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松山地方裁判所宇和島支部 昭和42年(ワ)11号 判決 1968年4月24日

原告

水野始

ほか一名

被告

株式会社藤本組

主文

被告は、原告両名に対し、それぞれ、金一八七万一、二六四円およびこれに対する昭和四二年二月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告両名のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、四分し、その三を被告の、その余を原告両名の平等負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告両名訴訟代理人は、「被告は、原告両名に対し、それぞれ、金二四六万五、〇一四円およびこれに対する訴状送達日の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求めた。

二、被告訴訟代理人は、「原告両名の請求を棄却する。訴訟費用は、原告両名の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告両名の主張

原告両名訴訟代理人は、請求の原因並びに被告の移送申立および抗弁に対する答弁として、次のとおり述べた。

(請求の原因)

一、被告は、重量物一般の積卸、輸送請負等を営業目的として、クレーン車等の特別車輌を運転手つきで賃貸する等の業務を営む会社であり、原告両名は、訴外亡水野憲治(以下、憲治という)の父母である。

二、昭和四一年七月二八日、高槻市大字宮田一九の四摂津ニューセンター軽量鉄骨新築工場現場において、憲治は、右工事の下請負をしていた訴外乙守組こと乙守隆昭に雇傭せられて鳶職として就労していたところ、被告は、右工事資材の運搬を請負つていた訴外藤原鉄工株式会社に対し、訴外岡山運送株式会社の紹介で、被告雇傭の運転手村田幸市(以下運転手村田という)つきでクレーン車(泉八―は二七二号、以下、本件クレーン車という)を重量物運搬の使用目的が賃貸していたため、運転手村田が本件クレーン車で右工事用鉄骨等の移動作業を行つていた。ところが、運転手村田が、本件クレーン車で、長さ九・二メートルの鉄製梁の一端に長さ六・二メートルの鉄製柱と他の一端に長さ約四・七メートルの鉄製柱を取り付けた建て家の梁(重さ約三五〇キログラム)を移動運搬するため、これを本件クレーン車のクレーンでワイヤーを掛けて吊り上げ、垂直にして地切りをした瞬間巻き上げを停止したが、その直後右鉄骨が本件クレーン車の車体の方向にゆれ動いてこれに打ち当ろうとしたので、これを防止するためクレーンブームを少し倒したところ、玉掛けワイヤーがクレーンフツクからはずれて、右鉄骨が、前方に転倒し、たまたま、その附近で作業中の憲治の頭上に倒れかかつたため、憲治は、頭蓋骨々折の重傷を負い、その場において即死した。

三、自動車損害賠償保障法第二条に定める自動車の「運行」とは、位置の移動である走行そのものに限らず、走行と密接な関係のある停車の場合をも含まれ、自動車を「当該装置の用い方にしたがい用いる」ことであるので、本件クレーン車(クレーン使用中と走行中は、原動機は同じで、運転台は別)のような特殊自動車がその特殊な装置(クレーン)をその用法にしたがつて用いる場合は右法条に定める「運行」に該当する。このことは、本件クレーン車は、いわゆる特別車両として、走行そのものが本来の用途ではなく、鉄骨その他の重量物の移動作業を本来の用途として使用に供されるので、これに伴う事故の危険も普通自動車に比較して大であるため、この種の自動車は自動車損害賠償責任保険においては多額の保険料を支払う定めになつていることからも明らかである。そして、被告は、前記使用目的のもとに運転手村田つきで本件クレーン車を藤原鉄工株式会社に賃貸したものであるから、運転手村田が本件クレーン車で前記重量物を運搬移動する仕事に従事することは、賃貸借の当初から予定されていたものと外形上認められ、さらに具体的作業に対する指揮監督は藤原鉄工株式会社またはその下請負人の乙守隆昭が担当していたとしても、被告は運転手村田を通じて本件クレーン車に対する運行支配を失つておらず、また、賃貸料を取得するものと外形上認められるので、その運行利益を享受していたものであるから、被告は本件クレーン車につき自動車損害賠償保障法第三条に定める運行供用者に該当する。

