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松山地方裁判所今治支部 平成13年(ワ)111号 判決 2004年3月11日

甲・丙事件原告

甲野太郎

(以下「原告太郎」という。)

乙事件原告

甲野葉子

(以下「原告葉子」という。)

甲・乙・丙事件原告訴訟代理人弁護士

矢野真之

甲・乙事件原告訴訟代理人弁護士

森岡宗平

甲事件被告

シンドラーエレベータ株式会社

(以下「被告シンドラー」という。)

同代表者代表取締役

ケン・スミス

同訴訟代理人弁護士

相馬功

杉田禎浩

甲事件被告

株式会社損害保険ジャパン

(以下「被告損保ジャパン」という。)

同代表者代表取締役

宮川昌夫

同訴訟代理人弁護士

髙井實

甲事件被告

日本興亜損害保険株式会社

(以下「被告興亜損保」という。)

同代表者代表取締役

松澤建

同訴訟代理人弁護士

武田秀治

乙事件被告

マニュライフ生命保険株式会社

同代表者代表取締役

トレバー・マシュウズ

同訴訟代理人弁護士

竹内厚

小林和則

丙事件被告

瀬戸内昇降機有限会社

同代表者代表取締役

水口榮

同訴訟代理人弁護士

髙井實

主文

1  被告損保ジャパンは、原告太郎に対し、金1000万円を支払え。

2  被告興亜損保は、原告太郎に対し、金480万3000円を支払え。

3  原告太郎のその余の請求及び原告葉子の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は、原告太郎と被告損保ジャパンとの間においては全部被告損保ジャパンの負担とし、原告太郎と被告興亜損保との間においては全部被告興亜損保の負担とし、原告太郎と被告シンドラーとの間においては全部原告太郎の負担とし、原告葉子と乙事件被告との間においては全部原告葉子の負担とし、原告太郎と丙事件被告との間においては全部原告太郎の負担とする。

5  この判決は、1、2項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

1  甲事件

(1) 被告シンドラーは、原告太郎に対し、3282万2127円を支払え。

(2) 主文1項と同旨

(3) 主文2項と同旨

2  乙事件

乙事件被告は、原告葉子に対し、415万2150円を支払え。

3  丙事件

丙事件被告は、原告太郎に対し、3282万2127円を支払え。

第2  事案の概要

1  前提事実(末尾に証拠の摘示のない事実は当事者間に争いがない。)

(1) 原告太郎は亡甲野花子(以下「亡花子」という。)の夫、原告葉子は亡花子の二女である(甲2)。亡花子の相続人は原告らであるところ、甲・丙事件にかかる損害賠償請求権及び保険金請求権については原告太郎が単独で相続若しくは取得する旨合意した(甲4、15)。

原告太郎は、昭和47年ころ新築の愛媛県今治市常盤町<番地略>所在の鉄筋コンクリート造陸屋根6階建のビル(以下「本件ビル」という。)を、昭和63年に買い受けて同所で洋品店「○○」を経営する株式会社××(以下、洋品店を「○○」、会社を「××」という。)の代表取締役である(甲13、原告太郎本人)。

(2)① 被告シンドラー(製造設置当時の商号は日本エレベーター工業株式会社)は、本件ビル内の昇降機(以下「本件昇降機」という。)の製造設置業者であり、昭和63年までその保守点検をしていた。

② 丙事件被告は、昭和63年以降、本件昇降機を年1回定期検査していた(以下、両被告を総称して「昇降機関係被告」という。)。

(3)① 被告損保ジャパン(契約締結当時の日産火災海上株式会社で安田海上火災保険株式会社に吸収合併されて商号変更)は、平成8年11月26日、亡花子との間で、被保険者を亡花子、保険事故を事故による死亡、死亡保険金を1000万円、保険金受取人を無指定の内容で、積立家族傷害保険契約を締結した(契約締結日・契約名称につき甲5、以下「本件保険1」という。)。

② 被告興亜損保は、平成9年2月7日、亡花子との間で、被保険者を亡花子、保険事故を事故による死亡、保険金を480万3000円、保険金受取人を無指定の内容で、年金払積立傷害保険契約を締結した(契約締結日・契約名称につき甲6、以下「本件保険2」という。)。

③ 乙事件被告は、昭和63年2月1日、亡花子との間で、被保険者を亡花子、主契約保険金を830万4300円、災害割増特約に基づく特別死亡保険金を415万2150円、保険金受取人を原告葉子とする内容で、特種養老保険契約を締結した(死亡保険金・契約の名称につき乙D1、以下「本件保険3」という。)(以下、上記被告らを総称して「保険関係被告」という。)。

(4) 亡花子(当時54歳)は、平成13年5月5日午前0時ころ、本件昇降機の4階昇降口から昇降路床に転落し、外傷性ショックにより死亡した(甲3、以下「本件事件」という。)。

(5)① 本件保険1の約款1・6・8条及び本件保険2の約款1・3条は、概ね以下のとおり規定している(弁論の全趣旨)。

ア 被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に傷害を被り、その結果として死亡したときは、保険者は死亡保険金を支払う。

イ 傷害が以下の事由のいずれかによって生じたときは、保険者は保険金を支払わない(以下「故意等免責規定」という。)。

(ア) 被保険者の故意。

(イ) 被保険者の自殺行為。

(ウ) 被保険者の脳疾患、疾病又は心神喪失。

② 本件保険3の約款1条は、上記①と同様の規定に加えて、保険契約者又は被保険者の重大な過失により支払事由が生じたときは、保険者は保険金を支払わない旨規定している(乙D1、以下「重過失免責規定」という。)。

2  訴訟物

(1) 原告太郎は、被告シンドラーに対して、本件事件が本件昇降機の安全装置の保守点検の不完全により生じ、亡花子の逸失利益と死亡慰謝料につき不法行為に基づく損害賠償請求権3282万2127円を単独で相続したとして、被告損保ジャパンに対して、本件事件が偶然の事故であり本件保険1に基づく死亡保険金請求権1000万円を単独で取得したとして、被告興亜損保に対して、本件事件が偶然の事故であり本件保険2に基づく死亡保険金請求権480万3000円を単独で取得したとして、それぞれその支払を請求した(甲事件)。

(2) 原告葉子は、乙事件被告に対して、本件事件が偶然の事故であるとして、本件保険3に基づく死亡保険金請求権415万2150円の指定受取人であるとして、その支払を請求した(乙事件)。

