松山地方裁判所 昭和54年(ワ)542号 判決 1984年4月27日
主文
一 被告らは、各自、原告に対し、別紙物件目録記載(二)、(三)の各建物を明け渡せ。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一 請求の趣旨
1 主文同旨
2 仮執行宣言
第二 請求の趣旨に対する答弁
一 原告の被告ら各自に対する請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
第三 請求原因
一 関係者の身分関係
原告は被告今井ハナ子(以下、被告今井という。)の兄であり、同被告はかつて被告武知一男(以下、被告武知という。)の妻であった者であり、訴外和田経雄(以下、和田という。)は原告及び被告今井の妹の夫である。
二 登記建物の所有権の帰属
1 被告武知は、昭和三一年一〇月ころ別紙物件目録記載(一)の土地(以下、本件土地という。)を前所有者から買い受け、昭和三二年二月ころ右土地上に別紙物件目録記載(二)の建物(以下、本件登記建物という。)を建築してその所有者となった。
2 被告武知は、昭和三一年一〇月ころから昭和三二年一〇月二二日までの間に、和田から、毎月金五〇〇〇円ずつ返済する約定の下に金五二万円を借り受け(この借受けは、本件土地購入資金、本件登記建物建築資金に当てるために行われた。以下、この貸借を本件貸借という。)、右債務(以下、本件債務という。)の担保として同人に本件登記建物の所有権を本件土地の所有権と共に譲渡した(以下、この契約を本件譲渡担保権設定契約といい、右契約によって和田の取得した権利を本件譲渡担保権という。また、一般に、ある財産をある債務の担保のため譲渡する契約を譲渡担保権設定契約といい、その際の譲渡人を設定者、譲受人を譲渡担保権者という。)。これに基づき、昭和三二年一〇月二二日受付で右両物件についての被告武知から和田への所有権移転登記が同日贈与を原因としてなされた。
3 原告は、昭和五四年八月二九日、本件登記建物を本件土地と共に和田から贈与され(以下、この契約を本件贈与契約という。)、これに基づき同月三一日受付で同人から原告への所有権移転登記も得た。右登記の原因は、当初昭和三八年五月七日贈与とされていたが、昭和五四年九月二一日受付で、錯誤を原因として昭和五四年八月二九日贈与と更正された。
三 未登記建物の所有権の帰属
原告は、昭和四一年ころ、別紙物件目録記載(三)の建物(以下、本件未登記建物という。)を建築してその所有者となった。
四 被告らによる占有
被告らは、いずれも、本件登記建物、本件未登記建物(以下、この二つの建物を総称するときは本件各建物という。)を占有している。
五 結論
以上により、原告は、被告ら各自に対し、本件各建物を明け渡すよう求める。
第四 請求原因に対する答弁
一 請求原因一は認める。
二1 同二1は認める。
2 同二2も認める。ただし、被告武知が和田から借り入れたのは、正確には、昭和三一年一〇月の金五〇万円、昭和三二年二月の金七万円の合計金五七万円である。
3 同二3は認める。
三 同三は認める。
四 同四も認める。
五 同五は争う。
第五 抗弁
一 本件登記建物関係
1 公序良俗違反
(一) 原告は、本件登記建物が本件土地と共に本件譲渡担保権設定契約に基づき担保の目的のためにのみ被告武知から和田に所有権移転されたものであることを知りながら、かつ、自ら昭和三八年五月から昭和五三年一〇月まで、それ以前は被告らの占有していた本件登記建物を不法に占有して被告武知の和田に対する本件債務弁済を不能にさせておきながら、和田と通じ、被告らを困らせることと、暴利を得ることのみを目的として本件贈与契約を成立させた。
(二) このようにして成立した本件贈与契約は、公序良俗に反するものとして無効というべきである。
2 背信的悪意の存在
(一) 被告武知は、和田に対し、本件債務の弁済として、昭和三二年三月から昭和三八年四月まで毎月金五〇〇〇円ずつ、計金三七万円を支払い、昭和五五年四月一七日残金二〇万円を提供したが、同人が受領を拒んだため、同月一八日松山地方法務局に右金員を供託した。
(二) 本件贈与契約は前記(一―(一))の事情の下に成立したものであるから、原告は、いわゆる背信的悪意者として、右弁済及び供託による被告武知への本件登記建物所有権の復帰を対抗されるものというべきである。
3 信義則違反(実質上の既判力抵触)
(一) 被告武知は、昭和五二年原告に対し、本件登記建物の所有権が同被告に属することを理由として右建物の明渡しを求める訴えを提起した(松山地方裁判所昭和五二年(ワ)第三九九号。なお、右訴訟は和田をも相手((被告))とするものであり、同人に対しては、本件土地及び本件登記建物についての被告武知から同人への所有権移転登記の抹消登記手続を求めた。以下、前訴という。)。右訴訟において、原告(右訴訟被告)は、「本件土地、本件登記建物の各所有権は、被告武知から和田へ譲渡された後、昭和三八年五月七日ころ和田から原告へと譲渡された。」と主張した。しかし、裁判所は、昭和五三年五月一六日、和田から原告への譲渡は認められないとして、被告武知の請求を認容する判決をなし、原告が控訴しなかったため、原告との関係においては右判決は一審限りで確定した(和田との関係においては、被告武知から和田へ担保のため譲渡されたと認定され、被告武知の敗訴となった。被告武知から右認定は誤りであるとして控訴がなされたが、結局和田の勝訴に終った。)。被告武知は、原告に対し、右判決に基づく強制執行の申立てをなし、原告は、これに対し、請求異議の訴え、再審の訴えを提起し、強制執行の停止の申立て等の手段をとったが、結局、本件登記建物は被告武知へ明け渡されるに至った。