そうすると、同法条に基づき、被告は、本件事故によつて生じた全損害を賠償する義務がある。

四、憲治は、本件事故に基づく死亡により次の損害をこうむつた。

すなわち、憲治が死亡前に得ていた平均賃金は日給金一、二九九円で、就労日数は毎月平均二五日間であつたのでその一ケ月の収入金額は金三万二、四七五円、これから憲治の一ケ月の生活費金一万五、〇〇〇円を控除すると、同人の一ケ月の純収入の金額は金一万七、四七五円で、一ケ年のそれは金二〇万九、七〇〇円となる。ところが、憲治の死亡時の年令は満一九才で、その余命は四九年(厚生省発表第一〇回生命表による)で、そのうち就労可能年数は四四年であるから、その間の純収入金額の総額につき年五分の割合の年毎の利息を控除する方法のホフマン式計算により現価を算出すると、金四八〇万六、九五三円となるので、憲治は、これに相当する得べかりし利益を喪失し、同額の損害をこうむつた。

原告両名は、憲治の死亡により、同人の右損害賠償請求債権を、それぞれ、原告両名の相続分(二分の一)に応じて相続した。

五、次に、原告両名は、憲治の本件事故による死亡により、いずれも、肉身の父母として精神的に重大な打撃を受け、現にこの苦痛は償われていないので、これを慰藉するためには、各金五〇万円の慰藉料を必要とする。

六、そこで、原告両名は、被告に対し、各自、憲治の前記四の損害金二四〇万三、四七六円(金四八〇万六、九五三円の二分の一)と前記五の慰藉料金五〇万円の合計金二九〇万三、四七六円を請求できるところ、同四一年一二月、大阪市天満労働基準監督署から憲治の労働者災害補償保険金給付として、それぞれ、金二五万九、八〇〇円の支払いを受けた。

七、よつて、原告両名は、それぞれ、被告に対し、自動車損害賠償保障法第三条に基づき、右損害金から右労働者災害補償保険金の支給額を控除した残金二六四万三、六七六円のうち金二四六万五、〇一四円およびこれに対する訴状送達日の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

八、仮に、被告が自動車損害賠償保障法に基づく損害賠償責任を有しないとしても、運転手村田の本件クレーン車の操縦は被告の事業の執行に関しなされたもので、しかも、本件事故は、運転手村田が本件クレーン車の操縦を誤り、前記鉄骨の移動着地等についてその都度合図をしていた乙守組作業員の訴外永山力の吊り上げ合図により一旦吊り上げた右鉄骨を同人から合図を受けることなく地上に下ろし着地させた過失により、発生したものであるから、被告は、民法第七一五条に基づき、運転手村田の使用者として本件事故によつて生じた全損害を賠償すべき義務がある。

よつて、原告両名は、被告に対し、右法条に基づき、前記七と同額の損害金およびこれに附帯の遅延損害金の支払いを予備的に請求する。

(被告の移送の申立および抗弁に対する答弁)

一、被告の移送の申立については、本訴請求債権の義務履行地は原告両名の住所地であり、同地を管轄する当裁判所に管轄権があるから、被告の右申立は理由がない。

二、被告主張の抗弁事実のうち、本件事故発生につき運転手村田に過失がなかつたことは否認する。請求原因八記載のとおり運転手村田の過失により本件事故は発生したものであり、その際、仮に他の原因が競合していたとしても、最大の過失は運転手村田の行為にあつたから、被告の抗弁は失当である。

第三、被告の主張

被告訴訟代理人は、移送の申立並びに答弁および抗弁として次のとおり述べた。

(移送の申立)

本訴事件関係者の住所も事故発生地も大阪地方裁判所管内であるから、本訴を同地方裁判所に移送せられたい。

(請求の原因に対する答弁)

