松山地方裁判所 昭和57年(ワ)648号 判決 1985年4月12日
原告
須賀秀夫
被告
株式会社メーンズショップ正直屋
主文
一 被告は、原告に対し、金一五八万六九三〇円及びこのうちの金一四三万六九三〇円に対する昭和五四年一二月二五日から支払ずみまでの年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は二〇分し、その一七を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一請求の趣旨
一 被告は、原告に対し、金一〇一八万七五二一円及びこのうちの金九二六万七五二一円に対する昭和五四年一二月二五日から支払ずみまでの年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行の宣言
第二請求の趣旨に対する答弁
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
第三請求原因
一 事故の発生
原告は、次の交通事故(以下、本件事故という。)の当事者となつた。
発生日時 昭和五四年一二月二五日午後二時四五分ころ
発生場所 松山市馬木町二〇番地先道路上
加害車 軽四輪貨物自動車(愛媛四〇き一三九九)
右運転者 訴外丸山恵美子
被害車 自動二輪車(一愛媛あ三〇九四)
右運転者 原告
態様 見通しの悪い交差点における出合い頭の衝突
結果 原告は、多発性顔面挫創及び左足挫創の傷害を受けた。
二 責任原因
被告は、本件事故発生当時、加害車を自己のため運行の用に供していたから、自動車損害賠償保障法三条により本件事故による損害の賠償の義務を負う。
三 治療経過と後遺症
1 原告は、本件事故発生日である昭和五四年一二月二五日から昭和五五年六月二五日までの間愛媛県立中央病院(以下、県病院という。)に通院して治療を受けた。その間現実に通院したのは、八日である。
2 しかし、右治療は、通院によるものとはいえ、本来なら入院によるべきところを、同病院の病床がふさがつていたためやむを得ず自宅で療養し、付添者の介護の下に通院したものである。すなわち、原告の右足挫創は、足首部をプラスチツク板の破片をもつて貫通するという重傷であり、歩行が不能で安静加療を要するものであつた。また、右顔面挫創も多発性で顔面にガラス破片等がささり、壊滅的な状態になつていたので、広い範囲にわたり左頬部の皮膚を剥離し、これを引き延ばして縫い合わすという手術を受けた。
3 原告は、昭和五五年六月二五日、左頬部に一一・五センチメートルに及ぶ線状瘢痕の後遺症を残して、症状固定となつた。右後遺症は、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)に基づく保険金請求の手続において同法施行令別表第一二級(以下、単に一二級という。)に該当するとの判定を受けた。
四 損害
1 傷害治療中の逸失利益 金一一万七〇〇〇円
原告は、本件事故発生当時、日本放送協会(N・H・K)松山放送局でエフ・エム(F・M)放送の番組を作る仕事に、いわゆるアルバイトとして従事し、一日当り金三〇〇〇円の収入を得ていた。ところが、原告は、本件事故による受傷のため、昭和五五年二月一日までの三九日間、右仕事に従事することができなかつた。
2 後遺症による逸失利益 金九五八万七五三九円
(一) 原告の性別、生年月日
原告は、昭和三〇年七月二三日生まれの健康な男子である。
(二) 原告の学歴
原告は、本件事故発生当時は愛媛大学四回生であり、現在は同大学大学院生である。卒業後は就職する予定である。
原告は、このように現実には大学卒業後大学院へ進んだが、大学院終了者の生涯の収入が大学を卒業しただけの者のそれに比して少ないと考えるのは合理的でないので、得べかりし利益の算出に当たつては、大学卒業と同時に就職すると仮定した場合と同一に扱うことが許されるべきである。
(三) 就労可能年数 四一年(新ホフマン係数二一・九七)
右のように考えた場合、原告は、少なくとも、二六歳から六七歳までの四一年間は就労可能なものとして処理すべきである。
(四) 年収 金四一〇万八七〇〇円
