処分後に行われた断層モデルを用いた解析結果においても、本件原子炉施設は、前面海域断層群を考慮して得られたS2地震動(最大加速度振幅四七三ガル)に対しても安全余裕を有していることが確認されていることなどが認められ、これらの事実に照らすと、最大基盤速度の算出に金井式が用いられたことをもって本件原子炉施設の耐震設計が誤りであるということはできない。
したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。
(4) なお、証人海老澤(京都大学原子炉実験所助手)の証言及び同人作成の陳述書(甲一〇〇)には、兵庫県南部地震を教訓として本件原子炉の耐震安全性を検討すると、①耐震設計が兵庫県南部地震で破綻した建築基準法と同じ耐震工学に基づいて行われていること、②耐震設計に用いられた最大加速度が過小に評価されていること、③非常電源の不作動やタービン建家の倒壊等が予測されていないことなどの重大な問題があり、耐震安全性が確保されているとは言い難い旨の証言ないし記載があるが、同証人の証言によれば、同証人は、中性子物理と原子力発電の工学的安全性(特にECCS問題)の研究者であって、地震や耐震関係を専門的に研究しているものではなく、右の問題点の指摘も、新聞記事等を資料にして行ったことが認められるところであり、前記認定の本件原子炉施設の耐震設計の内容、兵庫県南部地震を踏まえた耐震安全性の検討内容等に照らしても、同証人の証言ないし記載をそのまま採用することはできない。
第四 本件許可処分の実体的適法性(四号要件適合性のうち、事故防止対策に係る安全性)
一 本件安全審査の審査内容の概要
証拠(甲二一の22、二二の2〜5、乙一、二の1〜4、三の1〜3、四、九の1、2、二七の1〜4、三五の1〜6、三七の1、2、五二、五三、六四、六五、六六、証人石川)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 前提となる事実等
(一) 本件安全審査において用いられた具体的審査基準
(1) 本件安全審査を行うに際しては、「安全設計審査指針」及び「ECCS安全評価指針」(昭和五〇年五月一三日原子力委員会決定)への適合性が検討された。
(2) 「安全設計審査指針」は、前記第三の一1(二)(3)のとおり、安全審査会が安全審査を行うに際して審査の便となる指針を取りまとめたものであり、炉心設計、計測制御設備、原子炉冷却材圧力バウンダリ、工学的安全設備、非常用電源設備等の設計について審査すべき事項を具体的に定めている。
(3) 「ECCS安全評価指針」は、軽水型動力炉の原子炉冷却材バウンダリ配管の破断等による想定冷却材喪失事故時に放射性核分裂生成物が周辺に放出されることを抑制する目的で設けられる非常用炉心冷却系等の設計上の機能及び性能を評価するために策定されたものであり、基準、解析に当たっての要求事項、安全評価のための必要資料等について定めている。
(二) 本件安全審査における調査審議の対象
本件安全審査においては、右「安全設計審査指針」及び「ECCS安全評価指針」を用い、申請者が提出した本件許可申請書及び添付書類等に基づき、本件原子炉施設が、①多重防護の考え方に基づき、異常発生防止、異常拡大防止及び放射性物質異常放出防止という三段階の事故防止対策が適切に講じられているかどうか、②右の事故防止対策の妥当性を検討するためにあえて想定された「運転時の異常な過渡変化」及び「事故」に対しても、安全性が確保されるかどうか(安全評価)について調査審議が行われた。
(三) 航空機の墜落に関する本件安全審査
なお、本件安全審査においては、航空機の墜落に関する調査審議も行われたが、①運輸省の通達により、原子力関係施設上空の飛行はできる限り避けることとされ、原子力関係施設上空については、航空法八一条ただし書の最低安全高度以下の高度での飛行の許可は行わないこととされていること、②右の飛行規制等の情報は、駐留米軍に対しても提供されており、一般国際法上の原則として、外国軍隊は、駐留国の公共の安全に妥当な考慮を払って活動すべきものとされていること、③伊方町付近に飛行場はなく、上空に定期航空路も通っていないことなどが確認された結果、本件原子炉施設に航空機が墜落する可能性は極めて小さく、航空機の墜落を想定した対策について調査審議を行う必要はないと判断された。
2 異常発生防止対策について
(一) 本件安全審査における調査審議の観点
本件安全審査においては、異常発生防止対策について、①原子炉が固有の安全性を有しているかどうか、②燃料の健全性が維持されるかどうか、③一次冷却材圧力バウンダリの健全性が維持されるかどうか、④運転員の誤操作防止のための配慮等がなされているかどうか、という観点から調査審議が行われた。
(二) 原子炉固有の安全性についての調査審議及び判断
本件安全審査においては、①本件原子炉は、ドプラ効果による大きな負の反応度温度係数をもつ低濃縮ウラン(濃縮度約2.3パーセントないし約3.4パーセント)が燃料として使用され、また、比熱が大きく、高温出力運転状態では負の反応度温度係数を持ち、外乱に対して原子炉を安定に維持する特性が強い軽水が減速材及び冷却材として使用されており、原子炉の出力が上昇すれば、それに伴って出力が抑制されるという自己制御性を有していること、②本件原子炉施設には、制御棒クラスタの操作による方式と化学体積制御設備による一時冷却材中のほう素濃度調整による方式とを併用した原子炉出力制御設備が設けられており、これらによって燃料の核分裂反応を安定的に制御することが可能であることなどが確認された結果、本件原子炉は固有の安全性を有していると判断された。
(三) 燃料の健全性についての調査審議及び判断
本件安全審査においては、第一に、本件原子炉において使用される燃料ペレット(二酸化ウラン)について、中心最高温度は摂氏約二〇〇〇度(定格出力時)であり、二酸化ウランの融点である摂氏約二八〇〇度よりも十分に低いものであること、第二に、本件原子炉において使用される燃料被覆管について、①熱的損傷を防止するため、最小限界熱流束比(燃料被覆管が焼損しやすくなる状態を発生させる熱流束を実際の原子炉内で予想される熱流束で除した値をいい、これが一以下になると、燃料被覆管が焼損する可能性が生じる。以下「最小DNB比」という。)が設計基準である1.30以上を十分に上回る約1.8(通常運転時)であるように設計されていること、②機械的損傷を防止するため、歪や応力に対して健全性を確保し得るよう設計され、曲がりの発生率を低減する対策も施されていること、③化学的損傷を防止するため、耐食性に優れた金属であるジルカロイー四が使用されることになっていることなどが確認された結果、燃料の健全性は維持されると判断された。
(四) 一次冷却材圧力バウンダリの健全性についての調査審議及び判断
本件安全審査においては、本件原子炉施設の一次冷却材圧力バウンダリは、①機械的損傷を防止するため、一次冷却材の圧力である約一五七気圧(定格出力時)に対して十分な強度をもつ約一七五気圧をもって設計されていること、②化学的損傷を防止するため、一次冷却材の接する部分には、耐食性に優れた金属(ステンレス鋼、ニッケル・クロム・鉄合金等)が使用されることになっていること、③脆性破壊を防止するため、原子炉容器等は、設計、材料の選択、製作及び運転に注意し、脆性遷移温度より三三度以上高い温度で使用することとされ、また、原子炉容器は、中性子照射による脆性遷移温度の変化を予知するため、試験片を挿入し、計画的に取り出して破壊試験ができるように計画されていることなどが確認された結果、その健全性は維持されると判断された。
(五) 運転員の誤操作防止のための配慮等についての調査審議及び判断
本件安全審査においては、本件原子炉施設における計測制御系統施設として、①原子炉の運転制御及び保護動作に必要な情報を得るため、中性子束、原子炉圧力、加圧器水位及び一次冷却材温度等、原子炉の制御及び保護に必要な諸変数を確実に測定する原子炉計装及びプロセス計装が設けられること、②誤操作を防止したり、異常が拡大するのを防止するためのインターロック回路及び異常の程度によっては原子炉をトリップさせる原子炉停止回路等からなる原子炉保護設備が設けられること、③原子炉出力をタービン負荷に追従させたり、原子炉施設の主要な諸変数が許容される範囲内に収まり、かつ、安定な応答をするため、偏差を自動的に修正する原子炉制御設備が設けられることなどが確認された結果、運転員の誤操作防止のための配慮等がなされていると判断された。
3 異常拡大防止対策について
(一) 本件安全審査における調査審議の観点
本件安全審査においては、異常拡大防止対策について、①異常の発生を早期かつ確実に検知し得るかどうか、②右の異常の発生を検知した場合に必要な措置を講じる機能を有する安全保護設備が設置されるかどうか、③右の安全保護設備は確実にその機能を発揮し得るものであるかどうか、という観点から調査審議が行われた。
(二) 異常発生検知についての調査審議及び判断
本件安全審査においては、本件原子炉施設には、①原子炉の制御及び保護に必要な諸変数を確実に測定する原子炉計装及びプロセス計装が設けられること(前記2(五)参照)。②一次冷却材圧力バウンダリからの漏洩の早期検知と漏えい量の推定のために漏えい監視設備が設けられていること、③運転中に異常が発生した場合に運転員の注意を喚起する警報装置が設けられることなどが確認された結果、異常の発生は早期かつ確実に検知し得ると判断された。
(三) 安全保護設備の設置についての調査審議及び判断
本件安全審査においては、本件原子炉施設には、①炉心又は一次冷却材圧力バウンダリが異常な状態に接近するのを検知した場合に制御棒クラスタを自重で炉心に挿入させる原子炉緊急停止装置が設けられること、②二次冷却系において外部電源喪失等により蒸気発生器への給水ができない場合に自動的に蒸気発生器への給水を行うことにより一次冷却系の除熱を継続する補助給水設備が設けられること、③一次冷却材圧力バウンダリ内の圧力が異常に上昇するような場合に蒸気を放出することにより過圧による一次冷却材圧力バウンダリの損傷を防止する加圧器安全弁が設けられることなどが確認された結果、異常の発生を検知した場合に必要な措置を講じる機能を有する安全保護設備が設置されると判断された。
(四) 安全保護設備の信頼性の確保についての調査審議及び判断
本件安全審査においては、①本件原子炉施設に設置される安全保護設備は、少なくとも二チャンネルから構成され、単一のチャンネルの故障等があっても保護機能を果たす多重性をもたされ、また、各チャンネルは、相互干渉が起こらないように電気的・物理的独立性をもたされ、さらに、運転中にも計測チャンネル及び論理回路トレイン(原子炉スクラム遮断機を含む。)のすべての試験ができるように設計されていること、③原子炉停止系として、制御棒クラスタ制御系と化学体積制御設備の原理の異なる二つの独立した系が設けられ(前記2(二)②参照)、制御棒クラスタ制御装置は、外部電源が喪失等した場合、制御棒が炉心内に自重で挿入される信頼性の高い構造を有するように設計され、化学体積制御設備は、全制御棒クラスタが挿入不能の場合でも原子炉を低温状態まで停止できる能力をもつように設計されていることなどが確認された結果、安全保護設備は確実にその機能を発揮し得るものであると判断された。
4 放射性物質異常放出防止対策について
(一) 本件安全審査における調査審議の観点
本件安全審査においては、放射性物質異常放出防止対策について、①事故時に放射性物質の外部への放出を防止する機能を有する工学的安全施設が設置されるかどうか、②右の工学的安全施設が確実にその機能を発揮し得るものであるかどうか、という観点から調査審議が行われた。
(二) 工学的安全施設の設置について調査審議及び判断