一、請求の原因一の事実は認める。

二、請求の原因二の事実のうち、憲治が乙守組に雇傭せられていたこと、被告が本件クレーン車を藤原鉄工株式会社に賃貸していたこと並びに運転手村田が本件クレーン車で運搬していた鉄骨の長さおよび重量が原告両名主張のとおりであることを除くその余の事実を全部認める。被告は本件クレーン車を岡山運送株式会社に賃貸したところ、同社が藤原鉄工株式会社に転貸したのである。

三、請求の原因三の事実のうち、本件事故が本件クレーン車の運行によつて生じたこと、被告が本件クレーン車の運行供用者に該当することおよびクレーン車については自動車損害賠償責任保険において多額の保険料を支払うことは、いずれも否認する。

自動車損害賠償保障法に定める「運行」とは、自動車を「当該装置の用い方にしたがい用いる」ことをいうが、これは自動車を原動機により「移動」せしめることまたはこれと相当因果関係にある場合とされている。ところで、本件クレーン車は、自動車として原動機により車体を移動(走行)させる機能と起重機(クレーン)として重量物を移動させる機能との二面を有しているところ、この両面は、一方が働く時は他方は停止し、他方が働く時は一方は停止する関係にあつて両面が同時に働く時はない。すなわち、自動車として移動(走行)している時はクレーンは自動車の車体に固定させてその機能を停止させ、クレーンを使用する時は自動車の原動機を止めてアウトリヤー(外側足)を出し、自動車の後輪を浮かせて自動車を固定させ、完全に地上に起重機を設置したと同様の状態に置く。したがつて、本件事故は、クレーンの操作中の事故、つまり、反面から言うならば、自動車の原動機を止め、その機能を停止し起重機として操作中の事故であるから、自動車の「運行」によつて生じた事故ではない。原告両名は、「位置の移動である走行そのものに限らず、走行と密接な関係のある停車の場合も運行に含まれる」と主張するが、仮に、そうだとしても、本件の場合は、通常の自動車が積荷、荷降しのため一時的に停車した場合とは大いに異なり、「運行」から完全に切り離された状態で発生した事故である。なお、原告主張のとおり、クレーン車に関する自動車損害賠償責任保険の保険料は高額ではなく、同保険料は営業用普通自動車の中では最も低い部類に属する。そうすると、本件事故は、自動車の「運行」によつて生じた事故ではない。

次に、被告は、本件クレーン車を岡山運送株式会社に賃貸していたので、賃貸中は本件クレーン車に対し指揮監督はもちろん、指図すらできなく、つまり、危険物を支配できる状態にはなかつたから、本件事故は被告の支配外において発生したものである。そうすると、被告は、自動車損害賠償保障法第三条にいう「運行供用者」に該当しない。

してみれば、いずれにしても、被告は、本件事故について自動車損害賠償保障法上の賠償責任を負わない。

四、請求の原因四の事実は否認する。仮に、憲治の生前の平均月収が金三万一、一七六円であつたとしても、総理府統計局全国消費実態調査報告表によると、月収三万円から三万四、九九九円までの独身男子の一ケ月の平均支出割合は八九パーセント強であるので、憲治の生活費の支出は一ケ月金二万七、七四六円であることが予想される。そうすると、右支出額を控除した同人の純収入は一ケ月金三、四〇三円で、一ケ年金四万一、一六〇円となり、これにつき原告両名主張の就労可能年数を乗じてホフマン式方法により現価を計算すると、金九四万二、五一〇円となるから、原告主張の金額の損害の生ずるはずがない。