(3) 原告太郎は、丙事件被告に対して、本件事件が本件昇降機の安全装置の保守点検の不完全により生じ、亡花子の逸失利益と死亡慰謝料につき不法行為に基づく損害賠償請求権3282万2127円を単独で相続したとして、その支払を請求した(丙事件)。

3  甲ないし丙事件共通の争点(本件事件の発生状況)

(1) 原告らの主張

① 亡花子は○○の販売業務に従事していたが、本件事件前日の平成13年5月4日、本件ビルの4階に泊まった。○○の従業員である乙山春男(以下「乙山」という。)が、翌日出勤したところ、本件昇降機の搬器は電源が切れた状態で1階に止まり4階昇降口のドア(以下「本件ドア」という。)が開いており、搬器の下の昇降路床に亡花子が死亡して倒れているのを発見した。

本件昇降機は、搬器が昇降口に停止していない場合は外側から昇降口ドアを開くことができないよう、インターロックレバーが固定ロック棒に9ミリメートルのかかり代でかかる設計となっていたところ、4階昇降口のドアはかかり代が2ミリメートルしかなく、搬器が止まっていなくとも手動で開けることができる状態であった(以下「本件不具合」という。)。

亡花子は、4階から1階に降りようとして呼出ボタンを押したところ、搬器が1階にあり電源が切られていたため、不審に思い本件ドアを開けようと意識しないまま高速パネルに触っているうちに、たまたま垂直と左横向きの力が加わって本件ドアが開き、これを予期していなかった亡花子が前に転落して、本件事件が起きたものである。

② 本件昇降機は、本件ドアの右上高さ205センチメートルの部分に鍵穴があり、この部分に棒状の物を差し込むことによりドアを開けることができるが、亡花子は身長159センチメートルしかなく踏み台を使わなければ棒を差し込めないところ、かかる踏み台も棒も現場になかった。

③ 亡花子は過去アルコール依存症に罹患していたが、遺体の血液中にアルコール含有はなく、本件事件時は心神喪失状態になかった。

(2) 被告らの主張

本件事件は亡花子が自ら本件ドアを開けて発生したものであるところ、以下の事情に照らせば、亡花子の故意、自殺若しくは心神喪失による可能性が高い。

① 亡花子の身長からすれば、背伸びをして腕を伸ばせば踏み台がなくとも鍵穴に容易に手が届くし、本件事件後に棒状の物が発見されなかったのは、発見の努力が足りないか何者かが隠匿した可能性がある。

② 亡花子の死亡推定時刻は深夜0時であり、そのような時間に女性が1人で外出を試みるとは考えにくい。

③ 原告太郎・亡花子夫婦は別居状態にあり夫婦仲は悪かったにもかかわらず、保険関係被告の調査において原告太郎はかかる事実を伏せていた。

④ 亡花子の手に昇降機のワイヤーを掴んで付いたと疑われる傷が残っており、自殺を試みた際のためらい傷の可能性がある。

⑤ 亡花子は重度のアルコール依存症等で、平成12年末まで合計5回入院し、本件事件直前の平成13年3月22日まで通院していたから、本件事件当時心神喪失の可能性がある。本件事件当時、本件昇降機の搬器は1階に降ろされて電源が切られ、4階から階段に通じるドアは外側から衝立と木片で固定されており、亡花子は屋外に出られない監禁状態に置かれていたところ、原告太郎が亡花子に酒を飲ませないようにするためにかかる措置を取ったものである。

⑥ 亡花子の遺体は昇降路床の搬器下の狭い窪みに横たわっており、亡花子が4階から落下した際に、原告太郎の説明と異なり、搬器が5階に停止していた可能性がある。

⑦ 本件不具合の程度は、簡単に力を加えて接触したくらいでは開かない程度に設定保存されていた。

⑧ 呼出ボタンを押しても搬器が当該階に来ない場合には当然に故障と推測でき、このような状態でドアに触ったりドアを開けようとする行為は、ドアの先に搬器がなく落下するおそれがあり、死に直結する極めて危険な落下を予期した行為であって、極めて高度な危険への積極的接近行為である。

⑨ 本件ビル4階から外に出るために本件昇降機を使用できないのであれば、階段を使用する、窓からアーケード天井に出る、原告太郎に電話する等の方法があるところ、亡花子は最も危険な行為である本件ドアを手で開く方法をとった。

⑩ 本件昇降機は、平成13年3月24日の芸予地震で故障が生じ、修理後も客に使用させていなかったから、本件事件当日までに亡花子も本件昇降機が危険であることを知り得た。亡花子は、本件昇降機の1階昇降口のドアがさしたる力を加えなくとも手で開くことを知り得る機会が十分にあったから、本件不具合を知っていた。

4  甲・乙事件(保険関係被告)の争点(偶然の事故性及び免責規定の適否)

(1) 原告らの主張

① 前記3(1)のとおり、本件事件は本件不具合による偶然の事故である。鑑定によりかかる不具合が判明したことにより、本件事件が偶然の事故であることが立証されている。

② 保険関係被告の各抗弁は否認する。

亡花子がいかなる目的・認識をもって本件ドアを押しながら横に引くとの力を加える動作をしたのかは不明であるが、同人が本件ドアを開けようと意図して通常考えられない行動をとったとしても、本件不具合がなければ本件ドアが開くことは物理的にあり得ないから、開扉は亡花子にとって偶然の結果であって転落を意図したものではなく、かかる行動を危険若しくは過失のある行為と評価することはできない。

本件ドアを開けるためには、ドアを前に押してロックが外れた状態にしたままで同時に横に引かなければならないから、前に押しながら横に引くという動作が必要になり、押しながら横に引くとの動作を続ければ、そのままバランスを崩して前に転落することは不自然でない。

(2) 保険関係被告の主張

本件事件は、不慮の事故に該当しないし、故意、自殺若しくは心神喪失に該当するから、保険関係被告は保険金支払義務を免れる。

① 原告らの主張は否認する。本件事件は、前記3(2)のとおり不慮の事故ではなく、特に亡花子は原因又は結果発生を予知し得たから、偶発性を欠く。

② 約款上の免責事由の存在(抗弁)

前記3(2)のとおり、搬器が来ない状況で本件ドアに触ったり開けようとする行為は極めて高度な危険への積極的接近行為であって、かかる行動をとる理由は亡花子の故意、自殺若しくは心神喪失以外に考えられない。

