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松山地方裁判所西条支部 平成17年(ワ)56号 判決 2005年7月22日

愛媛県●●●

原告

●●●

同訴訟代理人弁護士

菅陽一

大阪府岸和田市荒木町二丁目18番15号

被告

株式会社マルフク

同代表者代表取締役

●●●

主文

1  被告は,原告に対し,95万4053円及び内金75万3859円に対する平成17年4月12日から支払済みまで年6分の割合による金員並びに平成17年4月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告に対し,13万円及びこれに対する平成17年3月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は,これを3分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

5  この判決は,第1項及び第2項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告に対し,260万8877円及び内金189万4918円に対する平成17年4月12日から支払済みまで年6分の割合による金員並びに本訴状送達日の翌日(平成17年4月21日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告に対し,33万円及びこれに対する平成17年3月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,原告が被告との間で,金銭消費貸借契約による借入と弁済を繰り返していたところ,利息制限法所定の制限利率によると,過払金が生じたとして,悪意の受益者による不当利得返還請求権に基づき,過払金及び商事法定利率の年6分の割合による利息並びに年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めるとともに,取引履歴不開示により精神的損害を被ったとして,不法行為に基づいて,慰謝料30万円及び弁護士費用3万円及び開示を要求して所定の期日を過ぎた日からの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。

2  争いのない事実

(1)  被告は,利息制限法所定の利率を超える高金利で金銭貸付等を行うことを主たる業とする株式会社である。

(2)  被告は,遅くとも,平成5年5月17日までに,原告に対して,利息制限法に違反する利息約定を伴う金銭消費貸借契約を締結し,金員を貸し付けた。

3  争点及び当事者の主張

(1)  取引経過

(原告の主張)

原告は,被告との間で,遅くとも平成5年5月17日までに金銭消費貸借契約を締結し,現在まで借入と弁済を繰り返し,利息制限法所定の制限利率に引き直して計算すると,平成17年4月11日時点で,過払金が260万8877円(内過払分の残元金が189万4918円)となり,被告は,上記額を不当に利得した。

(被告の主張)

被告は,原告との間で,平成4年12月29日付けで金銭消費貸借契約を締結し,16万円を貸し付け(最終弁済日が平成8年3月7日),平成8年3月29日付けで金銭消費貸借契約を締結し,39万円を貸し付け(最終弁済日が平成17年1月27日),弁済の経過は,乙1号証(但し,被告は,口頭弁論期日に一度も出頭しなかったので,乙号証は提出扱いとはなっていない。)のとおりである。

(2)  利息制限法の適用

(被告の主張)

原告は,利息制限法の制限利率を超える利息を任意に支払ったので,利息制限法1条2項により,超過部分の返還を求めることはできない。

(原告の主張)

原告は,期限の利益の喪失を避けるため約定の利息を支払わざるを得なかったので,「任意に支払った」とはいえない。

(3)  悪意の受益者

(原告の主張)

被告は,原告が過払いをしていることの認識を有していたので,客観的に原告が過払状態に陥った時点から悪意の受益者といえる。

被告の「みなし弁済が認められると思ったから善意だ」という主張は,民法704条の請求原因事実の要件事実である,利得が法律上の原因に基づかないことの認識に対する積極否認になるに過ぎず,不当利得返還請求権の請求原因事実には影響を及ぼすことはなく,悪意の認識の対象は,利息制限法の制限利率を超過する利息等の支払いを受けた事実についての認識であり,この認識を被告が有していたことは明らかであるので,被告は,悪意の受益者といえる。

(被告の主張)

原告の支払いについては,貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)43条のみなし弁済の余地があるので,悪意の受益者とはいえない。

(4)  過払金に対する利息の利率

(原告の主張)

被告は,商人であり,利得物を営業のために利用し利益を上げているので,過払金に対する利息は,商事法定利率の年6分となる。

(被告の主張)

不当利得返還請求権は,法律の規定によって発生する債権であるので,民法所定の利息の範囲内で利息も認められるべきである。

(5)  信義則違反ないし権利濫用

(被告の主張)

原告は,借りるときは,えびす顔で約定利率が利息制限法の制限利率を超えることを承知して借りておいて,返済となると利息制限法を持ち出すのは,信義則に反し,権利の濫用である。

(6)  取引履歴開示義務及び慰謝料請求等

(原告の主張)

ア 平成17年3月1日,原告代理人弁護士が原告の債務の任意整理をするために,被告に受任通知(甲4)を送付して原告との取引履歴の開示を求め,同月14日,提訴予告通知及び提訴前の照会申出書を送付して取引履歴の開示を求めた(甲5)ものの,被告は,取引履歴を開示しなかった。

