大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松山地方裁判所 昭和59年(ワ)505号 判決 1986年5月26日

原告

太田澄子

ほか二名

被告

児島敏徳

主文

一  被告は、原告太田澄子に対し、金一四八万二六八二円及びこれに対する昭和五九年一二月三〇日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告唐崎昭代に対し、金一四八万二六八二円及びこれに対する昭和五九年一二月三〇日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告三ツ井イワノに対し、金七一万三三七三円及びこれに対する昭和五九年一二月三〇日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

四  原告ら各自のその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

六  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告は、原告太田澄子に対し、金七〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一二月三〇日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告唐崎昭代に対し、金七〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一二月三〇日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告三ツ井イワノに対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一二月三〇日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  仮執行の宣言

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告ら各自の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

第三請求原因

一  事故の発生

訴外亡藤岡幸恵(以下、幸恵という。)は、次の交通事故(以下、本件事故という。)の当事者となつた。

発生日時 昭和五九年三月二八日午前一一時五五分ころ

発生場所 松山市勝山町二丁目一六番地一一付近の県道上

加害車 大型貨物自動車(愛媛一一か四六一七)

右運転者 被告

態様 右県道を北から南に向かつて進行中の加害車が進路前方の横断歩道上を西から東に向かつて歩行中の幸恵に衝突した。

結果 幸恵は同年四月二日午前〇時一〇分死亡した。

二  被告の責任原因

被告は、自己の過失により本件事故を発生させたから、民法七〇九条により、損害賠償の義務を負う。

右にいう過失とは、「自動車を運転する者は、運転中前方横断歩道上に横断中の歩行者がある場合には、横断歩道の手前で自車を停止させ、歩行者の通過を待つて自車を発進させる義務があるのに、これを怠つた(前方注視が不十分であつたため、発見が遅れ、急制動したが間に合わなかつた。)。」との過失である。

三  幸恵と原告らの身分関係

1  原告太田澄子と同唐崎昭代は幸恵の子である。なお、右原告両名以外に幸恵の相続人は存在しない。

2  原告三ツ井イワノは幸恵の母である。

四  損害

1  葬儀関係費 金一五〇万円

(一) 葬儀費 金七〇万円

原告太田澄子と同唐崎昭代は、葬儀費として金七〇万円以上を負担した。

(二) 墓石費用 金八〇万円

原告太田澄子と同唐崎昭代は、幸恵の墓石を訴外大島石材センター株式会社に注文している。その代金は金八〇万円以上である。

2  幸恵の逸失利益 金一九九九万一三二八円

(一) 貸家業関係 金八六二万二一五四円

幸恵は、大正四年二月六日生まれ(死亡当時六九歳)の女子であり、従前から貸家業を営み、年間、金二七六万円の事業主報酬及び金六万二三〇〇円の利益配当を得ていた。幸恵は、本件事故に遭わなければ、七四歳までの五年間は稼働可能であり、その間の生活費の割合は三割を越えるものではないと考えられる。そこで、右年収合計金二八二万二三〇〇円を基に、生活費としてのその三割を控除し、中間利息(年五分)の控除は新ホフマン係数によることとして逸失利益を算出すると、次のとおり金八六二万二一五四円となる。

282万2,300×(1-0.3)×4.3643=862万2,154

仮に右金二八二万二三〇〇円を幸恵の損害を算定する根拠とすることが許されないとしても、六八歳以上の女性の平均給与額である月額金一六万一三〇〇円を根拠として逸失利益を算出すれば、次のとおり金八四四万七五三九円となる。

16万1,300×12×4.3643=844万7,539

(二) 年金関係 金一一三二万九一七四円

幸恵は、死亡当時、恩給(公務扶助料)として年額金一三二万、年金(国民年金)として年額金二三万四八〇円、合計金一五五万四八〇〇円の給付を受けており、なお一四年間の生存が予想された(昭和五六年簡易生命表による。)ので、生活費としてのその三割を控除し、中間利息(年五分)の控除は新ホフマン係数によることとして、将来の総年金額を死亡時の一時金に換算すると、次のとおり金一一三二万九一七四円となる。