本件安全審査においては、本件原子炉施設には、①ほう酸水を原子炉に注入して燃料棒の過熱による燃料被覆管の重大な損傷等を防止するECCS(非常用炉心冷却設備)が設けられること、②漏えいする放射性物質を閉じ込めるために高い気密性を有する原子炉格納容器が設けられること、③原子炉格納容器の内圧を下げるとともに原子炉格納容器内に放出されたよう素を除去する原子炉格納容器スプレイ設備が設けられること、④アニュラス部の排気を行って負圧を保ち、原子炉格納容器からアニュラス部に漏えいした空気を浄化再循環し、一部を原子炉格納容器排気筒に導くアニュラス空気再循環設備が設けられることなどが確認された結果、事故時に放射性物質の外部への放出を防止する機能を有する工学的安全施設が設置されると判断された(第2の4図参照)。
(三) 工学的安全施設の信頼性の確保についての調査審議及び判断
本件安全審査においては、①ECCSは、高圧注入系、低圧注入系及び蓄圧注入系のそれぞれについて、多重性を有する設計がなされており、電源を必要とする系統については、外部電源が喪失した場合に備えて非常用電源にも接続されていること、②原子炉格納容器は、脆性破壊を防止するために最低使用温度よりも一七度以上低い脆性遷移温度を有する材料で製作されており、また、事故時に閉鎖が要求される配管の貫通部には重複した隔離弁等が設けられて二重に閉鎖が可能なように設計されていること、③原子炉格納容器スプレイ設備及びアニュラス空気再循環設備は、いずれも二系統が設けられ、独立性及び多重性を有する設計がなされており、また、外部電源が喪失した場合に備えて非常用電源にも接続されていることなどが確認された結果、工学的安全施設は確実にその機能を発揮し得るものであると判断された(第2の4図参照)。
5 運転時の異常な過渡変化の解析について
(一) 申請者が想定した事象
運転時の異常な過渡変化とは、原子炉の運転状態において、原子炉施設寿命期間中に予想される動的機器の単一故障又は誤操作あるいは運転員の単一誤操作によって外乱が加えられた場合及びこれと類似の頻度で発生し、かつ、原子炉施設を計画しない状態に至らす場合をいうところ、申請者は、その対象として、以下のような事象を想定した。
(1) 一次冷却系の故障等に起因する過渡変化
ア 未臨界状態からの制御棒クラスタ引き抜き
制御棒制御系統の誤動作等により、制御棒クラスタが連続的に引き抜かれ、急速に中性子束が上昇する場合
イ 出力運転中制御棒クラスタ引抜き
右アと同様な事態が定格出力運転中に生じた場合
ウ 制御棒クラスタ落下及び不整合
制御棒クラスタ駆動装置等の故障によって、制御棒クラスタが引き抜き位置から炉心に落下する場合
エ ほう素の異常な希釈
化学体積制御設備の誤動作から一次冷却系内のほう素が希釈され、反応度が添加される場合
オ 一次冷却材流量部分喪失
定格出力運転中に一次冷却材ポンプ一台が故障等により停止する場合
カ 一次冷却系停止回路誤動作に伴う冷却導入
低温の冷却水が炉心に導入され、反応度が添加される場合
キ 一次冷却系の異常な減圧
一次冷却系の圧力が降下し、中性子束が減少した場合に、自動的に制御棒が引き抜かれた場合
(2) 二時冷却系の故障及び電源喪失等に起因する過渡変化
ア 蒸気流量過大に伴う冷水導入
蒸気流量が過大となり、一次冷却材の温度が低下し、反応度が添加される場合等
イ 二次系の異常な減圧
二次系の異常な減圧により、一次冷却材の温度が低下し、反応度が添加される場合
ウ 蒸気発生器への過剰給水に伴う冷却導入
蒸気発生器への過剰給水により、一次冷却材の温度が低下し、反応度が添加される場合
エ 蒸気発生器二次側給水設備の故障又は誤作動
蒸気発生器への給水停止により、熱除去能力が低下して、一次冷却材温度及び圧力が上昇する場合
オ 負荷喪失
タービンの故障等によって、急激な負荷減少が生じ、原子炉圧力が上昇する場合
カ 電源喪失
定格出力運転中に外部電源を喪失した場合
(二) 本件安全審査における調査審議及び判断
本件安全審査においては、右の想定事象の選定、解析の前提条件及び評価結果についての調査審議が行われ、いずれの場合においても、①燃料の許容損傷限界を超えないこと(最小DNB比が1.30以上であること及び燃料ペレットの中心溶融が起こらないこと)、②一次冷却材圧力バウンダリの健全性が損なわれないこと(原子炉圧力が一次冷却設備の最高使用圧力(設計圧力)の1.1倍以下に保持されること)が確認された結果、原子炉施設の安全性が確保されると判断された。
6 事故解析について
(一) 申請者が想定した事故
事故解析における事故とは、運転時の異常な過渡変化を超える異常状態であって、現実に起こる可能性は極めて少ないが、万一発生した場合、その事故の拡大を防止し、発電所からの放射性物質の放出を抑制する目的で設けられている各種の安全防護施設(工学的安全施設)の設計の妥当性を検討する目的で選択したものをいうところ、申請者は、その対象として、以下のような事故を想定した。
(1) 一次冷却材流量喪失事故
何らかの原因で、一次冷却材ポンプが二台とも停止し、一次冷却材流量が完全に失われる場合(炉心の冷却能力が低下する。)
(2) 一次冷却材ポンプ軸固着事故
何らかの原因で、一次冷却材ポンプ一台の軸固着が発生する場合(炉心の冷却能力が低下する。)
(3) 制御棒クラスタ抜け出し事故
何らかの原因で、制御棒クラスタ駆動装置圧力ハウジングが破断し、圧力差のために制御棒クラスタが短時間のうちに炉心から抜け出す場合(急激な反応度添加と出力分析の歪みをもたらし、一次冷却材の喪失を伴う。)
(4) 一次冷却材喪失事故
何らかの原因で、一次冷却系の配管が破損し、一次冷却材が流出する場合(炉心冷却が不可能となるおそれがある。)
(5) 蒸気発生器伝熱管破損事故
何らかの原因で、蒸気発生器伝熱管が破損し、一次冷却材が蒸気発生器二次側へ流出する場合(放射性物質が外部に放出されるおそれがある。)
(6) 主蒸気管破断事故
何らかの原因で、主蒸気管が破断し、蒸気の流出によって、一次冷却材の温度及び圧力が低下する場合(冷却材の温度低下による反応度添加により、原子炉停止後に再臨界となるおそれがある。)
(7) 燃料取替取扱事故
燃料取替作業中に、何らかの原因によって、燃料集合体が落下し、燃料被覆が破損する場合(核分裂生成物が放散するおそれがある。)
(8) 廃棄物処理設備の破損事故
廃棄物処理設備の一部が何らかの原因で破損する場合(内蔵された放射性物質が設備外に放出されるおそれがある。)
(9) 燃料集合体誤装荷事故
何らかの原因で、燃料集合体の誤装荷が行われる場合(出力分布の不均衡により、燃料が損傷するおそれがある。)
(二) 本件安全審査における調査審議及び判断
本件安全審査においては、これらの想定事故の発生可能性が極めて小さくなるように十分な防止対策がとられていることが確認された上、想定事故の選定、解析条件及び解析結果についての調査審議が行われ、いずれの事故についても、万一発生した場合には、各種の安全防護施設の機能により、原子炉施設の安全性は確保されると判断された。
二 認定事実に基づく当裁判所の判断
1 前記認定事実によれば、本件安全審査は、具体的審査基準として、「安全設計審査指針」及び「ECCS安全評価指針」を用い、科学的、専門技術的見地から、本件原子炉施設についての異常発生防止対策、異常拡大防止対策、放射性物質異常放出防止対策、運転時の異常な過渡変化の解析、事故解析等についての審査を行っており、その審査内容等にかんがみると、後記の原告らの主張を踏まえても、本件安全審査における調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があると認めることはできない。
2 したがって、右の本件安全審査の調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があると認めることもできない。
三 原告らの主張する主な事項についての検討
1 航空機の墜落に関する主張
原告らは、本件原子炉施設上空及び付近上空には、民間航空機のみならず、米軍機や自衛隊機が頻繁に飛び交い、本件原子炉施設に航空機が墜落する危険性が高いにもかかわらず、本件安全審査において、これを想定した対策についての調査審議が行われていないのは誤りである旨主張するところ、証拠(甲七の1、2の1・2、3〜5、二四の1の1・2、2〜9、10の1・2、11〜16、二七の1〜4、5の1・2、三六、三八、一三九の10〜25)には、①自衛隊の対潜哨戒艇が昭和五九年二月二七日に伊予灘に墜落したこと、②米軍のヘリコプターが昭和六三年六月二五日に本件原子炉から直線距離で約八〇〇メートルの場所に墜落したこと、③その他原子力関係施設付近における航空機の墜落事故、④伊方発電所上空における航空路の存在等についての新聞記事等の記載がある。
しかし、原子力関係施設上空の飛行に関しては、前記一1(三)のような飛行規制等が存在しているところ、本件安全審査において、米軍機等を含めて、これらの規制等が遵守されることを前提としていることをもって不合理であるということはできず、また、本件安全審査においては、伊方町付近に飛行場はなく、上空に定期航空路も通っていないことが確認された結果、本件原子炉施設に航空機が墜落する確率は極めて小さいと判断されており、これをもって不合理であるということもできない。
なお、証拠(甲三八、乙七九、八六)によれば、本件許可処分後、伊方発電所上空に高松と大分を結ぶ「V―一七」と呼ばれる定期航空路が開設されたが、伊方発電所上空を飛行する際には巡航状態であることが認められるのであるから、右の定期航空路開設によって航空機の墜落が安全評価上考慮すべき頻度で発生するものになるとは考え難く、このような事情の変化があるからといって直ちに本件安全審査の合理性が左右されるものではない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
2 テロによる破壊、外国からのミサイル攻撃等に関する主張
原告らは、本件安全審査において、テロによる破壊、外国からのミサイル攻撃等が想定されていないのは杜撰である旨主張するところ、証拠(甲七の6、7、一三九の1〜9)には、原告らの指摘する危険をうかがわせるような新聞記事の記載がある。
しかし、テロによる破壊、外国からのミサイル攻撃等については、国内外の社会情勢等にかんがみても、設計上あえて想定すべき事象であるとまでは考え難く、本件安全審査において、これらが想定されていないからといって杜撰であるということはできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
3 事故防止対策に関する主張等
(一) 燃料、原子炉容器、蒸気発生器に関する主張
(1) 原告らは、①伊方一号炉等の同型原子炉において、燃料棒の損傷、曲がりなどが頻発していること、②本件原子炉においても、燃料棒のピンホールが原因で一次冷却材中の放射性よう素の濃度が上昇したことなどを指摘し、燃料の健全性が維持されると判断した本件安全審査は誤りである旨主張するところ、証拠(甲一の6〜13、三の3、4、一六一)には、右指摘に沿う新聞記事等の記載がある。
しかし、本件安全審査においては、前記一2(三)のとおり、燃料被覆管の熱的、機械的及び化学的損傷を防止するための対策が講じられていることなどが確認された結果、燃料の健全性が維持されると判断されているのであり、後記第五の一3(一)(1)記載のとおり、周辺公衆の被曝線量評価に当たっては、燃料被覆管の欠陥率が一パーセントとされるなど、燃料棒の損傷等が生じること自体は想定されているのであるから、原告らの指摘する事実が存在するからといって直ちに本件安全審査の合理性が左右されるものではない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(2) 原告らは、原子炉容器が中性子照射により脆くなることは知られているにもかかわらず、本件安全審査において、原子炉容器の安全性がほとんど問題とされておらず、原子炉容器が破壊された場合を想定した事故解析も行われていないのは誤りである旨主張する。