イ 原告は,債務整理のめどもつかない不安定な状態に置かれ,本訴訟を提起せざるを得なくなり,精神的損害を被った。同損害は,30万円を下らない。

ウ 以上から,原告は,被告に対し,不法行為に基づいて,慰謝料30万円及び弁護士費用3万円の支払いを求める。

(被告の主張)

ア 貸金業法19条や金融庁事務ガイドライン3-2-7(1)等から,取引履歴の開示義務が導かれるものではなく,債務者も借用書・銀行振込書の控え等を保管しておくことで,自分の取引情報を把握しておくことができるので,信義則上,貸金業者が一律に開示義務を負うということもない。

イ 原告代理人が債務整理を受任してわずか1,2か月の間で,原告が精神的被害を被るということはない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(取引経過)について

被告は,本訴訟中に,平成4年12月29日からの取引履歴を開示した(乙1号証として提出したが,被告が口頭弁論期日に出頭しないため,証拠として提出扱いとはなっていない。)。

そして,原告は,上記開示された取引履歴が特段不自然である等の主張をしていないことや,証拠(甲1,7,9の1・2,10ないし20)及び弁論の全趣旨を総合すると,上記取引履歴の内容の取引事実が存在したものと認めるのが相当である。

2  争点(2)(利息制限法の適用)について

被告は,原告が利息制限法の制限利率を超える利息を任意に支払ったので,利息制限法1条2項により,超過部分の返還を求めることはできない旨主張する。

しかしながら,債務者が超過利息を任意に支払った場合は,その超過分は,当然に残存元本に充当されていき,充当によって計算上元本が完済になったときは,不存在を知らないで支払った金額について返還を請求できるものと解され(最高裁昭和39年11月18日判決,同昭和43年11月13日判決,同平成15年7月18日判決),上記被告の主張は採用できない。

3  争点(3)(悪意の受益者)について

被告は,原告の支払いについては,貸金業法43条のみなし弁済の余地があるので,悪意の受益者とはいえない旨主張している。

そこで,この点を検討するに,民法704条の悪意とは,利得が法律上の原因に基づかないことの認識であり,同事実については,不当利得返還を請求する損失者に主張立証責任が認められる。

一方,貸金業法43条のみなし弁済の主張は,利息制限法の制限利率を超過した利息の返還請求において,請求原因事実と両立し,その要件事実が認められることにより生じる法律効果を阻害する抗弁であると認められる。

そうすると,みなし弁済の余地があると認識していたから,悪意ではなく,善意であるという被告の主張をそのまま是認すると,返還請求を行う原告側で,悪意を主張立証するについて,被告が利息制限法の制限利率を超えて利息を受領していた事実のみならず,被告がみなし弁済の余地があると認識もしていなかった事実まで主張立証責任を負うこととなり,本来みなし弁済の要件事実については,抗弁として被告が主張立証責任を負担すべきという主張立証責任の構造に照らして,不当な結論となるといえる。

また,みなし弁済の余地があったと認識していた旨の主張は,およそ,貸金業法43条の要件を全く充たしていなくとも,いくらでも主張自体できるのであり,逆に,原告側で,みなし弁済の余地があったと認識もしていなかったという立証については,困難といわざるを得ない。

以上の点を考慮すると,民法704条の利得が法律上の原因に基づかないことの認識の対象となる事実は,利息制限法の制限利率を超える利息を受領するということの認識であると認められ,みなし弁済の余地を認識していたか否かは,無関係であると認められる。

以上から,貸金業を営む被告が,利息制限法の制限利率を超える利息を受領するということの認識があることは明らかであり,悪意の受益者と認められる。

4  争点(4)(過払金に対する利息の利率)について

不当利得返還請求権は,法律の規定によって発生する債権であるので,民法所定の利率である年5分の利息が認められるのが原則であるが,利得者が商人であり,利得物を営業のために利用して収益を上げていると解される場合は,実質的に,利得者には,商事法定利率の年6分の割合により運用益が生じていたものと考えられるので,このような場合には,例外的に年6分の利率による利息を認めるのが相当である。

本件では,被告は,貸金業を営む商人であり,各弁済時点で発生した過払金を原告に返還しないで,その分を営業のために利用して収益を上げていたものと認められるため,利息の利率は,商事法定利率である年6分とするのが相当である。

