松山地方裁判所今治支部 平成23年(ワ)143号 判決 2012年8月23日
原告
X漁業協同組合
同代表者監事
A
同訴訟代理人弁護士
市川聡毅
同
寄井真二郎
被告
Y
同訴訟代理人弁護士
矢野真之
主文
一 被告は、原告に対し、二七八〇万四八七八円及びこれに対する平成二三年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文同旨
第二事案の概要
本件は、原告が、原告の元代表理事であった被告に対し、原告の元会計担当者により現金が横領されたことにつき、被告に、水産業協同組合法(以下「水協法」という。)」三四条の三、民法六四四条の善管注意義務違反、並びに水協法三九条の二第一項及び原告の定款三二条一項の忠実義務違反があったとして、水協法三九条の六第一項及び原告の定款三二条二項に基づき、原告に生じた損害の賠償を求めた事案である(附帯請求は、原告が被告に対して内容証明郵便により上記損害賠償の請求をした後の日である平成二三年五月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めたものである。)。
一 前提となる事実(特に証拠を掲げない事実については当事者間に争いはない。)
(1) 当事者等
ア 原告は、組合員の事業又は生活に必要な物資の供給等を目的とする漁業協同組合であるが、平成二三年四月二六日、愛媛県知事より以下の事業を削除する旨の定款変更の認可を受けるまで、組合員の事業又は生活に必要な資金の貸付け、組合員の貯金又は定期積金の受入れ、組合員のための信用事業についても、その事業目的としていた。
イ 被告は、平成八年一月から平成二二年九月まで、原告の代表理事を務めていた。
ウ Bは、原告の元常勤職員で、平成一一年四月から、横領行為の発覚により懲戒解雇される平成二二年五月まで、「会計係」として、原告における現金の出納・管理を含む経理全般を担当し、原告の事務所内で現金を保管していた金庫(以下「本件金庫」という。)の鍵を保管していた。
なお、Bは、平成一八年三月一八日、信用事業担当理事(水協法三四条三項)に就任した。
(2) Bによる原告の現金の横領
Bは、平成一八年二月ころから平成二二年五月にかけて(以下「本件当時」ということがある。)、原告事務所内で一人きりになる時間帯に本件金庫を解錠して現金を抜き取ったり、あるいは、金融関係の平常業務が終わる午後三時ころに会計係であるBの元に集められた現金を本件金庫に保管する前に抜き取る方法により、別紙被害状況一覧表のとおり、原告の売上金等の現金から合計三三七〇万円を横領した(以下、併せて「本件横領行為」ということがある。)。
なお、Bは、入出金伝票記載通りの額で元帳や現金出納帳を作成し、本件金庫内を含む原告事務所内にある現金残高を把握するための現金手許有高表には、横領した現金も原告事務所内に保管されているかのように装って本件金庫内を含む原告事務所内にある現実の現金有高より多い金額を記載することで、本件横領行為の発覚を防いでいた。
(3) B及び被告による一部弁済
原告は、上記(2)の損害三三七〇万円につき、一部弁済として、Bから五〇九万五一二二円、更に、被告から八〇万円をそれぞれ受領した。
(4) 原告の被告に対する支払請求
原告は、被告に対し、平成二三年四月四日到達の内容証明郵便で、上記(2)の横領合計額から上記(3)の一部弁済合計額を差し引いた二七八〇万四八七八円を、同月末日限り支払うよう請求した。
(5) 水協法の規定
水協法には、下記の規定がある。
記
ア 三四条の三
組合と役員との関係は、委任に関する規定に従う。
イ 三九条の二第一項
理事は、法令、法令に基づいてする行政庁の処分、定款等及び総会の議決を遵守し、組合のため忠実にその職務を遂行しなければならない。
ウ 三九条の六第一項
役員は、その任務を怠ったときは、組合に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(6) 原告の定款中の規定
原告の定款中には、下記の規定がある。なお、下記アの「信用事業規程」は、平成二三年四月二六日、前記(1)アの事業目的変更とともに、削除する旨の定款変更の認可を受けた。
記
ア 三二条一項
役員は、法令、法令に基づいてする行政庁の処分、定款、規約、信用事業規程、共済規程及び総会の議決を遵守し、この組合のため忠実にその職務を遂行しなければならない。
イ 三二条二項
役員がその任務を怠ったときは、この組合に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