原告の主張する「本件ドアを開けようと意識しないまま高速パネルに触っているうちに垂直と左横向きの力が加わる」との動作は、まさにドアを開ける故意の行為そのものである。本件ドアを開くためには、垂直方向に亡花子の年齢・体格からして限界的な加圧である20キログラム程度の力を加え、同時に左横に引くという二重の故意行為を必要とする。

本件ドアは左右方向に開扉するから、開扉した際は亡花子の加圧方向と体の移動方向は左横方向であるから、横倒しにはなっても前方に誤って落下することはない。前方に落下するのは、ドアを横に引いてから再度前方に飛び込んだ場合であるところ、本件昇降機の搬器天井部に落下痕跡がないことは、かかる飛び込みがあったことを示す。

(3) 乙事件被告の主張(約款上の免責事由の存在・抗弁)

本件事件が本件不具合により発生したとしても、前記(2)に照らせば、亡花子は呼出ボタンを押せば開くはずのドアが開かないとの異常な状況のもとで開かないドアに二方向に力を加えて開けるとの異常な開閉方法をとったものであるから、亡花子にはわずかな注意をすれば結果の予見が可能であるのにこれを見過ごした著しい注意欠如(重過失)があるから、乙事件被告は保険金支払義務を免れる。

5  甲・丙事件(昇降機関係被告)の争点(責任原因等)

(1) 原告太郎の主張

① 責任原因(保守点検者としての共同不法行為)

昇降機については、労働安全衛生法42条に基づくエレベーター構造規格により、搬器が昇降路の昇降口ドアの位置に停止していない場合には鍵を用いなければ外から当該ドアを開くことができない装置(以下「安全装置」という。)を備えるものでなければならない旨定められているところ、昇降機の保守点検は、その所有者との契約に基づいて実施されるものであるが、不特定多数の利用者の安全のためになされるものであり、保守点検の義務は不特定多数の利用者に対する一般的義務であるから、点検において安全装置の不具合を見落とし、その結果利用者に損害が発生したときは、点検者は不法行為に基づく損害賠償義務を負う。なお、昇降機が備えるべき安全構造と点検項目は、上記法令等により定められているものであり、これらの規定に基づく注意義務に違反することが責任原因としての過失であり、具体的な事故の発生態様まで予見される必要はない。

被告シンドラーは、昭和63年ころまで当時の本件ビルの所有者と保守点検契約を締結して、丙事件被告は昭和63年ころ以降××と保守点検契約を締結して、本件昇降機の保守点検を行っていたものであるが、それぞれ本件不具合を見落とした。かかり代の不足は、かかり代の設定ミスで本件昇降機の設置当初から存在していた欠陥であり、年数の経過により部品に消耗・摩耗が生じて発生したものではない。

したがって、昇降機関係被告は亡花子が被った損害を賠償する義務がある。(なお、本件昇降機の製造設置にかかる不法行為責任は除斥期間が経過しており、原告太郎は保守点検にかかる責任のみを主張している。)

② 亡花子の損害

本件事件により、亡花子の被った損害は以下のとおり合計3282万2127円である。

ア 逸失利益 1282万2127円

本件事件の直前である平成12年の亡花子の年収は195万円であるから、生活費割合3割を控除して、就労可能期間13年間のライプニッツ係数(9.3935)を乗ずると、その逸失利益は1282万2127円(1円未満切捨て)である。

イ 死亡慰謝料 2000万円

③ 昇降機関係被告の主張(抗弁)に対する反論

ア 被告シンドラーの主張(後記(2)②)は否認する。被告シンドラーの保守点検契約の終了後、丙事件被告が保守点検を行っているが、これによって被告シンドラーは免責されない。

イ 昇降機関係被告の主張(後記(4)②ア)は否認する。本件昇降機につき専門業者である丙事件被告に保守点検が依頼されていたから、原告太郎側に過失はない。

(2) 被告シンドラーの主張(責任原因、時効・除斥期間)

① 責任原因

原告太郎の主張は否認する。昇降機に乗る場合はドアが開くまで待ち開いてから乗るのが通常の人間の行動であり、人力を加えてドアを開くという手順は昇降機の設計思想には存在せず、かかる利用方法は設計者、製造業者、操作マニュアルの予想をはるかに超えているから、被告シンドラーに本件事件の予見・結果回避義務はなく、不法行為責任はない。

② 時効又は除斥期間(抗弁)

被告シンドラーと本件ビルの前所有者の間の保守点検契約は昭和63年に終了しており、その後1年間の経過により瑕疵担保責任は終了しているところ(民法637条)、その後丙事件被告と新所有者である××との間で新たに保守点検契約が締結されたから、不法行為の除斥期間経過後まで被告シンドラーに責任を負わせる必要はない。

(3) 丙事件被告の主張(責任原因)

原告太郎の主張は否認する。

① 丙事件被告は、3万円程度の代金で行政庁に報告するために年1回定期検査を行っていたにすぎないところ、かかる検査においてかかり代を測定することまでは要求されていないし、本件ドアが手動で横に力を加えても開かないことを確認しており、直近の検査日である平成12年6月2日までは何ら異常はなかった。丙事件被告は、定期検査における点検義務として要求される程度の注意義務を尽くしているから過失はない。昇降機は複雑かつ微妙な機械であるため、専門業者と保守点検契約を締結して1、2か月に1回位保守点検をしなければならず、昇降機の保守管理責任は、かかる保守点検をしていない場合はその所有者にある。

② 本件不具合は、被告シンドラーがインターロックレバーと固定ロック棒の設定をした結果であるし、本件事件は亡花子が自ら本件ドアを開けて発生したものであるから、丙事件被告に不法行為責任はない。

(4) 昇降機関係被告の主張(過失相殺・亡花子の損害)

① 亡花子の損害

原告太郎の主張は不知。

② 過失相殺(抗弁)