五、請求の原因五の事実のうち、原告両名が憲治の父母であることは認めるが、その余の事実は否認する。

六、請求の原因六の事実は否認し、同七の主張は争う。

七、請求の原因八の事実は否認する。

民法第七一五条の使用者責任を負うためには、「ある事業のために他人を使用し」、その「事業の執行につき加えた損害」であることを要する。これを換言すると、被用者の行為が使用者の業務の範囲に属し、かつ、使用者の指揮命令がおよび得る状態においてなされたことを要する。しかるに、本件事故に右要件にあてはめてみると、被告が使用者責任を負わないことは明らかである。すなわち、本件事故は鉄骨の組立作業中に生じたものであるが、被告は運転手村田つきで本件クレーン車を賃貸しただけで、右鉄骨の組立作業を請負つたものでないから、いかなる意味においても運転手村田の行為は被告の業務の範囲に属しない。そのうえ、運転手村田は、本件クレーン車の操縦による作業について乙守組および本件作業現場の責任者永山力の指揮命令を受けており、被告は右作業について指揮命令または監督をすることはできなかつた。

次に本件事故は、乙守組および永山力の過失により生じたものであつて、運転手村田の過失により生じたものでない。すなわち、永山の過失については、第一に、クレーン等安全規則第一四八条および玉掛技能講習規程には一定の玉掛技能講習を受け、試験に合格した者でなければ荷重三トン以上の移動式クレーンの玉掛業務を行つてはならないと規定され、これに違反したものは六月以下の懲役または五、〇〇〇円以下の罰金に処せられる(労働基準法第一一九条)ことになつているが、永山は無資格で本件玉掛作業を行つた過失がある。第二に、永山は、本件において別紙図面記載の(一)のような玉掛をしたが、この方法は、荷ゆれ、シヨツク等により荷滑りが起り危険であるため、同図面記載の(二)、(三)の方法によるべきだとされている。しかるに、永山は、いわゆる「カン」だけに頼り本件のような危険な玉掛作業をなした過失がある。第三に、永山が玉掛ワイヤーの長さが短いものを使用した過失があつたため、玉掛ワイヤーがはじけて、フツクからはずれた。次に、乙守組は、無資格者である永山力を本件玉掛業務につかせた過失がある。さらに、運転手村田が無過失である点については、同人は本件クレーン車で鉄骨を吊り上げたとき、吊荷の「ゆれ」が激しく非常に危険であつたためこれを防止するべくブームを少し倒し吊荷を接地させたのであるが、吊荷の「ゆれ」があつて危険が発生しそうな場合にはその「ゆれ」を止めて危険の発生を未然に防止することは、クレーン車の運転手の義務であり、そのためには、吊荷を接地してその安定を図ることが唯一の方法で、これ以外には安全な方法はない。もし、仮に、運転手村田が吊荷の「ゆれ」を放置していたならば、いかなる事故が発生していたか、図り知れないのである。そうすると、運転手村田が吊の荷の「ゆれ」を止め、もつて危険の発生を防止するためブームを倒したことは妥当な措置であつたというべきであるから、その間に運転手村田に過失があつたと言うことはできない。

してみれば、いずれの面からみるも、被告が本件事故による損害について使用者責任を負わされる根拠はないので、原告両名の予備的請求は理由がない。

(主たる請求に対する抗弁)

仮に、本件事故が本件クレーン車の運行中に生じ、かつ、被告がその「運行供用者」に該当するとしても、答弁七において詳述したとおり、本件事故は乙守組および永山力の過失により玉掛が不充分であつたため生じたものであつて、運転手村田の過失により生じたものでなく、かつ、本件クレーン車に構造上の欠陥および機能上の障害はなかつたので、被告は自動車損害賠償保障法に定める賠償責任を負わない。

第四、証拠関係 〔略〕

理由

第一、被告の移送の申立についての判断

本訴請求の損害賠償請求債権の義務履行地は、原告両名の住所地(愛媛県北宇和郡広見町大字出目甲四五〇番地)であるので、同地を管轄する当裁判所は本訴について管轄権を有し、被告申立のとおり、本訴を大阪地方裁判所に移送することは相当でないから、被告の移送の申立は却下する。

