松山地方裁判所今治支部 平成26年(ワ)28号 判決 2015年3月10日
原告
X
被告
Y
主文
一 被告は、原告に対し、二九四〇万〇五五七円及びこれに対する平成二四年一二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇〇分し、その七九を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、三七二一万一九〇一円及びこれに対する平成二四年一二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、亡A(以下「被害者」という。)と被告の運転する普通貨物自動車(軽四。以下「被告車」という。)との間で発生した交通事故(以下「本件事故」という。)について、被害者の相続人であり、かつ、被害者の他の相続人の相続分譲受人である原告が、被告に対し、不法行為に基づき、損害賠償として三七二一万一九〇一円及びこれに対する平成二四年一二月二八日(本件事故の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
二 前提となる事実等
以下の事実は、当事者間に争いがないか、後掲各証拠(証拠番号は、枝番のあるものは、特に枝番を記載しない限り、枝番をすべて含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる。
(1) 本件事故の発生
ア 発生日時 平成二四年一二月二八日午前九時三二分頃
イ 発生場所 愛媛県今治市常盤町六丁目五番二〇号先路上
ウ 被告車 被告の運転する普通貨物自動車(軽四)
エ 事故状況 被告は、被告車を運転して前記イの信号機による交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)を直進進行中、左前方の本件交差点出口付近を左から右に歩行横断してきた被害者と衝突した。(甲二、五七、五九)
(2) 本件事故現場の状況等
ア 本件事故現場付近は、ドンドビ交差点方面(北東方向)から片山交差点方面(南西方向)に向かう歩車道の区別のある片側一車線道路である国道三一七号線(以下「本件国道」という。)と、中日吉町方面(北西方向)から本件国道に向かう歩車道の区別がなく中央線のない市道及び南日吉町方面(南東方向)から本件国道に向かう歩車道の区別がなく中央線のない市道がそれぞれ交わる信号機による交通整理の行われていない交差点(本件交差点)である。本件交差点は、北東側に横断歩道が設置されている。本件事故現場付近は、市街地であり、車通りは多いが、人通りは普通である。(甲二)
イ 被告車は、本件事故当時、本件国道をドンドビ交差点方面から片山交差点方面に向かって進行していた。被告車進行方向から見て左側の歩道の幅員は、約三・三m、歩道端から外側線までは、約一・五m、被告車走行車線の幅員は、約五・二m、反対車線の幅員は、約三・〇mであり、本件交差点先では、被告車走行車線が約三・四m、反対車線の幅員は、約四・八mである。
本件事故当時、天候は雨であり、路面は湿潤していた。また、本件国道は、制限速度が時速四〇kmであった。(甲二)
(3) 被害者の受傷、死亡及び相続
ア 被害者は、本件事故により、急性循環不全等の傷害を受け、本件事故当日、医療法人a病院に入院したものの、同日午後二時三三分頃、前記傷害により死亡した。(争いがない)
イ 被害者(昭和五年○月○日生、死亡時八二歳)の相続人は、別紙相続人関係図のとおりであるところ、相続人である原告は、B、C、D、E、F及びGから、各相続分の譲渡を受けた。したがって、原告は、被害者の遺産の一八分の一七を相続取得した。(甲七~四三、四五~五五、七五、七六)
(4) 責任原因
被告は、被告車を運転して本件事故を発生させたことについて過失があるから、不法行為に基づき、被害者及び原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う。(争いがない。なお、過失の内容及び過失割合については後記のとおり争いがある。)
(5) 損害のてん補
被告加入の保険会社は、被害者の治療費として一〇万三六六一円を支払ったほか、被害者の葬儀費用の一部として六六万九三七五円を支払った。(争いがない)
三 争点
(1) 本件事故の態様、過失の内容及び過失割合
(2) 損害及び因果関係