しかし、本件安全審査においては、前記一2(四)のとおり、原子炉容器を含む一次冷却材圧力バウンダリは、機械的損傷、化学的損傷、脆性破壊を防止するための対策が講じられていることなどが確認された結果、その健全性が維持されると判断されているのであるから、原子炉容器の安全性がほとんど問題とされていないなどということはできず、また、本件原子炉施設の事故解析において想定された事象は、各種の安全防護施設の設計の妥当性を検討するという観点から、当時の知見に基づいて選定されたものであるところ、健全性が維持されると判断されている原子炉格納容器について、その破壊を想定した解析を行うことが右の観点から不可欠であるとする的確な証拠もない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(3) 原告らは、①平成三年二月九日に美浜発電所二号炉において蒸気発生器伝熱管の破断が発生したこと(後記第七章の第三の四3記載の美浜二号炉事象)、②本件原子炉等においても蒸気発生器伝熱管の損傷が頻発していることなどを指摘し、蒸気発生器の健全性が維持されると判断した本件安全審査は誤りである旨主張するところ、証拠(甲一六一、後記美浜二号炉事象で掲記した証拠)には、右指摘に沿う新聞記事等の記載がある。
しかし、本件安全審査においては、前記一6(二)のとおり、「蒸気発生器伝熱管破損事故」(原子炉出力運転中に蒸気発生器の伝熱管一本が瞬時に完全破断を起こすことが想定されている。)の発生可能性が極めて小さくなるように十分な防止対策がとられていることが確認された上、事故解析の結果についての調査審議が行われ、万一このような事故が発生した場合にも、各種の安全防護施設の機能により、原子炉施設の安全性は確保されると判断されているのであるから、原告らの指摘する事象等が存在するからといって直ちに本件安全審査の合理性が左右されるものではない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
なお、原告らの指摘する美浜二号炉事象や本件原子炉における蒸気発生器伝熱管の損傷の発生原因が、本件安全審査の合理性に影響を及ぼすものではないことは、後記第七章の第三記載のとおりである。
(4) 原告らは、美浜二号炉事象において、原子炉トリップ後のタービンバイパス弁を用いた復水器による一次冷却系の冷却が常用母線への給電が行われていた三〇秒間に限られていたことを指摘し、加圧水型原子炉において、非常用炉心冷却設備作動信号の発信により常用母線への給電が自動的に停止され、タービンバイパス系が作動し得ないようにされている設計は誤りであり、美浜二号炉事象の後、非常用炉心冷却設備作動信号が発信しても、外部電源が利用可能な場合には、常用母線への給電が継続するように設計を変更することが検討されたのは、その証左である旨主張するところ、証拠(甲三三の4、乙三三、証人海老澤)には、右指摘に沿う記載ないし証言がある。
しかし、前記認定事実及び証拠(乙四、乙六五)によれば、本件原子炉施設における「蒸気発生器伝熱管破損事故」の事故解析においては、原子炉スクラム後、外部電源が喪失し、タービンバイパス系は使用しないことなどを条件とした解析がなされ、放射性物質を外部に異常に放出することなく事象を収拾させることができるとの結果が得られていることが認められるのであるから、非常用炉心冷却設備作動信号の発信により常用母線への給電が自動的に停止され、タービンバイパス系が作動し得ないように設計されていたからといって誤りであるということはできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(5) 原告らは、申請者が、平成一一年八月一七日、被告に対し、本件原子炉施設の蒸気発生器及び原子炉容器上部ふたの取換等を内容とする原子炉設置変更許可申請を行ったことを指摘し、蒸気発生器及び原子炉容器の健全性が維持されると判断した本件安全審査は誤りである旨主張する。
しかし、現行の核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律二六条一項によれば、原子炉設置者は、原子炉施設の構造等(同法二三条二項五号)を変更しようとするときは、主務大臣の許可を受けなければならないとされており、原子炉設置(変更)許可処分後においても、必要に応じ、原子炉施設の構造等が変更され得ることが予定されているところ、証拠(甲二〇二、二〇三、乙八一)によれば、原告らの指摘する右の原子炉設置変更許可申請は、申請者が、同法二六条一項等に基づき、①発電所への安心感の向上、定期検査作業員の放射線量低減及び定期検査期間の長期化防止の観点から、より耐食性に優れた伝熱管材料等を採用した新蒸気発生器への取替えを行い、②近年の海外プラントにおける原子炉容器上部ふた管台の損傷事例を踏まえた予防保全の観点から、管台材料等を改良した新上部ふたへの取換えを行うとともに、その際、出力分布調整用制御棒クラスタ駆動装置を撤去することなどを計画したことによるものであることが認められるのであるから、このような原子炉設置変更許可申請が行われたからといって直ちに本件安全審査の合理性が左右されるものではない。
なお、原告らは、美浜二号炉事象の後、同原子炉や玄海原子力発電所一号炉において蒸気発生器の交換が決定され、さらに、伊方一号炉において平成一〇年に蒸気発生器の交換が行われたことをも指摘し、証拠(甲三三の7、9、一六二、一六三)には、右指摘に沿う新聞記事の記載があるが、弁論の全趣旨によれば、これらについても、社会的信頼の確保や経済性等の観点から行われていることが認められるのであるから、右と同様、これらの事実があるからといって直ちに本件安全審査の合理性が左右されるものではない。
したがって、これらの点に関する原告らの主張は理由がない。
(6) 原告らは、一号炉において、平成九年九月、復水器冷却管の一本が損傷し、海水が二次冷却材側に漏れ込んだことを指摘し、復水器冷却管が複数本破断すれば二次系の配管が劣化し、蒸気発生器において一次系にも影響が及び、機器の劣化をもたらして一次系の冷却もできなくなる旨主張するところ、証拠(甲一七三)には、右指摘に沿う新聞記事の記載がある。
しかし、証拠(甲九六、一七二、乙二の3、六五)によれば、本件原子炉施設においては、二次冷却材が復水器から蒸気発生器に到達するまでの間に復水脱塩装置が設置されるなど、腐食抑制対策が講じられていることが認められるのであるから、復水器冷却管の損傷により海水が二次冷却材側に漏れ込んだからといって直ちに一次系の機器の劣化をもたらすとは考え難い。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(二) ECCSの有効性に関する主張
原告らは、ECCSの有効性については、世界のどこでも、実物はもちろん、小型化したものでも確かめられておらず、一次冷却材喪失事故時において実際に作動するかどうかは確かめられていないのであるから、ECCSが設置されることを根拠にして本件原子炉施設が安全であると判断した本件安全審査は誤りである旨主張し、証人海老澤もこれに沿う証言をしている。
しかし、証拠(乙四、二九、三六の1、2、証人石川)によれば、①ECCSについては、米国原子力委員会によって実際に近い実験装置を用いたLOFT実験(冷却材喪失実験)が十分ではないにしても行われ、燃料被覆管温度の最大値がコンピュータでの予測値よりも大幅に低いという結果が得られていること、②本件安全審査において具体的審査基準として用いられた「ECCS安全評価指針」は、理論と実験の結果等に基づき、できるだけ厳しい条件を設定し、より安全側に厳しい結果を得るように策定されたものであること、③本件安全審査においては、「一次冷却材喪失事故」の解析結果等により、本件原子炉施設におけるECCSの機能及び性能は、「ECCS安全評価指針」を満足し、妥当なものであると判断され、また、前記一4(三)のとおり、ECCSを含む工学的安全施設の信頼性が確保されると判断されていることなどが認められ、これらの事実に照らすと、本件安全審査において、ECCSが有効に機能することを前提にして、本件原子炉施設の事故防止対策が適切に講じられると判断されたことをもって誤りであるということはできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(三) 外部電源の喪失に関する主張
原告らは、一号炉において、昭和五五年八月二七日、送電線への落雷のため、制御系統が作動して原子炉が自動停止したことを指摘し、このような場合、もし原子炉が停止しないとすると大きな事故になる旨主張するところ、証拠(甲二の3)には、右指摘に沿う新聞記事の記載がある。
しかし、証拠(乙二の2、四、三八の2、六五、証人石川)によれば、①伊方発電所で発生した電力は、一八七キロボルト送電線二ルート四回線で送電系統へ送電されるが、一八七キロボルト送電線は、四回線同時事故が少なくなるように不平衡絶縁設計とされ、また、四回線とも停電した場合の予備の外部電源として、六六キロボルト送電線一回線が設置されていること、②非常用電源としてディーゼル発電器二台及び蓄電池二組が設置されているが、この設備は、一次冷却材喪失事故と外部電源喪失が同時に起こった場合を仮定しても、一台及び一組で原子炉を完全に停止させるために必要な電力を供給し、さらに、工学的安全施設作動のための電力をも供給する容量を有するものであること、③制御棒クラスタ駆動装置は、外部電源が喪失した場合、制御棒が炉心内に自重で挿入される構造を有するものであること、④運転時の異常な過渡変化の解析においては、外部電源の全部の喪失を想定しても、前記一5(二)のとおり、燃料の許容損傷限界を超えず、一次冷却材圧力バウンダリの健全性が損なわれることはないと確認されていることなどが認められ、これらの事実に照らすと、送電線への落雷が原因で本件原子炉施設に大事故が発生するとは考え難い。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(四) その他
証人海老澤の証言及び同人作成の陳述書(甲九四)には、TMI事故、チェルノブイル事故、美浜二号炉事象等を分析し、原子力発電一般の危険性等を指摘する証言ないし記載があり、原子力発電において検討する必要のある危険性等を指摘する点については、真摯に傾聴すべきであると考えられるが、これらの指摘は、本件原子炉施設との関係においては、具体的根拠に欠けるきらいがあり、前記認定の多重防護の考え方に基づく各種の事故防止対策の存在等が無視されているところがあることに照らしても、同証人の証言等をそのまま採用することはできない。
4 安全評価に関する主張
(一) 原告らは、本件原子炉施設における「蒸気発生器伝熱管破損事故」の事故解析と美浜二号炉事象の経過とを比較し、前者の事故解析では予測されていない事象が後者で現実に発生したことを指摘して、本件安全審査は誤りである旨主張する。
しかし、事故解析は、各種の安全防護施設の設計の妥当性を検討する観点から行われるものであり、基本設計に属さない事項をすべて解析の条件に加えることは予定されていないのであるから、後記第七章の第三の四3記載のように施工管理に属する事項に起因する美浜二号炉事象の経過と右の「蒸気発生器伝熱管破損事故」の事故経過とを単純に比較することはできないというべきであり、しかも、証拠(乙三三)によれば、美浜二号炉事象は、調査の結果、その経過は、全体としてみれば、同原子炉施設における「蒸気発生器伝熱管破損事象」についての安全評価のための解析(以下「安全解析」という。)の解析結果とほぼ類似し、安全解析上着目すべき燃料の健全性及び周辺公衆に対する放射線被曝のリスクの観点からも、安全解析の評価結果の範囲内のものであったことが認められるのであるから、原告らの指摘する相違部分が存在するからといって直ちに本件安全審査が誤りであるということはできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(二) 原告らは、美浜二号炉事象において蒸気発生器伝熱管一本が破断したことを指摘し、本件原子炉施設における「蒸気発生器伝熱管破損事故」において、伝熱管の複数本破断が想定されていないのは誤りである旨主張する。
