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松山地方裁判所宇和島支部 昭和45年(ワ)95号 判決 1972年3月07日

原告

有限会社吉川商会

代理人支配人

中川邦輔

被告

中畑數一

代理人

武田博

主文

一、被告は原告に対し、金三四〇万円および内金一〇〇万円に対する昭和四四年三月一六日から、内金一〇〇万円に対する同年四月一六日から、内金一四〇万円に対する同年五月一六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は仮に執行することができる。

四、被告において金七〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

1、主文第一、二項同旨。

2、仮執行宣言

二、被告

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一、原告の請求原因事実中、訴外一若砂利有限会社が昭和四三年七月九日設立されたこと、被告が同会社の代表取締役であること、被告がその契約締結の資格は別として同年九月三日原告との消費貸借契約(以下本件消費貸借契約という)により金三四〇万円の交付を受けたことは当事者間に争いがない。

二、そこで、まず原告との本件消費貸借契約の相手方は被告であつたか、あるいは訴外会社であつたかについて判断する。

(一)、<証拠>を総合すると、原告は鳥獣類の売買を業とする会社で、興行界とも取引があり、被告も長年興行関係の仕事に従事していたので、被告は昭和四二年ころ大分県別府市の観光施設「山地獄」の所有者樽谷鹿太郎の引き合わせで原告代表取締役吉川敦と面識をもつに至つたこと、原告は昭和四三年当時右樽谷に対し動物の売買代金として多額の債権を有し、同人よりその支払を担保するため約束手形六通(額面金六〇〇万円)の振出を受けていたが、樽谷はそのころ事業が不振で、経営が極度に悪化し、右手形金も取立困難の状態に陥つていたこと、そこで原告代表者吉川敦は同年八月ころ福島県郡山市において被告と偶然出会つた際、被告が樽谷とは昵懇の間柄であるところから被告に対し右手形の割引につき尽力して欲しい旨依頼したこと、被告は当時訴外会社の本店を大分市に移転し、採取砂利の販売に従事していたが、事業開始間もない時期で右会社の運転資金を必要としていたので、原告代表者の右申入を応諾するとともに、同代表者に右訴外会社の実情を説明して、手形割引により右手形の換金ができた場合はその一部を訴外会社の運転資金に融資してくれることを条件とする旨申し入れ、原告代表者の了解を得たこと、そして被告は同年八月二三日原告代表者より樽谷振出の前記約束手形を預り、腐心のすえ、同年九月二日伊予銀行別府支店で金五八七万円で手形割引を受けたこと、原告代表者は被告の右尽力を多とし、翌九月三日、内金六〇万円を謝礼として被告に支払い、さらに前記約定に基づき、訴外会社の運営資金に充当する目的で金三四〇万円を貸金名下に被告に交付したこと、その際原告は被告に対し右貸金につき弁済期日を約定した証として支払期日を記載した手形の振出を要求したので、被告は同日右貸金債務の支払を担保する意味も含めて約束手形用紙の振出人欄に訴外会社代表取締役の記名捺印をしたうえその余の手形要件を記載した約束手形四通(内訳(1)額面一〇〇万円、支払期日昭和四四年三月一五日、(2)額面一〇〇万円、支払期日同年四月一五日、(3)額面一〇〇万円、支払期日同年五月一五日、(4)額面四〇万円、支払期日同年五月一五日)を原告代表者に交付したこと、本件消費貸借について右約束手形以外に何らの契約証書は存在せず、被告は個人として原告に借用証書を差し入れていないこと、被告は右当時訴外会社の事業に専念しており、右会社の運営資金以外に個人的に多額の金員を早急に必要とする事情もなく、かつ右借入金は全部訴外会社の運営資金に充当されたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)、以上の事実からするならば、本件消費貸借の当事者は原告と訴外会社であり、被告は訴外会社の代表者として原告を相手に貸付元金三四〇万円、弁済期日昭和四四年三月一五日金一〇〇万円、同年四月一五日金一〇〇万円、同年五月一五日金一四〇万円なる消費貸借契約を締結したものと認めるのが相当である。