四 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件事故の態様、過失の内容及び過失割合)について
(原告の主張)
ア 被告は、本件事故当時、被告車を運転し、本件交差点をドンドビ交差点方面から片山交差点方面に向かって時速約四〇kmで直進するに当たり、前方左右を注視し、進路の安全を確認して進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り、左前方の本件交差点入口の自歩道付近に佇立していた歩行者との安全確認に気を取られ、左前方の本件交差点出口付近を注視せず、進路の安全を確認しないまま同速度で進行した過失により、左前方の本件交差点出入口付近を左から右に歩行横断してきた被害者を左前方約六・七mの至近距離に迫って初めて発見し、急制動の措置を講じたものの間に合わず、被害者に自車左前部を衝突させて被害者を路上に転倒させ、本件事故を発生させた。
イ 被告の主張する過失割合は、争う。
本件事故現場付近の道路は、車道幅員がおおむね一四m以上でもなく、片側二車線以上でもないから、幹線道路ではない。また、被害者は、本件事故当時、八二歳であるから、高齢者として被害者に有利に過失割合を修正すべきである。さらに、本件事故現場付近は、住宅街・商店街に位置するから、歩行者である被害者に有利に過失割合を修正すべきである。しかも、被告は、本件交差点手前の横断歩道に差し掛かる際、横断歩道の直前で停止することができるような速度で進行しなければならず、また、交差点又はその直近で道路を横断しようとする歩行者に特に注意しなければならなかったにもかかわらず、時速四〇~三〇kmで進行したと述べており、道路交通法三八条一項違反及び同法三六条四項違反が認められ、著しい過失があるといえる。以上に照らせば、被害者の過失割合が五%を上回ることはない。
(被告の主張)
ア 被告に過失があることは認めるが、その詳細については弁論の全趣旨に照らして争うものと解する。
イ 本件事故は、被害者が横断歩道から約七・五m離れた地点を横断中に発生したものであり、交通量の多い幹線道路で発生したこと、被害者は高齢者であることを考慮し、その過失割合は、被害者三〇%、被告七〇%である。
原告が主張する過失割合は、争う。本件事故現場付近は、市街地であるが、人の通行量は普通であり、住宅街・商店街として過失割合を修正すべきではない。また、本件事故は、被害者が自歩道を降りて道路の横断を開始しようとした時点で、被告車が衝突地点の約二四・一m手前まで迫っており、被告車の速度が時速約三〇kmであったから、衝突地点までの時間はわずか三秒足らずであって、この間における発見の遅れについて、被告に著しい過失があったとはいえない。
(2) 争点(2)(損害及び因果関係)について
(原告の主張)
ア 被害者の損害
(ア) 治療費 一〇万三六六一円
(イ) 入院慰謝料 二万円
(ウ) 年金逸失利益 七〇五万〇一六四円
被害者の平成二四年分の老齢基礎厚生年金 年額一五二万一六六二円
平成二四年の八二歳女性平均余命 一〇・〇三年(対応するライプニッツ係数は七・七二二とする。)
生活費控除率 四〇%
152万1662円×7.722×(1-0.4)=705万0164円
(エ) 家事労働逸失利益 七二七万三五六〇円
被害者は、二〇年以上同居している病弱な原告に対し、家事労働(炊事、洗濯、掃除、病院への付添等)を提供しており、当該家事労働は、七〇歳女性学歴計平均賃金である二九五万六〇〇〇円の約八〇%に相当する二四〇万円を下回らない。
労働能力喪失期間 五年(平均余命の半分。対応するライプニッツ係数は四・三二九五とする。)
生活費控除率 三〇%
240万円×4.3295×(1-0.3)=727万3560円
(オ) 死亡慰謝料 二二〇〇万円
被害者が本件事故により突然命を絶たれ、親族や友人に最後の別れを伝えることもできなかったこと等の諸事情を考慮すると、その死亡慰謝料は前記金額を下回らない。
(カ) 小計 三六四四万七三八五円
(キ) 原告の相続額 三四四二万二五三〇円
前記前提となる事実等(3)イのとおり、前記(カ)に一八分の一七を乗じた。
(ク) 過失相殺後の残額 三〇九八万〇二七七円
前記(キ)の金額から、被害者の過失を前記争点(1)の(原告の主張)より大きく考えても一〇%であると考え、これを減じた。
(ケ) 損益相殺後の残額 三〇八八万二三七五円
前記(ク)の金額から、前記前提となる事実等(5)の既払治療費一〇万三六六一円の一八分の一七を減じた。