ア 原告太郎側には、以下のとおり、丙事件被告に本件昇降機につき十分な情報を伝えず不具合の状況の指示を怠った過失があるから、損害全額と相殺されるべきである。

(ア) 本件昇降機のごとく設置後約30年経過している場合、全面的なオーバーホールを実施して不具合を細部にわたって検査すべきであった。

(イ) 本件昇降機は芸予地震により動かなくなり、ドアの開閉に不具合が生じたから、少なくともその際に本件昇降機につき全面的な点検・修理を行うべきであった。

イ 本件事件は、亡花子の開扉行為や原告太郎の軟禁行為といった過失により発生したから、大幅な過失相殺がなされるべきである。

第3  争点に対する判断

1  前記前提事実及び証拠(甲1ないし9、11、12の1ないし3、13ないし16、乙A1、2、乙B1、乙C1ないし3、乙D1、2、証人乙山春男、原告太郎、丙事件被告代表者、調査嘱託、各鑑定嘱託)並びに弁論の全趣旨によると、本件につき以下の事実が認められる。

(1) 本件昇降機の製造設置状況

① 本件昇降機は昭和47年6月ころに本件ビルの当時の所有者の発注により被告シンドラーが製造設置したもので、定員は6名、積載量は450キログラム、定格速度は毎分45メートル、停止箇所は1階から5階まで5か所、出入口形式は二枚片引き戸(高速・低速パネル)である。

② 原告太郎が代表取締役、亡花子が取締役である××は、本件ビルで洋品店○○を営業していたところ、昭和63年6月30日に借入れを受けて本件ビルを買い取って引き続き、1階から3階までを店舗、4階を事務所・休憩室、5階を倉庫として使用していた。本件ビルの4階窓から商店街のアーケード天井に出て外に出ることが可能である。

(2) 本件昇降機の保守管理状況

① 建築基準法8条は、昇降機等の所有者等はこれを常に適法な状態に維持するよう努めなければならない旨規定しており、所有者等は昇降機の日常点検を行うのが望ましい。上記趣旨を活かすため、昇降機については財団法人日本昇降機安全センターが作成した「昇降機の維持及び運行の管理に関する指針」を建設省住宅局建築物防災対策室長名で都道府県建築主務部長に送付した平成5年建設省通達第17号があるところ、所有者等による定期検査に関して、同指針12条1項は、所有者等に使用頻度に応じて専門技術者に概ね1か月以内毎に点検その他必要な整備又は補修を行わせるものとする旨規定しており、所有者自身が保守できない場合は専門技術を有する保守会社と保守契約を締結して保守を委託するのが一般的である。

建築基準法12条2項は、昇降機の所有者は定期検査を受けてその結果を特定行政庁に報告しなければならない旨規定し、同施行規則6条は、報告期間は概ね6か月から1年の間隔で特定行政庁が定める期間と規定しており、一般には1年毎に定期検査と報告をしなければならない。

② 本件昇降機の保守管理は、その設置から昭和63年ころまでは本件ビルの前所有者との保守契約に基づき被告シンドラーが行っていた。

本件ビルが昭和63年に売却されて以降は××からの依頼に基づき丙事件被告が特定行政庁に報告するための年1回の定期検査のみを行っていた。××は1か月毎の保守点検を専門技術者に行わせる保守契約を締結していない。

(3) 本件昇降機の構造・本件不具合の態様

① 昇降機については、労働安全衛生法42条、同施行令13条28号に基づくエレベーター構造規格30条2号が、搬器が昇降路の昇降口ドアの位置に停止していない場合には鍵を用いなければ外から当該ドアを開くことができない装置(安全装置)を備えなければならない旨定めている。

本件昇降機には、安全装置としてドアインターロック装置が昇降口ドアの高速パネル上部閉じ端側に備えられている。同装置は、搬器が当該階に停止していないときは昇降口ドアを施錠し外からは鍵を用いなければ開扉できないようにする機構(ロック部)と、昇降口ドアが閉じていなければ搬器が運転できないようにする機構(インターロックスイッチ)等から構成される。

別紙図面1、2のとおり、同装置は、昇降口ドア(高速パネル)上端部の昇降路側に取り付けられているロック装置本体と、固定側に取り付けられているヘッダーケース内のインターロックスイッチボックスの2つで構成され、高速パネルには保守点検や乗客閉じ込め時の救出のための解錠用の鍵穴(直径1センチメートル)が高さ209センチメートルの場所に設けられており、細い棒状の物で解錠することが可能である。

別紙図面3のとおり、ロック装置本体の基盤上に、インターロックレバー(厚さ2ミリメートルの鋼板製のコ字形断面)、ロックのかかり力を調整するための押圧用ばね、このばねの中心を通るガイドピン、ガイドピンが繋がるインターロックレバーストッパー等が設けられており、搬器が昇降口に到着して搬器のドアが開き始めると、開閉リンク機構の先端の動きにより可動係合カムがBからAの状態に変位し、この動きによりインターロック装置の左右1組の係合子のうち左側の係合子がCからDに変位し、係合子と連動してインターロックレバーがEからFの状態に動いて、インターロックレバーの切り込み部(厚さ2ミリメートルのゴムストッパーが接着されている)が固定ロック棒に掛かって施錠されていた状態から、昇降口ドアが解錠される状態になる。本件昇降機は、インターロックレバーが固定ロック棒に9ミリメートルのかかり代(インターロックレバーの切り込み部が固定ロック棒にかかっている長さ)でかかって昇降口ドアが施錠されるよう設計されている。

② 本件昇降機の状態等についての財団法人日本建築設備・昇降機センターによる本件事件後の各鑑定嘱託結果は、概ね以下のとおりである。

ア 各階ともドアガイドシューの摩耗が大きく、ドアガイドシューがパネルから外れているものや、ドアガイドシュー取付ねじが緩んでいるものが多く、全般にパネルのがたつきが多い。

イ 全般的に昇降口ドアのロックのかかり代が設計値の9ミリメートルより小さく、各階でインターロックレバーの押圧用ばねのばね力(インターロックレバーの切り込み部の位置に加えられる力。下記の「ロック完了時のばね力」はロックがかかった状態のインターロックレバーが動き始めた瞬間の値を、「かかり始めのばね力」は荷重計をさらにロックが外れる位置まで引っ張りロックが外れた瞬間の値である。)のばらつきが大きく、1・3・4階は外側から昇降口ドアを人力で開けることが可能な状態である。1階から4階までの状態の詳細は以下のとおりである。

かかり代(mm)

かかり始めのばね力・

ロック完了時のばね力(kgf)