(二) 原告が本訴において本件贈与契約の主張をすることは、信義則に反し許されないものというべきである。原告は、右のとおり、前訴で敗訴判決を受けこれを確定させて一旦は本件登記建物を被告武知に明け渡しておきながら、その後になって、前訴の蒸し返しを図ろうとして、既判力に抵触するのを避ける形式を整えるためだけの目的で和田と通じて本件贈与契約を成立させた上、これを主張しているものであるからである。
4 権利濫用
仮に、原告が本件登記建物の所有権を取得したことを被告らが認めなければならないとしても、被告らは、本件譲渡担保権設定契約成立後も和田の承諾の下に引き続き右建物に居住し、途中昭和三八年五月から昭和五三年一〇月まで原告に不法占有されたため中断したものの、その後は今日に至るまで居住し続けてきており、他方、原告が右建物を取得したのは前記事情の下においてなのであるから、原告が被告らに右建物明渡を求めるのは、権利濫用に該当し許されないものというべきである。
二 本件未登記建物関係
1 被告らは、昭和五三年一〇月原告が本件登記建物を被告武知に明け渡した際、原告から、本件未登記建物の贈与を受けた。
2 仮に、1の主張が認められないとしても、被告らは、昭和五三年一〇月、本件未登記建物を原告から借り受けた。
第六 抗弁に対する答弁
一1(一) 抗弁一―(一)のうち、本件土地と本件登記建物の所有権が被告武知から和田に移転されたのは担保の目的のためであることを原告が知っていたこと、原告が昭和三八年五月から昭和五三年一〇月まで本件登記建物を占有したこと、原告が占有を始めるまでは被告らが右建物を占有していたことは認める。その余は否認する。
(二) 同一―(二)は争う。
2(一) 同一2(一)のうち、被告武知が和田に対し昭和三二年三月から昭和三八年四月まで毎月金五〇〇〇円ずつ計金三七万円を支払ったことは否認する(最終弁済期である昭和四一年六月末日現在でも合計で約金八万円しか支払っていなかった。)。その余は認める。
(二) 同一2(二)は争う。
3(一) 同一3(一)は認める。前訴は、被告武知の虚偽の申立てに基づくものであり、法的に無知な原告が本人訴訟の危険を犯したために、十分な主張・立証がなされず、被告武知の虚偽の供述により真実に合致する事実の認定が妨害され、結果的に誤った判決がなされた。しかも、原告は、法的に全く無知であったため、判決文を正確に理解する能力がなく、同訴訟の共同被告である和田が勝訴していることなどから、自分の方も明け渡さなくてすむと誤解し、敗訴敗決を確定させてしまった。原告がことの重大性を初めて認識したのは、執行官が執行に来てからであり、それ以後原告が種々の法的手段を試みたのは、被告ら主張のとおりである。
(二) 同一3(二)は争う。
4 同4は争う。
二1 同二1は否認する。
2 同二2も否認する。
第七 再抗弁
一1 本件譲渡担保権設定契約に関する債権債務関係は、昭和三八年五月七日、原告、和田、被告武知の三者間の合意により清算された。すなわち被告武知が和田に対する本件債務の弁済を滞らせたことから、原告、和田、被告武知の間で、直接あるいは和田の妻や被告今井を通して話し合いが行われた結果、昭和三八年五月七日、「原告は、和田に対しては自己所有の山林を譲渡し、被告武知に対しては金三〇万円を支払い、その代りに本件土地、本件登記建物の所有権を取得する。これに伴い、和田と被告武知の間の債権債務関係も消滅する。」との合意(以下、本件三者間合意という。)が成立した。原告による昭和三八年五月以降の本件登記建物の占有は、右合意が成立したからこそこれに基づいて開始されたものなのである。
2 仮に1の主張が認められないとしても、和田は、昭和五四年五月一〇日、内容証明郵便をもって、被告武知に対し、本件登記建物の所有権を本件土地の所有権と共に確定的に自己に帰属させて本件貸借の清算をする旨の意思表示をなし、右内容証明郵便はそのころ同被告に到達した。
二 右一1、2のいずれかにより本件貸借の清算は確定的に終了したものというべきであるから、被告武知がその後なした供託は何の意味もないことになる。
第八 再抗弁に対する答弁
一1 再抗弁一1は否認する。また、仮にそのような事実があったとしても、原告が本訴でそれを主張することは、信義則に反し許されないものというべきである。右事実は、前訴でも主張し得た事実であり、かつ、それが認められれば原告勝訴となるべき事実なのであるから、前訴の確定後これを主張することは、実質的にはその既判力に抵触するものであるからである。
2 同一2のうち、原告主張の内容証明郵便が被告武知に到達したことは否認する。その余は知らない。
二 同二は争う。
第九 証拠(省略)
(別紙)
物件目録
(一) 松山市祇園町一四九番三
宅地 一〇九・〇九平方メートル
(二) 松山市祇園町一四九番地三
家屋番号 同町一二四番二
木造瓦葺二階建居宅
床面積 一階 四〇・四九平方メートル
二階 一九・八三平方メートル
(三) 同所
木造スレート葺二階建居宅(未登記)
床面積 四七・三六平方メートル