(三)、もつとも、前掲甲第一号証の記載部分によると、被告が昭和四四年六月二一日付で被告個人の差出人名義で原告に書信をしたため、その手紙文の内容には本件貸金が被告の個人借入であり、その債務は個人で必ず弁済する旨の記載をしていると解釈されなくもない表現がなされていることがうかがわれるけれども、被告本人尋問の結果によると、右は被告が訴外会社の代表者としての立場で会社の窮状を訴えて本件貸金債務の支払が遅滞していることに責任を痛感している趣旨を明らかにするために作成されたものであることが認められる。また後記認定のごとく訴外会社は被告の個人企業の色彩が顕著であり、かような場合個人名義と会社代表者名義が混用される場合が多いことは日常広くみられるところであるから、本件において前記書信の差出人名義が被告個人であるという一事をもつて本件消費貸借の借主を判定するのはいささか早計であり、結局同号証の前記記載内容は前認定を左右するものではない。

(四)、そうであるとすれば、本件消費貸借契約の効果は特別の事情がない限り、原告と訴外会社との間に生ずるというべきである。

三、ところが、原告は、右訴外会社の法人格を否認し、本件消費貸借の相手方が訴外会社であるとしても、右契約履行の責任を被告個人が負うべき旨主張しているので次にその当否について検討する。

(一)、法人格が全くの形骸にすぎない場合、または法律の適用を回避するために濫用されるが如き場合に法人格を認めることはその本来の目的に照らして許すべからざるものであるから、取引の相手方は、会社の法人格を否認し、その取引の背後者たる個人の行為と認め、その責任を追求することができる(最判昭和四四年二月二七日民集二三巻二号五一一頁以下参照)。原告は本件において主として訴外会社即被告個人であつて、同会社の法人格が全くの形骸にすぎない旨主張していると解されるところ、ここに人格が形骸にすぎないとは会社が即個人であつて、その実質が完全に個人企業である場合とその要件を整序することができ、このことは株式会社のみならず有限会社の会社形態においても同然である。

(二)、そこで本件の場合についてこれをみるに、<証拠>によると、被告は興行関係の仕事とともにかねて実弟中畑義生と共同で愛媛砂利株式会社を設立し、宇和島市周辺で砂およびバラスの採取、販売事業を営んでいたが、近年建築ブームが到来し、特に大分地方においては建設事業が隆盛である旨聞き知つたこと、そこで同地方で建築材料を販売することを計画し、かかる構想のもとに昭和四三年七月九日砂およびバラスの採取ならびにこれら土木建築資材の販売を事業目的とする訴外会社が設立され、当初事務手続上宇和島妙典寺前乙度二八番地に本店が置かれたこと、その後同年八月二一日大分市寿町一一番二号に本店を移転したこと、訴外会社は、有限会社組織で、社員の総出資額金五〇〇万円、中畑数一(被告)、中畑正、中畑満、中畑力および中畑モトの五名で社員を構成し、右社員らは同時に役員に就任し、取締役中畑数一(代表取締役)、中畑正、中畑満、監査役中畑力、中畑モトであること、しかしながら、訴外会社は会社とはいつても、被告を除く四名の社員(役員)は全員被告の妻子(妻モト、長男正、三男満、四男力)であつてその設立形態は典型的な同族会社であり、社員の総出資口数一〇〇口のうち、被告の出資口数は八〇口で(出資額四〇〇万円)総出資口数の八割に相当し、これに対しその余の社員四名の出資口数は各自五口(出資額各二五万円)にすぎず、その経済的基盤も弱少もしくは被告に依存しているところから、被告はその個人財産を全部同会社のために拠出し、自己の出資額はもとよりその余の社員の出資額についてもほとんど全部自己において払込をなしたものであること、訴外会社は大分市に本店を移転後同市内に事務所を設置したが、被告を除く右社員四名のうち長男正のみが同市に常駐して同会社の整理等を担当したにとどまり、その余の者は単に名義のみで、営業に関与せず、本件消費貸借についても被告を除く取締役は一切関与しておらず、右正にしても砂利販売事業は未経験であり、また前記愛媛砂利株式会社の共同経営者中畑義生は訴外会社の社員に加わつていなかつたため、同会社の事業運営およびその成果は一にかかつて被告の裁断に依存せざるを得ない設立状況であり、その結果は訴外会社と被告のみが経済的利益を同一にするものであつたといえること、本件消費貸借は訴外会社の設立後間もない時期のことであつたため、当時訴外会社は事務所を設置したものの、会社にはトラック二台、ショベル一台のほかは見るべき資産もなく、事務員は現地雇入の二名だけであつて、法人としての企業活動を認めるには諸設備は極めて小規模であり、本件消費貸借の相手方である原告としてもその借主が訴外会社であるのか被告個人のであるのか明確な区別を有しておらず、その事業運営についても社員総会等が現実に開催されたり、あるいは社員間で会社経営につき相談がなされた形跡はなく、個人財産を全部同会社のために投げ出した被告に一人会社経営上の実権が委ねられていたこと、しかるに訴外会社は販売単価の目算違いからさしたる営業実績も上げないまま本店移転後わずか六ケ月で銀行取引停止処分を受けて倒産し、現在に至るもその事業は更生していないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)、右認定事実を前記説示に照らして考えると、訴外会社は有限会社形態を採つてはいたものの、持分を有する社員は全員被告の家族であるといういわゆる法人成りした同族会社であつて、右家族社員らは会社の事業運営およびその成果について直接的には何ら実質的な利害関係を有せず、経済的実質的にみて被告個人が訴外会社の社員としての全持分を所有していると同然であり、被告は訴外会社の背後にあつて自己の意のままに支配することができる地位にあつたもので、訴外会社は法人といつても全く形骸化していて、その実質は背後に存する被告が単に訴外会社の名義を用いて個人事業を行つていたに外ならなかつたことが推認でき、他に特段の立証がない本件においては、訴外会社は即被告である実態に即し、その法人格を否認するのが相当である。