1階

0

0.75・0.68

2階

6

0.38・0.26

3階

3

0.35・0.28

4階

2

0.26・0.24

ウ 4階昇降口ドア(本件ドア)は、かかり代が2ミリメートルで、インターロックレバーの押圧用ばねのばね力が低いことが主要な要因となり、当該階に搬器が停止していなくとも、高速パネル中央付近の先端にパネルに垂直方向に約20キログラム以上の力を加えながら開き方向に力を加えることにより、インターロックレバーが固定ロック棒から外れて解錠・開扉できる状態であった(本件不具合)。かかる方法による本件ドアの開け方には要領があり、開け方を知らない者が一般の引き戸を開けるような動作で開けることは困難である。

ドアインターロック装置本体は昇降口ドア上端部の昇降路側に取り付けられているため、その平面位置はパネルが昇降路方向に押されて変位すると、これに追従して固定ロック棒から離れる方向に移動してかかり代が少なくなる。インターロックレバーとインターロックレバーストッパーの間に隙間がある場合は、押圧用ばねのばね力が作用しているため、インターロックレバーがかかり代を維持するように回転してレバーの切り込み部に固定ロック棒が常に当たる位置を保ち、パネルが多少変位してもかかり代は維持されるが、かかり代が2ミリメートルであれば、押圧用ばねのばね力の低さ等他の不具合がなくとも人力で開扉することが可能である。立った状態の一般的な大人が水平に押す力は精々30キログラムであるところ、本件ドアをかかる力で押してもインターロックレバーは4ミリメートルしか動かないから、かかり代が設計値の9ミリメートルあれば当然に、少なくとも5ミリメートル以上確保されていれば、身体が激突したような場合を除き、インターロックレバーが固定ロック棒から外れることはなく、人力で開扉することは不可能である。

エ かかり代は使用中に大きく変化する構造ではないところ、本件不具合につきかかり代の不足が本件昇降機の設置当初からあったのか、改修、部品交換、保守点検等の際に再調整したかは不明であるが、少なくとも最近調整し直した形跡は見られない。本件不具合の主たる原因は、固定ロック棒の位置が昇降口側に寄りすぎていること、すなわち固定ロック棒の設定不良である。

適切な定期検査を実施していれば、本件不具合は摩耗の初期段階で発見することができたはずである。本件昇降機は、本件不具合の他、各部の摩耗やさびの進行等、定期検査において発見されるべき箇所が多く、定期検査時に状態評価を誤った可能性がある。

インターロックレバーのかかり代については、個々の昇降機製造業者の設計に委ねられており、一律にかかり代の寸法を定める法令・基準はないが、昇降機の検査項目を定めた日本工業規格「昇降機の検査標準」は、昇降口ドアのロック及びスイッチの作動状態が確実であることを検査すべきとしている。定期検査においては、かかり代等を検査すべきであり、本件不具合は定期検査においてはドアインターロックスイッチにつき「C」(要修理又は緊急修理)と評価すべき状態である。

③ 丙事件被告は、本件事件前の平成12年6月2日に本件昇降機を定期検査し、ドアインターロックスイッチにつき「A」(良好)と評価した。同被告代表者は、本件ドアにつき、かかり代を目測してパネルの先端に手を掛けて開放方向に引いても開かないことを確認して評価したものである。同代表者は、検査する昇降機のかかり代のほとんどが設計値とされる9ミリメートルの2分の1ないし3分の2であったため、かかる数値をもって正常なかかり代と認識していた。なお、丙事件被告が本件ドアのかかり代を設定したことはない。

④ 本件昇降機は平成13年3月24日の芸予地震により搬器を吊す重りがレールから外れて作動しなくなったが、同年4月末ころに丙事件被告がこれを修理し、その後はドアの開閉機能に異常が見られたものの、搬器内部のドアスイッチで手動で操作することにより開閉が可能であり、一応使用は可能であった。

(4) 本件事件前の経緯

① 本件保険1ないし3の締結経緯

ア 乙事件被告は、昭和63年2月1日、亡花子との間で、本件保険3を締結した。保険期間は15年間、払込方法は年払、1年あたり分割払保険料50万5100円である。

イ 被告損保ジャパンは、平成8年11月26日、亡花子との間で、本件保険1を締結した。保険期間は5年間、満期返戻金は100万円、一時払保険料は108万7200円である。

ウ 被告興亜損保は、平成9年2月7日、亡花子との間で、本件保険2を締結した。保険期間は14年間、払込方法は年払、払込期間は10年間、基本給付金は確定型・定額払、給付金支払期間は5年で1回の基本給付金は116万1470円、1年あたり分割払保険料50万円である。

② 原告ら・亡花子の経済状態

本件ビルには、債務者を××とする昭和63年6月30日設定の極度額を1億6000万円とする根抵当権設定登記が経由されている。根抵当権者は設定当時は株式会社四国銀行であり、平成2年12月26日に根抵当権が株式会社伊予銀行に譲渡されている。

決算報告書上の平成9年4月1日から平成12年3月31日(10期から12期)までの××の経営状況は、不景気の影響により売上高が約1億6000万円から約8000万円にほぼ半減したものの、経常損益は一応黒字に転じ、短期借入額は変動していないものの、長期借入額が約3000万円から約1500万円にほぼ半減するなど、経営状態は比較的安定している。

原告太郎と亡花子の××からの役員報酬は、10・11期はそれぞれ480万円と600万円、12期は各180万円である。

③ 亡花子の病歴

ア 亡花子は、平成6年ころからアルコール依存症の兆候が見え始め、その治療のために同年10月3日にみやもとクリニックを受診して、その後数年間は断酒をしては、○○の経営への不安、原告太郎の健康への不安、同原告との不仲等から飲酒を再発し、5回の教育入院と自主退院を繰り返していた。亡花子は不眠を訴えて抗うつ剤・抗不安剤を処方されていたが、アルコール依存症については酒を飲まない生活習慣を身につけるカウンセリングを受けたにとどまった。

亡花子は平成13年に入ってから断酒の期間が徐々に短くなり、半月ほど断酒しては再び飲酒する生活を繰り返すようになった。みやもとクリニックの最終受診日は平成13年3月22日である。

イ 亡花子は、平成7年2月21日から第一病院を受診し、アルコール摂取過多による高血圧と診断され、アルコール依存症の治療を受けなかったが、不眠を訴えて抗不安剤を処方されていた。第一病院の最終受診日は平成13年1月16日である。