第二、本案についての判断

一、本件事故の内容

昭和四一年七月二八日、高槻市大字宮田一九の四摂津ニユーセンター軽量鉄骨新築工事現場において、重量物一般の積卸、輸送請負等を営業目的としてクレーン車等の特別車両を運転手つきで賃貸する等の業務を営む会社である被告の被用者の運転手村田が、本件クレーン車で右工事資材である鉄製梁の両端に鉄製柱を取り付けた建て家の梁を移動運搬するため、これを本件クレーン車のクレーンでワイヤーを掛けて吊り上げ、垂直にして地切りをし、巻き上げを停止した直後、右鉄骨が本件クレーン車の車体の方向にゆれ動いてこれに打ち当ろうとしたので、これを防止するためクレーンブームを少し倒したところ、玉掛けワイヤーがクレーンフツクからはずれて、右鉄骨が、前方に転倒し、たまたまその附近で作業中の憲治の頭上に倒れかかつたため、憲治が頭蓋骨々折の重傷を負い、その場において即死したことは、当事者間に争いがない。

そして、〔証拠略〕を総合すると、本件事故現場において、当時、富士産業株式会社が注文主で、綱島一級建築事務所が元請負人である、市場店舗兼住宅の建築工事が施工されていたが、藤原鉄工株式会社が右建築事務所から、右工事の鉄骨の製作並びに組立工事を下請負いして、このうち、現場における組立作業を乙守組こと乙守隆昭にさらに下請負いさせていたところ、被告は、岡山運送株式会社の斡旋で藤原鉄工株式会社に対し右工事の鉄骨等の移動運搬に従事する目的で運転手村田つきで本件クレーン車を賃貸したため、運転手村田が、被告会社の配車係員から右作業に従事するよう指令を受けて本件工事現場に出向し、乙守組の現場監督をしていた永山力から合図を受けて、本件クレーン車の、クレーン装置を操作して鉄骨等の運搬作業を遂行していたこと、前記転倒した鉄骨は長さ約九・二メートルの鉄製梁の一端に長さ約六・二メートルの鉄製柱と他の一端に長さ約四・七メートルの鉄製柱をそれぞれ取り付けた門型の形状をした重さ約三五〇キログラムの建て家の梁であり、本件クレーン車で、地面に横に寝ていたこの梁を起して垂直に吊り上げ、そのまゝ近くの建て家の取付場所に運搬する予定になつていたが、この運搬の際は、本件クレーン車はアウトリヤー(外側足)を出して前後輪を浮かせ、地上に車体を固定させて停車したまゝの状態であつたこと、吊り上げの準備は総て永山力の指図によるもので、同人は、別紙図面(一)記載のとおり右鉄骨にワイヤーを結びこれを本件クレーン車のジブ(クレーンブームの補助部分)にあるクレーンフツクに玉掛けじたのち、右梁の中央附近に結んだ麻ロープの端を乙守組の労務者の一人に持たせて引張らせ、長さの短い鉄柱の方に当時乙守組に雇傭せられて鳶職として就労していた憲治を、長さの長い鉄柱の方に乙守組の他の労務者二人を、それぞれ立たせて、みずからも憲治の近くに立ち、吊り荷が荷ぶれしたときこれを防止できるよう人員を配置して、吊り上げの準備を完了したこと、その後、永山力から手で、吊り上げの合図があつたので