男子大学卒勤労者の平均年収は、昭和五七年度賃金センサス第一巻第一表によれば金四一〇万八七〇〇円である。
(五) 労働能力喪失率
原告の前記後遺症は、一二級に該当するものであり、これによる労働能力喪失率は一四パーセントと見るべきである。なお、この点につき、被告は、右後遺症は労働能力の喪失をもたらすものではないと主張しているが、右主張の不当なわけは別紙一ないし三に述べるとおりである。
(六) 算式 410万×0.14×21.97=1263万7539
(七) 原告の譲歩
原告は、右金一二六三万七五三九円のうち金九五八万七五三九円を越える部分については、被告に譲歩し請求しないことにする。
3 治療費等
(一) 治療費 金五万八二一〇円
県病院の治療費
(二) 付添費 金三万三〇〇〇円
原告は、前記傷害のため歩行不能となり、入院はしなかつたものの、昭和五四年一一月二五日から昭和五五年一月四日まで家族の付添を要した。この間の付添料は、一日当り金三〇〇〇円として金三万三〇〇〇円となる。
(三) 交通費 金一万〇六九〇円
原告は、県病院への前記通院八日間のうち、前半の四日間はタクシーを利用し、後半の四日間はバスを利用した。タクシー代の合計は金九〇一〇円、バス代の合計は金一六八〇円である。
(四) 文書料 金五七〇〇円
自賠法に基づく保険会社への請求等に要する文書の料金
(五) 破損眼鏡代 金三万円
4 慰謝料 金四五〇万円
(一) 傷害・通院分 金五〇万円
(二) 後遺症分 金四〇〇万円
5 以上合計 金一四三四万二一三九円
6 過失相殺 二割
被告が代理人とした同和火災海上保険会社の担当者と原告との間で、本件事故については、原告の過失割合を二割とするとの合意が成立した。
7 賠償すべき損害額 金一一四七万三七一一円
1,434万2,139円×(1-0.2)=1,147万3,711円
8 損害填補 金二二〇万六一九〇円
9 7―8 金九二六万七五二一円
10 弁護士費用 金九二万円
11 9+10 金一〇一八万七五二一円
五 結論
以上により、原告は、被告に対し、前記損害金一〇一八万七五二一円とこのうちの金九二六万七五二一円(弁護士費用を除いたもの)に対する昭和五四年一二月二五日(本件事故発生の日)から支払ずみまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第四請求原因に対する答弁
一 請求原因一は認める。ただし、原告が多発性顔面挫創の傷害を受けたことは知らない。
二 同二は認める。
三1 同三1のうち、通院期間と通院実日数は知らない。その余は認める。
2 同三2は認める。
3 同三3のうち、原告の後遺症が左頬部の一一・五センチメートルに及ぶ線状瘢痕であつたことは知らない。その余は認める。
四1 同四1は認めない。
2 同四2は争う。
原告が主張する顔面線状瘢痕の後遺症は、原告の現在おかれている社会的地位から見て、原告の将来受くべき収入に何らの減少ももたらすものではないと考えられる。したがつて、右後遺症を理由とする逸失利益を損害として認めることはできないというべきである。
3 同四3(一)ないし(五)はいずれも知らない。
4 同四4(一)、(二)はいずれも争う。
5 同四5は争う。
6 同四6は争う。
7 同四7は争う。
8 同四8は認める。
9 同四9は争う。
10 同四10は争う。
11 同四11は争う。
五 同五は争う。
第五証拠
本件記録中の各書証目録、証人等目録記載のとおりである。
理由
第一事故の発生
請求原因一については、原告が多発性顔面挫創の傷害を受けたことを除き、当事者間に争いがない。また、原告が右傷害を受けたことは、成立に争いのない甲第一号証と原告本人の供述とにより認められ、この認定の妨げとなる証拠はない。
第二責任原因
請求原因二については当事者間に争いがない。
第三治療経過と後遺症
請求原因三1ないし3については、原告の通院期間と通院実日数及び後遺症の内容の点を除き、当事者間に争いがない。そして、右のうち、通院期間と通院実日数は前記甲第一号証と原告本人の供述とにより、後遺症の内容は成立に争いのない甲第二一号証、原告本人の供述と弁論の全趣旨とにより、それぞれ原告主張のとおりであると認められ、これらの認定の妨げとなる証拠はない。(なお、以下、右後遺症を本件後遺症という。)