(132万+23万4,800)×(1-0.3)×10.4094=1,132万9,174

3  慰藉料 金一五〇〇万円

原告ら各自につき金五〇〇万円ずつ

4  以上合計 金三六四五万一三二八円

5  4のうち原告ら各自の額

(一) 原告太田澄子 金一五七二万五六六四円

(二) 原告唐崎昭代 金一五七二万五六六四円

原告太田澄子と同じ

(三) 原告三ツ井イワノ 金五〇〇万円

6  損害填補 金一七九三万四五四〇円

原告らに対し、自動車損害賠償責任保険から金一七九三万四五四〇円が支払われた。

7  4-6 金一八五一万六七八八円

8  7のうち原告ら各自の額

(一) 原告太田澄子 金七九八万八四二七円

(二) 原告唐崎昭代 金七九八万八四二七円

原告太田澄子と同じ

(三) 原告三ツ井イワノ 金二五三万九九三三円

9  弁護士費用 金一二〇万円

(一) 原告太田澄子 金六〇万円

(二) 原告唐崎昭代 金六〇万円

(三) 原告三ツ井イワノ なし

10  7+9 金一九七一万六七八八円

11  10のうち原告ら各自の額

(一) 原告太田澄子 金八五八万八四二七円

(二) 原告唐崎昭代 金八五八万八四二七円

(三) 原告三ツ井イワノ 金二五三万九九三三円

五  結論

以上により、被告に対し、

原告太田澄子は、前記損害金八五八万八四二七円の範囲内である金七〇〇万円とこれに対する昭和五九年一二月三〇日(本件事故により幸恵が死亡した日より後である。)から支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を

原告唐崎昭代は、原告太田澄子に対するのと同一内容の支払を

原告三ツ井イワノは、前記損害金二五三万九九三三円の範囲内である金一〇〇万円及びこれに対する右同日から支払済みまでの右割合による遅延損害金の支払を

それぞれ求める。

第四請求原因に対する認否

一  請求原因一は認める。

二  同二は認める。

三  同三は認める。

四1(一) 同四1(一)は争う。

(二) 同四1(二)は争う。

2(一) 同四2(一)は争う。

幸恵は、原告ら主張の収入を得ていたとしても、その収入は投下資本によつてのみ得られていたものであり、同人の労働の対価として得られていたものではない。このような収入が幸恵の死亡による逸失利益として損害賠償の対象となることはあり得ない。逸失利益として認められるべきは、収入が労働の対価として得られていた場合に限られるべきだからである。

また、幸恵の場合、一般的、抽象的な労働能力を喪失したことを理由として逸失利益を認めることもすべきでない。一般論としても、幸恵のような不労所得者にまで労働能力喪失を理由とする逸失利益という形で保護を与える必要はなく、仮に一般論としては、その必要があることがあり得るとしても、その場合の保護は、被害者が現実には、労働していなくても労働能力と労働意思をともに有している場合に限られるというべきであるのに、幸恵は、<1>労働しなくても収入が得られたこと、<2>六九歳という年齢、<3>女性であること等のために、労働により収入を得ようという意思を全く欠いていたからである。

次に、仮に何らかの形で幸恵の逸失利益が認められるとしても、一時金の算定に当たつては、生活費の割合は五割と見るべきである。

(二) 同四2(二)は争う。原告ら主張の公務扶助料も国民年金も、共に、受給権者本人の生活保障を目的とする一身専属的な権利であり、相続の対象にはなり得ない(民法八九六条ただし書)。したがつて、その相続を前提とする原告らの主張は失当である(東京高裁昭和四八年七月二三日判決・公民六巻四号一〇一ページ、同昭和四八年七月二三日判決・判時七一八号五五ページ、大阪地裁昭和五七年六月三日判決公民一五巻三号七四九ページ参照)。