、これにしたがつて運転手村田が本件クレーン車のジブを六〇度ぐらいに起して右鉄骨を地面と垂直の状態に起したのち、取付場所に移動させるべく地面から五センチメートルから一〇センチメートル位地切りさせた際、永山力から停止の合図があつたので、一旦停止したが、その直後、右鉄骨の長い方の柱が前後に動揺して本件クレーン車の左前部附近に接近しそうになつたこと、ところが、その際、運転手村田は、本件クレーン車の運転席から右鉄骨の根元附近が車体の左前部にさえぎられてはつきり見えなかつたため、右鉄骨が本件クレーン車の車体に打当つてこれを損傷させるものと即断して、これをさけるため、永山力から合図がないにもかかわらず、ただちに、右鉄骨の動揺を止めさせようとして本件クレーン車のジブの起状操作用のレバーを心持ち前に押し倒して右鉄骨を着地させたところ、その瞬間、フツクに掛けていたワイヤーがゆるんでその一方の蛇口がフツクからはずれて右鉄骨が転倒したこと、永山力は玉掛技能の無資格者であつたが、同人のなした本件玉掛の方法は、吊り荷を垂直にして地切りしたまま移動させる本件のような場合においては支障のない掛方であり、途中不用意に吊り荷を着地させないかぎり玉掛ワイヤーがクレーンフツクからはずれる危険性はなく、右ワイヤーはクレーンフツクに完全に掛つており、また前記鉄骨は上下に動揺していなかつたので、玉掛の位置が悪くて吊り荷が左右に不安定な状態になつていたものでないから、本件事故は永山力の玉掛の方法に欠点があつたことが原因ではないこと、もつとも、使用していたワイヤーが新品で、いわゆるなれができていなかつたためフツクからはずれやすかつたことは否定できないが、これとても、運転手村田が鉄骨を着地させなかつたならば右ワイヤーがはずれるはずがないので、右ワイヤーが新品であつたことは本件事故の直接の原因でないこと、したがつて、本件事故は運転手村田が鉄骨を着地させたことに最大の原因があるが、前記録骨の動揺は普通地切りした直後に生ずる前後の動揺であり、当時ジブは六〇度ぐらいの角度に起されていたので、鉄骨が本件クレーン車の方に倒れかかつて来るような状態ではなく、吊り荷の動揺を防止するため配置されていた乙守組の労務者もただちに鉄骨の柱の部分を押えてその動揺を制止するよう努めていたので、そのまゝしばらくようすを見ておれば吊り荷の動揺が漸次おさまるかもしれない状況にあつたので、この場合、運転手村田としては、乙守組の労務者の人力によつて右鉄骨の動揺が制止されるのを待つか、または永山力の合図を待つて鉄骨を徐々に降下させて安全に着地させるべきであつたこと、しかるに、運転手村田は、右措置をとらず、本件クレーン車に損傷がおよぶことのみに気をうばわれて、永山力から合図がないのに、急きよ鉄骨を着地させたものであるから、運転手村田が右着地措置をとつたことにつき止むを得ない事情があつたことは言えないこと、そうすると、本件事故の発生につき運転手村田に過失があつたことがそれぞれ認められる。