(コ) 弁護士費用 三〇八万円
(サ) 合計 三三九六万二三七五円
イ 原告固有の損害
(ア) 戸籍等取付費用 二万九八七〇円
(イ) 固有慰謝料 三〇〇万円
原告は、本件事故により、長年同居し、生活全般の世話をしてもらっていた最愛の姉を失い、その精神的苦痛を慰謝するには、前記金額を下回らない。
(ウ) 葬儀費用 一〇〇万二二四二円
(エ) 小計 四〇三万二一一二円
(オ) 過失相殺後の残額 三六二万八九〇一円
前記(エ)の金額から、被害者の過失を前記争点(1)の(原告の主張)より大きく考えても一〇%であると考え、これを減じた。
(カ) 損益相殺後の残額 二九五万九五二六円
前記(オ)の金額から、前記前提となる事実等(5)の既払葬儀費用六六万九三七五円を減じた。
(キ) 弁護士費用 二九万円
(ク) 合計 三二四万九五二六円
(被告の主張)
ア 被害者の損害について
(ア) 治療費は認める。
(イ) 入院慰謝料は否認する。
(ウ) 年金逸失利益は否認する。被害者の老齢年金及び老齢厚生年金の金額並びに平均余命は認めるが、ライプニッツ係数は七・七二一七を用いるべきである。また、被害者の生前の収入が年金収入のみであったとすると、生活費控除率は六〇%を下回らない。
(エ) 家事労働逸失利益は否認する。被害者の家事労働の内容は不明である。労働能力喪失期間及び対応するライプニッツ係数については認める。生活費控除率は、被扶養者が原告のみであったとすると、四〇%とすべきである。
(オ) 死亡慰謝料は否認する。二〇〇〇万円が相当であり、原告固有の慰謝料も合わせて同金額とすべきである。
(カ) 弁護士費用は知らない。
イ 原告固有の損害について
(ア) 戸籍等取付費用は認める。
(イ) 原告固有の慰謝料は否認する。原告が民法七一一条の類推適用により固有の慰謝料を請求しうる者であるか否かは知らないが、仮にこれが認められる場合であっても、その慰謝料は前記のとおり、被害者と合わせて二〇〇〇万円が相当である。
(ウ) 葬儀費用は認める。
(エ) 弁護士費用は知らない。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(本件事故の態様、過失の内容及び過失割合)について
(1) 本件事故の態様について
前記前提となる事実等のほか、証拠(甲五六~六〇、六五~六九、被告本人。ただし、後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
被告は、本件事故当時、被告車を運転し、本件国道をドンドビ交差点方面から片山交差点方面に向かって時速四〇km弱で直進進行中、本件交差点手前において、左前方の本件交差点入口の自歩道付近に歩行者が佇立していたため、その動勢や安全確認に気を取られ、被告車のアクセルを緩めたものの、左前方の本件交差点出口付近を注視せず、そのまま直進進行した。被告は、その直後、左前方の本件交差点出入口付近を左から右に歩行横断してきた被害者を左前方約六・七mの至近距離に迫って初めて発見し、急制動の措置を講じたものの間に合わず、被害者に自車左前部を衝突させて被害者を路上に転倒させた。
なお、被害者が自歩道を降りて道路の横断を開始しようとした時点において、被告車は、衝突地点より約二四・一m手前に位置していたものと推定される。
(2) 過失の内容及び過失割合について
前記認定事実によれば、被告は、被告車を運転するに際し、前方左右を注視し、進路の安全を確認して進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り、本件事故を発生させた過失があると認めるのが相当である(道路交通法七〇条参照)。
また、前記認定事実によれば、被告は、本件交差点手前において、左前方の本件交差点入口の自歩道付近(横断歩道付近でもある。)に歩行者が佇立しており、その動静が必ずしも判然としなかったにもかかわらず、十分な減速を行わず、本件交差点出口付近の前方不注視とあいまって、本件事故を発生させたことが認められる。そして、被害者が本件国道の横断を開始した時点において推定される被告車の位置を考慮しても、被告の前記安全運転義務違反の過失の程度は、著しいといわざるを得ない。
他方、前記認定事実のとおり、被害者は、本件交差点に横断歩道が設置されていたにもかかわらず、横断歩道を横断しなかったこと(同法一二条一項参照)が認められる。