しかし、前記認定事実及び証拠(乙四、六五)によれば、本件原子炉施設については、「蒸気発生器伝熱管破損事故」を防止するための対策、具体的には、①伝熱管は、耐食性に優れ、延性に富んだニッケル・クロム・鉄合金が使用され、設計、製作及び検査の各段階で破損の可能性が少なくなるように配慮されること、②伝熱管の腐食を小さくするため、適切な化学薬品の注入等によって、使用する水の溶存酸素や塩素等の含有量を抑えるように水質が管理されること、③過渡状態での一次冷却系の加圧を防止し、伝熱管に過大な差圧が生じないようにするため、加圧器逃がし弁及び加圧器安全弁等の設備が設けられること、④蒸気発生器ブローダウン配管及び復水器空気抽出器放射線モニタが設けられ、放射能レベルが高くなると中央制御室に警報を発して運転員に注意を喚起するなどの対策が講じられていることが認められるのであるから、これらの対策の存在を考慮せずに、美浜二号炉事象が発生したからといって直ちに伝熱管の複数本破断を想定していない事故解析が誤りであるということはできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
第五 本件許可処分の実体的適法性(四号要件適合性のうち、平常運転時における被曝低減対策に係る安全性)
一 本件安全審査の審査内容の概要
証拠(乙一、二の1〜4、三の1〜3、四、三七の1、2、五三、六四、六五、六七、六九、証人石川)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 前提となる事実等
(一) 本件安全審査において用いられた具体的審査基準
(1) 本件安全審査を行うに際しては、「安全設計審査指針」、「許容被曝線量等を定める件」(昭和三五年九月三〇日科学技術庁告示第二一号、昭和五二年七月三〇日科学技術庁告示第七号による改正前のものをいう。)、「線量目標値指針」(昭和五〇年五月一三日原子力委員会決定)及び「線量目標値評価指針」(昭和五一年九月二八日原子力委員会決定)への適合性が検討された。
(2) 「安全設計審査指針」は、前記第三の一1(二)(3)のとおり、安全審査会が安全審査を行うに際して審査の便となる指針を取りまとめたものであり、炉心設計、計測制御設備、原子炉冷却材圧力バウンダリ、放射性廃棄物処理施設、放射線監視施設等の設計について審査すべき事項を具体的に定めている。
(3) 「許容被曝線量等を定める件」は、一九五八年の国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告を尊重して定められたものであり、第二条において、「周辺監視区域外の許容被曝線量は、一年間に0.5レムとする。」としている。
(4) 「線量目標値指針」は、被曝線量は容易に達成できる限り低く保つことが望ましいとする「as low as practi-cable(ALAP)」の考え方に立ち、周辺公衆の被曝線量を低く保つことについての努力目標値を定めたものであり、線量目標値として、以下のとおり設定している。
ア 放射性希ガスからのガンマ線による全身被曝線量(生殖腺又は造血臓器の線量当量。以下同じ)の評価値及び液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被曝線量の評価値の合計値について年間五ミリレム(=0.005レム)
イ 放射性よう素に起因する甲状腺被曝線量(線量当量)の評価値について年間一五ミリレム(=0.015レム)
(5) 「線量目標値評価指針」は、「線量目標値指針」に基づき、原子炉施設の基本的設計段階における平常運転時の原子炉施設周辺の被曝線量を評価するため、放射性物質の放出量とそれによる被曝線量の評価に使用する標準的な計算モデルとパラメータ等を定めたものである。
(二) 本件安全審査における調査審議の対象
本件安全審査においては、右「安全設計審査指針」、「許容被曝線量等を定める件」、「線量目標値指針」及び「線量目標値評価指針」を用い、申請者が提出した本件許可申請書及び添付書類等に基づき、本件原子炉施設が、ALAPの考え方に従い、平常運転時において、①周辺環境に放出される放射性物質の量をできる限り低く抑えるための対策が適切に講じられているかどうか、②周辺環境に放出される放射性物質による公衆の被曝線量ができる限り低く保たれていると評価し得るかどうか、③周辺環境に放出される放射性廃棄物が適切に管理され、外部放射線量等の監視が適切に行われるかどうかについて調査審議が行われた。
2 被曝低減対策について
(一) 本件安全審査における調査審議の観点
本件安全審査においては、被曝低減対策について、①放射性物質が一次冷却材中に現れることは抑制されるかどうか、②一次冷却材中に現れた放射性物質等を適切に処理し得る設備が設置されるかどうか、という観点から調査審議が行われた。
(二) 放射性物質の出現の抑制についての調査審議及び判断
本件安全審査においては、①前記第四の一2(三)のとおり、燃料被覆管の損傷等が防止される設計がなされており、燃料の健全性が維持されていること、②一次冷却材の接する部分には、耐食性に優れた金属(ステンレス鋼、ニッケル・クロム・鉄合金等)が使用されており、一次冷却材の水質を清浄な状態に保つ水質管理設備が設けられることなどが確認された結果、放射性物質が一次冷却材中に現れることは抑制されると判断された。
(三) 放射性物質の処理についての調査審議及び判断
本件安全審査においては、気体、液体、固体の各廃棄物について、主として以下のような事項が確認された結果、一次冷却材中に現れた放射性物質等を適切に処理し得る設備が設置されると判断された。
(1) 気体廃棄物について
ア ガス圧縮装置によって加圧された気体廃棄物を約四五日間貯蔵して放射能を減衰させるガス減衰タンク、水素分離装置で分離した放射性ガスを貯蔵して放射能を減衰させる水素廃ガス貯蔵タンク(一号炉と共用)が、いずれも十分な容量をもって設けられる。
イ 原子炉格納容器及び原子炉補助建家の換気設備には、粒子用フィルタを内蔵した排気フィルタ・ユニットが設けられる。
(2) 液体廃棄物について
ア 一次冷却材中のほう素濃度を変更する際に生じる抽出水、格納器冷却材ドレン及び補助建家冷却材ドレンは、イオン状不純物を除去する脱塩塔、溶存固形分を濃縮分離するほう酸回収装置の蒸発器等によって浄化されることになっている。
イ 洗濯排水類は、洗浄排水蒸発装置(一号炉と共用)によって浄化されることになっている。
(3) 固体廃棄物について
ア 濃縮廃液をアスファルト固化又はセメント固化してドラムに詰めるドラム詰装置(一号炉と共用)が設けられる。
イ 脱塩塔使用済樹脂を長期間貯蔵し、放射性物質を減衰させる使用済樹脂貯蔵タンク(一号炉と共用)が設けられ、ドラム詰めも可能なようになっている。
ウ 放射性物質で汚染された紙、布等の低レベル放射性固体廃棄物をドラム内で圧縮減容するベイラが設けられる。
エ 右の固体廃棄物を貯蔵・保管する固体廃棄物貯蔵庫(一号炉と共用)が設けられる。
3 周辺公衆の被曝線量評価について
(一) 申請者が行った被曝線量評価
(1) 申請者は、①気体廃棄物の放出量については、燃料被覆管の欠陥率を一パーセント(先行炉の実績値を上回る)と想定し、ガス減衰タンクの保持期間を三〇日間(貯留能力は四五日間)とすることなどを前提にして、「線量目標値評価指針」の定める計算モデルとパラメータを用いて、放射性希ガスの年間放出量を約一五〇〇〇キュリー、放射性よう素の年間放出量を約1.5キュリーと計算し、②液体廃棄物の放出量については、処理系統の運用の変動を考慮し、トリチウム以外のものの年間放出量を一キュリー(推定では0.4キュリー)、トリチウムの年間放出量を一〇〇〇キュリー(推定では一〇〇〇キュリー以下)と仮定した。
(2) そして、これらを前提にして、平常運転時における一般公衆の被曝線量について、「線量目標値評価指針」の定める計算モデルとパラメータを用いて計算した結果、①放射性ガスのガンマ線に起因する全身被曝線量は、年間約0.0003レム(一号炉による寄与分を含めると年間約0.0005レム)、②液体廃棄物中に含まれる放射性物質に起因する全身被曝線量は、年間約0.0002レム(一号炉による寄与分を含めても年間約0.0002レム)、③放射性よう素に起因する甲状腺被曝線量(最大値)は、年間約0.006レム(一号炉による寄与分を含めると年間約0.010レム)であると評価した。
(二) 本件安全審査における調査審議及び判断
本件安全審査においては、①申請者が行った被曝線量評価に用いられた方法は、「線量目標値評価指針」に示されたものと同様なものであり、「線量目標値評価指針」に定められていない条件も、原子炉施設の設計、運転実績よりみて厳しいものが使用されている傾向にあるとされ、②その被曝線量評価値は、「許容被曝線量等を定める件」において定められている周辺監視区域外の許容被曝線量をはるかに下回るのみならず、「線量目標値指針」において定められている線量目標値をも下回るものであり、実際の運転時における諸種の変動要因、計算上省略されている諸要因を考慮しても「線量目標値指針」を満足していることから、周辺環境に放出される放射性物質による公衆の被曝線量はできる限り低く保たれていると評価し得ると判断された。
4 放射性廃棄物の放出管理・外部放射線量等の監視について
(一) 放射性廃棄物の放出管理についての調査審議及び判断
本件安全審査においては、気体、液体の各廃棄物について、主として以下のような事項が確認された結果、平常運転に伴い周辺環境へ放出される放射性廃棄物は適切に管理されると判断された。
(1) 気体廃棄物について
ア 原子炉補助建家排気筒及び原子炉格納容器排気筒から放出される排気中の放射性物質の濃度は、それぞれの排気筒に設けられているガスモニタ及び塵埃モニタによって常に監視される。
イ ガス減衰タンクの気体廃棄物を放出する場合、予めサンプリングによる放射能測定が行われ、放出される放射性物質の濃度が確認される。
ウ 排気筒から放出される気体中に含まれる放射性よう素及びトリチウムは、よう素・トリチウムサンプラによってサンプリングが行われ、定期的に測定される。
(2) 液体廃棄物について
ア タンクに貯留されている液体廃棄物を放出する場合、予めサンプリングが行われ、放出する放射性物質の濃度が測定される。
イ 放出口における海水中の放射性物質の濃度も定期的に測定される。
(二) 外部放射線量等の監視についての調査審議及び判断
本件安全審査においては、①敷地周辺の居住可能区域での積算線量、線量率及び空気中の放射線粒子の濃度について、モニタリング・ポイント、モニタリング・ポスト、モニタリング・ステーション、モニタリング・カーによって測定が行われること、②周辺環境の放射性物質の濃度の長期的傾向を把握するため、環境試料の測定が行われることなどが確認された結果、平常運転に伴い周辺環境へ放出される放射線量等は適切に監視されると判断された。
二 本件許可処分後の事情等
証拠(乙六、三〇、五二、七〇、七一)及び弁論の全趣旨によれば、本件許可処分後の事情等として、以下の事実が認められる。
前記一1(一)(3)のとおり、本件安全審査において用いられた「許容被曝線量等を定める件」における周辺監視区域外の許容被曝線量年間0.5レムは、一九五八年のICRPの勧告において、一般公衆に対する許容線量が年間0.5レムとされたことを尊重して定められたものであるが、一九七七年のICRPの勧告において、新しい線量制限体系が導入され、線量当量限度として年間五ミリシーベルト(0.5レム)と定められ、さらに、一九八五年のICRPの勧告において、右の線量当量限度が年間一ミリシーベルト(0.1レム)に変更されたことから、わが国においても、平成元年の法令改正(線量当量限度等を定める件)により、周辺監視区域外の線量当量限度は、実効線量当量について年間一ミリシーベルトと定められることになった。