以上の認定に反する〔証拠略〕は、前掲証拠と対比して信用できず、他に以上の認定を覆すに足る証拠はない。

二、自動車損害賠償保障法適用の有無

被告が本件事故につき自動車損害賠償保障法第三条に基づく責任を負うためには、本件事故が同法第二条規定の「自動車」の「運行」によつて生じたことおよび被告が右自動車のいわゆる「運行供用者」に該当することを要する。

ところで、本件クレーン車は右法条に定める自動車に該当する。そして、同法条には、「運行とは、人または物を運送するとしないとにかかわらず、自動車を当該装置の用い方にしたがい用いること」と定義されているので、「運行」とは、位置の移動である走行を要件とせず、自動車の構造上通常設備されている各装置またはクレーン車のクレーンなど当該特殊自動車固有の装置をその目的にしたがつて操作する場合を言うと解するのが相当である。そうすると、本件事故当時、本件クレーン車は、前記のとおり車体を地上に固定して停車の状態であつたが、本件事故は、本件クレーン車に設置されているクレーン装置をその目的(荷物の運搬)にしたがつて操作していた際、この操作の過誤により生じたものであるから、本件事故は、右法条所定の「自動車の運行」によつて生じたものであるというべきである。

次に、「運行供用者」とは、当該自動車の運行につき支配を有しかつ利益を享受している者をいうと解するのが相当である。前記のとおり、本件事故当時、被告は、その被用者の運転手村田つきで本件クレーン車を藤原鉄工株式会社に賃貸して、同社から賃料を受領していたものであるから、この場合、運転手村田が現場における具体的な指図等を藤原鉄工株式会社や乙守組の者から受けて、作業を遂行していたとしても、被告は、運転手村田を通じて本件クレーン車の運行につき支配を有しており、かつ、右賃料を得ることによりその運行利益をも享受していたものというべきであるから、被告は、本件クレーン車の「運行供用者」に該当する。

そうすると、本件事故については、自動車損害賠償保障法の適用があるところ、被告は、運転手村田に過失がなかつた旨抗争するが、前記のとおり、むしろ、運転手村田に過失があつたことが認められるので、被告の抗弁は採用できない。してみれば、同法第三条に基づき、被告は本件事故により憲治および原告両名がこうむつた損害を賠償すべき義務がある。

三、原告両名の取得した損害

(一)  憲治の得べかりし利益の喪失による損害

〔証拠略〕を総合すると、憲治は、昭和二二年二月二七日生れで、本件事故当時年令満一九才であり、幼少のころから病気にかかつたことがなく、生前身体は頑強であつたこと、憲治は、同三九年一一月二日ごろから乙守組に雇傭せられて本件事故当時まで鳶職として就労し、その間大阪市旭区豊里町所在の乙守組の寮に起居しており、本件事故の前三ケ月間(同四一年四月から六月まで)の乙守組における憲治の、一ケ月平均就労日数は二三日で、一日平均賃金は一、二八九円(一ケ月金二万九、六四七円)であつたが、生前、憲治は、原告両名の許へ毎年二回位金七、〇〇〇円宛送金しており、また預金五、〇〇〇円を残していたことが認められ、原告水野始本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

原告両名は、憲治の生活費は一ケ月金一万五、〇〇〇円であつた旨主張するが、これを肯認するに足る証拠はない。そして、被告は、憲治の生活費は一ケ月の収入の八九パーセント強に相当する金額であつた旨主張し、この立証として成立に争いがない乙第一号証の三(総理府統計局全国実態調査報告第一巻二、第一表より抜粋した資料)を提出しているが、同表の数値は昭和三九年九月から一一月までの間の調査に基づき全国におけるあらゆる階層の現金収入のある単身者世帯の収支を平均したものであり、また、同表記載の実支出金中には、仕送金や教育費が含まれていることはその出典である右報告書の記載事項に照し当裁判所に顕著な事実である。そうすると、右数値は本件事故当時より日時の古いころの調査によるもので、相当広範囲にわたる階層の平均値であるため、ただちに、これを個別的な個人の収支の推定資料とすることは適切でなく、また、純然たる生活費にあたらない金額も含まれているため右書証記載の数値(実支出金額)を憲治の生活費の推定資料とすることはちゆうちよせざるを得ないので、被告の前記主張は採用しない。ところで経済企画庁調査局編の昭和四二年一月「独身勤労者の一ケ月消費動向調査結果」(同四一年秋実施)における独身勤労者の収入平均金額と生活費平均金額は、大阪地区の男女は金二万二、八一〇円と金一万四、四八〇円、全国の男性は金二万五、四九〇円と金一万六、九七〇円、一九才以下の男女は金一万五、四一〇円と金八、六一〇円、寄宿舎や寮に居住している男女は金二万三、〇一〇円と金一万五、八四〇円、賄いつきの男女は金二万二、八八〇円と金一万五、五三〇円であることが明らかであり、これらの生活費は大体収入金額の六割強に当ると認められるが、このことは、当裁判所に顕著な事実である。そこで、右数値と、前記認定の憲治の生前の生活状態や経験則等を総合して考察すると、憲治が生存していたならば、支出することが予定できる同人の一ケ月の生活費はその収入金額の六割に当る金額であると推定するのが相当である。果してそうだとすると、憲治の前記一ケ月の収入金二万九、六四七円からその六割に相当する生活費(金一万七、七八八円)を控除した残額金一万一、八五九円が憲治の一ケ月の純収入金であり、したがつて、その一ケ年のそれは金一四万二、三〇八円となる。