以上に加え、前記前提となる事実等に係る被害者の本件事故当時の年齢(八二歳)、本件事故現場の状況(本件国道は、片側一車線であること。また、周囲は、市街地であるが、人通りは普通であること。)本件事故の具体的状況も総合考慮すると、被害者と被告の過失割合は、被害者一〇%、被告九〇%と認めるのが相当である。
二 争点(2)(損害及び因果関係)について
(1) 被害者の損害
ア 治療費(争いがない) 一〇万三六六一円
イ 入院慰謝料 二万円
前記前提となる事実等(3)アのとおり、被害者は、本件事故当日、救急搬送され、同日午後二時三三分頃、入院中のa病院において死亡したことが認められるところ、この間の入院慰謝料としては、前記金額をもって相当と認める。
ウ 年金逸失利益 四六九万九九二六円
被害者が、本件事故当時、年金を受給しており、平成二四年分の年金額が一五二万一六六二円であること、及び平成二四年の八二歳女性平均余命が一〇・〇三年であることは当事者間に争いがなく、同平均余命に対応するライプニッツ係数は、七・七二一七と認めるのが相当である。
そして、証拠(甲八〇、原告本人)及び弁論の全趣旨に顕れた被害者の生前の生活状況を併せ考慮しても、被害者の生活費控除率は六〇%と認めるのが相当である。
以上によれば、被害者の年金逸失利益は、152万1662円×7.7217×(1-0.6)=469万9926円(円未満切捨て。以下同じ。)と認められる。
エ 家事労働逸失利益 五三七万五一六〇円
証拠(甲八〇、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被害者は、本件事故当時、原告と同居し、炊事、洗濯、掃除、病院への付添等の家事を行っていたことが認められ、当該家事労働は、平成四年における七〇歳以上女性の学歴計平均賃金二九五万六〇〇〇円(当裁判所に顕著な事実)の七〇%に相当する二〇六万九二〇〇円であると評価するのが相当である。
そして、被害者の労働能力喪失期間が五年間であり、対応するライプニッツ係数が四・三二九五であることは当事者間に争いがなく、前記各証拠及び弁論の全趣旨から認められる生活の実情に照らすと、生活費控除率は四〇%と認めるのが相当である。
以上によれば、被害者の家事労働喪失利益は、206万9200円×4.3295×(1-0.4)=537万5160円と認められる。
オ 死亡慰謝料 二〇〇〇万円
前記各認定、判断のほか本件に顕れた一切の事情を考慮し、その死亡慰謝料は前記金額をもって相当と認める。
カ 前記ア~オの小計 三〇一九万八七四七円
キ 過失相殺後の残額 二七一七万八八七二円
前記カの金額から、前記一の判断を踏まえ、一〇%を減じた。
ク 損益相殺後の残額 二七〇七万五二一一円
前記キの金額から、前記前提となる事実等(5)の既払治療費一〇万三六六一円を減じた。
ケ 原告の相続額 二五五七万一〇三二円
前記前提となる事実等(3)イのとおり、前記クに一八分の一七を乗じた。
(2) 原告固有の損害
ア 戸籍等取付費用(争いがない) 二万九八七〇円
イ 固有慰謝料 一〇〇万円
前記各認定、判断のほか、証拠(甲七七~八〇、原告本人)及び弁論の全趣旨に顕れた原告と被害者との関係を考慮すると、被害者の弟であり、被害者と二〇年以上にわたって同居してきた原告については、民法七一一条を類推適用して固有の慰謝料を認めるのが相当であり、本件に顕れた一切の事情を考慮し、その額は前記金額をもって相当と認める。
ウ 葬儀費用(争いがない) 一〇〇万二二四二円
エ 前記ア~ウの小計 二〇三万二一一二円
オ 過失相殺後の残額 一八二万八九〇〇円
前記エの金額から、前記一の判断を踏まえ、一〇%を減じた。
カ 損益相殺後の残額 一一五万九五二五円
前記オの金額から、前記前提となる事実等(5)の既払葬儀費用六六万九三七五円を減じた。
(3) 前記(1)ケと前記(2)カの合計 二六七三万〇五五七円
(4) 弁護士費用 二六七万円
前記(3)の一〇%相当を本件事故と相当因果関係のある弁護士費用と認める。
(5) 合計 二九四〇万〇五五七円
第四結論
よって、原告の請求は、被告に対し、二九四〇万〇五五七円及びこれに対する平成二四年一二月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限度で認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 古市文孝)
(別紙)
相続人関係図
<省略>