二 当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 被告は、原告に対し、原告の理事として、水協法三四条の三、民法六四四条の善管注意義務、並びに水協法三九条の二及び原告の定款三二条一項の忠実義務を負い、自ら業務執行を行うとともに、下部職員の補助を得て業務の執行を当たっている場合には、以下のとおり、補助者の行為に職務違反がないかどうかを監督し、不当な職務執行を制止し、又は、未然に防止する策を講ずるなど、原告の利益を図るべき職責を有するのに、これを怠り、本件横領行為を見過ごした。
(ア) 被告は、事故や不正等を未然に防ぐための方策として、会計担当者を頻繁に異動させ、また、職員相互間で、あるいは、代表理事である被告自らも定期的に、本件金庫内の現金有高の確認を含む現金の保管・管理状況をチェックする体制を整備すべきであったにもかかわらず、Bのみに、現金の保管・管理を含む経理に関する事項一切について、これを怠り、長年にわたり一手に担当させた。
(イ) 被告は、少なくとも年一回一週間以上連続して、職員が職場を離れる機会を設ける方策を採るべきであったにもかかわらず、これを怠った。
(ウ) 被告は、内部監査を確実に実施する体制を整備して、有効かつ適正な内部監査を行うべきであったにもかかわらず、これを怠った。
イ 被告は、平成二〇年八月の行政庁による常例検査(水協法一二三条四項)実施後のBによる横領行為につき、行政庁及びa漁業協同組合連合会(以下「漁連」という。)が帳簿と現金の照合を怠っていたとして、損害賠償責任を負わない旨主張するが、そもそも、監督庁である行政庁に、被告主張のような検査方法を義務付ける法令等はなく、具体的な監査方法については、広範な自由裁量に委ねられている。
(2) 被告の主張
被告は、平成二〇年八月の行政庁による常例検査や平成二一年八月の漁連による監査の際、原告内部に不祥事が起きているとの指摘を受けなかったため、不祥事が起きていないものと信用していたのであるから、上記常例検査以降のBによる横領行為を制止ないし防止できなかったことにつき、過失はない。
Bによる横領額は、上記常例検査実施時点で既に一二六五万円に、上記監査実施時には二一九〇万円に及んでおり、行政庁や漁連(以下、併せて「行政庁ら」という。)は、原告から毎月提出される試算表により多額の現金が残高として残っている事実を把握していたにもかかわらず、現金の監査を怠っていたのであるから、上記常例検査後もBの横領による損害が拡大した責任は、行政庁らの上記懈怠にある。
第三判断
一 前記第二の一前提となる事実に、証拠<省略>を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 本件当時の原告における業務体制等
ア 原告は、本件当時、組合員の事業又は生活に必要な物資の供給等のほか、組合員の貯金又は定期積金の受入れや、組合員のための信用事業等も事業目的としていた。
イ 被告は、本件当時、原告の常勤理事で、代表理事(組合長)を務めており、原告の業務を統括していた(原告定款三〇条二項)。
ウ 原告には、ほかに、常勤の職員四名がいたが、平成一〇年四月施行の処務規程(以下、単に「処務規程」という。)により、原告の事務は全て、被告の決裁を経て処理しなければならないとされていた(処務規程二条一項)。
また、処務規程では、職員の事務分掌につき六つの係を置き、経理全般に関する事項については管理係に、現金の出納・管理に関する事項については現金出納係に事務を分掌させる等定めていたが、実際には、上記規程とは異なり、原告の業務を四つの係に分け、うち現金の出納・管理に関する事項を含む経理全般に関する事項を「会計係」に、貯金に関する事項や貸出金・借入金に関する事項を「出納係」に事務分配するなどし、各係の業務は当該担当者一人により完結させるという事務処理体制となっていた。
エ Bは、原告の常勤職員のうちの一人で(平成一八年三月一八日には信用事業担当者理事にも就任)、本件当時、「会計係」として、原告における現金の出納・管理を含む経理全般を担当し、また、出張等で不在の場合を除き、原告の事務所内で現金を保管していた本件金庫の唯一の鍵を常時手許に保管していた。
Bは、通常、始業時、各担当職員に対し、当日、購買窓口や貯金等を扱う金融窓口で必要になりそうな額の現金を本件金庫から取り出して預け、金融関係の平常業務が終わる午後三時ころ、各担当者により作成された入出金伝票と各窓口に残った現金を預かり、同伝票については被告の決裁を受けた後にこれらを元に現金出納帳を作成し、現金については本件金庫に保管中の現金と併せた各紙幣・硬貨の枚数の記入欄がある現金手許有高表を作成した上本件金庫に保管し、元帳については半月に一回作成していた。