3 同四3は争う。幸恵の年齢、家族状況に照らし、全体で金九五〇万円が相当である。

4 同四4ないし11については、同四6(損害填補)を認め、その余は認めない。

五  同五は争う。

第五証拠

本件記録中の各書証目録、証人等目録記載のとおりである。

理由

第一事故の発生と幸恵の死亡

請求原因一については当事者間に争いがない。

第二被告の責任原因

請求原因二についても当事者間に争いがない。

第三原告らと幸恵の身分関係

請求原因三についても当事者間に争いがない。

第四損害

一  葬儀関係費 金九〇万円

弁論の全趣旨により、既に要したあるいはこれから要する葬儀関係費用は金九〇万円を下らず、それを原告太田澄子と同唐崎昭代が負担したことあるいは負担することが認められる。なお、仮に右金額を越える出費が既になされあるいは今後はされるとしても、右出費と本件事故との間には相当因果関係がないものと考えるべきである。

二  幸恵の逸失利益 金五九一万三二七七円

1  貸家業関係 金〇円

原告ら主張の貸家業等による収入を損害賠償の根拠にすることはできない。原告ら主張の右収入は、いわば、幸恵自身が生み出したものではなく、幸恵に帰属する財産そのものが生み出したものであり、幸恵は、生み出された収入の帰属主体になつていただけであるから、幸恵に帰属していた右財産そのものが同人死亡後も存続する限り、右収入は同人死亡前と同様に得られ続けるのであり、同人死亡によつて変わるのは、その帰属主体が同人の相続人になる点だけである。このような場合には、貸家業等による収入は、幸恵の死亡の前後を通じて失われていないものとして、これを損害賠償の対象から外すべきである(仮にこれを幸恵自身の損害としては認めるべきものとしても、その場合には、幸恵の相続人である原告太田澄子及び同唐崎昭代は、幸恵の死亡という同一の事実により将来の家賃等を二重に取得する結果となつてしまうので、損益相殺の法理により結局のところ右損害の賠償請求は認められないものとなる。)。

もつとも、家賃等の収入を得るために幸恵が寄与していたとすれば、その寄与に見合う部分だけは同人の死亡により失われたことになり(具体的には、相続人が、それまで幸恵の行つてきたことを同人に代わつて行わなければならない、との負担を負うという形で現れる。)、右部分は賠償の対象となり得る。けれども、幸恵が何らの寄与もしていなかつたことは、原告本人太田澄子の供述と弁論の全趣旨とで明らかである。

2  労働能力喪失による損害 金五九一万三二七七円

幸恵は、死亡当時収入を得るための労働はしていなかつた。しかし、同人が労働をしていなかつたのは、家賃等による収入及び年金関係の収入があつてこれにより労働の必要がなくなつていたからであり、労働の能力(ここでは、必要ならば働くという潜在的労働意欲も含む。)が欠けていたからではない(このことは弁論の全趣旨により認められる。)。幸恵の有していた右労働能力そのものが同人の死亡により失われた以上、右労働能力の喪失を金銭的に評価したものは、原則的には、損害賠償の対象となるものと考えるべきである。右に、原則的には、と述べたのは、労働能力が生かされないままにされている事態そのものが損害賠償の対象とされる場合を除去するためである。ところが、幸恵の場合、労働能力を生かさないまましていた事態は損害賠償の対象となつていないので(家賃等については前述のとおりであり、年金等については後述のとおりである。)、同人の有していた労働能力の喪失は、金銭的に評価して、損害賠償の対象に加えるべきである。そして、右金銭的評価の具体的方法は、論理的には種々考えられるが、当裁判所は、本件においては次のようになすのが相当であると考え、これを採用することにする。

(一) 幸恵の性別、生年月日

幸恵は、大正四年二月六日生まれの女子であつた。

右事実は当事者間に争いがない。

(二) 就労可能年数 五年間

(三) 年収 金一九三万五六〇〇円

昭和五六年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の年齢階級別平均給与額(含臨時給与)を一・〇七〇一倍して得られる、六八歳以上の女子の平均給与額は月額一六万一三〇〇円である。

16万1,300×12=193万5,600

(四) 生活費 年収の三割

(五) 採用する係数 四・三六四三

右は五年に対応する新ホフマン係数である。

(六) 算式

193万5,600×(1-0.3)×4.3643=591万3,277

3  年金関係 金〇円

恩給、国民年金等の各種年金については、これを逸失利益として損害賠償の根拠とすべきか否かにつき、判例・学説上争いがある。しかし、少なくとも、本件で問題とされる恩給(公務扶助料)、国民年金に関しては、次のように考えるべきである。