しかして、昭和四一年五月厚生省統計調査部発表第一一回生命表における年令満一九才の日本男子の平均余命は四九・九九年であることが認められるが、このことは、当裁判所に顕著な事実であるので、前記のとおり生前頑強な健康体であつた憲治は、本件事故に遭遇しなかつたならば、さらに右平均余命と同年間生存することが推認できるところ、そのうち同人の就労可能年数は経験則上四四年間(満六三才まで)であると認定するのが相当である。そうすると、憲治は、右期間中において、毎年金一四万二、三〇八円で、右全期間中総合計金六二六万一、五五二円の純収入を得るはずであるが、本件事故による死亡のため、右収入金を得ることができなくなつたので、本件事故により右得べかりし利益を喪失して、これと同額の損害をこうむつたというべきである。そして、右損害金につきホフマン式計算方法によつて毎年利率五分の中間利息を控除して本件事故当時一時に請求できる金額を算出すると金三二六万二、一二九円となる。

原告両名が憲治の父母であることは当事者間に争いがないので、原告両名は、憲治の死亡により同人の被告に対する右損害賠償債権を各相続分(二分の一)に応じて(各金一六三万一、〇六四円)相続したことが認められる。

(二)  原告両名の慰藉料

〔証拠略〕によると、原告両名は、憲治の父母であり、(この点は当事者間に争いがない)農業(田八、九二五・六平方メートル、うち小作農二、九七五・二〇平方メートル、自作農五、九五〇・四〇平方メートル、畑九九一・七六平方メートルその他山林若干で、年間純収益は金五〇万円位)を営んでいるところ、憲治は次男で、他に長男と長女がいるが、長男は身体が弱いため将来頑健な憲治に家業の農業を継がせる心算であつたため、原告両名は憲治の死亡により精神的打撃を受けたこと、被告会社の方は、当初、乙守組や藤原鉄工株式会社が本件事故につき責任を持つて処理すると言明していたので、原告両名に対し、陳謝や見舞もせず、憲治の葬式にも出席しなかつたが、後日、藤原鉄工株式会社を介して、岡山運送株式会社と共同で見舞金二万円を渡したことが認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

そこで、右認定事実に、前記認定の、本件事故の内容や憲治がようやく成年に達しようとする若い身で本件のようなまことにいたましい事故に遭遇して即死するにいたつたことなど諸々の事情を加えて総合勘案すると、原告両名が憲治の死亡により受けた精神的打撃は相当甚大であることを推測するに難くないので、これが慰藉料はおのおの金五〇万円が相当である。

(三)  そうすると、原告両名は、各自、被告に対し、憲治から相続した前記損害金債権金一六三万一、〇六四円および右慰籍料債権金五〇万円、以上合計金二一三万一、〇六四円を有するが、昭和四一年一二月、原告両名がそれぞれ、大阪市天満労働基準監督署から憲治の本件事故による労働者災害補償保険金二五万九、八〇〇円の支給を受けたことは原告両名の自陳するところであるから、原告両名の右債権は、それぞれ右支給額を控除した残額金一八七万一、二六四円となる。してみれば、自動車損害賠償保障法第三条に基づき、被告は、原告両名に対し、それぞれ、右損害金一八七万一、二六四円およびこれに対する本件記録上明らかな訴状送達日の翌日である同四二年二月九日から民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきである。

四、結論

以上、判断したところによると、原告両名の主たる請求は、各自被告に対し右損害金およびこれに附帯の遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこの部分を認容することとし、その余の部分は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 水地厳 重富純和 山崎末記)

別紙図面

(一)

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(二)

<省略>

(三)

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