Bが出張等で原告事務所を不在にする際には、「出納係」を担当する職員が、Bに代わり、本件金庫の鍵を預かって本件金庫内の現金の出入れを行い、また、入出金伝票の取り纏めや、本件金庫内に保管中のものを含む現金の有高の確認等を行っていた。もっとも、上記のとおり、現金出納帳及び現金手許有高表はBが作成することになっていたため、上記職員は、現金手許有高表の記載欄のうち現金出納帳残高欄に記入すべき残高額については、職務上把握していなかったことから空白のままとし、その他の部分は鉛筆で記載して、後日、Bにこれを引き継いでいた。
なお、現金手許有高表は、通常、被告の決裁に回されることはなく、また、被告やB以外の常勤職員らにおいて、本件金庫に現実に保管されている現金の有高と現金出納帳や元帳の現金額とが一致しているかどうか照合するようなことは行われていなかった。
(2) 全国漁業協同組合連合会による内部監査規程(ひな型例)の公表と原告における内部監査の実情
ア 全国漁業協同組合連合会は、平成一三年六月に農林水産省官房検査部により系統版金融検査マニュアルが改正され、内部監査の役割・重要性を明確にし、内部監査に対する役職員の認識の徹底や担当部門・役員及び内部監査規程の整備等を求めるものとなったことを受け、同年八月、内部監査規程のひな型を公表した。
イ 原告においても、平成一八年一〇月、内部監査規程を策定した。
同規程は、「代表理事(中略)はリスクの種類・程度に応じた実効性ある内部監査態勢を構築することが、収益の獲得及び適切なリスク管理に不可欠であることを十分認識し、(中略)こうした内部監査部門が持つ機能を十分に発揮できる態勢(人材配置及びその職務権限)を構築する」(二条一項)とした上、内部監査部門担当理事及び内部監査部門長の下、定期監査等の内部監査を行う旨定めたものの、実際には、同規程に基づく内部監査が行われたようなことはなかった。
二(1) 被告は、本件当時、代表理事として、水協法三四条の三、民法六四四条の善管注意義務、並びに水協法三九条の二第一項及び原告の定款三二条一項の忠実義務を負っており、原告の業務を統括する者として(前記(1)イウ)、Bを含む職員四名の事務処理を指導監督し、職員の違法・不正な事務処理により原告に損害を与えることがないよう未然に防止する義務を負っていたというべきである。また、被告は、代表理事として、理事職にあったB(平成一八年三月一八日に信用事業担当理事に就任)の業務執行を監督する義務を負っていたことはいうまでもない。
(2) ところが、前記一(1)で認定した事実によると、被告は、本件当時、現金の管理を含め経理全般をBに任せており、被告ないしB以外の職員において本件金庫に現実に保管されている現金の有高と現金出納帳や元帳の現金額とが一致しているかどうか照合するようなことさえなかったというのであるから、被告には上記(1)の義務懈怠があったことは明らかである。
(3) この点に関し、被告は、平成二〇年八月の行政庁による常例検査等の際、原告内部に不祥事が起きているとの指摘を受けなかったため、不祥事が起きていないものと信用していたのであるから、上記常例検査以降のBによる横領行為を制止ないし防止できなかったことについて過失はないなどと主張する。
しかしながら、前記一(2)で認定したとおり、本件当時、既に、漁業協同組合においても、内部監査の役割・重要性が指摘され、内部監査に対する役職員の認識の徹底や担当部門・役員及び内部監査規程の整備等が求められており、代表理事であった被告は、リスクの種類・程度に応じた実効性ある内部監査態勢を構築すべき立場にあったのであるから、行政庁による常例検査等の際に現金横領について指摘を受けなかったとの一事をもって、横領の危険は何らないと信じ込み、Bに現金の管理を含む経理全般を一任したままにし、常勤理事である自らは何ら監督しなかったこと自体、まさしく被告の監督義務懈怠そのものというべきである。
しかも、証拠<省略>によると、被告は、現金の保管事務そのものではないといえ、本件横領行為の以前から、行政庁による常例検査や水産業協同組合監査士による監査の際、会計関連業務に関し、担当者一人で完結する事務処理の問題性を指摘され、複数者による相互確認等の内部牽制体制の確立・徹底により、事故の未然防止に努めるよう求められていた上、平成一八年や平成二〇年に実施された行政庁による常例検査の際にも、同様に、複数者による相互確認等の内部牽制体制を確立するよう指導され、更に、未使用(発行前)貯金証書についてはあるが、証書の在庫数を金融窓口手許保管分については毎日、本件金庫等に保管している分は毎月確認するよう、再三指摘されていたことが認められる。そうすると、被告は、会計関連業務を担当者一人で完結する事務処理体制の危険性や相互確認等の内部牽制体制の確立の必要性を十分認識し得たものといわなければならない。
したがって、この点に関する被告の主張は採用することができない。
三 以上によると、原告の請求は、理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 光吉恵子)
別紙 被害状況一覧表<省略>