三 認定事実に基づく当裁判所の判断
1 右二のとおり、本件許可処分後の法令改正により、周辺監視区域外の線量当量限度は、実効線量当量について年間一ミリシーベルトと定められることになったが、前記一3(一)(2)の本件原子炉施設による周辺公衆の被曝線量評価値は、この基準をもはるかに下回るものであることが認められる。
2 そして、前記認定事実によれば、本件安全審査は、具体的審査基準として、「安全設計審査指針」、「許容被曝線量等を定める件」、「線量目標値指針」及び「線量目標値評価指針」を用い、科学的、専門技術的見地から、被曝低減対策、周辺公衆の被曝線量評価、放射性廃棄物の放出管理・外部放射線量等の監視等についての審査を行っており、その審査内容等にかんがみると、後記の原告らの主張を踏まえても、本件安全審査における調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があると認めることはできない。
3 したがって、右の本件安全審査の調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があると認めることもできない。
四 原告らの主張する主な事項についての検討
1 原告らは、放射線量に許容量(しきい線量)はなく、許容被曝線量や線量目標値で示されている数値には科学的根拠がない旨主張する。
しかし、証拠(乙六、三〇、証人石川)によれば、①「許容被曝線量等を定める件」における周辺監視区域外の許容被曝線量は、ICRPの勧告を尊重して定められた数値であり、諸外国においても採用されている数値であるところ、ICRPは、放射線の人体への影響について学問的に明確でない点もあることから、しきい線量が存在するかもしれないことを認めながらも、しきい線量が存在しないと仮定する慎重な考え方をとり、現在の知識に照らし、他の産業や日常生活の危険性と比較して大多数の人々が安全と考える程度に身体的又は遺伝的障害を抑える線量を勧告値としていること、②「線量目標値指針」における線量目標値は、前記一1(一)(4)のとおり、ALAPの考え方に立って検討された結果、周辺公衆の被曝線量を低く保つための努力目標値として設定された数値であることが認められ、これらの事実に照らすと、許容被曝線量や線量目標値の数値をもって科学的根拠がないということはできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
2 原告らは、①一九七〇年のゴフマン・タンプリンの論文、②一九七二年の米国科学アカデミーの「電離放射線の生物効果に関する諮問委員会の報告」(BEIR報告)、③市川定夫による研究結果等を指摘し、平常運転に伴い周辺環境へ放出されるごく微量の放射性物質によっても放射線障害が起きるおそれが十分にある旨主張する。
しかし、証拠(甲九の1、2、乙二九、七三、七四の1、2、七五)によれば、①ゴフマン・タンプリンの論文における「アメリカ国民が年間平均0.17レムの被曝(年間平均線量限度)を受けると、年当たり一〇万人ものガンによる死者が出るだろう。」との推定については、被曝源の原子力施設から米国の全国民が年間0.17レムの被曝を受けるという仮定は明らかに事実に反しており、放射線の単位当たり被曝によるガンの死亡率の推定に使われた仮定も不適当であるなどとして、米国原子力委員会等から批判されていること、②BEIR報告における「アメリカ国民が年間平均0.17レムの被曝を受けると、被曝を受ける当世代で毎年最大一万五〇〇〇人のガンによる死者が出るほか、次世代で毎年最大三六〇〇例の遺伝病が出現し、何世代か後(数世代後あるいはそれ以降)には毎年最大二万七〇〇〇例もの遺伝病の出現と、不健康者(部分的に遺伝的原因によるもの)の五パーセント増(毎年約一〇〇万人に相当)がもたらされる。」との推定についても、放射線発ガンリスクの推定値は、低線量、低線量率での実際のリスクを推定したものではなく、過大評価がなされているなどとして、米国放射線防護測定審議会等から批判されていること、③市川定夫による原子力発電所周辺でのムラサキツユクサを用いた微量放射線の遺伝的影響に関する実験結果(原子炉が運転されているときに限り、また、風下に限って突然変異率が高まる。)については、ムラサキツユクサは放射線以外の環境中にある化学物質、温度、湿度等に対しても高い感受性を示すので、これらの影響を排除した実験でなければならず、また、人間の放射線に対する影響を知るためには、細胞の構造ができるだけ人間に近い生物を使った実験でなければならないのであるから、突然変異率の変動をもって直ちに原子炉からの放出放射能に結びつけることはできないなどと批判されていることが認められ、これらの事実に照らすと、原告らの指摘する論文等を根拠にして、平常運転に伴い周辺環境へ放出されるごく微量の放射性物質によって放射線障害が起きるおそれが十分にあるということはできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
3 原告らは、本件原子炉施設の周辺海底土からコバルト六〇が検出されたことを指摘し、本件原子炉施設が周辺海域に広範な放射能汚染をもたらしている可能性がある旨主張するところ、証拠(甲八の1、2)には、右指摘に沿う新聞記事の記載がある。
しかし、証拠(甲八の2、乙一〇の1〜4、一一の1〜4、一二の1〜4、一三の1〜4、一四の1〜4)によれば、コバルト六〇は、核実験によっても放出されるものであり、原告らが検出されたとする(最高値)一グラム当たり0.0078ピコキュリー程度のコバルト六〇は、太平洋や日本海沿岸の海底土からも検出されていることが認められるのであるから、本件原子炉施設の周辺海底土からコバルト六〇が検出されたことをもって、本件原子炉施設が周辺海域に広範な放射能汚染をもたらしている可能性があることの根拠とすることはできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
第六 本件許可処分の実体的適法性(四号要件適合性のうち、公衆との離隔に係る安全性)
一 本件安全審査の審査内容の概要
証拠(乙一、二の1〜4、三の1〜3、四、三四、六四、六五、証人石川)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 前提となる事実等
(一) 本件安全審査において用いられた具体的審査基準
(1) 本件安全審査を行うに際しては、「立地審査指針」への適合性が検討された。
(2) 「立地審査指針」は、前記第三の一1(二)(2)のとおり、安全審査会が安全審査を行う際、万一の事故に関連して、その立地条件の適否を判断するために策定されたものであり、「原子炉は、その安全防護施設との関連において十分に公衆から離れていること。」を原則的立地条件の一つとするとともに、基本的目標、立地審査の指針、めやす線量について、以下のとおり定めている。
ア 基本的目標(「立地審査指針」によって達成しようとする基本的目標)
(ア) 敷地周辺の事象、原子炉の特性、安全防護施設等を考慮し、技術的見地からみて、最悪な場合には起こるかもしれないと考えられる重大な事故(以下「重大事故」という。)の発生を仮定しても、周辺の公衆に放射線障害を与えないこと。
(イ) 更に、重大事故を超えるような技術的見地からは起こるとは考えられない事故(以下「仮想事故」という。)の発生を仮想しても、周辺の公衆に著しい放射線障害を与えないこと。
(ウ) なお、仮想事故の場合には、国民遺伝線量に対する影響が十分に小さいこと。
イ 立地審査の指針(基本的目標を達成するために確認する必要がある条件)
(ア) 原子炉の周囲は、原子炉からある距離の範囲内は非居住区域であること。
ここにいう「ある距離の範囲」としては、重大事故の場合、もし、その距離だけ離れた地点に人がいつづけるならば、その人に放射線障害を与えるかもしれないと判断される距離までの範囲をとるものとし、「非居住区域」とは、公衆が原則として居住しない区域をいうものとする。
(イ) 原子炉からある距離の範囲内であって、非居住区域の外側の地帯は、低人口地帯であること。
ここにいう「ある距離の範囲」としては、仮想事故の場合、何らの措置を講じなければ、その範囲内にいる公衆に著しい放射線障害を与えるかもしれないと判断される範囲をとるものとし、「低人口地帯」とは、著しい放射線障害を与えないために、適切な措置を講じうる環境にある地帯(例えば、人口密度の低い地帯)をいうものとする。
(ウ) 原子炉敷地は、人口密集地帯からある距離だけ離れていること。
ここにいう「ある距離」としては、仮想事故の場合、全身被曝線量の積算値が、国民遺伝線量の見地から十分受け入れられる程度に小さい値になるような距離をとるものとする。
ウ めやす線量(立地条件の適否を判断するためのめやすとなる被曝線量)
(ア) 右イ(ア)にいう「ある距離の範囲」を判断するためのめやすとして、次の線量を用いること。
甲状腺(小児)に対して 一五〇レム
全身に対して 二五レム
(イ) 右イ(イ)にいう「ある距離の範囲」を判断するためのおよそのめやすとして、次の線量を考えること。
甲状腺(成人)に対して 三〇〇レム
全身に対して 二五レム
(ウ) 右イ(ウ)にいう「ある距離だけ離れていること」を判断するためのめやすとして、外国の例(例えば二〇〇万人レム)を参考とすること。
(二) 本件安全審査における調査審議の対象
本件安全審査においては、種々の安全対策が講じられており、各種の事故を想定した解析においても、事故防止対策が適切に講じられることが確認された本件原子炉施設について、申請者が提出した本件許可申請書及び添付書類等に基づき、申請者が立地条件の妥当性を評価するために重大事故及び仮想事故を想定して行った解析結果が右「立地審査指針」に適合し、原子炉が安全防護施設との関連において十分に公衆から離れているかどうか(災害評価)について調査審議が行われた。
2 申請者が行った災害評価の概要
(一) 想定された重大事故及び仮想事故
申請者は、重大事故と仮想事故のいずれについても、原子炉格納容器内に放射性物質が放出される事故としての一次冷却材喪失事故と原子炉格納容器外に放射性物質が放出される事故としての蒸気発生器伝熱管破損事故の二種類の事故を想定した。
(二) 重大事故として想定された「一次冷却材喪失事故」
重大事故として想定された「一次冷却材喪失事故」は、一次冷却材喪失事故のうち、一次冷却材主配管が瞬時に完全破断し、全燃料被覆管に損傷が生じることを仮定するものであり、評価に当たっては、①炉心に蓄積されている核分裂生成物のうち、希ガス二パーセント、よう素一パーセント、固体核分裂生成物0.02パーセントが一次冷却材とともに原子炉格納容器内に放出されるとすること、②原子炉格納容器からの希ガス及びよう素の漏えい率は、事故発生後二四時間は一日当たり0.3パーセント、その後三日間は一日当たり0.135パーセントとすること(設計では一日当たり0.1パーセント以下)、③原子炉格納容器からの漏えいは、九七パーセントが配管等の貫通しているアニュラス部に生じ、三パーセントが原子炉格納容器のドーム部に生じるものとすること、④アニュラス空気再循環設備におけるフィルタ効果を、よう素については九〇パーセントとし(設計では九五パーセント以上)、希ガスについては無視すること、⑤大気中の拡散に用いる条件としての有効拡散風速は、放出継続時間二時間の累積出現頻度九七パーセント以上をカバーする毎秒2.5メートルを採用することなどが前提条件とされた。
(三) 重大事故として想定された「蒸気発生器伝熱管破損事故」