第四損害
一 傷害治療中の逸失利益 金一一万七〇〇〇円
原告本人の供述と弁論の全趣旨とにより、請求原因四1の事実が認められ、この認定を左右する証拠はない。
二 後遺症による逸失利益 金〇円
1 原告は、昭和三〇年七月二三日生まれの健康な(ただし、もちろん、本件後遺症による影響の点は除く。)男子で、本件事故発生当時は愛媛大学四回生であり、現在は同大学大学院マスターコースに属し愛媛大学理学部臨海研究所で魚類の生態の研究をしており、大学院終了後は研究者のみちは選ばず製薬会社へ就職したいと考えている。
右事実は、原告本人の供述と弁論の全趣旨とにより認められる。
2 右状況の下で、本件後遺症が将来にわたり原告の労働能力を低下させそのために収入の減少をもたらすことが、それ自体を取り上げ将来の逸失利益として損害を算定することを正当化する程度までに、確実であるとすることはできない。この点につき原告が主張する点(すなわち、本件後遺症が、それがない場合に比し、就職の機会を減らし、就職後も成績の低下を生じさせ、ひいては最終的には収入の減少をもたらすことが予想される、との点)も一定限度では理解できる。しかし、問題は、本件後遺症が生じさせるかも知れないと予想される収入の減少という右結果が現実化する見込みの大きさ、現実化するとした場合の結果の大きさのいずれもが余りにも不確実、不明確であることにある。あることが予想できる場合であつても、予想が現実化する見込みの大きさが余りにも不確実、不明確である場合には、それを独立に取り出し、将来の逸失利益として損害賠償額算定の根拠とするのは妥当ではないというべきである。
3 以上により、求件後遺症により生じるかも知れない将来の逸失利益を、それ自体として取り出し、本件事故による損害として算定することはできない。
三 治療費等 金一三万六九〇〇円
1 治療費 金五万八二一〇円
成立に争いのない甲第四ないし第一〇号証により認められる。
2 付添費 金三万三〇〇〇円
原告本人の供述と弁論の全趣旨とによれば、原告は、本件事故発生日から昭和五五年一月四日までの一一日間、家族の付添を要したことが認められる。一日当り金三〇〇〇円の限度で付添費が認められるべきである。
3 交通費 金一万〇六九〇円
原告は、通院八日のうち、前半の四日はタクシーを利用して合計金九〇一〇円を、後半の四日はバスを利用して合計金一六八〇円を支出した。
右事実は、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一一ないし第一八号証と原告本人の供述とにより認められる。
4 文書料 金五、〇〇〇円
成立に争いのない甲第五、第九、第一〇各号証により認められる。右を越えるものは、本件全証拠によつても認めることができない。
5 破損眼鏡代 金三万円
原告本人の供述とこれにより成立の認められる甲第一八号証とにより認められる。
四 慰謝料 金四三〇万円
本件後遺症は、労働能力喪失による将来の逸失利益を損害とする根拠にはなし得ない。これは前述のとおりである。しかし、だからといつて、右後遺症が原告の将来の収入に影響を及ぼす可能性の存在を否定することはできない。そして、右可能性の存在は、慰謝料の額を算定するに当り、十分考慮に入れるべきである。
右のことを前提に、本件事故の態様、傷害の内容と程度、治療の経過、後遺症の内容等、本件に関する一切の事情を総合的に考慮して、金四三〇万円をもつて相当な慰謝料額と定める。
五 以上合計 金四五五万三九〇〇円
六 過失相殺 二割
被告は、過失相殺については、原告の認める二割につき争うと述べるだけである。また、過失相殺の根拠とするに足るだけの具体的事実については、当事者のいずれからも主張がない。そこで、過失相殺は原告の認める二割について行うことにする。
七 賠償すべき賠償額 金三六四万三一二〇円
455万3,900円×(1-0.2)=364万3,120円
八 損害填補 金二二〇万六一九〇円
当事者間に争いがない。
九 七―八 金一四三万六九三〇円
一〇 弁護士費用 金一五万円