④ 原告太郎と亡花子の夫婦仲

亡花子が飲酒したり断酒期間が続くと原告太郎に暴言を吐いたり暴れたりして夫婦喧嘩に発展することがあり、同原告の暴力により亡花子が負傷することがあった。

原告太郎と亡花子夫婦の自宅は本件ビルから離れた場所にあったが、平成12年中に亡花子は本件ビル近くに女性専用マンションの1室を借りて自宅には時々帰っていた。原告太郎と夫婦喧嘩をした際には○○の営業時間内であっても上記マンションに戻って飲酒することもあった。

(5) 本件事件の発生状況

① 原告太郎と亡花子は、本件事件の1年ほど前から仕事が忙しいときなどに本件ビル4階(休憩室)に寝泊まりすることが多くなっていた。

② 原告太郎は、本件事件前日の平成13年5月4日、午後7時に○○を閉店した後、午後8時ころに本件ビル4階で寝ていた亡花子を残して従業員の乙山と共に本件ビルを退去して、糖尿病予防のために徒歩で自宅に帰った。原告太郎は退去に際して、亡花子が酒を買うために夜間外出してはいけないと考えて、本件昇降機の搬器を1階に降ろして搬器内部のスイッチで主電源を切り、4階エレベーターホールの階段に続くドアは、階段通路が暗く亡花子が落ちて骨折したことがあったので、外側から衝立を木片で固定して封じて亡花子が階段に出られないようにした。

原告太郎が、自宅に徒歩で到着した午後9時ころに本件ビル4階の亡花子に電話したところ、同人が酔っている様子はなかった。原告太郎は、亡花子に、本件昇降機の搬器を1階に降ろして主電源を切ったこと、階段に続くドアを衝立で封じたことを告げていない。

③ 乙山が、翌5日午前9時50分ころに○○に出勤して4階に行くため本件昇降機の主電源を入れたが、本件ドアが開いたままであったため可動せず、階段で4階に上がったところ、ドアを押さえていた衝立が動かされた形跡はなく、本件ドア前(エレベーターホール)やトイレの照明は消え、休憩室内は、西側の照明のみが点灯し、テレビも点いたままであり、窓も閉まった状態であり、亡花子は見あたらなかった。乙山は亡花子が本件ドアから昇降路内に転落したと考えて覗き込んだが暗くてよく見えなかったため、懐中電灯を買い本件ドアから昇降路内を照らしたが、亡花子は搬器の天井には見あたらなかった。

乙山は、同日午前11時ころに出勤した原告太郎と共に亡花子を捜し、1階昇降口ドア下の隙間を懐中電灯で照らして見たところ、昇降路床に亡花子が倒れているのを発見し、119番通報した。

(6) 本件事件後の経緯

① 今治警察署は、同日午前11時45分から午後4時40分まで、原告太郎と乙山の立ち会いを得て実況見分を行い、本件昇降機は主電源を入れると正常に作動すること、本件ドア前の照明は電源スイッチにより正常に作動すること、亡花子の遺体は靴を履いておらず、サンダルの右足側が搬器の天井に、左足側が1階昇降口の内側コンクリート桟の上に引っかかっていることを確認した。同署は、その後、遺体の血液中にアルコールが含有されていないことを確認したが、薬物含有については検査していない。

検視等の結果、亡花子は、平成13年5月5日午前0時ころ、本件ドアから1階に停まっていた搬器の天井部に落下し、その後、何らかの原因で昇降路と搬器の隙間(約47センチメートル)から昇降路床に転落し、外傷性ショックにより死亡したと判断された(本件事件)。同署は、本件事件につき、原告太郎や第三者の関与があるとは見られず、亡花子の遺書も残っていないことから亡花子の過失による事故として処理した。

亡花子の身長は159センチメートルであり、背伸びをしても本件ドアの鍵穴からの解錠は困難であるところ、本件ドア付近に踏み台は発見されず、本件ドア及び遺体付近に鍵になるような棒状の物は発見されなかった。

② 被告損保ジャパンが本件事件の調査を依頼した株式会社特調の調査報告の内容は、概ね以下のとおりである。なお、この調査の時点では、本件不具合は未だ判明していなかった。

ア 原告太郎は、亡花子が重度のアルコール依存症であったこと、同人に酒を買いに行かせないために軟禁していたことについて一切説明しなかった。

イ 乙山によれば、亡花子は平成13年4月初旬以降アルコール依存症に著しい悪化があり○○にほとんど出てこなくなった、原告太郎は本件事件の20日ほど前から亡花子が本件ビルにいる時は日中であっても搬器を1階に降ろして主電源を切っていた、原告太郎は同年5月3日朝に亡花子が勝手に酒を買って飲まないよう本件ビル4階に連れてきた、原告太郎は同日夜以降は夜間は搬器の主電源を切った上で階段に続く4階のドアに外から支えをして外に出られないよう軟禁状態にしていたが、亡花子が抜け出した形跡があった、亡花子は酒を買うために外に出ようと思い誤って転落したと思うとのことであった。

ウ 亡花子が受診していたみやもとクリニックによれば、同人には酒をやめようという前向きな姿勢が感じられ、カウンセリングの効果が現れていると思われたとのことであった。

エ ××の税務を担当する丙川税理士から取り寄せた平成9年4月から平成12年3月までの決算報告書を確認したところ、亡花子が自殺しなければならないほどの経済的困窮は確認できなかった。

オ 以上によれば、本件事件は、(ア)亡花子がアルコール依存症により禁断症状により正常な判断能力を失い酒を買いたい一心で本件ドアから屋外への脱出を図った、(イ)幻覚・幻聴等の禁断症状に襲われ本件ドアから外に逃れようとした、若しくは(ウ)アルコールの効力が失われて自我を取り戻し反省から自殺を図った(アルコール依存症患者は一旦酔いから醒めるとそれまでの行動を必要以上に反省し衝動的な自殺に走る傾向が強いところ、亡花子は本件ビルのある商店街の生まれであり正常な精神を取り戻していたのであれば自らの遺体を知人に曝したくないと考えてあえて昇降路を死に場所に選んだ)等の行動を取った結果としての転落死と考えられる。亡花子が本件ドアから転落するには、4階から階段に出るドアが開かないことを確認し、電気が点いていない暗い状況で高速パネル上部の鍵穴を棒状の物で押して、自力で高速パネルを開ける等の行動が必要であり、上記(ア)、(イ)は考えにくいところ、亡花子は、搬器が1階に降りていたことを事前に知っており、本件事件前日には4階のドアから階段を通じて外に出た可能性が高いから、本件事件当日にこのドアが開かないことを確認して、自分が原告太郎によって完全に閉じ込められた身であることを実感するなどして自殺に及んだと推察される。