重大事故として想定された「蒸気発生器伝熱管破損事故」は、蒸気発生器伝熱管破損事故のうち、蒸気発生器伝熱管の一本が瞬時に完全破断することを仮定するとともに、一次冷却材中のよう素及び希ガスの濃度について炉心の一パーセント相当の燃料被覆管に損傷があるとした場合の最大濃度を仮定し、さらに、一次冷却系の圧力低下に伴って損傷している燃料被覆管からのよう素及び希ガスの追加放出があることを仮定するものであり、評価に当たっては、①破損した蒸気発生器を隔離するまでの間に二次冷却系へ流出する一次冷却材量を、保有水量の三〇パーセントとすること(事故解析の結果では全保有水量の約二六パーセント以下)、②大気中の拡散に用いる条件としての有効拡散風速は、放出継続時間一時間の累積出現頻度九七パーセント以上をカバーする毎秒二メートルを採用することなどが前提条件とされた。
(四) 仮想事故として想定された「一次冷却材喪失事故」
仮想事故として想定された「一次冷却材喪失事故」は、重大事故の場合と同じ事故について評価するものであるが、炉心に蓄積されている核分裂生成物のうち、希ガスは一〇〇パーセント、よう素は五〇パーセント、固体核分裂生成物は一パーセントが燃料から放出されるとすることが異なる条件とされた。
(五) 仮想事故として想定された「蒸気発生器伝熱管破損事故」
仮想事故として想定された「蒸気発生器伝熱管破損事故」は、重大事故の場合と同じ事故について評価するものであるが、重大事故では、事故時に損傷している燃料被覆管から新たに一次冷却材中に追加放出される核分裂生成物は、一次冷却系圧力の低下とともに徐々に放出されると仮定されたのに対し、仮想事故では、事故直後に全核分裂生成物が一次冷却材中に放出されると仮定されたことなどが異なる条件とされた。
(六) 重大事故の評価結果
本件原子炉敷地外における被曝線量の最大値は、①「一次冷却材喪失事故」において、甲状腺(小児)被曝が約2.5レム(炉心から南南東方向約六三〇メートルの敷地境界)、全身被曝が約0.11レム(炉心から東南東方向約六四〇メートルの敷地境界)と評価され、②「蒸気発生器伝熱管破損事故」において、甲状腺(小児)被曝が約一二レム、全身被曝が約0.08レム(いずれも炉心から南南東方向約六三〇メートルの敷地境界)と評価された。
(七) 仮想事故の評価結果
本件原子炉敷地外における被曝線量の最大値は、①「一次冷却材喪失事故」において、甲状腺(成人)被曝が約三二レム(炉心から南南東方向約六三〇メートルの敷地境界)、全身被曝が約4.9レム(炉心から東南東方向約六四〇メートルの敷地境界)と評価され、②「蒸気発生器伝熱管破損事故」において、甲状腺(成人)被曝が約9.8レム、全身被曝が約0.3レム(いずれも炉心から南南東方向約六三〇メートルの敷地境界)と評価された。
(八) 国民遺伝線量の見地からの評価結果
仮想事故の発生を想定した場合における全身被曝線量の人口積算値は、①「一次冷却材喪失事故」において、一九七四年の人口に対して約一一万人レム、二〇二〇年の推定人口に対して約一四万人レムと評価され、②「蒸気発生器伝熱管破損事故」において、一九七四年の人口に対して約二万人レム、二〇二〇年の推定人口に対して約2.7万人レムと評価された。
3 本件安全審査における調査審議及び判断
本件安全審査においては、解析に用いられた仮定は妥当であり、①各重大事故時の線量は、「立地審査指針」にめやす線量として示されている甲状腺(小児)被曝一五〇レム、全身被曝二五レムに比べて十分小さく、非居住区域であるべき範囲は本件原子炉施設の敷地内に含まれ、②各仮想事故時の線量は、「立地審査指針」にめやす線量として示されている甲状腺(成人)被曝三〇〇レム、全身被曝二五レムに比べて十分小さく、低人口地帯であるべき範囲も本件原子炉施設の敷地内に含まれ、③仮想事故時における全身被曝線量の積算値は、国民遺伝線量の見地から「立地審査指針」にめやすとして示されている参考値二〇〇万人レムを十分下回っていることが確認された結果、申請者が重大事故及び仮想事故を想定して行った解析結果は、「立地審査指針」に適合するものであり、本件原子炉は安全防護施設との関連において十分に公衆から離れていると判断された。
二 認定事実に基づく当裁判所の判断
1 前記認定事実によれば、本件安全審査においては、具体的審査基準として、「立地審査指針」を用い、科学的、専門技術的見地から、申請者が行った災害評価についての審査を行っており、その審査内容等にかんがみると、後記の原告らの主張を踏まえても、本件安全審査における調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があると認めることはできない。
2 したがって、右の本件安全審査における調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があると認めることもできない。
三 原告らの主張する主な事項についての判断
1 原告らは、事故時には、「めやす」という基準により、許容被曝線量の五〇倍(二五レム)もの放射線が周辺住民に押し付けられることになる旨主張する。
しかし、「立地審査指針」に示されているめやす線量は、安全審査を行うに当たり、原子炉の立地条件の適否を判断する際に使用する線量であり、許容被曝線量とは性格が異なり、その値まで公衆の被曝を許容する趣旨のものではない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
2 原告らは、TMI事故やチェルノブイル事故における放射性物質の環境への放出量が、本件原子炉施設について想定された仮想事故における放射性物質の放出量を上回っていることを指摘し、本件原子炉施設の災害評価は誤りである旨主張する。
しかし、証拠(証人石川)及び弁論の全趣旨によれば、災害評価における重大事故あるいは仮想事故は、事故解析において想定される事故とは異なり、設計上、現実にそのような事故が発生するかどうかを問題とするものではなく、事故防止対策が適切に講じられることが確認された原子炉施設について、「立地審査指針」に基づき、立地条件の適否を判断するためにあえて想定されるものであることが認められるのであるから、TMI事故やチェルノブイル事故において実際に環境に放出された放射性物質の量と仮想事故における放射性物質の放出量とを単純に比較することはできないというべきである。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
3 原告らは、米国におけるWASH―七四〇及びWASH―一四〇〇報告書において原子炉の大事故(炉心溶融)が想定され、わが国の政府機関によっても大型原子炉の事故を想定した被害予測が行われており、現実にTMI事故やチェルノブイル事故において炉心溶融が発生したにもかかわらず、本件原子炉施設の災害評価において、炉心溶融等の重大な事故が想定されていないのは誤りである旨主張するところ、証拠(甲一八四、一八五)には、原告らの主張する大事故の想定ないし被害予測に関する記載がある。
しかし、右2で認定した災害評価の意義にかんがみると、事故防止対策が機能しない場合に初めて発生し得る極めて例外的な事故についてまで災害評価において想定する必要はないというべきであるから、本件原子炉施設の災害評価において、ECCSや原子炉格納容器等が機能しない場合に初めて発生し得る炉心溶融等の重大な事故が想定されていないことをもって誤りであるということはできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
4 原告らは、申請者が、本件原子炉施設についての第一三回定期検査(平成一一年)において、アクシデントマネージメントとして追加工事を実施することを指摘し、公衆との離隔に係る安全性についての本件安全審査は誤りである旨主張するところ、証拠(甲二〇〇)には、右指摘に沿う新聞記事の記載がある。
しかし、証拠(乙八四)及び弁論の全趣旨によれば、アクシデントマネージメントとは、シビアアクシデント(設計基準事象を大幅に超える事象であって、炉心が重大な損傷を受けるような事象)に至るおそれのある事態が万一発生したとしても、現在の設計に含まれる安全余裕や本来の機能以外にも期待し得る機能もしくはその事態に備えて新規に設置した機器を有効に活用することによって、その事態がシビアアクシデントに拡大するのを防止するため、又はシビアアクシデントに拡大した場合にその影響を緩和するために採られる措置をいうところ、①原告らの指摘する本件原子炉施設におけるアクシデントマネージメントは、「発電用軽水型原子炉におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて」(原子力安全委員会平成四年五月二八日決定)において、「原子炉設置者において効果的なアクシデントマネージメントを自主的に整備し、万一の場合にこれを的確に実施できるようにすることは強く奨励されるべきであると考える。」などとされていることに基づいて実施されたものであること、②右の決定は、我が国の原子炉施設の安全性が、いわゆる多重防護の思想に基づき厳格な安全確保対策を行うことによって十分確保されており、これらの諸対策によってシビアアクシデントは工学的には現実に起こるとは考えられないほど発生の可能性が小さいものとなっているとの判断を前提にして、この低いリスクを一層低減するものとしてアクシデントマネージメントの整備を奨励していることなどが認められるものであるから、アクシデントマネージメントとして追加工事が実施されるからといって公衆との離隔に係る安全性についての本件安全審査が誤りであるということはできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
第七章 原告らのその余の主張
第一 原子力発電一般に関する主張
原告らは、①原子力発電所の危険性には計り知れないものがあり、世界的には脱原子力発電の傾向が顕著である、②原子力発電のコストは必ずしも安いものではなく、省エネルギー政策を推進し、自然エネルギー等を活用すれば原子力発電は不要である、③原子力発電所の建設によって農業、漁業が衰退し、地元経済には何らのメリットもないなどと主張する。
しかし、前記第五章の第二の一のとおり、本件訴訟においては、本件許可処分の手続的適法性と実体的適法性が裁判所の審理・判断の対象になるのであるから、右のような原子力発電一般に関する事項は、本件許可処分の違法事由にはなり得ないというべきである。
第二 本件安全審査の対象外の事項に関する主張
一 固体廃棄物の最終処分の方法、使用済燃料の再処理及び輸送の方法、温排水の熱による影響等
原告らは、固体廃棄物の最終処分の方法、使用済燃料の再処理及び輸送の方法、温排水の熱による影響等について安全審査の対象とされていないのは違法である旨主張する。
しかし、前記第五章の第一の四のとおり、規制法の規制の構造に照らすと、原子炉設置(変更)許可の段階の安全審査においては、当該原子炉施設の安全性にかかわる事項のすべてをその対象とするものではなく、その基本設計の安全性にかかわる事項のみをその対象とするものと解するのが相当であるから、固体廃棄物の最終処分の方法、使用済燃料の再処理及び輸送の方法並びに温排水の熱による影響等にかかわる事項については、原子炉設置(変更)許可の段階の安全審査の対象にはならないというべきである(一号炉最高裁判決参照)。
なお、原告らは、安全審査の対象を基本設計にかかわる事項に限定すべき理由はなく、また、基本設計の範囲も不明確である旨主張するが、安全審査の対象が基本設計の安全性にかかわる事項のみに限定されるのは、右のとおり、規制法が段階的な規制を行っていることによって導かれるものであり、また、右のような規制の構造は、基本設計とその後続の段階で規制の対象とされる詳細設計との区別が可能であることを前提とするものと考えられ、証人石川も、一般的に工学を研究している者にとっては、詳細設計と基本設計の区別があることは常識である旨証言しているのであるから、基本設計の範囲が不明確であるということもできない。
二 防災計画、避難計画
原告らは、事故時の防災計画や避難計画について安全審査の対象とされていないのは違法である旨主張する。