まず、この点につき、被告は、これらの年金制度が受給権者の一身専属的な権利であり、相続の対象になり得ないことを根拠に、賠償の対象とすることを否定すべきだと主張する。そして、これらの年金受給権が一身専属的なものであり、それ自体が相続の対象となるものでないことは、被告主張のとおりである。しかし、本件をその一例とする損害賠償請求事件において直接問題とされているのは、これらの受給権そのものが相続の対象となるか否かではなく、受給権者が死亡により受給権(将来にわたつて給付を受け続ける法的地位)を喪失した場合に、その喪失自体を受給権者自身の被つた損害と見るべきか否か、損害と見るとしてそれをいかに金銭的に評価するかなのである。したがつて、これらの受給権自体が相続の対象とならないことから、論理必然的に、右受給権喪失を賠償の対象から外すべきだとの結論が導き出されるというわけのものではない。受給権自体は相続の対象になり得ないが、受給権喪失が他人の不法行為によりもたらされた場合は、右喪失を金銭的に評価したものは被害者の死亡により被害者自身に生じた損害賠償請求債権として相続の対象となり得る、との立場も、被害者の死亡により被害者自身が損害賠償請求債権を取得し、それを相続人が承継するとの一般論を是認する限り、論理的には十分あり得る。

けれども、不法行為による損害賠償の問題として見る場合にも、結論的には前記受給権の喪失そのものを損害として賠償の対象に加えるのは相当でないと考えるべきである。右受給権が相続の対象とされていないという事実そのもの及び右受給権が相続の対象とされなかつたその理由(本件で問題とされる受給権は、受給権者自身の生活を保障するために存在する公的性格の強いものである。)は、右受給権の喪失を不法行為による損害と評価すべきか否かの判断に当たつても十分に考慮に入れるべきであり、これらの考慮に入れるときは、右受給権の喪失を不法行為による損害と評価するのは相当でないと考えられるからである(これらの受給権は、受給権者の生存中に限り国家が自らの責任においてなすことのみが予想され、その限度でのみ権利として承認されているだけで、死亡による損害が問題とされる不法行為の当事者間において独立の権利として保護の対象にすることまでは、法により予想されていないと考えるのが自然である。)。

三  慰藉料 金一四五〇万円

1  原告太田澄子 金五〇〇万円

2  原告唐崎昭代 金五〇〇万円

3  原告三ツ井イワノ 金四五〇万円

四  以上合計 金二一三一万三二七七円

五  四のうち原告ら各自の額

1  原告太田澄子 金八四〇万六六三八円

2  原告唐崎昭代 金八四〇万六六三八円

原告太田澄子の場合と同じ

3  原告三ツ井イワノ 金四五〇万円

六  損害填補 金一七九三万四五四〇円

当事者間に争いがない。

七  四-六 金三三七万八七三七円

八  七のうち原告ら各自の額

1  原告太田澄子 金一三三万二六八二円

2  原告唐崎昭代 金一三三万二六八二円

原告太田澄子と同じ

3  原告三ツ井イワノ 金七一万三三七三円

九  弁護士費用 金三〇万円

1  原告太田澄子 金一五万円

2  原告唐崎昭代 金一五万円

一〇  七+九 金三六七万八七三七円

一一  一〇のうち原告ら各自の額

1  原告太田澄子 金一四八万二六八二円

2  原告唐崎昭代 金一四八万二六八二円

3  原告三ツ井イワノ 金七一万三三七三円

第五結論

以上によれば、原告ら各自の本訴請求は、原告太田澄子につき金一四八万二六八二円、原告唐崎昭代につき金一四八万二六八二円、原告三ツ井イワノにつき金七一万三三七三円とそれぞれに対する昭和五九年一二月三〇日(本件事故発生日以後の日であり、幸恵死亡日以後の日でもある。)から支払ずみまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であり、その余は失当である。そこで、原告ら各自の請求を右正当な限度で認容し、その余は棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山下和明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例