なお付言するに、もとより法人格否認の法理を適用する要件としての会社が完全に実質的個人企業である場合といえるかどうかについては、社員権ないし業務執行権を通じての会社支配の要件のみならず、同時に会社と個人の業務あるいは財産の混同が反覆継続して存在することを要すると考えるのが合理的であり、そのためには計理上会社と個人が明確に分離されているかどうかについても検討されねばならないが、法人格を否認して個人を相手方としている場合には、通常善意の社員の利益保護の要請が乏しく、また外部からは通常立証困難と認められる右立証事項の性質に照らすと、原告としては被告個人が会社の背後にあつてこれを支配している事実を立証すれば、同族会社の場合通常会社が実質的個人企業であると推定されるから、これによつて法人格否認の法理の適用に必要な要件事実の立証責任が尽くされたと認めるのが相当であり、他の特別の事情によつて右推定を覆し会社が完全に実質的個人企業でないとするならばその点は逆に被告において反対立証がなされないかぎり法人格否認の効果を認めるのが相当である。本件においては前認定のとおり訴外会社と被告人の業務は同一経済活動であつたことが認められるが、訴外会社と被告個人の財産の混同の事実については証拠上明確に立証されてはいないけれども、その点はとりもなおさず被告の右間接反証が成功しておらないことであつて、右説示に照らし、法人格否認の法理の適用を求める原告の主張事実は前認定の事実によつてその証明がなされているものと認めるのが相当である。

四、そして、原告は、前記訴外会社の法人格否認の効果として、本件消費貸借を相手方である訴外会社の背後にある被告個人の行為と認めてその責任を追求することができる筋合である。

そうすると、被告は原告に対し、本件貸付元金三四〇万円および内金一〇〇万円に対する弁済期の後である昭和四四年三月一六日から、内金一〇〇万円に対する同じく同年四月一六日から、内金一四〇万円に対する同じく同年五月一六日から各支払済みまで民事法定利率五分の割合による遅滞損害金を支払う義務があるものといわねばならない。

五、よつて、原告の本訴請求は全部正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行およびその免脱の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(藤田清臣)

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