しかし、防災対策にかかわる事項は、原子炉施設の基本設計の安全性にかかわる事項ではなく、災害対策基本法に基づき、必要な対策が講じられることが予定されている事項なのであるから(同法二条一号、同法施行令一条)、原子炉設置(変更)許可の段階の安全審査の対象にはならないというべきである。
三 核燃料加工施設における臨界事故
原告らは、茨城県那珂郡東海村の核燃料加工施設株式会社ジェー・シー・オー(以下「ジェー・シー・オー」という。)東海事業所の転換試験棟において、平成一一年九月三〇日、核燃料サイクル開発機構の高速実験炉用のウラン燃料を加工する過程で臨界状態となり、放射性物質が施設外に漏えいした事故が発生したことを指摘し、核施設の危険性が実証された旨主張するところ、証拠(甲二二九ないし二三四、二三七の3、7、8、二四六)によれば、①右事故は、臨界量以上の硝酸ウラニル溶液を沈殿槽に注入したために発生したものであり、直接従事していた作業員三名が重篤な放射線被曝を受けて死者が出たほか、周辺住民への避難要請や屋内退避要請が行われる事態になったこと、②事故後、原子力安全委員会に「ウラン加工工場臨界事故調査委員会」が設置され、事故原因、再発防止策、今後の課題等が検討されたこと、③事故対応の教訓を踏まえ、原子力災害に対する対策の強化を図るため、原子力災害対策特別措置法が制定されたことなどが認められ、一般論としては、ジェー・シー・オーの臨界事故によって放射性物質の有する危険性が如実に示され、このような事故が二度と発生しないよう、その原因を徹底的に究明し、万全の再発防止策を確立することが緊要であるということはできる。
しかし、ジェー・シー・オーの核燃料加工施設は、規制法第三章の規定により規制される加工事業を行う施設であり、規制法第四章の原子炉の設置、運転等に関する規制の対象となるものではなく、原子炉設置変更許可処分とかかわるものではないのであるから、臨界事故が発生した事実は、本件安全審査の合理性に影響を及ぼすものではないというべきである。
第三 国内外の原子炉施設において発生した事故・事象等に関する主張
一 安全審査の対象との関係
原告らは、本件原子炉を含む国内外の原子炉施設において発生した後記二ないし五記載の事故・事象等を指摘し、本件原子炉施設が安全であると判断した本件安全審査は誤りである旨主張する。
この点、原告らの右主張は、専ら事故・事象等の発生の事実やその内容等を一般的・抽象的に指摘するにとどまるものであり、本件原子炉施設以外の原子炉施設において発生し、また、本件許可処分後長期間経過してから発生した事故・事象等が多いことに照らしても、そもそも本件許可処分の違法事由となり得るかは疑問の残るところではあるが、後記四記載の事故・事象の重要性、本件訴訟の審理経過等にかんがみ、証拠(各項目冒頭の括弧内に記載の証拠)及び弁論の全趣旨により、原子力安全委員会等の関係機関の調査結果等に基づいて検討を加えた結果、後記二ないし五記載のとおり、これらの事故・事象等の原因は、当該原子炉施設の詳細設計、施工管理及び運転管理等に属する事項に起因するものであることが認められ、これを不合理であるとする的確な証拠はない。
そうすると、原子炉設置(変更)許可の段階における安全審査の対象は、前記のとおり、当該原子炉施設の基本設計の安全性にかかわる事項のみに限定され、詳細設計、施工管理及び運転管理等に属する事項は含まれないと解されるのであるから、これらの事故・事象等が発生した事実及びこれらの原因は、本件安全審査の合理性に影響を及ぼすものではないというべきである。
二 本件原子炉施設において発生した故障等
1 タービン軸の振動調整(甲三の1、2、一六一)
第一回定期検査(昭和五八年)において、調整運転中、タービン軸の振動値が若干高くなったことから、原子炉を運転状態のままタービンを停止してタービン回転体の振動調整を行い、三日後に調整運転を再開した。これは、内容そのものから、運転管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
2 燃料集合体上部金具の外れ(甲一九の1の2、一六一)
第四回定期検査(昭和六二年)において、燃料集合体一体の上端に取り付けられていた金具がボルトの折損により外れ、燃料の上部に残っているのが発見されたが、右のボルトの折損の原因は、ボルトの首下丸み部の丸みの半径が仕様と異なり小さかったこと及びボルトが大きな力で締め付けられたことにより首下丸み部の応力が過大になったことによるものと考えられており、専ら施行管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
3 低圧タービン第八段動翼と蒸気シール板との溶接部の微小なひび(甲一九の1の1、一六一)
第四回定期検査(昭和六二年)において、低圧タービン第八段動翼と蒸気シール板との溶接部に微小なひび(一七か所)が発見されたが、その原因は、動翼と蒸気シール板との溶接部の端部の形状が、仕上げ加工時の不適切な研磨により、丸みを帯びた標準の形状よりも応力集中の発生しやすい形状になっていたことから、応力が溶接端部に集中したことによるものと考えられており、専ら施工管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
4 一次冷却材ポンプ変流翼取付ボルトのひび割れ(甲二三の1の1・2、二三の4の1、一六一)
第五回定期検査(昭和六三年)において、一次冷却材ポンプの変流翼取付ボルトにひび割れ(四八本中の二一本)が発見されたが、その原因は、ボルトの締め過ぎにより首の付け根部分に負担がかかるなどして応力腐食割れを起こしたことによるものと考えられており、専ら施工管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
なお、証拠(甲二六の1〜13)によれば、沸騰水型の福島第二原子力発電所三号炉において、昭和六四年一月、再循環ポンプが損傷し、金属片が原子炉圧力容器内に入り込んでいるのが発見されたことが認められるが、加圧水型の本件原子炉には再循環ポンプは存在しないことが認められるから、直ちに同列に論じることはできない。
5 蒸気発生器伝熱管の管板部の損傷(甲一六一、一九〇)
第一一回定期検査(平成八年)において、蒸気発生器伝熱管の管板部に損傷(一九本)が発見されたが、その原因は、製造時のひずみに運転中の内圧による作用応力が加わるなどして応力腐食を起こしたことによるものと考えられており、詳細設計あるいは運転管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
なお、第一三回定期検査(平成一一年)においても、蒸気発生器伝熱管に損傷(七二本)が確認されたが、その原因は、右と同様、応力腐食を起こしたことによるものと考えられている。
6 制御棒駆動装置溶接部のひび割れ(甲一七五、一七六)
第一二回定期検査(平成九年)において、制御棒駆動装置溶接部にひび割れ(三か所)が発見されたが、その原因は、接合部に使用された潤滑油から出た塩素イオンが製造時のひずみに反応するなどして応力腐食割れを起こしたことによるものと考えられており、詳細設計あるいは運転管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
7 主変圧器の点検用仮設機材からの発煙(甲一六八、一六九、一七一)
第一二回定期検査中である平成九年九月五日、主変圧器の点検用仮設機材から発煙したが、その原因は、作業員が点検用仮設機材の閉止蓋を取り外さないまま使用したため、再生用ヒータ内で加熱された空気が流れずにヒータの温度が上昇し、周りの断熱材が加熱したことによるものと考えられており、運転管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
三 一号炉、三号炉において発生した故障等
1 一号炉における燃料装荷中の制御棒の損傷(甲一の1の1・2、一六一)
建設中の一号炉において、昭和五一年一〇月一四日、燃料集合体を補助建家内の使用済み燃料ピットから原子炉格納容器内に移送する際、燃料集合体に挿入してある制御棒の先端部が燃料移送コンベアに設置されていたストッパーに接触したため、制御棒の先端部に変形が生じたが、これは、右のストッパーの位置が不適当であったことによるものであり、詳細設計あるいは施工管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
2 一号炉における試運転中の蒸気漏れ(甲一の2の1・2、一六一)
試運転中の一号炉において、昭和五二年七月一九日、タービンの蒸気調節用加減弁から蒸気漏れが発見されたが、その原因は、蒸気加減弁の蓋の締め付けが悪かったことによるものと考えられており、専ら施工管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
3 一号炉における一次冷却材の漏えい(甲一の3の1、一六一)
運転中の一号炉において、昭和五三年一〇月四日、一次冷却材ポンプ軸封部から一次冷却材が漏えいしているのが発見されたが、その原因は、一次冷却材温度検出用配管止め弁のグランドパッキンの取り付けが不適切であったために一次冷却材が廃棄物処理系統に漏えいし、さらに、一次冷却材ポンプ漏えい回収配管にある逆止弁が作動しなかったため、漏えいした一次冷却材が廃棄物処理系統から逆流し、ポンプ軸封部を経て格納容器内に漏えいしたものと考えられており、専ら運転管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
4 一号炉における制御棒クラスタ案内管たわみピン及び支持ピンのひび割れ(甲一の5、一六一)
一号炉の第二回定期検査(昭和五四年)において、制御棒クラスタ案内管のたわみピン(一一本)及び支持ピン(四本)にひび割れが発見されたが、その原因は、取り付け時の応力、運転中の熱応力、材料の割れの感受性が相対的に高かったことにより応力腐食割れを起こしたことによるものと考えられており、詳細設計あるいは運転管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
5 一号炉における給水ポンプの停止(甲二の2)
一号炉において、昭和五四年八月三一日、給水ポンプが停止したが、その原因は、給水ブースタポンプ出入口差圧スイッチの設定値が運転時の実差圧に近く、右圧力検出配管のつまりによって差圧スイッチが誤作動したことによるものと考えられており、専ら運転管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
6 一号炉における制御棒の摩耗及び外径増加(甲二二の1の1・2、一六一、証人石川)
一号炉の第九回定期検査(昭和六三年)において、制御棒の摩耗及び外径増加が発見されたが、これは、必要に応じて制御棒の取換等を行うことによって対処することが予定されているものであり、専ら運転管理に属する事項であると認められる。
7 三号炉における湿分分離加熱器逃がし弁の損傷(甲一一二、一六一、乙四三)
三号炉の第一回定期検査(平成八年)のための出力降下中、湿分分離加熱器逃がし弁の一部が損傷したが、その原因は、当該逃がし弁母管に定格出力運転時には作動しない誤った仕様のドレントラップ(排水装置)が設置されていたことによるものであり、出力降下に伴いドレントラップが作動し、母管内に滞留していたドレンが排出されたことから、急激な蒸気凝縮による圧力変動が繰り返し発生し、その振動により損傷に至ったものと考えられており、専ら施工管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
8 三号炉における放射能汚染水の補助建屋への漏えい(甲一六五、一六六)