③ 被告シンドラーの担当者3名は、平成14年1月10日に本件昇降機を調査して、本件ドアを含む各階の昇降口でパネルの先端に手を掛けて開放方向に引いたが、開かなかった。なお、この調査の時点では、本件不具合は未だ判明していなかった。

④ 原告太郎は平成13年11月21日に甲事件訴訟を、原告葉子は平成14年1月7日に乙事件訴訟を提起し、原告太郎は同年4月16日に本件事件の発生原因を明らかにするため本件ドアの作動状況等につき鑑定を申し立てた。その後、原告ら訴訟代理人の1人が、本件ドアを鍵穴に棒状の物を差し込んで開ける以外の方法により開扉できないか試みたところ、高速パネルを押して横に引くと開扉できることが明らかとなり、同年5月29日かかる事実を前提に鑑定事項を整理して鑑定嘱託を申し立て、その結果本件不具合が判明した。

2  本件事件の発生原因(甲ないし丙事件共通の争点)

前記1の認定に照らして、本件事件の発生原因につき、以下検討する。

(1) 本件事件の発生態様

本件事件は、平成13年5月5日午前0時ころに、自らが経営する××が所有する本件ビル4階に宿泊して軟禁状態に置かれていた亡花子が、開扉された本件ドアから本件昇降機の昇降路床に転落して外傷性ショックにより死亡したというものである。

同月4日午後8時ころに原告太郎が本件ビルを退去した時点で、本件昇降機は搬器を1階に降ろされ搬器内のスイッチで主電源を切られて可動しない状況であり、4階から階段に続くドアも衝立と木片で外側から固定されて封じられ、これが開けられた形跡が本件事件後見られず、亡花子以外の者が本件ドアを開扉したことを窺わせる事情はないから、亡花子が自ら人力で本件ドアを開扉したと推認するのが相当である。

そして、本件ドアの高速パネルには高さ209センチメートルの場所に解錠用の鍵穴が設けられ細い棒状の物で解錠することが可能であるが、亡花子の身長は159センチメートルであり背伸びをしても鍵穴からの解錠は困難であるところ、本件事件後に本件ドア付近に踏み台は発見されず、本件ドア及び亡花子の遺体付近に上記棒状の物が発見されていないのであるから、亡花子が本件ドアを鍵穴から解錠したとすることは困難であり、本件不具合、すなわち、本件ドアのインターロックレバーの固定ロック棒へのかかり代が2ミリメートルであるために当該階に搬器が停止していなくとも高速パネル中央付近の先端にパネルに垂直方向に約20キログラム以上の力を加えながら開き方向に力を加えることにより解錠・開扉できる状態であったことを利用して、亡花子が解錠・開扉したと推認するのが相当である。

かかる方法による本件ドアの開け方には要領があり開け方を知らない者が一般の引き戸を開けるような動作で開けることは困難であり、立った状態の一般的な大人が水平に押す力は精々30キログラムであるにしても、亡花子が約20キログラムの力を水平方向に掛けて押しながら開き方向に力を加えて本件ドアを開扉することは可能であることが窺われる。なお、被告らが主張する、本件事件後に棒状の物が何者かによって隠匿されたこと、本件事件時に搬器が5階に停止していたことを裏付ける事情は窺われない。

(2) 亡花子が深夜に本件ドアを開けた理由

① 亡花子の自殺によるか否か検討するに、同人はアルコール依存症であって、原告太郎が酒を買いに行かないよう同人を軟禁状態下に置いていたことからすると、本件事件当時の症状は相応に重かったことが窺われるから、衝動的な自殺の可能性はないわけではないが、本件ビルは4階窓から商店街アーケード天井を通じて外に出ることができる構造であり、墜死による自殺を確実に果たせる場所に赴くことは十分可能であって、衝動に駆られたとしても自殺の方法として本件昇降機の昇降路に飛び降りるとの不確実と思われる方法を選択するとは考えがたい。また、本件昇降機は芸予地震後に故障が生じて修理を経てもドアの開閉機能に異常があったものであるが、本件不具合は、原告らにも甲・乙事件訴訟の提起後しばらくするまで判明しておらず、被告損保ジャパンが依頼した調査会社による調査、被告シンドラーによる調査によっても判明しなかったものであるから、亡花子が本件事件当時に本件不具合を知っており、これを自殺の方法として利用したとは認めがたいものである。

加えて、原告太郎と亡花子の夫婦仲は、亡花子が飲酒・断酒の機会に一過的に暴言・暴力を振るい夫婦喧嘩に発展することがあったものであるが、恒常的に夫婦仲が悪かったことまでは窺われず、本件事件前に亡花子に死をほのめかす言動があったことは窺われず、亡花子が原告太郎と共に経営する××の経営状況や亡花子の経済状況が逼迫していたことも窺われず、本件保険1ないし3を締結する経緯、本件事件との時間的近接性、各契約の契約内容、収入に比した各保険料の均衡に何ら不自然さは窺われないから、亡花子の自殺を認めることは困難である。

なお、被告らが主張する、亡花子の手に昇降機のワイヤーを掴んで付いたと疑われる傷が自殺を試みた際のためらい傷であることを裏付ける事情は窺われない。

② 亡花子の故意によるか否か検討するに、本件不具合を利用した本件ドアの開扉行為は高速パネル中央付近の先端にパネルに垂直方向に約20キログラム以上の力を加えながら開き方向に力を加えるとの一連の複雑な動作を必要とするから、亡花子の本件ドアの開扉行為自体は故意に基づく行為であるといわざるを得ない。そして、呼出ボタンを押しても搬器が来ない場合に昇降口ドアを開扉する行為は死に直結し得る極めて危険な行為であるし、本件ビル4階から外に出るより安全な方法は他にあったものでもある。

しかし、本件ドアのかかり代が設計値どおり設定されていれば当然に、その半分強に設定されていたとしても、立った状態の一般的な大人が高速パネルを垂直方向に押しながら開き方向に力を加える動作で本件ドアを開扉することはおよそ不可能であったし、前記①のとおり亡花子が本件事件当時に本件不具合を知っていたとは認めがたいから、亡花子が本件ドアを故意に開扉した事実をもって、亡花子が故意の転落を意図したことを認めることは困難である。