一一 九+一〇 金一五八万六九三〇円
第五結論
以上によれば、原告の請求は、被告に対し、本件事故による損害の賠償として、金一五八万六九三〇円とこのうちの金一四三万六九三〇円(弁護士費用を除いたもの)に対する昭和五四年一二月二五日(事故発生日)から支払ずみまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であり、その余は失当である。そこで、右正当な部分を認容し、失当な部分を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山下和明)
別紙一
一 顔面の醜状の後遺症は、他の後遺症と異り常に表に醜状をさらし他に悪印象を与えるため、常時羞恥、嫌悪、疎外、被圧迫等複雑な心理的、精神的苦痛に悩まされるほか異性関係に著しい障害となるのでその苦痛はとくに大きいというべきである。
二 しかし顔面の醜状の後遺症については慰謝料において斟酌すれば足り、逸失利益が存しないとするのは誤りである。
すなわち経済界において、かつては製造業が中心で、肉体労働者が多数を占めていたが、今日ではサービス、流通業等第三次産業が主流となり、その変革はさらにはげしく進みつつある。
のみならず製造部門内部においても、技術の高度化、オートメーシヨン化、集約化、競争の激化等により販売、渉外部門が拡充され、肉体労働者の比率が減少している。これに公務員等を加えるとサービス的部門の労働者が大多数を占め、肉体労働者は一部に過ぎない。
とくに大学卒業者が肉体労働者となることは殆んどあり得ない。その所得についても、非肉体労働者の方が肉体労働者に比しはるかに高額である。
三 ところで顔面に醜状を残す後遺症を受けた場合、単純肉体労働者であれば、作業機能に影響ないものとして所得減少要因にならないとすることも考えられるが、今日では前述のとおり肉体労働者を前提として考えることは妥当でない。
肉体労働者と異りサービス的業務は良好な対人関係、意思疎通が必須の要件である。例えば販売、その他渉外業務においては相手に好感を与え、十分に自己の意思を伝え、相手方を自己との取引に導く能力が要求される。この場合、もし、言語障害があればコミユニケーシヨンに重大な障害があり、業績に影響あることには異論ないであろうが、それにも増して重要なのは表情その他全身で与える印象であることは誰しも否定し得ないところであろう。顔面の醜状がその障害として業績を低下せしめ、所得減少の要因となることは明らかである。
四 女子の場合顔面に醜状があれば、その従事する業務の一般的性格上重大な障害となり、失職または配転されることがあり、そのため就職の機会も少く、所得を失うか減少することがあることは公知の事実である。
このことは、男子においても異るところはなく、男子の外貌が所得に何らの影響がないとするのは誤つた幻想である。対人間においては第一印象が大切であり、顔は言葉を交す前にある最も重要な要素である。その際醜状の原因を一々説明することは不可能であり、そのためのマイナスははかり知れない。そのため激しい競争下においてその原因についての斟酌は望めず、そのため業績低下はさけられず、経営層はもとより上級管理職になる可能性も少く、そのため就職が制やくされることは公知の事実である。
技術系の学科修得者であつても、研究所内で一生を送ることは殆んど皆無といつてもよく、セールス、渉外等対外的業務に従事する機会の方が多く、この点は事務系学科修得者と殆んど異るところがない。
しかも前述のとおり肉体労働者の所得に比べて、サービス的部門、管理部門の労働者の所得が高いことも明らかであるから、単純肉体労働に支障がないから所得の減少がないということはできず、大きな所得減少があるといわなければならない。
もしこれらの者が自営するとすれば、そのマイナスは一層著しいものである。
五 これは将来に向けて一般的平均的可能性によつて評価すべきであり、そのため男子についても労災保険、自賠責保険において労働能力喪失が認められているのである。これをみだりにくずすことは許されない。
原告は本件顔面の後遺症により自賠責後遺症等級一二級と認定されており、一四パーセントの所得減少があるとするのが相当である。