5  争点(5)(信義則違反ないし権利濫用)について

被告は,約定利率が利息制限法の制限利率を超えることを原告は承知して借りているので,利息制限法を持ち出すのは,信義則に反し,権利の濫用である旨主張する。

しかしながら,利息制限法は,経済的弱者が高額な利息を承知のうえで借りざるを得ない場合があり,それによる経済的破綻を防止するため,制限利率を超える利息を合意していた場合でも,これを無効として経済的弱者を保護する強行規定であり,上記趣旨から,原告が利息制限法を主張することが,信義則に反し,権利の濫用となることはない。

6  以上の争点の検討を前提として,原告の取引内容を利息制限法の制限利率に基づいて過払金を計算すると,別紙計算書のとおり,過払金残元金が75万3859円,過払金総額が95万4053円になると認められ,原告の過払金返還請求は,95万4053円及び内金75万3859円に対する最終の弁済日後の平成17年4月12日からの商事法定利率年6分の割合による利息及び本訴状送達日の翌日(平成17年4月21日)からの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

7  争点(6)(取引履歴開示義務及び慰謝料請求等)について

(1)  本件の争点については,次の点が指摘できる。

ア 貸金業法19条は,継続的に取引内容を記録保存させることで,貸金業の業務の運営の適正化を図り,貸付けに関する将来の紛争を未然に防止させる趣旨であり,単に保存しているだけで,顧客が必要に応じてその内容を認識できないと,将来の紛争を未然に防止することができず,上記趣旨が全うされない。

イ 金融庁の事務ガイドライン3-2-7は,「債務の弁済の内容について開示を求められたときに協力すること」が定められており,同規定は,顧客から取引履歴の開示要求があった場合は,貸金業者がこれに協力して開示することが予定され前提となっていると解される。

ウ 多重債務に陥った顧客(債務者)に対して,弁護士を通じて任意整理を行い,経済的更生を図らせることは,単に顧客の利益を超えて,経済的困窮から起こる犯罪や家庭崩壊を防止し,国民全体の利益に繋がるもので,任意整理を行う上で,正確に債権債務を把握するため,取引履歴を開示させる必要性は高く,取引履歴は,重要な情報であるといえる。

エ 貸金業者との継続した取引においては,顧客の側は,利息制限法や貸金業法等の法的知識にも乏しく,個別の取引に関する領収証,取引の明細書等を保管する必要性を意識したり,現実に保管していることも少なく,一方,貸金業者は,上記法律知識を十分有し,貸金業法の保管義務のみならず,自らの営業の利益を上げるため,顧客の取引内容を把握し,取引履歴を有して業務を維持しているという関係に立ち,取引経過の正確な把握のためには,貸金業者側から,取引履歴を開示させる要請が強く働くものといえる。

(2)  以上の点を総合すると,顧客が任意整理を行う等の必要性から,取引履歴の開示を貸金業者に要求した場合,信義則上,貸金業者は開示義務を負うものと解され,正当な理由なく開示しなかった場合は,その行為は違法性を有し,顧客に対し不法行為責任を負うものと認められる。

なお,この点は,口頭弁論終結後に,同趣旨の最高裁平成17年7月19日判決が出されている。

(3)  証拠(甲4ないし7)及び弁論の全趣旨によれば,①平成17年3月1日,原告代理人弁護士(菅陽一)が原告の債務の任意整理をするために,被告に受任通知(甲4)を送付して原告との取引履歴の開示を求め,同月14日,提訴予告通知及び提訴前の照会申出書を送付して取引履歴の開示を求めた(甲5)ものの,被告は,取引履歴を開示しなかったこと,②そのため,原告は,任意整理で経済的な再建ができず,やむを得ず,本訴訟を提起せざるを得なくなったことが認められる。

以上の事実に照らすと,信義則上,被告には,上記①の時点で取引履歴の開示義務があったにもかかわらず,開示しなかったことで,原告に対し,任意整理の機会を失わせ,訴訟提起を余儀なくさせ,精神的苦痛を被らせたものと認められ,不法行為が成立すると認めるのが相当である。

そして,上記事実から,原告の精神的苦痛を慰謝するのは,10万円が相当であり,また,弁護士費用としては3万円を認めるのが相当である。

一方,被告の不法行為成立時点は,遅くとも,被告が直ぐに対処できない趣旨の「ご通知」(甲6)を原告代理人に送付した平成17年3月15日から10日を経過した同月25日と認められ,同日から民法所定の年5分の遅延損害金の支払いを求める請求も理由がある。

8  以上の次第であるので,原告の請求は,主文の限度で理由がある。

(裁判官 中嶋功)

<以下省略>

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