③ 亡花子の心神喪失によるか否か検討するに、亡花子の遺体からアルコールは検出されていないから飲酒の影響は窺われない。前記①のとおり亡花子のアルコール依存症の症状は相応に重かったことが窺われるから、その症状に影響された可能性が高いが、完全に是非弁別能力を欠くほどの症状であったことを裏付ける事情は窺われないし、前記②のとおり本件ドアの開扉行為には一連の複雑な動作を必要とすること等を考慮すると、亡花子が心神喪失により本件ドアを開扉したことを認めることは困難である。

④ そして、前記①のとおり亡花子のアルコール依存症の症状は相応に重かったことが窺われるところ、遺体から所持していた現金が発見されているから、飲酒目的で酒を買いに行くために外出を試みた可能性が高い。

(3) 以上を総合すれば、亡花子は、深夜に飲酒目的で酒を買いに行くために本件ビル4階から外出を試みた際に、本件昇降機の呼出ボタンを押したが搬器が可動せず、階段に続くドアも外から封じられて開かず、暗闇の中で軟禁状態に置かれて、心神喪失に至らない程度にアルコール依存症の症状に影響され判断能力が減退した状況下で、本件ドアを開扉しようと高速パネルに触っているうちに、本件不具合と亡花子が垂直方向と開き方向に同時に力を加えた動作が競合して偶然に本件ドアが開き、開扉を予期していなかった亡花子が昇降路内に転落して、本件事件が発生したものと推認するのが相当であり、これを覆すに足りる証拠はない。

3  甲・乙事件(保険関係被告)の争点(偶然の事故性及び免責規定の適否)

(1)  傷害保険契約及び保険契約の災害割増特約に基づく各死亡保険金の支払を請求する者が発生した事故が偶発的な事故であることを主張立証すべき責任を負うところ(最判平成13年4月20日各判決・判時1751号171頁・同号163頁各参照)、前記1、2の認定によれば、本件事件は亡花子が本件ドアを開扉したことが要因となって発生したものであるが、本件ドアに設計上のかかり代が設定されている限り、搬器が当該階に停止していないのに鍵穴から安全装置を解錠しない方法で人力で開扉することは不可能であったにもかかわらず、本件不具合が存在しこれが偶然に競合して本件事件が発生したものであるから、本件事件につき事故の急激性、偶然性及び外来性を推認することができる。そして、本件事件は自殺、故意若しくは心神喪失により発生したものとは認めがたいから、故意等免責規定の適用は認められない。

したがって、被告損保ジャパンは本件保険1に基づく、被告興亜損保は本件保険2に基づく各保険金支払義務を免責されず、原告太郎の同被告らに対する請求は理由がある。

(2)  しかし、本件不具合が偶然に競合したものではあるが、呼出ボタンを押しても搬器が来ない場合に昇降口ドアを開扉する行為は死に直結し得る極めて危険な行為であるし、原告太郎に電話する等本件ビル4階から外に出るためにより安全な方法は他にあったものであるから、亡花子の本件ドアの開扉行為は、本件事件における同人の死亡という結果との関係で、わずかな注意をすれば結果の予見が可能であるのにこれを見過ごした著しい注意欠如があるというのが相当であるから、本件事件につき亡花子の重過失を推認することができる。

したがって、乙事件被告は、重過失免責規定の適用により、本件保険3に基づく保険金支払義務を免責され、原告葉子の同被告に対する請求は理由がない。

4  甲・丙事件(昇降機関係被告)の争点(責任原因等)

昇降機は現代、建築物において一般公衆に広く利用され、日常欠くことのできない乗り物として大きな役割を果たしており、その安全性の確保につき保守業者等は十分に意を用いなくてはならないが、昇降機は、利便性を有する反面、ある程度の危険性をも兼有し、その危険性はこれを全く無にすることはできないから、昇降機を利用する以上、利用者もその危険を避けることにつき相応の配慮が要請される。したがって、昇降機の事故につき、保守業者等に不法行為責任を負わせるためには、当該昇降機が通常予見される利用形態等を考慮して通常有すべき安全性を欠いていること(欠陥の存在)、及びこれにより事故が起きたこと(相当因果関係の存在)がまず満たされることを要し、これらが認められない限り、保守業者等に対し不法行為責任を問い得ないものである(東京高裁平成6年9月13日判決・判時1514号85頁参照)。

前記1、2の認定に照らして、かかる欠陥及び相当因果関係の各存在が認められるか否か検討するに、本件不具合の程度は、本件ドアのインターロックレバーの固定ロック棒へのかかり代が2ミリメートルであるために当該階に搬器が停止していなくとも高速パネル中央付近の先端にパネルに垂直方向に約20キログラム以上の力を加えながら開き方向に力を加えることにより解錠・開扉できる状態であったというものであり、かかる方法による本件ドアの開け方には要領があり開け方を知らない者が一般の引き戸を開けるような動作で開けることは困難であり、立った状態の一般的な大人が水平に押す力は精々30キログラムであるにしても、偶発的な身体の激突等で開扉に至る可能性は否定できず、客観的には定期検査においてドアインターロックスイッチにつき「C」(要修理又は緊急修理)と評価すべき状態であったから、本件ドアは通常有すべき安全性を欠いていたものと一応推認される。

しかし、その程度は、相当の力を加えないと開扉できない程度のかかり代が設定されていたものであることに加え、本件事件は、原告太郎が亡花子を深夜軟禁状態に置き、亡花子がアルコール依存症の症状にも影響されて判断能力が減退した状況下で、本件昇降機が可動していないにもかかわらず本件ドアを故意に人力で開扉したことが要因となって発生したものであるところ、かかる開扉行為は昇降機の乗り方として通常予見される利用形態をかなり逸脱したものといわざるを得ないから、昇降機関係被告が定期検査等の機会に本件不具合を看過したことにつき過失があるとしても、かかる過失と亡花子の死亡という結果とは相当因果関係を欠くというのが相当であり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。なお、仮に、相当因果関係が認められるとしても、上記の原告太郎と亡花子の各行為等の事情は、亡花子及び亡花子側の過失として相殺して損害の10割を減額するのが相当である。

したがって、原告太郎の昇降機関係被告に対する請求は理由がない。

5  以上によると、原告らの請求は、原告太郎が被告損保ジャパン及び被告興亜損保に対して死亡保険金の各支払を求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官・菊地浩明)

別紙<省略>

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