三号炉において、平成九年六月五日、燃料取替用水が補助建屋に漏えいしたが、その原因は、作業責任者が、燃料取替用水タンクにつながるパイプの手動弁の分解点検作業を行うに当たり、事前に手動弁周辺の水抜きをしていないにもかかわらず、作業開始の許可を得たものと思い込み、作業員に開始を指示したことによって手動弁が開けられたことによるものと考えられており、運転管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
四 TMI事故、チェルノブイル事故、美浜二号炉事象
1 TMI事故(甲五の1、2、一五の3〜5、15、20、三〇の1、三二の7、8、九四、九五、乙七、八の1、2、五二、証人海老澤、同石川)
(一) 米国スリーマイルアイランド原子力発電所二号炉(加圧水型)において、昭和五四年三月二八日、炉心が損傷し、放射性物質が外部環境に放出される事故(TMI事故)が発生した。
(二) 原子力安全委員会は、TMI事故を調査、検討するとともに、得られた教訓を我が国の原子力発電所等の安全確保対策に適切に反映させるため、「米国原子力発電所事故調査特別委員会」を設置し、昭和五六年五月までに、第一次ないし第三次の「米国原子力発電所事故調査報告書」をとりまとめた。
(三) 右報告書等によれば、主給水ポンプの停止に端を発し、事態が炉心損傷(炉心溶融)にまで拡大、発展した主たる要因としては、①主給水喪失時に直ちに蒸気発生器に給水するための補助給水ポンプの出口弁が、技術仕様書に違反して、閉じられたままの状態で運転が続けられていたこと、②加圧器逃し弁が開いたままになっており、一次冷却材の流出が続いていたにもかかわらず、運転員が、加圧器の水位の上昇を見て一次系が満水したと誤判断し、ECCSの高圧注入系を停止するなどしたこと(緊急手順書によれば、高圧注水ポンプの停止は、加圧器の水位だけでなく、一次系の圧力も条件とされていた。)、③ECCSの高圧注入系が停止しても加圧器の水位が上昇する現象について、運転員は、全く教えられておらず、運転手順書にもない事態であったことから、加圧器逃し弁の元弁が閉じられるまでに二時間一八分もの時間を要したことなどが挙げられ、設計上の諸対策が人為的要因によって機能を発揮し得なかったことによるものと考えられており、専ら運転管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
2 チェルノブイル事故(甲一五の1、2の1・2、8〜14、一七の1、2の1・2、3〜7、9、10、11の1・2、12の1・2、13〜25、26の1〜3、27〜29、30の1〜3、31の1〜3、32〜34、二〇の3の1・2、8、9、二一の11、二五の1〜17、二八の1〜5、6の1・2、7、8、9の1・2、10、11の1・2、12〜37、二九の1〜11、九四、一四〇ないし一四九、一八五、二三七の5、6、乙二四、二五、五二、証人海老澤、同石川)
(一) 旧ソ連ウクライナ共和国チェルノブイル原子力発電所四号炉(黒鉛減速軽水冷却沸騰水型炉)において、昭和六一年四月二六日、原子炉と建屋が破壊され、炉内の多量の放射性物質が外部環境に放出される事故(チェルノブイル事故)が発生した。
(二) 右事故の被害は甚大であり、①三一名が死亡し、二〇三名が急性放射線障害を起こして入院し、②発電所から半径三〇キロメートルの地域の住民一三万五〇〇〇人が避難し、③放射性物質は国境を越え、旧ソ連に隣接するヨーロッパ諸国を中心に広範囲にわたる放射能汚染をもたらし、日本の各地でも放射性物質が確認され、④事故発生後一〇年以上が経過しても特に子供に対する影響等が指摘されている。
(三) 原子力安全委員会は、チェルノブイル事故を調査、検討し、我が国の安全確保対策に反映させるべき事項の有無等を審議することを目的として、「ソ連原子力発電所事故調査特別委員会」を設置し、昭和六二年五月二八日までに「ソ連原子力発電所事故調査報告書」をとりまとめた。
(四) 右報告書等によれば、チェルノブイル事故は、外部電源が喪失してタービンへの蒸気供給が停止した場合にタービン発電機の回転慣性エネルギーによって発電所内の電源需要にどの程度対応できるかを調べる試験を行っている際に発生した反応度事故であり、第一次的な原因は、運転員の六つの規則違反、すなわち、①「反応度操作余裕」が規定値を大幅に下回っているのに炉の停止をしなかった、②計画より低い出力で試験を行った、③待機中のポンプを起動し、規定値を超える流量で冷却材を流した、④タービン二基停止でスクラムの安全信号をバイパスした、⑤気水分離器内の水位、圧力のスクラム信号をバイパスした、⑥ECCSを切り離したまま運転を継続したことによるものと考えられており、専ら運転管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
なお、チェルノブイル四号炉は、旧ソ連が独自に開発した黒鉛減速軽水冷却沸騰水型炉であり、①低出力の状態において反応度出力係数が正となる場合がある設計であったこと、②このような原子炉の特性に対し、原子炉停止系が十分な速度を有しない設計であったことなどの設計上の問題も事故の要因となったと考えられているが、他方、本件原子炉施設については、①前記第六章の第四の一2(二)のような固有の安全性を有し、反応度出力係数が運転領域で常に負となる設計がなされていること、②前記第六章の第四の一5・6のとおり、反応度投入事象に関しては、「未臨界状態からの制御棒クラスタ引き抜き」(運転時の異常な過渡変化)及び「制御棒クラスタ抜け出し事故」の解析が行われ、このような事象の発生を想定しても、本件原子炉施設の安全性が確保できる設計になっていることが確認されていることなどが認められ、これらの事実に照らすと、チェルノブイル事故における設計上の要因は、本件安全審査の合理性に影響を及ぼすものではないというべきである。
3 美浜二号炉事象(甲三二の1の1・2、2〜5、9〜25、三三の1〜4、5の1・2、6〜9、九四、乙三二、三三、五二、証人海老澤、同石川)
(一) 美浜発電所二号炉(加圧水型)において、平成三年二月九日、蒸気発生器の伝熱管一本が破断したことにより原子炉が自動停止し、ECCSが働くという事象が発生した。右事象は、我が国において初めて蒸気発生器伝熱管破断が発生したことによりECCSが実作動したものであった。
(二) 通商産業省は、平成三年二月二〇日、原子力発電技術顧問会に「美浜発電所二号機調査特別委員会」を設置し、その審議を踏まえつつ、原因究明、再発防止対策の確立のための調査を実施し、平成三年一一月までに「関西電力(株)美浜発電所二号機蒸気発生器伝熱管損傷事象について」と題する報告書をとりまとめた。
(三) 右報告書等によれば、美浜二号炉事象は、蒸気発生器伝熱管のU字部に流力弾性振動が発生し、高サイクルのフレッチング疲労により破断に至ったものであり、その原因は、伝熱管の振動を抑制する振止め金具が設計どおりの範囲にまで挿入されていなかったことによるものと考えられており、施工管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
また、美浜二号炉事象に際して発生した主蒸気隔離弁の不完全閉は、前回の定期検査時において、弁棒摺動部に鏡面仕上げを行ったことによるものと考えられており、加圧器逃がし弁の不作動は、原子炉起動前の点検において、運転員が空気元弁を閉止した誤操作によるものと考えられており、いずれも、専ら運転管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
五 その他の伊方発電所以外の原子炉施設において発生した故障等
1 高浜発電所二号炉における一次冷却材の漏えい(甲二の1)
高浜発電所二号炉において、昭和五四年一一月三日、一次冷却材が漏えいしたが、その原因は、一次冷却材の温度を計測するための配管に取り付けられていた栓に、設計とは異なる材質のものを使用していたことによるものと考えられており、専ら施工管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
2 大飯発電所二号炉における燃料棒の損傷等(甲一の15、二の1)
大飯発電所二号炉において、昭和五六年八月三一日、燃料被覆管に穴が開いて燃料ペレットが露出しているのが発見されたが、その原因は、炉内構造物であるバッフルプレートを組み立てる際に、その接合部の間隙が過大となったために生じた一次冷却材の横流によるものと考えられており、専ら施工管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
3 玄海原子力発電所一号炉における余熱除去ポンプ主軸の損傷(甲一八の1〜3)
玄海原子力発電所一号炉において、昭和六一年一〇月一〇日、余熱除去ポンプの主軸が折損したが、その原因は、右主軸に比較的高い応力が発生する少流量運転を継続していたことによるものと考えられており、専ら運転管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
4 敦賀発電所二号炉における二件の一次冷却材の漏えい(甲二〇一、二〇五ないし二一四、二二六、乙八二、八三)
(一) 敦賀発電所二号炉(加圧水型)において、平成八年一二月二四日、化学体積制御系統の配管から一次冷却材が漏えいしているのが発見されたが、その原因は、当該配管の曲げ部の製造段階において配管の内表面に亜鉛が混入し、その状態で曲げ加工を実施したため、低融点金属割れを起こしたことによるものと考えられており、専ら施工管理に属する事項に起因するものであったことが認められる。
(二) また、平成一一年七月一二日には、原子炉格納容器内に一次冷却材が漏えいしているのが発見されたが、その原因は、化学体積制御系統の再生熱交換器が内筒を有する構造であったために存在したバイパス流によって、連絡配管を通る一次冷却材の温度分布が変動するとともに、温度の異なる冷却材の合流による温度ゆらぎが生じたため、右連絡配管が熱疲労割れを起こしたことによるものと考えられており、専ら再生熱交換器の詳細設計に属する事項に起因するものであったことが認められる。
六 小括
右二ないし五の検討のとおり、原告らの指摘するこれらの事故・事象等の原因は、当該原子炉施設の詳細設計、施工管理及び運転管理等に属する事項に起因するものであり、いずれも、当該原子炉施設の基本設計の安全性にかかわる事項に起因するものではないから、これらの事故・事象等が発生した事実及びこれらの原因は、本件安全審査の合理性に影響を及ぼすものではないというべきである。
第八章 結論
一 以上のとおりであって、本件許可処分には、手続的違法はなく、また、三号要件(技術的能力部分)及び四号要件適合性についての被告行政庁の判断に不合理な点があると認めることはできないのであるから、実体的違法もない。
よって、原告らの本件許可処分の取消しを求める請求は、いずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
二 なお、本件訴訟の特質、審理経過にかんがみ付言する。
本件訴訟において争われたのは、本件原子炉施設の安全性に関する被告行政庁の判断の適否であって、本件原子炉施設の絶対的安全性ではない。
国民生活の安定や経済活動の発展を図るためには電力の安定した供給を確保することが重要であり、かつ、原子炉事故等による深刻な災害が引き起こされる確率がいかに小さいといえども、重大かつ致命的な人為ミスが重なるなどして、ひとたび災害が起こった場合、直接的かつ重大な被害を受けるのは、原告らをはじめとする原子炉施設の周辺住民である。
前記第七章の第三で検討した国内外の原子炉施設における事故・事象等の発生それ自体が、周辺住民に不安を抱かせる原因となっていることは否定できない事実であり、これらの不安に誠実に対応し、安全を確保するため、国や電気事業者等に対しては、今後とも厳重な安全規制と万全の運転管理の実施を図ることが強く求められる。
(裁判長裁判官・豊永多門、裁判官・末弘陽一、裁判官・木太伸広は、転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官・豊永多門)
別紙第一図〜第三の七図(2)<省略>